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宮崎嶺雄

著者情報
著者名:宮崎嶺雄
みやざきみねお
ミヤザキミネオ
生年~没年:1908~1980

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      ペスト
      カテゴリー:小説、物語
      3.6
      いいね! Minnie
      • 2月の課題図書。
        日に日に増えていく鼠の死骸の不吉さは、映画のプロローグのようで。
        ドキドキしながら読んでいましたが、次第にテーマの難解さに心が折れそうになりました。
        カミュ難しい!
        何度か読み返しながらの読書となったため、長い読書となってしまいました。


        病に冒された町の市民たちの仕事と生活について、精密な描写が書かれています。
        暑熱と病疫の絶頂において、生存者市民の暴行、死亡者の埋葬、引き離された恋人たちの苦しみ。
        食料補給の困難で貧しい家庭は苦しい事情で、富裕な家庭はほとんど何ひとつ不自由することはありませんでした。
        新聞は何ごとがあろうとも楽観主義を貫き、完全無欠な死の平等だけが残される。
        そんな中、ペストにとりこめられた人々は、精一杯の奮闘を続けました。

        コンクリートの塀の外では、つい五、六メートル先の向こうでは以前と同じような生活が続けられていると思うと、やりきれなくなります。
        いつまでペストが続くかわからない絶望感も。
        この辺りは読むのが本当に大変でしたが、不条理な世界を丁寧に描いているからこその重厚感だと思います。
        信仰が生き延びる可能性を狭める皮肉もね・・・。
        信仰とは本来そのようなものではないと思いますが、司祭が取った矛盾する行動は、現実にあることですよね。

        ラスト直前の、タルーとリウーが語り合うシーンは心に響きます。
        同時に、やっとこの本のテーマが見えたような気がしました。
        「われわれはみんなペストの中にいるのだ。
         今後はペスト患者にならないように、なすべきことをなさねばならぬのだ。
         誰でもめいめい自分のうちにペストをもっているんだ。」
        たしかになぁ・・・と思わされる、日常生活。
        ペストも落ち着き、物語はそのまま幕を閉じると思っていたら、最後に悲しい展開が待っていました。
        ああ、あと少しだったのに・・・。
        だからこそ、あのシーンがより心にぐっときたのだと思います。
        >> 続きを読む

        2017/05/26 by あすか

      • コメント 4件
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      谷間のゆり
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      • いろんなところで名前を聞いていましたが、未読でした。誰訳で読むか迷いましたが、とりあえず信頼の岩波文庫で。面白かったです!

        サッカレーの『虚栄の市』と並行して読んでいたら、時代が被って途中少し混乱したりしましたが…語り口がやっぱりフランス文学ですね。
        年上の美女と若い男の組み合わせというのも、いかにもフランス的です。あちらでは、男は女が育てるもの、という考えなのかなぁと思ったり。そして苦い思いをして、男の人はより魅力的になっていくのでしょう。日本の小説にも年上女性と若い男の組み合わせはありますが、そういうのを書くのはたいていが女性作家のイメージです。私が思いつくところでは、芝木好子とかですかね。そもそも貴族社会というのがヨーロッパの特殊なところでしょう。社交界において、女性が華として君臨する文化。そこで若くてきれいなお嬢さんではなくて、堂々としたご婦人に惹かれるのも、やっぱりお国柄なんでしょうかねー。

        しかし『谷間のゆり』の舞台はフランスの田舎です。貴族ではありますが、控えめな女性が貞節を貫く話です。以下、内容に触れますので未読の方はご注意を。






        青年フェリックスの憧れであったモルソーフ夫人は貞節を貫いて死ぬわけですが、結局彼女は満足だったのでしょうか?
        ifの話をしても仕方ありませんが、夫も子供も振り捨てて若い男に走ったとして、フェリックスが心変わりしないとも限りません。そう考えると最後まで少なくとも肉体的な関係にはならなかったことは夫人にとっての勝利であったかもしれません。精神的な連帯感を存分に味わい、私のことを愛してね、ただし親愛の情で、などという無理難題を若い男に強いて、貞節な妻という役目をやりきって死んだ彼女にとっては、ある意味勝利だったかもしれません。
        しかしそれもダッドレイ夫人という浮気相手がフェリックスにいたからでしょう。身体の関係を持つ相手が存在しなければ、フェリックスにこんな生殺し状態が耐えられたでしょうか?そのくせモルソーフ夫人はダッドレイ夫人と関係をもったフェリックスを冷たくあしらうのですから、ひどいものだと読みながらしみじみ思いました。いずれ娘を嫁にやるつもりだったというのも、本当にそんなことができたかどうかはなはだ疑問です。恋は盲目ですからフェリックスはモルソーフ夫人を崇め奉っていますが、いろいろ割り切っているダッドレイ夫人のほうが私は好きです。モルソーフ夫人は自覚のない悪人だと思います。というかフェリックスに、君はそれでいいのかと問い詰めたい。
        しかし好きになってしまったら仕方ないんでしょうね。盲目ですからね。それでも、フェリックスとモルソーフ夫人の愛を純愛とは呼びません。エゴイズムや本能的な情動を、信仰心とか世間体とか貞淑さとか騎士道とかで過剰包装した歪なものです。ダッドレイ夫人も愛想が尽きるってものです。ふたりとも、悲嘆にくれるふりをして充分心で遊んでいるんですから。

        最終的に女性が病に倒れて死ぬというのはフランス文学でよくあるパターンのひとつですが、やっぱりこのままいくとどちらかが裏切らずにはいられないからですかね。完璧な愛は壊れる前に封印すべし。ロミオとジュリエットも、あそこで心中しなければいずれ破局を迎えたのかもしれません。フェリックスとモルソーフ夫人は、崇高な愛というものに酔っぱらっていたようですが、愛ってそんなに気高いだけのものではないでしょう、とダッドレイ夫人は語りそうですし、バルザックもそう思っているのでは?
        ああ、美しい夫人であった、とフェリックスが悲嘆にくれるところで話を終えることもできたのに、最後にナタリーからきっぱり振られているところが、さすがバルザック。このくだりがあるのとないのとでは大違いです。
        昔の恋人の話を子細に語るなんてのは、恋愛的作法でNGなのはどの時代も同じですね。フェリックス、そんなことも知らないなんて、30にもなって…
        ある意味モルソーフ夫人の呪いなのかも。ナタリーは賢明でした。死んだ人にはどうあがいても勝てないし、フェリックスは、もはや一番いい時期は過ぎているようなので。

        しかし脚注を読むと、この後フェリックス君は結婚するそうで、かなり驚きました。その辺は『イヴの娘』に書かれているそうなので、読まなくては…
        >> 続きを読む

        2016/01/30 by ワルツ

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