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読みやすいけど気持ち悪い。「ひなた」は家族の表と裏を描いてて割りとありそうかなと思えてそれでも差し障り無く日常は続いているところにある意味評価できると思えた。ここでは他人の男女5人がルームシェアする。そのひとりひとりにスポットを当てて1章ずつ進む。みんな一見いい人っぽいが影の部分で病んでる人もいる。この本を読むといきなり残酷な殺人を犯す人の周囲の人の「まさかあの人が・・」という状況が理解できる気がする。直輝がみんな知ってたのかと感じたところはどんなことがあっても守ろうとするルールがここでは第一になるのかな。殺人を犯したことよりも。。。。 >> 続きを読む
2019/05/23 by miko
世之介を受け入れられるか否かが、評価のキモか。冗長なきらいはあれど、わりと好感持てました。関連して実際にあった韓国人と日本人カメラマンが亡くなった事故、思い出したわ。続編も映画もあると後から知ったので、また追っかけてみます。 >> 続きを読む
2019/12/17 by hiro2
読み終わって、自分のトホホな大学生活の日常を思い出した。恥ずかしかったことばかりなのに、なぜか大切な思い出になっていた。決して美化ではなく、しょんない(しょうがない)ことそのものが愛しいと思えるのだ。お互いを高めあう友人もいいけど、主人公のように例えば、ダサい恰好や裸足でサンダル履きでも気軽に会える奴ってのもうれしい。大学時代の友人に会いたくなった。 >> 続きを読む
2020/01/12 by かんぞ~
かつて手にして読もうとしたが表紙の妻夫木聡を見てアマゾンプライムビデオで見たことがあるような気がして読む気を失せていたのだが、Wikipediaの純文学で例示されていたりしていて気になっていたので、思い切って読み出した。さいわい既視感があるということもなく、そこそこ楽しめる作品。表紙の妻夫木は金髪していたので、祐一なのかな。深津絵里は光代か。下巻で、泣かせる展開が待っている気がする。 >> 続きを読む
2020/02/08 by 和田久生
たまには薄い本でも読もうかと手にとったのだが、パーク・ライフとflowersの2つの短編が収められている。で、最初のパーク・ライフを読んで、まったりした感じでいいなあと思っていたら、芥川賞受賞作品らしくて、ちょっと微妙な気持ちに。ちょっと調べたら作者は「悪人」を書いた人らしく、確かに聞いたことがある名前だなあ。まあ、読んでよかったのでそれで十分なのだが。 >> 続きを読む
2020/09/14 by 和田久生
祐一と光代とがもうちょっと早く出会っていれば。祐一のやさしさと弱さに心が動かされた。読んだ本が、映画化のプロモーション表紙だったのがちょっと残念。 >> 続きを読む
2020/02/20 by 和田久生
冒頭で八王子に夫婦が殺された事件が発生し、犯人は逃亡。1年後犯人らしき人物が同時に3つの場所に現れる。警察は似顔絵を公開し犯人逮捕を目指すが、3者ともその土地の人と繋がりをもっていた。映画の方を見ていたからどのパートが真犯人なのかは知っていた。それでもどれがという感じでサスペンスを生んでいるし、3つのうち1つは間違いなく悲劇が待っているというのはやはり辛いものがある。時代を示す歌や時事が出てくるが、この時代でもやはり逃亡犯というのは簡単に捕まらない。その中で犯人の可能性がある人物と関係を築いてしまう。下巻は真犯人登場と同時に、関係していた人物たちのその後も気になる。 >> 続きを読む
2019/10/25 by オーウェン
何となく匂わせて終わった上巻に続いての下巻。いよいよ3人のうち犯人が判明するのだが、伝えるべきは犯人の心情でないことは明らか。タイトルである怒りがそれぞれ形を変えて表されている。見ず知らずの人間に対して信頼をできるかということがいかに難しいのか。また脆く崩れやすいのか。それを3者3様で描いており、特に沖縄の辰哉の苦悩は響くものがある。「悪人」もそうだったが、吉田さんは決して画一に描こうとは思っていないのがよく分かる。 >> 続きを読む
2019/10/26 by オーウェン
読んだら売ってしまおうと思っていたけど、ずっと手元に置いておこうと思った本です。裁判員制度が始まった頃に読んだので色々考えさせられました。 >> 続きを読む
2015/07/08 by marsa
読むよりずっと先に映画を見ていた。その頃、同じ作者で評判がいい「悪人」を読んでいたけれど、これはさほど目新しくもなく、この映画は俳優の熱演だけででよく出来上がっているのかなと思っていた。 比べるわけではないけれど、「悪人」の方は何かテーマがありきたりで今の風潮をうけたものに過ぎないようで余り入り込めなかった。ただ、買ってあった、この「さよなら渓谷」は、勝手に名作だと思っている「赤目四十八瀧心中未遂」と同じような濃密な人生の一編を見せられるようで面白かった。 生活圏の最下層に属する人たちが織り成す過去と現在、読書の世界は、現在の自分と距離がありそうでどこか重なる、そいった生きる重みがずっしりと感じ取れた。 映画は、真木よう子と大西信満の過激な絡みが話題になったが、夏のむんむんする暑さや、隣りの主婦のわが子殺しや、その主婦と大西信満の浮気疑惑が、これは夏に読まないでよかったと思うほど、汗臭く泥臭い物語だった。 既にこの作品は話題作だったので(映画書籍ともに)もう書きつくされた感がある、レイプ犯と被害者の同居関係。人生を狂わしてしまった一夜の悪ふざけの事件が、生涯の不幸の根となって生き残り根をはり、周の好奇な面白半分の目に晒される。それがこともあろうに事件の中でも大学生野球部と女子高校生の悪質なレイプ事件だった。その当事者たちは時間がたってしまったが、その間もお互い生きづらかった、そして偶然出逢ってしまう。 二人の過去といえば、深い悲しみと、周囲の好奇な冷たい目に晒されながら生きてきた。 他人ごとのように考え忘れることが、救いであったのかもかもしれない。自分たちもそういう風に生きたかった、だが周囲がそうさせなかった。寄り添いながら常に距離があるふたりを、周りの人々の生活を絡めて読ませる一冊だった。 交互に語られる二人の過去も、いい構成だった。 同じ作者の「横道世の介」が明るい中にもの悲しさを秘めているのに比べて、これは終始、重く暗い人生と、人はそんな中でも空気を求めるようにささやかな安らぎがあれば生きていけるのかということ、しかし過去から開放されるために何をしたのだろう。こういった特殊な世界でなくても、人は重い何かを背負っていることを、感じた。しかし根源的な愛や性に関わるのニュースや事件となると、それを見聞きする人の品性があらわになる、最近報道される日ごろの出来事を思い出した。 >> 続きを読む
2016/05/05 by 空耳よ
吉田修一の「さよなら渓谷」は、新聞の三面記事の、あるエピソードをコラージュしたような構成になっている。まずは、秋田の幼児殺しを連想させる導入部。死んだ幼児の母親を見張るマスコミ。ところが、物語は幼児殺しではなく、容疑者の隣家へと移っていく。少年野球のコーチをしている男と、その美しい妻。何の問題もないように見える夫婦だが、新聞記者が彼らの過去を暴いていく。暴かれるのは、もうひとつの事件だ。何年も前に起きた、集団レイプ事件---これも三面記事的なモチーフだ。事件は、被害者女性の人生を、滅茶苦茶にしてしまうが、加害者の人生も狂っていく。謎が提示されて、それを解き明かしていくという流れ。探偵役を新聞記者にして、それも中年男と若い女という組み合わせにしたことなど、エンターテインメントの手法を存分に取り入れている。 >> 続きを読む
2020/02/02 by dreamer
この著者の描く切ない人間模様にいつも感銘を受けます。スパイにも過去がある。その過去を知った瞬間物語の底がまた深くなったように思いました。先の展開が全く読めないハラハラ感が醍醐味です。しかし、宇宙太陽光パネルで発電させそれをマイクロ波に乗せて地球に送り蓄電させるなんてこと、もしできたら凄いアイデアじゃない!?って普通に思った次第です。 >> 続きを読む
2016/05/04 by がーでぶー
この本の名言をご紹介します。***大丈夫よ。あなたが見てるものなんて、こっちからは見えないから >> 続きを読む
2012/11/20 by 本の名言
一九九九年、台湾に日本の新幹線が走ることになり、入社四年目の商社マン・多田春香は現地への出向が決まった。春香には忘れられない思い出があった。台湾を旅した学生時代、よく相手の事を知らないまま一日を一緒に過ごした青年がいた。そしてその青年とは、連絡先をなくし、それ以後ずっと会えないままだった。台湾と日本の仕事のやり方の違いに翻弄される日本人商社員、車輛工場の建設をグアバ畑の中から眺めていた台湾人学生、台湾で生まれ育ち終戦後に日本に帰ってきた日本人老人、そして日本に留学し建築士として日本で働く台湾人青年。それぞれをめぐる深いドラマがあり、それらが台湾新幹線の着工から開業までの大きなプロジェクトに絡み、日本と台湾の間にしっかりと育まれた人々の絆を、台湾の風土とともに色鮮やかに描く。物語の展開を追う視点は五つです。台湾新幹線プロジェクトに参加することになった多田春香。彼女の先輩格に当たるプロジェクトの中心メンバーの一人、安西誠。台湾に生まれたが、戦後、日本に帰り老境を迎えた葉山勝一郎。新幹線整備工場に職を得た、若き台湾人青年陳威志。日本に建築を学び、大手ゼネコンに勤める台湾人青年劉人豪。本作はこの五人が様々な形で「台湾」に関わりながら、それぞれの人生の一時期を描く群像劇のような物語です。春香には学生時代、台湾に旅行した際に、ふと道を尋ね、旅先の一日をともに過ごした台湾人青年がいました台湾新幹線プロジェクトが勤務先で立ちあがった時、躊躇なく台湾行きを志望したのも、彼との出会いが忘れられずにいるからでした。遠距離になってしまう現在の彼との関係も続けたまま、台湾行きに、もういちど会えるかもしれないという淡い期待があったことも事実なのでした。プロジェクトの中枢、安西は異国の仕事に慣れず鬱々としていました。日本に残した妻との関係も冷え切っており、気が付けば何もかも悪い方へ考え始める自分がいました。そんな安西を癒したのは、パブでであったホステスでした。妻に先立たれ一人暮らしの勝一郎には、台湾にいた頃に大親友だった男に、決して言ってはいけないひと言を発し、それを六十年経っても後悔していました。面倒見のいい勝一郎は、同じように面倒見の良かった妻が、勝一郎を慕って家に集まってくる会社の部下、若者たちの世話を楽し気にしていたことなどを思いだしながら、いつしか台湾への強い望郷の念にかられるようになっていきます。著者が台湾の若者の象徴のように登場させる威志。彼はどこにでもいるような友人が多い若者。兵役を終え、所在なく暮らす彼は、カナダで日本人との間で子を為した幼馴染の女性と再会します。故あってひとりで子を育てる彼女と、新幹線整備工場への職を得た威志は結婚し、彼女の子を自分の子として育てることに幸せを感じ始めていました。ある日、道を尋ねられ、自分にとって運命の日となった一日を共にした日本人女性が忘れられず、日本企業に勤める人豪は、すっかり日本に馴染み、職場でも活躍する好青年になっていました。台湾にいる友人から、「ずっとお前が探している女性らしき人が台湾で働いているらしい」という報せに戸惑いながらも、彼女と再会するために台湾に帰郷するのでした。外国とはいえ、台湾は地図で見ると石垣島から僅かに西へ行った、身近な島です。歴史上、様々なことがありましたが、台湾の方々が親日的であるということは前々から知っていました。確か司馬遼太郎さんが、台湾人の親日の理由を、明治維新直後の西郷従道(西郷隆盛の弟)らの征台に所以するといった文章を見かけたことがあります。当時の明治政府の治政は悪いものではなかった…というのが主旨だったような覚えがあります。今では頻繁に観光客が行き交う、本当に身近な外国になりました。平和というものはただ享受されるものではないということを、こんなことからも感じてしまいますし、身近な国であるからこそ、甘えず、襟を正し、互いのこれまでを知る努力をしなければいけないな…と思いました。吉田修一さんは余程の台湾贔屓とみえます。登場人物たちは台湾でよく遊び、よく働き、よく悩み、よく苦しみ、よく食べ、よく呑み、のびのびと躍動するように生きています。まさに人生を謳歌しています。台湾の自然は彼らを大地の大らかさで包み込みます。そのままふと立ち止まった春香は、カメラマンに先に食堂に行ってもらい、窓からの景色を眺めた。南国の日を浴びた樹々は強烈な緑色で、自分は生きているんだと大声で宣言しているように見える。南国の太陽が降り注ぐ日には、目一杯浴び、南国の雨に濡れる時には、目一杯飲み干す。ここ燕巣の樹々を眺めていると、生きるということがとてもシンプルなものに思えてくる。シンプルだからこそ、とても強いものに。日本と台湾の過去を、著者は勝一郎の体験を通じて語ります。それは老境にかかった彼と亡くなった妻と、心ならずも傷つけてしまった親友とのほろ苦い思い出。悔やみ続けてきた過去を清算するためか、ただただ懐かしいばかりなのか、勝一郎は六〇年ぶりに台湾に帰郷します。勝一郎はまた窓の外へ目を向けた。向けた瞬間、鳥肌が立つ。いつの間にか、眼下に台湾の海岸線があった。どの辺りだろうか、南国の肥沃な土地を濃い緑の樹々が覆っている。こんなに近かったのか、と改めて思う。こんなに近かったのに、自分は一度も妻を連れてきてやれなかったのか、と。また著者は本作を通じて、「タイミング」言い方を変えれば「その瞬間」の尊さ、かけがえなさを伝えます。春香が連絡先のメモを無くしてしまったのも運命、あのタイミングでしか二人は結ばれなかったのでしょうし、勝一郎は妻を台湾につれて帰ろうと腰を上げるその瞬間はそれ一度きりで、結局、永劫訪れることはなかったのです。いつしか春香と人豪は、その事実を客観視できるほどになっていました。いえ、客観視せざるを得ないほどの年月と成長があったのでした。「…十年前に初めて春香さんと会った時、あの時感じたのは愛だとずっと思ってたけど、でもこうやって十年ぶりに一緒にいると自信なくなるね。春香さんとのことを忘れられなかったのか。それとも、春香さんと過ごしたあの一日のことが忘れられなかったのか。…もしかすると、俺と春香さんは同志なのかも。お互いに異国で働く良き理解者」人豪が場の雰囲気を変えようと少し大袈裟に笑ってみせる。春香はますます混乱した。今は何も生まない関係だとしても、十年前のあの出会いだけは特別のものであって欲しかった。プラトニックな二人の不思議な関係性を表現するのはとても難儀な作業だったと思います。でも、とても自然に、多分ある程度の年齢を重ねた男女ならこんな形で自分たちの会話を繋げるだろうな、と思え、いたく感心しました。人間の機微を描くのに長けた、著者の熟練をみた思いがしました。春香は待った。自分では答えの出せない問いに答えを出してくれるのを待とうとした。しかし次の瞬間、そんな自分が卑怯に思えた。「…だから私、あなたに会えて本当に良かったと思ってる。だってもしもあなたに会ってなければ、今こうやって台湾の新幹線のために働いてないと思う」そう言いながら、これでいいのだと春香は思った。「それは俺も同じ。俺だって、会ってなかったら、今、東京で働いていない」たとえ同じ思いを抱いたとしても、そのタイミングが合わなければ意味はないのかもしれない。人間の離別、邂逅はそれこそタイミングの賜物です。そのタイミングに無限の可能性があり、どこまでも広がっていく自分の地平線があります。だからこそ今を生きる人生が大切なのだと、それぞれの登場人物たちの生き方を通じて、また台湾の豊饒な大地の描写を通じて、著者は読者に語りかけてきます。それぞれのエピソードが、それぞれだけでも一つの作品になり得たはず。とても贅沢に仕上がった作品です。ちょっと長かったけれど。 >> 続きを読む
2014/09/22 by 課長代理
歌舞伎町で働くバーテンダーが、ニッポンの未来を変えていく!?新宿で起きたある轢き逃げ事件。平凡な暮らしを踏みにじった者たちへの復讐が、すべての始まりだった。長崎から上京した子連れのホステス、事件現場を目撃するバーテン、冴えないホスト、政治家の秘書を志す女、世界的なチェロ奏者、韓国クラブのママ、無実の罪をかぶる元教員の娘、秋田県大館に一人住む老婆…。一人ひとりの力は弱くても心優しき八人の主人公たちが、少しの勇気と信じる力で、この国の将来を決める“戦い”に挑んでゆく!思いもよらぬ結末と共に爽快な読後感がやってくる。希望の見えない現在に一条の光をあてる傑作長編小説。登場人物が多く、場面が切り替わるのが頻繁なので、少々混乱してしまう嫌いはありましたが、中盤から盛り返し、それぞれのキャラクターも分かりやすくなって、たいへん面白く一気に読めてしまいました。「タイトル巧いな~」と唸ってしまう本作は、人間の善意と優しさにスポットを当てて、世知辛い世の中でも希望の光は人々の心にあると、高らかに謳いあげた人生賛歌です。真島美月が、幼いわが子瑛太を連れ、音信不通になった夫の朋生を探しに、長崎の離島から歌舞伎町に降り立ち、あてが外れ途方に暮れている夜から物語は始まります。わずかな手がかりから朋生が勤めていたホストクラブを訪ねますが、すでに辞めていたらしく、東京で身寄りもない母子は、長旅の疲れもあってか、路上の片隅にしゃがみ込んでしまいます。そんな二人を偶然通りかかったバーテン浜本純平が見つけます。純平は朋生の数少ない東京での友人でした。母子はとりあえず純平の部屋に宿を借り、純平は朋生に連絡を取ります。その時、朋生はパチスロで乏しくなった懐を空にしたところでした。一方、美術大学へ通う岩渕友香は、遅々として進まぬ卒業制作の屏風絵に悪戦苦闘していました。友香の父親は現在轢き逃げの容疑で服役中、美大の学費は叔父の音楽家湊圭司が負担していました。学費どころか、友香と母が暮らす、その生活費も牢獄内の兄に代わり、湊が全額負担していました。これは、湊の兄が、湊の身代わりに轢き逃げの汚名を被り警察へ出頭したという家族ぐるみの嘘があったからでした。湊と兄(友香の父)は秋田県出身。幼い頃、両親が悪い人たちに騙され、酷い屈辱の末、多額の借金を苦に無理心中をして果てたという過去を持っていました。その後、弟を育てるため無我夢中で勉強し、教員になった兄は、必死で働き、弟を立派な音楽家として世に出したのでした。なぜ、そんな大恩ある兄に湊は無実の罪をなすりつけたのか。その轢き逃げ事件を、実はバーテン純平は目撃していました。純平と朋生は、これをネタに湊を脅迫しようと迫りますが、もともと気がいい二人の事、悪人になりきれず湊の有能なマネージャー園夕子に逆に絡め取られ、なんだか湊寄りの立場になっていきます。折も折、東京で働き始めていた美月がマスコミで取り上げられ、人気者に。朋生は美月のマネージャー業に忙しくなり、純平はフラッと帰郷した秋田に郷愁を覚え東京を引き上げることを決意します。園夕子の大きな夢は、亡くなった父のように、ひとりの大政治家を育て上げ檜舞台に上げることでした。夕子の父は秋田県出身の国会議員を育て上げ、挙句の果てに、汚職の罪を一身に被って自殺した政治家秘書でした。今は縁あって湊のマネージャーを務めていますが、チャンスがあれば政治家秘書の夢を諦めたわけではありませんでした。そこへ降って湧いた湊の轢き逃げ事件、事件から派生した汚職事件の影、背中を押すような霊能者の言葉…夕子は揺れる思いを断ち切るように、秋田行きを決断するのでした。ともすれば荒みがちな現代日本人の良心について、読者に問いかけるような作品です。振り込め詐欺や、いろいろな利権に群がる政治家や、騙すより騙される方が悪く言われるようなそんな社会はおかしいだろう、と著者は訴えかけます。百歩譲ってそういう社会が仕方ないとしても、騙された方だって黙っちゃいない、意趣返しをしてスカッとできるんだ、という物語を書きたかったんでしょう。「私、思うんです。人を騙す人間にも、その人間なりの理屈があるんだろうって。だから人を平気で騙せるんだろうって。結局、人を騙せる人間は自分のことを正しいと思える人間なんです。逆に騙される方は、自分が本当に正しいのかいつも疑うことができる人間なんです。本来ならそっちの方が人として正しいと思うんです。でも、自分のことを疑う人間を、今の世の中は簡単に見捨てます。すぐに足を掬われるんです。正しいと言い張る者だけが正しいんだと勘違いしているんです」終盤、著者は夕子の口を借りて、本作のテーマを語らせます。現実その通りで、甘いことを言っていると家族さえ養えない甲斐性無しになってしまう事実の前には、本作で綴られる出来事なんてまるで夢物語です。でも、せめて読書の間だけでも、人間らしさを取り戻すことができれば。疲れた毎日の休憩に、人の善意に触れて心がほんのりと暖かいのが、まだ染まりきっちゃいないぞという強がりと一緒に、自分自身を救ってくれたような。 >> 続きを読む
2014/11/21 by 課長代理
社員の片桐が有給のため向かったタイ旅行。そこで日本人の武志と知り合いになり、娼婦のミントを紹介され甘いひと時を。だが片桐は日本から来るときに後ろめたい秘密を抱えたままだった。序所に明かされていく過去と、タイでの開けたような日常を満喫する日々。1週間という決められた日時の中で、片桐の心情が変化していく。なのだがそれが小心者となるいかにもな日本人造形である。ラストはある種吹っ切れたかのような見せ方だが、帰国したらとんでもない事態になることが想像できるだけに皮肉だ。 >> 続きを読む
2019/06/06 by オーウェン
地方から上京し、東京で ごく普通に生活を送る人々。それぞれの人生に それぞれの人生は交差しない。でも 九州から家出をしてきた幼い兄弟を介し、少しだけリンクする。そして その幼き兄弟に 心救われたりする大人たち。無論 私も救われてみたりする。 >> 続きを読む
2015/06/14 by こたろう
ANAグループ機内誌『翼の王国』の人気連載、待望の文庫化。二度目の失業で辛い思いをしていた時に、目に飛び込んできた憧れの人の姿。結婚も意識していた七年越しの恋人に別れを告げられ、ひとりで訪れた異国の街。人生の大切な一場面をあざやかに切り取った短編十二本と、作家が仕事でプライベートで訪れた、国内外の印象的な場所を描く十一編のエッセイ。暖かく心に沁みる作品集。ショートストーリー十二本、エッセイ十一本。ショートストーリーのタイトルはすべて映画作品を冠していて、なおかつメジャーな作品ではなく、制作国も様々な佳作が並べられているあたり、著者の無類の映画好きを思わせます。曰く、『赤い橋の下のぬるい水』『オール・アバウト・マイマザー』『ほえる犬は噛まない』『ドライ・クリーニング』などです。いずれの作品も登場人物たちの等身大の人生の一コマが描かれ、一編読み終えるごとに、いちど本を閉じて、しばらく余韻に浸れるような趣のある、味わい深い作品群です。制約の厳しい短い物語こそ、著者の力量を知る上で最良の材料だと思っていますが、吉田修一さんは本当に素晴らしい才能を持っていらっしゃると、改めて感じ入った次第です。言葉にすることが難しい微妙な心の動きも、漏らさず拾って表現されていますが、読み手に親切すぎることなく、さりげない文章の中にあわあわとした心模様が映し出されています。「巧み」としか言いようのない、ストーリーテラーぶりです。また、エッセイも読みやすく、旅客機内の雑誌掲載用に相応しく、あちこちの都市を旅した様子や、旅先での思い出などが書かれています。吉田修一さんのファンとして興味深く読んだのは、最後の二編『『悪人』を巡る旅』と『『悪人』に出会う旅』でした。自身の傑作長編『悪人』の舞台となった北九州を編集者の方や、友人の方々と旅行されたことをエッセイにされています。取材旅行ならぬ作後旅行に、最初戸惑っていた吉田さんも徐々に自作世界に逆に惹き込まれてゆく様子がとても面白かったです。「この辺りの、こういう感じのマンションに暮らしている設定なんですよ」と説明しながら見上げた高級マンションから、自分が描いた大学生が今にもへらへらと出てきそうな気がした。この感覚は福岡を離れ、佐賀、長崎を巡るあいだもずっと残った。残ったどころか物語(ツアー)が進むにつれて強くなる。佐賀県呼子港にある有名なイカ料理店で、作中、登場人物のある男が愛する女性に自分の罪を告白する場面がある。ツアーではこの店にも立ち寄ったのだが、あいにく満席でしばらく入り口で待たされることになった。この時、待合室のベンチに若いカップルがちょこんと座っていた。純朴そうな物静かなカップルで、席が空くのを待ちながら、お互いの凍えた手をときどき微笑み合いながら握り合っている。とうに小説は完成している。でも、彼らの様子を眺めていると、まるで彼らをモデルに自分が小説を書いたような錯覚に陥ってくる。また、『悪人』は妻夫木聡さん、深津絵里さん主演で映画化されていますが、吉田さんの思考は、映画化を実現させたスタッフへと移っていきます。映画撮影用の重い機材を毎朝抱えて運び、撮影後は真っ暗になる山道をやはり重い機材を抱えて戻る。夜は疲れと寒さで懐中電灯を持つ手が震えるという。それでも一つの映画を作るために、誰もが黙々と、ギリギリの体力でこの山道を歩く。彼らが歩いた山道を灯台へと向かいながら、「映画の撮影現場に向かっているのだ」と頭の中ではわかっているのだが、なぜかこの先の灯台にいるのが本物の殺人犯と、彼を愛し一緒に逃亡している女性のような気がしてならない。吉田さんは映画製作スタッフの職人気質に敬意を表し、また演じていた役者さんたちの「人間を演じる」姿勢に一種、畏敬の念を持っておられるようでした。役作りと言ってしまえば、それまでなのかもしれないが、『悪人』の妻夫木さんと深津さんにはそれを超えた何かがある。逃亡の果て、二人の頬は痩せこけ、かじかんだ互いの汚れた手を握り合う。九州の片田舎に暮らし、決して恵まれているとはいえない寡黙な青年の悲しみと怒りを、どうして輝かしいキャリアを持つ妻夫木さんがここまで演じられるのか。同じく九州の片田舎で職場とアパートを往復するだけの生活を送る女性の業と寂しさを、普段は世間の女性たちの羨望を受けている深津さんが、どうしてここまで表現できるのか。僕は生まれて初めて、演技というものが役(キャラクター)を演じるのではなく、人間を演じることなのだと分かった気がした。二人に輝いてほしいと願う妻夫木さんと深津さん、そして監督を始めスタッフ全員の強い思いが、対馬海峡から吹きつける厳しい寒風に抗っている。『悪人』を面白く読ませていただいた一読者としては、物語をなぞるように、著者本人が物語の舞台を旅する紀行文は、たいへん珍しく、有難い限りでした。吉田修一さんの著作に接するにつけ、その新しい分野への挑戦心や、文章・構成の老練に舌を巻いています。様々なジャンルの作品を発表していらっしゃいますが、決して器用貧乏のようにならず、それぞれが光を放っているのは、吉田さんの物書きとしての天賦の才と、人間へ向けられる真摯で貪欲な探究心の為せる業の賜物でありましょう。 >> 続きを読む
2014/11/16 by 課長代理
飛行機内座席に置いてあるフリーペーパー掲載のショートショート集。それぞれ飛行機をつかった旅行と恋愛や人生観を絡めた物語の数々。こういう短い一話完結の物語を上手に書ける人は、やはり凄いと思う。長編よりも中編、中編よりも短編と、ボリュームが少なくなるなかで、中身を濃くしようとすると逃げ隠れできない。その点、吉田修一の実力には唸らされた。この短い枚数の中で深堀されていく男女の、職場の、旅先での、それぞれの心模様。ヘビーな長編に食傷気味なら、閑話休題程度に楽しめる。いや、それ以上かも。 >> 続きを読む
2014/08/07 by 課長代理
平凡な毎日を過ごす小百合は、自分の住む街をリスボンに見立てるのが好き。そしてモテモテの弟がちょっと自慢。でも自分はどちらかというと頼まれ役で聞き役。そんな地味な小百合だが、同窓会で憧れの聡史に再会し、「もしかしたら」の恋心が芽生える…。小百合は主役の女ではなくてどちらかというと脇役。でも、「もしかしたら」のシンデレラ的な展開が訪れると、なんとなく不安がありながら自分を変えようと進みはじめて止まらない。「悪人」のときもそうだがそんな女性の心理状態を描くのが、この作家はとてもうまいと思います。 >> 続きを読む
2011/07/10 by slope
【吉田修一】(ヨシダシュウイチ) | 読書ログ - 読書ファンが集まる読書レビューサイト(著者,作家,作者)
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