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J・D・サリンジャー

著者情報
著者名:J・D・サリンジャー
J・D・さりんじゃー
J・D・サリンジャー
生年~没年:1919~

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このランキングは1日1回更新されます。
      ライ麦畑でつかまえて
      カテゴリー:小説、物語
      3.6
      いいね! harujack Minnie
      • 再読。
        僕にとって本作は聖典とも言えるべき作品である。
        主人公のホールデン・コールフィールドが、最初のスペンサー先生とのシーンで先生の胸板を洗濯板みたいと形容するのを皮切りに、周囲の人間を心の中だけとはいえ無差別に撫で斬りにし狂犬のように噛み付くスタイルは、明らかに僕の人格形成に多大な影響を与えている。
        こんなのはただの厨二病ではないか、みんな思春期には程度の大小はあれこの程度のことは思っていたはず、と批判する人もいるかもしれないが、サリンジャの凄さはこの思春期の子供が陥りがちな思考を正確に言語化したことにあり、その量および質は、やはり他の厨二病小説を全く寄せ付けていないと思われる。
        ストラドレーターやルースといった、いちいち他人に対してマウントを取らないと気が済まない面倒くさいキャラとのやりとりも必読である。
        ホールデン・ヴィタミン・コールフィールドのネーミングは少し滑っていたかもしれない。
        ほとんどの他人に対して手厳しいコールフィールドも妹のフィービーに対してだけは優しく、むずかるフィービーをあやすコールフィールドの関係性は、「フラニーとゾーイー」のそれを彷彿とさせた。
        サリンジャは52歳で当時18歳のジョイス・メイナードと短期間同棲、1990年頃からは約50歳年下の看護婦と結婚生活を送るという、大変うらやましい人生を送っているが、彼女らはサリンジャの未発表小説を自分一人だけ読めるという栄誉にあずかっていたと邪推している。
        全世界で6,000万部以上本作を売り上げたサリンジャにとって、もはや一般人に対して小説を発表する動機はなかったであろうから。
        >> 続きを読む

        2020/07/01 by tygkun

    • 他9人がレビュー登録、 45人が本棚登録しています
      キャッチャー・イン・ザ・ライ
      カテゴリー:小説、物語
      4.3
      いいね! Tukiwami
      • ホールデンの持つ思春期特有の純粋すぎる価値観が、自分の黒歴史を見ているようで、ときどき手で顔を覆いたくなった。
        しかし、恥ずかしさを抱いてしまうということは、あの頃に忌み嫌っていた「大人」になってしまったということであり、読了後には「もう戻ることが出来ない時代」に対する様々な感情が沸き起こった。
        村上春樹の独特な言い回しに賛否両論あるけれど、むしろ春樹節全開の胡散臭い表現だからこそ、ホールデンの不安定な精神がよく表せているのではないかと思う。
        >> 続きを読む

        2019/09/21 by ちまき

    • 他6人がレビュー登録、 32人が本棚登録しています
      大工よ、屋根の梁を高く上げよ
      カテゴリー:小説、物語
      4.3
      いいね!
      • 【デリケートで、感受性が強く、優しすぎたお兄ちゃん】
         本作は、著者の『ナイン・ストーリーズ』や『フラニーとゾーイ』に登場する、グラス家の長兄、シーモアについて、次男のバディが綴った二つの文章を収録したものです。
         本国では何故か『ナイン・ストーリーズ』以外の短篇はサリンジャー本人によって封印されていて出版できないのだそうですが、日本では読めるんですね~。
         それは幸運なことなのでしょう。

         『シーモア序章』の方は、シーモアが自殺した後で、長兄を思い出してバディが綴った文章という形を取っていますが、いささか観念的で読みにくいと感じました。
         シーモアの人となりをうかがわせるシチュエーションが沢山出てくるのですけれど。

         ここでは『大工よ……』の方をご紹介します。
         この作品ではシーモアの結婚式の回想が綴られます。
         シーモアは、1942年(25歳の時になるのかな?)にミュリエルという大変な美人と結婚することになります。
         ところが、両親も含めてグラス家の面々は世界中のあちこちに散らばっており、ニューヨークで開かれる結婚式に参加できそうなのは次兄のバディしかいそうにもありません。
         バディも軍務に就いていて、しかも肋膜炎を患っていましたのでちと辛い状況にはあったのですが、妹のブー・ブーから絶対に「出席しなさいよね」という手紙をもらい、強引に休暇を取得して参列することにしたのです。

         ここで一大事が起きてしまうのですね。
         どうやらシーモアは結婚式をドタキャンしてしまったようで、式場に姿を見せなかったのです。
         花嫁は泣き崩れて会場を去っていきます。
         集まった参列者(花嫁側の関係者ばかりです)は、花嫁の家に向かうべく、用意された車に分乗していきます。

         バディとしては大変居心地の悪い状況になってしまったわけですが、どういう拍子か花嫁の関係者を満載したバスに乗り込んでしまったのです。
         さすがに自分からはシーモアの弟だとは言い出すことができず、適当に話を合わせてはいるのですが、険悪な空気です。
         そりゃそうですよね。

         バディにもどういう事情なのかはよく分からないのですが、どうもシーモアは結婚式の前夜に花嫁を呼び出し、自分はあまりにも幸せ過ぎるので、この幸福感がもう少し収まらないことには結婚式などできそうもない……などというよく分からない理由をこねて結婚式をボイコットしたらしいのです。

         参列者を乗せたバスは途中でパレードの交通規制とぶつかってしまいます。
         いつ動くか分からないバスの中で待たされ続けるのに業を煮やした面々は、近くの冷房が効いたお店で何か飲み物でも飲もうということで三々五々バスを降りていきます。
         何故か同行するバディ。

         ところがお目当てだった店は閉店中で、参列者のイライラは募ります。
         実は、この場所の近くに、シーモアとブー・ブーが使っていた部屋があったことから、バディは近くに休める部屋があり、電話もありますと申し出たのです。
         そこで数名の参列者はバディの案内で部屋に向かうことにしました。

         さて、この作品のタイトルって変わっていますよね。
         これは、バディが案内した部屋の洗面所の鏡に、ブー・ブーが書き残したシーモアの結婚式を祝う言葉の一節なのです。
         バディは、部屋にシーモアの荷物が残されていることに気付き、その荷物の中からこっそりと日記を取り出します。
         洗面所にこもって日記を読むバディ。
         その日記には、シーモアのミリュエルに対する真の思いが綴られていました。

         ミリュエル側の参列者たちは、シーモアは精神分裂症だとか男色家だとか言うわけですが、そんなことではないということが日記から分かります。
         この物語、一応目出度く(?)終わることになります。

         いや、シーモアは結婚後、花嫁と出かけた旅行先で自殺することになっていますので、結婚してもらわないと話が続かないのですけれど。

         『ナイン・ストーリーズ』や『フラニーとゾーイ』で断片的にしか語られていなかったシーモアの一端をうかがい知ることができる作品でした。


        読了時間メーター
        □□□     普通(1~2日あれば読める)
        >> 続きを読む

        2020/04/19 by ef177

    • 他1人がレビュー登録、 9人が本棚登録しています
      九つの物語
      カテゴリー:小説、物語
      3.0
      いいね!
      • 『九つの物語』あるいは『ナイン・ストーリーズ』 (Nine Stories)
        ライ麦畑でつかまえて』の作者サリンジャーのアメリカ文学を代表する名作短篇集。
        …なのだけれど、訳のわからなさでも天下一品。初めて読む読者はきっとおいて行かれる。
        唐突な結末に面食らい、意味をむなしく探すことだろう。

        それぞれの物語に共通するのは、不安な人間たち。
        漂うのは、神経質な腺病質な緊張感。そして死の影。
        何か恐ろしいことが起こって、物語は突然破滅するのではないかという予感に怯えつつ
        けれど、何もおこらずに終わったりする。
        すごく肩透かしな感じ。

        私はこの短編集を解釈できるレベルにないようだ。

        代表作は、はやはり収録第1作目の『バナナフィッシュに最適の日』だろう。

        「バナナフィッシュ」の寓意は、人々の想像力を刺激する。
        しかし、サリンジャーは何も語らない。
        肝心なことは何も書かれていない。
        書かれていないのに、心の奥にある像が結ばれる。
        バナナフィッシュが、洞窟ではなく、読者の心に住みついてしまったのだ。
        バナナ熱病という恐ろしい病気で、自分の中から出られずに死んでしまうかもしれない。
        それは恐怖そのものだ。

        誰も理解できず、けれど誰もが気付くだろう。
        そんな摩訶不思議なパワーを持った作品。

        「バナナフィッシュに…」の登場人物、シーモアは戦争で精神を病んだ青年だ。

        私は、この作品がベトナム戦争のPTSD(心的外傷後ストレス障害)を描いたものだと思っていたが戦争違いだった。

        これらは第2次大戦の直後の作品である。

        サリンジャーはニューヨーク生まれのアメリカ人だが、ユダヤ人だった。
        アメリカ軍に入隊し、ノルマンディー作戦に関与し、そして精神を病んだのだ。

        しかし、今から読む人は、湾岸戦争やアフガンやイラクとの戦争を思い浮かべるだろう。
        つまり、これは時を越えた作品なのだ。
        戦争というものがある限り…。

        サリンジャーの作品は古びない。


        他の何人も描けない作品を書いたという点で、サリンジャーは記憶に刻まれる作家になった。
        普遍的なことは何一つ書いていないのに、人はそこの普遍性をみるのか。

        サリンジャーは書かない天才だった。


        【目次】
        ・「バナナフィッシュに最適の日」 A Perfect Day for Bananafish (1948)
        ・「コネチカットのよろめき叔父さん」 Uncle Wiggily in Connecticut  (1948)
        ・ 「対エスキモー戦まぢか」 Just Before the War with the Eskimos (1948)
        ・ 「笑い男」 The Laughing Man (1949)
        ・ 「小舟のところで」 Down at the Dinghy (1949)
        ・ 「エズメのために -愛と惨めさをこめて」 For Esme with Love and Squalor  (1950)
        ・ 「愛らしき口もと目はみどり」 Pretty Mouth and Green My Eyes (1951)
        ・ 「ド・ドーミエ=スミスの青の時代」 De Daumier-Smith's Blue Period  (1952)
        ・ 「テディー」 Teddy (1953)

        私は「小舟のところで」「愛らしき口もと目はみどり」が好きです。

        「ド・ドーミエ=スミスの青の時代」には、日本人らしきミスター・ヨシュット(?)が出てきます。
        「テディー」には、東洋思想のほか、日本の詩として芭蕉の俳句が挿入されています。

           やがて死ぬけしきは見えず蝉の声

           この道や行く人なしに秋の暮


        【おまけ】
        『ナイン・ストーリーズ(九つの物語)』は各社から各翻訳者の翻訳が選び放題です。
        たとえば、 A Perfect Day for Bananafish をどうのように訳しているか
        このあたりの好みで選んでみるとよろしいかもしれません。

        こんなにバリエーションがあります。すごいですね。

        「バナナフィッシュにうってつけの日」 野崎孝 新潮文庫
        「バナナ魚日和」 沼澤洽治 講談社文庫
        「バナナ魚にはもってこいの日」 鈴木武樹 角川文庫
        「バナナフィッシュに最適の日」 中川敏 集英社文庫
        「バナナフィッシュ日和」柴田元幸 ヴィレッジブックス
        「バナナ魚には理想的な日」橋本福夫 早川書房

        私はこのタイトルの訳と表紙のバナナのデザインのセンスがよかったので、
        集英社文庫を買いました。(^^)
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        2013/08/15 by 月うさぎ

      • コメント 20件
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      フラニーとズーイ
      カテゴリー:小説、物語
      3.7
      いいね!
      • 読書家ならその名を知らぬ者はいないであろう大文豪・サリンジャの中編集である。
        サリンジャは「ライ麦畑でつかまえて」(超絶傑作)と、短編集「ナイン・ストーリーズ」(若干わかりにくい)が有名だが、本作も2作品に勝るとも劣らない傑作である。
        「ライ麦畑」で顕著なサリンジャ作品の自意識過剰ぶりは、後続の作家に多大な影響を及ぼしたが、同じ自意識過剰系の佐藤友哉がサリンジャの信奉者であることは至極当然のことと言えよう(佐藤も「ナイン・ストーリーズ」というまんま同じタイトルの作品を刊行している)。
        短編「フラニー」のフラニーとそのボーイフレンド・レーンとのやりとりで、フラニーの噛みつき具合にはレーンに深く同情した。
        ホールデン・コールフィールドばりの心理的精神攻撃が繰り広げられるのは「ライ麦畑」の狂信的読者としては嬉しい限りだった。
        また「フラニー」でのやりとりは、そのまま中編「ズーイ」にも活かされている。
        フラニーの兄弟ズーイと母ミセス・グラスの会話は、凡百の小説家と異なり、セリフの切れ味や展開が抜群である。
        僕は、小説を読む際に洒落た会話や表現などがあったページの角を折ることにしているが、本作の折った箇所は40くらいあった(間違いなく最多)。
        久しぶりに星5つをつけた作品に出会えたのは嬉しく、サリンジャの才能の別格ぶりをまざまざと見せつけられた感がある。



        >> 続きを読む

        2020/03/09 by tygkun

    • 13人が本棚登録しています

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