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BacigalupiPaolo.

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      ねじまき少女
      カテゴリー:小説、物語
      3.5
      いいね! Tukiwami
      • 【ねじまき少女の存在が何とも切なくさせます】
         SF作品の多くは、独自の世界を創造していることが多く、読者は、それがどういう設定の世界なのかを理解することが重要になる場合がありますよね。
         ところが、最近のSF作品の中には、極めて特異な世界を構築しているにもかかわらず、その世界に対する説明がほとんど無いものが多く見られるように思います。
         読者は、作品を読み進める過程で、徐々に世界に対する理解をしていくように求められており、作者側から積極的に、まとまった説明がなされないのですね。
         本作もまさにその様なスタイルの作品の一つです。

         作品の舞台になっているのは、未来のタイ王国です。
         どうやら人類は大規模な食物危機を迎えているようです。
         それは、ニッポン・ジーンハック・ゾウムシという害虫や瘤病等という作物の病気が大発生したために、多くの食物が被害に遭い、未曾有の食物危機が発生し、多くの人間が飢えて死に、あるいはそれら病害虫に犯された食物を食べることにより人間も新種の病気に感染して死亡するという大厄災に見舞われたようなのです。

         また、石油資源が枯渇したため、エネルギー欠乏に陥っており、人類はゼンマイ動力や人力、廃棄物から産出されるメタンガスなどにエネルギー源を頼らざるを得なくなっているようです。

         作物危機を乗り切るため、遺伝子操作による食物の品種改良が何度も繰り返されたのですが、病害虫や疫病もその度に種やウィルスが変異していき、いたちごっこの様相を呈しています。
         人類は、病害虫や疫病に耐性のある数少ない種類の食物しか食べることができず、それら遺伝子操作した食物を生産しているのは、いくつかの世界的大企業だけに限られており、これら大企業で働く者はどうやら『カロリー・マン』と呼ばれているようです。

         そんな世界的危機の中、タイはかなり上手く立ち回ることに成功し、独自の耐性のある種のデータベースを構築できたため、カロリー企業に隷属することなく確固たる地位を保持できているようです。
         しかし、タイの気候は大変厳しい。
         酷暑が続きますが、現在のように冷房など稼働させるエネルギーはなく、人々はうだるような暑さと湿度の中で気息奄々となりながら生きているのでした(氷だって大貴重品です)。

         遺伝子操作は食物以外の分野にも浸透しています。
         その一つが、とある大富豪が娘へのプレゼントとして作り出したチェシャ猫です。
         ええ、あのアリスに出てくる、にやにや笑いを残しながら消えていく猫です。
         あれが作り出され、世界に蔓延したため、通常の猫が絶滅してしまい、世界中にはチェシャ猫がはびこっているのです。
         
         また、標題の『ねじまき少女』もそのような遺伝子操作技術により日本が生み出した『新人類』なのです。
         日本では、新人類は広く認知されており、非常に美しい『ねじまき少女』が生み出されて秘書などとして社会に溶け込んでいました。
         また、異形の新人類は、兵士として戦争に投入されもしたようです。
         新人類を使役する習慣がある日本は特殊な国であり、多くの国では新人類は違法であり、タイもまた同様でした。
         エミコも、そのような『ねじまき少女』の一人で、日本の大企業で秘書として稼働していたのですが、その大企業の重役がタイを訪れた際、日本に連れ帰る費用を惜しみ、タイに残した『ねじまき少女』だったのです。

         タイにも、非合法の新人類はいくらかは存在しているようですし、一般人はそのような新人類を見つけても無関心に放っておくのが通常ですが、タイの環境省の実力部隊である『白シャツ隊』に発見されれば、即座に逮捕され、廃棄される運命でした。
         しかし、タイは贈収賄が蔓延している社会です。
         金を持っている者の中には、そのような『ねじ巻き少女』を売春婦として使役している者もおり(確かに人工的にではありますが、大変美しく作られた女性ですから)、賄賂をばらまくことによって、目こぼしを受けているのでした。

         エミコも、現在ではそのような売春婦として生きていくしかなく、また、新人類の特長として、動作がどうしてもぎくしゃくしてしまうため、不用意に売春宿の外に出れば迫害されたり、官憲に通報されて廃棄されてしまう危険を抱えながら生きていました。
         希望は……ほとんどありません。
         ただ、タイの北には、エミコのように暴力と恐怖によって支配されていない、新人類だけの村があるという噂だけが希望と言えば希望でした。
         北へ向かうためには沢山の許可と莫大な費用がかかるのですが、エミコは何とかして北へ行くことができないものかと、淡い希望を抱いているのでした。

         上巻では、この様な極めて特殊な世界が描かれることにほぼ紙幅の全てを割いています。
         エミコの存在は、非常に哀しく、切ないキモチにさせます。
         また、カロリー・マンは、現在は病害虫等に耐性のある食料を生産することにより覇権を握ってはいるものの、いつまた新種の変異した病害虫が発生しないとも限らないため、新種の食物の開発と効率の良いエネルギー資源の開発にやっきになっており、特に、タイ政府が保持している種のデータベースへのアクセスを渇望しています。

         さらに、贈収賄が蔓延する社会の中で、環境省の白シャツ隊の隊長だけは頑として賄賂を受け付けず、食物の密輸や違法な遺伝子操作による有害食品などの取り締まりを苛烈に行っていたのですが、それは利益を追求したい通産省と利害が対立することであり、目障りになった白シャツ隊の隊長が抹殺されるという事件も描かれていきます。

         上巻はまだ物語の前提となる状況を描き出す段階にとどまっており、コアな部分はこれからという感じなのですが、極めて特異な世界を生み出している事は間違いなく、下巻の展開が楽しみになる一冊です。
        >> 続きを読む

        2019/08/14 by ef177

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