こんにちはゲストさん(ログインはこちら) | 読書ログ - 読書ファンが集まる読書レビューサイト →会員登録(無料)


ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

著者情報
著者名:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
よはん・う゛ぉるふがんぐ・ふぉん・げーて
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
生年~没年:1749~1832

この著者の本を読んでいる会員ランキング

このランキングは1日1回更新されます。
      若きウェルテルの悩み
      カテゴリー:小説、物語
      3.7
      いいね! Minnie oriedesi Fragment
      •  ああ、若きウェルテルよ、君はあまりに純粋すぎる……。


         巨匠ゲーテの出世作です。書簡体形式の作品なので、ウェルテルの思いの丈が言葉としてダイレクトに伝わってきました。当時は、本作の影響で若者の自殺が社会現象になったとか。

         あえて多くは語りません。実はウェルテルの若さと悩みについて長々と書いていたのですが、ここに載せるのは止めることにしました。なぜなら、気付けば書いていたのは自分のことばかりだったからです。

         ゲーテ本人は、「もし生涯に『ウェルテル』が自分のために書かれたと感じる時期がないならば、その人は不幸だ」と言ったとか言わないとか。本作を語るとき、恐らく多くの人は自分を引き合いに出してしまうのではないでしょうか。それだけ幅広い人の心に届く普遍性を持った、まさしく名作といえる物語です。国や時代が違っても、人の心は変わらないものなんですね。国境や時間を超えて、多くの人に読まれ、これからも読み継がれていくだろう作品を読むというのは、なんだか不思議な気持ちになります。

         悩める若者たちに幸あれ。
        >> 続きを読む

        2016/10/07 by あさ・くら

      • コメント 4件
    • 他6人がレビュー登録、 23人が本棚登録しています
      親和力
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
      いいね!
      • 主役がそれぞれ高い知性を持っているということが感じられとても面白かった。
        感情が移ろいやすいということを理解するからこそ感情を長続きするように努力をする。それでもままならない現実。


        現代のワイドショーを芸能人の男女関係のスキャンダルが賑わす。これに対して「アホだなー」と悪口をいうのはそれはそれで楽しい物があるのだけれど、「もういいよ飽きたよ」って人が読んだら楽しい本。


        確か「ヘッセの読書術」という本の中でヘッセが若いころにこのゲーテの「親和力」を読んだという記述があり興味を惹かれ読んだ。
        >> 続きを読む

        2016/04/05 by ryochan333

    • 1人が本棚登録しています
      ファウスト
      カテゴリー:戯曲
      3.0
      いいね!
      •  休みに入ったので、まとまった時間で名作を読むことにする。訳者の池内紀が第二巻巻末で述べているとおり、「有名な名作であれば、たいていの人が名前を知っている。そしてたいていの人が一度も読んだことがない」からである。名作と呼ばれるものはたいてい長くて難解なものが多いが、戯曲はとりわけ手を付けにくい。原語が美しく韻を踏んだ気の利いたしゃれに満ちているからだ。それなら原語で読めばいいのだが、そこまでの語学力がないので翻訳に頼ることになる。そうするとしゃれや韻は味わえない。意味の取りにくいだらだらした詩句をひたすら読むことになる。訳者の池内氏はその辺をよくわかっているのか、第一部巻末で次のように述べている。「……しかしながら翻訳すると、ゲーテがドイツ語で苦心した一切が消えてしまう。韻律が乏しく、まるきりべつの構造をもった日本語にあって、詩句を踏襲しても、はたしてどのような再現ができるだろう。詩句をなぞるかわりに、ゲーテが詩体を通して伝えようとしたことを、より柔軟な散文でとらえることはできないか。いまの私たちの日本語で受けとめてみてはどうだろう。そんな考えで、この訳をつくった。」そういうわけで、この「ファウスト」は小説のように読める。宮澤賢治のオノマトペの豊穣さや、谷川俊太郎の詩であえてすべてひらながにしている面白さや、詩歌における掛詞がたぶん翻訳不可能であるのと同じだろう。

         ファウスト博士が学問を究めながら、年老いて退屈で何も楽しみを見いだせない姿には、超高齢化社会の日本の孤独な高齢者と重なって見えてくる。幸福が何であるのか、若い時には自分の学問が認められることや、地位が高くなることや財産が増えることなどが成功だったと思うが、それらを手に入れているように見える晩年の博士は幸福そうではない。そこに悪魔メフィストフェレスがつけいる隙がある。悪魔というからにはもっと無制限に魔法などが使えるのかと思えば、人間に知恵を貸したり、そそのかすくらいで、実行するのは人間である。メフィストフェレスがファウストから依頼されて実行する場合にも、普通の人間のようにするばかりなのが面白い。第一部で誘惑される処女グレートヒェンにしても、相当に手間をかけ、普通に女の子を口説くのとそう変わらない。この辺が妙にリアルである。魔法の力であっという間に虜にしましたということなら、話は簡単だが詩にはならない。

         第二部はとても読みにくかった。第一部とどう繋がっているのかがわからないし、ファウスト博士は現実にはどこにいるのか、夢なのか、わかりにくい。ファウストよりもメフィストフェレスの方が魅力的に立ち回っている感じがする。最後の最後で現実的な場面に戻ってきて、ファウストが契約の言葉を口にして死に、天使たちがメフィストフェレスを出し抜いてファウスト博士を天国へ連れていく。そこにはグレートヒェンまで天使のような姿で出てくる。これには少し驚いた。こういう形でハッピーエンドなのか?と。「協同の意思こそ人知の至りつくところであって、日ごとに努める者は自由に生きる資格がある。どのように危険にとり巻かれていても、子供も大人も老人も、意味深い歳月を生きる。そんな人々の群れつどう姿を見たいのだ。自由な土地を自由な人々とともに踏みしめたい。そのときこそ、時よ、とどまれ、おまえはじつに美しいと、呼びかけてやる。」というファウスト博士は冒頭の孤独な老人とは違う、大勢の中の一人として、人々の一人として協同する幸せをかみしめている。そういう意味でファウスト博士の二回目の晩年はより優れたものとなったと言える。しかし、罪のない処女を誘惑して堕落させ、母親を殺させ、兄をファウスト自身が殺し、嬰児を殺させ、グレートヒェンは処刑される。最後の多くの人に「協同」の場を提供する干拓地を完成させるために、立ち退きを拒む、菩提樹のそばに住む老夫婦を殺害する(殺害はファウストの意思ではなかったにしても)。このような罪を犯しても神はすべてを赦すということなのだろうか?釈然としない幕切れである。私の経験が不足しているだけなのだろうか。
        >> 続きを読む

        2017/12/27 by nekotaka

      • コメント 2件
    • 2人が本棚登録しています
      河出世界文学全集
      カテゴリー:叢書、全集、選集
      4.0
      いいね!
      • ゲーテの「ファウスト」「若いウェルテルの悩み(若きウェルテルの悩み)」「ヘルマンとドロテーア」の3作品と概要、年表、解説が載った作品。

        私が今のところ読んだのは「若いウェルテルの悩み」だけである。そしてこの作品は先に読んだゲーテの「親和力」とよく似ている。もっと単純化されたもののようだ。

        自由な精神が人生の喜びを与えてくれる。恋愛はその中でも強いもので、若者は恋するだけで世界が一変してしまうが、人生を上手に運ぶには喜びだのなんだのは関係なく、生活に秩序を持たせる事が必要だ。
        しかし、世界を変えてしまうほどの人生の喜びはその他一切、人生すらも大事ではないものに変えてしまう。

        私たちは、人生はバランスをとるべきと正論を振りかざしてしまうがそんな人間にはもう人生の究極の喜びを味わうことはできないのかもしれない。


        人が間違った行いをするのは考え足らずや間違った考え、感情を持っていたからではない。
        その行いを正しいものと考えていたからなのだろう。

        >> 続きを読む

        2016/04/06 by ryochan333

    • 1人が本棚登録しています
      若きヴェルテルの悩み
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      • 「ジェイン・エア」ではこんな風に愛されたいと思いましたが、「ヴェルテル」にこんな風に愛されたくはないです。
        この小説は、恋のすばらしさもしくは切なさを描いた恋愛小説ではありませんでした。
        人が「ego」を突き詰めることは「妄想を生きる」ことにほかならないということを示しています。
        現実の社会を否定し自己を基準にした知的で正しい世の中を希求し、感情や情動に素直になり、つまりはかなり情緒不安定な行動をし、饒舌に語りまくるのがヴェルテル。

        官僚社会の型にはまった生活は彼にとって我慢ならないもので、その反動もあって精神世界への逃避を試みますが、その究極の象徴となったのがシャルロッテであったといえるでしょう。

        ゲーテは自身の恋愛や身近な人の自殺などを素材にこの小説を書きましたが、彼はヴェルテルでありながら、決してヴェルテルではないのでした。
        面白いのは、ヴェルテルの書簡の形で独り語りで進んできた物語が、いざ、ヴェルテルが遺書を書き始めた段階で「編集者」が介入し3人称小説になってしまう所です。
        実際にそこで初めてロッテの心情が描かれるわけで、読者はヴェルテルの妄想から少し距離を置くことができます。
        この「編集者」こそがゲーテの立ち位置ではないかと思います。

        エゴを貫いた人間の末路を見据え、その救いのなさを、しかし本人的には妄想の貫徹は幸福であるのかもしれないという提起を、描いたのではないでしょうか?

        だから「ウェルテル病」だか症候群だか詳しく記憶していませんが、青年の自殺が増えたというのは解せません。
        この小説をちゃんと読解力をもって読めば、妄想に走りがちなエゴイズムを抱えた若者を、ヴェルテルを生贄に死なせることで、現実に呼び戻す力があるはずなのに?と思うのでした。

        ロッテもヴェルテルを魂の共鳴する存在として相手を受け入れ愛していたことは特筆すべきでしょう。
        ツルゲーネフの「初恋」のような片想い小説とも違います。
        ロッテは美しさをのみ愛でられるお人形ではないのです。ファム・ファタール的な小悪魔でもありませんし、色仕掛けの誘惑もしません。
        しかしロッテにとってヴェルテルは遅くやってきた男で、恋人としての資格は最初からありませんでした。
        彼が兄になってくれればよいのに、自分の親友の夫になってくれるのでもよいのに。と願っていたことからもそれは察せられます。
        実際、最後の最後になるまでは肉体的関係は全くなく、ロッテとしてはぎりぎりプラトニックな愛を保っていた(つもり)だったのです。
        一方、ヴェルテルはついに恋慕が募り「ロッテよ、あなたはぼくのものなのです、永遠に!」などと言い出す始末。「夫!それはこの世のことに過ぎず」あの世であなたを迎え、永遠に抱擁し続けるのだ。と妄想は止まりません。
        あの~。カトリックでは自殺者は神の国へは入れないはずなんですが…。
        にもかかわらず「神は自分を哀れみ慰めてくださることでしょう」と、なんともご都合主義な楽観。

        ロッテにあてた遺書こそは最悪なしろものです。
        相手を真に思いやったなら、自分の死の責を愛する女に負わせ一生忘れるなと刻印を打つなんていう残酷なことができるものでしょうか?

        「きまりました、ロッテ、ぼくは死にます。…中略…あなたのために自分を犠牲にするのだという確信です」
        なんて言われて、いい気持ちのする女がいたら、そいつもよほど自己愛に溺れた妄想野郎ですよ。

        まさにこの点が、この小説を「究極のエゴイズム小説」にしている点だと思います。
        神の掟も一般道徳もどこへやら。です。その意味ではパンクですね。

        でも英雄というものは、こんなものでしょう。エゴの拡大が世の中の規範を崩壊させていくのです。時代はフランス革命前夜です。

        ところで、思いついたことがあります。
        夏目漱石の「こゝろ」は「若きウェルテルの悩み」をベースにして書かれたのに違いないと思います。
        明治の文豪達に読まれまくったという本書。しかしおそらく漱石さんはヴェルテルの遺書に、違和感を持ったことでしょう。
        これが西洋的近代的自我だとすると酷いものだな。日本人ならこれは絶対にありえない。と。
        そして彼は「日本人のエゴ」を描いてみせようとしたのではないでしょうか?
        「こゝろ」はアルベルトを主人公に据えました。
        「K」こそヴェルテルだったんですね。
        アルベルトが「先生」で、ヴェルテルが書き送っていた手紙の相手ヴィルヘルムと「編集者」の代わりに「私」が登場。
        「こゝろ」ではKは遺書にはお嬢さんのことは一言も触れずに死にました。
        そして「先生」も妻には何も言わないでくれと頼んで死にました。それが妻への愛なのだと言って。
        その真意が私にはわからなかったのですが「若きヴェルテルの悩み」を読んで、もやもやが晴れた気がします。


        愛する人の幸せを願うなら、心の重荷を彼女に負わせ、精神を傷つけることは決してしないはず。

        ヴェルテルはロッテの夫のピストルで、彼女自身が従僕に手渡した銃であったことに狂喜しつつ頭を撃ち抜きました。
        即死ではなく苦しみながらの死で、アルベルトをも巻き込み、ロッテはショックのあまり気絶し、事実上一組の夫婦を決して消えない暗雲に包み込んだのです。
        言葉では二人の幸せを祈るといっておきながらも。
        ああ、悪人にさえなれないなんて、なんたる自己愛の塊!

        自殺というものが残された人をどれほど傷つけるものか。
        それは神が禁じたからやってはいけないこと、なのではないのです。
        その後の人生を生き続けるものが回復できない傷を抱えて生きなければならない、十字架を負わせる行為だからなのです。
        もし生きることができなくなって死を選ぶ場合も巻き添えを作ることは人として最低の卑怯者だと思います。

        なのにヴェルテルは身近な人々や子供らに愛されている不思議。
        ロッテとアルベルトも彼を憎むことができなかったはずです。
        そうすればこの二人の関係も壊れるでしょうから。
        ただし、この小説はヴェエルテルを賛美するに終わっていない点が重要、というか意外でした。
        愛に殉じる美しい小説なんかではありませんでした。
        そのことが面白かったですね。

        ゲーテはこの作品内に魂を込めた言葉を書きつくすことで自らのエゴや恋愛を葬ったのではないでしょうか。
        これはゲーテにとって青春のレクイエムなのです。



        ゲーテ(1749~1832)若きウェルテルの悩み 1774年
        漱石 (1867~1916年) こゝろ 1914年 最晩年
        鴎外 (1862~1922年) 舞姫  1890年 処女作
        >> 続きを読む

        2017/05/31 by 月うさぎ

      • コメント 10件
    • 1人が本棚登録しています

【ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ】(ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ) | 読書ログ - 読書ファンが集まる読書レビューサイト(著者,作家,作者)

会員登録(無料)

今月の課題図書
読書ログってこんなサービス
映画ログはこちら
読書ログさんの本棚

レビューのある本