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田口俊樹

著者情報
著者名:田口俊樹
たぐちとしき
タグチトシキ
生年~没年:1950~

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このランキングは1日1回更新されます。
      チャイルド44
      カテゴリー:小説、物語
      4.2
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      • 【ソビエトの深い闇。「私はあなたを愛してなんていなかった。怖かっただけ。」】
         物語はスターリン体制下、そしてその後のソビエトを舞台にします。
         主人公のレオは、国家保安省の優秀な捜査官でした。
         彼は、ある男にスパイの疑いを抱きマークしていたのですが、上層部から命じられた別件を処理している間に逃走されてしまいます。
         まずい。
         早々に逮捕しておけば良かったのに逃走を許しただけでも大失点であり、万一逃げ切られてしまいでもしたら自分が粛清対象になりかねません。

         スターリン体制下のソビエトは徹底した恐怖政治が敷かれており、国家保安省のエリートと言えどもミスは直ちに粛清につながるという恐ろしい時代だったのです。
         部下のワシーリは狡猾な男であり、上司のレオがミスをしたことにさっそく目をつけ、自身の昇格のためにこのミスに付け込もうと策動し始めます。
        必至になったレオは、凍った河に飛び込むまでして何とかスパイ容疑をかけた男の確保に成功しました。

         しかし、アンフェタミンを連続使用しながらあわや低体温症になりかけてまでして逮捕するという無茶をしたこともあり、風邪をひいてしまったのです。
         そりゃ無理もないと思いますが、何と、この時代のソビエトは体調を崩しただけでサボタージュの疑いをかけられるのですね。
         さっそく党から医師が派遣され、本当に病気なのか、病気を口実に怠けているだけなのかチェックされるのです。

         この医師がまたひどい男で、レオの妻のライーサが美人であることに目をつけると、自分と寝ろと迫るのです。
         もし、自分がレオは病気などではないと報告すればすぐにレオは粛清されてしまう。
         それが嫌なら言うことをきけと言うのですね。
         とことん下劣であり、また、こんなことが横行していたのがこの時代のソビエトというわけです。
         ライーサは、医師に包丁を突き付けて追い返すのですが、果たしてそれが良かったことなのかどうか……。

         体調を回復したレオは仕事に復帰するのですが、取り合えずあの医師はおかしな報告はしなかったようです。
         上司からはスパイ容疑の男を身を張って確保したことを称賛されるのです。
         レオが休職している間にその男の取調べは既に終了しており、男はスパイであることを自白し、自分が関係していた者の名前もしゃべったということでした。

        実は、レオは体調を崩す前にスパイ容疑の男の尋問を始めており、その際、自白剤を投与したのに男は何もしゃべらなかったため、こいつはスパイではなかったとの確信を抱いていたのです。
         その処理をする前に倒れてしまったというわけだったのですね。
         だから、男がスパイであることを自白したと聞き、これは例によって拷問にかけて嘘の自白をさせたのだろうと察しがつきました。

         上司は、男がしゃべった関係者の取調べにも既に着手しており、レオには最後に残った一人を調べるよう命じてきたのです。
         その最後の一人とは、何と、ライーサだったのです。
         そんな馬鹿な。
         男を尋問したのが誰かは不明でしたが、何者かがレオを陥れるため、わざとライーサの名前を関係者として紛れ込ませたのに違いありません。

         妻がスパイであるわけがないとは思うのですが、上司の命令に背くわけにもいかず、ライーサの尾行を始めるレオなのです。
         これは罠だ。
         上層部はライーサの名前が挙がった以上、既に彼女はスパイであると決めつけているに違いなく、もし、レオがライーサは無関係だなどと報告しようものならライーサ共々レオも、そして今はレオの力によって安楽な生活ができている年老いた両親まで粛清されてしまうに違いない。
         かと言って、無実の妻をスパイだと告発することなどできるわけがない……。

         悩んだレオは両親を訪れます。
         そして事情を説明し、どうしたらいいのかと両親に相談したのです。
         父親は、「冷たいことを言うようだが……」と前置きしつつ、ライーサを売るしかないと言いました。
         仮に正義を貫き、ライーサを守ってもライーサはもちろん、お前も自分たちも粛清されてしまうだろう。
         もし、ライーサを売ればライーサが粛清されるだけで済む。
         これは3対1だ、と。
         お前は、「自分たちは死んでも構わないからライーサを守れと言って欲しかったのかもしれないが……申し訳ないがそういうことだ」と、父親は言ったのです。

         それが今のソビエトの現実なのか……。
         そんな時、妻が両親の家にやって来ました。
         どうして?
         妻も両親も、レオが仕事で遅くなることが多いので、よく夕食を一緒に食べていたのだと言います。
         そういうことか……。
         しかし、レオは両親の家に行く前にライーサを尾行しており、ライーサが真っすぐ家に帰ろうとせず違う駅で降りたことを知っていました。

         お前は職場からまっすぐにここに来たのか?と、問いかけるレオ。
         いいえ。病院に寄って来たの。
         子供ができたの。

         なんということでしょう。
         レオとライーサの間にはなかなか子供ができず、この時代のソビエトは、戦争で多くの国民が亡くなっていたこともあり、夫婦が子供を作ることはほぼ義務だとまで考えられていたため、子供ができないレオ夫婦は肩身が狭い思いをしていたのです。
         ようやく子供ができたのか!
         しかし、ここでライーサを売るという事は、お腹の中の子供も殺すということだ……。

         苦悩するレオです。
         翌日、レオは妻が仕事に出かけた後、徹底した家探しをしました。
         形だけでも妻のことをちゃんと探っていることにしないわけにはいかないという事情もあるからです。
         家の床板まで剥がして捜索していた際、さっそくワシーリが家にやって来ました。
         こいつは俺がちゃんと捜索しているか確認しに来たのか。

         ワシーリは、にやにやしながら「もう奥さんのことは諦めなさい。女など他に何人もいます。」とまで言うではないですか。
         この野郎!とは思うのですが、ここでワシーリに手を上げるわけにはいきません。
         それはワシーリの思う壺であり、そんなことをすれば国家に対する忠誠心を疑われかねないのですから。
         こいつは俺を挑発するためにここに来たんだ……。

         その後、レオはライーサの持ち物の中から、半分に割れるコインを発見してしまいます。
         これは、スパイ連中が中にマイクロフィルムを入れて隠すためのものだ。
         何故ライーサがこんな物を持っているんだ?

         いよいよ、ライーサの件を上司に報告しなければならない日がやって来ました。
         逃走したスパイ容疑者がしゃべったという他の6人の関係者の捜査は既に終了しており、全員がスパイであることを認めたのだから、あのスパイ容疑者の自白は信用できると上層部は考えていました(どうせ拷問にかけて自白させたのでしょうけれど)。

         どうする?
         ポケットの中には例の半分に割れるコインが入っていました。
         確かにライーサがこんなものを持っていたのは怪しい。
         あいつは職場で反共と睨まれている男とも親しいのは間違いないようだ。
         ライーサは裏切っていたのか?
         しかし、信じられない。
         ライーサを告発するのか、守るのか?

         ご紹介はこの辺りまでにしたいのですが、下巻のこともあり、もうちょっとだけ書いてしまいます。
         結局、レオは、ライーサは無関係であると報告してしまったのです。
         妻を裏切ることはできない。
         しかも、彼女のお腹の中には子供がいるんだ……。

         予想通り、レオは自宅謹慎を申し渡されてしまいます。
         これで終わりか。
         いつ、保安省の職員が家にやって来て自分とライーサを連れ去ってもおかしくはない。
         しかし、いつまで経っても保安省の職員はやって来ません。
         どうしたんだ?
         その時、スターリンが死去したことを知ったのです。

         これで体制は一変します。
         今度は誰が権力を掌握するのか、それを見定めない事には自分がどう振舞えば良いのか誰もが決めかねている状態でした。
         結局、レオは地方の民間警察の下級捜査員に更迭されるだけで済んだのです。
         下手をすれば強制収容所送りになっても全くおかしくなかったので、助かったとほっとする措置でした。
         おそらく、上司もスターリン死去のために徹底した処置を取ることがためらわれ、取り合えずレオを地方に更迭して済ませたということなのでしょうか……。

         妻を帯同して命じられた地方に赴任するレオです。
         赴任先の民間警察は疑心暗鬼に陥っています。
         何故、中央の国家保安省の捜査官がこんなところに送り込まれて来たのだ?
        レオは更迭されたことを装い、何かを党に報告するために送り込まれてきた男ではないのか?
         レオは保身のために、最大限この状況を利用することにします。

         そして、妻に「愛している。ここで子供を育てよう。」と話しかけたのですが……。
         妻の口からは驚愕の事実を告げられます。
         自分はあなたを愛していたことなどこれまでに一度もないと。
         また、妊娠したというのは嘘であるとも。
         妻は、レオが両親に相談した時、ドアの外でレオ達の会話を立ち聞きしてしまったと告白するのです。 
         あなたたちは私を売ろうとした。
         確かに3対1よね。
         でも、3対2だったらどうなの?

         妻に求婚したのはレオからでした。
         ライーサには選択肢が無かったのだと言うのです。
         国家保安省の職員に求婚されて断れば自分が殺されると思った、断れるわけはなかったのだと。
         自分は、生き延びるために結婚を承諾し、その後、レオの機嫌を損ねないようにということだけを気にかけて今日までやって来たのだと。
         それしか自分が生き延びる方法はなかったじゃないの、と。

         愕然としたレオは、思わずライーサの首を絞めてしまいます。
         こいつはやっぱり俺を裏切っていたんだ!
         お前がすべて悪かったのだ、と。

         その後、ライーサは荷物をまとめて出て行こうとします。
         一時の激情にかられて妻の首を絞めたことをレオは後悔しており、ライーサを引き留めました。
         やり直そう。
         でも、ライーサはそれには条件があると言います。
         これからは、二人は対等なのだと。

         レオの元にはワシーリから揶揄するような電話がかかって来て、レオの両親が住居を追い出され、工場の労働に戻されたと告げられます。
         やめてくれと懇願するレオをせせら笑うワシーリ。

         両親のことを考え絶望するレオは、民間警察が捜査していた少女殺人事件に目を留めます。
         警察は既に犯人として精神疾患の男を逮捕していました。
         というか、この時代のソビエトは、共産主義社会では犯罪など起きないということを建前にしており、犯罪が起きても犯人が逮捕されるまでは公表しないのです。
         犯人が逮捕されたとしても、共産社会に犯罪は無いという建前上、犯罪自体をもみ消してしまうことも普通でしたが、今回は犯人が精神疾患だったため、こういう男は共産主義社会からは外れた男なのでそういう男が犯罪を犯すことはあってもおかしくないという説明ができることから、犯人逮捕後に公表に及んだというわけです。

         レオは、この事件に不審な点を感じます。
         実は、スパイ容疑者を逃がしてしまった時、上司から命ぜられていた別件というのは、鉄道事故に遭った子供の親族が死因に疑いを持っているのでそれを丸め込むという仕事だったのですが、その子供の死体の状況と、今回の少女の死体の状況が酷似していたのです。
         もしこれが同一犯の仕業だとしたら、今逮捕している精神疾患の男が犯人であるわけがない。

         のめり込むように捜査を始めたレオをライーサが諫めます。
         あなたはまた私たちを危機に陥れるつもりなのかと。
         既に犯人として精神疾患の男を逮捕しているではないか、もしそれが真犯人ではないなどと言い出そうものなら私たちの方が粛清されるのは明らかなのに、何故またそんなことをするのかと。

         確かにライーサの言う通りなのです。
         ここは黙って精神疾患の男を犯人として処刑してしまえば済むことなのです。
         しかし……。
         レオは、ライーサに言います。
         もし死体が発見された場所付近を探しておかしなところがなければ言うとおりにする。
         それだけはやらせてくれ、と。

         ライーサは溜息をつきながらも、いいわ、私も一緒に行くと言いました。
         そして、二人は、死体発見現場の近くから、もう一体の死体を発見してしまうのです。
         その死体も、これまでの被害者と同様の殺され方をしていました。
         これは……。

         スターリン時代のソビエトという、非常に恐ろしい社会を背景にした本作の迫力は大したものです。
         まるでディストピアのSF作品を読んでいるかのような気持ちにすらさせられます。
         絶望的な状況下で、心理的にも追い詰められていくレオやライーサの状況は非常に胸に迫ってくるものがあります。
         これは面白い!
         さっそく下巻に着手しますよ。


        読了時間メーター
        □□□     普通(1~2日あれば読める)
        >> 続きを読む

        2021/02/24 by ef177

    • 他5人がレビュー登録、 9人が本棚登録しています
      チャイルド44
      カテゴリー:小説、物語
      3.8
      いいね!
      • 【この殺人鬼を野放しにしているのはソビエトという国家体制だ】
         地方の民警の下部捜査官に左遷されたレオとモスクワから帯同してきた妻のライーサが新たな少年の死体を発見するところまでが上巻で描かれました。
         その死体は、レオがモスクワで遺族に対して事故だと説得した少年の死体、つい数日前にこの地で発見された少女の死体同様、全裸にされて口に木の皮が詰められ、足首に紐が巻かれていたのです。
         これは同一犯人による犯行と考えざるを得ません。

         レオは、現在少女殺しの犯人として逮捕されている精神障害のある男の無罪を確信すると共に、他にももっと被害者がいるのではないかと疑いだします。
         レオは警察署長にそのことを訴えるのですが、警察署長も新たに発見された死体の犯人は現在逮捕している男とは別人だとは認めるものの、既に逮捕した男が少女を殺した事は間違いないとして撤回しようとはしません。
         「少女と少年の両方を凌辱する性犯罪者がいるものか。そんなのは聞いたことがない。」と言って。
         しかし、少年も少女も、性的暴行を受けた形跡はなく、性犯罪者という見立て自体が疑問なのです。

         レオは殴り合いになっても警察署長を説得しようとするのです。
         警察署長も内心では疑念を抱いてはいましたが、これまでの捜査を覆し、新たな犯人探しを始めようものなら、ソビエトという体制を混乱させるものだとして粛清対象にされてしまうことは明らかであり、家族まで巻き添えにしてそんなことができるわけがないという気持ちもよく分かるところです。
         しかし、警察署長の妻は、レオに協力すべきだと言ったのです。
         署長の家にもまだ幼い子供がいました。
         真犯人を捕まえない限り、子供たちがまた狙われると言って。

         署長の協力を得て、近隣の民警からさりげなく同種被害者の有無を聞き出したところ、出るわ出るわ。
         調査範囲もどんどん広がっていき、最終的に同じような被害者の数は何と44人にも上ったのです(タイトルの意味はここからきています)。
         一人の人間が移動しながら広範囲にわたって44人もの子供を猟奇的に殺していたというのか?
         さすがのレオもこの結果に愕然とします。

         そして、上巻のレビューでも書いたとおり、当時のソビエトは犯人を逮捕しない限り犯罪が行われたこと自体を公表せずに揉みつぶしていました。
         逮捕する犯人は反ソビエトと認定できるような者ばかりで、そこには何の証拠も伴わないのが通常でした。
         ということは、既に44人もの無実の人たちが犯人として逮捕され、あるいは既に処刑されているということです。
         そして実際に被害に遭って殺されている子供たちはさらに多いことも推測されるのです。

         レオは、これまで国家保安省の幹部捜査官として同様のことを繰り返してきたわけです。
         それはソビエトという体制を信じてやって来たことではありましたが、その結果を改めて目の前に突き付けられ自分がやって来たことをようやく否定するに至ります。
         そして、真犯人がまだ野放しになっているのは絶対に容認できないと心から思うようになるのです。

         何故こんなとんでもない犯人が野放しになっているかと言えば、それはソビエトという国家体制が、共産主義社会では犯罪など起こり得ないという非現実的な建前を墨守し、仮に犯罪が起きるとすればそれはソビエト体制からはみ出した者による場合だけであると言い張っているからに他なりません。
         44人もの子供たちの命を奪ったのは、このソビエトという国家なのだと、レオは確信するに至るのです。

         その後、警察署長の動きは察知され、署長は逮捕されてしまいます。
         署長は、そのことをギリギリのタイミングでレオに伝え、レオと妻のライーサの逃避行が始まります。
         何のために逃げるのか? 逃げてどうなるのか?
         レオとライーサは、逃げるのは、真犯人を捕まえ自らの手で殺すためだと考えています。
         もはやそれしか自分たちの存在意義はないと。
         その後、自分たちが粛清されるのは覚悟の上だと。

         さて、本作の冒頭には一つのエピソードが描かれています。
         それは厳しいソビエトの冬の季節のことで、飢餓が襲っており、人々は食べる物が無くなり恐ろしい状態に陥っている姿です。
         幼い兄弟が猫を狩りに出かけました。
         弟はまだ上手く狩りができないのですが、母親の命令で兄について行ったのです。
         兄は罠をしかけ、上手く猫を狩ることに成功しました。

         何日ぶりに肉を食べられることでしょうか。
         他の者に見つかって猫を奪われないように、牧柴で隠して持ち帰ることにし、兄弟はそれぞれ木の枝を探し始めます。
         その時、男がやって来て、兄を殴り倒すと連れ去ってしまったのです。
         弟はそのことに気付かず、取り残されたことに気がつくと泣きながら一人で家に帰ったのです。
         このことを知った母は、兄は喰われてしまったのだと知ります。
         そして、発狂してしまうのです。

         その後、本編が始まるのですが、私は何故このエピソードが物語の冒頭に描かれているのかずっと分からずに読み進めていました。
         下巻に入り、その理由が分かるのです。
         それは大変ショッキングな意味を持っていたのですよ。

         非常にサスペンスフルで、スピード感もある、警察小説と言えば警察小説なのですが、本作はそれ以上に、ソビエトという体制、極限状態における人間のふるまいというところまで掘り下げて描かれている大変面白い作品だと感じました。
         実は、本作は実話をもとにしているのだそうです。
         ソビエトで52人もの少年少女をレイプして殺害した男がおり、その男は12年間も逃げおおせたのだとか。
         そんなことが可能になったのは、本作で描かれているとおり、ソビエトには犯罪は存在しないという当時の歪んだ建前があったからでした。
         著者はこの事実を知り、大きなフラストレーションを感じ、本作を書いたそうです。

         著者の作品を読むのは今回が初めてでしたが、もう少し読んでみたくなりました。


        読了時間メーター
        □□□     普通(1~2日あれば読める)
        >> 続きを読む

        2021/02/25 by ef177

    • 他4人がレビュー登録、 9人が本棚登録しています
      グラーグ57(フィフティセヴン)
      カテゴリー:小説、物語
      3.7
      いいね!
      • トム・ロブ・スミスの「グラーグ57」(上・下巻)は、「チャイルド44」の直接の続篇。

        物語は、「チャイルド44」の3年後、1956年に始まる。
        この年は、フルシチョフによるスターリン批判が行なわれた年だ。

        当局者の中には、スターリン時代の投獄者が釈放されたり、既存の政策の間違いを国のトップ(ソ連の指導者の場合は、共産圏のトップであったことにも留意する必要がある)に認められてしまうと、立場が悪くなる者が出て来る。

        あるいは、一部の反体制派が勢いづく。かくて、体制は動揺する可能性が出て来るのだ。
        そして現に、同年秋にはハンガリーで、反ソ連蜂起・ハンガリー動乱が勃発する。

        「グラーグ57」の背景にあるのは、このような社会情勢だ。

        主人公は、「チャイルド44」と同じく、国家保安省捜査官のレオ・デミドフだ。
        前作で彼は、自分が過去に、職務上殺害した人物の娘二人を、贖罪の意味で養女に迎え入れた。

        しかし、この養女が懐かない。特に姉の方のゾーヤは、両親を殺したレオを恨んでいるのだ。
        このように家庭に危機を抱えつつ、レオはモスクワで仕事をしている。

        しかし、スターリン批判の前後から、スターリン時代の捜査官や密告者が、次々に殺されるという事件が発生する。
        レオとその家族にも、魔手が伸びて来る。

        レオは以前、捜査官という身分を偽って、司祭ラーザリに接近し、彼を思想犯として逮捕したことがあった。
        この一件で切れてしまった、ラーザリの妻フラエラは、犯罪組織に身を寄せるようになり、現在はモスクワのギャング団で女ボスにまで上り詰めている。

        自分の生活を壊したレオを恨むフラエラは、養女ゾーヤを人質にとって、レオに対し、ラーザリを収容所から脱獄させろと要求する。
        脅迫に屈したレオは、収容所に囚人として潜入するが、そこでは、自分たちの罪状をでっち上げて投獄した捜査官や、密告者に対する怒りが渦巻いていた。

        レオの正体は、早速ばれてしまい(彼自身が逮捕した囚人もいるのだから当然だ)、大ピンチに陥ってしまうのだ。

        一方、誘拐されたゾーヤは、レオを恨む立場はフラエラと同じだし、彼女の部下の少年マリシュと心を通わせたこともあって、組織に協力するようになった。

        そして舞台は、ソ連に対する憤懣が高まっているハンガリーに移る。
        フラエラはハンガリーで反ソ暴動を扇動しようとしていたのだ。

        復讐にまつわるサスペンスとして始まった物語は、ゾーヤ誘拐以降、一気に冒険小説色を強める。
        当然、劇性は強く、舞台も東はシベリア(収容所)から西はブタペストに及ぶ「グラーグ57」は、前作に比べ、よりダイナミックでスケールが豊かになっている。

        その一方で、シリアスな人間ドラマも楽しめる。
        レオは以前、粛清に邁進していたが、心を入れ替えて正義を追及するようになった。
        彼の妻ライーサは、そんな夫を愛するようになったが、養女の扱いについて、夫に不信感や失望感を抱いてしまう。

        その養女ゾーヤは、レオを両親の敵と信じ、夜中にナイフを片手に彼の枕元に立つことすらある。
        女首領フラエラは、ソ連に対する復讐を決意して夜叉と化した。
        一方、元司祭ラザーリは、収容所の過酷な状況の中で、すっかり性格が暗くなってしまった。

        彼らの葛藤と相克も読みどころの一つだが、やはりソ連の暗部が一番印象に残る。
        全員の上に、当時の共産主義国家の暗黒面が、情け容赦なく圧し掛かっているのだ。

        彼らの苦悩を通して、当時のソ連と東側諸国の歪みが、強烈に臭い立つのだ。
        この他、ストーリーテリングも巧みで、一気に読み通すことができるなど、リーダビリティの面でも万全だ。

        よって、この作品は、稀に見る傑作だ----と言いたいところだが、無視できない欠点がある。

        この作品のプロットは専ら、<レオ=ライーサ=ゾーヤ>と、<ラーザリ=フラエラ>という二組の家族、そして、それらに比べると重要度は低いが、<ゾーヤ=マリシュ>の幼い恋人たちによって織り成される。

        それ以外の主要軸は、存在しない。
        要するに、ストーリーが全て、「極めて近しい」人間関係に拠って立つのだ。

        一方、この作品で扱われる問題は、スターリン批判やハンガリー動乱など、スケールの大きい国家的・国際的なものだ。
        それを作者は、家族や恋人などの人間関係に落とし込んでしまった。

        確かに、この手法は、ソ連という国の歴史について興味を持たない読み手----いきなり国家という大所高所から語られても、ソ連社会の負の側面を感得できない読者----には、感情移入が容易になる、非常に効果的な手法だと思う。

        しかし反面、全てが、「主人公の周辺の人間関係」という卑近なレベルに押し込められてしまい、テーマの真の大きさ、根深さ、重さが抜け落ちてしまうのではないか。

        終盤のハンガリー動乱の段は、特に問題視したい。
        ソ連の犯罪者集団や少年少女が、ハンガリー動乱を扇動し、これにソ連人の主人公が立ち向かうという虚構は、実際のハンガリー国民に悲劇をもたらした史実の前には、娯楽臭があまりにも強過ぎると思う。

        真の当事者である、ハンガリー国民の頭越しに、「グラーグ57」の主要な登場人物を、ここまで出しゃ張らせる必要があったのか、私には疑問が残りましたね。

        >> 続きを読む

        2021/05/31 by dreamer

    • 他3人がレビュー登録、 5人が本棚登録しています
      さあ、才能に目覚めよう あなたの5つの強みを見出し、活かす
      カテゴリー:人生訓、教訓
      3.6
      いいね!
      • 巻末にある綴じ込みのIDを使って、「ストレングス・ファインダー」サイトにアクセスする。
        20分ほど掛けて次々質問に答えると、34の強み(活発性、公平性、競争性、指令性、親密性、調和性など)のうちから、自分の強みを5つ分析してくれる。
        結果は・・・あぁ、やっぱりね。自分でも分かってますよ。

        個々の強みを活かした、採用システム、パフォーマンス管理システム、キャリア開発システムなど、実践的な方法も書かれてはいるが・・・それじゃぁ、企業で働けない人も沢山いることでしょう。
        ただ、弱い部分を補強するために、教育訓練や研修を行うのは非効率ってのはよーくわかります。

        学生のうちに、自分の強みを生かした働き方をイメージするにはいいかも。
        >> 続きを読む

        2016/05/05 by FUKUchan

      • コメント 1件
    • 他3人がレビュー登録、 18人が本棚登録しています
      グラーグ57(フィフティセヴン)
      カテゴリー:小説、物語
      3.5
      いいね! Tukiwami
      • 【スターリン体制の爪痕は未だに深く残り続ける】
         本作は、以前レビューした『チャイルド44』の続編です。
         前作で主人公のレオは44人の子供を殺害した犯人を検挙すると共に、それまで勤務していた国家保安省を辞し、党のイデオロギーに拘束されずに一般犯罪を捜査する殺人課の創設を求め、その責任者に就任しました。
         部下には、前作で共に事件解決に当たった地方民警の署長だったネステロフを迎え入れたのです。

         あれから3年。
         スターリンの死後、フルシチョフが権力の座に就くと、これまでの恐怖政治を完全に否定する新たな方針が示されました。
         ただし、フルシチョフの新方針は本来であれば国民に広く知らせることを意図してまではいなかったはずなのに、その原稿が国家保安省の元職員で現在は印刷所の所長を務めているスレンのもとに持ち込まれたのです。
         スレンは、国家の重要な書類の印刷だと騙されてその原稿を大量に印刷してしまうのですが、その際何かに気付いたのか、自ら首を吊って自殺してしまったのです。

         スレンが印刷した文書には、過去、国家保安省が無実の人々を何の証拠も無しに告発し、処刑し、あるいは強制労働収容所送りにしてきた事実が記されており、それは誤りであると否定するフルシチョフの方針が明記されていたのでした。
         そのような文書が市民の間にばらまかれ、また、かつて国家保安省で無実の一般市民を告発してきた捜査官のもとにも送り付けられ始めたのです。

         そのような文書を見たかつての捜査官の中には、自分がこれまでソビエトのためにしてきたことが否定され、今後は自分が糾弾の矢面に立たされることになると知り、家族を巻き添えにして無理心中する者も現れました。
         または、その文書をたてに、過去の過ちを清算させると主張するいわばテロ組織により粛清される者も出始めたのです。
         そのような粛清を進めていたのは、過去に強制労働収容所に送られ、方針転換によって釈放されたフラエラ(本名アニーシャ)が組織した、ヴォリと呼ばれる犯罪集団からはじき出された者らによるテロ組織でした。

         確かに過去の国家保安省の行動は否定されたものの、このような私的粛清までをソビエトが許すわけがなく、KGBへと姿を変えた旧国家保安省は、総力を挙げてフラエラの組織壊滅に乗り出すのですが、一向にその動きをつかめずにいたのです。

         そんな時、レオの元にも新方針を印刷した文書が送り付けられてきました。
         それと共に、レオが妻のライーサと二人で養女として孤児院から引き取った幼い二人の少女のうちのの一人であるゾーヤがフラエラの組織によって誘拐されてしまったのです。
         レオらが二人の少女を引き取ったいきさつについては前作で書かれていますが、レオは、国家保安省の捜査官として働いていた際、ゾーヤとその妹のエレナ姉妹の両親を、暴走した部下が虐殺するのを止めることができず、ゾーヤとエレナは劣悪な孤児院に引き取られてしまったことから、その償いとして二人の姉妹を養女にしたのでした。
         
         まだ幼いエレナはレオにもライーサにもなつき、新しい生活にも順応していったのですが、年上のゾーヤはレオを自分の両親を殺した張本人として考え続け、決してレオを許そうとはせず、夜な夜な包丁を持って眠っているレオのベッドのそばに立つことを繰り返していたのでした。
         そんなゾーヤが誘拐されてしまったのです。

         レオは、フラエラの呼び出しに応じて一人で出かけていきました。
         実は、レオは国家保安省の捜査官だった頃、フラエラの夫であった司祭のラーザリを痛めつけて告発し、強制労働収容所送りにしたことがあったのです。
         しかも、その際、レオはフラエラに対し、夫のラーザリを捨てて自分の所に来いと口説いてもいたのでした。
         しかし、フラエラはレオの誘いを拒み、ラーザリと共に強制労働収容所送りになり、方針転換により一人釈放されていたのです。

         フラエラのことなどすっかり忘れていたレオでしたが、フラエラはレオらに対して復讐することを固く誓っていました。
         その手始めとして、ゾーヤを誘拐して人質にした上、レオに対してラーザリを強制労働収容所から解放するように要求してきたのです。

        フラエラらが元国家保安省の職員らを殺害し始める前であれば、あるいはそれも可能だったかもしれません。
         しかし、既にフラエラらは殺人を繰り返してしまっており、今はKGBによる徹底捜査の対象になってしまっているのです。
         そんな状況下でラーザリを強制労働収容所から釈放するなど、ソビエトが認めるわけがありません。
         レオはそのように説明するのですが、フラエラは聞く耳を持ちません。
        方法はどうでも良いのでラーザリを救出しろ、そうしなければゾーヤを殺すと脅すのでした。

         レオは上司とも相談し、ある計画を立てます。
         それは、レオが囚人に化けて強制労働収容所に潜入し、国家職員を装うネステロフと協力してラーザリを脱獄させるという計画でした。
         ソビエトもそれを裏で支援するということになりました。
         ラーザリをまともに釈放することはできないが、脱走したとなれば普通なら生きて帰れるわけはなく、当然死んだものと考えられるのでそれなら容認できるというのです。
         そして、上層部はそのようにして手に入れたラーザリを餌にしてフラエラらの組織を壊滅させようと考えたというわけなのです。

         レオはさっそくネステロフと共に強制労働収容所に潜入する計画を開始しました。
         レオらが潜入する収容所こそが、タイトルになっている『グラーグ57』と呼ばれている収容所だったのです。
         レオらのこの計画は、次々と起きる不測の事態により大きく狂わされていきます。
         そのため、レオとネステロフの身に危険が迫ります。
         二人は生き延びることができるのか?

         物語は下巻へと続きます。


        読了時間メーター
        □□□     普通(1~2日あれば読める)
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        2021/03/04 by ef177

    • 他2人がレビュー登録、 5人が本棚登録しています
      エージェント6(シックス)
      カテゴリー:小説、物語
      3.5
      いいね!
      • トム・ロブ・スミスの「エージェント6」(上・下巻)は、「チャイルド44」「グラーグ57」に続く、レオ・デミドフ三部作の完結篇だ。

        1950年のレオと妻となるライーサとの出会いから、1981年の悲劇的な事件の結末までを、1950年のモスクワ、1965年のニューヨーク、1980年のアフガニスタンを舞台にして、たっぷりと描いている。

        いったい何故、これほどまでレオに試練を与えるのかと思うくらいに、この作品でも過酷な事件が連続し、窮地に陥らせ、精神と肉体の限界まで試し、屈辱的なジレンマを味わわせる。

        どこまでも苛酷で、どこまでも悲痛。だからこそ、恋愛・夫婦愛・家族愛は、切々たる響きを持ち、私の感情をかきたてる。

        この三部作を一気に読めば、いささか作り過ぎの感は否めないかと思うが、それでも波瀾万丈の物語の面白さは、一級品の味わいがある。
        >> 続きを読む

        2020/12/13 by dreamer

    • 他2人がレビュー登録、 4人が本棚登録しています
      卵をめぐる祖父の戦争
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
      いいね!
      •  物語は現代から始まります。
        アメリカ、フロリダで隠居生活をしている著者の祖父母は、ロシアからの移民。祖父の話を孫である著者が聞く、という形をとっています。

         第二次世界大戦、ドイツ軍に900日にわたり包囲され、孤立したレニングラード(現・サンクトペテルブルグ)にいた祖父、レフはまだ17歳。

        ドイツ軍に完全に包囲されているため、物資はないどころか、人びとの生活は凄惨を極めています。

         レフはささいな盗みで捕まってしまう。静粛も厳しい時代、レフは刑務所でコーリャという少し年上の青年脱走兵と共に軍の大佐に呼ばれる。

         娘が結婚するのでウェディングケーキを作る。そこには卵が必要。卵1ダースを調達してこい、と命令される。

         人と人が食べ物をめぐって殺し合い、奪い合う「包囲網」の中でどこに卵なんてものが・・・結局、この若い2人は捨て駒なのです。しかし、配給カードを取り上げられ、雪の中をひたすら卵を探すことになってしまう2人。

         戦争の悲惨さを訴えたものはたくさんあるけれど、「卵もってこい」という実にばかばかしい使命に命かけなきゃならな、脱力ものの使命。正義の為でなく、卵。

         そして、卵を探してレフとコーリャはあちこちをさまよう羽目になります。そこで経験した様々な悲惨な出来事。

         しかし、コーリャとレフの珍道中になっているのは何が起きてもコーリャは、笑いとばし、軽口をたたき、冗談を言い、いざとなると頼りになるからです。

         極寒の地でのサバイバル小説とでもいえるのですが、その底に戦争のむなしさをきちんと描いているし、正反対であるはずのコーリャとレフの友情物語でもあります。

         救いとなるのは、祖父レフは生き延びて、アメリカで孫に語っているという設定が最初にあるので、レフは生き延びる、という安心の種をまいているところ。そして、小粋なラストの一言。

         実際、著者デイヴィド・ベニオフはロシア系ではなく、資料や書籍に頼ってこの物語を書いたと後で書いているのですが、戦争ものを、悲惨なものを、笑い飛ばすだけの力強さ・・・そんなものに勇気づけられる結果となるのです。
        >> 続きを読む

        2018/06/23 by 夕暮れ

    • 他2人がレビュー登録、 3人が本棚登録しています
      エージェント6(シックス)
      カテゴリー:小説、物語
      3.0
      いいね!
      • レオ・デミドフ3部作の完結編。

        レオ以外の家族でニューヨークへ向かった3人。
        だが会場内では養女のエレナが極秘裏に指令を送られ、それが最悪の事態を引き起こす。

        この上巻はレオはほとんどが過去シーンであり、中心はライーサとエレナの2人。

        いかにして巧妙に作戦が仕込まれていたのか。
        また翻弄されるライーサやエレナの顛末。

        下巻はいよいよ完結だが、ハッピーエンドなのかアンハッピーエンドなのか気になる。
        >> 続きを読む

        2020/04/14 by オーウェン

    • 他1人がレビュー登録、 3人が本棚登録しています
      八百万の死にざま
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      • 第二回PWA(アメリカ私立探偵作家クラブ)のシェイマス賞受賞作品。
        アル中探偵マット・スカダーが活躍する物語。
        スカダーは真性のアルコール中毒者で、本作ではAA(アルコール中毒者自主治療協会)に通う様子も描かれている。
        アルコール中毒であることは、もちろん探偵にとって不利な要素であろう。
        アルコールを1滴も飲まないマット・スカダーと本作のスカダーが勝負したら、間違いなく前者が勝つはずである。
        僕もアルコール常飲者なのでマット・スカダーがアルコールの誘惑から逃れられない気持ちはよくわかる(もし僕が下戸なら、今の二倍は小説を読めているはずである)。
        スカダーがありとあらゆる理屈をつけて、アルコールを飲むことを正当化しようとするシーンには大笑いした。
        ダーキンという刑事がマンハッタンで犯罪が凶悪化し、件数も増加していることを嘆いているシーンは「ハサミ男」を彷彿とさせた。
        作中で「ウォーターシップダウンのうさぎたち」が出てきたのには驚かされた。
        都会の虚無感をよく描けているハードボイルドの良作と思う。
        >> 続きを読む

        2020/08/10 by tygkun

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      風をつかまえた少年 14歳だったぼくはたったひとりで風力発電をつくった
      カテゴリー:発電
      4.3
      いいね! Moffy
      •  本来、「教育」はこういうものであるべきだ。

         自ら課題を見つけ、
         自ら知識を求め、
         自ら次へ次へと進み、
         自らそれを応用し、誰かの為に使う。

         少年ウィリアムは、自分でも知らぬうちにこれらを全てやってのけた。

         それは多分、彼に「心」がしっかり備わっていたからだと思う。


         家族や友人、村人達を理解し、愛したた。
         嘲られても、ユーモアで返し、決してくよくよしなかった。
         貧しくても、辛くても、不平不満ばかり言わずに、いつも出来る限りのことをしてきた。

         彼は止まらなかった。
         ずっと走り続けた。

         その「心」が教育に、知識に命を与え、村を救い、豊かにしたのだ。


         私達は何の為に知識を求め、学び舎へと向かっているのかを再度見直す必要がありそうだ。
        >> 続きを読む

        2020/11/07 by Moffy

    • 他1人がレビュー登録、 4人が本棚登録しています
      音もなく少女は
      カテゴリー:小説、物語
      4.5
      いいね!

      • ボストン・テランの「音もなく少女は」は、タイトルだけ見ると、まるでサイコスリラーのようですが、この作品は、実は凛々しく生きる女性たちの忘れ難い物語なんですね。

        1957年、ブロンクスでキャンディ・ストアを営む54歳のフラン・カールは、麻薬密売人を殺害したと申し立て、48分署に出頭した。
        なぜ、彼女はそんな行動をとったのだろうか?

        ストーリーは一転し、生まれながらに耳が聴こえないだけでなく、貧困、家庭内暴力、差別、犯罪という厳しい環境の中で成長していくイヴ・レオーネの半生を軸に進んでいく。

        1950年生まれのイヴに教育の機会を与え、支援し、困難に出会っても逃げない強い意志を折々に身を持って示してきたのが、フランだった。

        著者のボストン・テランが描く様々な女性の生きざまは、非力であっても決して折れない信念があることを、静かに伝えてくれる。
        そして、女性にだってハードボイルドが似合うと主張し、女性に一歩踏み出す勇気を与える作品だと思う。

        この作品は、詩的でありながら、どこまでも力強く、テーマも強烈なんですね。
        まさしく、著者は女性を描かせたら天下一品のうまさがある作家だと思う。

        とにかく、悲しみに負けない強い女たちがカッコいい。そして、読後の余韻が深く、犯罪を生む人間の卑小さと崇高さと弱さと強さを綴る静かな詩情が、実に素晴らしい作品だ。

        >> 続きを読む

        2018/11/07 by dreamer

    • 他1人がレビュー登録、 3人が本棚登録しています
      オルタード・カーボン
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね! u_sukumo
      • 【サイバーパンクSF+ハードボイルド+……その他沢山!】
         27世紀、人間は自己の人格と記憶をスタックと呼ばれる体内内蔵型メモリーに記録することが可能になり、そのメモリー内のデータを新しい身体にダウンロードすることにより不老不死を実現した……というのが本作のコアとなるアイディアです。
         このアイディアの下、自殺とはどういうことなのかが問われます。

         大富豪であるローレンス・バンクロフトが自殺としか思えない状況で亡くなりました。
         体内に内蔵されたスタックも破壊されているR・D(リアル・デス/真の死)を迎えたのです。
         しかし、バンクロフトは大富豪ですので、莫大な費用を投じ、自己のスタック内のデータを外部メモリーに定期的に送信・更新してデータを保っていました。
         また、自分の身体のクローンも用意してあったため、R・Dを迎えても新しいクローン・ボディに外部に保存されていたデータをダウンロードすることにより蘇生したのです。
         こんな状況下での自殺は無意味です。
         バンクロフト自身がそんな無意味なことをするわけはなく、やはり、一見不可能と思える(外部メモリーのことを知らない者による)他殺なのでしょうか?

         この謎を解くためにデータ状態で凍結されるという保管刑を受刑中のコヴァッチが新たなボディを与えられて蘇生させられ、捜査に乗り出すというのが本作の物語なのですが、その世界はまさしくサイバーパンクSFです。
         はたまた、物語世界のルールの下で、この謎を合理的に説明する答を見つけるという面では立派なミステリになっています。
         そして、コヴァッチの行動は非常にハードボイルド的であり、その味わいも濃厚に持つ作品となっているのです。

         さらに、本作ではこの設定から生まれる様々なジレンマも描かれます。
         例えば、罪というのはどういうことなのか?
         ある時、人間が罪を犯し、その際にR・Dを迎えたとします。
         たとえ外部に記憶を保持していたとしても、そのデータを更新する間もなくR・Dになってしまった場合、外部記録をもとに蘇生した人間には犯罪の記憶がまったくありません。
         蘇生した者は犯罪者と言えるのでしょうか?

         あるいは、本作ではコヴァッチに与えられたボディは元警察官のライカーのボディでした。
         そして、同僚警察官のクリスティンはライカーを深く愛していたのです。
         ライカーは汚職をした罪によりボディからデータを抜き出され、長期間凍結されるという保管刑に処せられたのですが、クリスティンは大金をはたいてライカーのボディを保持していました。

         ところが、バンクロフトの一件を捜査するために、ライカーのボディが(6週間契約ですが)借り出されたのです(バンクロフトが金にものを言わせたのです)。
         ライカーのボディに人格と記憶を移されたコヴァッチを見て、クリスティンはどう思うのか?
         頭ではこの人物はライカーではないとは分かっているのですが、どうしても魅かれてしまう自分がいました。
         また、コヴァッチの人格にも魅力を感じてしまうのです。
         コヴァッチの方も、自分の身体がクリスティンを強く求める衝動を感じます。
         そして、二人は結ばれてしまうのですが、クリスティンが愛したのはライカーなのかコヴァッチなのか?

         はたまた、本作では、ダブル・スリーヴということも(違法ですが)行われます。
         それは、自分の人格を異なる複数のボディに同時にダウンロードすること。
         こうなると同じ人格と記憶を持った人間が複数同時存在することになります。
         ダウンロードした当初は全く同じ人格と記憶ですが、その後、それぞれが行動することにより違う経験をすることになります。
         しばらく時間が経った後、本当の自分というのはどっちなのでしょうか?

         このような考えさせられるテーマも盛り込み、また、次から次へとコヴァッチのピンチが描かれ、アクション性の高い場面が連続するなど、サービスも満点です。
         読み物として大変面白く書かれている、非常に質の高いエンターテインメントでもあると感心しました。

         また、読んでいて、様々な作品のエッセンスのようなものも感じたのです。
         例えば、フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』やウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』などはすぐに思い浮かんだ作品でした。
         これまでにこの手の作品を楽しんでこられた読者だったら、本作も間違いなく面白く読むことができると思います。

         著者の作品を読むのは今回が初めてでしたが、大変優れた作家だと感じました。
         本作がデビュー作だということですが、既に第二作、第三作も書かれているということです。
         翻訳されていたらいいな~と思いながら、探してみることにしましょう。


        読了時間メーター
        □□□     普通(1~2日あれば読める)
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        2020/07/31 by ef177

    • 他1人がレビュー登録、 3人が本棚登録しています
      シャンタラム
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      • 人に愛され、人を愛し続けた男の話。

        2016/09/26 by らじかる

    • 5人が本棚登録しています
      シャンタラム
      カテゴリー:小説、物語
      4.7
      いいね!
      •  著者の半生を描く自伝的巨編。

         熱狂本です。
        「もしこれよりスゴい小説があるならもってこい!」と大見得切れるくらいです。

         まず著者の経歴がもう色々と常軌を逸しています。でもそれを書くとネタバレになってしまうため自重します。ただバリバリのアウトサイダーでパブリックエナミーだとだけ言っておきましょう。

         本書の主な舞台はインドです。それも80年代のボンベイですから、インドと聞いて想像できる世界の数倍インドっぽいところです。

         インドには悪魔的とも言える魅力があるようで、受け付けない人がいる一方、取り憑かれたようにその魅力に嵌ってしまう人がいます。本書にはインドの魅力、そこで学べる全てが詰まっています。少し人を選ぶところはあるかも知れません。しかしその分、嵌ったなら最高レベルの読書体験ができるはずです。

         私の思うインドの魅力は、その世界の濃さにあります。善と悪、富と貧困、美しさと汚さ、あらゆる相反するものの両方が同時かつ大量に存在している世界です。それらは本来同時にあるべきものですが、現代社会において負の側面は隠されがちです。争いを経験してこそ平和を、裏切りを畏れてこそ友情を心に刻めるのではないでしょうか。

         台詞の一つ一つが魅力的なこともこの作品の良さです。まさしく言い得て妙な言葉が心に染み渡ってきます。最後にそのひとつを紹介して置きます。

        「真実というのはわたしたちみんなが好きなふりをしている、いじめっ子みたいなものだ」
        >> 続きを読む

        2014/09/26 by あさ・くら

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    • 5人が本棚登録しています
      卵をめぐる祖父の戦争
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
      いいね!
      • 早川書房の看板商品ともいえるポケットミステリこと通称ポケミス。

        本書の発売くらいから、表紙もそれぞれの作品の特色を活かしたデザインに変更され、一般の読者も手に取りやすくなった気がします。

        本書はナチス包囲下の都市で"卵"の調達を命じられた青年たちの物語。

        厳密にはミステリーとは呼べないかも知れませんが、青年たちの成長物語としても読める本書はとにかく面白いです。

        不覚にも最後の台詞で私はちょっとだけ泣いてしまいましたが、これはロス・マクドナルドの「さむけ」を読んで以来のことです。

        「卵をめぐる祖父の戦争」はポケミス史に残る傑作だと思いますよ。
        >> 続きを読む

        2017/09/28 by アーチャー

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      捜査官ポアンカレ 叫びのカオス
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      • レナード・ローゼンの「捜査官ポアンカレ 叫びのカオス」の主人公アンリ・ポアンカレは、インターポールのベテラン捜査官で、フランスの同名の天才数学者のひ孫にあたるという設定。

        世界貿易機構の会議で、講演するはずだったアメリカ人数学者が、特殊な爆弾で殺害され、彼は、この動機の見えない不可解な事件を担当することになる。

        そんな彼に、家族が大怪我をさせられる、残酷な事件が追い打ちをかけるが、それは彼に恨みを抱いている殺人犯の指令なのだろうか?-------。

        予想外の展開だけでなく、世の無常に苛まれる彼の心の叫びに、アメリカの作品ながら、ヨーロッパ的な虚無的な雰囲気が漂い、これまでにない印象を与えてくれる作品に仕上がっていると思う。
        >> 続きを読む

        2020/07/06 by dreamer

    • 2人が本棚登録しています
      地獄の季節
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
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      • ご贔屓、ジャック・ヒギンズの「地獄の季節」。この作品は、まさにヒギンズ貫禄のパワープレイでぐいぐい読ませてくれる。華やかな男と女が燃え上がる冒険アクション小説の傑作だ。

        十一月、雨と霧にけぶるパリに始まり、雨と霧のロンドンに終わる。

        十一月は残酷な月、秋と冬の裂け目。すべてが月並みな道具立ての復讐物語なのだが、ヒギンズが描けば、華になる。

        人生の偶然から一人の男と女が、同じ復讐の的を持つ。それが、レディーとヒーロー、ヒギンズの世界に特有のきらびやかな男と女の物語になるのだ。相変わらず、パワフルだ。

        私のようなヒギンズファンに、彼の傑作「エグゾセを狙え」を彷彿とさせ、思わずニヤリとさせる仕掛けが施されている。ヒギンズ、実に憎い男だ。

        フォークランド戦争を舞台に、イギリスの特殊部隊将校と、アルゼンチン空軍の伊達男との恋のさやあてを主軸にした傑作の、続篇とも言えるのだ。

        登場人物の一部が連続して出てくるだけではない。年代的に、直接続いているのだ。しかし、基調はあくまで暗い。ヒギンズにあるまじき暗さ。

        復讐は地獄の季節、血で血を洗う残酷な結末が待っている。これはイギリスとアイルランドの骨肉の暗さだ。

        主役が華ならば、脇役は棘のように。復讐劇の裏で、それを追跡する屈折した殺し屋の存在感が、見事に残ってくる。これはこれで、また格別に、華やかなのだ。


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        2018/01/19 by dreamer

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      キャプテンの責務
      カテゴリー:航海、航海学
      5.0
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      • 旅客や乗組員等、船内にいる人すべての避難が済むまで船長は船舶を
        去ってはならない

        でも、ティレニア海で座礁・転覆したコスタ・コンコルディア号は
        さっさと船外に逃げ出して塩害警備隊から「船に戻れ。船にはまだ
        人がいる」と叱責された。

        コスタ・コンコルディア号のように座礁も転覆もしなかったが、船に
        乗組員全員を残したまま、船を離れた船長がいた。

        アメリカ船籍の貨物船マークス・アラバマ号は、ソマリア沖を航行中に
        海賊に拿捕された。リチャード・フィリップス船長は船と乗組員を守る
        為に、自ら海賊たちと共に救命艇に乗り込み、貨物船を離れた。

        2009年4月に発生したソマリア海賊によるシー・ジャック事件の中心
        にいたフィリップス船長の手記が本書である。拿捕される数日前から
        アメリカ海軍特殊部隊による船長救出作戦の成功後まで、自身の航海
        や家族に対する思いや、船乗りとしての体験等を織り交ぜながら綴ら
        れている。

        救命艇で貨物船を離れ、海賊たちに命を脅かされながらも彼らを冷静
        に観察している場面もいいが、なんといっても手に汗握るのは海賊たち
        に乗りこまれた貨物船内で、以前に行った海賊対策訓練を確実に実践し、
        まんまと海賊たちの裏をかき、乗組員たちを守る場面だ。

        救命艇からの脱出の失敗、死の恐怖と対峙した時の心情も正直に記さ
        れており、その臨場感が強烈に伝わって来る。

        船と運命を共にすることで責務を果たす船長もいれば、船から離れる
        ことで責務を果たす船長もいる。それが、船と乗組員を守る為であれ
        ば、船長がいる場所が責務を果たす場所になるのだろう。

        本書は「キャプテン・フィリップス」のタイトルで映画化もされている。
        私はまだ観ていないのだが、原作を読んで俄然興味を惹かれた。そのうち
        に映画も観てみよう。
        >> 続きを読む

        2019/02/06 by sasha

    • 1人が本棚登録しています
      神は銃弾
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
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      • ボストン・テランの「神は銃弾」は、著者のデビュー作でなかなか読ませる小説だ。

        カルト教団の教祖に娘を誘拐された刑事が、元教祖とコンビを組んで、その後を追いかけるという話で、そのストーリーだけでは新味がないが、実はとてつもなく色彩感あふれる豊かな物語だと思う。

        この手の話は暗くて、救いのないものが少なくないが、そういうものと一線を画しているのが何よりもいいと思う。

        この話には光明がある。そして、麻薬中毒を克服した元教徒のヒロインの造形が群を抜いている。

        これが圧倒的に素晴らしい。粗雑で勇ましく、同時に傷つきやすく、悲惨な体験を味わいながら、それに屈しないヒロインの強さが、この物語を力強いものにしていると思う。

        そして、太字体で挿入される回想が複雑に錯綜しながら、登場人物の心理を巧みに浮き彫りにするのも見事だし、詩情あふれる筆致もいい。

        これだけシンプルな話なのに、これだけたっぷりと読ませる小説も珍しいと思う。

        >> 続きを読む

        2019/03/23 by dreamer

    • 1人が本棚登録しています
      主婦に捧げる犯罪 書下ろしミステリ傑作選
      カテゴリー:小説、物語
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      • 不安を煽るだけ煽って、オチでひっくり返された「隣のコレクター」
        何の変哲も無い人生の表現が素晴らしかった「見えないマイナス記号」
        よく考えたら怖い話的な「今度晴れたら」
        そして共感しか覚えなかった「母の制裁」
        …が良かった
        >> 続きを読む

        2015/08/12 by 紫指導官

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【田口俊樹】(タグチトシキ) | 読書ログ - 読書ファンが集まる読書レビューサイト(著者,作家,作者)

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