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長谷川博一

著者情報
著者名:長谷川博一
はせがわひろかず
ハセガワヒロカズ
生年~没年:1959~

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このランキングは1日1回更新されます。
      殺人者はいかに誕生したか 「十大凶悪事件」を獄中対話で読み解く
      カテゴリー:社会病理
      4.5
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      • テレビのニュースや新聞で目にする凶悪犯罪者は残酷で気狂いで到底理解できない人だと思っていた。ところがこの本を読み、子どもの頃に父親の暴力や母親から愛情を注がれないなど家庭環境が悪かったり、身体障害が故に心無い言葉やいじめを受けたりと心に傷を負う「被害者」である彼らをみた。母親に「生まれてこなければよかった」と言われた思いは考えただけで涙が出そう。だからといって殺人は許されない。どうすれば彼らを、彼らのような人を「加害者」になる前に救えるんやろう。 >> 続きを読む

        2016/11/26 by shiho

      • コメント 2件
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      あなたはダメな子じゃない 「わたしの子育て、失敗かも…」というお母さんのためのマニュアル
      カテゴリー:教育学、教育思想
      4.0
      いいね!
      • 図書館にて。

        この作者に興味が湧いたため。

        2015/10/08 by nananann55

    • 1人が本棚登録しています
      子どもたちの「かすれた声」 スクールカウンセラーが読み解く「キレる」深層心理
      5.0
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      • 「やさしい虐待」の長谷川博一先生の著書。平成十年のナイフ事件(学校で少年がキレて、教師を殺傷してしまった事件)を取り上げ、「キレ」の構造を明らかにしていきます。

         本書を読んで知ったことですが、「キレる」と呼ばれる現象は、解離という心理学用語で説明できるようで、「キレ」にも急性のものと、長期のものとの二種類があるということです。一般的には急性のものは世間的にも「キレ」として認識されやすいものですが、長期にわたるものは「キレ」として認識されません。少年がナイフを購入して学校へ持ってきたりといった「計画的な」行動をしていることから、「キレ」と認識されなかったが、それは違うと筆者は言います。長期の「キレ」(解離)は無意識と意識の分離があいまいで、ある程度コントロールしたり、覚えていたりすることもできるそうです。また、男子は外への攻撃行動に出やすいけれど、女子は内への攻撃に出やすく、それはリストカットや、拒食・過食などとして現れます。

         これら、解離現象は、自罰行為であると筆書は分析しています。「自分はダメな子である、だからダメなことをする」という行動パターンが幼い頃にインプットされ、行動の原則として作用し続け、知らず知らずのうちに他者から罰を受けるような行動をしたり、自ら自罰行為をしたりする(そしてそれを見とがめられることでさらに罰が強化される)。

         筆者はさらに解離の起こるシステムを光と影のモデルを使って説明します。光は社会的に認められる、正しい自分。影の部分はよくない自分。それは夢や、小さな悪事(休みの日にだらだらするとか、そういうこと)をすることで、小出しに解消されます。光も影も自己の一部なので、普通バランスをとりながら人は生活をしています。光の部分と影の部分を時々反転させながら生きているのです。しかし、現代は、子どもは「光」として生きることが強要されすぎるので、影の部分を出すことができない。そこで、影の部分を切り離してしまう。そういう子どもは「解離予備軍」と考えられます。そういう不安定な状態が続き、あるきっかけ(教師の叱責など)によって、「キレ」が起こってしまいます。こういう子どもたちには、厳しい校則を課して、それを逸脱したら厳しく罰するというような管理教育は全くの逆効果であることを指摘しています。

         さらに、虐待による世代間連鎖について、「侵入自己」という用語が出てくるのですが、わかりやすい用語です。これは外から与えられた「自分はだめだ」と思わせるものです。これが自我を飲み込んでしまう。そうなると悪い子であることを強化するような行動に出てしまう。その子どもが大人になった時に、自分の子どもに親からされたのと同じことを繰り返し、「だめな子の子どもはだめだ」という論理が完結してしまうのです。そしてこいういう人たちはアダルトチルドレンと呼ばれます。子どもの時代に子どもとして受容を体験していない人たちです。

         後半は筆者が学校カウンセラーとして、学校での子どもと教師の関係について述べているところで、大変興味深いものがあります。子どもが教師に親を投影して、子どもと教師の関係が変わることで、親と子どもの関係も変わることや、教師自身の「侵入自己」の問題が、子どもへの圧力となってしまっていることなど、様々なケースを挙げています。本書は具体的な事例を詳しく挙げているわけではないのですが、筆者の豊富な経験を感じさせる、わかりやすい解説があります。いわゆる教育評論家のような抽象的でマスで扱うような理論ではなく、専門知識に裏付けられ、経験から導き出されたアドバイスがたくさん載っています。

         こんな本が1998年に出ているのに、何と世の中の変わることの遅いことか。「しつけ」の重視や厳罰化など、むしろ逆行しているような気がします。

        本文より「今の学校教育が子どもの人格発達にもたらす最大の弊害は『画一化』教育のあると言われています。(略)私は今の中学校にはびこっている『なにごとにも全員いっしょにがんばる』という精神がいやでしかたがありません。子どもはそれぞれ違う遺伝子を親から引き継いで、違う環境で育ってきているはずの子どもたちから、個性を没収していこうとしているのが、今の日本の教育のように見えてくるのです。(略)こころに傷をつけられた子どもたちは、その傷が浅いうちはまだ『光ろう』と努力するものです。しかし勉強や運動のように、大人のだれもが『光』と認められるような『光り方』はそれほど多く持っていません。(略)たとえば髪の毛の色について規制することを考えてみましょう。子どもがやっとのことで見つけた『光り方』が、自分の髪を『茶色』に染めることだったとします。その子どもは『茶髪』にするのがいけないことだとは思っていません。あこがれの歌手がそうしているし、ファッション雑誌に登場する『輝ける人』もそうしているからです。しかしいくら本人がそれを『光』の生き方だと思ったとしても、大人によって『影』だととらえられてしまったら、もうそれによって『光る』ことはできなくなるのです。」

        「法律や校則は大人が決めたものです。それだけを根拠にして子どもを規制するとしたら、結局は大人が子どもを縛っていることになりますから、子どもに対して説得力を持ちません。(略)生徒がストレスを解消できるような『小悪』は、学校のどこにも用意されていないのです。子どもによくないと言って禁止するのでしたら、大人も自粛しようではありませんか。」
        >> 続きを読む

        2012/07/16 by nekotaka

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