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浅羽莢子

著者情報
著者名:浅羽莢子
あさばさやこ
アサバサヤコ
生年~没年:1953~2006

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このランキングは1日1回更新されます。
      火吹山の魔法使い アドベンチャ-ゲ-ムブック
      カテゴリー:室内娯楽
      4.0
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      • ゲームブックの1発目。
        ちょうど「つくば万博」の時期で
        宿泊先に持ち込んでやっていました。

        HPの回復に「食料」というアイテムを使うのですが
        アイテム入手はストーリー次第なので
        『食事はまだかぁ』と叫びながらゲームしていたところに
        『もうちょっとだから、我慢して』と宿泊先のおばさんに
        勘違いして返事される、という珍事件もありました。
        ・・・おばさん、ごめんなさい。
        食事の催促をしたわけではないのです。。。
        >> 続きを読む

        2011/06/03 by RZ350

    • 1人が本棚登録しています
      誰の死体?
      カテゴリー:小説、物語
      3.0
      いいね!
      • 【ピーター・ウィムジイ卿、初登場!】
         ドロシー・L・セイヤーズの人気シリーズに登場するピーター・ウィムジイ卿が初めて登場するのが本作です。
         ピーター卿と名コンビを組むきわめて有能な従僕のバンターも第一作目からたっぷり登場しますよ。

         さて、本作で描かれる事件は一風変わったものです。
         ある建築家が住んでいるフラットの浴槽内に見ず知らずの全裸の男の死体が横たわっているのが発見されます。
         家主のまったく知らない男で、いつ浴槽に入れられたのかも分かりません。

         男は鎖がついた鼻眼鏡だけを身に着けています。
         手の爪などもきれいに手入れされており、香水の香りもしますので、裕福な身分の男ではないかとも思われます。
         ただ、一方で指にはたこができており、足の爪は汚れているなど、労働者のようにも見えるのですね。

         しかし、これは一体誰なんだ?
         しかも、何故、他人の家の浴槽内に死体を置き去りにしたんだ?
         浴槽の真上には施錠されていない窓がありましたので、その窓から死体を入れたようにも思われます。
         検死の結果、死体の男は大分前、少なくとも24時間以上前には死んでいたと思われます(医者によって見解が異なり、もっと前に死んでいたはずだという医者もいるので必ずしも特定できないのです)。

         しかし、他人の家の浴槽内に、家主が気づかないうちに死体を入れるなどちょっと考えられないことであり、また、家主のアリバイに不審な点もあったことから、スコットランドヤードのサグ警部は、否認しているにもかかわらず、家主とその家の住み込みメイドを逮捕してしまうのです。

         一方、同じころ、金融界の大物ユダヤ人が失踪するという事件が起きていました。
         夜、一度帰宅した後、一人で家を出て行ったようで、それっきり行方が分からなくなっていたのです。
         この失踪事件を追っていたのは、ピーター卿の良き相棒となるスコットランドヤードのパーカー警部でした。

         さて、こういう展開になると、読者は、失踪した金融界の大物が浴槽内の死体の主だろうと推測するところです。
         確かに死体もユダヤ人と思われますし、金融界の大物によく似た男ではあるのです。
         パーカー警部も一時はそうではないか?と疑ったのですが、よくよく調べてみると別人と判明します。
         二つの事件は確かに同じ頃に起きていますが、実はまったく関係が無いのかもしれません。

         でも、ミステリとしては、全然関係ありませんでしたでは済まないですよね。
         ピーター卿は、二つの事件の関係を解き明かし、真相にたどり着いてみせます。
         セイヤーズの作品の特色である軽妙な会話や、必ずしも本筋とは関係の無い様々な描写は健在で、こういうところがセイヤーズ作品に彩を添えているところでしょう。
         ピーター卿とバンターの掛け合いも大変楽しく描かれています。

         ミステリとしては、それほど奇抜なトリックを使っているわけではなく、本当にわざわざ他人の家の浴槽内に死体を置いていかなければならなかったのか?そんな必然性はあるのか?という疑問も残るところではあるのですが、意表を突く出だしの謎の提示という意味においては成功しているでしょう。

         今後さらに書きこなれていくようで、ピーター卿や主要な登場人物の魅力は作を追うごとに増していきます。
         何作かセイヤーズのこのシリーズを読んでみようとお考えの方は、なるべく発表順に読まれた方がよいでしょう(私は残念ながらバラバラに読み進めてしまいました)。
         もちろん、各話は独立していますので、順不同で読んでも一向に差し支えはないのですが、作品が段々書きこなれていく過程を楽しむという点の他にも、ピーター卿を始めとする主要な登場人物の人間関係に変化が生じてくるため、その展開を楽しむという意味でもなるべく発表順に読む方が楽しめると思います。


        読了時間メーター
        □□□     普通(1~2日あれば読める)
        >> 続きを読む

        2020/07/14 by ef177

    • 5人が本棚登録しています
      雲なす証言
      カテゴリー:小説、物語
      3.0
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      • 【古典ミステリ作家の中で最も文学的な作品を書いたと言われるセイヤーズのミステリを読んでみませんか?】
         冒頭のリードで書いた通り、ドロシー・L・セイヤーズ女史はミステリでありながら最も文学的な作品を書いたと評価されています。
         ミステリに文学性は必要かという論争がかつてありましたが、それを両立してしまった作家と言っても良いのかもしれません。

         セイヤーズは、同じ女流作家ということでクリスティともよく比較されますが、クリスティが意表を突くトリックを得意とするミステリらしいミステリ作家なのに対して、セイヤーズの作品はトリックに重きがあるというよりは、作品全体から醸し出される雰囲気、物語展開の面白さという、一般の小説的な魅力があるように思われます。
         本作は、そんなセイヤーズの第2作目に当たります。

         探偵役は、貴族でありながら抜群の推理力を誇るピーター・ウィムジイ卿です(シリーズ探偵として活躍します)。
         今回は、なんと、ウィムジイ卿の実の兄であるデンヴァー公爵が殺人の嫌疑をかけられて起訴されてしまうというお話です。

         事件はある日の深夜に起きました。
         ウィムジイ卿やデンヴァー公爵の妹であるレディ・メアリは、デニス・キャスカート大尉と婚約していました。
         ところが、デンヴァー公爵の友人から、キャスカートはパリでいかさま賭博をしているようなとんでもない奴だからこの結婚には注意した方が良いと書かれた忠告の手紙が届いたというのです。
         捨ておくわけにはいかなくなったデンヴァー公爵は、別荘に泊まりに来ていたキャスカートに事の真偽を確かめたところ、明確に否定しないばかりか、激高してメアリとの婚約も破棄すると言い捨て、雨の中、外へ飛び出して行ってしまったと言います(デンヴァー公爵の供述ですよ)。

         寝付けなくなったデンヴァー公爵は、雨の中だというのに散歩をするために外に出て、数時間経った午前3時過ぎ頃に別荘に戻ってきたところ、温室の入り口に倒れて死んでいたキャスカートを発見したと言うのです。
         キャスカートは胸を拳銃で打ち抜かれて絶命していたと言います。
         そこへ銃声を聞いて目が覚めたというメアリが出てきて、死体の上にうずくまっていたデンヴァー公爵を見てしまったのです。
         別荘は大騒ぎとなり、キャスカートの胸を撃った拳銃がデンヴァー公爵のものだったこともあって、デンヴァー公爵は殺人罪で逮捕、起訴されてしまったのです。

         自分の兄が逮捕されたと知ったウィムジイ卿は、従者のバンターと共に別荘に駆け付け、昵懇の仲であるスコットランドヤードの警部のパーカーと共に捜査に乗り出し、兄の無実を証明しようとする展開になります。

         そもそもデンヴァー公爵は、何故雨の夜中に外出し、何時間もほっつき歩いていたというのでしょうか?
         デンヴァー公爵はただムア(荒地)を歩いていただけだと言い張り、納得いく説明をしようとしません。
         また、そもそものきっかけとなった友人からの忠告の手紙についても処分してしまったと言うのですが、何故処分しなければならなかったのでしょうか?
         とにかく満足な説明も、納得できる弁解もしないデンヴァー公爵は窮地に陥ります。
         加えて、捜査を進めていく過程でメアリが「キャスカートを殺したのは私です」と名乗り出てくる始末です。
         実兄は起訴されるわ、妹は真犯人は自分だと自白するわでウィムジイ卿大ピンチというお話になってきます。

         ミステリとして見た場合、本作にはクリスティのような目を見張るようなトリックがあるわけではありません。
         また、カーのような不可能犯罪が提示されることもありません。
         はたまた、クイーンのような数学的・論理的な精緻な推理が見られるわけでもなく、読者に対してすべての手がかりを与えると言ったフェア・プレイが行われるわけでもありません。
         ですから、本来ならミステリとして読んだときにはさほど高い評価はできない作品になりそうなのですが、不思議と独特の魅力があるんですね。
         ただし、とあるミステリ書評によれば、残念ながら本作はセイヤーズの作品としては最も失敗してしまった作品だと評価されていますが。

         本作の魅力とは、ウィムジイ卿と従者バンターのユーモラスな掛け合いがあったり(この二人、捜査の途中でドジを踏んで二人揃って死にかけたりもします)、貴族階級の妙な意地やプロレタリアートとの確執が描かれたり、いくつかのロマンスが背景に見え隠れしたり、貴族を裁判にかけるとどういう手続きが必要なのかが描かれたり、裁判が終盤に近付いているという緊迫した状況の中で決定的証拠をつかんだウィムジイ卿が嵐の中飛行機を飛ばすというサスペンスがあったりで、小説として面白いのです。

         ですから、殺人事件とその解決は描かれるものの、ミステリとしてではなく、一般の(ちょっとユーモラスな味もある)小説としても十分に楽しめる作品になっていると思います。
         最後の最後では、泥酔して議事堂広場にあるパルマーストン卿の銅像によじ登り、醜態を晒すウィムジイ卿とパーカー警部なんていう笑ってしまうような場面まで出てきたりしますよ。
         セイヤーズの魅力ってこういうところにあるんだなぁと実感できた作品でした。


        読了時間メーター
        □□□     普通(1~2日あれば読める)
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        2020/06/20 by ef177

    • 2人が本棚登録しています
      ナイン・テイラーズ
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
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      • 【教会の鐘が鳴り渡る。/本作は紛れもないミステリなんですが、ミステリ以外の文学作品的魅力が大きいかもしれません。】
         素人探偵としても高名なピーター・ウィムジイ卿は、大晦日の猛吹雪の中、道を見誤り、運転していた車を路外に突っ込ませてしまいました。
         これはもう、近在の村まで歩いて行くしかありません。
         従者と共にフェンチャーチ・セント・ポールという小村までとぼとぼ歩き、村の教会の教区長の世話になりました。

         この村、小さいのに立派な教会を持っているんです。
         元は大僧院だったという大きな教会で、しかもなかなかお目にかかれない八鐘組の鐘を備えているのですね。
         教区長は、大晦日の夜から元日の朝にかけて、『15840転座のケント高音跳ね八鐘』という伝説的な鐘曲を奏鳴する計画だというのです。
         これは何と9時間にわたり鐘を鳴らし続ける鳴らし方なんですって。
        いかに大晦日の夜から元日の朝にかけてとは言え、9時間も教会の鐘をガランガランと鳴らし続けても迷惑じゃないんですかねぇ。

         ところが、鐘方の一人が村で大流行中の流感にやられてしまい、寝込んでしまったとの連絡が入ります。
         これでは伝説の鐘を打てなくなってしまいます。
         がっかりする教区長なのですが、ウィムジイ卿が鐘を演奏する心得があったことから、急遽鐘方として参加することになり、無事に大演奏を成し遂げたのですね。

         ここまでは事件が起きる前のお話なんですが、この冒頭のくだりですっかり雰囲気を作り上げており、読者を作中に引き込んでしまう見事な演出になっています。
         本作は、教会の鐘が重要な役割を果たす作品なんですね。
         タイトルの『ナイン・テイラーズ』というのも『九告鐘』のことで、これは教区に住むキリスト教徒の男性が亡くなった時に、そのことを告げるために鳴らす鐘の鳴らし方を言います。

         さて、本作はミステリですから、事件のこともご紹介しなければなりません。
         年が明けて間もなくのこと、村の『赤屋敷』と呼ばれるお屋敷に住む貴族のレディ・ソープが流感にかかり亡くなったのです。
         その後、春になるとその夫のサー・チャールズも後を追うように亡くなってしまいました。
         墓堀がサー・チャールズを埋葬するためにレディ・ソープの墓を掘り返したところ、何と、そこには男性の死体が埋まっていたではないですか。

         その男性の死体は、顔が潰されており、また両手首が切断されて無くなっていました。
         DNA鑑定など無い時代のお話ですから、これは死体の身元を隠すためにやったことではないかと思われます。
         その死体が何者なのかは最初はよく分からないんですね。
         年明け早々に村に仕事を求めてやってきて、数日後に姿を消した男じゃないかとも思われるのですが、何せ顔が潰されているのではっきりしません。
         取りあえず、村で見つかった死体だということで『ナイン・テイラーズ』が奏鳴されました。

         さて、この村には大分前に変わった大事件が起きていたのです。
         サー・チャールズの息子のヘンリーが結婚した時のことです。
         お屋敷に招待客として招かれた遠縁のウィルブラハム夫人が持ってきたエメラルドの首飾りが盗まれてしまったのです。
         このウィルブラハム夫人という人は変わった老女で、吝嗇家だというのにまったく不用心に宝石類をじゃらじゃらつけて歩く人で、その管理も我流でいい加減なものですから、泥棒仲間の間では有名な女性だったというのですね。
         高価なエメラルドの首飾りをしょっちゅうつけて来ることも有名な話。
         それがとうとう盗まれてしまったというわけです。
         責任を感じたサー・チャールズは、無理をしてエメラルドの代価を返済したため、以後、すっかり家計が傾いてしまったというのです。

         この盗難事件の犯人として、クラントンというロンドンの泥棒と、当時『赤屋敷』の執事として働いていたディーコンという男の二人が共犯として捕まり、裁判にかけられました。
         しかし、二人は互いに罪をなすりつけ合い、肝心のエメラルドの首飾りの行方も分からなかったのです。
         ディーコンは初犯ということもあり8年の刑を宣告されて服役したのですが、その後刑務所から脱走してしまいます。しかし、逃げ切れなかったのか縦抗に転落死しているのが発見されたということです(囚人服を着たまま、頭蓋骨がぐちゃぐちゃに潰れていたとか)。
         一方のクラントンは10年の刑を宣告され、刑務所出所後は行方が分からなくなっていました。
         もしかしたら、墓に埋まっていた死体はエメラルドを探しに村に戻ってきたクラントンなのかもしれません。

         でも、だとしたら誰がクラントンを殺したというのでしょう?
         また、死体を墓に埋めたのは何故?(まぁ、死体の隠し場所としては墓地が好適……墓地まで探すことはないでしょうから……ということなのですかね?)。

         教会の墓地から死体が発見されたという事態に泡を喰った教区長は、鐘の件で手伝ってもらったウィムジー卿が探偵としても名高いということを知り、ここは是非出馬願いたいと懇請し、ウィムジー卿が再び村を訪れるというお話になっています。

         この物語は小村を舞台にしていることもあり、登場人物の大部分は田舎言葉丸出しで話しますし(これがちょっと読みにくくはありますが)、本筋とは関係のない、純朴な世間話なども沢山出てきます。
         そういうところが味になっている作品だと感じました。
         確かに奇抜なトリックも用意されてはいるのですが、そのトリックって本当に実現可能なの?と疑問を抱いてしまいます。
         しかし、その奇抜なトリックがメインの作品ではなく、不可解な状況が徐々に解きほぐされていき、その過程で小さな村の人々の営みが描かれていき、また、教会の鐘が良い雰囲気を醸し出しているところに大きな魅力がある作品だと感じました。
         本作は、紛れもなくミステリなんですが、もしかしたらミステリ以外の、文学作品的部分の魅力が大きい作品なのかもしれないですね。
        >> 続きを読む

        2020/06/03 by ef177

    • 1人が本棚登録しています
      死者の書
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      • 浅羽莢子訳 ジョナサン・キャロル『死者の書』 感想とレビュー 語りのパースペクティブの謎

        -はじめに-
         「ジョナサン・キャロル(Jonathan Samuel Carroll、1949年1月26日 - )はアメリカ合衆国ニューヨーク生まれ、ウィーン在住の小説家、ファンタジー作家、ホラー作家である。メタ・フィクション的なダーク・ファンタジーを得意とする」とWikipediaにあります。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%AD%E3%83%AB
         私も初めて読んだ作家だったので、まったくプロフィールも知りませんでした。最初にこの本にであったのは、ウェブ上でのこと。先ずなによりもそのタイトルに惹かれました。『死者の書』、一体なにが描かれているのか、とても気になりませんか。私はエジプトの『死者の書』なんかにも興味があるのですが、まだそこに何が書かれているのか知りません。兎に角なにか、神秘的な知恵が描かれているのではないかという淡い希望を抱いて、図書館に依頼したところ、すぐに買ってくれました。

        -導入-
         ごくごく一般的な文学論を述べますと、作品というものは読者を何かしらの方法で作品に引き込ませるように描かなければなりません。なぜなら作品というものは読者に読まれて初めて存在していることが確約されるわけなので、読者がつまらないと言ってほうってしまえば、それで作品は成り立たなくなってしまうからです。
         この作品に登場する主人公トーマス・アビイも、「本を読み始めたら最後まで読まなければ」気が済まない性質だと自分で述べています。どんなにひどい作品でも、一度読み始めたら最後まで読まなければ気が済まない。私も多分にこうした感覚の持ち主なので、本当につまらない作品を最後まで読んでしまった時の時間の浪費感、空虚感といったものは計り知れないのですが、最近の若い人は簡単に挫折してしまう傾向にあるますから、その点に関してはもう少し辛抱が必要かなと、私自身に対してはもう少し適当にできるよう神経の緩ませなければならないかなと思っています。
         ところで、この作品というのは最初から読者を突き放すような、そんな冷たさを感じさせる作品です。アニメーション映画で言えば、先日話題となった『ヱヴァンゲリヲンQ』といった感じ。あの作品では観客にわざと情報提示を少なくして、またシンジ自身の内面へと向かっていく方向性、内向性から観客をはじきだすといった構図が浮かびあがると思います。この作品も同じく、一人称の語り手である「ぼく」は始終つまらないことでイライラするような、常識的な人間と比較すれば心の狭い人間だなという印象を与えます。ではなぜ、あまり自分のことを読んでもらいたくないような態度をとりながら語り続けるのか、この問題が浮かんでくると思います。
         他の作品を読んだことがないので、ジョナサン・キャロルについてはこれ以上の言及はできませんが、ウェブ上の情報を信頼すれば、他の作品でもメタフィクション的な構造を得意としているようです。この作品でも、作品の内部に作品が存在します。こんかいの作品は、作品内作品、メタフィクションが、非常に重要な意味を持ってきます。これ以降は、多分にネタバレを含みますのでお気を付けください。

        -謎の語り手、語りの謎-
         一人称作品というのは、基本的にはそこに描かれている事物がすべて終了した時点以後にその物語が書かれているということになります。『金閣寺』であれば金閣寺を燃やした後ですし、『こころ』であれば、「先生」が死んだ後に書いていることになります。一人称でも、時間軸が同時的、オンタイム的になる作品は、一応一人称でありながら、それを書いているのは誰か別の語り手ということになります。今回のこの作品も、主人公が手記を書くという仕事をしていることから、非常に判断し辛い状況となっています。一度も「私はこれを書いている今、」というような言葉は出てこないものの、別の誰かがかいているのか、あるいはここに登場する「ぼく」が自分のことを書いているのか、最後まで判然としません。

         出版社が創元推理文庫ということもあり、ミステリー要素を多分に有しているので、重大なネタバレになってしまうのですが、それでも良いかたは読み続けてください。
         このタイトルの「死者の書」というものも、象徴的な言葉で、作中には登場しません。作中では、トーマス・アビイという架空の人物が物語を語っているわけですが、さらにその作品のなかに、架空のマーシャル・フランスという人物が描かれます。アビイはかねてより大好きだった、今は亡き絵本作家フランスの伝記を書こうと、ひょんとしたことからフランスが住んでいた町、ゲイレンに向かいます。しかし、終盤になり、そのゲイレンという町自体が実はフランスが描いた文章の神秘的な力によって具現化された限りなく実体にちかい幻想であるということ、創造物であることが判明します。今までゲイレンは、フランスのきわめて変質的な孤独主義ということもあり、他の町の人間、すなわち本当に生きている人間を受け付けませんでした。では何故アビイという主人公だけは町に入れ、今まで断り続けて来た伝記を書くことを許したのか、この謎が最後まで解けないのですが、最後の最後に謎解きがある前にある事件がおきて、謎が解けます。そのことによって、アビイは恋人で一緒に伝記を書くために仕事をしていたサクソニーを失います。その復讐劇がはじまるというところで作品が終わると言う、なんとも鬱な展開が期待できる作品です。
         どうやらネット上ではその鬱加減がすばらしいと、一部のコアなファンから熱狂的な支持を受けているようです。この作家の作品はどれも、大衆受けするというよりかは、一部の熱狂的な支持者にうけるといったコアなファンを持つタイプのようです。事実作中で描かれる亡き作家フランスは、そうした人物として描かれています。ある意味では自分を投影して描いたのかもしれません。
         タイトルの「死者の書」ですが、この作品自体が、今は亡きフランスという作家のことを書いているという意味でも、「死者のことを書いている書」というようにも解釈できます。また別の考えでは、フランス自身が書き残した「今は死んでしまったものが書き残して行った」という意味での死者の書とも考えられます。おそらくどちらにもかかってくるようにわざとタイトルをつけたのだと思いますが、更にラストと今後の展開を考えると、「死者をよみがえらせる書」としての意味も含まれているのではないかと私は思います。

         一応一人称で描かれているこの作品ですが、一体この作品の語り手が誰なのかという謎が最後まで残ります。通常の作品も語り手の存在は謎のまま終わるのですが、この作品においてはその性質上、物語ることの重要さが他の作品とはまったくことなります。この作品では、本当にあますことなく物語を描くことができると、そこで描かれた人物が実世界にも生まれるという設定があります。フランスはそうして自分の町をひとつつくりあげたのです。アビイはフランスの娘にだまされてフランスをよみがえらせる手伝いをさせられていたわけです。その結果恋人のサクソニーを失うこととなってしまいます。この物語が書かれているのがすべてが終わった後だとすると、この「死者の書」は、さらなる別の意味を持ってくるのではないでしょうか。小説最後の部分で、アビイがどうやら物語るという行為によって人を復活される力を有したことが示唆されています。自分の父親を生き返らせたであることがわかります。とすると、自分の父を復活させた後に、その力を何につかったのかというと、この「死者の書」をアビイが書くことによって、サクソニーを復活させようとしていたのではないかと私は思います。


        -終わりに-
         これだけ内容が奇抜であり、完成度の極めて高い作品が処女作だと知ると、この作家の能力の高さが思い知らされます。物語ると言う行為の重要さ、あるいはその行為がもつ力というのが、この作品では誇張され、描かれることが現実となるというような設定があります。ジャンル分けをしようとすればSFということになるでしょうか。
        しかし、本当に作家が命を込めてものを書けば、そこに描かれていることが具現化するという発想は、昔からいくつかの作品で見られた構図ですが、この作品は徹底したつめたさ、人間の悪さといったものに裏打ちされているので、決して気持ちが良いものではありません。しかし、この不気味な読後感の印象を持ちうる作品というのは、それだけ力ある作品であり、やはり何かしら人のこころを揺さぶるものがあると思います
        >> 続きを読む

        2013/07/05 by yugen

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      わたしが幽霊だった時
      4.0
      いいね!
      • 気付いたら幽霊になっていた「わたし」。
        少しずつ家族のことを思い出していくけれど、自分が誰だか、なんで幽霊なのかはわからない。
        4人姉妹のうちカート、イモジェン、フェネラの3人は家にいる・・とゆうことは、わたしは残る1人のサリー。
        しかし、サリーも生きていて友達の家に泊まりに行っていただけだった。
        では、一体「わたし」は誰なのか・・


        小学校の頃に読んでたはずなのに、全然覚えてない事にびっくりしました。
        それに、前に読んだ時はおもしろかった覚えがあったのに、今読むとずいぶんオカルトぽい内容で、黒魔術にも興味がないので、あまり好みじゃないなと思いながら読みました。

        ただ、話しの展開はおもしろかったので「わたし」が誰かにたどり着くまでは楽しめました。
        >> 続きを読む

        2012/08/25 by uspn

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【浅羽莢子】(アサバサヤコ) | 読書ログ - 読書ファンが集まる読書レビューサイト(著者,作家,作者)

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