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Lapcharoensap, Rattawut

著者情報
著者名:Lapcharoensap, Rattawut
      観光
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
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      •    イシグロではない越境文学

         あの人の姿懐かしい  黄昏の河原町
         恋は 恋は弱い女を  どうして泣かせるの
          

         波打ち際でじゃれあうカップルには及ばないものの、はじめての潮干狩りを満喫した都会っ子ほど楽しめた久しぶりの書店。ひとかどのイオンモールに押し並べて出店しているようで、店内の雰囲気はそう悪くない。布はたきで立ち読みを追いはらうせせこましい店員はいないし、それどころか、あちこちに椅子があって試し読みしたくなる。清算まえの商品にコーヒー染みをつけて下さいと言わんばかりにタリーズコーヒーもあり、ちょっとしたくつろぎ空間を演出している。棚に並ぶ本やそのレイアウトもすこぶる大胆で、岩波文庫はほとんどなく、小説の文庫はすべての出版社ひっくるめて著者順、極めつきが、ジャンル違いの関連本をカモフラージュさせていることだ。よろしい、これが未来屋の選択か。と、無性にイタズラしたくなり、吉本ばななの『キッチン』をNHKの料理テキストの上に乗せ、井伏鱒二の『山椒魚』を釣り雑誌の底に沈め、科学雑誌「Nature」を並べて『銀河鉄道の夜』を走らせる。そして手を伸ばした『地球の歩き方 タイ』。バンコックへの観光。
         「観光よ」とバンコックで切符を買った母は失明寸前だった。インフルエンザでも、嵐が来ても、土砂崩れの警報が出ても仕事を休まなかった母が仕事に行かなくなり、浴室のドア鍵をしなくなった。諸々の兆候にぼくは気づいていた。蹴躓き、こぼれるコーヒー、家具にぶつけてできた両脚の痣、いつもより大きな弧が描かれた眉。しかしぼくは、忙しくて大したことだと思わなかった。夏の終わりには北の職業大学に行くつもりでいる。大学周辺の地図を眺めるたびに、失明した母がひとりでこの家にいる姿を想像し、ぼくは本当はどんな息子なのだろう、と生まれて初めて考えるようになる。親子はタイ最南の島へ旅に出る。母といっしょに見る最後の日の出と海。
         著者はタイ系のアメリカ人作家らしい。いわゆる越境文学の担い手のひとりだろうが、この短篇集に比肩する作品集はそうそう見あたらない。頭のなかで想像するしかない美しさがあってイメージは鮮明、残りつづける余韻、アジアの香りが漂う。ラテンアメリカ文学に倣って(「闘鶏師」はバルガス=リョサっぽい)土着的な作風なのに、どうしてなのかしつこくない。わたしの一押しは「徴兵の日」と表題作の「観光」。「国の光を観る。もって王に賓たるに利し」と伝える『易経』同様、この本のいたるところに漲る目映い光は読み手の心を潤すだろう。
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        2017/11/14 by 素頓狂

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