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どこか懐かしい感じのする、おだやかな日常が綴られた味わい深い作品です。この物語には、個性的な職人たちが多く登場します。背中に昇り竜を従えている印章彫りの正吉さん、ベテラン旋盤工の林さん。慣れた手つきで商品の古本にパラフィン紙のカバーをかける店主の筧さんや、「みそ汁を啜ったあとでもちゃんと珈琲が飲みたくなる」定食を出す「かおり」の女将さんもすばらしい職人技の持ち主です。講師や翻訳を生業としている主人公は、たとえば正吉さんの知識は「私のように活字から引っ張ってきた浅薄さはみじんもなく、どれもこれも具体的な体験に裏打ちされているふうで…なんともいえない説得力が生まれる」とあるように、彼らに尊敬とあこがれをもって接しています。姿を消しつつある黒電話について、「じりじりとダイヤルを回す感触や指を離したときに爪がひっかかったときの痛みの喪失を嘆く人々がいるとしたら、まちがいなく私もそのひとり」と考える主人公だからこそ、アナログな感性を大切にする職人たちに心を動かされるのでしょう。特に印象深く感じたのは、黒電話の修理を待つ私が電話会社の人間を「待機」するのではなく、目的も無く待つという「美しい行為」に半ば強引に転換しようとする場面です。純粋にただ待つことを味わい、それに耐え抜く精神的エネルギーの高まった状態に意義を見出す(座禅をイメージすると、分かりやすいかもしれません)。静かながらも、ひとつの生きざまを貫こうとする意志の強さを感じました。このような「純粋に待つこと」への憧れに共感できる人なら、やや長めなセンテンスの文体に呼吸を合わせて読むことができると思います。またこの作品は『書斎の競馬』という雑誌に掲載されていたので、ところどころに馬が登場します。馬が好きな方にもぜひ、おすすめしたいです。「正吉さあん、袋、袋を忘れてるよと叫びつつなおもホームを目指して駆けつづけ、転びそうな私にこんどは甲高い実況が、さあどこへ出す、外だ外へ出した、内からはバンブオントール、鞭が飛んで苦しそうだがしかし出た、キタノカチドキが出ましたと追い打ちをかけ、最後の鞭が飛んで口を割った私は声にならぬ声で正吉さんの名を呼び、呼びながらよろけ、よろけながら走り、しかしゴールまであと五十メートル残したところで一両編成の黄色い逃げ馬は後ろを振り返ることもなく湿った闇のなかを走り去っていった。」 >> 続きを読む
2016/10/09 by カレル橋
Wikipediaの純文学で例示されていた作品。雪沼という架空の田舎町を舞台にした短編集という感じ。作品間に関連性はないのだが、どれもしっとりした感じで悪くない。長編が読みたい。 >> 続きを読む
2020/02/13 by 和田久生
主人公の生活が細かく淡々と語られ、一体どこに向かっているのか不安で仕方ありませんでした。というか、正直退屈ですらありました。しかし、今までの積み重ねから突然ピークが現れ、深く心を揺さぶらされます。それでもまだまだ話は続き、次から次へとピークが現れるのです。それまでの描写がうまく掻き混ぜられ、無駄なものが一切なく、次から次へと。作者の構成力の素晴しさを感じさせられました。『熊の敷石』でうまく作者の文体に慣れることができると、他の収録作品『砂売りが通る』『城址にて』にも容易に馴染むことができます。これらには『熊の敷石』のようなピークはありませんが、今度は作者の表現力に驚かされ、魅了されることができるでしょう。解説で川上弘美が書いているように、----------水の上を流れてゆく一枚の葉の軌跡、を描くことが多くの小説であるとするなら、堀江敏幸の小説は、一枚の葉を流してゆく水のさまざまな姿、を描いているのかもしれない。----------これがまさに堀江敏幸の作品だと思います。 >> 続きを読む
2015/07/21 by IKUNO
【堀江敏幸】(ホリエトシユキ) | 読書ログ - 読書ファンが集まる読書レビューサイト(著者,作家,作者)
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