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倉田百三

著者情報
著者名:倉田百三
くらたひゃくぞう
クラタヒャクゾウ
生年~没年:1891~1943

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      出家とその弟子
      カテゴリー:戯曲
      4.0
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      • 「出家とその弟子」と言えば倉田百三、倉田百三と言えば「出家とその弟子」と来るほど有名な作家・作品ですが、今日、さほど読まれてないのではないでしょうか?第一、私にしたところで、岩波文庫のこの一冊を手に取るまでは、この作品は小説であると思っていて、戯曲であるとは知らなかったのですから。この戯曲は、52歳で亡くなった彼が25歳のときに書き上げた作品であり、1916年(大正5年)のことです。早熟だったのですね。

        戯曲は6幕構成であり、浄土真宗の開祖・親鸞(しんらん)と、彼によく仕えた唯円(ゆいえん:後に「歎異抄」を著す人)の二人は、全編を通して登場します。年齢差はちょうど50歳、もしかしたらお爺さんと孫の関係のような気がします。親鸞は90歳まで生きるのですが、唯円がちょうど40歳の時にこの世を去り、極楽浄土に往生するのですね。それまでの過程が大変な苦難の道だったと思われます。そもそもの親鸞と唯円の出会いは、親鸞61歳にとき、若いころの唯円の家に、雪の日一夜の宿泊を願って、すったもんだの末、泊めてあげることになったのです。このとき唯円は幼名・松若といい、11歳。この夜が縁になり、彼は親鸞のもとで出家するのです。

        そもそも、法然=親鸞の教えは、「自分が悪人であることを自覚し、そんな自分の救済を希求する「悪人」をすべて救済しなければ自分も仏にならない」という願を阿弥陀如来が立て、そして、すでに阿弥陀如来は仏になっているのだから、悪人も救われている」というウルトラ・ロジックで仏に縁の薄かった一般庶民の受け入れるところになったのですね。親鸞のいう「悪人正機論」です。完全な人間などどこにもおらず、完全な如来から見ると、だれも同じ悪人になるわけです。ここに浄土宗、浄土真宗の「絶対他力」の秘訣があります。

        ところで、信仰の道に入ったとて、親鸞にも唯円にも煩悩がなくなることはありません。

        唯円の場合、25歳の血気盛りのころ、16歳の遊女・「かえで」とのっぴきならない恋愛関係になります。それに気付いた先輩の僧たちは「恋愛はご法度と」唯円を責め、親鸞に寺からの追放を具申します。この態度は、キリスト教におけるパリサイ人と同様で、情け容赦のないものでした。

         それについての親鸞の回答は「確かに唯円は悪人かもしれない、悪人だからこそ、ここに居るのではないか」と云ったもので、仏教の一般的な戒律には背くものでしたが、浄土門の教理においては妥当な判断でした。先輩の僧たちは、浄土門の根本教義がわかっていなかったのでしょう。この辺がユダヤ教の教理を四角四面に適用しようとしたパリサイ人と似ているのです。

         さらに時が流れ、親鸞90歳、臨終の場面になります。唯円も40歳、かれと結婚した「かえで」は「勝信」と名乗り、可愛い子供も二人います。親鸞にとって、この世の最後の煩悩は、彼が流刑地にいたころ設けた子供・・・善鸞のことでした。善鸞は放蕩を好み、やりたい放題の息子だったので、親鸞は親子の縁を切っていました。でも、まわりのものの配慮で、二人を引き合わせます。その一期をもって、親鸞はこの世から極楽浄土へと赴くのです。

        実の息子について、寛容ではない親鸞の姿は、父と子の相克を表現しているのでしょうか。息子に求めるものが世間一般より多いのでしょうか?たしかに唯円の場合、愛弟子であって、近いところにいたこともあったのですが、彼のケースも、教義にすなおに従うことで親鸞は赦したのです。肉親ではないから?

        最後に:この戯曲、舞台設定に一部おかしなことがあります。親鸞が生きていたのは鎌倉時代だったはずですが、鉄砲、遊郭などが当たり前のように登場するのですね。まあ、ちょっとした瑕疵(かし)ですが。

        倉田百三について wikiから引用。
        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
        広島県庄原市出身。1891年(明治24年)、呉服商の長男として生まれる。他は姉と妹ばかりで男児は百三ただ一人であった。西田天香の一灯園で深い信仰生活を送る。
        広島県立三次中学校(現広島県立三次高等学校)入学、卒業。生涯の友となる香川三之助と出会う。

        第一高等学校へ進む。在学中に一高の文芸部の機関誌に寄稿した論文(『愛と認識との出発』等)が一高内の自治組織による検閲の結果、不適切な単語が含まれるとの理由から鉄拳制裁が行われる事となるが、21歳で肺結核を発症したため鉄拳制裁に耐え得る身体ではなく、死を予感して寄宿寮を脱する。一高では退寮はすなわち中退であった。

        以後40余歳まで闘病生活が続く。また、神経症を患い、森田正馬の治療を受けている。病床で執筆活動を続け、『出家とその弟子』や『愛と認識との出発』など生命力みなぎる青春文学を世に送り出した。 満51歳没。法名は、戚々院釋西行水樂。
        ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

        なお、「出家とその弟子」は、作家・ロマン・ロランに絶賛されたことでも有名。
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        2013/12/22 by iirei

      • コメント 6件
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      出家とその弟子
      カテゴリー:戯曲
      4.0
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      • 親鸞と周囲の人間との会話から仏教の心を知る。
        心に平安が欲しい時などにヒントをもらえる。

        自分の中で評価が2つに割れた。

        評価が高かった部分は、本作品のコンセプト。

        一般人にはわかり難い概念を平易に解説することで
        世の中に知らしめる作品は存在価値が高いと常々思っているが、
        本作品は仏教という概念を親鸞の口を借りることで説明している。

        更に脚本形式のような形態であるのも、
        平易度を増すのに貢献しているのだと思われる。

        評価が低かった部分は、「それでは解決にならない」解決策に終始している点。
        ・問題が発生した→祈りなさい。
        ・心が乱れる→祈りなさい。
        ・悔い改めたい→祈りなさい。

        宗教というものが「祈りなさい」「許しなさい」というものなのだと思うので
        著者を攻めるのは酷な気もするが、現代社会でこれを履行していては
        能動性に欠けるダメ社員になってしまいそうな気がする。

        とはいえ、うつ病で苦しむ方も多い社会では、
        むしろ、これくらいの概念の方が受け入れられるのかもしれない。

        現代社会では信仰と言動を使い分ける必要が有るように思う。
        >> 続きを読む

        2007/02/03 by ice

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