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小学生の息子と母子二人で暮らす私が、家政婦紹介組合から新たに派遣された先は、過去の交通事故による後遺症で前向性健忘となり80分しか記憶がもたない、数学専門の元大学教師である64歳の博士の住む家でした。新たな派遣先をこれまでに九人の家政婦たちが辞めていた事実を知ったうえ、博士の保護者である義姉からは母屋である義姉宅との行き来を禁じられます。普段の派遣先との違いから戸惑う私が、衣服のいたるところにメモを貼り付けた異様な風体の博士から初対面で問われたのは、名前ではなく靴のサイズでした。博士によって「ルート」と名づけられた私の息子が、子どもの存在を慈しむ博士の勧めによって学校帰りに博士宅を訪れるようになり、物語は三人の交流を主軸としつつ展開します。そして本作を彩る重要な素材として、博士によって母子に伝えられ次第に私を惹きつけるに至る「数学の世界の不思議な魅力」と、熱心な阪神ファンであるルートが作品内において進行形で応援する、亀山・新庄フィーバーの熱気にも押されて優勝争いを演じた「1992年の阪神タイガースの1シーズン」の二つが挙げられます。小説作品でありながらも巻末には数学と、博士にとっては事故前の記憶として常に現役である江夏豊に関する参考文献が並んでいます。作品内に流れる時間についても、基本的には1992年の野球シーズンの開幕から終了までを区切りとしています。読書の動機として、一度は試してみたかった著者の作品のなかから、代表作のひとつでベストセラー作品でもあり、SNS上でも常に多くの読了コメントを目にした本作を選びました。読後感としては事前の情報にたがわぬ優しい味付けであり、作中に散りばめられたいくつかの謎についても抑制的に語られています。過度に感動を煽るような描写は控えられた作風は静謐な印象を残すとともに、いくつかの要素を無理なく織り上げた均整の取れた佳作です。読書に穏やかなひとときを求める読み手に訴求する本作は、未読の方であれば、ミニシアター系映画館で定期的に上映される波乱の少ない静かな感動作と同軸上にあるとイメージして頂いて差し支えないかと思います。読書中、久々に球場へ足を運びたくなりました。 >> 続きを読む
2020/09/24 by ikawaArise
再読。イメージは完全に寺尾聰と深津絵里。愛があり心に陽が差すような温かみを感じられる作品。 >> 続きを読む
2019/09/08 by hiro2
【チェック・メイト!】 とっても面白かった! 本作はチェスの名手を主人公としたチェスにまつわるお話なんですが、設定や仕掛けが大変面白い上、小川さん一流のやさしさや細やかさに溢れていて大好きな作品です。 子供の頃からあまり友達がいなかった主人公は、ある時、学校のプールに浮かんでいた水死体を発見してしまいます。 そのこともあって一層みんなから敬遠されるようになるのですが、その水死体はバスの運転手だったと聞き、そのバス会社の社員寮に行ってみます。 そうしたところ、社員寮の庭には古いバスが置いてあるではないですか。 不思議に思って中を覗いたら、大層でっぷりとした男性がそこに住んでいました。 この男性と友達になり、チェスを教えてもらうのですね。 そこから、彼のチェス人生が始まるという物語。 彼には作中でも名前が与えられておらず、そのチェスの指し手が美しいことから、チェスの詩人とうたわれた名人アリョーヒンの名前で呼ばれるようになります。「リトル・アリョーヒン」と。 彼は、チェスを覚えて間もなくしてから、考える時にはチェス・テーブルの下に潜り込むようになります。 そこで、猫を抱きながら、相手が打つ駒の音から打った場所を知り、完全にブラインド・チェスで戦うようになります。 その方が集中できるようです。 これがタイトルの一部になっている「猫を抱く」ですね。 「象と泳ぐ」にも意味がありますが、それは読んでのお楽しみ。 作中、自動チェス人形が重要な役割で登場します。 ご存知ですか?このチェス人形。実際にあったんですよ。 ターバンを巻いたトルコ人の姿をしていて、チェス盤とつながった箱の上に上半身だけ乗っている人形。 この人形、考えることができるんです。人間とチェスの対局ができるんです。 当時は見せ物としてあちこちでチェスを指していたそうです。 箱のなかには歯車などの機械がぎっしり詰まっているという人形。 どうして、機械がチェスを指せるんだろう? 考えることができるんだろう?と、一大センセーションを巻き起こしたそうです。 ポオもこのチェス人形を取り上げた作品を書いています。「メルツェルの将棋指し」という作品ですが、ポオはこの作品の中で見事にこのからくりを暴いてるんですね。 本作ではリトル・アリョーヒンと彼の周りの素敵な人達が描かれています。 途中、涙が出そうになる場面も……(最近、涙腺弱いので、これでも泣いてしまいます)。 もう☆5つつけても良いのですが、一点だけどうしてもダメだった描写があるので一つだけ減らします。 それは、リトル・アリョーヒンは生まれた時から唇がふさがっていたため、出産直後に手術をして唇を開けたんですが、その際に脛の皮膚を移植したため、大きくなったら唇にすね毛が生えるようになったという部分。 この唇スネ毛の描写が結構繰り返し出てくるんですよ。 しかも、結構もじゃっと生えているような描写なのですが、これだけは生理的にダメでした。 そういう設定にする必用があったのかしら? 別に唇からスネ毛が生えなくてもいいじゃないのといまだに思っています(大体、そんなことあるの?と思うし)。 それ以外は全く素晴らしい作品でした! >> 続きを読む
2019/02/25 by ef177
『薬指の標本』(小川洋子) <新潮文庫> 読了です。※※ 内容に触れます。※ 嫌な方は読まないでください。※薬指の先を無くしたときの「残像」、初めて街に出たときの情景、靴をプレゼントされたときの様子、浴場でのデート、など、素晴らしい描写がいくつもありました。その一方で、弟子丸氏が耳に息を吹きかけたり、三つのきのこの標本のエピソード(両親と弟を亡くした)が語られたり、火傷の少女が再び現れたり、果たしてこのシーンは必要なのか、と思うところもありました。また、標本室にはどうやって入るのかよく分からなかったり(受付に直接行けばいいのか、門の呼び鈴を押すのか)、長年ほっておいたピアノを調律なしで弾いたり、そもそも建物の構造がイメージできなかったり、読んでいくといろいろな違和感を覚えます。読んでいる間、悪くはないけど私に読めるのかなあ、という印象が常につきまとっていました。それが、活字を拾うシーンですべて帳消しにされました。その他の素晴らしい描写と相まって、この違和感の創出が作者の持ち味なんだろうと思うようになりました。すべてが作者の計算の上で構築された世界観なんだろうな、と。しかしそれでも、この世界観に私はどっぷり浸ることができませんでした。日常生活において他人の生活にある種の無関心を持っているように、ここで描かれる世界も、どうもしっくりこないのです。作風との相性なのか、私の理解が間違っているのか……。併録の「六角形の小部屋」はさらにその感じが顕著でした。違和感はある、そしてそれは作者の持ち味なんだろう、という印象までは持てるのですが、それ以上のものが響いてこないです。「薬指の標本」のような素晴らしい描写もなく……。うーん、このまま小川洋子を読み続けるか、ちょっと悩ましいところです。 >> 続きを読む
2018/11/17 by IKUNO
地球の裏側のある村で日本人のツアーが、反政府ゲリラに襲われ、拉致される。3カ月後、8人の人質は全員死亡する。それから2年が過ぎて公開された盗聴テープには、人質たちの声が録音されていた。内容はそれぞれが語る自身の物語だ。「自分の中にしまわれている過去、未来がどうあろうと決して損なわれない過去」が語られる。この小川洋子の「人質の朗読会」は、もはやこの世にいない人質たちの物語という設定を通して、語った人が消えてもなお手渡されることが可能な物語の力と役割とを伝えるのだ。一編ごとに読み進めていく間は、語り手がすでに死んだということを、つい忘れてしまう。読み手である私が言葉を読んで受け取る瞬間、語り手はその存在を生き直すからだ。整理整頓が何より好きなアパートの大家さんと、製菓会社に勤めるビスケットの製造にたずさわる「私」との微妙な距離感を描く「やまびこビスケット」。アルファベットの形をした出来損ないのビスケットをもらって帰り、大家さんと食べる場面が、妙に心に残る。寂しさとユーモアのバランスに何度も胸を打たれる。次の一編「B談話室」では、公民館の受付の女性にうながされ、その部屋へ足を踏み入れた「僕」は、会員にならないまま、そこで開かれる会にふらりと参加することを繰り返す。危機言語を救う友の会や運針倶楽部定例会や、事故で子供を亡くした親たちの会合などだ。その経験によって「僕」は、やがて作家になる。つまり、作品を書くことは世界中の「B談話室」へ潜り込むことと同じなのだ。「その他大勢の人々にとってはさほど重要でもない事柄が、B談話室ではひととき、この上もなく大事に扱われる」。怪我をした鉄工所の工員のために枝を切って杖を作る「杖」。突然、台所を借りに来た隣人を描く「コンソメスープ名人」。語られる過去や記憶は、時空を超えて共有される。そこに願いと希望を託す方法は、確かに存在する。なぜ人は物語るのか。この作品は、その答えをそっと示してくれる。 >> 続きを読む
2018/10/20 by dreamer
当時、文化庁長官もつとめていた心理学者で心理療法家の河合隼雄と、小説家である小川洋子の対談が主な内容です。2005年と2006年に行われた二回分の対談が約100ページ、対談の翌年に亡くなった河合氏に向けた小川氏による追悼文が約30ページです。第一回は2005年の雑誌・週刊新潮における対談で、映画化作品も含めて小川氏の小説『博士の愛した数式』を主要な話題としています。これを受けて翌年に行われた第二回は、カウンセリング、箱庭療法、『源氏物語』、宗教(小川氏の両親・祖父母が信仰していた金光教についてを含む)、日本と西洋の価値観の比較など、扱うトピックは様々ですが、大きくは物語とは何であるかを巡る対話となっています。全般に、どちらかといえば小川氏が河合氏から知見を引き出す傾向が強かったように思います。河合氏がときおりダジャレを発すのは、村上春樹との対談同様でした。二回目の対談の終わり方を見る限り、継続的な対談が企画されていたように見受けられます。文字サイズも大きく一冊の書籍としてはボリュームが不自然に少ないのは、対談から二か月後に河合氏が倒れて翌年に亡くなったために計画が頓挫した影響でしょう。自然と小川氏による追悼文は、二回の対談を振り返る意味合いが色濃くなっています。以下、印象に残った言葉を私なりに箇条書きで要約して残します。・友情は属性を超える・良い作品(仕事)は作り手の意図を超えて生まれる・分けられないものを明確に分けた途端に消えるものが魂・やさしさの根本は死ぬ自覚・魂だけで生きようとする人は挫折する・カウンセラーには感激する才能が必須・一流のプレイヤーほど選択肢が多い・奇跡のような都合のよい偶然は、それを否定している人には起こらない・物語を必要としなかった民族は歴史上、存在しない・小さい個に執着すると行き詰まる・人間は矛盾しているから生きている・矛盾との折り合いにこそ個性が発揮され、そこで個人を支えるのが物語・望みを持ってずっと傍にいることが大事 >> 続きを読む
2020/10/23 by ikawaArise
【彼らって?】 小川洋子さんの短編集です。つらつらとタイトルの意味を考えていたのですが、さて? 物語に登場する、社会の片隅でひっそりと生活しているような人たちのことを指しているのだろうか?とも思ったのですが、でもそうかしらん?とも思えるし。 例えば、各作品の登場人物はと言えば、スーパーマーケットなどで試食品を提供している中年のデモンストレーションガールと何度も試食品を食べに来る初老の女性(帯同馬)、作家と翻訳者(ビーバーの小枝)、オリンピック開催に湧く小村住民と、そこで「あと○日」のカレンダーをめくる係の喫茶店の主人(ハモニカ兎)、美術館職員と1枚の絵だけを見にやってくる修繕屋さん(目隠しされた小鷺)、兄と妹とおじいちゃん(愛犬ベネディクト)、動物園の売店従業員(チーター準備中)、施療院入院中の女性と近隣にある風車の番人(断食蝸牛)、身代わりガラスという不思議な容器に依頼者が選んだ物を入れて、依頼者の代わりに旅をする人(竜の子幼稚園)……と、登場人物基準で考えると、そうとも言えるようで違うようで……。 それとも、主要な登場人物の影にひっそりと隠れているような存在を指しているのでしょうか? 「帯同馬」では、エピソードとして語られる帯同馬(競走馬が輸送される際に、安心させるために付き添う馬のことを言うそうです)、「ビーバーの小枝」では、ビーバー(骨なんですけどね)とビーバーが囓った小枝、「ハモニカ兎」では、ハモニカ兎を象った「あと○日」の看板、「目隠しされた小鷺」では……何だろう?難しいなぁ。ほとんど美術館職員と修繕屋さんしか出てこないのだけれど……その修繕屋さんが流している、修繕屋さんが来たことを知らせる音楽の「アルルの女」?、「愛犬ベネディクト」ならベネディクトと名付けられたおもちゃの犬、「チーター準備中」だったら、売店従業員の最愛の「h」、「断食蝸牛」なら、蝸牛(あるいは風車番を訪ねてくる施療院で下働きをしている女性……ではないか。やっぱり蝸牛の方ですかね)、「竜の子幼稚園」では、主人公の幼くして亡くなった弟。 そう……こちらの方が少しはしっくりするのかもしれません。 でも、奥付を見ると、各作品は「新潮」に掲載されたもので、それを集めて短編集にしているようです。ですから、最初から何かのコンセプトに基づいて書かれた作品というわけではなく、集めて一冊にした時にタイトルをつけたのかもしれません。 いつもの小川さんらしい、隅々にまでやさしい目が届いている短編集です。 小川さんの作品は、着眼点が素敵ですよね。感心します。 本筋とは違うところでもキラリとするところがあって。例えば、「帯同馬」では、主人公がどこか遠いところへ行ってしまわないようにする手段として選ばれたモノレール(おそらく羽田モノレール)と、そのモノレールに乗っているとても遠い場所、外国などへ旅立とうとする旅客の対比なんかそうだと思いますし、「チーター準備中」や「竜の子幼稚園」では、動物の名前が書いてある看板や食品の賞味期限に着目しているところなど。 こういう感性はとても好きです。 短編集のレビューというのはいつも難しくて。粗筋を書いてしまうと時に作品の面白さを殺いでしまう、ネタばれをしかねないと怖くなります。 かと言って、「面白かった」とだけ書いたのでは何も伝わらないようで。 今回は、ちょっと違う角度から書いてみましたが、伝わりましたでしょうか? >> 続きを読む
2019/06/23 by ef177
登場人物の行為がしっくりこず、象や運転手、マスターの死の描写が居心地悪くて、唇の意図なんか高評価の方々はどう消化してるんでしょう。 >> 続きを読む
2020/01/26 by hiro2
個人的には『赤毛のアン』『本屋さんのダイアナ』に通じる清々しい読後感を味わった!健気で前向きな少女たちの成長していく姿をあたたかく見守る周囲の大人たちが子ども目線で描かれていて、ときどきコミカル、ときどきミステリアスで魅力的だった。加えて、70年代という時代背景がめちゃおもしろかった。大阪万博、プラッシー(小説中はフラッシー)、こっくりさん、ミュンヘンへの道、ジャコビ流星雨などなど昭和を象徴するエポックな記憶が次々に蘇ったてワクワク!SNSに頼る最近の少女たちも、きっと答えが見えない何かを察知しているんだろうな。 >> 続きを読む
2019/12/01 by まきたろう
この本も齋藤孝さんの“本には順番がある”で読もうと思った一冊。途中までは良かったが折り返し点を過ぎてからは一気にペースダウン、最後は足がもつれながらのゴールイン。やはり数学の分野も不向きでおました。でも数学とか哲学とか文学とかはすぐに役に立たないものなんですと、数学者で実用に役立つというのは格下で恥ずかしいことだと、後世になって役立つという奥ゆかしい学問だと。例えばニュートンが初めて天体物理学を作りましたが、彼の書いた「プリンキピア」という本は、自ら発見した微分積分ではなく、ギリシャ時代の“”ユークリッド幾何学を使っていると、逆にいえばその“ユークリッド”が役に立つまで二年三年じゃなくて、二千年経ってからというのが数学の偉大なとこですな。例えば「フェルマー予想」という解けない難題があるのだが、350年にわたって有名無名の人が数多く攻撃してもすべて失敗。天才と言われた人が「フェルマー予想」に一生とりかかり、結局何もしないままに死んでしまったと、著者の藤原さんも大学院の時指導教官に「フェルマーだけはやるな。数学人生おしまいだよ」って、でもそれぐらい虜にするのは、数学や文学や芸術に美と感動があるからだと、いろんなところに魔物はいてますな・・・・。 >> 続きを読む
2021/01/16 by ごまめ
他人と少し違った暮らしをしていると、周囲の人たちは勝手に「あの人はきっと不幸に違いない」「変人」と余計な想像を巡らす。軽い思い込みは怖い、知らず知らず簡単に人を傷つける。主人公の「小鳥の小父さん」は、ある意味“聖人”と呼ぶに近い。欲も無駄もなく、規則正しい生活を送り、小鳥と兄をこよなく愛し、独り静かに穏やかな暮らしを続けてきた。それも素敵な一生だ。最後は孤独死のようなカタチで一生を終えるけどだからと言ってそれが不幸だとは限らない。数少ない理解者もいたし、彼の死が発見されるまでそばにはずっと・・・。読書中、静かに時が過ぎていくような感覚を覚える不思議な作品。幸せは人それぞれだと考えさせられる。 >> 続きを読む
2015/06/20 by achiko
【やさしくて、せつなくて】 かつて私が住んでいた街には総延長日本一という立派なアーケード街がありました。 中心のスクエアには、ルイ・ヴィトンなどの高級品店が並んでいたり。 でも、本書に登場するアーケードはそんな麗々しい物ではなく、ちょっと注意しないと通り過ぎてしまうような、しょんぼりしたアーケード。 昭和の香りが漂う街並みで、そこに入っているお店も、誰がこんな物を買うのだろうかと思うような物を売っているお店ばかり。 義眼屋さん、ドアノブ屋さん、勲章屋さん、古着のレースだけを置いているお店、一種類のドーナツしか売っていない「輪っか屋さん」などなど。 ちょっと歩けば終わってしまうようなアーケード街。 紙屋さんにはたくさんのレターペーパーや封筒、古絵はがきなどが所狭しと置かれています。 紙屋さんのご主人曰く、沢山買ってくれる人は善い人。 いえ、それは、もうかるからじゃなくって、沢山買ってくれる人は、沢山の人に手紙を出すことができるから善い人なんだって。 アーケードの天井部分には偽物のステンドグラスがはめられ、くぐもったような色彩の光が道に降り落ちて来ます。 そこに古びたズック靴を差し入れれば、様々な色に染まってまるで別の世界へ入ってしまったよう。 「私」は、そんなアーケード街の大家さんの娘。 アーケードのお店の配達係をしているんです。 「私」がまだ幼い頃から大きくなるまでの時間がアーケードと共に描かれます。 ベベという犬も一緒に。 ベベは、「私」が小さい頃には元気いっぱいの仔犬だったけれど、物語の最後の方ではもう年老いてしまって、商店街の中では一番暖かいドアノブ屋さんの店の中でうずくまっています。 そのドアノブ屋さんの壁には、沢山のドアノブが取り付けられていて、どれも開けることができます。 その中でも一番のライオンのドアノブの奥には何もない小さな部屋がありました。 誰にも見られずに泣きたい時には、誰でもその小部屋にいつまでも入っていられるんです。 お父さんからお土産にもらった外国製の石鹸を落として壊してしまったとき、迷子になってしまった小さな子供、そして、お父さんを亡くしたとき…… 本書は、そんなアーケードのお店や、そこを訪れるちょっと変わったお客さん達を短編の形で綴っていきます。 とてもやさしくて、ちょっとだけ切なくなる本でした。 素敵な本でした。 >> 続きを読む
2019/02/16 by ef177
【大変デリケートな短編集】 とてもデリケートな作品が収録されている短編集です。 これといったストーリーがあるわけではなく、あるエピソード、時間だけを描いたような作品もあります。 静謐な作品なのですが、そこに垣間見える怖さや不思議さもあったりします。 それでは収録作品からいくつかご紹介。○ 飛行機で眠るのは難しい ウィーンに向かう飛行機の中で、ある女性が男性と隣り合わせの席になります。 男性は、静かな声で「飛行機で眠るのは難しい。そう思いませんか、お嬢さん?」と話しかけてきます。 その男性は、以前飛行機に乗った時に隣の席に座ったという外国人のおばあさんのことを語り始めるのです。○ 中国野菜の育て方 寝室にかけておいたカレンダーの12日のところが○で囲まれています。 何の日だっけ? 夫に尋ねてもそんな印はつけていないし、何か予定があったという記憶も無いと言われます。 彼女は自分で印をつけた記憶も無いのです。 12日になりました。 行商のおばあさんが訪ねてきて、野菜を買ってくれないかと頼まれます。 野菜は足りているんだけれど……。 おばあさんはピンク色のマニキュアをしているのです。 断ったら、何だか風に流されそうになりながら自転車をこぎ出します。 思わず、「少しだけなら買います」と声をかけてしまいました。 おまけでもらったのが、種が入っているという土の塊。 すぐに芽が出てきて、栄養たっぷりの野菜が育つのだとか。 育て始めてみたのですが……。○ まぶた 本土から離れた島に一人で住んでいる中年男性と、本土に住む15歳の少女が関係を持つというお話。 これは、小川さんの『ホテル・アイリス』のもとになった作品なのでしょうか?○ お料理教室 広告で見つけたお料理教室に通ってみることにしました。 あまり流行ってはいない様子で、その日の生徒は自分一人だけでした。 先生は、料理を教えるということもなく、一人でどんどん料理を作っていってしまいます。 そうしているところに、台所の配水管のクリーニングをしますという訪問販売の業者がやってくるのです。 先生は、せっかくだからやってもらいましょうと言い出し、教室の途中だというのにクリーニングを始めさせてしまうという、それだけのお話。○ 詩人の卵巣 一人で外国旅行に出かけた女性が、旅先で雨宿りをしていたところ、少年から「ここの詩人の博物館を見ていきなよ」と声をかけられます。 その詩人のことは何も知らなかったのだけれど、雨宿りの間ならと思い、誘われるままに見学を始めたのです。 切り取ったあるエピソードの中に漂っている感情のようなものを書いているように感じました。 筋立て自体に意味があるということではなく、その時、そのエピソードの中にある何とも言い難い感情のようなものです。 『お料理教室』なんて、ただ教室の途中で業者が来て、台所の配水管のクリーニングをして帰っていくというだけのお話なんですよね。 でも、そこになんだかふわっと空気のように漂っている感情が確かにあります。 そういうものを見せてくれている作品のように感じました。 『中国野菜の育て方』や『詩人の卵巣』は、ファンタジーのような終わり方が用意されている不思議なお話です。 でも、その不思議さを書こうとしたというよりも、やはりその終わりにたどり着くまでの過程のところに漂っている感情のようなものの方に目がひかれます。 何かドラマティックな筋立てや展開を期待されている場合には向かない作品だと思います。 静かな空気感や、密やかな感情、さらさらとした読後感、そんな作品を読みたくなった時に良いのではないでしょうか。読了時間メーター□□ 楽勝(1日はかからない、概ね数時間でOK) >> 続きを読む
2020/03/06 by ef177
Wikipediaの純文学で例示されていた作品。3つの短編が収められていて、冒頭が妊娠カレンダー。姉が妊娠して出産するまでの日記という形式の作品。他の2つの短編は、正直良くわからんかった。とりあえず読破できたという感じ。 >> 続きを読む
2020/01/19 by 和田久生
物語は特別なものではなく、誰もが日々作り出しているもの。作家の仕事は、それらの物語を自らの感性でキャッチし、「言葉」によって形作ることである。つまり、「言葉は常に遅れてやってくる」。第二部の、小川洋子さんが一つの小説を生み出すまでの過程は興味深い。小説を書いてみたくなる。柳田邦男氏の息子さんのエピソードが印象的だった。人間は、物語を必要とする生き物なのだ。 >> 続きを読む
2014/07/25 by seimiya
「アンネの日記」はノンフィクションの中では一番好きな作品です。で、この本は小川洋子先生によるアンネの日記にまつわる紀行。これを読むところによると、どうやらアンネの日記は小川洋子さんにとって執筆のきっかけとなった作品だったらしい。なるほどあの小説は確かにそれぐらいの力を持っていると思う。小川洋子さんは生前のアンネを知る人物と会い、彼女の生まれた土地や育った場所、隠れ家を訪れ、そして強制収容所を見学されています。もう直接アンネを知る人物は既に他界されていると思われるので、同じ日本人が今は亡きアンネの証言者に会いに行って、話を聞いてその時の「心の動き」みたいなことを書いているのは、とても貴重だと思います。アンネの日記が好きな読者にとっては、同じように旅をしているような気分に浸ることができて、とても良い本です。また自分がいつかオランダの隠れ家跡を訪れるとき何を感じるのだろう、とそんなことが楽しみになった作品でした。 >> 続きを読む
2018/05/09 by lafie
【私小説、なのだろうか?】 小川洋子さんの短編集です。 いずれも静かな雰囲気をたたえ、少しだけ恐い作品になっています。 それぞれの物語は独立したお話で、相互に関係したりはしていないのですが、これらの作品の中に共通して登場してくる事柄があります。 アポロという名前の飼い犬、まだ小さな子供を育てている『私』、亡くなってしまった弟と、「私はあなたの弟です」と主張する偽の弟。 あるいは別の女性の弟なのだけれど、水泳が得意だったのにある日突然左手が下がらなくなってしまった弟。 小川さんのプロフィールを調べてみたことはないのですが、これらの何度も繰り返し出てくる事柄が、実際に小川さん自身に関係することなのか、それとも、事実ということではなく、小川さんの心象風景のようなものなのか……。 収録作品のいくつかをご紹介です。○ 失踪者達の王国 主人公の女性は、どういうわけか身近に失踪してしまう人がよくいるというのです。 それは、友達の女の子の伯父さんだったり、中学校の保健の先生の恋人だったり、自分の伯母さんだったり。 それら失踪者達は、きっと失踪者の王国にいるんだ。○ 盗作 作家が主人公。 初めて本に載った自分の作品が盗作だと知ってしまったというお話。 盗作というか、ある女性の話を聞き、それを小説に仕立てたのですけれど。 でも、その後、誰の本か分からないけれど、病院に置かれていた外国の本を何気なく見てみたら、それはあの女性から聞いた話だったと分かってしまったのです。○ キリコさんの失敗 私が幼い頃、家に何人かいた家政婦さんの一人がキリコさん。 彼女は妙に肉感的なところがある女性で、無くなった物を探し出してくるのが得意でした。 そんなキリコさんが、家政婦をやめるきっかけになったある失敗とは?○ エーデルワイス 主人公は女性作家です。 ある時、自分が書いた本を公園で読んでいる男性を見かけ、つい声をかけてしまいました。 その男性は、主人公の本の大ファンだと言い、沢山のポケットを縫いつけた服を着ていて、主人公が書いた全ての本をそれらのポケットに入れて持ち歩いていたのです。 主人公は、自分の身分を明かしたりしなかったのですが、その男性は間違いなく「あなたの本のファンなんです」と言うではないですか。 何故、私のことが分かったの? そして、また、その男性は、「私はあなたの弟なんです」とも言います。 でも、主人公の弟はとっくの昔に亡くなっているというのに。 いずれの作品も、どこか少しひずんでいるかのようで、それは少し恐い感覚だったり、おかしな感覚だったりします。 そういう奇妙な気持ちにさせられる作品でした。 >> 続きを読む
2019/10/03 by ef177
【母性と、人目に付かないことと、自信を持てないことと、生々しい触感】 少し前、『〆切本』という本のレビューをさせていただきました。 この本は、〆切に呻吟する作家達のエピソード集だったのですが、本作についても、タイトルだけを見て、そんな感じの日記風のエッセイではないかと想像したのです。 小川洋子さんが、一枚も原稿を書けずに苦しんだことを綴ったようなエッセイではないかと。 でも違っていました。 本作は、大変緩い繋がりを持った連作短編小説でした。 そうなんです、小説なんです。 日記のスタイルを取った小説。 主人公(小川さんがモデルで良いのだと思うのですが)が、日記に綴った物語集です。 作中の小川さんは、自信が持てず、自己否定的であり、目立つことを極力避け、時にカーテンと同化したがるような女性として描かれています。 それでいながら、近所の幼稚園や学校の運動会をすべて見物したいという『運動会荒し』でもあるのだそうです。 誰からの注意もひかないように、さも関係者であるような振りをして運動会に潜り込み、一日、出し物を見物して帰るのです。 出版社のパーティーに出席する時も、極力目立たないようにしています。 しかし、パーティーには『パーティー荒し』も出没するといいます。 参加資格などないのに、会場に紛れ込み、何日ぶりかのご馳走を食べる者。 『運動会荒し』の目には『パーティー荒し』はすぐに分かります。 主人公の家には定期的に役場から『生活改善課』の職員がやって来ます。 生活状況の良くないところをチェックされ、最後にはチェック項目がつけられた書類に署名捺印を求められます。 主人公の職業のことも知っており、書けなくても良いので必ず決まった時間に机に向かうように指導されます。 何ともうっとおしい……と思ってしまうのですが、小川さんは指導員の来訪を楽しみにしているのです。 主人公は、作家になる前に文学賞の下読みのアルバイトをしていたことがあり、そのバイトは、応募作品の粗筋を200文字でまとめることが仕事でした。 主人公は、粗筋をまとめることに才能を発揮するのです。 そして、主人公は公民館で『あらすじ教室』の講師も務めるのです。 主人公のもとに、『素寒貧な心の会』から入会許可の通知が来ました。 応募してから随分経っていたので忘れられているのかと思っていたところ、厳密な審査のために時間がかかったということのようです。 入会許可の通知書と、会員のバッヂが同封されていました。 バッヂは、スカンクの図柄です。 主人公は、その後、このスカンクのバッヂをつけるようになるのです。 そして、主人公は、いつも夕暮れ時のローカルニュースの最後の『わかば』のコーナーを見ています。 それは、その日生まれたばかりの赤ん坊を紹介するコーナーで、主人公はこのコーナーが始まるとテレビの前に正座して見るのです。 そして、いつも見ながら泣いているのです。 大変不思議なお話がつまっています。 ところどころ滲む母性のようなものや、妙に生々しい触感を感じる文章があります。 この文章のどれだけの部分に、小川さん本人が投影されているのだろうか、と考えてしまったりしました。 それぞれの日記の最後には、その日何枚の原稿が書けたかが記されています。 圧倒的に「原稿零枚」と書かれている日が多いのですが。読了時間メーター□□□ 普通(1~2日あれば読める) >> 続きを読む
2020/07/29 by ef177
【小川洋子さんの自伝的エッセイ集】 小川洋子さんの、過去から現在に至るまでの様々な場面を綴った自伝的エッセイ集です。 章立ては以下のとおり。 思い出の地から 創作の小部屋 出会いの人、出会いの先に 日々のなかで 自著へのつぶやき 書かれたもの、書かれなかったもの 各項目は短いので、パラパラと読めてしまいます。 他の小川さんの著作でも触れている話題も結構あり、『らしい』なぁと安心して読めます(例えば熱狂的タイガースファンであることや、飼い犬のラブのことなどなど)。 ちょっとにやっとしてしまったのは、クリスティのミステリを久しぶりに読んだ時のお話です。 小川さんは、クリスティは最初に『アクロイド殺し』と『ABC殺人事件』を読んだそうですが(良い作品から読みましたね~)、どちらも犯人はしっかり記憶していたのだとか。 犯人が分かっているのにミステリを再読して面白いだろうかと心配しながら読んだのだそうですが、まったく心配はいらず楽しめたということです。 その中で、初めて『アクロイド殺し』を読んだ時の思い出が綴られているのですが、最後にポアロが犯人を名指ししたとき、あまりにも驚いて訳もなくぐるぐると部屋を歩いたそうです。 いやぁ、わかりますね、その気持ち。 あるいは、自分の創作スタイルについて書かれている項などは、どうやってあの物語が生まれてくるのか、その一端を覗き見ることができるようです。 小川さんは、最初に構成を考えたり、資料を集めたりというようなことはあまりしないようですね。 気が向かうままに物語を綴っていくようです。 最後の『自著へのつぶやき』では、これまでに書かれた作品それぞれについて、短いコメントを付しています。 『揚羽蝶が壊れる時』から『原稿零枚日記』までが取り上げられているのですが、こうして一覧で見ると、私、結構小川さんの作品を読んでいるんだなぁと改めて気づかされました。 小川さんの作品をいくつか読んできた読者には興味深い内容ではないでしょうか。 構えることなく、ごくごく気軽に読めてしまうエッセイでした。読了時間メーター□□ 楽勝(1日はかからない、概ね数時間でOK) >> 続きを読む
2020/05/27 by ef177
2人の関係に特別な事件や出来事はない。でも日々の流れの中で、淡い恋愛や、オリンピックに熱中するなどの。多感な時期が緩やかに送られていくドラマ。朋子とミーナのやり取りが微笑ましく、ミーナはほとんど家の中にしかいない。だからたまに外に出たときの解放感と、ちょっとしたことへの警戒心が強い。話の展開に応じてイラストがその都度紹介されるのだが、温かみのあるタッチがこの物語と実に呼応していて丁度いい。家族も不思議な人柄で、中でも誤植を探すというお婆ちゃんが良い感じ。 >> 続きを読む
2020/07/11 by オーウェン
【小川洋子】(オガワヨウコ) | 読書ログ - 読書ファンが集まる読書レビューサイト(著者,作家,作者)
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