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宇野常寛

著者情報
著者名:宇野常寛
うのつねひろ
ウノツネヒロ

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      リトル・ピープルの時代
      カテゴリー:社会学
      4.0
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      • 「国内における圧倒的な商業的成功と、国外における日本人作家としては例外的な普及力」をもつ存在、村上春樹は、エルサレム賞の受賞スピーチでシステムと個人の関係に言及し、「壁と卵」という比喩を使い自らの立ち位置を表明した。個人はシステムに組み込まれるだけの存在ではなく独立した領域を持つ存在であるとみなし、システムがどれだけ正しく個人が間違っていようと個人の側に立ち、個々の精神に光をあてるのが自身の仕事だと。

        本書は上記視点で村上作品を捉えた上で、その一貫したテーマとして「父性」を取り上げ、最新作「1Q84」に登場するリトルピープルと、その土台であるオーウェルの「1984年」に登場するビックブラザーをモチーフに、この国民的作家が現代の「父性」の在り様を捉えきれていないと看破する。
        そもそも、ビッグブラザーの力が失われていく世界に敏感な反応をし続けてきた村上春樹が、封建時代のお上と下々のような立場による免罪のシステム(責任は絶対的に「父性」にあると信じている世界)は終わり、誰もが一定の責任、影響力を持つ世界になっていることを自覚しているはずなのに、壁と卵を切り離した上で完全に卵の側に立つとするのは新時代の父性モデルに関する想像力の欠如ではないのかと。

        ※ビッグブラザーとは、統治国家の独裁者(及び、人格的象徴を持つ絶対的な社会システム)を指し、リトルピープルとは、ビッグブラザーなき世界に遍在するミニマムな独裁者達の象徴(及び、それを生み出す非人格的システム)・・・という解釈だと思われる。

        ※以下、Wikipedia「父性」の引用 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%88%B6%E6%80%A7
        心理学者の河合隼雄は子育てにおける伝統的な父母の役割の違いを、それぞれを父性的、母性的と呼び、父性は善と悪を区別して指導する傾向、母性は善悪の分け隔てなくすべてを包み込む傾向のことと説明している。なお、これは、父親が父性のみを、母親が母性のみを有しているというものではなく、たとえば母親が激しく子を叱るときに父親が子を擁護する側に回るというような場合がよくあるが、この時、一時的に父親が母性的な役割を果たしているとみなすことができるとしている。



        では、現代日本での「父性」を正確に捉え、モデルを提示できているのはどんな表現領域なのか。
        著者は、その答えを市場で村上春樹に比肩する価値を得ているポップカルチャーに求める。そして、笑われるかもしれないと前置きしつつ大真面目に導き出した結論は、「「ビッグブラザー」はウルトラマンで「リトルピープル」は仮面ライダー。

        地球より高度な文明を持つ光の国からやってきた宇宙人ウルトラマンと、悪の組織ショッカーの改造手術で生み出された改造人間仮面ライダーという日本の2大ヒーロー(=正義の施行者)が、来歴の違いからくる制限によってどのようにキャラクター付けされていったのか。冷戦構造など当時の世相を反映したその変遷を丁寧になぞりつつ両者を比較し、平成になってからは絶対的正義を体現せざるを得ないウルトラマンシリーズが当時の絶対性のある正義を取り戻そうとしたが故に訴求力を持てず、逆に元々人間だった仮面ライダーシリーズは相対的な正義が乱立する中のヒーロー(=父性)像を提示していると数百頁に渡って展開する。

        正直どちらもリアルタイムで見ていないながら、ウルトラマンは米軍で科学特捜隊が自衛隊、怪獣や宇宙人はソ連や中国だという裏テーマがあったとか、平成仮面ライダーシリーズには仮面ライダー同士がそれぞれの正義を巡る戦いを繰り広げるようなものもあり、製作者が一連の作品で相対主義の隘路に入り込まないようなヒーロー像の提示を目指していた等々、そんなに深いテーマがあったのかと感心させられた。

        そして、平成仮面ライダーシリーズを通じて導き出された、大きな物語への回帰かそれともアンチかという議論を超えたリトルピープルの時代における父性モデルとして著者が提示するのは「拡張現実」。
        絶対的な父性像に自らを同化させたりそれに抗って生きたりする訳でも、どこかに理想(=絶対)があるはずと仮想を築いて現実に対して閉じた生き方をする訳でもなく、自らの願望を内に留めず対象に心的な改変を加えたりコミュニティやネットなどを通じて身の周りで実現する生き方を指す。
        これは、世界の意味付けを自分色に変えて(ミスチルの歌詞みたい!)、それを土台にして生活することで、何者かと対峙することなく世界を住み心地の良いものにしていく(なっていく)可能性を見出している(のだと思う。)。

        こうして、現代の新しい父性像を見せたところで本編は終わるのだが、とても刺激的で参考になることは多々あったけれど、ピンとこないところや村上春樹の読み方がどうにも合わないところがあって参ってしまった。

        自分にとって村上春樹は熱心な読者ではないけれど好きな作家であり、作品のいくつかには読んだ後にリアリティのある別の現実感がセットされてしばらく浮遊感を伴いつつも、この現実への折り合いが良くなっていく感覚があった(特にねじまき鳥での、自分に潜ることでの他者との接続というイメージは、今でも折に触れて思い出す道標の一つになっている。)。

        そこには恐らく自他の持つ父性の負の作用(=個の抑圧)に対する処方箋があるのだと思う。
        その観点で「壁と卵」についてみてみると、著者がいうように卵に免罪符を与える立場に村上春樹が立ったとみなすとただ母性を背負っていることになるので、そうではなく全体性の中で母性としての役回りを引き受けると表明したのだと受け取れる。

        父性とは世界を代弁する存在。世界は生存環境そのものなので、それに馴染まない行動に対しては矯正する役割を持つのが父性。ただし、それによって副次的に蔑ろにされる部分が人間にはあり、それを補完するのが母性。
        母性は子の絶対的肯定を担う。世界を相手どって子を擁護する役回りであるが故に、その暴走が子の社会性の育成を阻むこともあり、それを補完するのが父性。
        この二極の影響をバランス良く受けること(もちろん実際の父母からだけでなく)で、子の内面に父性や母性が育まれ、外からの影響に対して自分でバランスしていく能力が生まれる。

        そう考えると、父性的か母性的かというのはどこにバランスを置いて発現しているかによってその程度が変わってくる。
        著者からすれば、どう転んでも父性を背負わざるを得ない卵をただ守るべき存在と考えるのは時代遅れなのだろうが、きっと村上春樹にとって誰もが父性を背負うというのは世代論を超えて自明のことで、父性も母性も備えた個を無防備な核を持った卵のような存在(SMAPの歌詞みたい)とみなした上で、それを擁護すると言っているのだと思う(きっと)。
        そして無防備な核の在り様は様々であり、市場原理の内部では正義が絶対化しないとしても、市場原理自体を絶対化した抑圧の対象と見なす卵がいたら、村上春樹はそちらに着くのだろう。

        ただ、そんな態度は現実的には無効であって、例えば自分が常にそのような態度で生きたとすると自他の破綻は目に見えているが、小説家という職業に基づいてある領域をバランスするために自覚的に行っているのであれば、一つの立場として現代でも有効なのではないかというのが著者に対して物申したいところ。


        といいつつ、最後に補論として映画「ダークナイト」についての批評があるのだが、秩序の維持が自己目的化したバットマンが、純粋に混沌をもとめるジョーカー、そして正義から悪へと転落したトゥーフェイスとの戦いで、自らを悪に仕立て上げてまでも虚構の正義を守ったことで、逆に根のある正義の不可能性を見せている様子をくっきり浮かび上がらせていて、これは本論の補助というより独立して展開させてほしいと思うくらい冴えていた。
        正直、今の自分にとってリアリティがあるのは、虚構と知りつつ無数のダークナイトによってある程度の秩序が保たれる世界なので、本論についてははまっていない感覚があるのだが、気鋭の批評家と評される(同世代の)著者が描く現代の父性像が分からないなんて、もうアンシャンレジームになってしまったのかと妙に焦らされたので、もう少し追っていきたいと思うと同時に、これから発表されるらしい村上春樹の最新作への期待が広がった。
        >> 続きを読む

        2013/03/10 by Pettonton

      • コメント 7件
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      日本文化の論点
      カテゴリー:社会学
      3.0
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      • サブカルチャーを今回は新書という分量でコンパクトにまとめている。感想見る限りデビュー作「ゼロ年代の想像力」の著書の方がボリュームありそうだが、他の市の図書館経由の貸し出し本なのでこちらを先に読んだ。 >> 続きを読む

        2020/05/23 by aki0427k

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