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夏目漱石

著者情報
著者名:夏目漱石
なつめそうせき
ナツメソウセキ
生年~没年:1867~1916

この著者の本を読んでいる会員ランキング

このランキングは1日1回更新されます。
      こころ
      カテゴリー:小説、物語
      3.8
      いいね! tomato kuuta tadahiko
      • 学生時代、上「先生と私」までは読んだことがあったが、
        中「両親と私」、下「先生と遺書」まで読んだのはこれが初めてだった

        下「先生と遺書」で語り手が「先生」へと移る形で遺書が読まれ、
        なぜ今の「先生」の状況が作り上げられたのかが判明する

        その内容は簡単に言うと、優柔不断な「先生」と親友「K」が御嬢さんを奪い合い、
        最終的に「K」と「先生」共に自殺するというものだ
        (本当にざっくりとした説明だが。。)
        自身も優柔不断な所があり、内容に共感することが多々あった

        物語は「先生」が遺書を読み終えた所で完結してしまう
        遺書を受け取った「私」はその後どうしたのか?
        「先生」に先立たれた御嬢さん(妻)はその後どうしたのか?
        非常に気になるところではあるが、もしそこまで語られていたら
        それは蛇足と言われるのだろう
        >> 続きを読む

        2017/05/26 by highsee

      • コメント 1件
    • 他24人がレビュー登録、 82人が本棚登録しています
      坊っちゃん
      カテゴリー:小説、物語
      3.8
      いいね! mariak1994
      • 題名と冒頭が有名すぎて内容を知らなかった本。
        評価されている、という先入観をできる限り取り除いて読んでみた。

        坊っちゃんの江戸っ子気質や、赤シャツ・生徒たちのなんとも日本人っぽい性格が面白い。話としては、気に入らないやつに報復したかったけど逆に追いやられてしまった。まぁ帰るところはあるから最後に殴っとけ。というような小話。フフっとなる。

        読みやすい本ではあったけど、やはり学がないためか解説みたいなところを読んでも評価されるポイントが分からず。
        >> 続きを読む

        2017/08/17 by 豚の確認

    • 他8人がレビュー登録、 39人が本棚登録しています
      草枕
      カテゴリー:小説、物語
      3.8
      いいね!
      • 漱石は読む年代ごとに感想が変わる


        大学の教授がゆっていたこと。

        そんなもんかということで、15年ぶりくらいに改めて漱石を手に取る。

        草枕。

        かつての記憶では最初と最後の1ページしか印象にない。
        あらすじを追うだけの読書だった。


        改めて。
        漱石の表現力は秀逸。
        テンポがよく歯切れがよく、語彙も、漢文からの難解な語を散りばめているようで、その実、それぞれの意味が前後の文脈から想像がつくような書きまわしになっている。

        やはり、ハイライトは風呂場の靄と裸の表現の場面。
        あそこが際立って上手く演出されているから最後の落ちの見事に繋がる。

        憐れ、が足りないという点。

        裸の美しさを認めつつも、完全な裸は余りに剥き出しであり、完全な美とは言えない。
        敢えてその美を包む靄があるからこそ完全な美に至るという。

        憐れというのは、情の一つで、情とは、純然たる論理性のみだけの世界の境界線をぼやかす存在。

        憐れはその情の中で最も力弱く情念を訴える感情。

        愛情では重すぎる。
        激情では強すぎる。
        親しみでは近すぎる。

        靄を最もうまく表している情念は憐れだと。


        巧いなあと思う。


        階段を3段飛ばしで駆け上がれることを自慢していた10代から、
        一歩一歩しっかり段を上がれることを大切に感じる30代になって、
        改めての漱石の読後感でした。
        >> 続きを読む

        2017/08/18 by フッフール

    • 他3人がレビュー登録、 13人が本棚登録しています
      吾輩は猫である
      カテゴリー:小説、物語
      4.7
      いいね! Shizu
      • えっ、おもろい。
        これが感想でした。笑

        『こころ』など、後期作品で暗〜いイメージを持っていたのですが、本作の軽い口調にびっくりです。

        知識人ならではの、むずかしい例えや用語などは出てくるものの、山芋を盗んだ泥棒の話や、子どもたちのおもしろおかしいやり取りについ笑ってしまいます。

        「ネコ目線」で書かれているのも妙ですね。「吾輩」の主人は漱石がモデルなのですが、自己の反省というか、自分への考えを作品に仕上げているところが凄みであり、旨みなのだなあと思います。


        >> 続きを読む

        2016/09/18 by botan

      • コメント 2件
    • 他2人がレビュー登録、 6人が本棚登録しています
      栞子さんの本棚 ビブリア古書堂セレクトブック
      カテゴリー:叢書、全集、選集
      3.0
      いいね!
      • BOOK OFFで360円買った
        今 太宰治の晩年を読んでいる
        中々 面白いと思う

        2016/02/27 by 孝志 松元

    • 他2人がレビュー登録、 12人が本棚登録しています
      吾輩は猫である
      カテゴリー:小説、物語
      3.7
      いいね! tadahiko
      • 猫の視点を借りて人類すべてを呪い、挙げ句猫までが……、という連綿たる呪詛の書物。一頁めくるごとに笑える箇所が散りばめられているのだが、物語としての牽引力に欠くため、通読には苦痛が伴う。 >> 続きを読む

        2015/10/14 by aaa

      • コメント 1件
    • 他2人がレビュー登録、 21人が本棚登録しています
      硝子戸の中
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      • 大正4年、夏目漱石が亡くなる前年に「朝日新聞」に39回に渡って連載された、最後のまとまった随筆です。漱石が自身のことや日常のことを語ること自体珍しく、晩年に病で自宅療養がちだった漱石をたずねて来る人々との交流を通して、心のやりとりや漱石の心の揺れ動きが大変細やかに描写されています。

        特筆すべきは、たとえそのやり取りが気持ちの良いものだったとしても、不満や後悔の残るものだったとしても、なお美しいと感じさせる文章でしょう。自身や登場人物の微細な心の動きの“表現”そのものに美しさを感じます。

        語られるエピソードからは漱石の人となりも見え隠れします。短冊や詩を書いてよこせと横柄に頼んでくる読者にいらいらしながらも何度も応える彼のお人よしな性格。恋愛に関する女性の人生の痛みに心から寄り添い、それでも生きるように諭す真摯な姿勢。複雑な家庭環境の中で、祖父母だと思っていた人たちが実は父母であることを、こっそり教えてくれた下女への感謝の思い。ある高校の講演で聴衆の一人から「難しくてわからない」と言われ憤慨しつつ、後々他の生徒が講演内容を実践するための教えを請いにやってくると、そのひたむきさに心を打たれる純粋さ。

        巻末の解説でも述べられていることですが、全編を通してみると、漱石が人との物理的、人間的な交流をこえて、心の琴線の触れ合いのようなものを求めていたように思えてなりません。そして、それがなかなかに頻繁に叶うことでもない故に、また自身の中にも不器用で愚かな思いがあることも知っているために、葛藤や苦しみも多かったことが窺えます。巻末、漱石自身も「私の罪は、もしそれを罪と言いえるならば、すこぶる明るい処からばかり移されていただろう」と評し、自分の愚かさの面を自身が思うほどには書ききれていないことを告白しています。
        また、漱石の死生観も窺い知ることができます。「死は生よりも尊い」としながらも、それでもなお今日を生きていく他なく、そうやって「生きる」という範囲の中でこそ、人はあらゆることを選択していくべきだ、と語られます。

        最後の第39回は、心の描写から漱石の日常の描写に切り替えられ、何気ない日曜朝の風景をここまで美しく描けるのか、と正直驚きました。春の訪れとともに、葛藤の先を見出したかのように硝子戸が開け放たれる様は、まさに清々しい、の一言です。人の心を感じたくなったとき、静かに穏やかな時間の中で、ゆっくりとページを捲りたい一冊です。
        >> 続きを読む

        2017/02/14 by すみはむ

    • 他2人がレビュー登録、 7人が本棚登録しています
      行人
      カテゴリー:小説、物語
      4.5
      いいね!
      • 頭で考えすぎ。いくら知識がたくさんあっても、シンプルな真理を(頭ではなく)心から理解し体得しなければ、我が強い人はこうなりやすいのでしょうね。

        >大概は僕よりも不善で不美で不真だ。僕は彼らに負かされる訳がないのに負かされる。だから腹が立つのだ。

        無常、無我。
        自我にこだわればこだわるほど、他人の心は分からなくなる(というか分からなくて当たり前、他人の心は自分の自由にならないものという真理)。学問をして、知識を増やして、悟りについて頭で理解したと思っても、実際自分の心を自我への執着から解放できなければ悟りに達する(楽になる)ことはない。

        人は一人生まれ自分の人生を生き一人死ぬ、と同時に他とのつながりの中で生きているということ。自分を意識すればするほど孤独を感じてしまう。でも、実際はつながりの中にいる。つながっている。自分の意識が孤独をつくる。一郎さんは、難しく考えすぎだね。頭じゃないよ、心だよ。自分の心。

        自分が妻に心を解放しないから、妻は夫に心を解放できない(よそよそしくなる)。妻もそのことに悩んでいるけれど、諦め(自分が腑抜けだから仕方ない)をもってやり過ごしている。妻の方が一段悟ってはいるような・・・。 でも、この関係をどうにかしたいならそっぽ向いてるだけじゃ・・・。直さん、慈悲喜捨の心ですよ。

        一郎と一緒に旅行してくれた友人Hの手紙は、ものすごく真理を語っている。そして慈悲喜捨にあふれる人だ。(必読!)

        >兄さんは幸福になりたいと思って、ただ幸福の研究ばかりしたのです。ところがいくら研究を積んでも、幸福は依然として対岸にあったのです。

        >「君は山を呼び寄せる男だ。呼び寄せて来ないと怒る男だ。地団駄を踏んで悔しがる男だ。そうして山を悪く批判する事だけを考える男だ。なぜ山の方へ歩いて行かない」

        >あなた方は兄さんの将来について、とくに明瞭な知識を得たいとお望みになるかも知れませんが、予言者でない私は、未来にくちばしをさしはさむ資格を持っておりません。・・・・あなた方は兄さんが傍(はた)のものを不愉快にすると云って、気の毒な兄さんに多少非難の意味を持たせているようですが、自分が幸福でないものに、他を幸福にする力があるはずがありません。雲で包まれた太陽に、なぜ暖かい光を与えないかとせまるのは、せまる方が無理でしょう。私はこうしていっしょにいる間、できるだけ兄さんのためにこの雲を払おうとしています。あなた方も兄さんから暖かな光を望む前に、まず兄さんの頭を取り巻いている雲を散らしてあげたらいいでしょう。


        まったく外の他人なら、つきあいをやめればすむんだからまだ楽。家族の人間関係というのは近くてなかなか切るわけにいかないから、大変だね。自分が悟るより他にない。人をどうにかしたいと思うなら、まず自分をどうにかすること。ホント、人間関係はお互い様だからね~。まあ、慈悲喜捨を忘れず、我を捨てさえすればなんとかなります。え、それが難しいって?
        >> 続きを読む

        2015/01/19 by バカボン

      • コメント 1件
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      こころ
      カテゴリー:小説、物語
      4.3
      いいね!
      • 夏目漱石は好きなのに、あまり読んでいない。
        文学史が好きなのだ。
        教科書の最後のところに毎回少しずつ、作家と有名(覚えなさい的な)作品名がちょいちょい載っていてテストに出る。
        何故か掲載作品と関係なく(厳密には交友関係とかあるのかも)、「【蒲団】田山花袋」と説明が載っていた。
        テストにも出るし、作品名と作家の名前をセットで覚えるのが妙に楽しかったので覚えた。

        漱石の作品で好きなのは、夢十夜の第一夜と第三夜、そしてこころ。

        出逢いは教科書。
        載っていたが続きが気になるところで終わっていて、いつかの機会にと成人するまで機会はなかった。

        今は小川洋子さんも教科書に載る時代。羨ましい。

        教科書の印象、衝撃が強く、好きの刷り込みで「こころ」だけは話のイメージと装丁が合っていると買ってしまう。
        新潮版、岩波版、集英社版と三冊ある。

        >> 続きを読む

        2016/07/25 by ゆのき

    • 他1人がレビュー登録、 11人が本棚登録しています
      夢十夜・草枕
      カテゴリー:小説、物語
      4.5
      いいね!
      • 正月に何を読む? 日本の文学・・・ といえば、漱石か・・・

        >山路を登りながら、こう考えた。
        智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
        住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画(え)ができる。
        人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向こう三軒両隣にちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。
        越すことがならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容(くつろげ)て、束の間の命を、束の間でもよくせねばならぬ。ここに詩人という天職ができて、ここに画家という使命が降(くだ)る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、人の心を豊かにするがゆえに尊(たっ)とい。


        美しい文章だ・・・

        漢語や難しい(注釈を見ないとサッパリ分からない)語句がたくさん出てくる。海外文学、日本文学の知識、教養がないので??ってなる(漱石さんはホントすごいね)。けれど、「草枕」は声に出して読んでいくと、とても気持ちがいい。仏教的な?(だと思う)心情に共感しつつ、文の美しさを楽しむ。

        主人公は画家。俳句も作る。(なかなか画は描かない^^)

        主な舞台は温泉場。

        和尚さんたちとの会話はお茶目でクスッてなるし、那美さんは不思議な人だけれど魅力的。

        >「ええ、道具だけは持ってあるきますが、画はかかないでもかまわないんです」
         「はあ、それじゃ遊び半分かの」
         「そうですね。そういっても善いでしょう。屁の勘定をされるのが、いやですからね」
         ・・・
         「屁の勘定た何かな」
         「東京に永くいると屁の勘定をされますよ」
         「どうして」
         「ハハハハハ勘定だけならいいですが。人の屁を分析して、臀(しり)の穴が三角だの、四角だのってよけいなことをやりますよ」

        ・・・都会や文明に対して漱石さんは否定的なんですね。「非人情」を求めてるんですね。(注:不人情ではない)

        >世の中はしつこい、毒々しい、こせこせした、その上ずうずうしい、いやな奴で埋まっている。元来何しに世の中へ面(つら)を曝(さら)しているんだか、解しかねる奴さえいる。しかもそんな面に限って大きいものだ。浮き世の風にあたる面積の多いのをもって、さも名誉のごとく心得ている。五年も十年も人の臀(しり)に探偵をつけて、人のひる屁の勘定をして、それが人世だと思ってる。そうして人の前へ出て来て、お前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったと頼みもせぬことを教える。前へ出て言うなら、それも参考にして、やらんでもないが、後ろのほうから、いくつ、ひった、いくつ、ひったと (・・・つづく^^;)

        ・・・面白いね~ そこまで言うか? でもほんまやね。ふむふむ、にやにや。

        >人は汽車へ乗るという。余は積み込まれると言う。人は汽車で行くという。余は運搬されると言う。汽車ほど個性を軽蔑したものはない。文明はあらゆる限りの手段をつくして、個性を発達せしめたる後、あらゆる限りの方法によってこの個性を踏み付けようとする。一人前何坪何合かの地面を与えて、この地面のうちでは寝るとも起きるとも勝手にせよというのが現今の文明である。同時にこの何坪何合の周囲に鉄柵を設けて、これよりさきへは一歩も出てはならぬぞと威嚇(おど)かすのが現今の文明である。・・・・・
        この平和は真の平和ではない。動物園の虎が見物人を睨めて、寝転んでいると同様の平和である。檻の鉄棒が一本でも抜けたらーー世はめちゃめちゃになる。第二のフランス革命はこのときに起こるのであろう。個人の革命は今すでに日夜に起こりつつある。・・・・


        ・・・虎と人が仲良くできれば、そうすれば檻はなくてもよくなるんだけどなぁ…。おっと、長くなってしまった。この辺にしておきましょう。

        ほんと「草枕」は面白い。この年になってやっとわかるようになってきた? 「三四郎」などの青春小説?とはひと味ちがう面白さがあります。明るいし味わい深い。音読、おすすめ。

        さすが文豪ですね。
        >> 続きを読む

        2015/01/12 by バカボン

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      明暗
      カテゴリー:小説、物語
      4.5
      いいね!
      • 十九世紀は世界文学の全盛期である。
        イギリスでブロンテ、ディッケンズ、フランスでスタンダールにバルザック、ロシアのドストエフスキー、ドイツでゲーテ、……天才達が世界同時発生的に輩出された。
        M・バフチンの「ポリフォニー」の概念を持ち出すまでもなく、彼らの小説には一貫した構造があり、それは一般的に「本格小説」、「近代小説」と膾炙されている。
        日本の近代文学史が生み出した「本格小説」の収穫は、漱石のこの作一作のみである。
        >> 続きを読む

        2015/10/14 by aaa

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      三四郎
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      • 日本の文豪、夏目漱石の有名な作品。(昔オーディオブックで寝る前に聞いてて、完全に子守歌になってたけど、kindleでやあっっと読んだぞ!)
        最近のジェットコースター小説?もいいけど、大きな事件はないが日常の中に面白さがある。
        こういう味わい深いゆったりした小説を楽しむのもいいね。


        地方から東京に出て来て大学生になった三四郎が、個性的な先生(高校の)や先輩や友達に出会い、ある女性(みね子)に惹かれながらも気が小さいというか臆病な性格なもんで、僕のことどう思ってんのかな、もしかして野々宮君が好きなの?とか気になりながら何となくグループ交際のようなことしていたけど、結局うまく伝えられないまま失恋(彼女が結婚)してしまう、みたいな話。
        学生生活の様子が(時代は違うけど)なんとなく懐かしかった。青春だ~。

        同じ恋愛ものでも、この間読んだツルゲーネフの「はつ恋」よりずっと親しみやすい。日本人だからかな。
        夏目漱石先生はなかなかユーモアがあって、時々クスッと笑える。

        笑えるといえば、与次郎。明るいというか、軽いというか、いい加減というか、いいキャラだ。
        勝手に広田先生を大学教授に推す論文を書いてかえって不評を買ったり、借金をした次の日に全部競馬でスって三四郎に借りに来たり、でもあっけらかんとしてて・・・にくめない

        広田先生(不思議な存在…)も独身で生活感がないというか達観しているというか、大人なのか、話すことはもっともだなあって思うし与次郎やみんなが慕うのもわかる。(先生の言葉を通して、漱石の社会への思想が伺える。共感^^)

        みね子は「無意識の偽善家」?とあるけど、別に普通に接してるだけで私は何の罪もないと思う。
        三四郎が勝手にあれこれ考えてるだけで、みね子は知ったこっちゃない。(いや、知ってたりする?
        で、三四郎のことが本当はちょっと気になってたりする?でも、みね子の方が大人なんだなあ)
        気になるなら素直に聞けばいいじゃん。思うことがあれば言えばいいじゃん。
        まあ、三四郎にはそれがなかなかできない、「迷える羊ストレイ・シープ」なんだなあ。

        「それから」「門」も読んでみたい。
        >> 続きを読む

        2014/05/19 by バカボン

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    • 4人が本棚登録しています
      それから
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      • 「古き日本の有名な本を読もう祭り」開催中。(また祭り?)

        夏目漱石先生の5つの講演記録を読んだ後だからか、自然主義文学のよさが伝わってくる(・・気がする)



        代助は学生時代に仲のよかった友人の妹三千代に気があったのだけれど、別の友人片岡に薦め二人は結婚した。卒業後久しぶりに片岡に会った。三千代は子どもを生まれてすぐに亡くし体が弱い。片岡は三千代のことをあまり大事にせず怒りっぽくなったし、仕事もうまくいかず経済的に苦労している。
        三千代は代助に借金をお願いする。気の毒に思った代助は実家にお金を頼みに行き、兄嫁から内緒で都合をしてもらう。
        代助は大学を卒業してから就職をせず、実家からの送金で自由に暮らしているいわゆる高等遊民(いわゆるボンボン?)

        代助に縁談話がもちあがる。父親が自分の老い先を考えてのこと。しかし、代助は自由に生きていきたい。結婚をしなければいけない、とは考えない。三千代のことも気にかかる。

        父親や兄とは考えが違う。兄嫁からも責められるようになる。度々の圧力についに代助は、自分は好きな人がいるのだと縁談を断り、父親からはもう援助はしないと言われる。これからは働かねば・・・

        自分は三千代さんのことが好きなのだ。まず三千代に打ち明ける、次に片岡に。
        三千代は「今更ひどい」と言うが、そうかといって片岡のことももう愛してはいない。代助について行く腹を決める。片岡には、「三千代はお前にやるが、三千代の病気が治ってからだ。お前とは絶交だ」と言われる。そして、実家に事の子細を書いた手紙が届く。代助は実家から勘当される。



        ・・・みたいな話。三四郎のその後、という感じです。
        勘当された代助は、これからどう生きていくのでしょうね。

        まあ、自分で稼いで自立しなければ自由に生きるといっても、どうしようもないでしょう。
        食べて生きていくだけのことができてからでしょう。自由というのは自立が前提だからね。
        三千代を幸せにしようと思えば覚悟を決めて、もう前を向くしかない。
        三千代は代助より腹が据わってる。

        ちょっと切ないけれど、しっかり生きてほしいと思いました。
        ああ、何で打ち明けてしまったかなあ・・・
        代助にはそれが一番の選択だったんだろうかねえ・・・(甘い?しょうがないか…^^;)


        一人の人間の生き方、人間模様。面白かった。
        >> 続きを読む

        2014/06/05 by バカボン

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      彼岸過迄
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      • 【続く「行人」「こころ」とあわせ後期三部作とされる。修善寺で生死の間を彷徨い、五女のひな子の急死などに直面したあとの小説。人間の心の奥の苦悩と愛の不毛を描く。主人公の川田敬太郎が聞き手としてさまざまな登場人物を引き出す6編の短編と「結末」からなる。長編小説の新しい手法の先駆と位置づけることができる。】

        >「彼岸過迄ひがんすぎまで」というのは元日から始めて、彼岸過まで書く予定だから単にそう名づけたまでに過ぎない実は空むなしい標題みだしである。

        ・・・だそうで、初め同じ下宿の森本との話は読んでいてよく分からなかったし、どういう話なのか見当がつかないもんで、なかなか話に入り込めず(ただの集中力の問題?)ちょっと苦労した。けれど、友人須永の叔父田口に頼まれて探偵のようなことをする話や須永といとこ(田口の娘)千代子との話などから次第に面白くなってきました。

        大学を出て未だブラブラしている敬太郎が同じ下宿の森本やら、友人の須永やら、須永の叔父やら、須永のいとこの千代子やら、千代子の叔父やら、の話から、世間を(少~し)知るという形の小説となっております。

        千代子が幼いいとこの死を目の前にした話などは、人はなんとまあ簡単に死ぬんだと思ったし、探偵している場面はなかなかスリリングでもありました。それに、人は見かけだけじゃわからない、それぞれの物語をもっているというようなことも思ったりして・・・。

        ただ、須永は何というかめんどくさいというか、自尊心が強いというか、自分に自信がないのに(それゆえ?)千代子に対して素直になれないというか、うじうじして吹っ切れないというか・・・・

        その性格の根っこに母親との関係があったようだけど(!)、でもな~それはそれ、まあ人それぞれ色々ありますね~。

        人間、あれこれ考えすぎるとあんまりよくないのではないかと、思ったりもします。しかしまあ、人間(の心)って、なんと複雑でめんどくさくて難しいものなんざんしょ。^^;

        敬太郎さんには、人の話を聞くだけじゃなく、今後は自分自身が主人公になるべく、色々と経験を重ねていってほしいものでございます。(何でもいいから働け・・^^)

        先に「こころ」を読んでしまったけど、もう忘れてるからもう一度後期三部作に挑戦!
        >> 続きを読む

        2015/01/17 by バカボン

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      明暗
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
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      • 漱石の未完の大作、『明暗』です。私が読んで思ったのは、『こころ』で漱石の小説はできることをし尽くしたのだなという感じです。『道草』は自伝的な小説で、それまでの作品とは作風が異なります。『明暗』は『道草』に近い、文体のいい意味でのゆるさというか、堅苦しい感じがありません。『明暗』のそれまでの作品と違うなと感じるのは、「お延」という女性の心中表現が詳しく描かれていることです。『こころ』までの女性は、男性に観察され、解釈されている女性で、自分で何か考えを表明して行動する女性ではありませんでした。『三四郎』の美禰子にしても「お延」ほど自立して動いていません。

         また、『こころ』までの作中人物はみんな真面目で、真剣に語っています。特に『こころ』はその傾向が顕著です。それに比べて『道草』の細君は主人の言葉をほとんど理解しないし、まともに取り合っていません。『明暗』ではそれがもう一歩先に出て、真面目に語っている相手をすかしたり、不真面目なようで、真面目だったり、『こころ』ほど率直に語ったり、真面目に隠したりしません。「倫理」の枠組みがはめられているからでしょうか。『明暗』はそうした道徳や倫理の破壊者が出てきて、主人公の津田を翻弄します。津田とお延の「すもう」などはまだ『こころ』的で、技巧もそんなに込み入っていません。小林や吉川夫人、叔父などのくせ者が出てきて、不真面目なような真面目なような何ともいえない角度から入ってきます。この自在な筆運びは、本当に登場人物が生きている感じが表現されていて、ため息が出ます。それまでのわりに主張や考えがはっきりしていた漱石の小説が良くできた作り物に見えてきます。

         『明暗』があんなところで終わっているのは本当に残念です。岩波文庫版のあとがきに大江健三郎がこの先を予想する文章を書いていますが、これが面白いです。あの温泉郷が黄泉の国だというのはなるほど、その通りです。東京で+であった価値が、温泉郷では-に転じる。小林がきっとこの温泉郷にもやってきて、+の価値を帯びる活躍をするという。面白い。断絶していても、ここまで楽しめる『明暗』はやはり普通の小説ではありません。
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        2012/09/26 by nekotaka

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      坊っちゃん
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
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      • 読み始めはあまり主人公の「坊っちゃん」に対し好意を持てなかったが、物語に終盤が来るにつれ可愛く見えるようになった。
        第一印象として、この主人公はなんとひねくれているのだろうと思ったが、読めば読むほど、確かに無鉄砲なところはあるが、心がとても純粋で飾り気のなく、清が坊っちゃんに対する評価はなるほど正しいと思った。
        熱情真っ只中の若者が世間を見て成長しながらも、自分を捨てずに真っすぐ生きていく、そんな物語かもしれない。
        辛くても、「自分」を失ってはいけない。
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        2017/05/20 by モッフィー

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      坊っちゃん
      カテゴリー:小説、物語
      3.5
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      •  誰か一人作家の作品を禁じられるとして、いちばん困るのはやはり夏目漱石ではあるまいか。かくいう私はそうだ。志賀直哉なんて忘れたし、谷崎や三島とかは外国にくれてしまえ。古事記と源氏と漱石が日本をつくったと威勢を張ってみる。すこし時がたつ。野暮なことを吐かしたと反省し、口を漱ぎに川へ行く。
         先般、ジェイムズ・ヒルトンの『チップス先生さようなら』を読んだ。愉快だった。変わったことも考えた。これを漱石先生が読んだらたいそう喜ぶのではないか?という想像、くだらないが丸めて捨てるには惜しい。多くの点で対照的だけれど『坊っちゃん』と並べてみたくなる。並べても仕方ないから『坊っちゃん』の方も読んでみた。こちらも愉快だった。
         ところで、これは差別小説ではないだろうか。田舎や地元人の悪口しか出てこない。褒められるのは温泉だけだ。愛媛松山はどうしてへそを曲げないのだろう。『坊っちゃん』の舞台であることをいちばんの誇りにしている。小説の仕舞いを読んだのだろうか。あんなに嫌われているのに。主人公の人柄が憎めないのが大きいか。江戸っ子持ち前の気っ風のよさに加え、何度も出てくる清へのあたたかい思い。うらなりへの同情。わるい人ではないのは本当だろう。
         私も田舎がきらいだ。田舎の観光街で買物をすると、懐かしい千円札をお釣りでもらってすこしおどろく。そうして帰り際に、これだから田舎は困るとつぶやいてみたくなる。
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        2015/02/26 by 素頓狂

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      三四郎
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
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      • "人間として真の自我に目覚め、他の存在を尊敬すると同時に自分の存在を尊敬するという生き方を説く夏目漱石の「三四郎」と「私の個人主義」"

        夏目漱石の中期の写実主義的な小説「三四郎」を久しぶりに再読し、「三四郎」だけでは何か消化不良の感が否めず、講演録の「私の個人主義」へと読み進めました。

        この小説「三四郎」のテーマは青年の自我意識の問題を取り上げて、漱石が言うところの"他本位"と"自己本位"への時代の繰り返しがあって初めて世の中が進歩するという立場からの、一つの時代にとどまらず、長い時代を見通した上での文明批判を述べた小説だと思います。

        この漱石の思想が最も色濃く描かれている場面の、『すると広田先生がまた話し出した。-----「近ごろの青年はわれわれの時代の青年と違って自我の意識が強すぎていけない。われわれの書生をしているころには、する事なす事ひとつとして他を離れた事はなかった。すべてが、君とか、親とか、国とか、社会とか、みんな他本位であった。それを一口にいうと教育を受けるものがことごとく偽善家であった。その偽善が社会の変化で、とうとう張り通せなくなった結果漸々自己本位を思想行為の上に輸入すると、今度は我意識が非常に発展しすぎてしまった。昔の偽善家に対して、今は露悪家ばかりの状態にある。----君、露悪家ということばを聞いた事がありますか。」「いいえ」』

        小説「三四郎」は、1908年9月から12月にかけて、朝日新聞に連載されたもので、主人公は三四郎であり、広田先生は三四郎に思想的な影響を与える人物として描かれていますが、当然の事ながら、広田先生というのは漱石自身の分身で、広田先生を通して漱石自身の思想を語らせている訳ですが、この小説の中に、『「お互い憐れだなあ」と言い出した。「こんな顔をして、こんなに弱っていては、いくら日露戦争に勝って、一等国になってもだめですね。----」と言ってまたにやにや笑っている。三四郎は日露戦争以後こんな人間に出逢うとは思いもよらなかった。』といった場面が出てきますが、この内容からすると、少なくとも作品の中の時代は日露戦争に勝利をおさめた1906年直後の年代であるように思われます。

        そして、この小説が1908年に書かれていますので、作品の時代は1907年(明治40年)前後だと考えられます。つまり、漱石はこの小説を現代小説として書いていて、"近ごろの青年"というのは、明治40年頃の青年であるといえます。

        一方、漱石自身の思想的な分身である広田先生は、"男はもう四十だろう"と書かれているので、広田先生がいう"われわれの書生をしているころ"の昔とは、恐らく明治20年前後の頃ではないかと推定されます。

        因みに、漱石研究家により、小説中の人物のモデルは三四郎が小宮豊隆、与次郎が正岡子規、野々宮が寺田寅彦、美彌子が平塚らいちょうと推定されていますが、広田先生は漱石自身の思想的な分身として、この時期の漱石の思想的立場を語っているのです。

        つまり、「三四郎」という小説は、夏目漱石が自分の体験して来た明治20年前後の青年と、現在(明治40年前後)の青年の考え方を対比して、そこに明治維新以後、展開して来た"日本近代の思想的な推移"を語っているものと思われます。

        「近ごろの青年はわれわれの時代の青年と違って自我の意識が強すぎていけない」----という表現がありますが、これは、恐らく、明治の日本人が、これまで40年間の歴史を積み重ねる事によって、近代人としての人間的な自覚、つまり自意識を育てて来たという事を言い表していると思われます。

        しかし、広田先生、つまり漱石は、それを強すぎていけないというように批判しています。当時の日本は、江戸時代から近代へ脱皮する事によって、「君とか、親とか、国とか、社会とか、みんな他本位であった」封建的な人間意識というものから脱皮し、徐々に"自己本位"な"自我の意識"を個々人の内部に確立していきつつあったのだと思います。

        しかし、漱石の青年時代には他本位な自己を軽んじた考え方が、まだ青年の心を根強く支配していて、それに引きずられていたというのが、当時の実情でしたが、いまや、そのような封建意識を粉砕出来たのは良かったのだが、その自我意識が極端に走って、いわば利己に偏り、それをむき出しにする"露悪家"ばかりを生み出していると表現されています。

        ここから読み取れるのは、明治20年前後の漱石の青年時代は、明治維新から20年経過して、社会のしくみが新しくなっても、その中で生きている人間の内面は、漱石のような当時のインテリ中のインテリですら近代的な"自我の意識"は、持ち得ていなかったというのがわかります。

        漱石が真に自我に目覚め、"他本位"から"自己本位"な生き方へと人生を転換出来たのは、彼の英国留学時代であっただろうと推察出来ます。この漱石における留学時代の"自我の目覚め"の体験を、如実に物語っているのが、漱石が学習院の生徒に話した1914年の講演録「私の個人主義」です。

        この講演録中の『私の手にただ一本の錐さえあればどこか一か所突き破って見せるのだがと、あせり抜いた』と語り、東大生としての若き日の漱石の"人知れず陰鬱な日々"の体験がまず語られ、その"一本の錐"、すなわち、留学前の日本にいる時代には結局、発見出来なかった"自我の目覚め"を、ロンドンの下宿で捉える事の出来た喜びを振り返っています。

        『今まではまったく他人本位で、根のないうきぐさのように、そこいらをでたらめに漂っていたから、だめであったという事にようやく気がついたのです。----』と語り、続けて、『私はこの自己本位ということばを自分の手に握ってからたいへん強くなりました。彼ら(英国人たち)何者ぞやと気概が出ました。今まで茫然と自失していた私に、ここに立って、この道からこう行かなければならないと指摘してくれたものは実はこの自我本位の四字なのであります』と語っています。

        それでは漱石は、この講演で1914年当時の日本の青年達に何を訴えたかったのだろうという事を考えてみると、漱石は"自己本位"主義を"私の個人主義"と呼んでいて、それを青年達に持てと訴えているのですが、恐らく漱石が一番言いたかった事は、その"自己本位"を勝手気ままな、独りよがりの"利己主義"と勘違いしてはいけないという事だと思います。

        この事を裏付ける内容として、この講演録の核心部分の言葉として、『個人主義、私のここに述べる個人主義というものは、----他の存在を尊敬すると同時に自分の存在を尊敬するというのが私の解釈なのです』と漱石は語っています。

        かつて、小説「三四郎」の中で広田先生が三四郎に説いたように、この講演録「私の個人主義」では、漱石が同じ命題のテーマを学習院の生徒に語っているのです。

        後進国として、先進西洋諸国に追随する道を歩むしかなかったため、表面的で上滑りな近代日本の不幸な運命、暗さといったものを漱石は、当時の青年達の"自我意識"の内面にも訴えかけ、西洋追随ではない、日本固有の近代と近代人というものは、いかにしてあり得るのか、東洋と西洋という全く異質の文明が混在している中に、いかにして日本独自の近代というものを開花させるべきかを、漱石は沈思黙考しながらじっと考え、時代と社会と対峙して、悩み続けた文学者であり、思想家であったのだと思います。

        この小説「三四郎」と講演録「私の個人主義」を再読して、難解だった漱石という人間が少し見えて来たというのか、私の近くまで下りて来てくれて、漱石のような人でも人間としての個人の自我のあり方を、時代と社会との対峙の中で、このように真剣に突き詰めて、悩んで悩んで、考え続けたという、この事自体が新鮮な驚きであり、漱石さんをより身近な存在として、また等身大の人間として感じる事が出来るようになったというのが、この二作品を読了しての収穫でした。

        今後も折にふれて、漱石さんの作品を繰り返し、読んでいきたいと思っています。
        >> 続きを読む

        2016/04/09 by dreamer

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      こころ
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
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      • 高校の教科書に載っていて読んだ小説。とても思い出深い作品だ。

        私は同時期に何やら難しい哲学の本を読んでいた。デカルトの方法序説だったと思う。それが読みづらくて読みづらくて面白くなく、授業でこの本を読んで「本は楽しいなあ」と思った。ストーリーは別に楽しいものではない。自分が読んでも理解できない文学的な深さを授業で説明してもらえたことや「先生」やKに共感できたからだった。


        私が特に思い出深いのがこの小説自体ではなく、
        友人O君が授業中にこの本を読んだ感想を発表した時のことである。


        お調子者的キャラでクラスの中心であるO君と
        イけてないグループにすら馴染めない私が仲良くなったのは
        名前が近く趣味が同じで意外とひねくれ具合が似ていたからだろう。
        彼とは何故か二人で島にでかけて野宿して夜通し好きなモノの話をして仲良くなった。青春である。
        クラスの人間ひとりひとり全員の悪口を話して夜が明けた。これも青春である。



        クラスのお調子者というのは前に立った時点で面白いことを言ってくれるんだろうな。
        という雰囲気が流れて、面白さに関係なく皆が笑う準備ができている。

        「「精神的に向上心がないものはバカだ」この言葉がですね。大事なんですよ。向上心のないものは馬鹿なんだ!つまり、向上心のないものは馬鹿なんだ!」
        発表中声を荒げて
        意味不明にこの有名なセリフを繰り返し、クラスでは笑いが起きたが、
        私には彼の気持ちが痛いほどわかった。

        クラスの人に対して本気で「お前らは精神的に向上心がない」と思っていること。
        本音を冗談っぽくでないと人に話せないということ。
        そして現状向上心が足りていないという自分への罵倒。

        彼の発表に強く共感した。いまから思い出しても私にとってこの本は内容関係なく青春小説なのである。
        >> 続きを読む

        2016/04/16 by ryochan333

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      門
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
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      • お米と宗助の世界には、常に取り返しのつかないことをした過去や、どうすることもできないものが深く染み込んでいていました。二人が罪の意識を共有しながら、またどんなことに脅かされるかといった不安を抱えながら、ひっそりとした生活を続けていくところに、グッときました。 >> 続きを読む

        2015/07/07 by Ulala

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【夏目漱石】(ナツメソウセキ) | 読書ログ - 読書ファンが集まる読書レビューサイト(著者,作家,作者)

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