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J・D・サリンジャー

著者情報
著者名:J・D・サリンジャー
J・D・さりんじゃー
J・D・サリンジャー
生年~没年:1919~

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      ライ麦畑でつかまえて
      カテゴリー:小説、物語
      3.5
      いいね! harujack Minnie
      • これはだな。ホールデン・コールフィールド少年のささやかで無軌道な冒険の告白ってやつだ。
        ホールデンってゼンゼン悪い奴なんかではないのさ。
        ただ奴さん、大嘘つきだし、訳のわかんないことばかりくっちゃべるイカレた男なんで、まあ、友達に是非なりたいってタイプじゃないってことは確かだな。
        驚いたことにあいつはプレップ・スクールを4回もドロップ・アウトしてる。
        でも不良とか、そういうんじゃないんだぜ。
        だって教師たちにはお行儀よく敬語なんかも使っちゃってさ、ケンカは弱いし、女の子にもオクテな方だし、おぼっちゃま丸出しなんだよ。だからなんであいつが落第しなきゃならないのか全然わかんないな。
        低脳なのか?いや、ただ単に勉強が嫌いなんだろうな。作文はうまいんだから。さすが人気作家の兄がいるだけのことはあるな。
        それとも、勉強しないことで自己主張しているつもりなのか?
        ありえるね。
        子どものできる反抗なんてそんなもん位だからさ。
        でも普通、それってせいぜいローティーンがやることだと思うけどな。

        ホールデンのそんなとこ、実はわりと嫌いじゃないのさ。
        要するに価値があるとかないとか、そんなのを他人に決められたくないっていうかね。自分には自分の判断があって、本を読むことだったり、恋愛に心を奪われたり、そういうことが大事だっていいじゃないかって思う訳だ。
        「大人になれよ」
        周りの連中はいうけれど、そんなこと言われると余計意固地になるもんだろう?そんなもんさ。

        例えばスティーブ・ジョブズが偉い人って信じてる人に対して異論はないけどさ、誰だって彼のようになれる訳じゃないし、自分はなりたいとはこれっぽっちも思わないね。
        まあ、そっちは勝手に自己実現してくれよって事なんだ。

        そういう意味では、ホールデン、お前の気持ち、おれはわかるぜ。
        そう言ってやりたい気持ちがちょっとはある。うん。間違いなく、ちょっとはあるね。
        でも遠慮なく言わせてもらうと、あいつはガキすぎるんだ。
        え?ナイーヴ?それが青春だって?
        そう?まあ、そうとも言えるかもな。
        けどさ、ホールデンが若者一般だとか代表者だとか、そんなこと真面目に信じるのはやめといた方がいいぜ。
        ブスな女の子みると憂鬱になるとか貧乏人を見下げた発言したりさ。人の持ち物が安物だろうと、そんなことほっとけよ。だろ?
        大体親が弁護士で荒稼ぎしてようが、それは自分の金じゃないんだしさ。
        そのくせ、金を憎んでいるみたいなところもあって、スノッブっていうんだよ、そういうの。
        あとさ。奴ったら自分がゲイになっちゃうかもしれないって本気で心配してやがんだよ。
        自分じゃ、まともなつもりだけどさ。そもそも過剰反応するってこと自体がさ、そのケがあるってことなんじゃないの?って思っちまう。
        おまけに、ブラコン、シスコンもいいとこなんだぜ。
        ホールデンの尊敬しているのは作家の兄のD.Bだけだし、死んじゃった弟を神格化しているし、愛しているのは10歳の妹のフィービーだけだ。
        両親への愛が歪んで兄弟、妹に偏っているのかな?
        コンプレックスの裏返しかもしれないね。
        家族の中で自分だけが馬鹿者だと思ってる。
        まともな人間なんかどこにもいないっていう事実を思えば、その程度の異常は、べつにどうってことないよな。

        堅物の親が大騒ぎしてホールデンを精神療養だかなんだかの医療施設に送り込んだってことで、退院したらまた新しい学校に送り込まれる予定だ。現代なら確実に引きこもりになるだろうけどね。

        実はこの小説は第2次大戦後という時代を反映した小説なんだけど、今の日本人が読んだらきっと全然そういう読み方はしないだろうね。
        引きこもってる少年少女たちにホールデンってどう思う?って聞いてみたい気がすごくする。
        彼のことわかる?ってね。

        奴は周りのいろんなことにがっかりしてる。そして自分にも自信がない。
        口では嘘ばかりいうけど、自分のことが全然わからないっていうことは正直に認めている。
        本当はここが一番難しいんだけどな。

        「ライ麦畑のつかまえ役になりたい」っての、ホントのところなんだかよくわかんないけど
        子どもの夢の中にずっと住んでいたい。
        子どもとしてじゃなくて、その世界でたった一人の大人として。
        そんな願望を感じる。
        麦畑の心象風景は映画ならものすごい遠景かソフトフォーカスの映像だろう。

        その逃避の裏には徴兵制拒否の強い衝動があるんだってこと。
        日本じゃ日米戦争のあとは『戦後』なんだって?
        アメリカじゃ、戦争はずっと続いてんだぜ。
        ホールデンの場合は朝鮮戦争さ。
        18歳になっちまったらおとなしく兵隊にとられるか、徴兵拒否で終身刑か悪くすりゃ銃殺だ。
        そんで、ホールデンは「戦場に送られるくらいなら、ただちに逮捕されて、すぐに銃殺隊の前に立たされる方がマシなんだ」って言ってるだろ?
        こういうことってなかなか口にだせないだろう?たぶん本音だぜ。

        間違ってるかな?
        でもまあ、おれが言えるのは、そんなところだ。


        以上、野崎訳テイストでレビューしてみました。
        真剣にやったわけではないので、学術的な検証・批判はご勘弁。
        お遊びと思ってご容赦ください。


        再読(それも20代のころから30年ぶりの再読)なので、新鮮さがまったくなくて、逆に消化不良的な部分もあまりなくて、でも悪くない。っていう感想なんです。
        初読の当時、野崎訳の文体がすごく古臭く感じてしまってそこが好きになれなくて、16~17歳の少年の言葉遣いにしちゃなんかおっさんくさいよ。みたいな。
        なんていうか立川談志の口調みたいというか。
        1964年発表の本作
        この当時、流行っていたとは思いませんが、談志さんみたいなのが若い世代にとってのトレンドだったのかしら?

        でも、注意深く読むと、文体が特におかしな言葉遣いなのは冒頭部分からしばらくと、最後の部分に顕著なだけで、
        翻訳者もずっとこの言葉遣いで書き続けるのは無理だったのかな。なんて思いました。(^m^ )
        >> 続きを読む

        2019/06/08 by 月うさぎ

      • コメント 3件
    • 他7人がレビュー登録、 42人が本棚登録しています
      キャッチャー・イン・ザ・ライ
      カテゴリー:小説、物語
      4.1
      いいね! Tukiwami
      • 村上春樹がまたしても新訳本を出した。しかも今回はあの「ライ麦畑でつかまえて」だというから、驚いて単行本を購入してしまったのでした。(当時)本書出版までは野崎訳が「鉄板の名訳」ということになっていましたから。

        ホールデンの言葉遣いに対する違和感がきれいになくなって、ストーリーが読みやすいこと!
        野崎訳は何だったんだ?あれはもはや野崎氏アレンジの日本文学だったんだね。

        「ライ麦畑でつかまえて」のタイトルは確信犯的超訳です
        日本人でこの言葉を聞いた人のほとんどすべての人は
        「ライ麦畑で(私を)つかまえて(ごらん)」だと思うでしょう?
        でも「ライ麦畑の捕手(キャッチャー)」が直訳
        つかまえる側の人であってつかまえてほしい人ではないのです
        野崎より先に「ライ麦畑の捕手」という題名で翻訳出版した小説は全く売れなかった(はず)
        いかに日本人がタイトル(およびキャッチコピー)に弱い人種であるかという好例です。
        (「小さな王子」ではなく「星の王子様」だったからこその大ヒットと同じように)
        その「発明」は野崎の独自のもので、功績であることは間違いないです。
        なので村上春樹は自分の翻訳には野崎の「発明」を採用することをためらい、直訳もダサイので英語のまま発表したのです。
        遠慮と尊重と誤解の万延を断ち切るため。
        私はそれは正しいと思います。
        いまどき、有名作品の本作のタイトルを読み違う人はいないでしょうから。

        主人公の性格を決定する一人称の扱いは村上訳では文句なく「僕」
        野崎訳はおもしろくて、字の文では「僕」、男友達と話すときだけ「おれ」なんですね。
        大人や女の子と話すときも僕です。これはよく考えていると思いました。時によって人称を使い分けるってこと日本人はやっていますよね。

        言葉の端々の扱いも違います。
        野崎訳は原文の一語一句を意味や音として日本語に置換しようと創意工夫を凝らし四苦八苦しています。
        野郎とか必ずしも原文と一致しない言葉も多用して。
        一方村上訳ではテイスト重視だと感じました。
        意味のない英語の単語はあっさり省くなどしているように思います。
        結果、村上訳の方が、よりシンプルに原作の文に近づいているのではないでしょうか?
        先にも述べましたが野崎訳は「日本文学」なんです。筒井筒なんて言葉まで出てくるし。
        いっそ原文を読みたくなる謎な翻訳です。それはそれでありかも。

        さて本作の内容ですが主人公ホールデンは名門校の高校生
        アイビーリーグなんてインチキでまっぴらといいながらも言動は「アメリカの支配階級」に属する中流の上以上のクラスの人間のもの。
        くいっぱぐれは絶対にないし、ドロップアウトしても堕ちるという自覚はないです。
        持ち物は親の金で買った高級ブランド品で、金づかいも荒い。
        ニューヨークのセントラルパークの側のエレベーター係りがいるような高級アパートメントに暮らし、女中が住み込みで家事をしており、両親はパーティーなんかへ年中出かけている。夏休みは避暑地で長い休暇を楽しんだりして。
        そんな暮らしを当然と思っているおぼっちゃま君なので、ワルにも犯罪者にもなれないのです。
        また、きれいな生活と高級ブランド品は彼の好むものなので、捨てる気なんかさらさらないのです。
        スラングも最低な不良言葉ではなく
        「ちょっとだけ下品な言葉」を多用するのがテク。
        好例はcrap  くそ っていう意味なんだそうですが
        同意語のShit(排便・大便)ではなく、こっちを使うんですね。
        ひらがなで「くそ」って書くのと漢字で「糞」って書くのと汚さのイメージが違うじゃない?そういうことなのかしらね~。
        「若者言葉」で書かれた作品で問題図書になったという割には、そんなに大したことはないです。

        勉強をせずに落第と放校を繰り返すホールデン。
        でも学校で問題を起こしトラブルになることはしない。
        親をがっかりさせることはわかっていて心を痛めています。
        しつこく言いますが、ホールデンは不良ではないんです。
        放校から帰宅までの数日間の放浪の体験のうちの3日間を書き綴ったのが本書

        *フィービーに会ってからすぐに家に帰ったのではないです。
        そこから何日かの間に何が彼に起こったのかは語られていません。
        たぶんそこに気づいている人はあまりいなそうだけれど。
        実はその語られない時間の中で彼は壊れたんだと思います

        そこは語らぬまま、数か月病院で療養を受け治癒し、退院後は親のいいなりにまた別の高校へ入学することにとりあえず同意している。という時点で小説は終わっています。
        ホールデンがこの先どういう行動に出るのか、大人になるのか人間が崩壊するのかそんなこと、想像するのも無意味

        日本において本作が「ライ麦畑でつかまえて」というタイトルで出版されたのは1964年。
        本作が執筆され1951年7月16日に出版されてから10年以上も経っています。
        その間にアメリカは別の時代になってしまっていた。
        ベトナム戦争です。
        ベトナム戦争を経験したアメリカはもはや以前の自信満々なアメリカではいられない。ということに国民全員が気づいてしまった時代なのです。
        一部の感受性の高い人間がマイノリティの立場から発信する「反戦」は、大衆受けするイデオロギーになってしまいました。

        なおかつ、日本で本書が爆発的に流行したのは70年代に入ってかららしいです。
        全共闘世代(団塊世代)の大学生が夢中になったんですね。おそらくは反抗のシンボルとしてまつり上げて。
        私が初読時に本作を「いちご白書」とかその時代の本と同一視してしまったのはこんな日本の特殊な時代背景が関係していたんですね~。
        なんて迷惑な話だ…。

        でも本作の舞台は戦争の挫折をしらない、勝利感に満ちたアメリカの、支配層が集中する大都会ニューヨークです。

        ホールデンは時代の代表者でも魂の救済者でも啓蒙者でもありません。
        しかしアメリカの支配階級のうちにいながら、そのイケイケな時代において違和感や反感を「初めて表明」したことに意味と衝撃があった。
        アメリカのバラ色の世界に初めて入ったひび。とでも申せましょう。

        敏感なホールデン少年は、世の中のおかしさに心で気づき、でも理念として理解しておらず、引き裂かれた価値観の中で行き場を失っています。
        その点に関しては、時代を限った事ではなく、今、この現実の世の中がおかしいと思っている人が一人でもいれば
        この小説はリアリティを失わないのです。
        小説が芸術として時代を超えるとはそういうことなんですね。
        でも、それを読み解くためには時代を正しく読み取らないといけないのではないかとも思います。

        真の反戦の実感とは、信念やイデオロギーではないと思います。
        70年代の日本でホールデンの本当の心を読み取れた日本人はいなかったのではないでしょうか。


        「戦争に行かなくちゃならないなんてことになったら、きっと僕は耐えられないだろうと思う。間違いなくだめだね。もし連中が君をただ表にひっぱり出してずどんと撃ち殺しちまうとかそういうことだったら、まだ我慢できるんだ。でも君は軍隊にうんざりするくらい長いあいだ入っていなくちゃならない。それがなにしろ困った点なんだよ。」
        原文ではこの部分は現在形で書かれているそうです。
        ホールデンが「読者に向かって」「今」語っている言葉がこれなのですね。

        彼はまた、徴兵されて戦場に送られるくらいなら、ただちに「銃殺隊の前に立たされる方がマシ」と言っています。

        兵役拒否の意志の軟派な表明
        無垢な子どもだけで構成される平和…それが「ライ麦畑」の象徴するものなのです。

        ホールデンは「今は17歳」
        1年以内に徴兵登録をして、2年以内に21カ月間の兵役につかなければならない立場でした。
        戦場は朝鮮だったことでしょう。
        >> 続きを読む

        2019/06/27 by 月うさぎ

    • 他6人がレビュー登録、 30人が本棚登録しています
      九つの物語
      カテゴリー:小説、物語
      3.0
      いいね!
      • 『九つの物語』あるいは『ナイン・ストーリーズ』 (Nine Stories)
        ライ麦畑でつかまえて』の作者サリンジャーのアメリカ文学を代表する名作短篇集。
        …なのだけれど、訳のわからなさでも天下一品。初めて読む読者はきっとおいて行かれる。
        唐突な結末に面食らい、意味をむなしく探すことだろう。

        それぞれの物語に共通するのは、不安な人間たち。
        漂うのは、神経質な腺病質な緊張感。そして死の影。
        何か恐ろしいことが起こって、物語は突然破滅するのではないかという予感に怯えつつ
        けれど、何もおこらずに終わったりする。
        すごく肩透かしな感じ。

        私はこの短編集を解釈できるレベルにないようだ。

        代表作は、はやはり収録第1作目の『バナナフィッシュに最適の日』だろう。

        「バナナフィッシュ」の寓意は、人々の想像力を刺激する。
        しかし、サリンジャーは何も語らない。
        肝心なことは何も書かれていない。
        書かれていないのに、心の奥にある像が結ばれる。
        バナナフィッシュが、洞窟ではなく、読者の心に住みついてしまったのだ。
        バナナ熱病という恐ろしい病気で、自分の中から出られずに死んでしまうかもしれない。
        それは恐怖そのものだ。

        誰も理解できず、けれど誰もが気付くだろう。
        そんな摩訶不思議なパワーを持った作品。

        「バナナフィッシュに…」の登場人物、シーモアは戦争で精神を病んだ青年だ。

        私は、この作品がベトナム戦争のPTSD(心的外傷後ストレス障害)を描いたものだと思っていたが戦争違いだった。

        これらは第2次大戦の直後の作品である。

        サリンジャーはニューヨーク生まれのアメリカ人だが、ユダヤ人だった。
        アメリカ軍に入隊し、ノルマンディー作戦に関与し、そして精神を病んだのだ。

        しかし、今から読む人は、湾岸戦争やアフガンやイラクとの戦争を思い浮かべるだろう。
        つまり、これは時を越えた作品なのだ。
        戦争というものがある限り…。

        サリンジャーの作品は古びない。


        他の何人も描けない作品を書いたという点で、サリンジャーは記憶に刻まれる作家になった。
        普遍的なことは何一つ書いていないのに、人はそこの普遍性をみるのか。

        サリンジャーは書かない天才だった。


        【目次】
        ・「バナナフィッシュに最適の日」 A Perfect Day for Bananafish (1948)
        ・「コネチカットのよろめき叔父さん」 Uncle Wiggily in Connecticut  (1948)
        ・ 「対エスキモー戦まぢか」 Just Before the War with the Eskimos (1948)
        ・ 「笑い男」 The Laughing Man (1949)
        ・ 「小舟のところで」 Down at the Dinghy (1949)
        ・ 「エズメのために -愛と惨めさをこめて」 For Esme with Love and Squalor  (1950)
        ・ 「愛らしき口もと目はみどり」 Pretty Mouth and Green My Eyes (1951)
        ・ 「ド・ドーミエ=スミスの青の時代」 De Daumier-Smith's Blue Period  (1952)
        ・ 「テディー」 Teddy (1953)

        私は「小舟のところで」「愛らしき口もと目はみどり」が好きです。

        「ド・ドーミエ=スミスの青の時代」には、日本人らしきミスター・ヨシュット(?)が出てきます。
        「テディー」には、東洋思想のほか、日本の詩として芭蕉の俳句が挿入されています。

           やがて死ぬけしきは見えず蝉の声

           この道や行く人なしに秋の暮


        【おまけ】
        『ナイン・ストーリーズ(九つの物語)』は各社から各翻訳者の翻訳が選び放題です。
        たとえば、 A Perfect Day for Bananafish をどうのように訳しているか
        このあたりの好みで選んでみるとよろしいかもしれません。

        こんなにバリエーションがあります。すごいですね。

        「バナナフィッシュにうってつけの日」 野崎孝 新潮文庫
        「バナナ魚日和」 沼澤洽治 講談社文庫
        「バナナ魚にはもってこいの日」 鈴木武樹 角川文庫
        「バナナフィッシュに最適の日」 中川敏 集英社文庫
        「バナナフィッシュ日和」柴田元幸 ヴィレッジブックス
        「バナナ魚には理想的な日」橋本福夫 早川書房

        私はこのタイトルの訳と表紙のバナナのデザインのセンスがよかったので、
        集英社文庫を買いました。(^^)
        >> 続きを読む

        2013/08/15 by 月うさぎ

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【J・D・サリンジャー】(J・D・サリンジャー) | 読書ログ - 読書ファンが集まる読書レビューサイト(著者,作家,作者)

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