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池内紀

著者情報
著者名:池内紀
いけうちおさむ
イケウチオサム
生年~没年:1940~

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このランキングは1日1回更新されます。
      香水 ある人殺しの物語
      カテゴリー:小説、物語
      4.4
      いいね! Tukiwami
      •  時は18世紀。場所はフランス。
         当時の衛生観念なんて今から思えば不潔極まりない状態でした。
         かのベルサイユ宮殿だって、ろくにトイレもなく、園遊会などに招かれた貴族達も、庭園の茂みで用を足すというのが当たり前(いや、これ本当)。
         ましてや、庶民が住む町などはそれはそれはという状態で、町中悪臭が立ちこめていました。ペストなどの悪疫が流行するのもさもありなんです。
         
         物語は主人公が産み落とされるところから始まります。
         主人公の母親は魚屋で生魚を捌いていました。
         陣痛が来ましたが、何、いつものこと。
         彼女はこれまでも何人もの子供を産み落としてきました。
         そう、いつものこと。いつものように、魚を捌いている包丁で産み落とした子供と自分をつなぐへその緒を切ってしまえばよいこと。
         その後、産み落とした子供は、地べたに放り出してある魚の臓物と一緒にして捨ててしまえば良いこと。
         時には、魚の臓物と一緒にそばを流れるセーヌ川に放り込めば手間もかからない。

         もちろん、今度だって同じこと。
         いつものように、へその緒を切って地べたに捨てた。
         でも、今回はちょっと違った。
         どういうわけか出血がひどくて。ついふらふらと倒れてしまった。
         それに気付いた周りの人間が「どうしたんだ」と駆け寄るけれども、「どうもしないよ。何でもないさ。」と言うだけ。
         でも、その時、産み落とした赤子が泣き出したんだね。
         それで全てがばれてしまって、(当時は拷問のようなこともしたのでしょうね)、母親はこれまでに産み落とした何人かの子供のこともしゃべってしまい、死罪になったそうです。

         さて、生まれてすぐに身寄りの無くなった主人公は、修道院に預けられます。
         修道院とて、慈善事業じゃやってられない。
         わずかな金を与えて、乳が出る女にそういう身よりのない子供を預けます。
         主人公もそうやって、とある「乳母」(と、いうのだろうか?)のもとに預けられます。

         しばらく後、その乳母は、主人公を突っ返しにやってきます。
         「子供はさ、子供の匂いがするもんじゃないか。こいつは何の匂いもしやしない。恐いんだよ。」
         そう言って、給金を上げてやるという司祭の言葉も聞き入れず、主人公を押し返してしまいます。

         時は流れて、主人公は革のなめしやにほとんど売られるようにして連れて行かれます。
         それはそれは重労働で。
         でも、彼は、自分がどういう人間かということに気付いていたのです。
         自分は、毒虫の様な奴なのだと。
         だから、何を言われても、どんなにひどい仕打ちを受けても、じっと毒虫のように身を固くして耐えていました。

         とある時、あるきっかけで、彼は自分の秘められた才能に気付きます。
         その才能とは、匂いに極めて鋭敏だということ。
         どんなにかすかな匂いでも、どんなに混じり合った匂いでもたちどころにかぎ分けてしまえたのです。
         たとえば、吝嗇家が家のどこかに隠した金貨の匂いだって分かってしまいます。そこに金貨を隠してあるのだって、忽ちお見通しになってしまうのでした。

         そして、「毒虫」は蝶(なのだろうか? あるいは毒蛾?)に成長します。
         過去の名声だけはかろうじて保っているけれど、もう力も何もなくしてしまった香水の調合士に取り入ることに成功します。
         正に天職! 彼は素晴らしい香水を次々と調合していきます。
         そして、それを師とした調合士の名前で売り出すことだって許します(というか、それが条件なのでしょうね)。

         彼の鋭敏な嗅覚はさらにすごい「香水」を作り出すようになります。
         人間の感情さえも左右してしまえるような「香水」です。
         さらには、「とある」香りに魅せられてしまうのでした。
         その香りを定着させるためにはどうすれば良いのか?
         彼は、従順を装い、師からその技術をある程度まで学び取ります。
         しかし、それでもまだあの「香り」を残すことはできない。

         何という小説でしょう。
         ある意味、猟奇的です。
         心地よく読める本をお探しでしたらお薦めしません。
         ですが、不思議な魅力をもつ作品です。
         詳しくはお話しできないのですが、まぁ、なんていうことを……
         物語としてのおもしろさは十分にあります。
         大変インパクトの強い作品だと思います。
         ここまでのご紹介文を読んでピンと来たら読んでみても損はないと思いますよ。
        >> 続きを読む

        2019/03/07 by ef177

    • 他4人がレビュー登録、 13人が本棚登録しています
      失踪者
      カテゴリー:小説、物語
      2.5
      いいね! Tukiwami
      • 正直言ってヘンな小説。カフカであるということを前提に読むべきで、最初の一冊としてこの小説を手に取るのはおやめになった方がいいかもしれません。

        『審判』や『城』と同様『失踪者』も未完の作品
        友人のマックス・ブロートによって『アメリカ』というタイトルで出版されたのはカフカの死後
        カフカ本人はこの遺稿が出版されることを希望してはいなかったという。

        確かに、冒頭部分は強烈なインパクトがあって心に残りやすい。
        事実カフカ本人も書き出しは気に入っていて、第一章「火夫」だけを独立した短篇として出版もしています。

        『女中に誘惑され、その女中に子供ができてしまった。そこで十七歳のカール・ロスマンは貧しい両親の手でアメリカへやられた。速度を落としてニューヨーク港に入っていく船の甲板に立ち、おりから急に輝きはじめた陽光をあびながら、彼はじっと自由の女神像を見つめていた。剣をもった女神が、やおら腕を胸もとにかざしたような気がした。像のまわりに爽やかな風が吹いていた。
         「ずいぶん大きいんだな」
         誰にいうともなくつぶやいた。』

        カフカお得意の迷宮やお役人や無意味で不合理な言動に翻弄される主人公などといったテイストはこの小説でも確認できます。
        でも、カフカ独特な酩酊感がない。
        舞台を見知らぬ大陸の「アメリカ」に選んだのは、狭いヨーロッパ社会に比べて簡単に失踪しやすいからだと思うけれど、
        カフカに関して、アメリカとは肌があっていない気がします。
        広大な土地を持つアメリカのロードムービーをいくつか観ていればわかると思いますが、リアリズムと幻想とがともに効果的なのは、アメリカの空気を醸せるかどうかによるのですよね。
        どう転んでもカフカはヨーロッパテイストなんですね。
        しかも「失踪者」はほぼ私小説ときた。
        女中を孕ませてアメリカに追放されたというエピソードもカフカのいとこに実話に基づくそうですし、カフカ自身も「失踪者」はまさに「自分自身である」と述べているようです。
        なので、他の作品よりも「読みやすい」という意見もちらほら見られます。
        そりゃあ日本人は私小説が大好きだからだろうさ。

        この小説は主人公カール青年が流され流され、どこへも行かない小説。
        本当にカールって、お人よしなのか自主性がないのか素直なのか要領が悪すぎなのか、読んでいてじれったくなることこの上なしです。
        そもそもの妊娠事件も、彼曰く、女中による逆レイプだったというから、何なのよ?という感じ。

        「城」も「審判」もどこにも「行けない」小説ですが、行かないのと行けないのは全然違う。

        天涯孤独なアメリカの土地でカールは全く「自由」ではない
        船を降りる前にトランクも傘も失い、と思ったら船を降りる前に議員である叔父の保護を受けられる身の上になり、
        そこで安寧で贅沢な暮らしができるのかと思いきや、叔父のご機嫌次第で絶縁され、安宿で一夜を共にした放浪者2人組にはカモにされ、ホテルのエレベーターボーイになれたと思ったら、その二人組の妨害行為で首になり、歌手だという女のアパートに監禁状態で半奴隷生活に陥る。
        最後はサーカスを思わせる「オクラホマ劇場」で「技術者」になるべく雇い入れられ…
        のような展開が、奇妙にねじくれた人々によって彩られ延々と続いていくのでした。
        「おかしい」と思っても抜け出せない人を描くのが上手いカフカですが、
        カール君は「おかしい」とも思っていない。出て行こうとする時も、特に何かを求めて飛び出したい訳ではない。
        ただ腹が立つから、ここにいるのは嫌だから、この人と一緒にいない方がよいと思ったから。

        人生において流されていると感じている人は、こんな小説を読んで、共感するのだろうか?それともつまらないと思うのだろうか?
        私は間違いなく「流されている系」だけれど、カールに共感はできませんでした。
        親身になってくれる人を大切にできないという事も問題。
        自分を護れない人は他人も護れないのではないでしょうか?

        人はいつか、何かのきっかけで腹をくくる場面があるものではないでしょうか?
        たとえそれが「失踪」する決意であっても。です。


        あまりに広いアメリカ大陸
        そこで名もなき失踪者になるのは簡単すぎるから。
        >> 続きを読む

        2019/08/17 by 月うさぎ

    • 他1人がレビュー登録、 3人が本棚登録しています
      ファウスト
      カテゴリー:戯曲
      3.0
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      •  休みに入ったので、まとまった時間で名作を読むことにする。訳者の池内紀が第二巻巻末で述べているとおり、「有名な名作であれば、たいていの人が名前を知っている。そしてたいていの人が一度も読んだことがない」からである。名作と呼ばれるものはたいてい長くて難解なものが多いが、戯曲はとりわけ手を付けにくい。原語が美しく韻を踏んだ気の利いたしゃれに満ちているからだ。それなら原語で読めばいいのだが、そこまでの語学力がないので翻訳に頼ることになる。そうするとしゃれや韻は味わえない。意味の取りにくいだらだらした詩句をひたすら読むことになる。訳者の池内氏はその辺をよくわかっているのか、第一部巻末で次のように述べている。「……しかしながら翻訳すると、ゲーテがドイツ語で苦心した一切が消えてしまう。韻律が乏しく、まるきりべつの構造をもった日本語にあって、詩句を踏襲しても、はたしてどのような再現ができるだろう。詩句をなぞるかわりに、ゲーテが詩体を通して伝えようとしたことを、より柔軟な散文でとらえることはできないか。いまの私たちの日本語で受けとめてみてはどうだろう。そんな考えで、この訳をつくった。」そういうわけで、この「ファウスト」は小説のように読める。宮澤賢治のオノマトペの豊穣さや、谷川俊太郎の詩であえてすべてひらながにしている面白さや、詩歌における掛詞がたぶん翻訳不可能であるのと同じだろう。

         ファウスト博士が学問を究めながら、年老いて退屈で何も楽しみを見いだせない姿には、超高齢化社会の日本の孤独な高齢者と重なって見えてくる。幸福が何であるのか、若い時には自分の学問が認められることや、地位が高くなることや財産が増えることなどが成功だったと思うが、それらを手に入れているように見える晩年の博士は幸福そうではない。そこに悪魔メフィストフェレスがつけいる隙がある。悪魔というからにはもっと無制限に魔法などが使えるのかと思えば、人間に知恵を貸したり、そそのかすくらいで、実行するのは人間である。メフィストフェレスがファウストから依頼されて実行する場合にも、普通の人間のようにするばかりなのが面白い。第一部で誘惑される処女グレートヒェンにしても、相当に手間をかけ、普通に女の子を口説くのとそう変わらない。この辺が妙にリアルである。魔法の力であっという間に虜にしましたということなら、話は簡単だが詩にはならない。

         第二部はとても読みにくかった。第一部とどう繋がっているのかがわからないし、ファウスト博士は現実にはどこにいるのか、夢なのか、わかりにくい。ファウストよりもメフィストフェレスの方が魅力的に立ち回っている感じがする。最後の最後で現実的な場面に戻ってきて、ファウストが契約の言葉を口にして死に、天使たちがメフィストフェレスを出し抜いてファウスト博士を天国へ連れていく。そこにはグレートヒェンまで天使のような姿で出てくる。これには少し驚いた。こういう形でハッピーエンドなのか?と。「協同の意思こそ人知の至りつくところであって、日ごとに努める者は自由に生きる資格がある。どのように危険にとり巻かれていても、子供も大人も老人も、意味深い歳月を生きる。そんな人々の群れつどう姿を見たいのだ。自由な土地を自由な人々とともに踏みしめたい。そのときこそ、時よ、とどまれ、おまえはじつに美しいと、呼びかけてやる。」というファウスト博士は冒頭の孤独な老人とは違う、大勢の中の一人として、人々の一人として協同する幸せをかみしめている。そういう意味でファウスト博士の二回目の晩年はより優れたものとなったと言える。しかし、罪のない処女を誘惑して堕落させ、母親を殺させ、兄をファウスト自身が殺し、嬰児を殺させ、グレートヒェンは処刑される。最後の多くの人に「協同」の場を提供する干拓地を完成させるために、立ち退きを拒む、菩提樹のそばに住む老夫婦を殺害する(殺害はファウストの意思ではなかったにしても)。このような罪を犯しても神はすべてを赦すということなのだろうか?釈然としない幕切れである。私の経験が不足しているだけなのだろうか。
        >> 続きを読む

        2017/12/27 by nekotaka

      • コメント 2件
    • 1人が本棚登録しています
      なぜかいい町一泊旅行
      カテゴリー:日記、書簡、紀行
      2.0
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      • 旅行好きだが行先は大きな町が多い。行きたい所が多くて、この本に出てるような町までまだ辿り着けていないのだ。きっと楽しいに違いないから、いつかは行こう。 >> 続きを読む

        2013/06/15 by freaks004

    • 1人が本棚登録しています
      新編バベルの図書館
      カテゴリー:叢書、全集、選集
      4.0
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      • 【一巻では足りない?】
         第5巻、ドイツ、イタリア、スペイン、ロシア編に収録されているのは、カフカ、ドストエフスキー、アンドレーエフ、トルストイ、グスタフ・マイリンク、ジョヴァンニ・パピーニ、アラルコンです。
         ドイツ、イタリアは幻想小説が多いので、これだけの国の作家を1冊に収めるというのはかなり窮屈かもしれません(大分厚い巻ではありますが)。

         さて、新編バベルの図書館は、果たして旧編収録作を全てカバーできているのか?
         これが問題なのですが、私も旧編は4冊しか持っていないのでなかなか検証できずにいます。
         取りあえず、カフカ、パピーニ、アラルコンに関して言えば、旧編に収録されているのと同数の作品がそれぞれこの新編にも入っているので、おそらく全作収録されているのではないかと思われます。
         マイリンクは、旧編を持っていますので対照してみましたが、旧編に収録されている3作品とも新編に収録されています。
         ロシアの3人については、旧編では「ロシア短編集」にまとめられていた作品が全て入っていると思います。
         なので、分かる範囲での対照ですが、多分大丈夫じゃないかと……。

         収録作の中で、カフカはかなり短めの作品を多く集めています。いかにもカフカらしい作品ばかり。
         パピーニは読んだことがない作家でしたが、いずれの作品も、死の影が色濃く漂った幻想小説という趣です。

         アラルコンは、2作品が収録されていますが、そのうちの「死に神の友達」という作品が結構読ませました。
         次々と不幸に見舞われ、貧困のどん底で自殺をしようとした主人公のもとに死に神が現れ、「君の友達だよ」と言います。
         その後、死に神の手引きによって、これまでの不幸の連続から一転して願いが叶いまくるのですが、これがなかなかに壮大な話になっていきます。
         ちょっとした寓話みたいなストーリーかなと思って読み始めたのですが、良い意味で裏切られました。

         ロシア3人組の中では、ドストエフスキーの「鰐」が面白かったかな。鰐の見せ物を見に行ったところ、鰐に飲み込まれてしまった男の話。いえ、鰐の腹の中で生きてるんですよね。で、出てくることを頑なに拒んでいます。この作品は未完だそうですが、何とも不思議な味わい。

         さて、新編バベルの図書館も残すところあと一冊になりました。なかなか刊行されませんが(現在予約受付中)、入手したらまたレビューしま~す。
        >> 続きを読む

        2019/04/28 by ef177

    • 1人が本棚登録しています
      カフカ小説全集
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
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      • 【もどかしさに悶絶してしまいそう】
         カフカの残した原稿に忠実に構成された『カフカ小説全集』第二巻は未完の長編『審判』です。

         ヨーゼフ・Kは、30歳の誕生日の朝、いきなりアパートにやって来た2人の男達に逮捕されます。
         一体何の容疑で?と尋ねても、2人とも知らないと言うのです。
         ところが、逮捕されたというのに身柄を拘束されるわけでもなく、いつも通り勤務先の銀行に出勤しても良いと言われます。
         その上、出勤の便宜のためと言うことで、銀行の部下職員まで連れてきているではないですか。

         何の事やらさっぱり分からないまま銀行に出勤するKなのです。
         Kは大手銀行の支配人の地位にありましたが、どうやら頭取代理が失脚を画策している様子もあります。
         逮捕されたとは言ってもいつも通り仕事にも行けるのだし、何ほどのことか、と最初は軽く考えているのですね。

         その上、朝、いきなりやってきた男達との間で醜態を演じさせられてしまったことなどを気に掛け、帰宅後はアパートの大家さんの部屋に行き弁解がましい話をしたり、同じアパートに住む女性の部屋に行ってくだくだしい話をしたりしています。

         そんなKのところに裁判所から電話がかかってきて、次の日曜日に出頭するようにと言われます。
         いよいよ裁判が始まるのかと思い、日曜日に出かけるのですが、そう言えば出頭すべき時間を告げられていないことに気付きます。
         こういったものは9時頃に始まるものだと考え、指定された住所に赴きます。
         しかし、そこには裁判所らしい建物はなく、あるのはアパートのような建物だけ。

         仕方なくそのアパートに入り、うろうろしていると、何と、アパートの中に裁判所があることが分かります。
         この辺り、どう考えても裁判所内部の方がアパートよりも大きいように描かれているように感じられ、不条理感が一層高まります。

         どこで何が行われているのか分からないまま、おそらくこれが自分の事件を審理する法廷だろうと当たりをつけ、そこで一席ぶってしまうKなのです。
         いや、そもそも一体何の件で裁判にかけられているのか分からないままなのに、何でそんなことをするのか。

         Kの裁判はその後進んでいるんだか進まないのだかさっぱり分からない状態に陥っていきます。
         最初のうちはあまり深刻に考えていなかったKも段々不安になり、叔父の勧めで依頼した弁護士を督促するのですが、最初に提出する請願書すら書き上げてもらえない状態です。
         Kは自分の裁判のことを聞いたという商人から裁判の話を聞いたり、その商人の勧める裁判に詳しい画家などを訪ねて助言を請うなどし、いっそのこと弁護士など解任してしまおうかとも考え出します。

         そんな過程で裁判の仕組みが解説されるのですが、これがもうナニガナニヤラさっぱり分からない制度なのです。
         そもそも弁護士をつけることは法律上認められていないとか、認められていないけれど事実上弁護士が暗躍しているとか、裁判官も複雑な案件になって困ってしまうと弁護士に相談を持ちかけるとか、まったくわけが分かりません。

         そんな状態が1年も続いた、Kの31歳の誕生日前夜のこと、Kのアパートにいきなり2人の官吏らしき男が現れ、Kは連行されていきます。
         一体何が起きたのか、判決が下されたのか、そもそも何の件の裁判だったのか全く分からないまま、Kは処刑されてしまうのです。

         これが、私達に残されたカフカの『審判』の概要です。
         結局最初から最後まで一体何の事件の裁判だったのか、Kは何を訴えられていたのか、訴訟はどうなったのか等、重要なことが全く分からないままKが処刑されてしまうというウルトラ不条理な物語なのですね。
         最後の処刑の場面でも、Kは抵抗らしい抵抗すらしないのです。
         自分は潔白なのだ、裁判にかけられる理由など全くないと言っていたKだというのに。

         カフカは、この作品に着手するに当たり、まず冒頭の逮捕される場面と、最後の処刑の場面を先に書いたのだそうです。
         そして、それが1年間の間の出来事であることも。
         こうやって頭とお尻を決めて書くことにより、長編第一作の『失踪者』が未完に終わった轍を踏まないようにしたということなのですが、結局未完で終わってしまいました。

         最後の場面は書かれていることから、これまで一般的だったブロート版ではあたかも完成した作品のように編集されて公刊されてきたわけですが、カフカの手稿には、どこに位置づけられるのか不明な断片がいくつか残されていました。
         ブロートは、それら断片を無視し、あるいは一部を別の章に入れ込むなどして編集してしまったのですね。
         本書では、カフカの手稿研究の結果から判明した順に章が並べられており、断片は断片として末尾に添えられています。
         
         カフカ自身、法学を勉強していたということで、『審判』は、カフカの実体験に根ざした作品であると言われています。
         巻末解説によれば、カフカは法律の国家試験に合格し、法律実務の勉強をしたものの、法律家の任用試験を受験せず、法曹にはならなかったとのことです。
        >> 続きを読む

        2019/07/01 by ef177

      • コメント 2件
    • 1人が本棚登録しています
      カフカ小説全集
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      • 【こいつは一体何をしに来たんだ?】
         主人公のKは測量士です。
         城からの招聘に応じ、長い旅をしてきて、ある夜、ようやく雪が積もる城下の村にたどり着きました。
         村の入り口に居酒屋兼宿屋があったので、そこで宿を取ろうとしますが部屋がないと渋い顔をされてしまいます。
         強引に頼み込んで酒場の隅に藁袋を敷いて眠りに就きました。

         しかし、程なくして一人の男がやってきて、よそ者が村に泊まるには城の許可が必要だ、許可が無いなら出て行けと言います。
         城からの招きに応じてやって来たというのに何ということを言うのだ!とカチンと来たKは、自分は城からの招聘に応じてやって来た測量士だと名乗るのです。
         色々問い合わせた結果、確かに城が招いた測量士に違いないと分かり、主も部屋を開けるので移ってくれと言い出す始末。

         翌日、城から派遣された助手だという2人の男がKのところにやってくるのですが、この2人組がまったく使えない男達なのです。
         いつもふざけ合い、笑い合っていて、いたずらばかりし、何の役にも立たず、むしろ物事を混乱させるばかり。
         まるで子供のみたいな連中なのです。
         
        そんなKのところに村の少年が城からの使いだと言ってやって来ます。
         少年は局長名の一通の手紙を持ってきており、その手紙によると測量の仕事の兼は村長と打ち合わせて欲しいということでした。
         すぐに村長の所へ行けばいいのに、Kはぐずぐずしており、もう一軒の居酒屋兼宿屋に出かけたりします。

         そこでフリーダという女給と出会うのですが、フリーダは手紙の主である局長のクラムの愛人だというのです。
         そしてクラムその人が今宿にいるということも教えられます。
         覗き穴があるのでそこから覗いて良いと言われ、覗いてみるK。

         で、Kは何とフリーダを押し倒し、そこで関係を持ってしまうのですね。
         村に着いて間もないというのに、Kは一体何をしているんだ?
         フリーダもKについていくことにしてしまい、女給を辞め、Kが最初に泊まった居酒屋兼宿屋に行き、そこで用意してくれた女中部屋を片づけてそこでKと一緒に暮らし始めるのです。
         
        ようやく村長の所に行ったKですが、村長は通風を病んで寝たきりの状態です。
         しかも、村には測量士は必要ないと言うのです。
         おかしいじゃないかと言うKに対して、村長は、測量士などいらないということは城に伝えてあるのだけれど、お役所仕事故、連絡が行き違っているようだと言うのです。
         とにかく仕事は無いと言われ途方に暮れるK。

         この上は局長のクラムに直談判しようと考えます。
         クラムの愛人だったフリーダを寝取ってしまったことでもありますしね。
         フリーダとも結婚するのが良いだろうと考え、その旨、泊まっている宿屋の女将に相談するのですが、フリーダとの結婚は承知されるものの、クラムと直接話すなどとんでもないと猛反対されてしまいます。
         そういうことはできないのだと。
         このことで女将との関係がこじれてしまい、Kとフリーダは宿屋を追い出されてしまいます。

         一方、村長はKのことを一応気にかけているようで、測量の仕事はないけれど、学校の小使いとしてなら住み込みで雇ってやると申し出てきます。
         学校の教師はいけ好かない奴でしたし、測量の仕事をしに来たのに何故小使いなどしなければならないのかとKは断るのですが、当面の住居の確保も必要だとフリーダに懇願され、渋々この仕事を引き受けました。

         そんなKのところに再び使者の少年がやってきてクラムの2通目の手紙を渡されます。
         それによると、城はKの仕事に満足しており、助手達の働きも素晴らしいと聞いていると書かれていました。
         一体どういうことだ?
         測量の仕事など全くしていないし、あのふざけた助手達が素晴らしいだと?
         これはどうあってもクラムと話さなければならないと考え、使者の少年に言伝を依頼し、あるいは自らクラムを待ち伏せしたりするのですが、どうにも連絡が取れません。

         ところで、フリーダや村の人々は、使者の少年の一家を毛嫌いしているようなのですね。
         それはどういうことなのでしょう?
         Kが話を聞いたところによれば、かつて城の役人が一家の娘を愛人にしようと呼び出した際、それを拒否したために以来村八分状態に合っているらしいということが判明します。

         城って一体どういう存在なのでしょうか?
         村人達も、自分たちは城に従属していると言い、城の関係者を尊重しているのですが、どうにも不可解な状況です。
         そして、Kは一体どうするつもりなのでしょうか?
         普通に考えれば、測量の仕事が無いならとっとと帰れば良さそうなものなのに、仕事などほったらかしで、何だか村に居着くようなつもりにも思えてきます。
         こいつは一体何のために村にやってきたんだ?

         というのがこの物語のストーリーです。
         カフカらしく、とにかくイライラさせられる、何が何だかよく分からない、主人公を始め、登場人物が何を考えているのか理解に苦しむ、そんな作品です。

         以前読んだ時には、「どうしても城に行き着くことができない物語」という印象を抱き、カフカの長編(『失踪者』、『審判』、『城』の3編)の中では一番好きだった作品なのですが、この度再読してみて大分印象が変わりました。
         以前読んだ時には、Kと城との関わりということが印象に強く残ったのですが、この度はそれよりも、村の中でのKの振る舞いの方に目が行きました。
         以前は、測量の仕事がなかなかできない、それを訴えようとしても城にたどり着かないもどかしさが強く感じられたのですが、そしてそれはその通りなのですが、再読してみると、私もKと同じように測量の仕事のことなんか脇に置いてしまったようで、それとは別にKが村でうだうだやっていることの方に目が向いてしまいました。

         またこれが本当にうだうだで。
         Kが少年一家が村八分になったいきさつを聞く章がいくつか続くのですが、ここでは一家の娘のオルガとKの二人が延々と理屈っぽい(しかもよく分からない)ことを話し合うシーンなのですね。
         似たようなシーンは、Kと宿屋の女将の話し合いのところでも出てきます。
         本当にうざったい位延々と台詞が続くのですね。

         カフカらしいと言えば大変カフカらしいのですが、こういうやり取りの部分が面白いか?と言われるとなかなか難しいところではないでしょうか。
         結局、この『城』も未完で終わってしまいます。
         結局、カフカは3編の長編を書くのですが、すべて未完で終わってしまったのですね。

        本書もカフカの手稿に忠実に編集された版で、かつてのブロート版との違いも巻末解説で整理してまとめられています。
         やはりブロート版では本作も完結したように編集されて出版されていたということです。
         そのため、かなり重要な部分を無視してしまっている編集になっているようです。

         カフカの作品に共通する点ではないかと思うのですが、どうもカフカは登場人物に一本線の通ったぴしっとした性格付けをしていないのではないかと思われる節があります。
         いやそれはしているのかもしれませんが、場面場面によってその描写、扱いがぐらぐらするように感じるのですね。
         不安定というか。
         そこがまた不条理感にも通じるところで、カフカの味なのでしょうけれど。

         巻末解説を読むと、どうやらカフカは全体のプロットを決めてから書き始めるということはせず、とにかく思いつくままどんどん書いていったようなのですね。
         だから、場面によってぐらつきのようなものが出るのではないでしょうか?
         残されたカフカの手稿を調べると、そういう書き方をしているのに驚くほど書き直しが少ないのだそうです。

         『城』は6冊のノートに書かれているのだそうですが、ノートのほとんどの部分には手直しがなく、一気呵成に書き上げている様子がうかがえるのだそうです。
         ところが、ノートの終わりになると突然斜線で消して書き直すような部分が増えるんだとか。
         そして、新しいノートのはじめの部分にもそういう直しが繰り返され、ようやく視点が定まったと見えるや、また何も書き直しのない部分がずーっと続いているんだそうです。

         さて、これでカフカの長編3作の再読を終えました。
         この『城』が一番顕著でしたが、やはり再読してみると当初の印象から変わる作品というのも結構あるものだなぁと改めて感じました。
         以前は、カフカの長編の中では『城』が一番好きだったのですが、再読した結果、自分の中での『城』の評価がちょっと落ちてしまいましたよ。
        >> 続きを読む

        2019/11/25 by ef177

    • 1人が本棚登録しています
      変身
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      • カフカの『変身』です。池内紀さん訳のカフカはいくつかあるようですが、前に読んだのは新潮文庫版だったので、こっちは初です。読みやすい。

        というか、巻末の解説が非常に充実していて素晴らしかったです。さすが!

        最近カフカをいろいろ読んでいますが、やはりカフカといったら『変身』ですね。虫になってしまうところを完全にスルーしている不可思議さもありますが、家族の反応が非常に気になるところです。気味悪がりながらも世話をする妹とか、まるでびびらない家政婦とか。
        何度読んでも「わかった!」とは思えない小説ですが、ユーモラスでもあるし、悲しさもあるし、カフカが文学史上で重要視されているのがよくわかります。

        ちなみに池内さんは「90年以上も前にこのような小説が書かれていた」と驚いていますが、私はそうは思いません。『変身』が執筆されたのは1912年なのですが、たかだか100年前なら、まぁ最近の部類ではないですか。日本でいえば大正時代。個人的な感覚では、20世紀の小説なら十分現代的だと思います。19世紀になるとさすがにちょっと感覚が違うな、とは思いますが、心理的なところではあまり変わらないですよね。小説の書き方という点でいえば、書簡形式でもなく語らい形式でもないものが生まれたあたりから十分現代的だと思うし、「21世紀的」という意味でリアルタイムの文学は、インターネットが当たり前にある世代なので、もっとぶっ飛んでいる、けど、明らかにカフカの影響を受けているので、あまり遠いとは思わない。

        そもそも古い小説ってなんだろうか?クラシック音楽に形式があるように、古典小説にも形式があるのだろうか?戯曲の時代を抜けて、フィクションというものがそれだけで成立するようになったのって、いったいいつごろなのだろうか。

        …などとあまり関係ないところに思考が飛んでしまいましたが、この池内さんの解説は非常にわかりやすくて助かりました。良いですよ。
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        2017/05/08 by ワルツ

    • 1人が本棚登録しています
      音楽家の恋文
      カテゴリー:音楽史、各国の音楽
      4.0
      いいね!
      •  思いかえせば、わたしは恋文を書いたことがない。
         テーブルスタンドのみが灯るほの暗い部屋のなかで、この、どうにも抑えられない気持ちを、はじめて文字に起こす誘惑にかられていた。もちろん文才に乏しく、お世辞にも男ぶりがいいとはいえないわたしにとって、この試みはある意味で無謀であるせいか、使いなれた羽ペンをもつ手は震えていた。

           
            九条櫻子 さま

        前略 
         とつぜんのお便りで戸惑われるかもしれませんが、骨になってから打ち明けるのでは手遅れと意を決し、この手紙に思いの丈を言づけます。
         私にはあなたしかいないことはひと目みてわかりました。恥ずかしい話ですが、幼少のころの私は考古学に熱をあげる少年で、故郷にある土井が浜遺跡でみた石鏃が打ち込まれた人骨に魅せられ、高校時代を過ごした岡山でもたくさんの遺跡群や貝塚を巡ったものです。
        櫻子さん(お名前で呼ぶ不躾をお許しください)を見かけるたびに、弥生時代の人骨を発見し、日本人は混血民族であると声明した金関丈夫について語らいたくなります。いや、櫻子さんの骨トークを延々と聴きたい、いつまでもあなたのそばに居たいのです。蝶骸骨だけでなく、私のすべてはあなたのものですから、互いが白い骨になっても抱きしめる栄誉を私に与えてください。と、あまり婚約者のいるあなたを困らせるものではありませんね。
         それでは、桜の花びらが足下を敷きつめる季節に逢えることを夢みて……
               草々
                             
                       素っ頓狂な男しるす

         とりあえず草稿はできたけれど、恋文とはなんとぎこちないものだろう!! これまでの人類の歩み、太古のむかしから、いったいどれだけのチラシの裏が恋文の犠牲になったのであろうか。
         推敲するためにスタンドの灯りを机に寄せると、草稿をしたためた便箋を押さえる左手の薬指が妖しく光る。
         ふいに暗然とした気分になったわたしは、せっかくしたためた便箋をクシャクシャに丸めて、待ち構える暗やみの屑籠へと投げ入れた。

          
          <本編>
         いや~、遊び心が暴走してしまって本当にごめんなさい。図書館でこの「音楽家の恋文」を見かけたら最後、人生はじめての恋文を書いてみたくなったのです。思い起こせば、ぼくの人生最大の敵は「恥じらい」でした。恋文を渡すなどという、顔から火がでるような行為はぼくには無理です。いいえ、本音をいうとやってみたいのだけれど、その恥じらいを凌駕するほどのつよい衝動にかられたことがないのです。人生損していますね。ああ、恋文。みなさんはどうですか?
         それでは本の感想。分量が多く、すべてを読んでいませんが、ショパンとブルックナー、リムスキー=コルサコフの章がおもしろかったです。そして、ぼくはブラームスに親近感をもちました。結びにリストを付けておきます。
         それと一応念のため、訳者は池内紀とクレジットされていますが、池内さんは監訳で、実質的な翻訳者は池内さんの教え子らしい。だからぎこちない訳というわけではなく、恋文とはいつの時代もぎこちないものなのでしょう。

          
          <総覧>
        お願いがたくさんある        モーツァルト
        ご主人が亡くなるのを期待します   ハイドン
        何という人生            ベートーヴェン
        ぼくの頭はがんがんしている     ヴェーバー
        どうか我慢しておくれ        ロルツィング
        どうぞご心配なく          ベルリオーズ
        君を胸に抱きしめたくて       シューマン
        ただ君一人のために弾いている    ショパン
        愛は正義ではありません       リスト
        決してわれを裏切るなかれ      ヴァーグナー
        もういい、ほっといてくれ!     ヴェルディ
        前より貧しくなりました       スメタナ
        私は希望をもっていいのでしょうか  ブルックナー
        ぼくたちには愛がある        コルネリウス
        あなたがいなかったら        ブラームス
        人は一度しか生きられない      ヨハン・シュトラウス
        あなたがしてくださったこと     チャイコフスキー
        ひとことでいえば、大成功だ!    ドヴォルザーク
        私も退屈し、君も退屈する      リムスキー=コルサコフ
        私を忘れないでください       ヤナーチェク
        望みどおりにすればいい       プッチーニ
        あなたに名誉を与えたい       マーラー
        幸福だが悲しい           ドビュッシー
        真夜中の鐘が鳴っている       リヒャルト・シュトラウス
        死ぬまで君のもの          グラナドス
        ひと目みてわかりました       レーガー
        なぜ愛さずにいられたのか      ベルク
        >> 続きを読む

        2015/11/01 by 素頓狂

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【池内紀】(イケウチオサム) | 読書ログ - 読書ファンが集まる読書レビューサイト(著者,作家,作者)

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