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KunderaMilan

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著者名:KunderaMilan
KunderaMilan
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生年~没年:1929~

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      存在の耐えられない軽さ
      カテゴリー:その他のスラヴ文学
      4.5
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      • チェコ出身の作家ミラン・クンデラの「存在の耐えられない軽さ」を再読しました。

        腕の立つ外科医トマーシュは、出張先の町でウェイトレスのテレザと知り合います。
        離婚歴があり、女性とはセックス以上の関係を望まなくなっていたのに、思いがけずテレザを愛するようになるトマーシュ。

        だが、トマーシュの浮気癖はやまず、テレザは苦しみます。
        やがて、新聞への投書が反体制的な内容とみなされ、トマーシュは病院でのポストを失い、ついには窓洗いの労働者になってしまうのです。

        その生活に耐えられなくなった二人は田舎に移り住み、集団農場で働くようになります。
        ここにきて、ようやくトマーシュの浮気の虫が治まり、穏やかな暮らしが始まるのですが-------。

        粗筋だけをみてみると、この小説は、メロドラマのように見えますが、物語の中でしばしば顔を出す「私」「われわれ」の意味を考えながら読み進めば、そんな間違った読み方から逃れられるはずです。

        「私」=作者と受け取り、これを19世紀文学的な"作者の介入"と決め打ちして読んでしまったら、この小説の本質の十分の一も楽しめないと思います。

        歴史上しばしば周囲の強国からの支配を受けてきたチェコ人は、作者のミラン・クンデラ自身が深く関わった民主化運動、いわゆる「プラハの春」が制圧された後、当時のソ連共産党の傀儡政権による圧政に苦しんできたんですね。

        自国の運命を自分たちで決めることが出来ず、個人の生活や運命もまた他者によって左右されてきたチェコ人にとって、この小説に現われる「私」と「われわれ」は作者であり、読者であり、検閲者であり、歴史でありと、多くの意味を持っていると思います。

        この作品を恋愛小説として楽しむのは、間違った読み方ではないと思いますが、でも、もう一歩踏み込んだ読み方を、我々読み手の側に問いかける小説でもあるんですね。

        そして、その問いかけに応えれば、最終章の味わいが激変すると思います。
        この小説は、そんな奥深さを備えた作品だと再読してみて、あらためて思いましたね。

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        2018/07/17 by dreamer

    • 他2人がレビュー登録、 14人が本棚登録しています
      不滅
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
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      • ギリシャ・ローマ古典の旅の終焉となるゲーテのことを書き始めたのですが、途中でカフカが登場したり、先日は、ミラン・クンデラの「存在の耐えられない軽さ」を再読すると、なんとゲーテが登場するという「不滅」を読んでみたくなって、楽しい道草に迷い込んでいる今日この頃です。

        物語の語り手(必ずしも作者ではないですが限りになく近い)が紹介するアニュスとポール、そして、時空を超えたゲーテとベッティーナが織りなす愛と不滅の物語です。
        この作品では、男女の愛やエロスのほかに、家族というものにも力点がおかれています。精神性の象徴となるアニュスとその父親、その対立軸となる感性・俗性の象徴となる妹ローラと母。アニュスの亡父に対する思慕、追憶、妹ローラへの複雑な葛藤も見事に描かれています。

        クンデラさんの作品の語り方は普通の手法や感覚ではありません。一見すると、バラバラの短い断章が訥々と語られながら何本もの糸を紡いでいくようです。同一場面のアプローチを微妙に変えながら、読者の短期記憶を何度もリハーサルすることにより中期記憶へと移行させていくのですが、この手法とタイミングが絶妙です。そうやっていくつもの糸を織りなすうちに、見事な絵のような大島紬!(すみません……織物芸術が好きなのでこんな表現になっちゃいます)があらわれるような高揚感が味わえます。多分こういったところを音楽で表現される方もいて、その点でも多彩な作品なのでしょうね♪

        「存在の耐えられない軽さ」に比べると、その独特の手法はさらに進化して、しかも時空を超えて、一見すると脈絡のないゲーテを取り巻く話、そこに同時代のベートーベン、ナポレオン、はたまた時代の異なるヘミングウェイといった歴史上の人物が、違和感なく縦横無尽に動き回りながら、著者の哲学・思弁が織り込まれていきます。ゲーテ「ファウスト」のくだりや「ゲーテとの対話」のエピソードが顔を出すと、なんだかゲーテと久々の邂逅をえたような心もちになります。

        「火星という惑星が苦しみそのものでしかないとしても、火星の石さえも苦痛で呻いているとしても、それでわれわれは心を動かされたりはしないさ、火星はわれわれの世界には属していないからね。世界から離れてしまった人間は、世界の苦痛に無感覚なんだ」

        「人間がただ自分自身の魂と戦うだけでよかった最後の平和な時代、ジョイスとプルーストの時代は過ぎ去りました。カフカ、ハシェク、ムージル、ブロッホの小説においては、怪物は外側から来るのであり、それは<歴史>と呼ばれています。……それは非個人的なもの、統御できないもの、計りしれないもの、理解できないものであり――そして誰もそこから逃れられないのです」(「セルバンテスの貶められた遺産」と題する講演記録)

        ここで言う「最後の平和な時代」というのが、近代に焦点を当てたものなのか、どこを起点にしたものなのか、いまひとつ定かではないのですが、このあたりをみても、クンデラが、いかに小説戦略として現代世界の実存の探求をしているかということがわかります。自ずと、不滅(不死)と愛というテーマはヒントになるのでしょうが、いずれにしても形容しがたい作品です。
        別の作品も読んでみたいと思わせる魅力に溢れていますし、ゲーテ「ファウスト」のテーマ、愛と不滅に呼応して、クンデラ独自の哲学・思弁を織り込んだ、思索に富む現代的な作品に仕上がっていると思います。

        >> 続きを読む

        2016/01/24 by アテナイエ

      • コメント 8件
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      別れのワルツ
      カテゴリー:その他のスラヴ文学
      5.0
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      • あいかわらず一般受けしそうにない本を読んでいる今日この頃です(-_-;)
        ところで、先日、ミラン・クンデラさんの「不滅」を投稿したことをふと思いだし、これだけはレビューしておいたほうがいいかもしれないと思い書いてみました。

        ご存じのとおり、「存在の耐えられない軽さ」と「不滅」は、クンデラの代表作として世界的にも有名です。ちなみに、「不滅」までの長編作品をみると、初作「冗談」、「生は彼方に」、「別れのワルツ」、「笑いと忘却の書」、「存在の耐えらない軽さ」、「不滅」となっていて、その後もいくつかの長編が続いています。

        クンデラ作品はどれをとっても同じパターンの描き方はありません。彼の本のページをめくるとき、私はいつもプレゼントの包みをあけるような高揚感を覚えます。この作品を開いて驚いたのは、いたってオーソドックスな描き方、そして、あらためてクンデラはなんと素晴らしいストーリーテラーであることか。
        テーマは一貫していて(キーワードも他の作品に比べて多くない)、時系列どおりにすすみ、舞台も固定され、時空の混在もなく、大変リーダブルな作品に仕上がっているのに、クンデラ独自の思弁がきれいに織り込まれて思索に富み、しかも軽やかなのです♫

        ***
        不妊症に効くとされる温泉保養地。祖国を捨てて亡命を決意したヤクブは、友人らに永遠の別れを告げるためこの地を訪れます。遠い昔、友人のDrスクレタが処方した自殺のための毒薬を未だに持ち歩くヤクブ。ちょうどそのころ、温泉保養施設で働いていた看護師ルージェナは懐妊し、その事実を高名なトランペット奏者に告げると、彼は甘い言葉を囁きながら中絶を迫るためにこの地を訪れます。ヤクブの持っていた毒薬の行方は? 果たして彼は亡命できるのか? サスペンス的要素も取り込みながら、8人の男女が織りなしていく切ない愛の物語です。

        この作品では、クンデラの他の作品に通奏低音のように流れているピリッとした、ときに胸苦しくなるような歴史の緊張感というものが希薄です(作品が冗漫でふにゃふにゃしているという意味ではありません)。そのため、どこか遠く懐かしい、郷愁を誘う作品に仕上がっています。きっとノスタルジックな心持ちでクンデラは書いているのだろうな~と思える作品です。

        クンデラ作品群を貫く精神性があるとすれば、人はどこからきてどこへ行くのか? 世界化した現代の実存や「生」の模索という宇宙的命題。抒情性を回避して詩作ではない散文でしか表現することのできない芸術美の探求、その結果はほとんど神業です。
        どちらか一方に秀でた作品は数多くあれど、深遠な精神性の発露と芸術性の昇華をともにみる作り手というのは、そうお目にかかれるものではありません。まさに鬼才だと感じます。

        お節介ながら、クンデラ作品に触れてみたいけど、何から読んでいいのかよくわからない…と躊躇している方の一助になれば幸いです。この「別れのワルツ」をお薦めし、もし興味が湧くようであれば、青春作品「冗談」⇒「生は彼方に」。このあたりからクンデラ独特の小説手法の萌芽が見られ、次の「笑いと忘却の書」で、時空を超えたポリフォニー的試作にチャレンジしています(ゲーテやボッカッチョやペトラルカなどを登場させて遊んでいます♪)。それらの手ごたえを経た上で、「存在の耐えられない軽さ」や「不滅」に昇華させています。

        ところで、先日、クンデラが書いた評論本を読んでみると、彼曰く、「別れのワルツ」は、愛着を覚えていて、書いていて楽しく嬉しいもので、他の小説とは違った心理状態で、出来上がりも早かった……(「小説の精神」より)。
        やはり、このような著者の感覚というのは、書物を通して読者にも伝わるものですね。
        興味のある方は、ぜひどうぞ(^^♪
        >> 続きを読む

        2016/03/29 by アテナイエ

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