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皆川博子

著者情報
著者名:皆川博子
みながわひろこ
ミナガワヒロコ
生年~没年:1930~

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このランキングは1日1回更新されます。
      開かせていただき光栄です DILATED TO MEET YOU
      カテゴリー:小説、物語
      4.1
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      • 「双頭のバビロン」が余りに読み応えがあって、今でも雰囲気に呑まれた感じがある。

        皆川さんのミステリで、聞いたことのある作品が少し前に話題になっていたのを思い出した。
        早速読み始めたが、こんどは解剖教室の話、グロテスクな描写は前のものでお手合わせ済みなので、余り気にしない。
        ただ、読み始めると、教室の五人の生徒が、本の中や頭の中を走り回るので、登場人物一覧をジッと眺めて、ひとまず先生と生徒の名前を覚えた。

        容姿端麗、眉目秀麗のエド(エドワード)が一番出番が多いが、彼と同室の天才細密画家ナイジェルも重要。
        後は、おしゃべりなクラレンス、太目のベン、やせっぽっちのアル。

        さて、時は18世紀のロンドン、舞台は外科医ダニエル先生の解剖教室。

        わが国では「解体新書」の腑分けが始まるよりも7.80年先んじているのかな。やはり江戸幕府の下で、西洋医術は遅れに遅れている。

        英国でも外科医の地位は低く、特に解剖医となると、薄気味悪い印象で住みやすくはない。解剖死体を手に入れるのもやすやすとは出来ない。裏から手を回し、墓あばきに金を払ってやっと手に入る貴重品だった。
        弟子の5人は先生を慕って集まっていて、向学心に燃えている。
        そこに妊娠6ヶ月の貴族令嬢の死体が運ばれてくる。視察団から隠した暖炉から取り出してみると、下に重なっていた覚えのない死体が出てくる。
        そうこうしているうち開けてなかった隣の部屋の解剖台に、四肢を切断された少年の死体が乗っかっていた。

        この三体の死体を巡って、事件が展開する。

        死体になって解剖台の乗っていた少年は、町に出たときエドとナイジェルがふと知り合った詩人志望の少年だった。
        彼は、独学で中世の文学を学び、当時の筆致(古語)で文章や詩が書けた、その上教科書にしていた貴重な古文書を持っていた。
        この少年と弟子たちのつながりが物悲しい挿話になっている。

        ダニエル先生は世事に疎いが、兄の内科医は上流階級に取り入り、富と名声を手に入れていた。屋敷の一部を解剖教室にし、経費の面倒を見ていた。

        それが、どうも詐欺に会って高額な投資に失敗し破算寸前らしい。その上許せないことは、貴重な標本を抵当にして資金を借りているらしい。

        弟子たちは、解剖室の将来と尊敬する先生のために、増えた死体の真相を探り始める。

        そこに、盲目の名判事、ジョン・フィールディングが登場する。
        貧民が増え世情が乱れている、彼は裏金では転ばない高潔な人物だった。盲目のハンデは微妙な声を聞き分ける聴覚と、手に触れることで感じる触覚を備えていることで補って余りある。そのうえ、明晰な頭脳をもち行動力もある、出来事の経緯を整理して分析する。厳格な中に柔らかいハートも持ちあわせている。
        眼の代わりをする賢い姪もついている。

        右往左往しながら、死体が増えた原因になった殺人事件が解決する。

        法廷場面で、思いがけなく胸が熱くなるシーンもある。

        エンタメ要素満載で堪能した。
        弟子たちが歌うアルファベットの歌が楽しい、話の最後でやっと「Z]の部分が完成する。
        皆川さんの作詞らしい。

        題名は、解剖前に弟子たちが揃って言う言葉。



        うれしいことに続編もあるとか。解剖教室を解散した弟子たちのその後の話で、また見つけて読もうと思っている。
        >> 続きを読む

        2014/11/04 by 空耳よ

      • コメント 2件
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      開かせていただき光栄です DILATED TO MEET YOU
      カテゴリー:小説、物語
      3.8
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      • 【推理小説としてよりも】
         最初、内容を全く知らずにタイトルだけを見た時、「これは一体何の話なのだろう?」と不思議に思っていたのですが、読んでみて納得!
         本書は、18世紀のロンドンを舞台にした物語なんですが、そのテーマはずばり、人体解剖です。

         当時のイギリスでは、人体解剖などというものは神に背くおぞましい所行と考えられており、一部死刑囚の死体などの解剖は認められていたものの、それ以外にはなかなか人体解剖などはできなかったのですね。
         でも、医学の発展のためには是非とも必要なことです。
         というわけで、本書に登場する外科医ダニエルも、弟子達と共に、墓暴き人夫から買い取った死体を素材にして解剖にいそしんでいたわけです。
         だから、「開かせていただき光栄です」なんだ~。

         で、今から解剖しようとしているのは、妊娠6ヶ月の妊婦という極めて貴重な死体でした。胎児の状態を知るためにもこれは絶好の死体だったのですね。
         さて、これから解剖だというところで密告を受けた警察が踏み込んできます。
         この妊婦の死体も墓暴き人夫から買い取ったものですので、もちろん違法です。
         「隠せ!」ということで、大あわてで妊婦の死体を隠し、何喰わぬ顔で警察と対峙します。

         何とかごまかしたので、すぐにでも解剖を再開しようとしたところ……隠し場所から出てきたのは全く別の死体でした。
         何だこれは?!
         その死体は、若い青年の死体のようですが、四肢が切断されています。
         どういうことなの?

         そしてそして、すったもんだしているうちに死体がもう一つ!
         今度は顔を潰された成人男性の死体です。
         何でこんなに一度に死体が沢山出てくるんだよう。

         本書は、これらの死体の謎を追う推理小説として書かれているわけですが、もちろん推理小説として読んでもなかなかに面白いのですが(皆川さんによくみられるちょっと整理が尽くされていないというか、読者には不親切な混乱したパターンはあるんですけれどね)、私は、それよりも死体解剖の黎明期のすったもんだ劇として読んで楽しませていただきました。

         時にユーモラスな筆致も交えながら、大変しっかりと当時の状況を描いており、それだけで十分に堪能することができる作品に仕上がっています。
         
         でも、皆川さんは本当に懐が深いですね。
         今、実は皆川さんの別の作品も併読しているのですが、全く違う味わいの作品を書きこなせる才能には驚嘆します。
        >> 続きを読む

        2019/03/21 by ef177

    • 他3人がレビュー登録、 12人が本棚登録しています
      双頭のバビロン
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
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      • 【そしてめくるめく物語は輪環する? 濃密で重厚な傑作!】

         素晴らしくよくできた作品です。
         しかも、全てがefの趣味ど真ん中なのです。
         結構なボリュームがある作品ですが(ハードカバー、上下二段組みで540ページ)、あっという間に読了してしまいました。

         物語は、シャム双生児(今ではこういう言い方はしないのでしょうか? 作中でも「癒着双生児」と書かれていました)にまつわる数奇な物語です。
         舞台は、第一次世界大戦の前後に渡る、ウィーン、ボヘミア、ハリウッド、そして上海です。
         
         ウィーンのユダヤ系貴族である名門グリースバッハ家に、念願の跡取りとなる「一人」の子供が生まれます。
         ですが、その子供は癒着双生児だったのですね。
         体面を重んばかるグリースバッハ家としては、そのような奇形の子供が生まれたなどということは口が裂けても言えないこと。
         その子供「達」は密かに隠されることになりました。

         レントゲンによるX線が実用化されたのもこの時代のこと。
         その技術を使うことで癒着された二人は切り離すことが可能になりました。
         そうして、手術が行われ、「一人」は、ゲオルクとユリアンという「二人」になったのです。
         ですが、グリースバッハ家の跡取りは一人でよろしい!
         ……その結果、ゲオルクは、本来生まれたのはこの子であるとしてグリースバッハ家の跡取りとして残り、ユリアンはこの世界には存在しない者としてボヘミアにある「芸術家の家」と呼ばれていた癲狂院に幽閉されることになりました。

         この二人、もともとは「一人」だったこともあり、遠く離れていても精神感応力があるように思われました。
         自働筆記により、ユリアンには知りようが無いゲオルクの体験が書き出されていきます。
         その能力に目をつけたのがユリアンを庇護していたヴァルター医師でした。
         彼は、もっぱら学術的関心から、その能力の意味を知りたかったのですね。
         そして、ユリアンと共に「芸術家の家」で幼少期から育てられていたツヴェンゲル。
         彼も、重要な役回りを演じることになります。

         これが基礎的な舞台設定ですが、いちいち「小道具」がそそります。
         例えば、ゲーテ/シューベルトの「魔王」、ドイツ表現主義の傑作ヴェゲナーの「ゴーレム」、ウィーンのカフェやプラータ(efは仕事で何度もウィーンに行ったのでその描写は痛いほど……)、上海の阿片窟……その他もろもろ。
         いちいちどれもefのストライクゾーンど真ん中なのです。

         その後、とある策謀によりゲオルクはグリースバッハ家を廃嫡され、ウィーンから追放されて新大陸アメリカに渡ります。
         紆余曲折あって、ハリウッドに流れ着いたゲオルクは、そこで映画監督として大成します。
         ええ、映画です。ゲオルクが作る映画、そして実際に撮られた映画のお話がとても効果的に織り込まれていきます。
         トーキーが生まれるちょっと前の頃の時代、そして遂にトーキーが出現する頃の時代を描いています。

         ゲオルクとユリアン、そしてツヴァンゲル。
         彼らの絡み合う人生が濃密に描かれる本作は、ef的には傑作と言い切ってしまいます。
         皆川博子さんは、かねてよりすごいなぁと思っていたのですが、本作は絶品です。
         ネタばれになるのでこれ以上詳しいことは書けないのですが、efの趣味をご理解いただける方には絶対の自信をもってお勧めできます。

         感性を同じくする方、あなたに是非読んで頂きたい本がこれです。
        >> 続きを読む

        2019/03/25 by ef177

    • 他2人がレビュー登録、 4人が本棚登録しています
      聖餐城
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
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      • 【皆川博子+佐藤賢一+ケン・フォレット!……これは『全部盛り』か?】
         厚い。厚いぞ~! 
         文庫本で850ページ越えという超大作です。
         普通なら上下(あるいは上中下)に分けて出版しても全然OKなのに、一冊にまとめてしまった超分厚い文庫本です。
         読みにくい(特に最初の方とか最後の方とか読む時はバランス悪い)ったらありゃしない。いえ、造本がですよ。
         手の小さい方なんて扱いにくいんじゃないの、このツクリは。

         と、ひとくさり造本上の文句を言った上で、内容はというと、すんばらしい!
         これは是非読むべきですよ~。
         これまでの私の中の『皆川イメージ』とはまた違った面を見せてくれています。
         タイトルからして、『伯林蝋人形館』とか『死の泉』あたりの感覚の作品かな?と思って読み始めたのですが、そこまでおどろおどろしい物ではなく、でもまた胸騒ぐような歴史をベースにした作品という、まだ私が味わったことのない皆川ワールドでしたよ。
         そうですねぇ、『伯林……』あたりのテイスト+佐藤賢一チックなと言えば伝わるでしょうか?(いや、後で書きますがそれだけじゃない!)

         物語の舞台となるのは17世紀初頭の神聖ローマ帝国です。
         カトリックvsプロテスタントの宗教戦争に端を発し、その後、宗教なんてどっちでもいい的な領土拡張意欲に満ちた戦争が勃発する世の中を描きます。
         主人公は、『馬の腹から生まれた』と言われるアディという少年。
         彼は、輜重隊に個人的に同道しているとんでもないザーラ婆さんに育てられるのですが、純粋な奴で、戦場の余りの悲惨さにショックを受けて時々言葉が出なくなってしまいます。

         「さっさと略奪してくるんだよ!」というザーラ婆さんの声にせき立てられ、傭兵による略奪、強姦、殺人の最中に盗みに走り出します。
         そこで見つけたのが手足を縛られたきれいな身なりをしたイシュアという少年。
         「これは金になるかも?」
         ええ。当時は、戦いの後、捕虜に取った身分の高い者は相手側に引き渡すことにより金になったのです。

         イシュアはユダヤ人で、その父親はウィーンで皇帝の財務を司る大富豪でした。
         この宗教戦争で皇帝側につくべきか、王側につくべきかを決める密書を抱えてプラハにいる兄のシムションの所に行く途中で捕まってしまった少年だったのです。

         ここでアディとイシュアが巡り会うんですね。
         アディは、あまりにも悲惨な略奪を見て「自分は虐げられる側ではない側にいたい」との気持ちからイシュアの頼みを聞いて、ザーラ婆の下から出奔し、イシュアをプラハに送り届けようとします。
         ええ、イシュアは「僕をプラハに連れて行け! そうしたらお前の望みは叶えてやる。」と言うのですから。
         ですが、プラハに向かう途中で、イシュアは王軍にまたもや捕獲されてしまい、密書だけを持ったアディがプラハにたどりつきます。

         とても長い話になるのではしょりますが、アディはイシュアの兄のシムションの下に密書を届けた功により、願い通り皇帝側を支持するヴァレンシュタイン旗下のローゼンミュラー隊に取り立てられ、軍人としての道を歩き始めます。

         シムションを核とするユダヤ財閥は皇帝を、いや、それよりも有能とにらんだ弱小貴族であるヴァレンシュタインに投資することにし、ヴァレンシュタインはユダヤの金を背景にのし上がっていきます。
         
         この辺りの展開が佐藤賢一チックなんですよね~。
         戦乱の中の人間模様が大変巧みに描かれていて、佐藤賢一さんがお好きな方なら文句なしに楽しめる書きぶりです。

         ですが、そこに加わる皆川ワールド!
         イシュアは、何と、ホムンクルス(人造人間)ではないか?という疑惑が!
         はいはい。出てきますよ~。
         錬金術、カバラ、ケプラーの占星術……オカルティックな様相がぞろぞろと。

         この辺りでタイトルの意味を少しだけ書きましょう。
         どうやら『聖餐城』という城があるらしいのです。
         それは、ルドルフ2世がいずこかに築いたらしい城(?)らしいのですが、問題はそこにあったとされる『青銅の首』なる機械です。
         その作り物の首は、意思を持ち、国の重大事を問いかけると的確な答えを返したのだとか。
         それは既に破壊されたようなのですが、その残骸が未だに『聖餐城』に残されているのだとか……。
         そんなスーパーコンピュータのような物があるのなら是非我が物にしたいという野望が、この戦乱時にうずくのもよく分かるお話ですよね。

         シムションは、幼い頃にそんな話をちらっと聞いたことがある位だったのですが……。
         そうそう、イシュアのことを書かなければ。
         彼は、王の牢獄に囚われていたのですが、自力で脱出します。
         ですが、その時には、まだ幼い子供だというのに髪は老人のように銀色に変わり、顔つきも老成したようになっていました。
         そもそもが、『せむし』(?)のように、背中に瘤を持った奇形だったのですが。

         イシュアは、まるで『青銅の首』のように、的確に未来を見通し、豊かな学識を示し、その存在感を増していきます。
         兄のシムションは思います。
         「人工的に『青銅の首』を作れるのなら、ホムンクルスだって人工的に作ったものだ。あいつがホムンクルスなら、もしやイシュアこそが新しい『青銅の首』なのではないのか?」

         一方、アディは、貧民出なのですが、その一途な気持ちが功を奏し、また、銃の腕前が良かったこともあり、隊長の覚え目出度く、中隊長にまで出世します。
         相変わらず輜重隊につきまとっていたザーラ婆らにたかられつつも『自分の道』(?)に進み始めた……と思った時に、刑吏の娘ユーディトに熱烈に恋をしてしまいます。
         ですが、それは禁断の恋。
         当時、首切り人である刑吏は不浄の者とされ、一般人は触れることすら許されませんでした。
         一度触れたら、己も不浄の身に墜ちるのだとされていました。

         ですが、ある夜……ユーディトと結ばれたのです。
         それは、ユーディトの家族の思いやりにより『幻想』と設えられたことなんですが。
         これであきらめろと……

         ですが、アディはその思いを捨て切れません。
         隊長を裏切ることはできない。だけど、ユーディトを諦めることもできない。
         そんなアディを、イシュアは「偽善だ」とクリティカルに諫めます。
         「お前の一番は隊長なんだな。じゃあ僕を2番にしろ」と迫るイシュア。
         「2番は……ユーディトだ」
         「仕方ないな。だが、僕は3番は嫌だ。同じ2番にしろ。誓うか?」
         誓ってしまうアディ。
         「お前は、その誓いをいつか後悔するぞ」というイシュア。

         物語は大河ドラマのように、まだまだ続きます。
         その壮大さは、リードにも書いたケン・フォレットをも彷彿とさせます。
         はい、あの『大聖堂』シリーズ的な味わいもある作品なんです!
         『大聖堂』シリーズも、長い作品ですがぐいぐい読ませる面白さがありましたよね。
         あの感じもある作品なんです。

         皆川さんは歴史物も書いていますが、日本の歴史物は、面白いのですが陰惨さもあって眉間に皺を寄せながらも読んでしまうという感じなのですが、それともまた違い、ケン・フォレット的な、『明るい』と言っては語弊がありますが、そんな歴史物と感じました。
         そこに佐藤賢一チックな動乱と人の心が動く歴史が加わり、さらに、皆川さん御得意のオカルトテイストがふりまかれているという、何とも『全部盛り』のような美味しさなのです!

         いやぁ、堪能しました。
         これはとても分厚い本ですが、分厚い面白さがそこに詰まっています。
         厚さにおそれをなすな!
         その厚さは『見せかけ』に過ぎない。
         さあ、手に取って読み始めよ!
         だって、読み始めたらほら、もうこんなに読み進んでいるじゃないか。
         そんな大変面白い作品です。
         ストロング・リコメンド!!
        >> 続きを読む

        2019/06/29 by ef177

    • 他1人がレビュー登録、 2人が本棚登録しています
      結ぶ
      カテゴリー:小説、物語
      4.7
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      • 【恐いよ、恐いよ~】
         本書は1988年に刊行され、高い評価を受けたにもかかわらずなかなか再刊されなかった短編集「結ぶ」に、未刊行作品4編を加えて新たに刊行された短編集です。
         幻想的、耽美的な作品を集めていますが、何より恐いんですよ。
         いや、ホント。
         では収録作から何作かご紹介。

        ○ 結ぶ
         「そこは縫わないでと頼んだのに、縫われてしまった。」で始まるものすごく恐ろしい作品です。
         何を縫っているかというと、人体なのです。
         人体を縫って、ダンゴムシのように丸めてもらっている女性のモノローグがこの作品なんです。

        ○ 水色の煙
         幼い頃、叔母から話してもらった奇術師のお話が好きでした。
         そのお話は、村にやって来た奇術師が、村人が差し出す色々な物を様々な形の煙に変えてしまう話でした。
         猫の形になったり、鳥の形になったり。
         村人達は大喜びで、次々と品物を持ってきてはもっと不思議な物の形にしてくれと言うのでした。
         困ってしまった奇術師は、最後に……自分自身を煙に変えるしかなかったのです。
         そんなお話を愛した私は、ある時、納戸を開けたところ、叔母さんの足を見つけてしまったのです。

        ○ 城館
         子供の頃、叔父の家に遊びに行くのが大好きでした。
         叔父の部屋には、大きな地球儀や、クラゲの化石や、柄に浮き彫りのある青銅製のペーパーナイフなど、不思議な物が沢山あったから。
         外国の本もありました。
         「閉じこめられたカスパール」というお話だったけれど、全部訳して読んでもらう前に家に帰らなければならなかった。
         その後、一人で叔父の家に行き、カスパールの本を探していたら、知らない女の人が部屋に入ってきたんだ。
        「たちまち城は焼け失せた。ボール紙の城だから、ひとたまりもなかった。城の中の骸も灰になった。」


        ○ 川
         「橋の手すりにもたれた老人は、昏い川面に視線を落としていたが、やがて片手で左の眼をおおった。老人の手は眼窩から義眼を取り出し、水に投げた。」

        ○ 心臓売り
         姉は金魚売りが好きで、私は心臓売りが好きだった。
         夏は金魚売りのほかに氷売りもくるし、風鈴売りもくる。
         秋は虫売り、冬は猫売りがくる。
         心臓売りは梅雨のころにくる。
         私は、長押に釘をうって、三つだけ心臓を吊していた。
         猫売りが好きだったのは祖母で、毎年冬になると新しい猫を買う。でも、春になると捨ててしまう。
         猫を夏までおいている家はない。どうして、と訊ねたら、わかりきったことを訊くのはばかだと、姉は言った。
         ゴミ穴に猫を落として水で流すのは兄の役目だった。同じ頃、隣近所でも同じことをしている。
        >> 続きを読む

        2019/07/18 by ef177

      • コメント 2件
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      冬の旅人
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
      いいね!

      • 私が敬愛してやまない作家の一人、皆川博子の「冬の旅人」を読み終えました。

        ゆっくりと激動の時代へと向かう、黄昏の帝政ロシア。
        ペテルブルグの女学院に留学した十七歳の川江環は、そこで聖像画を学んでいた。

        しかし彼女は、聖像画では魂の充足を得られない。
        何かに突き動かされるかのように女学院を抜け出した環は、スラム街から流刑地シベリア、そして再びペテルブルグへと、変転極まりない人生を歩むのだった-------。

        暗い情念とひそやかな官能を抱いて、広大なロシアをさすらう環。
        その原点となっているのは、七歳の時に見た西洋画から受けた"美"の衝撃だ。

        だが彼女の彷徨を、自分の心の中にある"美"を形にするための旅と、簡単に断定することはできないと思う。
        なぜなら環自身が、自分が真に求めるものが何であるか、はっきりとわからないでいるからだ。

        この作品の特色は、環のこうした複雑な精神と、そこから生まれた迷走にあると言ってもいいと思う。
        そして、環の彷徨の果てから立ち上がってくるのは、自分は何者であるかという、人間の抱える根源的な命題なのだ。

        精神の彷徨を肉体の彷徨と重ね合わせて、波瀾に富んだ女の一生を創造したところに、この物語の面白さが際立っていると思う。

        また環の人生に、怪僧ラスプーチンや皇帝ニコラス二世一家といった、帝政ロシア末期を彩る有名人を絡めているのも見逃せない。

        奇妙な因縁からラスプーチンに崇拝され、さらには悲劇的な結末を迎えるニコライ一家と行動を共にする環は、歴史の証人そのものでもあるのだ。

        異邦人の傍観者的な視線で、社会の上部と下部の両方の構造を浮き彫りにしながら、帝政ロシアの崩壊を描き尽くしていて、ここもこの作品の大きな読みどころになっていると思う。

        帝政ロシアの断末魔と、日本人女性の数奇な彷徨との、重厚なアンサンブルが見事としか言いようがない。

        歴史と人間が、がっぷりと組み合ったこの作品は、まさに"歴史ロマン"の名を冠するのがふさわしい、渾身の大作だと思う。

        >> 続きを読む

        2018/11/12 by dreamer

    • 2人が本棚登録しています
      恋紅
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
      いいね!

      • 好きで好きでたまらない作家というものがいるものです。
        そんな作家の中のひとり、皆川博子の第95回直木賞受賞作「恋紅」を読了しました。

        この作品は、幕末から明治にかけての吉原と芝居の世界を対比して扱い、吉原から芝居の世界へと足を踏み入れた女の成長のさまと、情念の模様を描き出した時代小説の傑作だと思います。

        この物語には、遊女屋と旅役者と大名題の役者、母と娘、花魁と禿、徳川幕府と明治新政府など、いくつもの対比がなされています。

        こうした対比の中から、遊女を束縛する側に立つよりも、漂泊の暮らしを選んだゆうの情念が浮き彫りにされていく。

        こうした二重三重の構造を物語の内部に抱えることで、著者の皆川博子が狙いとした「縛り縛られることの無惨を幼くして自覚させられた少女の成長小説」を密度あるものにしているのだと思います。

        そして、著者のもうひとつの狙いは、「正史の裏に隠れた芸能の流れ」をたどることにあったのではないかと思うんですね。

        人の心の奥に潜む魑魅、華やかな狂気を追求した、このような作品として、続篇の「散りしきる花」をはじめ「花闇」「二人阿国」があり、続けて読み進めたいと思っています。

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        2018/09/20 by dreamer

    • 1人が本棚登録しています
      死の泉
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
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      • 【退廃と悪夢と復讐と】
         皆川博子さんは、大変多彩な作家さんです。
         様々なジャンルの作品を幅広く手がけており、例えば児童文学あり、時代小説あり、推理小説あり、はたまた幻想文学あり。
         本作は、そんな皆川作品の中でも、『薔薇密室』や『伯林蝋人形館』などと同じタイプの、私が最も好きなジャンルの作品です。

         物語の舞台は、第二次世界大戦中、及び戦後のドイツです。
         大戦中、ナチスにより様々な人体実験が行われてきましたが、主要な登場人物であるクラウス博士もそんな実験に携わっていた一人でした。
         医師でもあり、SSの高級士官だったのです。

         クラウス博士は『レーベンボルン』(生命の泉)と呼ばれていた児童収容施設の最高責任者でもありました。
         当時、ナチスは、金髪碧眼の典型的な北方ゲルマン系の子孫をドイツ国民として残そうとしており、その様な子供達を集めて養育していた施設がレーベンボルンだったのです。
         また、戦争により男児が失われていくことを補充するため、ドイツ人男性には婚外子を作ることが奨励されてもいました。
         そのような子供を孕んでしまった女性は、レーベンボルンに入所すれば出産の支援をしてもらえたのです。
         そして生まれてきた子供が金髪碧眼の持ち主であれば、以後も施設で養育されていたのですね。

         このような金髪碧眼の子供達は、その内SS隊員の養子として引き取られていき、正統なドイツ国民として認知されていきました。
         とは言え、実際にはポーランドなどの子供でも金髪碧眼の条件に合いさえすれば、親から強制的に引き離してこの施設に入れ、『ドイツ化』を施した後、ドイツ国民としてSSの養子に出していたのでした。

         さて、クラウス博士は音楽に偏執的な愛情を抱いていました。
         特に、ボーイソプラノに対して。
         当時、レーベンボルンには、ポーランドから強制的に連れてこられたフランツとエーリッヒという二人の男の子がおり、特にエーリッヒの歌声にクラウス博士は魅了されていました。
         博士は、この二人だけはSSの養子に出さず、手元に置いて歌手として育てたいと熱望しており、ナチス上層部にも自分の養子にしたいとの申請を出していました。
         しかし、クラウス博士は独身だったため、この申請はなかなか聞き入れられずにいたのです。

         そんな時、レーベンスボルンに美しい女性が出産のために入所してきました。
         彼女、マルガレーテは、若くしてギュンターという裕福な家の青年と関係を持ち、子供を身籠もってしまったのです。
         ギュンターは、反ナチス運動をしていた知人をナチスに売ったことで『愛国者』として名を馳せ、また、家柄も良かったことから女性に不自由はしませんでした。
         マルガレーテも、そんな数いる女性の一人に過ぎませんでした。
         ギュンターは、マルガレーテから妊娠したことを告げられますが、子供を養育する意思などこれっぽっちもなく、自分は入隊すると言い残して軍隊に入ってしまったのです。

         クラウス博士はそんなマルガレーテに目をつけ、マルガレーテに結婚を迫ります。
         もちろん、それはフランツとエーリッヒの二人を自分の養子にするためです。
         マルガレーテも醜いクラウス博士に愛情など抱いてはいないのですが、自身とお腹の中の子供を庇護してもらうためにこの結婚を受け入れます。
         そして、マルガレーテは男の子を出産し、その子はミヒャエルと名付けられたのでした。

         ここまでが戦前のお話です。
         戦後は、終戦時の混乱もあり、クラウス博士があれほど渇望したフランツとエーリッヒとは生き別れになってしまいます。
         クラウス博士は、今はマルガレーテとミヒャエルと一緒に暮らしていたのですが、このミヒャエルがまた美しい声を持っていたのです。
         クラウス博士の厳しいレッスンもあり、ミヒャエルは17歳だというのに未だ変声期を迎えず、美しいボーイソプラノのままだったのです。

         さて、ここで運命の数奇な歯車が回り始めます。
         戦後のミュンヘンに、ゲルトという男の子が自堕落な母親と二人で生活していました。
         母親は男にだらしのないブリギッテという女性。
         実は、ブリギッテも戦前レーベンスボルンで働いていたことがあり、マルガレーテが玉の輿に乗って裕福な生活をしていることに嫉妬し、自分からクラウス博士に言い寄り、クラウス博士の子供を身籠もったのです。
         ええ、その子供がゲルトでした。
         ブリギッテも、クラウス博士と生き別れになってしまい、今はゲルトを抱えてミュンヘンで生活していたのでした。

         そして、ここで再び登場するのが、あの『愛国者』ギュンターです。
         ギュンターは、今は設計技師として働いていますが、折からの不況のため仕事にもあぶれている状態でした。
         そんなギュンターに接近してきたのが、何とクラウス博士だったのです。
         ギュンターは先祖代々維持していた古城を相続していたのですが、クラウス博士はその城を売って欲しいと持ちかけてきたのです。
         何のためにあんな荒れ城が欲しいのか?
         不審がるギュンターでしたが、クラウス博士はギュンターの歓心を買うため、ギュンターの事務所の窓から翌日催されるパレードが良く見えるから妻と子供の見せてやりたいなどと頼み込むのでした。

         翌日、ギュンターの事務所に現れたのはマルガレーテとミヒャエルだったのです。
         ギュンターは、一目でマルガレーテと気づきますが、マルガレーテはまるで腑抜けのようになっており、ギュンターに全く関心を示しません。
        ギュンターは、17歳だというのに子供の声で話す、発育不全とも思えるミヒャエルを見て、これが俺の子なのかと感慨に耽ります。

         その時、パレードの雑踏の中から得も言われぬ美しい歌声が聞こえてきました。
        歌っているのは若い男生徒美しい女性でした。
         この二人の歌声を聞いたクラウス博士は血相を変えて表に出て行き、この二人を追いかけますが人混みに遮られて見失ってしまいます。

         ええ、この二人こそがフランツと女装したエーリッヒだったのです。
         二人は戦後の混乱期の中を生き延び、今は大道芸人のようにして、その美しい歌声で金を稼いでいたのです。
         エーリッヒは女装して美しいソプラノで歌い、曲が終わると胸を見せて男性であることを示すことにより人気を博していたのでした。

         何故、エーリッヒはいつまで経ってもソプラノで歌えるのか?
         それは、終戦間際の爆撃の中、クラウス博士がエーリッヒを去勢したからなのです。
         美しいボーイソプラノを残したいという勝手な願望だけでそんな手術をしたのですね。
         その手術が終わった直後、クラウス博士の家も爆撃を受け、マルガレーテは自分の子供であるミヒャエルを助け出すのが精一杯で、いわば、フランツとエーリッヒを見捨てたような結果になってしまったのです。
         気を失って倒れていたマルガレーテはクラウス博士によって助け出され、戦後ミヒャエルも交えて三人で暮らしていたというわけです。

         もちろん、フランツもエーリッヒも、クラウス博士やマルガレーテ、あるいは一人助けられた子供のミヒャエルに深い恨みを抱いていました。
         復讐してやるという気持ちを持ち続けて。
         しかし、フランツもエーリッヒも、この時点ではクラウス博士の居場所を知らずにいたのでした。

         この先、ゲルトの動きもあって、このような運命的な邂逅の輪が狭まっていき……
         そんな物語です。

         ナチスドイツの退廃的で悪魔的な色彩、優生学思想や人体実験の数々、偏執的なボーイソプラノへの相、裏切りと後悔。
         そんな諸々のことがない交ぜとなってめくるめくような展開を見せる物語です。
         いやぁ、堪能させて頂きました。
         皆川さんらしい素晴らしい作品でした。
        >> 続きを読む

        2019/07/11 by ef177

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      薔薇密室
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
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      • 【何と耽美的で濃密な長編なのだろう】
         物語は二つの世界大戦をまたぎます。
         まずは、第一次世界大戦下のドイツ国境に近いポーランドが舞台になります。
         脱走兵のコンラートは、戦場で負傷した美しい士官を救出すべく馬を駆けます。
         ほとんど意識を失うようにしてたどり着いたのは、薔薇の僧院でした。

         ここに住んでいたのは医学博士のホフマン。
         彼は、何と人体と薔薇を融合することに成功していました。
         コンラートが運び込んだ美しい士官も、このままでは助かりようが無いほどの重症でしたが、薔薇と一つになることで普通の人間よりも長く生き長らえるのだと言います。
         そうして、ホフマン博士は士官をオーディンと名付け、美しい薔薇と一体化させたのでした。
         その薔薇園には、ヨリンゲルという元男娼も薔薇と一体化させられていましたが、それは失敗作だということで、ヨリンゲルの身体は醜く崩れ落ちていたのです。
         しかし、意識は保ったまま。

         コンラートは薔薇の僧院に住み着き、ホフマン博士の助手として薔薇の世話をするようになっていったのです。

         そして時間が過ぎ、第二次世界大戦へと舞台は移ります。
         既にポーランドはドイツとソビエトに分割統治されており、ドイツ人の記録写真家の手助けによりミルカというポーランドの少女はドイツに逃げ出すことになりました。
         そして、例の薔薇の僧院はというと、ナチスのSSらに接収されており、そこでは奇形を持った美しい少年達が尼僧の庇護の下生活していました。

         僧院で下働きをしていたのは、口がきけない魯鈍者を装った中年の男性です。
         彼は僧院で薔薇の世話をしていたところ、そのままSSに使われるようになったのです。
         コンラートなのか?
         しかし、彼は記憶を失っていました。彼の記憶にあるのは、自分は若い頃男娼だったということです。ならば失敗作のヨリンゲル?
         しかし、彼の肉体は薔薇と一体化され朽ち果てていたのではなかったのか?

         この様な物語に、梅毒治療法を確立したホフマン博士の治療法が絡み、何とも濃密な世界が展開していきます。

         以前レビューをさせて頂いた「双頭のバビロン」に似たテイストの作品です。
         非常に重厚かつ耽美的です。
         時として、これは本当のことなのだろうかと、作中の文章が疑わしくもなります。
         とにかく、この雰囲気は非常に素晴らしい。
         耽美性が色濃く出ており、私の趣味にばっちり合います。

         「双頭のバビロン」のレビューをした時に、ちょっと苦手だという方もいらっしゃった記憶ですので、そういう方には辛いところがある作品かもしれませんが、私は高く評価します。

         何と言っても、薔薇と人間との一体化、奇形を持った美少年を集めているSS、梅毒に崩れ落ちる身体なんて、まぁ退廃的で耽美的な極みではありませんか!
        >> 続きを読む

        2019/04/26 by ef177

    • 2人が本棚登録しています
      死の泉
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
      いいね!

      • 私の大好きな作家のひとり、皆川博子の第32回吉川英治文学賞を受賞した「死の泉」を読了。
        高貴と野蛮の相貌をそなえた絢爛たる、ゴシック・ロマンの豊饒な物語世界に魅了されてしまいました。

        カストラート-----去勢手術によって、変声期前のソプラノを保ったまま成人した男性歌手たち。
        十七~十八世紀のヨーロッパで全盛を誇ったその歌声には、一種、魔性の魅力があったというが、今日では最末期に残された不鮮明な録音から、わずかにその片鱗をうかがうしかない。

        この「死の泉」は、西欧的な高貴さと野蛮の双貌をそなえた倒錯的な存在と、同じく西欧的な高貴さと野蛮の産物であるナチス優生学の悪夢とを結び付けるという、卓抜な着想から生み出された、華麗にして絢爛たる長篇ロマンの傑作だと思いますね。

        第二次世界大戦末期のドイツ。
        アーリア民族純血化計画の一環として設けられた、児童養育施設に入所したヒロインは、生まれてくるわが子を守るため、SS幹部で所長のクラウスの求婚を受け入れ、類まれな美声の持ち主である二人のポーランド人孤児の養母となる。

        科学と芸術の狂的崇拝者であるクラウスは、怪しげな生体実験を繰り返すかたわら、少年たちに厳しい声楽のレッスンを課し、さらに-------。

        帝国崩壊によって四散した"偽りの家族"の絆が、十五年の歳月を経て再び結び合わされた時、凄惨な復讐劇の幕が上がるのです。

        複雑に絡み合う愛欲恩讐の因縁の糸で、絢爛と織りなされる"運命の悲劇"であるこの作品には、ミステリやサスペンスよりも、むしろ古色蒼然たるゴシック・ロマンという呼び名こそが、ふさわしいのではないかと思いますね。

        とりわけ、作中の人物が次々に、甘美なる死の暗冥へと退場していく最終章には、"悪意と惑乱"のストーリーテラーたる作者・皆川博子の面目が、まばゆいほどに輝いていると思う。

        >> 続きを読む

        2018/05/10 by dreamer

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      アルモニカ・ディアボリカ
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
      いいね!
      • 前作『開かせていただき光栄です』の続編。
        前作を読んでないと話の内容が判らない。
        回も皆川ワールド。
        18世紀のイギリスの風景が目に浮かぶ。

        あの事件から5年。
        エドとナイジェルを失い
        残された解剖医ダニエルの弟子達は
        犯罪摘発情報新聞『ヒュー・アンド・クライ』の発行編集をしていた。

        採石場の坑道内で空を舞う天使の目撃情報と共に屍体が発見され
        その事件の情報が欲しいという広告依頼が
        『ヒュー・アンド・クライ』に……。
        この屍体には謎の言葉が書かれていて…
        ダニエルの元弟子達と
        盲目の治安判事ジョン・フィーリング、助手で姪のアンが
        事件の謎を追う事になるが
        坑道の中で発見された屍体はなんと
        5年前に出奔したダニエルの弟子・ナイジェルだった!!(゚Д゚;)

        何故、ナイジェルが殺されたのか?
        ナイジェルの屍体に書かれてる
        “ベツレヘムの子よ、よみがえれ!アルモニカ・ディアボリカ”とは?
        調べていくうちに判る
        ナイジェルの過去と精神病院ベドラムの実体
        14年前に隠蔽された洞窟事件

        視点変わり話が進む
        そしてナイジェルの手記
        過去が現在に繋がった時に判る真実
        重厚な物語。

        最後の一行が物悲しい…。


        読み応えがあり面白かったけど
        切なさと悲しみが後を引く。
        まさかこんなに悲しくなるとは……。


        『アルモニカ・ディアポリカ』とはグラスハープのこと。
        >> 続きを読む

        2014/06/07 by あんコ

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      伯林蝋人形館
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
      いいね!
      • 【精密・緻密・濃密】
         何と素晴らしい!! 読了後、思わずため息が出てしまいました
         本作は、第一次世界大戦終戦後のベルリン(1920年代)を舞台にした、デカダンで超濃密な作品です。

         本作は、6人の登場人物の名前を冠した6章から成り立っています。
         そして、それぞれの章は、その名前を冠された者を主人公とする「本編」と「作者来歴」と題する2つのパートから構成されています。
         「作者来歴」に綴られているのは、その章の主人公となっている者の来歴なのですね。
         つまり、それぞれの章は、その名前の主が作者なのだという体裁を取ってはいるのですが、読者としてはそんなことはにわかには信じ難いところ(だって、文体が全部同じなのですもの)。

         真の作者が、それぞれの者を主人公とする「本編」を書いて、そして、その者が作者であるように装って、その者の人生を「作者来歴」の形で添えているように思われます。

         「本編」と「作者来歴」の違いを書くとするのならば、「本編」の方は、あくまでもその主人公視点で描かれた、主人公が見た世界です。
         これに対して「作者来歴」の方は、ストレートにその事柄を描いているのではなく、その者がその出来事に遭遇するまで、そしてその後のことを極力客観的に描きます。
         この対比がまた上手いんだなぁ。

         そして、登場する6人の人物は、それぞれが人生のどこかで接点を持ち、各々の人生が巧緻に絡み合っているのです。

         最初に登場するのは、アルトゥールという男性ですが、彼を主人公とする最初の章を読んだだけではこの作品全体の巧妙な仕掛けは分かりません。
         あるいは、短編集なんだろうか?とも思ったり。
         「ふ~ん、こういう話か。でも、この『作者来歴』ってどういうことなんだろう?」というような感想を抱くのではないでしょうか?
         ところが、読み進めていく内に皆川さんの仕掛けに段々気付いてきます。
         「待てよ、あの時のこの人物はこの人だったんだ!」ってね。
         そうして徐々に全体の構造が見えてきて、最後の章で謎解きのように全てが明らかになります。

         まったく見事な手腕としか言いようがありません。
         よくもまぁ、これだけ凝った構成にしたもんだ。
         掛け値無しに賞賛してしまいます。

         同じ出来事を別の者の視点から見たらどう見えるのだろう、それは、それぞれの者にとってどのような意味を持った出来事だったんだろう。
         あぁ……そう。ロレンス・ダレルの「アレクサンドリア・カルテット」がそんな感じの構成を持っていますが、それを1冊の本でやってしまったのが本作です。

         退廃と享楽、戦後のハイパー・インフレに苦しめられる人びと、左翼と右翼の衝突、麻薬と男色、混沌としたベルリンに繰り広げられる得も言われぬ「香り」を持ったエロスとタナトス。
         「すべての物語を書き終えた者には、自殺の特権を与えよう」と、蝋人形師は言います。

         読了後、もう一度最初から読み直したい気持ちにかられた作品でした。
         大変親切に、巻末解説では全ての出来事を時系列に並べてくれています。
         これは大変よく整理できているのですが、本編を読む前にこのタイム・テーブルは見ない方がよろしい。
         全ての章を読み、物語を追いながら、「そうだったのか!」と感じつつ全体を把握する事こそが本作の魅力なのですから。
         大変よくできた「年表」は読後のお楽しみにとっておきましょう。

         皆川博子さんの作品は、これまでに色々読ませていただきましたが、本作は、私の中では間違いなくベスト3には入る作品だと思います(いや、現時点ではもしかしたらベスト1かもしれない)。
         それだけ感服致しました。絶賛!!
        >> 続きを読む

        2019/06/05 by ef177

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      倒立する塔の殺人
      カテゴリー:小説、物語
      3.5
      いいね!
      • 【乙女ちっくだわ】
         太平洋戦争末期、空襲の最中、一人の女学生が亡くなります。
         本書は、その女学生の死に疑問を持った下級生が、一冊の本を手に入れたことに端を発するミステリです。

         その『本』というのは、本の装丁が施されたノートなのです。
         そのノートには、冒頭に『倒立する塔の殺人』とだけタイトルが書かれ、その余は白紙のまま図書館の本の中に紛れて書棚に置かれていたというのです。
         図書館のシールも貼ってありませんので、図書館の蔵書というわけではなさそうです。
         発見した女学生は、この本に興味を抱き、こっそり図書館から持ち出すと、何も書かれていなかったページに、『倒立する塔の殺人』という物語を書き始めた、とされています(そう書かれています)。
         その本が次々に女子学生の手に渡り、連作小説のように続きが書き継がれていったのです。

         最後にその本を手にした三輪小枝(みわさえだ)は、自分にその本を託した上級生が空襲時に謎の死を遂げたことから、自らその小説の続きを書くと共に、その本を親友に見せ、上級生の死の謎解きを依頼するという展開になっています。

         推理小説としてどうかと言えば、それは、まぁ、それなりにという感じでしょうか。
         皆川博子さんは大好きなのですが、どうも彼女の推理小説には点が辛くなってしまいます。
         むしろ、本作は、謎解きミステリとして読むのではなく、少女時代特有のあの雰囲気を味わう作品としての面白さが強いように感じました。

         自分が慕う女生徒に菫の花をあげたり、『S』と呼ばれるステディな関係になることに憧れたり。
         学徒動員で工場で働かなければならないにしても、休み時間ともなるとコーラスの声が響いたり。
         物資が乏しい中、蓄音機でこっそりクラシックを聴いたり、ワルツを踊ったり。
         そんな『乙女らしい』雰囲気の中で学園にまつわる怪談話が囁かれたり。

         ええ。『倒立する塔の殺人』というタイトルも、学園に語り継がれている怪談話なんです。
         何でも、この学校のどこかの部屋は、ある時突然倒立するというのです。
         その時に部屋の中にいた者は逆さ吊りにされ、上になった床から落ちてくる刃物で切り刻まれるのだとか。
         こういう怪談話が語り継がれるというのも学校にはよくあること。

        >> 続きを読む

        2019/07/20 by ef177

    • 4人が本棚登録しています
      少年十字軍 = La Croisade des enfants
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      • 実際に起こったとされる出来事をモチーフに描かれた作品。

        果たしてエティエンヌ達がエルサレムへたどり着くことができるのか手に汗を握り、一気に最後まで読んでしまった。

        2014年に劇団スタジオライフが舞台化。
        >> 続きを読む

        2014/02/19 by HITTON

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      皆川博子コレクション = Minagawa Hiroko COLLECTION
      カテゴリー:小説、物語
      3.0
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      • 【推理小説ではない方が良いです】
         「双頭のバビロン」を読んで完全にやられてしまったことから、皆川博子さんをもう少し読んでみたくなりました。

         本シリーズは、皆川博子さんの作品のうち、文庫化されていないもの、一度も本になっていない未刊行作品を収録したものだそうで、中には古書店でもめったに見かけない、稀覯本になってしまっている本の作品も収録してあるそうです(おぉ、貴重だ!)。

         第1巻に収録されている作品は、1974年~1980年の初期の作品となっていますが、そもそもミステリを多く書いている作家さんだけあって(デビュー作は児童文学だったそうですが、すぐにミステリに転向)、初期作品には推理小説が多く含まれています。
         いや、そもそも第1巻はミステリの巻のようです(純粋に推理小説とは言えない作品も収録されていますが)。

         ですが、敢えて申し上げるならば、皆川博子さんは推理小説はあまりお書きにならない方がよろしい。
         いや、最近も推理小説をお書きになっていて、初期の頃とはまた違っているのであれば(それは拝読していませんし)大変失礼な物言いになってしまうのですが、少なくとも初期の推理小説を読んだ限りでは皆川さん向きではないように思われました。

         まず、残念ながらトリックに無理があります。また、叙述が十分に整理されていないように感じられるところもあり、読みづらさを残しているようです。
         ですから、推理小説として読む時には申し訳ありませんが余り評価できません。

         ですが、持っている独特の世界観、雰囲気には惹かれるところが多々ありました。
         こういう部分が存分に発揮されたのが「双頭のバビロン」なのではないかと思うのですね。

         また……大変湿度が高い作品をお書きになる。
         これは、実はちょっと苦手な所でもあるのですが、女性作家の中には、極めて湿度の高い作品を書かれる方を時々お見受けします。
         「女流」らしいという言い方もできるのかもしれませんが、実は私はその辺りは苦手なのです。
         中には意識的にそのような作品を目指していらっしゃる方もいるようですが、余り度が過ぎると何だかはらわたを見せつけられているようで辟易してしまうことがあります。

         女性作家でも、例えば山尾悠子さんなどは硬質でドライな感じで、私はそちらの方が好ましく感じます。
         余りにも湿度が高くなりすぎると……読んでいて辛くなります。
         でも、「バビロン」ではそのような湿度の高さは余り感じませんでしたので、この辺も作風が変わってきているのかもしれません。

         もう少し読み込んでみないと軽々しいことは言えないのですが、まずは第1巻を読んでみた感想でした。
         ちょっと辛口で書いてしまったかもしれませんが、でも、惹かれるところは多々あるのですよ。
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        2019/06/05 by ef177

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      皆川博子コレクション = Minagawa Hiroko COLLECTION
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      • 【犠牲になるのはいつも民人たち】
         本巻は、皆川さんの時代小説を集めた巻です。
         しかし、皆川さんは多才ですよねぇ。児童文学からミステリ、幻想小説そして時代小説とジャンルを問わずに縦横無尽です。
         こんなに多くのジャンルに渡って書いている作家さんってそういないのでは?

         それでは、収録作の中から巻頭の中編(いや、長編と言って良いでしょう)である「夏至祭の果て」をご紹介します。

         時代は徳川時代初期。
         キリシタンがテーマです。
         当時の有馬家は大名の晴信がキリスト教の信仰篤いいわゆるキリシタン大名で、領内にセミナリヨというキリスト教の寄宿学校を設けていました。
         セミナリヨに入ることができるのは優秀な少年に限られていました。
         ですから、選ばれてセミナリヨに入れるということは大変名誉なことだったのです。

         主人公市之介の兄であるミゲル内藤市之介はそうやって選ばれてセミナリヨに入った一家の誉れだったわけですね。
         幼い市之介も兄を大変慕っており、また誇りに思っていました。
         ところが、兄はセミナリヨを卒業する前に棄教してしまい、戻ってきた自宅で自害してしまいます。

         棄教するだけでもとんでもないことだったのに、その上キリスト教が厳しく禁じている自殺をするなど、もう大恥辱の出来事でした。
         市之介は、何故兄が棄教し、自殺までしたのか、その理由は分からずにいました。
         ですが、その理由を知りたい、キリスト教とは一体何なのかを知りたい一心で勉強を始めました。
         そうして、市之介も、ある一人のパードレの強い推挙により、セミナリヨへの入学を許されミゲル市之介となったのでした。

         市之介には疑問がありました。キリスト教を信仰しなければ地獄に堕ちるというけれど、昔の日本はキリスト教など知らなかった。
         それなのにその頃のご先祖様たちはみんな地獄に堕ちなければならないのか?と。
         その様な疑問を抱くのは信仰が足りないのだと諭されるのですがどうしても納得できません。

         そうしている内に世の中が変わっていきます。
         徳川幕府によりキリスト教は禁止され、キリシタンの弾圧が始まったのです。
         パードレ達も国外に退去するよう強いられます。
         割を喰うのはいつでも民衆です。

         最初は仏教を信仰していたのに、有馬によりキリスト教への改宗を迫られ、寺院は打ち壊され、改宗しなければ弾圧されました。
         仕方なくキリスト教に改宗し、信仰を深めていったところ、今度はキリスト教はいかん、棄教しろと言うのです。
         棄教しなければ拷問され、殺されます。
         そして頼りにしていたパードレ達も国外にいなくなってしまうというのです。

         その現実を目の当たりにした市之介は苦しみます。
         そうして、自分はセミナリヨにいるけれど決してキリスト教を信じてはいないのだと考えるに至ります。
         国外追放を迫られたパードレ達はマカオに渡ることにします。
         セミナリヨの少年達もそれぞれどうするかを決めなければなりません。
         ある者は日本に残り、密かに布教を続ける道を選びます。
         どうしてもキリスト教に納得できない市之介は、その思いは秘しているものの、到底布教活動に携わるつもりにはなれません。
         そこで、彼は、キリスト者としてパードレ達と共にマカオに渡り、そこで棄教することを考えます。それが自分なりの筋の通し方だと思うのですね。

         さて、当時天正少年使節団というのがあったことを記憶されている方もいらっしゃると思います。
         セミナリヨに学んだ少年達が欧州に渡り、法王に謁見するなどして帰国したというアレですね。
         使節団に加わった少年達は、帰国後パードレとなり、布教に努めたわけですが、その中の一人、千々石ミゲルだけは棄教してしまいます。
         ミゲル……市之介と同じクリスチャン・ネームの持ち主ですね。
         市之介は、兄と同様に千々石の棄教の理由も知りたくてなりませんでした。

         マカオに渡った市之介はそこで棄教します。
         言葉には不自由しませんでしたから(セミナリヨ時代に十分身につけていました)何か仕事をして食べて行けるだろうと思ったのですが、あにはからんや。
         マカオはキリスト教の国でした。棄教者を雇ってくれる人などいません。
         市之介は、かろうじてキリスト教などどうでも良いと考えている中国人に雇われ、みじめな生活を始めることになりました。
         これまで禁じられていた酒や女をむさぼるようになります。それはキリスト教の教えに敢えて逆らうことを選ぶかのように、働いて得た僅かな日銭を注ぎ込んでいきます。
         ただ、いつも思うのは、自分では筋を通したつもりではいても、結局の所こんなことをやっていて何になるのだ?ということでした。
         
         その後、市之介は日本に戻ることになり、千々石ミゲルとも出会うことになるのですが、やはり棄教者という立場と、そうは言っても弾圧される民衆のキリスト教徒達を見捨てられないという気持ちの間で揺れ動き続けます。
         この後、さらに一層悲惨な状況になっていくわけですが、それを丹念に描いている作品です。

         大変重い作品でした。
         こういう重厚さは皆川さんの魅力の一つだと思います。
         本書に収録されている、他の時代小説短編の軽やかさ、はかなさも魅力ですが、私は重厚さの方を取りたいと思いました。
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        2019/06/06 by ef177

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      • 【えぐりだされた「狂気」】
         本書を読んで、全体を通じて感得されたのは「狂気」ということでした。
         それは、巻頭に収録されている中編「冬の雅歌」が精神病院を舞台にし、そこに収容されている女性や下働きの青年、女性カウンセラーなどを描いているというだけの理由ではもちろんありません。
         全体として「狂気」を感じるのです。
         収録作品からいくつかその「狂気」をご紹介します。

        ○ 冬の雅歌
         冒頭にも書いたようなシチュエーションの作品です。
         精神病院に収容されることになった女性は、感受性が強く、宗教を主催していた父親から精神感応する「巫女」のような役割を強いられます。
         そんなこともあって、徐々に狂気に蝕まれていくという物語。

        ○ 海の耀き
         人形製作をしている瑛子は、人形の販売を手がけてくれる安積の誘いで、夫と共に安積のクルーザーに乗り込みます。
        瑛子は、何故夫に声をかけて連れてきたのか、また、夫は安積とのことを怪しみながらも何故止めずについてきたのかと考えます。
         自分が夫も連れてきた理由は分かっている。
         安積が夫の同行を許したのは、そんな自分の気持ちを理解しているからだ。

        ○ 祝婚歌
         幼い頃、隣に住んでいた銅版画家に憧れ、その影響もあって銅版画を作る様になった由子が主人公。彼女は漫画家のアシスタントをして生計を立てながら、休日は銅版画の制作をしています。
         同じアシスタント仲間の康志との、現在の不毛な体の関係をベースにしながら、過去を回想し、その過去がさらに先の現在へとつながっていきます。
         子供の頃憧れていた銅版画家とはパリで偶然に出会います。そして関係を持つのですが、彼は、由子が幼い頃、由子の母親とも関係していたのです。
         そして、完全に落ちぶれた彼は、再び由子と母親が住む家を探し当てて戻ってきます。

        ○ 黒と白の遺書
         学生運動盛んな頃に鮮烈な写真を撮って注目された女性写真家が主人公。
         彼女は、学生運動の写真以降、制作する力を失ってしまったようです。
         ようやく新たに手がけはじめたのは、9歳の少女をモデルにしたヌード連作です。
         彼女に心酔し、アシスタントに志願した主人公は、彼女の制作姿勢を嫌悪するようになるのですが……

         ねたバレしないように書くためには、あまり私が感じた「狂気」に触れることはできないのですが、このような作品群の中に確かに「狂気」を感じました。
         そして、読了後、巻末解説を読んだところ、編者は「狂気」をテーマにして編んだと書いています。
         やはり、ね。
         
         以前、レビューで、「あまりにも湿度が高い女性作家の作品は苦手だ」と書きました。
         本作は、非常にその「湿度」が高いです。
         いたたまれなくなるような気持ちになります。
         読んでいて、辛い作品群ではありますが、徐々にその魅力は理解できてきているように感じます。
         それを好ましいと思うかどうかは別としても。
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        2019/06/07 by ef177

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      • 【幽玄ですねぇ】
         本書は、シリーズ中で、日本舞踊や能などに関する著作(しかも単行本化されていない等のレア物)を集めた巻になっています。

         最初に収録されているのはミステリですね。
         「顔師・連太郎と五つの謎」と題されたシリーズで、日本舞踊を踊る際に化粧をしてくれる「顔師」を探偵役に仕立てた物です。
         歌舞伎では、役者さんが自分で顔を作りますが、日本舞踊の場合は顔師さんという方がいらっしゃって、その方にメイクしてもらうのだそうです(知りませんでした)。
         探偵役が顔師さんなので、当然の様に日本舞踊に関連する場面設定が多くなります。
         また、この連太郎は、最初の作品でとある人形を入手することになるのですが、この人形に五郎という名前をつけ、いつも持ち歩いているという設定になっています。
         この人形に心の中で話しかけると、人形が答えてくれるように感じられ、そこから推理のヒントを得るという仕掛けになっています。

         日本舞踊関連の描写はお上手だなぁと思いますし、雰囲気もあるシリーズなのですが……何かのレビューで書きましたが、やはり皆川さんはミステリは余り書かれない方がよろしいと感じました。
         推理小説として読んだ時には、申し訳ありませんが評価はできません。
         謎の構成もその謎を解き明かす演出や描写もちょっとなぁと感じてしまいます。
         やはり、皆川さんの真骨頂は幻想的な作品や、恩讐渦巻く感情みたいな物にあるのではないかと感じます。

         次に収録されているのは「変相能楽集」と題されている短編連作です。
         基本的にそれぞれの短編に繋がりはありません。
         ただ、能を下敷きにして書かれているのでしょうね。でも、あからさまにそれが分かるようなものでもなく、イメージ的なものなのかもしれません。

         シリーズ中の「幽れ窓」という作品が印象に残りました。
         これは、東京駅の旧ステーションホテルをモデルにしているのでしょうか?
         時代に取り残されてしまい、廃業することになったこのホテルに、「ホテルの窓から弟の顔が覗いた」と言って女性が訪ねてきたことから始まる物語です。
         窓と言っても、女性が言う所の窓は開かない構造になっているので、誰かが顔を出すなどということは不可能なのです。
         それでも納得しない様子なので、女性を部屋に案内し、そこで案内してきた支配人との会話が始まるという構成になっています。
         なかなか印象深い作品です。

         その他に4編の短編を収録しているのですが、最後の「朧舟」という作品はまたもやミステリ、しかも「読者への挑戦」的に、「問題編」と「解答編」に分かれています。
         巻末解説を読むと、どうやら雑誌の懸賞企画で書かれた作品のようです。
         舟舞台で起きる殺人事件をテーマにしており、踊りをモチーフにした本巻に収録されているのはそういう点からなのでしょう。

         ですが、このミステリも推理小説としては及第点は差し上げられません。
         雰囲気は悪くないんですよ。ですが、この作品を「問題編」で与えられたデータだけで読者に対して犯人を当ててみろというのは相当にアンフェアです。
         少なくとも懸賞をかけて解答を募るに適した作品ではないですね。
         ミステリのねたバレを書くつもりはさらさらありませんので、詳しい事には触れられませんが、これはちょっとねぇ……。

         どうも皆川さんのミステリに対しては点が辛くなってしまいますが、それでもその雰囲気は買っていますし、それ以外のジャンルの作品はとても良いと評価しているのですよ。
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        2019/06/08 by ef177

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      • 【歴史家にできること、小説家にしかできないこと】
         皆川博子さんの、これまでちゃんと刊行されてこなかった作品ばかりを集めた集成の最終巻です。
         「海と十字架」、「炎のように鳥のように」の長編2編と短編を4編収録しています。
         収録作の中から、長編の2編をご紹介しましょう。

        ○ 「海と十字架」
         本作は、皆川さんのデビュー作だということです。
         しかも、Wikiによると、この作品により「児童文学者」としてデビューと書かれています。
         これ、「児童文学」ですか? とてもそうとは思えません。
         解説によれば、この作品を書いた後、皆川さんは児童文学に関する講座に聴講生として通っていたとのこと。
         内容は、江戸時代に弾圧された隠れキリシタンのお話です。
         本作は、既にレビューさせて頂いた「皆川博子コレクション2」に収録されている「夏至祭の果て」に昇華されたと思われます。
         ええ、基本的なストーリーはかなり重複しています。
         本作を、後に書き改めたのが「夏至祭の果て」なのではないでしょうか?(私にはそう読めました)。
         作品の質としても、「夏至祭の果て」の方が洗練されており、インパクトも鮮明です。
         その素となった本作を「児童文学」とカテゴライズするのは無理があるのではないでしょうか?
         大体、この長さを読み切る子供がどれだけいることか?
         内容については「夏至祭の果て」のレビューを参照していただければと思いますが、しっかりした作品であることは間違いありません。
         皆川fanの皆様、彼女のデビュー作がここにありますので、読んでみたいという方はこの巻を選びましょう!

        ○ 「炎のように鳥のように」
         これは、草壁皇子を主人公にした作品です。
         皆川さん自らが書いた「あとがき」が添えられていますが、執筆動機として、「草壁皇子は大津皇子に比べて凡庸で病弱でとりえがないとどの本にも書かれているけれど、私は強い人間よりも弱い人間にこころをひかれる」と記されています。
         作品を読んでも、草壁がどうしてそう評価されることになってしまったのかという、心の裏側を丹念に描いています。
         草壁皇子が大変心優しかったのはそのとおりとして、それが故に後世酷評されるような行動を取らざるを得なかったのだと、やさしいまなざしで描いています。
         草壁皇子と対称的な存在として、後に「奴」に落とされてしまう「小鹿」という草壁皇子と同年代の人物の生涯も描かれます。
         彼は、「海と十字架」(ですから「夏至祭の果て」も同じです)の主人公のように、頑なで一本気な男の子として登場します。
         その心の奥には、わだかまりというか、自分には理解できないことをずっと抱き続けているような、不器用でどうしようもない気持ちがあるんですね。
         それ故に、彼らは人生をうまく生きていけず、悲惨で惨めな境遇に陥っていくのです。
         器用に生きることが良いことなんかではないという、皆川さんのメッセージがあるようにも感じられます。
         草壁皇子だってそうです。
         彼は、余りにも優しかったのかもしれません。
         それ故に、心情までくみ取ることはしない「歴史家」の目には、凡庸だとしか言われないのでしょうね。
         それはやむを得ないことなのかもしれません。
         学術としての歴史は、そこまでしか書いてはいけないことなのでしょう。
         それから先を想像(創造)するのは、まさに小説家の仕事なのかもしれません。
         良い作品でした。

         さてさて、これで現在刊行されている「皆川博子コレクション」の全巻レビューは終了です。
         ところが……、本シリーズは結構好評だったのでしょうかね。
         第2期を刊行しちゃうよんと書かれています。
         本年2014年から刊行するって書かれていますよ。
         皆川fanの皆様、また彼女の素敵な作品(しかも、このシリーズのコンセプトからすれば、ちゃんと刊行されてこなかった、埋もれてしまった作品)をまた手に取ることができるようです。
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        2019/06/10 by ef177

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【皆川博子】(ミナガワヒロコ) | 読書ログ - 読書ファンが集まる読書レビューサイト(著者,作家,作者)

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