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小野寺健

著者情報
著者名:小野寺健
おのでらたけし
オノデラタケシ
生年~没年:1931~

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このランキングは1日1回更新されます。
      遠い山なみの光
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
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      • 何だろう、このモヤモヤした感じ。

        佐知子、、、投げやりで、自分の子どもに対して適当というか冷たいというか。それでいて、自分はちゃんと子どもの幸福を一番に考えているのだと話す。プライベートを話したがり、肯定してもらいたがる。「訊きなさい」「喜んでくださらないの?」の押しつけがましさ。裕福ないい家庭に生まれたのに今は、、という不満?プライド?、、どっちに歩き出せばいいのか、、迷いの中にあって迷いを否定したい、、。

        父と息子の価値観の違い。息子は父に礼儀正しく父の言うことを無碍にできない。適当に話を合わせる。父も息子に気兼ねしながらも分かってもらいたい。

        長崎の原爆、戦争の前と後で人々は変わってしまった。変化に戸惑い、変化をどう受け入れ、変化にどう適応すればいいのか。よりよく生きていくためにはどうすればいいのか、わからないまま迷っている人たち。

        戦前戦後の”価値観の変化”、日本とアメリカやイギリスの文化の違い、日本人が故郷を離れ海外やなじみのない所で暮らすこと。拠り所、希望、生き甲斐・・・。

        変わることは当たり前のことではあるけれど、自然によりよく変われるかどうかは人それぞれで、変えたくない人やどう変わればいいのか希望のもてない人もいるのだね。何がよくて何がよくないのか、昔の習慣だって、良いところ悪いところ両面あった。いつでもそう。人間がたしかに生きていくというのは、なかなか難しい。

        変えたくない人は無理に変えてしまわなくていいよって、言ってあげたいなあ。(価値観って人の数だけあっていいんじゃない?押しつけなきゃいい)

        生きとし生けるものが幸せでありますように・・・。

        小津安二郎監督の「東京物語」を観ているようです。
        静かに、じわじわくる空気感がすごい。迷い立ち止まりながら、それでも一歩一歩前へ進まざるを得ない、、、人間の心の内が伝わってくる。
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        2017/12/28 by バカボン

    • 他1人がレビュー登録、 7人が本棚登録しています
      フォースター評論集
      5.0
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      •  『民主主義には二度万歳をしよう。一度目は、多様性を許すからであり、二度目は批判を許すからである。ただし、二度で十分。三度も喝采する必要はない。三度の喝采に値するのは「わが恋人、慕わしき共和国」だけである』(144ページ)
         民主主義をひたすら称える思想は多い。笑う思想も多い。疑うだけ疑って、仕方なく居直る思想も多い。しかし、ある程度認めて、あとはそっとして置く、このような思想は余り多くないのではないか。そう考えたが最後、E・M・フォースターの虜になっていた。
         わたしはその程度がひどく、例えば、頭のなかを整理するとき、E・M・フォースター座りで行う(もちろん、一人のときだよ)。まず、椅子に包まれるようにして座り、そのとき臀部が座の奥にあるか確認する、そして背中を背板にやや凭れさせ、窓の外遠くを眺めるような姿勢になれば完成だ。人には思索が捗る姿勢があるらしく、英国詩人ワーズワースは、部屋を真っ暗にして詩作に励んでいた。これをシェリーが耳にして、真似をしようと暗闇で羽ペンを走らせたのは有名な笑い話。
         もちろん、フォースターにも欠点はある、いや多いともいえる。フォースターは絶えず考える人である反面、その行動力は乏しく(旅行は好きだったが)、彼の思想から未来を切り開く突破口は期待できない。あくまでも相談相手止まり、アリストテレスやカントのような追いかけるべき背中を見せてはくれない。
         それでは、フォースターの思想は、時代遅れで役に立たないのであろうか。否、そうではないとわたしは信じたい。二、三年前、戦後最大の民間思想家である吉本隆明が亡くなったが、吉本の思想の基底には「個人」があった。「個人の生活は国家よりも大きい」「個人から世界を見るべきだ」 これは、つねに「個人」を第一としたフォースターの思想の系譜を引くものと考えて間違いない。ところで、このレヴュー、何回思想という言葉が出てくるのかしら、まあいいや。だから、こう賞賛しておく。
         E・M・フォースターには二度万歳しよう、と。
        >> 続きを読む

        2015/01/17 by 素頓狂

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      嵐が丘
      カテゴリー:小説、物語
      3.0
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      • 光文社古典新訳文庫、上下巻の上巻。

        ブロンテ3姉妹の次女、エミリー・ブロンテ1847年の作品です。
        イギリス、ヨークシャーの荒野が舞台となり、リントン家とアーンショウ家で起こるとてつもない悲劇が描かれています。

        読み始めから不穏な空気が漂います。
        場面場面で人と人との争いが絶えません。この先の話はどうなってしまうのかと不安な感情に襲われます。
        同時代の作品だと、貧しく過酷な環境でも、懸命に生きていればそこから一筋の希望が見えてくるという物語(例えばシャーロット・ブロンデとかディケンズとか)が主流なので、ズブズブと泥沼にはまっていくような展開をなすこの作品は、当時では異質だったことでしょう。
        私も他とは違う違和感を覚えました。

        ただ語り手が次々に入れ替わる作品の構造とか、人間の悪・闇の部分をかなりの筆圧で描ききっている所はすごいと感じました。

        いずれにせよ、こういう内容で書こうと思ったE.ブロンテのぶっ飛び具合に感服してしまいます。

        さて後半はどうなるのか、前向きな話には絶対ならないところへ向かう重い気持ちと、どこまで落ちるんだろうという怖いもの見たさとが入り混じった気持ちでいます。
        >> 続きを読む

        2018/01/17 by Reo-1971

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      嵐が丘
      カテゴリー:小説、物語
      3.0
      いいね!
      • エミリー・ブロンデ1847年の作品。
        光文社古典新訳文庫、上下巻の下巻。

        上巻と下巻の4分の3ぐらいの所までは、心にずしりと鉛を置かれたような状態で読み続けていました。ヒースクリフの鬼の所業に対して嫌悪感を持ち続けながら。
        昔、北九州監禁殺人事件のノンフィクションを読んだんですが、その時に感じた、"人はこんなにも鬼畜になれるのか"という絶望感と同じ感情が甦ってきました。
        E・ブロンデはどこに向かってこの作品を書いていたんだろうか、人はどこまで悪魔になるのかという試みなのだろうか、と。

        しかしながら、そういった自分の重苦しい感情は、ラストの部分を読み進むにつれ、しだいに変わっていきました。
        ヒースクリフも悪魔ではなく、人だったんだと。
        嵐が丘の主人に孤児として拾われた男は、一生幸せと言うものを持ち得ず、結局孤独に死んでいったのです。孤児は孤児のまま変わらなかった、切ない人生。

        そんな血みどろな人間模様が屋敷の中で展開されているその外のムーア(荒れ地)では、さわやかな風が吹いているのです。

        作者のE・ブロンデはこの作品を出した次の年に亡くなりました。30才という若さで。この作品に費やしたエネルギーは計りしれないものだったでしょう。その影響が命を短くしたこともなきにしもあらずだと思います。そのエネルギーが伝わり、読むこちらもかなり神経をすり減らしながらも物語に十分入り込むことが出来たと感じています。
        >> 続きを読む

        2018/01/20 by Reo-1971

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【小野寺健】(オノデラタケシ) | 読書ログ - 読書ファンが集まる読書レビューサイト(著者,作家,作者)

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