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川端康成

著者情報
著者名:川端康成
かわばたやすなり
カワバタヤスナリ
生年~没年:1899~1972

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このランキングは1日1回更新されます。
      雪国
      カテゴリー:小説、物語
      3.4
      いいね!
      • 一度は読んでおかないとなぁと思って読んだ本。
        ただ、そういう本はそう思った時点で義務感や偏見が生まれて疲れてしまう。

        表現が素晴らしい!と名高い本書だが、贔屓目に見てもあまりそう感じなかった。読解力の無さが原因だとは思うけど。
        むしろ句点の場所や、文章の長短が気になって、分かりにくいとすら思った。

        そしてあまり好評はなさそうなストーリーだが、逆にストーリーは面白かった。
        駒子の現代でいう病んでる系な心情や、登場したことに意味があるようなないような葉子。そしてのらりくらりしてる島村。
        「その後」を想像すると、雪の情景と共に色々思い浮かんで面白い。ハッピーエンドは思いつかないけど
        >> 続きを読む

        2017/08/14 by 豚の確認

    • 他8人がレビュー登録、 26人が本棚登録しています
      伊豆の踊子・禽獣 (角川文庫)
      カテゴリー:小説、物語
      3.0
      いいね!
      •  昔の人はなんてピュアなんでしょ。
         いいね、こういう、見てるこっちが
         恥ずかしくなってきちゃうような恋も。

         でも、実は表題作の「伊豆の踊子」よりも、
         収録作品の一つである「二十歳」の方が好き。
         いや、本当は悲しくなっちゃうから好きじゃない。
         けれどなぜかそういうお話の方が、ずっと心に残る。

         求めても中々手に入らないものがあって、それが自分に
         与えられることはないと知るとますます欲しくなって
         やけになって何か他のもので満たそうとするのだけど
         心は渇いていくばかり。

         手を伸ばせば掴めるしあわせが、そこらじゅうに
         転がっているのに
         見落としていることにも気付かない。
         そして気付いた時にはもう、手遅れなことの方が多い。
        >> 続きを読む

        2013/10/14 by 夜風。

      • コメント 5件
    • 他1人がレビュー登録、 4人が本棚登録しています
      伊豆の踊子
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      • 「道がつづら折りになって、いよいよ、天城峠に近づいたと思うころ、雨足がすぎの密林を白く染めながら、すさまじい早さでふもとからわたしを追って来た。わたしは二十歳、高等学校の制帽をかぶり、紺がすりの着物にはかまをはき、学生かばんを肩にかけていた。ひとり伊豆の旅に出てから四日めのことだった。修善寺温泉に一夜泊まり、湯ヶ島温泉に二夜泊まり、そしてほお歯の高げたで天城を登って来たのだった。重なり合った山々や原生林や深い渓谷の秋にも見ほれながらも、わたしは一つの期待に胸をときめかして道を急いでいるのだった。そのうちに大粒の雨がわたしを打ち始めた。折れ曲がった急な坂道を駆け登った。ようやく峠の北口の茶屋にたどりついてほっとすると同時に、わたしはその入り口で立ちすくんでしまった。あまりに期待がみごとに的中したからである。そこに旅芸人の一行が休んでいたのだ。」という川端康成の初期の代表作「伊豆の踊子」のあまりにも有名な書き出しの雨の描写。

        その雨に追われるように主人公の二十歳の高校生のわたしは、坂道を駆け登ります。しかし、わたしは雨に追われたという理由だけで道を急いだのではなく、それは峠の上に、胸をときめかす"一つの期待"があったからなのです。

        それは言うまでもなく、踊り子に会えるのではないかという、密かな思いなのです。このあたりを川端康成は、雨足が峠の方へ移って行く事と、わたしの期待が同じように峠の方へと集中されていく事とが、まるで二重写しのように描いていて、彼の描く瑞々しくも清冽な小説の世界へと自然に吸い込まれていき、自然と心が洗われていくのを感じるのです。

        こうして、峠の茶屋に着いたわたしは、そこに踊り子の姿を発見し、期待が見事に的中したことに内心驚くのです。それは、我々読者にやがて清浄な恋の始まりを暗示しているのですが、茶屋においては特別な事は何も起きません。

        そして、一足先に出発した踊り子の一行を追って、「雨足が細くなって、峰が明るんできた」のをしおに、わたしはその茶屋を去るのです。この「峰が明るんできた」というところにも、わたしの心に何か明るいものがきざしたという事が暗示されているのだろうと思います。

        このように、天城峠に降る雨は、この恋の"舞台装置"であり、その変化によってわたしが茶屋に駆け込んだり、また茶屋を出発するという行為を演じますが、同時にこの背景は、"わたしの心理を象徴している"のだと思います。

        わたしは、踊り子と会えるのではないかという密かな期待で山道を急いで行きます。そして、実際に峠の茶屋で会えた時、わたしはその入り口で「立ちすくんでしまった」り、ことばが「のどにひっかかって出なかった」り、また踊り子と間近かに向かい合うと「あわててたもとからたばこをとり出した」りするのです。

        ここには、わたしのある特別な感情が働いていて、つまり、とまどいやはじらいの感情で、すでにわたしの心の中では恋が始まっているのです----。

        しかし、始まったばかりのこの恋、一つの美しい純粋な世界は、あくまでわたしの心の内にあるのです。なぜなら、わたしを一途にさせる踊り子は、世間の人の目から見ると、「あんな者、どこで泊まるやらわかるものでございますか、だんな様」と言われるような、ある意味、いやしむべき存在なのです。そして、わたしは茶屋のばあさんから「だんな様」と呼ばれ、雨に濡れたと知れるや炉ばたで特別待遇を受ける身分の者なのです。(当時の学生は特別、社会的地位が高かったのです)

        そんな、わたしと踊り子とを結びつけるものは、わたしの心とそしてやがてそれに応える踊り子の心しかないのです。だから、「踊り子たちがそばにいなくなると、かえってわたしの空想は解き放たれたように、いきいきと踊り始めた」というように、現実では叶えられそうもない「空想」の中でのみ、生き生きと広がる世界なのだと思います。

        この「伊豆の踊子」という小説は、伊豆の美しい自然が描かれている事はもちろんですが、そこに登場する人物たちの美しい交情が、きめ細かに描写されていますが、だが、それだけではなく、この小説を根底から支えている、"ある種の美"が存在しているような気がします。

        それは、この小説の中の「暗いトンネルにはいると、冷たいしずくがぽたぽた落ちていた。南伊豆への出口が前方に小さく明るんでいた」という描写がありますが、ここで表現されているトンネルの先のほうの明るさというのは何かと考えた時に、もちろんそこには、美しい空想の世界が実現して欲しいという、わたしの願いが込められているのかも知れません。

        しかし、トンネルを出たら、やがては天城七里の世界は終わるはずです。とするならば、この明るさというものは、わたしの希望とは裏腹の、その美しい世界を打ち壊すだろう現実の世界の明るさなのかも知れません。

        だから、下田の港での二人の別れは、すでにその発端に予兆されたものだったのです。このように、美しいものが絶えず打ち壊されようとしている世界、それだからこそ、よけいに"美しい瞬間に輝いている世界"、これこそが「伊豆の踊子」の世界であり、我々読者をいつの世にも、限りなく、そして愛おしいほどのやりきれない、哀切の気持ちに誘うのだろうと思います。

        >> 続きを読む

        2016/08/20 by dreamer

    • 他1人がレビュー登録、 22人が本棚登録しています
      山の音
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
      いいね!
      • 老夫婦(旦那が主人公の信吾)とその息子夫婦、そして子連れで出戻りの娘(子供2人)という家族の、ゆるやかに流れる生活を描いた作品。緩やかにといっても息子は愛人がいてその人の子供を作ってしまうし、出戻りの娘の元旦那は愛人と心中をするし、主人公の信吾は息子の嫁(菊子)に淡い愛情をもっているし、その菊子もまんざらでないし・・・。
        家族内にこんないろいろな問題があるのに、一家の人たちの日々の生活が起伏もなくながれていく。
        これは日本の一昔前の情景なんだろうか?今同じ状況の家庭があり、作品にでもしたら、もっと悲惨な裁判沙汰にでもなりそうな状況である。
        こんなものすごい家庭の状況をきれいに書ききってしまうのが、川端マジックなのだろうか?
        主人公信吾がときどき夢をみるのだか、その夢のストーリーがとっておしもなく変わっており、それが作品のアクセントになっていた。
        >> 続きを読む

        2017/07/18 by Reo-1971

    • 他1人がレビュー登録、 3人が本棚登録しています
      古都
      カテゴリー:小説、物語
      3.5
      いいね!
      • 京都の四季の移り変わりの中で、生き別れた双子の姉妹は出会う。

        京都の風物の美しさと、姉妹の出会い。どちらをメインで描こうとしたのか作者の意図が不明であり、その点はあとがきでも触れられている。自然も人も、前景になり背景になり、移ろいながら季節が一巡りする。京言葉が心地よく、ゆったりした気分にさせてくれる。

        川端康成は、睡眠薬に依存し朦朧とする頭でこの作品を書き上げたらしい。作家が夢とうつつの間を彷徨うと、こんなにも美しい物語が生まれるのだろうか。
        >> 続きを読む

        2014/12/31 by seimiya

      • コメント 2件
    • 他1人がレビュー登録、 6人が本棚登録しています
      雪国
      カテゴリー:小説、物語
      3.0
      いいね!
      • 「雪国」って真冬の雪に閉ざされた温泉にて人目を忍ぶ大人な男女の秘め事を通し人生の哀しさを描いているんでしょ?と思ったら全然違いました。
        季節も初冬、晩春、晩秋と雪は降ったとしても豪雪ではありません。白い世界のイメージはタイトルと冒頭の「雪国であった」の一言による先入観なのでした。
        「駒子」はむしろおきゃんな女と言える若い女だった事も驚きです。
        当時の道徳観からいって男側の意識としては18-19歳の女を買うことなどはあっけらかんとした無抵抗なものだった訳なのですね。

        川端文学は日本文学です。というと当たり前じゃないのと思われるかもしれません。
        でも日本語で書かれたから「日本文学らしい」とは言えない作家も多いのです。夏目漱石さんは明治の文豪と言われているので、純日本的小説家なのかと思われるかもしれませんが、むしろ漱石さんは英文学のプロなんですよね。そして漢文もとてもお得意なので、日本の古典の血を引いた作家ではないのです。
        では耽美な文章で知られる泉鏡花こそが日本文学なのかというとそれだけではないと思います。
        まだ「川端文学」を語るレベルには全くないのですが、きっとこれだけはいえるでしょう。
        川端の小説には日本の古典的様式と感性が表現されている。と。

        平安時代にさかのぼれる文学のスタイル、そして歌舞伎などの舞台の形式美。江戸時代に人気を博した物語の省略と誇張表現もきっと受け継いでいることでしょう。

        直接的表記はあえて避け、大胆な空白と隠喩を用い、注意深い読者にはわかる仕掛けをキーワードにして。
        自然風物を観察し新しい見方を「発見」するという短歌や俳句の伝統。
        主人公の目をとおして見える景色のディテールを詳細に描くことで舞台に自分もいるような感覚を得られ、声に出して話される言葉の生々しさをもって、人物のリアリティを生んでいく演劇的手法。

        「雪国」の駒子、そして「悲しいほど美しい声の葉子」の実在感は何と言っても彼女らの「声」のためにあるのです。

        その点が他にない面白さを持っていると感じました。

        「雪国」では物語は時系列に進むのではなく、同じ言葉や文章の繰り返しも多く、決して構成がよくできた作品ではありません。
        それもそのはず、雑誌で連載のような形で切れ切れに掲載されたものをまとめたものだったのですね。

        「雪国」を小説として評価するのは難しいです。
        主人公島村が越後湯沢の温泉芸者の駒子に会うというだけのストーリー。
        それも3年弱の期間に3回訪れただけの、情が濃いのか薄いのかよく判じかねるふわふわした「恋」のお話。
        「恋」を口にするのは一方的に駒子だけです。
        島村はというと「親の財産で」「無為徒食」の暮らしをし、文筆業をしながらぷらぷらできる贅沢な身分の、色白小太りで髭剃り後が青々としているような妻子持ちの男なんですよね。

        こういう男に惚れる気持ちに自分が全く同感できなのがまず恋愛小説としてマイナス。
        駒子が15〜16歳で売られた身の上で、島村との情事も19歳から21歳の間のお話であることも、憐れが先に立ってしまって普通の恋のお話に思えないこともマイナス。

        それでもこの小説が愛されているのは二人の女の強い印象が後を引くからなのではないかしら。
        私は駒子よりも葉子に心が惹かれましたが、彼女の存在がこの物語に陰影を与えています。
        情景描写もただの写生ではありません。冒頭の有名な文章に続く列車内の記述は特に魅力的です。

        このあたりの文学的なすばらしさはdreamerさんのレビューをぜひお読みください。
        きっとこの小説の香り立つ文章の良さがわかるでしょう。


        そこで私はちょっと別の見方を最後に書いておきます。

        「結局この指だけが、これから会いに行く女をなまなましく覚えている」
        左手の人差し指が覚えている女って…。

        「雪国」はエロい小説でした。
        起きたことを省略せずに、ありのままに映像化したなら、こっちが赤面したくなるような情事のシーンが多々出てきますが、川端は何も書かず、すっとばしています。
        それでも言葉によってそれは「表現されている」!
        なんとまあ。
        読まれて困る日記を隠語で書いてあるのを読み解くみたいですよ。
        例えば、生理中なので関係を躊躇している駒子にそんなのなんでもないよと事に及んでしまうと、女も体のことは忘れ…。
        なんてのが、想像できるように書いてあるんですよ。
        源氏物語とかの古典文学みたいでしょ?

        ぜひぜひ雪国の一番のエロな表現(しかし上品をぎりぎり壊さない職人芸)を探してみてください。
        読み取っていただければ川端さんも喜ぶと思います。


        そしてこれだけではいけない。川端康成をもっと読まないと…。これだけでは全くわからないわね。と思った次第です。
        >> 続きを読む

        2016/12/21 by 月うさぎ

      • コメント 8件
    • 3人が本棚登録しています
      雪国
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      • 妻子持ちの東京人の島村が逗留先の北国で芸者と過ごす日々の物語。
        淡々と語られるその様に激しい愛情などは表出せず、只々穏やかに、芸者への哀れみを通じて自らへの哀れみを見るような感情なのだとか。
        その仄かなかがり火に手をかざすかの様な淡い情愛を浮かび上がらせるのに、雪国という景色が効果的だった気がしました。
        ただ結末で、それらを捨て帰らねばならぬ島村に、未練を残させるかの如き唐突な出来事で物語を締めねばならなかったのは何故なのか。
        最後の最後で水面に一石投じた感じ。
        総じては穏やか〜な時間を過ごすのには良い作品でした。
        >> 続きを読む

        2014/10/02 by 豚山田

      • コメント 2件
    • 5人が本棚登録しています
      愛する人達
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      • 読んでいないと思って図書館で借りてきた短編集ですが、読み始めて再読だと気づきました。相変わらず川端康成、上手いなぁ。

        彼の描写って結構しっとりしているんですよね。日本人の官能って感じだ。細部にズームした視点がやらしくていい。電車に乗った新婚夫婦の話が好きなんです。男の人ってそんなところ見てそんなこと考えているの?(笑)

        ほくろの話もよく覚えていました。やっぱり川端康成は文豪なんだな、としみじみ思います。文章もそうですけど、何を書くかの視点が非常に好みなのです。でもやっぱり、川端康成は短編のほうがいいな。
        >> 続きを読む

        2017/08/09 by ワルツ

    • 1人が本棚登録しています
      舞姫
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      • 波子は言う。
        「結婚はみんな、一つ一つ非凡のようですわ。・・・・平凡な人が二人寄っても、結婚は非凡なものになりますのよ」

        気怠く鬱々とした物語だった。
        戦争が終わった平和な世界で、一つの家庭がキシキシと音を立てながら崩れてゆく。

        波子も、娘の品子も、想う人がありながら踏み出せずにいる。無心に舞うことができない。
        矢木は不気味だ。妻のことも娘のことも見下している。プライドだけが無駄に高い生活力のない男。
        家族に毛嫌いされている沼田は、それほど嫌な人物だとは思えなかった。

        「雪国」や「古都」よりも、現実的で生々しい。
        生々しく、それでいて淡々としていて、心の奥底に沈殿していく。
        余韻が長引きそうだ。
        >> 続きを読む

        2015/01/02 by seimiya

      • コメント 1件
    • 3人が本棚登録しています
      千羽鶴
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      • 「千羽鶴」ほか4篇の連作短篇集。

        亡き父の愛人と関係を持ち、その愛人の娘にもそこはかとなく惹かれてゆく。
        なんとも背徳的な話だが、不潔な感じはしない。
        そばには必ず焼き物がある。焼き物のそばに人がある、ともいえる。

        志野焼、楽焼、唐津焼。
        焼き物にはあまり詳しくないので、ヤフーで画像検索しながら読んだ。
        綺麗な器の写真を見ていると、実物に触りたくなってくる。

        この小説はじつに触感的だ。

        菊治は太田夫人の触感を思い出す。
        「触感がよみがえって来ると言っても、彫刻的な感じではなく、音楽的な感じであった。」

        川端康成の文章も、彫刻的というよりは音楽的だなと思う。
        >> 続きを読む

        2015/01/03 by seimiya

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      名人
      カテゴリー:小説、物語
      3.0
      いいね!
      • 川端康成の名作の一つとのことですが、正直よくわかりませんでした。
        囲碁のルールは『ヒカルの碁』でなんとなく理解した程度ですが、たぶんそれはあまり関係がないのです。

        病に侵された不敗の名人が引退の碁で挑戦者に負ける話。

        といってしまえばそれまでですが、時代の変化や病んでいく身体、それでも打ち続ける姿と周りの期待、そういうものが名作たらしめているのだろうとは思います。思うのですが、よくわからなかった。

        川端はこの名人の死でひとつの時代の死を表現しているのでしょうが、なんだか懐古主義が過ぎるというか、自己陶酔が垣間見えるようで違和感を感じたというのもあります。作中でも、決して時代の変化を否定しているわけではないのに、なぜでしょうね。

        私にはまだ早すぎたのかもしれません。
        あと私にとって川端は、面白いのとつまらないのとがあるので、単純に合わなかっただけかもしれません。
        そんなに長い作品でもないので、よかったら一読して、名作かそうでもないのか、ご自身でジャッジしてみてください。
        >> 続きを読む

        2015/08/28 by ワルツ

      • コメント 2件
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      千羽鶴
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
      いいね!
      • まず文章の美しさに驚きました。ため息が出るほど…
        ありありと情景が目の前に浮かびます。匂いまでも。
        繊細、優美…です。




        >> 続きを読む

        2012/11/04 by michikoo

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    • 4人が本棚登録しています
      小公子
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
      いいね!
      • 『小公子』は、小さい頃、アニメがあっていたのをおぼろげに覚えている。

        アニメの中で、主人公のセドリックが「アニーローリー」をよく笛かオカリナで演奏していた。
        それで、私も当時、リコーダーやハーモニカでときどきアニーローリーを練習して吹いていた記憶がある。

        ただ、物語はほとんどさっぱり忘れてたので、今回読んでとても面白かった。

        話の筋は単純で、アメリカで普通の家ですくすくと育っていた主人公のセドリックが、実は死んだお父さんは伯爵の勘当された三男で(お母さんがアメリカ人で恋愛結婚したため勘当された)、伯父二人が急死したため、急遽イギリスの大貴族の伯爵家の跡とりとなる。
        セドリックを迎える祖父は、はじめは気難しく心を閉ざした老人だったが、セドリックの素直さや優しさに触れて徐々に心が溶けて人間らしさを取戻し、やがて絶対に会うことも拒んでいたセドリックの母親とも和解する。

        といった物語である。

        しかし、この単純な、世界名作っぽいストーリーにもかかわらず、不思議な感銘や感動を覚えるのがこの作品のすごいところだと読んでいて思った。

        というのは、大人になってくると、ろくでもない人々を見て、徐々にこちらの心も凍る思いをしたりすり減ってくる。
        どうにもならない世の中に、苛立ったり絶望したりする。
        そういう経験を繰り返すうちに、いつの間にか、ドリンコート伯爵のように、世の中を冷笑し、斜に構え、心がこわばってくることは、誰でも多かれ少なかれあるのだと思う。
        それが、セドリックの本当に優しい素直な様子を見ていて、ドリンコート伯爵とともに、徐々に心が暖かく溶けていくような気がする。

        セドリックがかくも良い子なのは、そのお母さんがこの上なく良い心根の持ち主だからで、子どもと引き離されても恨みごと一つ言わず、あくまで子どもの幸せと他の人々の幸せを願って生きている姿が描かれるのだけれど、以下の言葉には本当胸を打たれた。

        "Oh, Ceddie!" she had said to him the evening before, as she hung over him in saying good-night, before he went away; "oh, Ceddie, dear, I wish for your sake I was very clever and could say a great many wise things! But only be good, dear, only be brave, only be kind and true always, and then you will never hurt any one, so long as you live, and you may help many, and the big world may be better because my little child was born. And that is best of all, Ceddie,—it is better than everything else, that the world should be a little better because a man has lived—even ever so little better, dearest."

        「ああ、愛しいセディー!私があなたのために、本当に知恵があって、多くのたくさんの賢いことを言うことができたなら。けれども、愛しい子よ、どんな時も、ただ良い人であり、ただ勇敢であり、ただ親切で真実であってちょうだい。そうすれば、生きている限り、あなたは決して誰をも傷つけることはないわ。そして、あなたは多くの人を助けることができるでしょう。私の小さな子が生まれたということで、この大きな世界は良くなることもできるのよ。そして、すべてにまさって、セディー、他の全てのことより良いことは、その人が生きていることで、この世界が少しでも良くなるということなのよ。たとえどんなにほんの少しでも。最愛の子よ。」

        本当に、どんなに少しでも、この世を悪くするのではなく、良くすることができたら。
        それが人の生きた証であり、意味ということなのかもしれない。

        また、

        "we must always look for good in people and try to be like it."
        「私たちは人の良いところをいつも見るようにし、そしてそれを好きになるように努めなければならない。」

        という言葉も、本当にあらためて胸を打たれた。

        セドリックの母のこれらの言葉を、セドリックのように素直に実行すれば、どれだけかこの世は良くなるだろうか。

        世の中そんなにうまくいくはずがない、と斜に構えて言う前に、自分はこのように生きる、ということが大切なのかもしれない。

        それにしても、原作を読んで気付いたのは、「アニーローリー」は全く原作の中に出てこない。
        アニメが付け加えたエピソードだったのか。
        しかし、よく作品にあった曲を持ってきたものだとは思う。

        また、面白いのは、アメリカにいた頃、まだ七歳ぐらいのセドリックは、政治にも興味を持って、共和党を熱烈に支持している。
        19世紀半ばの、イギリスはビクトリア女王の時代だけれど、この時代は、今とは正反対で、共和党が進歩的な政党で民主党がむしろ保守的なスタンスだった。
        20世紀中でどういうわけかそのスタンスが大幅に入れ替わり、今は真逆になっている。
        セドリックの時代に、初の黒人大統領は民主党から出ると聞いたら、誰も信じなかったろう。

        そういった時代背景も面白かった。
        あと今以上に、アメリカとイギリスはおそらく遠く隔たっていた時代だったのだろう。
        そういえば、チャーチルの母はアメリカ人だったが、若干リアル小公子っぽい少年時代だったのかもしれないと思うと興味深い。

        自分の心がセドリックに会う前のドリンコート伯爵のようになりかかったら、またこの作品を読み直したいと思う。
        >> 続きを読む

        2014/01/04 by atsushi

      • コメント 5件
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【川端康成】(カワバタヤスナリ) | 読書ログ - 読書ファンが集まる読書レビューサイト(著者,作家,作者)

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