こんにちはゲストさん(ログインはこちら) | 読書ログ - 読書ファンが集まる読書レビューサイト →会員登録(無料)


小竹由美子

著者情報
著者名:小竹由美子
こたけゆみこ
コタケユミコ
生年~没年:1954~

この著者の本を読んでいる会員ランキング

このランキングは1日1回更新されます。
      あの川のほとりで
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
      いいね!
      •  その年若い、とてもまだ十五歳以上にはなっていなさそうなカナダ人は、ためらっている時間が長すぎた。凍りついたような一瞬、川の湾曲した部分の上手にある淵に浮かんだ丸太の上で、少年の足は動きを止めていた。少年が伸ばした手を誰も摑む暇がないうちに、彼の体は滑り落ちて完全に水に没してしまった。

         アーヴィングは、その第12長篇「あの川のほとりで」をこのように語り始めます。

         この作家は、第4長篇の「ガープの世界」から第7長篇の「オウエンのために祈り」が全盛期で、この間の4作はすべて5+、その後のものは3、せいぜい4というのがぼくの評価です。だから、ここしばらくは、新しい作品が出てもすぐに読みたいというほどの気持ちはなくなっていました。この「あの川のほとりで」も、読みたい本リストに入ってはいたのですが、優先順位はそれほど高くなく、つい先日読んでみたというわけです。
         
         しかし、面白いですね、これは。ひさしぶりに。
         出世作である「ガープ」は、作家自身の創作歴を、主人公ガープの作家としての人生に重ねた、いわばフィクショナルな自伝でしたが、この作品の主人公ダニエル・バチャガルボ(ペンネームはダニー・エンジェル)は、第4長篇「ケネディー・ファーザーズ」で名をなし、第6長篇「バンゴアの東」は映画化されアカデミー賞脚本賞を受賞するという、「ガープ」以降のアーヴィングの軌跡を辿ります。アイオワ大学での師匠であるカート・ヴォネガットも実名で登場、主人公にアドバイスを送ったりします。
         はじめて読む人にも十分愉しめると思いますが、アーヴィングのファンであれば、ああ、このシーンは「サイダーハウス・ルール」で、ここは「未亡人の1年」で憶えがある、このシチュエーションは「また会う日まで」とそっくりだ…などと思わずニンマリすること請け合いです。
         
        >> 続きを読む

        2014/08/18 by 弁護士K

      • コメント 3件
    • 1人が本棚登録しています
      あの川のほとりで
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
      いいね!
      •  一幕目で壁にかけられた拳銃は終幕には発射されねばならない、というチェーホフの言葉(正確かどうか自信がありません)を知ったのは、ポール・オースターの小説だったように記憶していますが、現代文学でその作法を最もよく実践しているのはアーヴィングではないかと思います。
         この小説では、まず直径8インチの鋳鉄フライパン。
         ダニエルの家に壁に掛けられたそのフライパンには、父であるドナルドが、家に侵入してきた熊をこれで殴って撃退したという家庭内の伝説がありました。カナダ人の少年が川に流された夜、ドナルドの部屋から聞こえてきた物音に目覚めたダニエルは、このフライパンを手に父の部屋を覗き込み、そこでこの日もう一つの「事故」が起きてしまいます。それによって、ダニエルと父親の46年間にわたる逃避行が始まり、この夜が父子のツィステッド・リヴァー最後の夜(この作品の原題は「Last Night in Twisted River」)となるのです。

         アーヴィングの小説には珍しく、時系列が直線的でなかったり、登場人物が多すぎてその関係が複雑だったり、という分かりにくさはあるのですが、作家自身が小説のいちばんの醍醐味であるという「次に何が起こるか」という楽しみに満ち溢れていることは間違いありません。その物語には、1975年のサイゴン陥落、2001年の同時多発テロといった現代史も巧に織り込まれています。
         
         物語の終着点を決めて、そこから前へと遡っていくというダニー・エンジェルの小説作法は、アーヴィング本人のそれだそうです。
         小説の最終盤、逃避行を終えた主人公は、ペンネームを捨て、本名であるダニエル・バチャガルボとして作家生活を再スタートさせようと考えます。そのバチャガルボの第1長篇となるべき物語を終着点から前へと遡り、最初の1行を発見したところで、この「あの川のほとりで」という小説の幕は閉じます。

        「その年若い、とてもまだ十五歳以上にはなっていなさそうなカナダ人は、ためらっている時間が長すぎた」
         ああそうだ──さあまたやるぞ──始めるんだ! と作家は思った。
         あまりにもたくさんの大切なものを失ったが、ダニーは物語というものがどれほどすばらしいか知っていた──とにかく押しとどめることができないものであることを。自分の人生の大冒険がまさに始まろうとしているのを彼は感じていた──彼の父親もきっと同じように感じていたに違いない、ツィステッド・リヴァー最後の夜の、あのつらい切迫した状況のなかで。

         さてさて、こんな集大成みたいなものを書いてしまったアーヴィング、第13長篇「ひとりの体で」はいったいどうなっているのだろう、と興味津々なのですが、思いがけないロビン・ウィリアムズの訃報に接し、「ガープの世界」の再読を始めてしまったKでありました。
        >> 続きを読む

        2014/08/18 by 弁護士K

      • コメント 3件
    • 1人が本棚登録しています
      猫に名前はいらない
      カテゴリー:小説、物語
      3.0
      いいね!
      • 老いぼれ猫が孫猫に語り聞かせる一代記、自叙伝すなわち猫語の物語を人間語に訳したという実験小説・・・としては大失敗の駄作であろ。(凡愚の人間を嗤いのめしてみせた「吾輩は」で始まる日本の名作を知らないのだろうか。)
        ・・・と見せかけて、そんな批難も百も承知の人情話ならぬ『猫情話』なのでありました。

         * * *

        主人公(といってはいけないのか「主猫公」か?)は人間から押しつけられた名前は幾つもあるのに猫には不要と「名無し」を決めこんだ雄猫です。
        記憶力だけは抜群で、幼少期からの、とりまく二本足どもの会話を再現してみせる。

        ただし猫は猫らしく、テレビのことをあっさりテレビといわずに、ながたらしい説明付きの「函」と表現してみせるあたりは可愛かった。でも、そんな調子で語り続けたらとんでもないことになるのは眼に見えていた。案の定、猫らしい遠回しなことばは申し訳程度に「たまに」登場するばかりで、「テレビ」は言えないのに「番組」は言える。「医学」がわかる。

        「名前はいらない」と所有物扱いを嫌いながら、ほかの猫を語るときには、便宜上だかなんだかしらないが堂々と「二本足の奴からつけられた名前」を使う。(そりゃそうだ、落語の寿限無寿限無になってしまうからね。)

        猫の気持ちを解さない二本足を愚弄しているのに、町の野良として、食いものは結局人間のおこぼれに与って生きている。

        人間の言葉は理解し記憶するが、犬のことばもインコの声も鳴き声としか聞こえないあたりは、なんとも人間臭い猫様なのです。

         * * *

        そうなんですよ。「人間臭さ」がいいんです。猫なのに、孫猫に一代記を語る。
        聡明そのものかと思ったら、とんでもなく智慧が抜けていたりする。
        生きている限りは愛も哀しみもある、まさに人生いやいや猫生。
        読んでいて、初めは難癖ばかりつけて「駄作?」と読み進んでいくのですが、気が付けば、
        気楽に見える猫生に「おまえらは呑気でいいなあ」と間抜けな台詞を吐いてきた自分らの愚かしさが見えてきます。

        これから読む人は、タイトルから察しの付く想定内の物語にぶつぶつイライラしながらもラストまで読んでください。案外、読後はさわやかです。
        >> 続きを読む

        2016/01/20 by junyo

    • 1人が本棚登録しています

【小竹由美子】(コタケユミコ) | 読書ログ - 読書ファンが集まる読書レビューサイト(著者,作家,作者)

会員登録(無料)

今月の課題図書
読書ログってこんなサービス
映画ログはこちら
読書ログさんの本棚

レビューのある本

最貧困女子 (幻冬舎新書)