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谷崎潤一郎

著者情報
著者名:谷崎潤一郎
たにざきじゅんいちろう
タニザキジュンイチロウ
生年~没年:1886~1965

この著者の本を読んでいる会員ランキング

このランキングは1日1回更新されます。
      痴人の愛
      カテゴリー:小説、物語
      3.8
      いいね! tadahiko KEMURINO
      • 西洋の女性に引けをとらない美貌と英知を備えた新しい日本人女性像を求め、少女を囲い、溺愛、養成する主人公の夢と希望はみごとに破綻。

        とんでもないモンスター悪女に育ったナオミに、だらしなく屈服する主人公のダメ男ぶりに、戦争に向かって突き進む国の熱量がかぶった。

        性的魅惑を武器に男たちを翻弄する悪女に育ったナオミを描いたのは大正時代。よくこんなにセクシャルな小説を書けたなぁ、と感心した。

        物語の幅をひろげる時代背景に『細雪』にみられる、大正時代の輸入文化、風俗が色濃く描かれていて、戦前のモダニズムに現代と質や熱量の違う豊かさとエネルギーとカオスを感じた傑作。

        谷崎って本当に脚フェチだったんだ、とうなずきながら読了!
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        2016/04/03 by まきたろう

    • 他4人がレビュー登録、 26人が本棚登録しています
      春琴抄
      カテゴリー:小説、物語
      3.9
      いいね! chao
      • 中学生の頃だったか。山口百恵が「春琴抄」の映画のヒロインを演るということで宣伝さ
        そのプロットは当時の女子の間では誰もが知るお話になっていました。
        映画のコンセプトは当然「純愛」と「献身」に一生を捧げるという夢物語としてですね。
        ところがこの小説は、実際には恋愛ものの要素が全くありません。

        『佐助、それはほんとうか、と春琴は一語を発し長い間黙然と沈思していた』
        春琴の心は全く描かれず、唯一この一文だけが彼女の心を表しているのです。

        これは愛は愛でも「エゴイズム」を描いた小説だと思います。
        春琴と佐助は互いに互いを必要とする関係ですが、それは自己完結のために相手を利用するだけの
        完全に閉じた愛なのです。
        だから幻想を損なう「結婚」や「子供」は彼らには無用の長物。
        佐助は春琴が自分の妄想を壊すリアルな人間に戻ることを何よりも恐れていました。
        佐助が目を潰したのはだから自分のアイドル「観念の春琴」を護るためだった訳です。

        通常のファムファタール物と違い、佐助は破滅しません。

        春琴が逝去してもなお、というか、ますます都合のよいことだったでしょう
        春琴の面影を愛する自分を演じ続け、完璧な愛の人生を送ったのでした。
        全くめでたしめでたしだぜ。

        巷によくいうサディズムとマゾヒズムについてですが、これは谷崎は注意深くも
        自らサディズムに言及することでその議論を封じているのですが、
        それを読み取れない人がいっぱいいるんですね。

        谷崎はおそらくルソーの「告白」を読んだか参考にしていると思いますが
        谷崎自身も勘違いしているようです。
        ルソーはマゾヒストではありません。(変態だけど)
        あと、子どもを4人もぽこぽこ生んだのに、全部養子に出して一顧だにしない夫婦という点も
        ルソーに倣ったのかもしれません。


        もう一点、私が「春琴抄」で最も興味を覚えたのはむしろこちらです。
        谷崎潤一郎の芸術の定義がわかります。

        天鼓と命名された鳴きの上手な鶯の声を評して春琴が言ったとされる言葉
        「名鳥の囀るを聞けば、居ながらにして幽邃閑寂なる山峡の風趣を偲び、渓流の響の潺湲たるも尾の上の桜の靉靆たるもことごとく心眼心耳に浮び来り、花も霞もその声の裡に備わりて身は紅塵万丈の都門にあるを忘るべし、これ技工をもって天然の風景とその徳を争うものなり音曲の秘訣もここに在りと」
        長いまま引用しました。
        谷崎にとって芸術とは全て天然をそのまま映したるものではなく、技巧を駆使した虚構の創造物であるということです。
        それは単にリアリティを追求するものではないし、説明やバックグラウンドを用意しなくても、
        それに触れた人の心に、この世に在らざる美をさえも立ち昇らせるものなのであると。

        全く同感です( ・∀・ノノ゙☆パチパチ

        してみると、春琴の美しさについても谷崎は虚構だよ、と最初から言っているではありませんか!


        この時期の谷崎は日本文学の古典回帰と言われるらしいですが、
        春琴のセリフには大阪弁の口語が使われていますし、
        文章の変化の自由自在ぶりからは、日本の古典とも思えませんでした。
        むしろ引用部なんて漢文の読み下し分にテイストは近いのではないかしら?
        (句読点が少ないのは日本古来の伝統ですけれども)


        『鵙屋春琴伝』なる小冊子を入手、墓参りをし、内弟子に取材までしている
        これら二次創作、もしくはメタフィクション的手法が、本作の場合は
        真実らしさを生んでしまっているのだから、不思議というか、谷崎マジックというべきか。

        これによる弊害があるということを知りました。

        谷崎は盲人3部作といわれる小説を書き、盲人をテーマにしているくせに、
        独断で「盲人とは」と言い切っているので、それを真実だと勘違いする人が多いのだそうです。

        『佐助は彼女の笑う顔を見るのが厭であったというけだし盲人が笑う時は間が抜けて哀れに見える』
        『盲人に特有な意地悪さ』とか、
        私はひでぇこと書くな~。これ視覚障碍者、怒らないかなと思ったのですが…。
        なんでそのまんま信じる?この現代で?

        私の疑問に答えがありました。

        『目の見えない人に天才肌が多いという話しは、残念ながら聞かないし、筆者は別段、人前での飲食を厭わない。又触覚を主体としたわが現実の日常が、特に官能的だとも思えないし、ましてやこの超耽美的な小説を、まるで目の見えない人に接する上での参考書のように錯覚する人物があろうなどとは、筆者にはとうてい思いもよらないことだった。』
        (財)日本障害者リハビリテーション協会発行
        「ノーマライゼーション 障害者の福祉」
        1996年3月(第16巻 通巻第176号) 35頁~37頁
        より引用
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        2017/02/06 by 月うさぎ

      • コメント 4件
    • 他4人がレビュー登録、 22人が本棚登録しています
      猫と庄造と二人のおんな
      カテゴリー:小説、物語
      3.8
      いいね!
      • なんとなく谷崎の気分になったので、図書館で借りてきました。新潮文庫の谷崎は表紙ですぐにわかりますね。200ページもない短い話です。相変わらず、谷崎は話の構成が上手い。引き込んできます。

        二人のおんなとは、前妻の品子と後妻の福子です。そして庄造は猫のリリーを溺愛している。
        谷崎といえば『痴人の愛』のナオミのような、ファム・ファタルを愛する倒錯趣味の印象が強いのですが、ここでのファム・ファタルは猫のリリーだなと思いました。リリーは猫ならではの気まぐれさで周囲を手玉に取り、庄造ばかりではなく、かつてはリリーに嫉妬し憎んでいた前妻の品子すらも跪かせるのです。お見事。

        リリーは庄造のところから品子のところへもらわれていくんですが、詳しい経緯は実際に読んでもらうとして、もらわれていったリリーを一目見ようとする庄造の書かれ方がほんと、愚かな男の書き方が、谷崎だなぁ。
        とはいえ二人の女もリリーを超えられはしないのであって、猫を取り巻くすべての人が滑稽に見えます。愚かさを実にうまく描くのが谷崎ですね。

        ちなみに舞台は芦屋。巻末の注解に関西弁の注釈があるのが変な感じです。正直註なんていらないでしょと思うのですが…
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        2016/11/16 by ワルツ

    • 他2人がレビュー登録、 7人が本棚登録しています
      細雪
      カテゴリー:小説、物語
      4.2
      いいね! KEMURINO
      •  面倒見のいい優しい姉、幸子、物静かだが芯があり、子供や病人の世話に長けている雪子、手先が器用で人形作りや裁縫の才能のある、奔放な末娘、妙子。幸子だけは結婚して一人娘を持つ。三人が並ぶと絵になる、各々異なる美しさを持った女性三人を描いた作品。魅力的な女性を描くことに長けている谷崎らしい作品だと思う。

         主に幸子の視点から語られ、その主題は妹たち(主に雪子)の結婚相手探し、であるようだ。彼女らは良い家柄なので、かつては引く手あまただったが、末娘の起こしたちょっとした事件や、旧家の没落により、結婚しないままに年齢を重ねてしまうのである。心優しい幸子が、雪子のためを思っているのが手に取るように分かり、心が洗われるようだ。一方、当の雪子は、感情をはっきり表に出さない静かな子なので、はがゆい気持ちにさせられる。だが、彼女こそ、姉妹の中で一番自分なりの信念を持っていて、本当は強いのではないか、と感じられた。幸子の夫、貞之助も、優しい幸子と似合いの、物分かりのいい旦那で、谷崎作品の中ではかなり、頼りになる人物であると思う。

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        2016/07/22 by 理子*

    • 他2人がレビュー登録、 14人が本棚登録しています
      細雪
      カテゴリー:小説、物語
      3.8
      いいね! KEMURINO
      • ずっと読まなければ、と頭の中で積んでいながらその分厚さに手を出せずにいたものです。ようやく読むことができました。

        巻ごとの感想を書きそびれてしまったのでこちらで全体の感想を残しておきます。

        蒔岡家の美しい四姉妹の物語。かしましいほのぼのしたストーリーなのかと勝手に想像していたのですが、なかなか波乱が多くて3冊分のボリュームもあまり中弛みせず読みきることができました。

        自然と次女の幸子の視点に立って物語を読み進めていたのですが、彼女がまた唖然とするほど気が良いというか情にほだされやすい方で、え、そこ許すの?というような所が多々ありました。割に大変な目に巻き込まれながらも、巻き込んだ本人を目の前にすると何だかんだと怒りが萎んでしまうといった具合で、ある種見習いたいものがあります。
        三女の雪子。彼女の美しさは殊に強調して描かれているのに同時に影を落とす部分もあり、なかなか縁談が進まない。内気でかよわいようでありながら意外にも身体は強くて病者があれば献身的にテキパキ看護する力もある彼女もまた幸子とは違った魅力がありました。
        雪子の縁談が上手くいかないので彼女が最も不運であるかのようですが、さらに多くの災厄を経験しているのは四女妙子です。自由奔放な末っ子という印象ですが、彼女に次々とふりかかる不幸な出来事は本当に大変なものばかりでした。しかしそれらを乗り越えて尚ケロッとしている(少なくともそう見える)妙子。おそろしい子です。彼女が姉たちや他の家族に多大な迷惑をかけていることも事実なのですが、個人的にはとても好きです。

        東京に暮らす長女鶴子も加えて、四姉妹それぞれの個性が谷崎の美しい文章でいきいきと描かれていました。読み終えて思い返してみると辛い出来事の連続がかたられているのですが、姉妹の華やかさで暗い気持ちに沈みこまず読み進めていけました。こんなにも読みやすいなら、もっと早くによんでおくべきだった…といつも積読本を読んだ後で思うことを今回もまた思ってしまったのでした。
        >> 続きを読む

        2016/09/11 by pechaca

      • コメント 6件
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      金色の死 谷崎潤一郎大正期短篇集
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      •    成熟のその手前

         暇さえあればオクタビオ・パス著の『弓と竪琴』を読んでいる。分からない、いくら読んでも分からない。引っ切りなしに引用される書名の波に押し流され、道をたずねても相手は聞いたこともない名前の学者や小説家たち。じぶんに理解できるのはじぶんが理解していないという事実だけ。つい昨日会ったばかりの人を持ち出すようにアリストテレスを引用する奇癖をもつ、このメキシコが生んだ、明哲で抜けめのない批評家の論考を、そう易々と飲みこめる私ではないが、それでも、繰り返し、繰り返し読むうちに何か味がしてくるから読書はおもしろくて、読書百篇ではないけれど、義自ら通じた先になぜか谷崎潤一郎がいた。
         前々から感じていて敢えて口に出してはいないが、もし、谷崎潤一郎から藝術家の才分が失われたとしたら、ただの変態、あるいは瘋癲老人になるだろう。藝術家とはそういうものかもしれない。それにしても、谷崎の女体崇拝はちょっと常軌を逸しており、どうして女性の足にそこまで執着するのか、とくに若い頃は不思議で仕方なかった。男性には見られない曲線美があるのは分かるし、僕もエスカレーターに乗ると、踵からふくらはぎ、その小丘からベルトが掛る腰までのラインを隈なく見ます。華のある歩き方をする人のラインには「美」が充溢していて、もうひとつの顔と呼べるほどの多様性と情報量に富み、そこには確かな個性がある。たとえば、パスピエの女性ヴォーカルの子がいい。「つくり噺」のPVの終わりのほうに、階段を昇っていくシーンがあって、歩き方と例のラインをじっくりと観察できる。しかも顔が隠れているから、その分よりいっそう美人に見える。いや、きっと美人と断定して間違いないと思う。これだから谷崎を読むのはイヤなんですね。話が逸れた。
         話を谷崎にもどして、肝心の作品論をしてみたい。いいえ、個別の作品論ではなく、総論としての、やや抽象的な戯言かもしれないが、谷崎の作品からは西洋文学を学んだペンだこがほとんど見受けられない。と言えば言い過ぎだが、大岡信がみずからの愛するポール・エリュアールの影響を自作からは隠すように、谷崎も(谷崎の愛した西洋の作家って誰だ?)そういう抑制する力をもっていたから、我が国の大古典である源氏をほんとうの意味で創作に活かせたのではないだろうか? ここで前述のオクタビオ・パスが、ポエムとポエジーを区別した事情を思い出すと、ポエジーの要素のなかでも「放棄」が詩学の世界では肝腎なのだろうか? 放棄するためには獲得しなければならず、獲得するためには対象を認識しなければならない。それとも「放棄」とは、捨てたあとに残ったものを指すのだろうか? もちろん、事はそう単純ではないし、詩学の世界では一体化するような事例もあり、例をあげると大岡昇平とスタンダールや、バルガス=リョサとフロベールなど。しかし、そういう作家であっても、ほんとうに輝いているときには、語りの言葉のうちに霊魂が宿り、その作家は人間として独り立ちしている。この立ち姿のことを人は文体と呼び、この立ち姿こそ谷崎文学の醍醐味である。それは初期作品といわれる、大正期の短篇でも変わらない。松子夫人の手ほどきを受けるまえで、あの息の長い調子は鳴りを潜めているけれど、これらの短篇には、ゆくゆくは大家になる自負心が推量され、円熟期を迎える萌芽が散りばめられている。
        「金色の死」は、これまでの藝術に対する内省とこれからの決意がテーマで、三島由紀夫っぽい友だちと主人公の二人舞台。この友だちがおもしろい。「母を恋うる記」と「富美子の足」、このふたつは題名から察してもらいたい。坂口安吾の作品のような「小さな王国」もなかなか読ませる。他に「人面疽」、「途上」、「青い花」。谷崎の初期短篇はすこし軽視されがちだけど、円熟期や後期にそれほど引けを取らないと私は思う。文豪と認められるまえの若い作家のつよい気魄や色々の意匠に、藝術家としての伸びしろや、成熟してゆく定められた未来を予感することができる。


        付記
         我奈覇美奈さんの「With A Wish」という曲がなかなかいいです。歌声がなんか胸にくるものがあるし、繰り返し聴いても飽きにくい。女性ヴォーカルの魅力が詰まっている気がします。
         この本には既レヴューがありまして、過去のじぶんのノー天気なコメントをみて冷や汗が出ました。
        >> 続きを読む

        2016/06/11 by 素頓狂

      • コメント 12件
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      卍
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!

      • 一見すると、
        とても美しい女性と、
        その女性の友達になった女性との友情物語。

        友達になった女性のほうは、至極まっとうな女性で、夫がいる。
        この夫も、わりと常識人で、信用の置ける人物。
        とはいえ谷崎作品の女性なのでどこか自由気ままな気質があり、夫はある程度自由にさせてくれる鷹揚さを持つ。

        問題は、とても美しい女性、光子と、
        光子と交際している男、綿貫だ。
        こちらは、二人ともが問題大アリの人物のように思える。
        どちらがより問題なのか?裏切りや嘘、芝居の繰り返しでハラハラしながら読んだ。

        ……
        とても美しい終わり方で、谷崎作品の中でもかなりお気に入りです。
        理屈を越えた美、ってあると思います。
        ――それは人を虜にする。
        この作品に強く共感する私は、マゾなのでしょうか。
        >> 続きを読む

        2016/08/01 by 理子*

    • 他1人がレビュー登録、 6人が本棚登録しています
      細雪
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね! KEMURINO
      •  末娘、妙子に焦点を当てた話が中心となっている。妙子にはかつてから長らく切れず離れずいる相手(啓坊)がいる。だが啓坊は、家柄こそ妙子と釣り合ういわばお金持ちだが、本人は甘やかされて育ってきたボンボンである。他方、家柄はまったくもって妙子たちとは不釣り合いの、どことも知れぬ家の出身だが、自分で技術を身に着け写真家として食べて行こうとしている男性、板倉がいた。折しも大水害に見舞われた際、板倉が妙子の文字通りの命の恩人となったことをきっかけに、妙子の心はさらに板倉の方へと傾きだす。

         妙子に関しても、幸子がどこまでも優しい母性愛で包もうとしている様子が随所から窺われ、このような妹想いの姉がいるものだろうか、と、ただただ、読んでいるこちらも温かい気持ちになる。

         妙子や雪子は、あくまでも家柄を重視するため、妙子に反対する。現代人からしたら、そこまで、と思ってしまうが、確かに、お金がなくては受けられない教育はあっただろうし、この姉妹が舞などをごく自然にたしなんでいるのはおそらくいい家柄だったからであろう。舞や能などの芸術と幼い頃から自然に触れあってきた人と、そうではない人とでは、醸し出す雰囲気から何から、違ってくるだろうと言うのはなんとなくわかる。
         妙子は、末っ子なので、すでに本家が昔ほどの力を持っていなかった時期に生まれ育ったという境遇がある。だから、姉二人よりも家柄への執着が少なく、そのような高貴さにもこだわらなかったのだろう。そのあたりは、幸子が語り手として説明してくれており、幸子自身理解しているとともに、妙子のことを、家柄の恩恵に預かれなくてかわいそうな妹だ、と思っていることが分かる。
         
         ともかく、今の自分が生きている時代とはずいぶん違う世界なので、一概には誰が間違っているとか、正しいとか、言うことはできない。だが、幸子の妹たちを思う気持ち、愛だけは、共感できるし、今の日本人にもこのくらいの姉妹愛があればいいのに、と思う。

          
        >> 続きを読む

        2016/07/22 by 理子*

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      鍵
      カテゴリー:小説、物語
      4.5
      いいね!
      • 1月28日に行こうと思っている文芸漫談のお題が「鍵」なので読んでみました。
        谷崎潤一郎は「春琴抄」と「細雪」を映画で観たことがあるだけで、小説を読むのは初めて。
        わ、わー!なんと、これ、官能小説!?
        と、のけぞりながら読み終えました。

        大学教授という地位も名誉もある夫と、貞淑な妻。
        お互いに盗み読まれているかもしれないというスリルを感じながら、日記を書き鍵をかける。

        さてさて、この夫婦のなんともアブノーマルなお話を、いとうせいこうさんと奥泉光さんが、どんな風に読み解いてくれるのか、楽しみです(*^_^*)




        >> 続きを読む

        2017/01/13 by shikamaru

      • コメント 6件
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      幼少時代
      4.0
      いいね!
      • 明治がどのような生活をしていたのか、どのような日本だったのかをリアルに知ることができた気がする。

        谷崎の小説はまだ読んだことがなく、人から聞くにはよく変態だというが、この幼少時代を読む限りは特に変態だとは思わなかった。

        私は歌舞伎を見に行くのが好きで、この本にも歌舞伎の話がたくさん出ているので理解できたのがうれしかった。

        教養とは時代を超えて共有できるものだと思った。

        それにしても昔の文豪など、奇跡や廻るめくして文豪になった人が多いこと。
        谷崎もその一人で、決して裕福で学のある家庭で育っているわけではないということ。
        谷崎の小説を読んでみたいと思った。
        >> 続きを読む

        2016/05/22 by snoopo

    • 1人が本棚登録しています
      谷崎潤一郎マゾヒズム小説集
      カテゴリー:小説、物語
      3.7
      いいね!
      • 「没後50年に伴い谷崎潤一郎氏の版権が切れる」
         去年の暮れのニュースです。

         谷崎潤一郎? もちろん名前くらいは知っておりますとも。昭和の文豪でしょ。でも、読んだことはありませんね。なんだかとっつきにくくて。なにせ文豪というくらいなので。

        ……という具合に当初は敬遠ぎみでした。しかし、谷崎氏の作品について少し調べてみた後、嬉々として飛びつきましたね。ナゼって、非常にアウトな匂いがしたからです笑

         内容云々はとりあえず脇に置いておいて、とにかく文章が巧いです。特に「魔術師」では、語り手が表現をこねくり回したような言葉で長々と話しているにも関わらず、リズミカルで読みやすい。まさに言葉の「魔術師」でした。それぞれの短編で書き方が違うのも見所です。

         収録作はどれも背徳的な香りを孕んでいますが、「マゾヒズム小説集」というには少しタイトル負けしている感が否めません。解説でみうらじゅうさんが書いておられるように、谷崎文学がそこに至る前の「萌芽」というのが正しいかと思います。
         表紙絵は中村佑介さんで、人目をはばかると同時に人心を惹き付ける書籍となっていますが、ちょっと狙いすぎかなとも思えます。

         これから代表作を読んでいこうという場合には、良い導入になる一冊です。
         ちなみに、『春琴抄』はもう青空文庫で読めます。
        >> 続きを読む

        2016/01/16 by あさ・くら

    • 5人が本棚登録しています
      刺青
      カテゴリー:小説、物語
      4.6
      いいね!
      • 初期の短編全7編。
        比較的読みやすい作品が多いのですが、気が乗らず進まなかった「少年」「異端者の悲しみ」に時間を費やしてしまいました。
        しかし良かったです、谷崎さんの初期作品。
        文章の美しさには圧倒されるし、キャラクターにクセがあまりないのも好みでした。
        ナオミ、譲治、要、春琴、佐助・・・・・
        彼らに比べれば、「顔を見るのは始めてだが、お前の足に覚えはある」と女に告げた刺青師・清吉は、颯爽とした職人気質で、好感が持てます。
        足で人が判別できるのか。
        私にはちょっと理解できそうにありませんが・・・。

        この作品「刺青」、そして次に収録されいる「少年」の、人が豹変する瞬間が描かれているのが恐ろしくも興味深いです。

        「幇間」の、好きな女性の前でも幇間的気質が勝ってしまう三平のキャラクターが一番良かったと思いました。
        「えへへへ」
        と卑しいプロフェッショナルな笑いをし、扇子でぽんと頭を打つ姿。
        周りの期待に応えることが自分の欲望となっている彼に共感しました。
        今のところ谷崎作品で唯一、親近感のもてる男です。

        夜な夜な女の姿で従来を歩いてみたい、そんな「秘密」。
        お化粧をする男性の心境に、見てはいけない「秘密」を覗いているような気持になります。
        これが「秘密」かと思いきや、頁を繰るたびに出てくるたくさんの「秘密」。
        気持ちが冷めた瞬間の表現もすごく上手く、終始ドキドキさせられました。

        「異端者の悲しみ」は、事実そのままに近い自叙伝的作品とのこと。
        友人から借りた金を返済しないばかりか、その友人が亡くなり都合がよいと思う。
        暇させあれば安逸を貪り、昼寝とじょう舌と飲酒と漁色とに耽る。
        母のわがままと父の無気力を卑しみ、自分の将来を案ずる。
        どうすることもできない自分自身への葛藤、周りの人たちを責める気持ちは一見ひどいようですが、人間らしくていいと思いました。

        「二人の稚児」
        女人禁制の比叡山に預けられ、尊い上人の膝下で育てられた千手丸、瑠璃光丸。
        俗世への道を選んだ千手丸が、今は良くても先の人生に何が待っているかなんてわかりませんよね。
        だからといって瑠璃光丸のように、何の楽しみも知らずに人生を終えるのも虚しいようで。
        ―と思っていたら、まさかの展開が待っていました。
        これはぜひ読んでいただきたいです。

        「母を恋うる記」は、とにかく情景描写が美しい作品でした。
        >> 続きを読む

        2016/12/11 by あすか

      • コメント 9件
    • 12人が本棚登録しています
      蓼喰う虫
      カテゴリー:小説、物語
      3.0
      いいね!
      • 私には難解でした。
        従来の作品傾向から一転し、日本的女性美や趣味生活に目を向けはじめた時期の特異作。
        今さらですが耽美的、悪魔的と言われる傾向のものを、もう何作か読んで比較してみればよかったと思いました。

        夫は売春婦を漁り、妻は夫公認の恋人の元へ。
        小学4年生の子どもの前では取り繕っているものの、夫婦関係は完全に破綻しています。
        相手の心の動きようで、自分の心を決めようと、互いに別れる時期を待ちます。

        ―ちょうど夫婦が両方から水盤の縁をささえて、平らな水が自然と孰方かへ傾くのを待っているようなものであった。

        この微妙な感情の動きに惹かれますが、なんとも煮え切らない話です。
        妻が不義を犯しているようですが、最終的には周りに翻弄された気の毒な女性に見えました。


        文章がなかなか馴染まず、かなり時間をかけて読了しました。
        人形浄瑠璃の場面もあまり興味がわかなかったので、私はこの作品の良さをきっと半分も理解できていないのでしょう。
        それでも思い返すと、要の眼を通して見た一つ一つのシーンは美しく、強く印象に残っています。
        愛情の冷めた夫婦の心情が淡々と描かれていたはずなのに、不思議な感覚。


        結末ですが。
        思わず落丁本だと疑うような、唐突な終わり方に戸惑いました。
        しかし落ち着いて自分の中で整理すると、この作品のラストにこれ以上のものはないと思うようになりました。
        ネタバレになるので書けませんが、これもまた不思議な感覚で。
        妖しく、翻弄されてしまう・・・なんとも言えない余韻があります。



        いつかの再読の時にはこの作品をもっと理解できる自分になっていますように。
        そう思いながら、谷崎作品を今後も読んでいきたいと思います。

        次は「春琴抄」かな。
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        2016/03/14 by あすか

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      春琴抄・吉野葛
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
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      • 『春琴抄・吉野葛』(谷崎潤一郎) <中公文庫> 読了です。

        谷崎というと「美しい文章」というイメージがありましたが、私には「素直な文章」という印象を受けました。
        全くどこにも引っかかりがなく、ごく自然に読んでいけるのです。

        しかし、これが当たり前のことだと思ってはいけません。

        「春琴抄」は作者、春琴伝、てる女という三つの視点、「吉野葛」は現在の吉野、伝説の吉野、津村の母の思い出、津村の最初の吉野行の四つの次元が、ときにはそれぞれに、ときには絡み合い混濁し、実際は非常に複雑な構成、文体でできているのです。
        それを「全くどこにも引っかかりがなく、ごく自然に読んでいける」のは神業と言っても過言ではないと思います。
        それを現実にできる彼のような人を「天才」と言うのではないでしょうか。
        # 今更私がそう表現するのは陳腐極まりないのですが……。

        「春琴抄」では、あらゆることが非常に詳細な描写で綴られていますが、一つ、春琴の妊娠、ということについては、その結果しか述べられていません。
        一体春琴と佐助とはどのように結ばれていたのか、そこだけは欠け落ちてしまっていて、読者の想像に任されています。
        そんなところも「うまいなあ」と唸らざるを得ません。

        谷崎潤一郎も先物買いで、中公文庫から出ている小説はあらかじめ全て購入してしまったのですが、この作品を読む限り、安心して楽しむことができそうです。
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        2015/08/01 by IKUNO

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      陰翳礼讃
      5.0
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      •  日本の美しさは陰翳によって引き立てられているというお話。家の作りから、お椀の塗り、掛け軸、障子など様々な陰翳の醸し出す雰囲気が昔を懐かしむ口調で語られます。トイレが離れにあって、薄暗い中で外の景色を眺めながら用を足す良さが結構長文で書かれているのが面白い。白い陶器で作られた便器に明るい照明のトイレはかえって身体から出るものを不浄なものと強調するものだというのはなるほどと思う。風呂も本当は木で作りたいが、しかたなく床だけタイル張りにすると、周りの木がだんだん黒ずんで味が出てくるのにタイルだけはぴかぴかなのはいかにも不調和だと嘆いている。もし日本が西洋の影響を受けずに独自に発展していけば、日本に調和した便利なものが生まれてきたのではないかと谷崎が言うのは同感だ。西洋は西洋に合う形で発展したから西洋の生活習慣に合った便利さを享受しているが、日本はどうしても不調和になる。日本では銀でも西洋のようにぴかぴかに磨いたりはせず、黒ずんで味が出てくるのを愛する。そうした陰がのあるものの姿は薄暗い日本家屋に調和している。蒔絵や金屏風の色合いも電灯の下で見るとけばけばしく派手で下品で、当時の日本の薄明かりの中でその美しさは引き立つ。見えるか見えないかの淡いにぼんやりと浮かび上がる美しさ。女性が歯にお歯黒をつけ、地味な着物を着ていると、薄暗い日本の家の中では顔だけが白く浮き出て見える。女性は顔だけで存在していると谷崎はいう。谷崎は幼い頃を回想して母の手と顔は覚えているが胴体の記憶はないという。能の美しさは薄暗がりの中で化粧もしない露出した肌が、色合いの濃い衣装に映えるからだという。歌舞伎などは濃い化粧をしてしかも電灯の下で演じられるから美しさが半減しているという。昔の歌舞伎はそうでなかったはずだとも言っている。

         日本ではどうして陰翳が尊ばれるのかを日本人の肌の色に帰しているのは面白い。西洋人の肌は白い。西洋にも近代以前薄暗い時代もあっただろうに、日本のように陰翳の文化は発達しなかった。

         最後は日本には無駄に電灯が多すぎるという話が続く。寺に行っても明かりで彩られていて(今ならライトアップというところだ)、行くのをやめてしまった話などが書かれている。道にも信号の明かりが点って進めだの止まれだの明滅しているのは、老人には緊張する。西洋化していくのに老人はついていけないがこれも時代の流れだろうと諦めた口調で締めくくっている。

         この文を読んでいると昭和初期に書かれたとは思えない新しさがある。特に後半の若干老人の愚痴めいた部分などはそのまま現代文明批判として通用する。「陰翳礼讃」も3・11以来の節電の文脈でよく引用されていたので読んだのである。谷崎の文章は美しい。こういう美しさは生活から生まれてくるものだ。村上春樹が書いていたが、本物の芸術は芸術のことだけしか考えなくていい、奴隷制がなければ成り立たない、夜中の2時に冷蔵庫を漁る人間にはそういう文章しか書けないと確か『風の歌を聴け』(デビュー作だ)で書いていたが、どういう環境で生きてきたかはどういう文章を書くかに避けがたい影響を与えることだろう。今の日本でこういう美しい文章が書ける作家はもう生まれてこないのかもしれない。
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        2013/08/02 by nekotaka

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      痴人の愛
      カテゴリー:小説、物語
      4.5
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      • "耽美主義の作家谷崎潤一郎の観念が生み出した魔性の女ナオミ"

        作家の三島由紀夫は彼の著書「作家論」の中で、谷崎潤一郎の耽美主義的傾向の一連の作品、「痴人の愛」のマゾヒズム、「卍」のレスビアニズム、「秘密」のトランスフェティシズム、「金色の死」のナルシシズムなどについて、『氏の小説作品は、何よりもまず、美味しいのである。支那料理のように、フランス料理のように、凝りに凝った調理の上に、手間と時間を惜しまずに作ったソースがかかっており、ふだんは食卓に上らない珍奇な材料が賞味され、栄養も豊富で、人を陶酔と恍惚の果てのニルヴァナへ誘い込み、生の喜びと生の憂鬱、活力と頽廃とを同時に提供し、しかも大根のところで、大生活人としての常識の根柢をおびやかさない。氏がどんなことを書いても、人に鼻をつまませる成行にはならなかった。』と語っています。

        私はこの三島の谷崎論の中で語られている、"陶酔と恍惚"と、"生の喜びと生の憂鬱"と、"活力と頽廃"という言葉が、谷崎の一連の耽美主義的傾向の作品のキーワードになるのではないかと思っています。

        『私はこれから、あまり世間に類例がないだろうと思われる私たち夫婦の間柄について、できるだけ正直に、ざっくばらんに、ありのままの事実を書いて見ようと思います。それは私自身にとって忘れがたい貴い記録であると同時に、おそらくは読者諸君にとっても、きっと何かの参考資料となるにちがいない。殊に、この頃のように、日本もだんだん国際的に顔が広くなって来て、内地人と外国人とが盛んに交際する。いろんな主義やら思想やらが入ってくる。男は勿論女もどしどしハイカラになる、というような時勢になってくると、今まではあまり類例のなかった私たちの如き夫婦関係も、追い追い諸方に生じるだろうと思われますから。------』

        主人公の"私"が、このように語り出すところから、この小説「痴人の愛」は始まります。この長編小説の全体が、主人公である"私"が語る話という形態をとっています。

        主人公の名前は河合譲治、月給百五十円をもらっている電気会社の技師で、当時28歳の青年です。質素で堅実で真面目な、田舎育ちの純朴な青年です。今まで異性との交際など、全く経験がなく、趣味といえば"活動写真"を見るくらいの、そんな堅物の男の前に浅草のカフェーの女給見習いだった、数え年15のナオミが現われるという事になります。この主人公が自分の懺悔話を語っている現在から、8年前の事です。

        顔だちが、アメリカの映画女優のメリー・ピクフォードに似ていて、日本人離れのしたところが、気にいったと言うのです。彼はこのナオミを引き取って、西洋人の前に出しても、肉体的な魅力において、ひけをとらないような、自分の好みの女性に仕立てあげる事に熱中していきます。

        増村保造監督の映画「痴人の愛」でも、主人公の譲治とナオミとの関係を象徴的に表す場面として表現された事でも有名な、自分が馬になり、ナオミを背中に乗せて部屋の中をはい回るような狂態もしでかすようになります。

        譲治のあらゆる計画を凝らした刺激によって、ナオミは自分の中にある"娼婦性"に目覚め、見る見る、その肉体というものが、妖しい魅力を発散するようになり、彼女自身もまた、マントの下に一糸もまとわないというような奔放で大胆な行動に出るようになります。

        譲治はナオミの肉体の魔性の魅力に酔いしれ、彼女の淫靡な支配に甘んじてしまう事に無上の喜びを感じるようになっていくのです。

        この二人の関係を描写する谷崎の筆は、甘美的でもあり、優美でもあり、とにかく谷崎の美意識、美学が見事な文体を駆使して表現されていて、その官能美の世界に魅了されてしまいます。

        やがて彼らは夫婦になりますが、ナオミはその"娼婦性"の赴くままに、次々と他の男と関係が出来て、譲治を悩ますようになって来ます。そして、彼はナオミと別れようと努めるのですが、その魅力の呪縛から逃れようがなく、屈辱的とも言える同棲を続け、親から送ってもらった遺産を、ナオミの好みの生活に注ぎ込み、その"娼婦的な生活"の保護者としての役割に、むしろ"生き甲斐"というものを自分の心の中に見い出すようになっていきます。

        この自虐的で自嘲的な譲治のナオミに対する、精神の在り様、関係性を、谷崎は心憎いほどの精緻な人間凝視の眼で、華麗で絢爛たる筆致で描きつくして見事というしかありません。

        『これを読んで、馬鹿々々しいと思う人は笑って下さい。教訓になると思う人は、いい見せしめにして下さい。私自身は、ナオミに惚れているのですから、どう思われても仕方がありません。ナオミは今年二十三で、私は三十六になります』

        こういう主人公"私"の告白で、この小説は終わっています。

        女が一たび、自分の持つ魔性の性的魅力を自覚するにつれて、男に対して支配する力を発揮し、男はそれに屈辱的に甘んじるしかなく、場合によっては、男を"破滅"まで追い込んでいきかねません------。

        考えてみれば、このような男女のある意味、倒錯した関係は、谷崎が
        処女作の「刺青」以来、好んで描いて来たテーマでもあり、その後の名作「春琴抄」の春琴と佐助にも相通じるものがあるような気がします。

        人間というものは、いくら高尚ぶったところで、性の荒々しい暴力の前では、引きずり回される存在だという"観念"は、谷崎潤一郎という作家にとっては、彼の"作家的な美意識、美学の核"をなすもので、彼の作品の大部分は、この"観念"から生み出されたものだと思います。

        何故ならば、この事は主人公の譲治を、わざわざ、生真面目な堅物にしている事からも明らかだと思います。世之介のような、生まれながらの好色な男とは全く違います。そして、女の魔性の妖しいまでの性的魅力に溺れ、その屈辱的な犠牲になりながら、むしろそれを男の何物にも代えがたい"幸福"と考えているところに、この谷崎という作家の本質があるのだと思います。

        つまり、"ナオミ"という妖しいまでの魔性の性的魅力を持つ女を創り出したのは、あくまでも作家・谷崎潤一郎の"観念の産物"なのです。

        そして、人間というものは、性の荒々しい暴力に無残に引きずり回されている存在にすぎないという"観念"を、もっと徹底的に追求し、展開し、実験的な作品として完成したのが、「卍」という作品だと思います。

        三島由紀夫が言うところの女性のレスビアニズムを、当事者のひとりである、大阪生まれの女性が告白するという形態の小説ですが、この小説には谷崎潤一郎の人間存在についての"観念"が、異常ともいえる状況の中で、更にもっと深化して徹底的に描かれていると思います。
        >> 続きを読む

        2016/04/04 by dreamer

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      夢の浮橋
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
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      •  日本でもっとも偉大な小説家は谷崎潤一郎だろう。人気があるのは漱石で間違いないが、谷崎の作品の質には及ぶまい。『細雪』だけならまだしも、『蘆刈』、『卍』、『猫と庄造と二人のおんな』、『吉野葛』、『少将滋幹の母』等、読める作品を挙げるだけでも切りがない。これに『陰翳礼讃』や『文章読本』など、高級な文明批評や作文指南書が加わる。しかも、実人生がけっこう充実していた。三人も奥さんをもらったりして女性関係には恵まれていたし、三人めはあの松子夫人ですからね~。うらやまけしからん。これだけ褒めれば十分でしょ、きょうは谷崎をこき下ろしてみます。
         なんだこのマザコン野郎、ってみんな思いません? 少なくとも、わたしはそう思っていました。『夢の浮橋』を取り上げたのは、じつをいうとマザコンについて話したいからで、というより、谷崎を罵った手前打ち明けにくいが、わたしはもちろん男はみんなマザコンだと、このごろ考えるようになったからだ。
         わたしの場合は谷崎とは反対で、母親があまり好きではなかった、いや、むしろ嫌いだった。そして、そのことが自分の性的嗜好につよい影響を与えた事実をこの小説が教えてくれた。こういう反発もおそらくマザコンでしょう。いや~、母親について語るのはむつかしいし、恥ずかしいなあ~。こんな話題を藝術の高みまで昇華させた谷崎は、やはり本物の藝術家の一人にとどまらず、誰からの謗りも受けない生粋のマザコン野郎だ。
        >> 続きを読む

        2015/03/24 by 素頓狂

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