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カズオ・イシグロ

著者情報
著者名:カズオ・イシグロ
かずおいしぐろ
カズオイシグロ
生年~没年:1954~

この著者の本を読んでいる会員ランキング

このランキングは1日1回更新されます。
      わたしを離さないで
      カテゴリー:小説、物語
      4.4
      いいね! KEMURINO
      • 限りなくフィックションの小説に何を求めて、本を買ったり、借りたりするのか? 

        それは、いまだ知り得ぬ世界を見れるかも? という勝手な期待感に尽きるんだ、という小説の面白さを改めて実感した個人的に記念すべき本に出会えた。

        これまで、著者の作品は3作読んだが、いつも頭の片隅にノーベル文学賞受賞者作品という余計な冠(情報)がつきまとっていた。

        今回は、その冠をまったく気せず、予測不能の物語の行方に翻弄され、読み進んだ。この吸引力こそ小説の楽しさだぜ!と実感。

        1990年代末、イギリスという設定で静かに始まる「です」「ます」調、主人公目線の手記タッチ。アンを思わせる、施設で暮らす思春期少女の成長記と思いきや、「提供者」「介護人」「保護官」という関係性が飲み込めない違和感に引っ張られながら、第20章あたりから、「えー!マジ! 聞いてないよ!」と驚愕。

        登場人物たちの言動、感情など、それまでめくってきた全ページが、歩に落ちる、物語構成に打ちのめされた。

        ノーベル文学賞ってSF、純文学、大衆文学なんていう狭いカテゴリーをはるかに超越した世界を創造できる人に与えられるんだぁ、と納得。映画もぜひ観たい。
        >> 続きを読む

        2020/09/15 by まきたろう

      • コメント 2件
    • 他23人がレビュー登録、 64人が本棚登録しています
      日の名残り
      カテゴリー:小説、物語
      4.4
      いいね!
      • カズオ・イシグロの1989年度のブッカー賞受賞作品「日の名残り」を読了。

        この作品は、スティーブンスがコーンウォールへ車で旅行しながら、ダーリントン・ホールが華やかなりし頃の出来事を回想するだけの物語なのですが、とても美しい作品です。
        良い小説とは、こういった作品のことを言うのかもしれませんね。

        スティーブンスの執事としての誇り、執事に大切な品格の話なども興味深いですし、気さくにジョークを飛ばす新しい主人に戸惑い、もしやジョークを言うことも執事として求められている仕事なのかと真剣に考えてしまうスティーブンスの姿が微笑ましいです。

        ここには、慇懃でもったいぶっていて、少々頑固な、古き良き英国の執事の姿が浮かび上がってきます。
        20数年前、ダーリントン・ホールに来客が多かった時期の回想では、第二次世界大戦前から戦時中に行なわれた会議のことも大きく語られます。

        世界的に重要な人物たちを招いた晩餐での、スティーブンスの仕事振りは、実に見事です。
        慌しい中で冷静沈着に全てを取り仕切り、そのプロ意識は、父親の死さえ看取ることを彼に許さないほどなのです。
        回想ながらも、その緊迫感や、見事に仕事をやり遂げたスティーブンスの高揚感が十分伝わってきます。

        そして、一番面白かったのは、スティーブンスとミス・ケントンのやりとりですね。
        最初はことごとく意見が対立し、冷ややかなやり取りをする二人ですが、カッカしている二人の姿が、実に可愛いのです。

        美しい田園風景が続いたドライブ、そして最後の夕暮れの中の桟橋の場面に、スティーブンスの今までの人生が凝縮されて重ね合わせられているんですね。

        最高の執事を目指し、プロであることを自分に厳しく求めすぎたあまり、結局人生における大切なものを失ってしまったスティーブンス。
        老境に入り、些細なミスを犯すようになったスティーブンスは、恐らく今の自分の姿を父親の姿とダブらせていたことでしょうね。

        今や孫もいるミス・ケントンに対して、自分はあとは老いるだけだということも-----。
        もちろんスティーブンスの中で美化され、真実から少しズレてしまっている出来事も色々とあるのでしょうけれど、無意識のうちにそうせざるを得なかったスティーブンス自身に、英国という国の斜陽も重なって見えてきます。

        第二次世界大戦後のアメリカの台頭と英国の没落。ダーリントン・ホールの今の持ち主もアメリカ人。
        こうなってみると、戦前に行われた重要会議でのやりとりが、実に皮肉です。

        そして、英国では最早、本物の執事が必要とされない時代になりつつあるのです。
        そんな中で「ジョークの技術を開発」するなどと言ってしまうスティーブンスの姿が、切ないながらも可笑しいですし、作者の視線がとても温かく感じられます。

        >> 続きを読む

        2021/02/24 by dreamer

    • 他16人がレビュー登録、 35人が本棚登録しています
      遠い山なみの光
      カテゴリー:小説、物語
      4.3
      いいね! KEMURINO
      • 【息苦しい……でも、カフカ的とは感じなかった】
         カズオ・イシグロの作品は、これまでにいくつか読んできましたが、どうやら本作は、『浮世の画家』、『日の名残り』と並んで、それまでの幻想的な作風からリアリズム的な作風に変わった時期のもののようです。
         確かに、私がこれまでに読んできたカズオ・イシグロの作品とは全く違っていました。

         ですから、読み進めていくうちに違和感を覚え、また、これは一体どういう話なのだろうかと面食らってしまったのです。

         物語は第二次世界大戦終戦直後の長崎を舞台にしたパートと、その後、主人公の悦子が渡英した後のパートの2つが交互に語られていきます。
         主人公の悦子は、日本人男性と結婚し、終戦後間もない長崎で、お腹の中に子供を抱えて生活していました。

         長崎は、ようやく復興の兆しが見え始めたものの、未だ完全には立ち直っていませんでした。
         悦子の家の近くの、川近くに建つ相当粗末な家には、佐知子とその娘の万里子が二人だけで生活していたのです。

         佐知子は、どうにも身勝手というか無計画というか、ある意味で自堕落というか……。
         今では落ちぶれているけれど、昔はかなり裕福だったのだと事あるごとに悦子に吹聴します。
         子供の万里子に対してはあまり目をかけてやっていないようでもあり、少々ネグレクトではないかと。
         子供を家に置いたまま、長崎の街に外国人の愛人と会いに出かけたり平気でしています。
         それでも、佐知子は生活のために悦子の紹介でうどん屋で働くなどもするのですが、その一方で、何度騙されても外国人の男と別れられず、必ずアメリカに連れて行ってもらうのだと夢見ています。
         足が地についていないのですよね。
         悦子に対しては平気で借金を申し込むようなところもあるし。
         一方の悦子は、我慢強く、おとなしい女性に描かれています。
         
         この物語は、悦子が既にイギリスに渡ってしばらくした後の時から始まります。
         長崎時代、お腹の中にいた子供の景子は、イギリスで首を吊って自殺してしまったのです。
         その後に生まれた景子の妹であるニキ(現在は親と離れてロンドンで一人暮らしをしています)が、葬儀に出席するために母親の元に戻ってきたところから始まるのです。

         イギリスでの悦子とニキの会話、その過程で長崎時代の事を思い出し、その頃のこととして描写される佐知子と万里子のこと、悦子夫婦の家に遊びに来ていた義父のこと、そんな日常的な風景が描かれていきます。

         それは、なんて言うのでしょう、何だか他人の私生活を覗き見ているようなところもあり、私には決して居心地の良いものではありませんでした。
         それは決して幸せな描写ではなく、敗戦後の貧しさも描かれますし、人間の負の気持ちも描かれていて、読んでいて息苦しくなるようなものでした。

         かといって、それが何か大きな事件につながり発展していくという作品でもなく、ただ淡々とそれらのことが語られ、唐突に現在のイギリスでの悦子の生活に飛んでいくのです。
         巻末解説では、このような作風を『薄明の世界』と評していますが、そうかもしれません。
         特に、中心をなしている長崎時代の描写は、淡い、薄墨のような、それでいて戦争の影や、古い時代と新しい時代の相克を引きずっているような描写になっています。

        ご存知の通り、カズオ・イシグロは、長崎県で生まれ、5歳の時にイギリスに渡り、以後、英国籍を取得して英語を母国語として小説を書くようになったわけですが、本作は、何か作者の私小説的な感じもしてしまいました。

         ちなみに、リードで書いた『カフカ的云々』という点ですが、これは巻末解説で、本作を含めたいくつかの作品について「カフカ的という形容は誰にでも思いつくだろう」と書かれていた点についての私なりの感想です。
         私は、本作を『カフカ的』とは全く感じなかったものですから。
        >> 続きを読む

        2019/11/26 by ef177

    • 他3人がレビュー登録、 11人が本棚登録しています
      わたしたちが孤児だったころ
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
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      • ノーベル文学賞ということで読みましたが、どうもつまらない。内容が頭に入らない。私にはいまいち合わないと思った。なにが面白いのかわからない。 >> 続きを読む

        2018/01/05 by rock-man

      • コメント 2件
    • 他2人がレビュー登録、 8人が本棚登録しています
      充たされざる者
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      • 著名なピアニストのライダーは、長旅を終えて、とある町に降り立ちます。
        ライダーの名前を聞いた途端に、対応が丁重になるホテルのフロントマン。

        支配人のホフマンが、<木曜日の夕べ>の準備で多忙なため、出迎えられなくて申し訳ないと何度も繰り返す。
        ホテルの談話室では、ブロツキーという名の男がピアノを練習中。

        フロントマンによると、ブロツキーは、その日の朝にオーケストラと4時間通してリハーサルをしており、とても順調とのこと。

        ライダーとポーターと一緒にエレベーターに乗り込んでいたヒルデ・シュトラットマンは、どうやら、この町にいる間のライダーのスケジュールを管理しているらしく、ライダーのこの町でのハードなスケジュールに不満はないかどうかライダーに確認する。

        しかし、ライダーは、ハードスケジュールどころか、実はまるでスケジュールを把握していないのです。
        どうやら、この町は、何らかの危機に陥っており、町の人々はライダーに大きな期待をかけているようなのですが-------。

        どうやら、イギリス出身で、ドイツの小さな町に演奏旅行に来たらしいピアニストのライダー。

        初めて訪れた町のはずなのに、話している相手の顔に見覚えがあるような気がしてきたり、実際にその人間のことを知っていたりします。

        町にはライダーの妻や息子まで? -------。そして時には昔の知り合いが現れることも。
        町の住民は、皆一様に彼がライダーだと知ると大歓迎。

        みんながライダーと話したがりますし、先を競って丁重にもてなそうとするのです。
        しかし、同時に丁重に厄介ごとも持ち込むんですね。

        そして、ライダーが、その場その場で相手に話を合わせているうちに、話はどんどんややこしくなっていきます。

        そもそも、ライダーは、自分のスケジュールを全く把握していないどころか、演奏する曲も決めていないのです。
        世話役の女性が、何か不満や疑問がないかライダーに確認しているのに、なぜか正直には言い出しにくい雰囲気。

        人々との会話の中で、自分がスピーチをする予定だと知れば、素直にスピーチの内容を考え始め、会合が予定されていると知れば、場当たり的にですが、出席する方向で考えます。

        それよりもまず、基本的なスケジュールの流れの把握が先決問題だろうと、読んでいる側は苛々するのですが、ライダーは、人々との会話の中で、自分が何をしなければいけないのかを探り、知ったことを順番に疑問も持たずに受け入れていきます。

        しかも、この世界はとにかく不条理ばかり。まるで、夢の中にいる時のようです。
        「不思議の国のアリス」状態ですね。
        しかしライダーは、その不条理をあまり気にしていません。

        その場その場で、ライダーが選び取る行動が、この世界での事実となって積み重なっていくような-------。

        「充たされざる者」なのは、ライダーのことなのかと思いきや、町の住民も揃って「充たされざる者」でした。
        しかも、彼らのやり取りを読んでいる読者もまた、読んでいる間に「充たされざる者」になってしまうのです。

        まるで、他人の悪夢の中に紛れ込んでしまったかのような感覚の作品。
        読むのがしんどくなるほど長かったですが、読み応えがあり、充実した読書の時間を過ごすことができました。

        >> 続きを読む

        2021/06/10 by dreamer

    • 他2人がレビュー登録、 7人が本棚登録しています
      夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね! KEMURINO
      • カズオ・イシグロという、基本的には長篇作家が、軽やかながら、どこかほの哀しい短篇集を著しました。

        「音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」とサブタイトルにあるように、5篇すべてに音楽が流れます。
        場所も登場人物も異なりますが、時代設定はほぼ現代であり、世界大戦も近未来も出てこない。

        つまり、これまで長編で見せてきた[大きな物語の枠組み]をいわば封印して、小さな個人の人生を繊細に描き出したのが、この作品集なのだと思う。

        この短篇集で、特に印象に残ったのは、以下の3篇です。

        ベネチアの流しのギタリストは、往年のアメリカ人歌手と偶然、知り合い、彼が妻に向けて行なうサプライズ演出に協力する。
        結婚歴30年の妻に対し、老歌手が抱いている感情の複雑さ、その屈折に触れたギタリストは------。(第一篇「老歌手」)

        ビバリーヒルズで整形手術を受け、美男に生まれ変わろうとしているテナーサックス奏者が手に入れたいのは、仕事上の成功。
        そして、元妻からの愛------。(表題作「夜想曲」)

        音楽観において、ソリが合わなくなった中年夫婦が、旅先のイングランドで若きシンガーソングライターと交流を持つ。
        その一瞬に訪れた、凪ぎの関係性------。(「モールバンヒルズ」)

        ここでは、特定の楽曲や旋律が「人間の一生」の比喩として使われはしないのです。
        あくまでも、音楽とともにある人生の、滋味を描くことに主眼が置かれているように、読めます。

        とりわけ、著者の長篇の魅力が、そこに登場する人物たちのホール・オブ・ライフを、十全に提示してみせることだとしたら、短篇の魅力とは、そこに書かれていない、残りの時間を読者に想像させることにあるのだと思う。

        いわば、残響の効果を狙うのだ。老歌手は、包帯の取れた後のテナーサックス奏者は、旅行から戻った音楽家夫婦は、「その後」をどう過ごしたのだろう?------。

        ついつい、私をそんな想像にふけらせてしまうのだから、なるほど偉大なる長篇作家は、短篇もうまいものだ。

        >> 続きを読む

        2021/03/03 by dreamer

    • 他2人がレビュー登録、 8人が本棚登録しています
      わたしを離さないで
      カテゴリー:小説、物語
      4.8
      いいね!

      • カズオ・イシグロの「わたしを離さないで」の語り手は、優秀な介護人キャシー・H。

        彼女は提供者と呼ばれる人々の世話をしています。
        キャシーが育ったのは、ヘールシャムという全寮制の施設。
        介護人として働きながら、キャシーはヘールシャムのことを思い出します。

        図画工作といった創造性の高い授業に力を入れたカリキュラム。
        毎週の健康診断。保護官と呼ばれる教師たちが、時に見せる奇妙な言動。
        生徒たちの優秀な作品を展示館に集めている、マダムと呼ばれる女性。

        恩田陸の学園ものの雰囲気に似たミステリアスな寄宿生活を送る中、キャシーは知ったかぶりのルースや、癇癪持ちのトミーと友情を深めていくのだが-------。

        ヘールシャムは、どんな目的で運営されているのか?
        提供者と介護人の関係は?

        そうした、早々に我々読者に明かされてしまう幾つかの謎なんか、実はどうでもいいのです。
        大切なのは、例えばこんなエピソードです。

        子供時代、一本のカセットテープに収録された「わたしを離さないで」という曲が気に入って、繰り返し聴いていたキャシー。

        ある日、何者かによって盗まれてしまったそのカセットテープと、キャシーは後年、トミーと共に再会することになるのです。
        この物語の感情的なキーポイントとなる、特別な場所で。

        この曲の歌詞は、物語の終盤でトミーのこんな言葉と呼応し合うんですね。
        「おれはな、よく川の中の二人を考える。どこかにある川で、すごく流れが速いんだ。で、その水の中に二人がいる。互いに相手にしがみついてる。必死でしがみついてるんだけど、結局、流れが強すぎて、かなわん。最後は手を離して、別々に流される。おれたちって、それと同じだろ?」

        この作品は、為す術もなく人生を奪われる"人間の存在理由"を描いて、厳しい物語だ。

        流れの速い川の中で、互いに「わたしを離さないで」としがみつくような愛を育んでも、否応なく引き裂かれるしかない運命を描いて、切ない恋愛小説だ。

        そして、子供時代をノスタルジックに描いて、その夢心地の筆致ゆえに残酷なビルドゥングスロマンになっているのだと思う

        「なぜ、彼らは理不尽な運命に逆らわないのか」という疑問を抱く人もいるかもしれません。
        けれど、この小説の舞台は、現実とは異なる歴史を持つ、もうひとつのあり得たかもしれない世界なんですね。

        今此処にある当たり前が、当たり前として通用しない世界に、今此処の常識を当てはめるのはフェアな態度ではないと思う。

        ラストシーンがもたらす深い悲しみと苦い読後感-----、いつまでも余韻を引きずりながら、心に残ります。

        >> 続きを読む

        2019/02/10 by dreamer

    • 他2人がレビュー登録、 7人が本棚登録しています
      浮世の画家
      カテゴリー:小説、物語
      4.2
      いいね! KEMURINO
      • 久しぶりのイシグロ作品。浮世絵師の物語か? と思いきや、昭和を生きた洋画家が主人公。

        一時代を築き上げた画家の晩年の心模様を通して、戦前戦後の日本がどんなムードに包まれていたかのかを想像、追体験できる作品。

        あるひとつの人生をフォーカスすることで過去、現在、未来を繋ぐイシグロ文学のテッパン的作風をひしひしと感じながら読了。

        戦争という狂気の時代に画家が描いた作品の変化そのものが、権力に抑えられていた日本人の個々のアイデンティティの喪失に思えて、ちょっびり切なかった。
        >> 続きを読む

        2021/03/15 by まきたろう

    • 他1人がレビュー登録、 6人が本棚登録しています
      夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
      いいね!
      • カズオ・イシグロは、長篇小説で本領を発揮する作家だと思っていた。

        彼の作品ではいつも、語り手の「私」の言葉を追っているうちに、どうも変だ、この「私」は何か大切なことを隠しているのではないかという、疑念と不安が大きくなっていく。

        率直で明快に見える言葉の向こうに、真実を探すことの"快楽と緊張"が、カズオ・イシグロを読むことにはあり、当然かき分ける言葉が多ければ多いほど、得られるものは大きくなる。

        今回読了したのは、いつか読みたいと思っていた彼の五つの短篇小説からなる「夜想曲集」。
        自らの十八番を封じて、どのような技を見せてくれるのか、大いなる興味を持って読みました。

        この短篇集では、1作を除き、語り手やその他の登場人物の多くがミュージシャンなんですね。
        そして、彼らの誰一人として、音楽の世界で成功しているとは言えない。

        今ひとつ「イケてない」彼らに共通するもの、それは音楽への限りなく深い愛情だ。
        だからこそ、忘れ去られた老歌手も、売れないのは顔のせいだと整形手術を受けさせられるサックス奏者も、チェロを弾けないチェロ教師も、音楽は夜のように分け隔てなく、優しく包み込み、愛に応えてくれる。

        それまでのカズオ・イシグロの作品の主旋律とも言える「私は何者なのか」という問いは、この短篇集で表立っては現われない。
        むしろ、それぞれの短篇で、語り手は音楽をきっかけに他者と出会い、強く惹きつけられ、その他者が何者なのかをストレートな言葉で語る。

        ふと耳にしたフレーズやメロディーのように、他者の記憶がいつまでも忘れられずに甦る。
        音楽は確実に、そして軽やかに人と人とを結びつけている。
        この軽やかさこそ、この短篇集の真骨頂なのかも知れない。

        「夜想曲集」というだけあって、全体のトーンは哀切だ。だが夜のとばりが不意に、笑いで揺れることがある。
        特に「降っても晴れても」「夜想曲」の2篇で登場人物たちが繰り広げる言動は、抱腹絶倒のおかしさに満ちている。

        読み終えてみて新たに思うのは、カズオ・イシグロは、本当に芸域が広い作家だなということですね。

        >> 続きを読む

        2018/10/14 by dreamer

    • 1人が本棚登録しています

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