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オスカー・ワイルド

著者情報
著者名:オスカー・ワイルド
おすかー・わいるど
オスカー・ワイルド
生年~没年:1854~1900

この著者の本を読んでいる会員ランキング

このランキングは1日1回更新されます。
      幸福な王子 ワイルド童話全集
      カテゴリー:小説、物語
      3.7
      いいね! el-j Tukiwami
      • 9月の課題図書!

        すごく興味があって読みました。(先着で読んでいた本を飛ばして 笑


        幸福な王子 ★5

        最後ハッピーエンドでよかった。ホッ。
        「世間とは」が一つのテーマだった気がして、鳥瞰的に眺めば、いろんな世界やらなんやら。目を犠牲にするシーンは怖かった。自分が網膜剥離の手術を受けた経験があるだけに。多分自分なら無理だ。みすぼらしくなった王様の「世間」の態度が真に「世間」だ!お金がすべてでは当然ないけども、お金に人がより、お金を失うとまた、人々がすっと去って行く世間でもまたあると思ってもいるかな。すべてではないけども・・・・・・

        ナイチンゲールとばらの花 ★5

        学生が「自己本位」と鳥を評し、その「ナイチンゲールとばらの花」を読む読者(私)はその学生を「自己本位」と評す。 (><;)この世はPerfect Circle。めくるめく、分厚い書物も哲学も、学問も無能に感じる時、最先端ITが発達しようとも、不易を感じる内容だった~ 汗

        わがままな大男 ★4

        なんかほのぼのとした絵本的な童話だった気がします。読みながらも、もう一人の世間に揉まれた自分がヤジっていて。大人な自分になるとみょ~に屁理屈になったり、純粋さに欠ける自分を読みながら感じてました><;その屁理屈な自分を単純にPUREにしてくれた気がしました。。。。

        忠実な友達 ★3

        なかなか最後は難しく自分なりの消化不良しました。読んでいて中盤から「小さいハンス」のあまりに無垢な純粋さにイライラもしたし、粉屋は普通に嫌いだったけども。。。友情の定義は今も自分にははっきりとは断言できなく、「友情」と「勇気」もしくは「断る勇気」を持つべきだと私は思ったし、一つの定義っつーのもなかなかボーダーを引きにくいし、それが善悪とか、う~~~~ん難しい。私には子供がいないから親心はわからない。けど、子供いない自分を下げる必要も当然ないけども、なにか卑屈になる自分がいるのもまた事実。それが、この小説では「友達」だったのだろう。教訓かぁ・・・そうかもな・・・ただ、最後自分のこの「忠実な友達」の感想と言うか、締めるなら「自分の信念やらを信じ掴み取る為に、思考、疑問、勇気、そしてその信念を念じそれを手にいれる努力はその人、当事者の責任かな、と思う。人の責任にするには自分をあまりに無責任にしている気がしてくるから・・・・(レヴュ書いていたら★5でもいいかなと思える重さもかんじてきたかな 汗)

        すばらしいロケット ★3

        ロケットの自分の話ばかりする、そんな人、私も周りにもいます。仕事だったり割りけれるけども。なかなか会話も難しいものでもあるな~と。ある程度、5:5、7:3、ぐらいとかかな。9:1になるともう一方通行会話になるしな。。。人の意見を聞けば参考にもなるし。しかし、意見にしても、言い方を誤るとスムーズに流れないトークにもなるし。自信過剰な人、無口な人、難しい人、いろいろ世間はホントいろんな人がいるなと思う。自分も含め 笑
        そんな世間を想い読んでいました。自分もある意味ロケットのように、自分の見える世界で世間を見ているのだろう。この小説読んで少しは客観的になろう。。。と思う事は良い事だとは思って・・・自分の仕事にプライドを持つ事は大事だけど、自信過剰となると訳が変わってくるから「奇体」と「稀代」と物語にも出てくるけど、読み方と理解を誤ると・・・

        若い王 ★4

        なんか読んでいたらシェイクスピアの「リア王」が頭をよぎった。なんつーか人それぞれの立場や仕事、もっと大げさ?に言えばその人の宿命?という気もする。アマゾンのベゾス氏が今の仕事放棄したら世界が混乱するだろう。。。ボクシングではボクサーがいてレフリーがいてそれを採点するジャッジ、そしてその試合を楽しむ観客(ヤジも含め)そして試合すらしらない無関心な人々。永遠に答えの出ない話(テーマ)だったけども、こうして他者の気持ちを考える勉強として私はとらえました。

        王女の誕生日 ★5

        最初どんな話になるのだろうと警戒?して読み進め、なんか王女の誕生日を祝う周りの植物や動物、昆虫たちが、世の中の世間とみました。みんな自分のいいたい事をおもしろおかしく、ある意味「無責任」に言いたい放題。それが世間かなとも。花も気品あり綺麗だけど、侏儒症について言っている事はとても下品で品がないただの悪口だと思うし。で独り善がりで自分が正しと・・・そして世間とのギャップを目の当たりにする現実・・・ほんと色んな人がいる世間そのものだと読んでいて思った。そこにはもう善悪を通り越した何かがあるのかな。宇宙空間にあるダークマターか暗黒物質のように、そこにあるけど掴めない、みたいなもどかしさ?かな。そんな自分も書いていてある意味、独り善がりなのか?ただそんな自分もやっぱ自分でそれを自分で認めてあげる事も大事かな!

        漁師とその魂 ★5

        最初は幻想的世界にどこか澁澤龍彦さんの幻想的な小説を想い浮かべ、何が言いたいのか?と、アンテナを巡らせ読み進め、なんつーか、「失敗」「リセット」や「選択」「後悔」などのキーワードから、自分の人生の前半に経験した、「仕事の転職の想い」かな。青い鳥を他社に見え、他社に行って過去が懐かしく。。。魂の誘惑などは、自分は当然経験ないけど、麻薬なども想像したし、中毒性な酒やたばこなど、魂の誘惑が現代のおける人生の誘惑とリンクし。織田信長の「是非に及ばず」じゃないけども、自分に来るある決断に対し、腹くくる、という精神は自分はもっていたいと思っているんですが。魂が離れなくなるシーンには多分、そんな自分にも、常に見え隠れする「後悔」的な部分。その魂(←小説に出る)にように一生自分のそばにいるだろうし。自分はその魂を背負い生きればと。「是非に及ばず」。人間の「欲」がいい意味でも悪い意味においても一つの「テーマ」柱だった気がしました。

        星の子 ★5

        謙虚さの大事さを童話的に描かれていて、普通な流れだなと読み進め、最後、王子になったときは、生意気な態度で生きればそれが顔に現れるし、頑張って生きている人は、引き締まった顔立ちになるし、優しさを考えていれば、その人は笑顔な顔になるよな~なんて思って読み進め、しかし、最後王子になったら、急に周りの人々の態度が180度変わる事に、どこか違和感があり、「まっ自分は大人だから素直にストーリーを理解せず、世間ってすぐ権力や地位、お金で手のひら返すもんだからな~」なんて卑屈な精神になる自分はそれこそ悪い顔なのかな・・・苦笑、と思いながら読み進め、最後の長くは続かない幸せな世界。そこがワイルドの落としどころだったか!と最後のエンディングで驚いたけど、大人な童話をしてはとても皮肉だが面白かったかな・・・なんかリアルで。



        いや~以上でレビュ終わりです。
        最後まで読んで下さりありがとうございます!

        芸術の秋。
        なんかいつも、春でも夏でも、、、「人生とは・・・」

        なんて立ち止まってばかりのワタシですが、なんか秋なだけに、すごく興味そそられた本で、実際読んでとてもよかったですね!
        読むのもそれなりに体力、努力、時間を費やす訳で、必ずこの読書感想や想いは、今後の人生に役立つと思っています!

        ちなみに今回の作品で一番印象に残ったのは、いろいろあるけども、一つ挙げるなら・・・・

        ★漁師とその魂かな^^
        >> 続きを読む

        2018/10/18 by ジュディス

    • 他6人がレビュー登録、 17人が本棚登録しています
      ドリアン・グレイの肖像
      カテゴリー:小説、物語
      4.7
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      • 【まだ読んだことが無いという若い君のために】
         今さらながらのドリアン・グレイです
         オスカー・ワイルドの耽美性が非常に色濃く出ている作品だと思います。
         ワイルドは、童話も含めて大好きなのです。

         さて、あまりにも有名な作品なので、今さら粗筋も無いのですが、今、ここを読んで下さっている若い読者さんもいらっしゃるかもしれません。
         たまさか、何かの拍子で、このレビューにぶち当たってしまったという、まだ、ドリアン・グレイを読んでいないという若い読者さん。
         君のために、簡単な粗筋を書きましょう。
         そうして、君は、このレビューを読んだ後、必ず作品をちゃんと読まなければならないよ。

         ドリアン・グレイという若く、絶世の美貌を持つ青年がいました。
         彼はとても純粋で、世の中の悪など何も知りませんでした。
         彼に目をつけたのは、画家のバジル。
         ドリアンの若く美しく、瑞々しい姿を余すところ無く肖像画に捉えました。
         それは素晴らしく美しい青年を描いた傑作と言っても良い絵画だったのでしょう。

         ドリアンに近づいたもう一人の男性は、ヘンリー・ウォットン卿。
         彼は、既に成熟しており、世の中の酸いも甘いも十分に経験している男性でした。
         美徳も、悪徳も。
         ドリアンは、ウォットン卿から多大な影響を受けるようになります。
         純粋さが、汚されていく?

         さて、それはそう簡単に言えることなのでしょうか?
         ドリアンは恋をします。
         そのお相手は、場末のシェークスピア劇場に出ていた、可憐なシビルという少女でした。
         ドリアンは彼女の舞台を大変高く評価し、彼女と結婚の約束も交わします。
         そうして、晴れ晴れとした気持ちでバジルとウォットン卿を場末の劇場に案内します。
         「さあ、見て下さい。私が選んだ本当に素敵な女性なのです」と紹介して。

         シビルはというと、美貌のドリアンと婚約することができてすっかり舞い上がってしまいました。
         彼女は、本当に幸せの絶頂にいたのでしょうね。
         それを誰が責めることができますか?
         そんな幸せに浸りきったシビルの舞台は……とてもひどいものでした。
         今までは、本当に惨めな小屋で、それでも精一杯自分を輝かせようとしてきた演技、それこそがドリアンの胸を打ったのですが、今は、もうすっかり幸せに浸りきっていました。
         そんな今の彼女には、前の様な舞台を演じることはとてもできなかったのです。

         バジルも、ウォットン卿も、「これはひどい」と内心思いました。
         もちろん、ドリアンもそう思いました。
         ここがドリアンの短慮です。
         若い君たち、分かるかな?
         ドリアンはどうしたと思う?

         何と、シビルの楽屋に行き、婚約破棄を言い渡したんだ。
         僕に恥をかかせたと言ってね。
         若い女性の読者もいるかな?
         もし、君がそう言われたならどう思う?
         
         その後、シビルは自殺してしまうんです。

         さて、その後のドリアンは、どんどんウォットン卿の感化を受け、世の中の汚いこと、醜いことを経験していきます。
         彼は、絶世の美男子だからね。
         どんな女性でも思いのまま。お金だって自由になる。

         若い男性の読者諸君、それはうらやましいと思うかい?
         そりゃそうだ! というのは正直な感想かもしれないね。

         その時、一つの変化が現れたんだ。
         バジルが描いた、若く美しいドリアンの肖像画は、ドリアン自身が所有することになったのだけれど、ある時、ドリアンはその自分の美しい肖像画を見たんだね。
         そうしたらどうだろう、彼の美しい口元に、何だかいやらしい線が一本見えるようには思えないか?
         実物のドリアンは、もちろんそんないやらしい口元の線などないよ。
         いつまでも若く美しいドリアンのままなんだ。

         それはラッキーじゃないか!
         って、君は思うかな?
         そう、ラッキーかもね。
         だって、その後何年たっても、実物のドリアンは若く美しい美貌を保ったままなのだから。
         だからいつまで経っても、女性にもてまくるし、何の不自由もない。

         だけど、肖像画はどうだろう?
         その肖像画は、どんどん年老いて、醜くなっていくんだ。
         実物のドリアンの嫌らしいところを、全部肖像画が引き受けてくれているということだね。

         若い女性の方、そんなドリアンを、君は愛することができる?
         若い男性の方、君は、そんなドリアンのように年老いていきたい? いや、君自身はいつまでも若いままだよ。
         その方が良いかな?

         さて、私が紹介するのはここまで。
         君たちは、自分でこの物語を読まなければならない。
         そうしなければ、この物語の本当を味わったことにならないから。

         そうして、読み終えたら、もう一度考えてみて欲しい。
         君は、ドリアンになりたいか? 君はドリアンを愛したいか?
        >> 続きを読む

        2019/03/22 by ef177

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      サロメ
      カテゴリー:戯曲
      4.5
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      • まさかの旧仮名づかい!ちょっととっつきにくさを感じますが、
        ビアズリーの挿絵がたっぷり入っていてデカダンムード120%
        しかし、私は最近知りました。
        オスカー・ワイルドがビアズリーの絵も人も大嫌いだったということを。
        それを知って納得したのですが、ビアズリーの絵は、「ワイルドのサロメ」には合っていません。
        このサロメは、若く儚く透き通った月のように清らな乙女なのです。
        一方、男心を惑わす妖しい魅力を備えていることを自覚もしている。
        サロメが初めて恋に落ちるその瞬間、その相手とは……。
        月の光を浴びてはいけない。月は人の心を狂わせるから。
        摩訶不思議な月の光に溢れた宵に、倒錯した愛と狂気に満ちた美の世界が展開します。

        「なんて痩せているのだろう!ほっそりとした象牙の人形みたい」
        「その肌の白いこと、一度も刈られたことのない野に咲き誇る百合のよう、山に降り降りた雪のよう」
        「お前の髪は葡萄の房、エドムの国のエドムの園に実った黒葡萄の房」
        「お前の唇は象牙の塔に施した緋色の縞。象牙の刃を入れた柘榴の実」
        サロメが観た男は決して女の愛を受け入れてはくれぬ預言者ヨカナーンでした。

        ええとですね。実際のヨカナーンはラクダの毛の衣を身に纏い荒野をさすらう放浪者です。
        外見はほぼホームレスですね。しかし月の魔力か恋の力か、サロメの目にはこの通りの美青年に映るのです。

        Suffer me to kiss thy mouth. 
        憑かれたようにヨカナーンを求めるサロメ。冷たく拒むヨカナーン。
        彼を手に入れるためなら何でもする。そしてサロメが望んだものは…。

        さて。ここでいつもの翻訳読み比べタイム!
        How beautiful is the Princess Salomé to-night!
        「いかにも美しい、今宵の王女サロメは!」(福田訳)
        「こよいはなんとお美しいことだ、サロメ王女は!」(西村訳)

        Thou speaketh truly. God is terrible; He breaketh the strong and the weak as a man brays corn in a mortar. But this man hath never seen God. No man hath seen God since the prophet Elias.

        「全くそのとほりだ。神は恐しい。弱いも強いも一緒くた、碾臼の中の穀物同然、みんな打ちのめされてしまふのだ。
        だが、あの男が神を見たわけがない。神を見た者は預言者エリア以來ひとりもゐないのだ。」
        (福田訳)

        「いわれるとおりだ。神さまは恐ろしい。強い者も弱い者も打ち砕かれる、人間が小麦を臼でつき砕くように。
        だが、あの男は神さまなどついぞ見たことはないのだ。預言者エリアこのかた、神さまを見た者はひとりとしておらぬわ」(西村訳)

        Ah! I have kissed thy mouth, Jokanaan, I have kissed thy mouth. There was a bitter taste on thy lips. Was it the taste of blood?... But perchance it is the taste of love.... They say that love hath a bitter taste.... But what of that? what of that?

        「あゝ!あたしはたうとうお前の口に口づけしたよ、ヨカナーン、お前の口に口づけしたよ。
        お前の唇はにがい味がする。血の味なのかい、これは?……いゝえ、さうではなうて、たぶんそれは恋の味なのだよ。恋はにがい味がするとか……でも、それがどうしたのだい? どうしたといふのだい?」
        (福田訳) 

        「ああ!おまえの口にくちづけしたよ、ヨカナーン、おまえの口にくちづけしたよ。
        おまえの唇は苦い味がした。あれは血の味だったのか?……いいえ、ことによると恋の味かもしれぬ……恋は苦い味がするとか……でも、それがなんだというの?それがなんだというの?」
        (西村訳)

        新潮版は、語順も言葉もほぼ直訳です。

        Kill that woman!  「殺せ、あの女を!」(福田訳) 「あの女を殺せい!」(西村訳) 


        仮名遣いに関しては読んでいるうちに慣れますから問題ないです。
        岩波版は文中に訳注が入らないので、新潮版よりも読み易いくらいでした。
        古文調に翻訳するのもワイルドの意図に沿っていると思います。
        ワイルドの原文では hath = has thy=yourという具合に古語を使用しています。この作品は下手に現代口語にしてはいけないのです。

        私ならサロメのセリフに「あたし…だよ」とか「お前」は使いません。
        少なくとも thyは「そなた」でしょう。

        もう一つ不満。新約聖書に馴染んでいる日本人ならば、王の名は「ヘロデ王」であるはずです。
        それをフランス語読みのつもりなのか「エロド」と呼び変えているのがわざとらしくて厭。

        古典的で文語的だからといって、福田訳を「作品のもつ耽美性、毒々しさ、残忍さ、悲喜劇性が際立つ名訳」と決めつけるのはどうでしょう?
        翻訳家の権威に目がくらんでいる人も多いのでは?

        言葉のリズムに限れば西村訳のほうが優れている気がするのですが。

        また、毒々しさというのは「ビアズリーのサロメ観」であって、オスカー・ワイルドの戯曲の世界観とは別物だと、今の私は確信しています。
        岩波版の「サロメ」は、絵本のように大量の挿絵が入っているため、どうしてもビアズリーの個性である毒気に引きずられます。
        読者の印象がビアズリー解釈の「サロメ」になってしまうことでしょう。
        でも、まあ、これはこれ。ということで。

        先達のありがたいお仕事を参考に、脚本家気分で自分で翻訳してみるのが一番いいのでしょうね。

        P.S.
        もう1冊光文社の新訳が出ているので、いずれそれも読んでみたいと思います。
        宮本亜門演出で国立劇場で舞台化した「サロメ」は、平野啓一郎の新訳を脚本化したそうです。
        >> 続きを読む

        2015/11/21 by 月うさぎ

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      ドリアン・グレイの肖像
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
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      • 〈あらすじ〉
        美しい青年ドリアンに魅了された画家バジル・ホールワードは彼の肖像画を描く。ある日、ドリアンの肖像画を描いているバジルの元へ友人ヘンリー・ウォットンが訪ねてくる。ドリアンは快楽主義者のヘンリーの影響を受けて堕落してゆく。
         
        そして、ドリアン・グレイの肖像が完成し、それを鑑賞することでドリアンは自分の美しさを自覚することになる。老いにより己の美貌が失われてゆくことに恐怖したドリアンは自分は美貌と若さを保ったまま、代わりに肖像画のほうが老いてゆけばいいのにと口に出して願う。その願いは現実のものとなり、老いも罪も引き受けて、その絵は醜く変貌していくのだった……



        僕は老いについてそれほど頻繁に考えたことはない。ただ、腰がまがり手押し車を押す老人を見るとたまに考えてしまう。彼らは今まで当然持ちあわせていたものを、時間という波に不当に奪われてどんな気持ちなのだろうかと。そんな時僕は絶対奪われたくない、しかし時間の不可逆性に抗うことは不可能であると絶望する。僕のような小市民ですら老いについて考えれば恐怖を覚えるのだ。優れた美貌を持ちそれを賛美されたドリアン・グレイが老いに対して感じた恐怖はいかほどのものだったのだろうか。

        物語が進むとドリアンはシビル・ヴェインという女優に魅了され交際することとなる。しかし、シビルが女優として優れていたのは、舞台の上に本物のロマンスを見出していたからであり、ドリアンとの間にロマンスが生まれてしまった以上、彼女の演技力は失われてしまう。そんな彼女に愛想を尽かし、散々罵ったあとにドリアンは彼女の元を去る。

        シビルに罵言を浴びせてしまったことを反省し、義務感からシビルと結婚しようとするドリアン。そしてラスト付近で再び改心しようとするドリアン。これは彼が持ち合わせる、あるいは捨てきれなかった道徳心によるものだろう。おそらく多くの人間が持っているであろう義務感から生じる、低俗であるが故に実用的な道徳心だ。

        ところで、僕がこの本を手にとったきっかけは「(500)日のサマー」という恋愛映画でヒロインのサマーがこの本を読んでいたという話がでてきたからだ。若く美しい真実の愛を信じないサマー。彼女はあの時どんな気持ちでこの本を読んでいたのか。そんなことを考えながら映画を観直すのも面白いかもしれない。

        僕はヴィクトリア朝時代の思想がどういったものであるかわからない。だから、ヘンリーが批判していたものがなんなのかが分からなかった。しかし既存の「道徳」を批判する姿には惹かれるものがあった。僕は正義という言葉があまり好きではないからだ。というのもその言葉はある種免罪符的な意味を持っていて、時に人殺しすら正当化される言葉であるから。身近なところではネット上でもそういう現象は散見される。正義だとか善だとか道徳だとか表現はその時々で変わるが、こういったものを盾に他人を攻撃する現象は枚挙に暇がない。僕は他人を攻撃することそのものにではなく、それを正当化する行為を欺瞞であると感じる。

        同性愛者として有名なワイルドだが、彼は今よりも同性愛に理解のなかった時代、それどころか同性愛が「罪」として定義され犯罪者扱いされた時代に彼がどれほど苦しめられたかは想像を絶するものだ。あとがきによるとそういった時代であるため小説でも同性愛のシーンを明確に描くことはできなかったようだ。なるほど、だからドリアンとバジルとヘンリーの関係はそういった匂いを漂わせながらも、どこか掴みどころのないものだなと納得した。



        好きな文章

        「周りの者たちと違うところなどないほうがいい。醜い者や愚かな者がこの世でもっとも幸せなのだ。彼らはゆっくりと腰を落ち着け、舞台を眺めていればいい。勝利の味を知ることはないが、敗北の苦しみも知らずにすむ。彼らは我々みなが臨むように、穏やかに無頓着に、平静を乱されることなく生きていく(後略)」p15

        「自然体でいるのも一つのポーズだ。しかも知る限りではもっとも苛立たしいポーズだね」p17

        「良心と臆病は同じものさ、バジル。良心の方を看板にしているだけだ。それだけのことさ」p21

        「いいことをするというのは、自分自身と調和することだ。(中略)不調和でいることは他人との調和を強いられる。自分自身の人生――それが重要なんだ。(中略)現代の道徳はその時代の基準を受け入れることで成り立っている。文化的な人間にとって、その時代の基準を受け入れることは、はなはだしい不道徳の一手段だと思う」p155

        (ドリアンの年老いてしわだらけになったら、どうなってしまうのか?という質問に対して)
        「そうしたら君は勝利のために戦わねばならなくなる。今は君の手に黙って運ばれてくるもののためにね(後略)」p203

        「感覚を偏重することはしばしば、そして十分な理由をもって、非難される(中略)感覚は、その本質がいまだ理解されたことがなく、未開で動物的だ。それは世の人々が感覚を、美を求める繊細な本能を主軸にする新しい精神主義の一部にしようとせず、それどころか感覚そのものを飢えさせて服従させようとしたり、苦痛によって死に追い込もうとしているからだ」p249
        >> 続きを読む

        2016/06/14 by けやきー

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      サロメ
      カテゴリー:戯曲
      3.5
      いいね!
      • 怪しくも美しく儚くも残虐な、オスカー・ワイルドの戯曲「サロメ」の新訳版(平野啓一郎訳)です。
        宮本亜門が舞台化のために「サロメ」の新訳を平野氏に依頼したのがきっかけだったようです。
        亜門さんと平野さんのサロメ像は私が考える「ワイルドのサロメ」と同じらしいので楽しみでした。

        「ワイルドのサロメ」は本当は、若く儚く透き通った月のように清らな乙女であると同時に無垢な誘惑者なのです。
        ビアズリーの絵に象徴されるデカダンチックで罪の象徴のような、妖艶なサロメではなく。

        「サロメ」のレビューは3本目なので、新潮と岩波と翻訳比べしてみますね。

        How beautiful is the Princess Salomé to-night!
        「今夜のサロメ姫は、また、なんという美しさだろう!」(平野訳)
        「いかにも美しい、今宵の王女サロメは!」(福田訳)
        「こよいはなんとお美しいことだ、サロメ王女は!」(西村訳)

        THE PAGE OF HERODIAS
        Look at the moon! How strange the moon seems! She is like a woman rising from a tomb. She is like a dead woman. You would fancy she was looking for dead things.
        THE YOUNG SYRIAN
        She has a strange look. She is like a little princess who wears a yellow veil, and whose feet are of silver. She is like a princess who has little white doves for feet. You would fancy she was dancing.

        へロディアの近習
          ねえ、月を見て。月がなんだか、すごく異様なんだよ。まるで墓から出てきた女みたいで。死んだ女みたい。死者たちを探しているかのような。
        若いシリア人
          確かに異様だなァ。黄色いヴェールを纏った、銀の足の小さなお姫さま、そんな風情だね。白い小鳩みたいな足のお姫さま。……まるで踊ってるみたいだ。
        (光文社版/平野訳)

        エロディアスの侍童
          みろ、あの月を。不思議な月だな。どう見ても、墓から脱け出して来た女のやう。 まるで死んだ女そつくり。どう見ても、屍をあさり歩く女のよう。
        若きシリア人
          まつたく不思議だな。小さな王女さながら、黄色いヴェイルに、銀の足。まさに王女さながらの、その足が小さな白い鳩のやう……どう見ても、踊つてゐるとしか思はれぬ。
        (岩波版/福田訳)

        ヘロデヤの小姓
          お月さまをごらんなさいまし!なんとふしぎなお月さまですこと!お墓から抜けだしてきた女みたい。死んだ女みたい。まるで屍をあさり歩く女みたい。
        若いシリア人
          変な様子をしてるな。黄色いヴェールに、銀の足をしたかわゆい王女のようだ。鳩みたいなかわいらしい白い足をした王女のようだ。踊りを踊っているとしか思われぬ。
        (新潮版/西村訳)


        Ah! I have kissed thy mouth, Jokanaan, I have kissed thy mouth. There was a bitter taste on thy lips. Was it the taste of blood?... But perchance it is the taste of love.... They say that love hath a bitter taste.... But what of that? what of that?

        「ああ!わたし、お前の口唇にキスしたよ、ヨカナーン。お前の口唇にキスした。
        苦いのね、お前の口唇って。血の味なの?……ううん、ひょっとすると、恋の味なのかも。恋って苦い味がするって、よく言うから。
        ……でもそれが何なの?何でもないことよね?」(平野訳)

        「あゝ!あたしはたうとうお前の口に口づけしたよ、ヨカナーン、お前の口に口づけしたよ。
        お前の唇はにがい味がする。血の味なのかい、これは?……いゝえ、さうではなうて、たぶんそれは恋の味なのだよ。恋はにがい味がするとか……でも、それがどうしたのだい? どうしたといふのだい?」
        (福田訳) 

        「ああ!おまえの口にくちづけしたよ、ヨカナーン、おまえの口にくちづけしたよ。
        おまえの唇は苦い味がした。あれは血の味だったのか?……いいえ、ことによると恋の味かもしれぬ……恋は苦い味がするとか……でも、それがなんだというの?それがなんだというの?」
        (西村訳)

        語順、言葉の選び方、サロメのキャラクター設定。全部違いますね。
        岩波は特に古典的で修飾の多い文章で翻訳されています。


        平野は「サロメ」を幼さの残る少女としてイメージされていることが過去の翻訳と最も違う点です。
        見るもの誰もが恋焦がれるような美少女・サロメです。
        畏れも知らず恋も肉欲もしらなかった乙女が、ヨカナーンと出会ったことで、恋情と情欲が一気に身の内に溢れだしてしまう。
        それが何なのかわからぬままに、欲望にとりつかれ月の魔力に支配され、サロメはヨカナーンを手に入れることだけに命を賭けてしまいます。

        ところどころ、とても素晴らしい訳があって、翻訳者の努力に唸らされます。
        が。逆にいただけない訳もあります。
        結局、3者の翻訳のいいところどりをして楽しむのが最もお勧め。という結論にならざるを得ませんでした。

        平野訳のどこが悪いのか?
        それは幼いウブなサロメを強調したいあまり、まるで子供のような言葉遣い。
        王女としての品格、上位者として育った高慢さ、他者を圧倒する生まれもっての女王らしい強さがないことです。

        「わたし、あそこには戻らないから」
        「その預言者、……おじいちゃん?」
        「わたし、踊らない」
        「ヨカナーンの首をちょうだい」

        うう~ん。清らかというよりはちょっと幼稚すぎるような…。
        私の「サロメ」ちゃんは月光の輝きのごとき凛とした美少女なんだけどなあ。
        サロメのキャラを作らなかったという割に、現代っ子的すぎると思うんですが、みなさんはどうお感じでしょう?


        平野氏は、意識的に古典的な「飾り」を外して、声にだして日本人がしゃべることを意識した翻訳にしたといいます。

        しかしそもそも原文において hath = has thy=yourなど古語を使用しており、古典的なムードが漂っています。文学的には「サロメ」に関しては、古文調に翻訳するのがワイルドの意図に沿っているのです。
        このあたりは評価が分かれるでしょう。

        預言者ヨカナーンは、預言を語るときと自分の言葉を語るときと意識的に変えているようです。
        これは上手いと思います。
        他の翻訳と比べると人間的な感じがします。
        ヘロデもヘロディアもオペラに見られる定型的な人物設定を避けた結果だそうですが、あまり異常ではない…というか俗人っぽい。

        これによって、異常なストーリーはドラマとして受け入れやすくなっています。
        一方、作品世界の美しさ残酷さ異様さはかなり減少してしまっています。

        いずれにしろ、こういう解釈部分は演劇を上演する際に、演出家、役者が与えればいいものなのですよね。
        戯曲とは物語のエッセンスをいかに効果的に構築し、見せられるかが大事なので、
        読む側が語られる声、展開する舞台の上の光景、役者の衣装や表情などを自由に想像できる方がいい。

        亜門さんも「隙間のある翻訳」がいいと言っています。

        また、音声として出てきた時の響きの美しさと文章のリズムが大事です。
        古典的な言葉の美しさに酔うか、分かりやすさに徹するか。難しい選択です。

        物語を堪能したい方には平野訳が一番よい翻訳かもしれません。
        演劇を演出しやすい実用的な翻訳。
        しかし古典的なムードを含めて文学を楽しみたい方には向きません。

        結局はここに戻ってきてしまうのですが、自分で翻訳してみるのが一番いいのでしょうね。

        「サロメ」は70ページ程度の一幕ものの短い劇です。
        なので1冊の本にするために、詳しい注釈、翻訳者のあとがき、作品とワイルドについての田中氏の解説、宮本亜門さんのコメントと、本編以外のボリュームのほうがずっと多いのです。
        作家や作品や時代背景を知るにはなかなかよい資料となります。
        特にワイルドへの既存の先入観をお持ちの方にはお勧めです。
        でも私はもっと作品を読みたいな。って思うのですが。

        【亜門さんの演劇】
        サロメは誰? なんと、多部未華子! なるほど彼女、目力あるものね~。わかる気がします。
        でも「踊り」の場面に見せ場がある演劇なので、踊れる女優さんのほうがいいと私は思います。
        蒼井優あたりはどうかな。声は鍛えないといけないかもしれないけれど。
        http://www.nntt.jac.go.jp/play/salome/staff/index.html
        舞台、観たかったです。
        >> 続きを読む

        2015/12/26 by 月うさぎ

      • コメント 2件
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      幸せな王子
      カテゴリー:小説、物語
      3.5
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      • 清川さんの作品の素晴らしさ。
        それが、ワイルドの作品と合い間って、想像が拡がる。
        せとは何だろう?
        そんなことを考えた。
        モノではなく、感謝されること、存在意義を実感できること・・・そんなことなんだろう。

        そんな気持ちを、みんなが持てれば、この国・この世界も随分と変わるんだろうな。
        まずは、自分から。
        >> 続きを読む

        2014/07/02 by けんとまん

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