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村田エフェンディ滞土録

4.5 4.5 (レビュー2件)
カテゴリー: 小説、物語
定価: 500 円

時は1899年。トルコの首都スタンブールに留学中の村田君は、毎日下宿の仲間と議論したり、拾った鸚鵡に翻弄されたり、神様同士の喧嘩に巻き込まれたり...それは、かけがえのない時間だった。だがある日、村田君に突然の帰還命令が。そして緊迫する政情と続いて起きた第一次世界大戦に友たちの運命は引き裂かれてゆく...爽やかな笑いと真摯な祈りに満ちた、永遠の名作青春文学。

いいね! niwashi

    「村田エフェンディ滞土録」 の読書レビュー (最新順)

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    • 評価: 評価なし

       梨木香歩さんの『家守綺譚』は明治の日本の不思議を不思議としない物語でした。

       この本は、それと対になるような、同じ時代の土耳古(トルコ)での日本人留学生、村田の遠い異国での不思議といえる体験で、『家守綺譚』の中でも、作家、綿貫のところへ時々、友人で土耳古に留学している村田からの手紙が来ていました。

       1899年。
      土耳古と日本の親善大使として、考古学研究のために彼方の国、土耳古に留学した村田。

       村田は、ディクソン夫人というイギリス人女性の下宿にいますが、ドイツ人のオットー、ギリシャ人のディミィトリス、トルコ人のムハマンド・・・そして村田。

       国も宗教もバラバラなのですが、なんとなく、ディクソン夫人のもと、時々仲たがいもあるもののおだやかにお互いを尊重し合って暮らしています。

       留学記、というと「海外の違いにうちのめされる」とか「西洋文化に驚く」という大変さ、というものが強調されるものが多いなか、この物語は、まるでのんびり。
      のんびり、というよりおっとり、呑気です。そして奥ゆかしい。

       それは村田が、なんとしても海外の知識を日本に!とがつがつせずに、朴訥なお人柄で、あるものはあるがままに、ほお、そうなのか、、、と受け入れられるからです。

       むしろ、完全西洋ではない、土耳古という国のミステリアスさが、まるで、絵を見ているように額縁の中の絵が、さわさわ、と静かに動いているように、ひそひそとしているのです。

       しかし、日本に戻って、忙しくなると、土耳古への想いは強くなる。
      もう二度と行くことのかなわない異国。
      土耳古の風、空、海、馬、人びと、市場・・・・なんとも満ち足りていた土耳古での生活。

       村田が想いを馳せれば馳せるほど、平和で、たくさんの人種や宗教が共存できていた共同体のような土耳古は遠くなり、額縁の中の絵になってしまい、その絵はもう二度と動き出すことはないのです。

       そんな一抹の哀愁の余韻を残します。そして村田だけでなく、ディクソン夫人、オットー、ムハマンド、ディミィトリス・・・友人たちの日本の村田への想いも、叶わぬものなのです。

       なんとも、あたたかく、そして、エキゾチックで、ゆったりとして、不思議で、切ない物語です。
      >> 続きを読む

      2018/07/10 by

      村田エフェンディ滞土録」のレビュー

    • 評価: 5.0

      鸚鵡は身じろぎし、首を私に寄せたかと思うと、突然夢から覚めたように、
      ーー友よ。
      と甲高く叫んだ。

      、、、(泣)物語として非常に好きです。海外留学した人間にとっては、琴線に触れるところ多々あり。人間が非常に魅力的に書かれてますね。

      2012/04/30 by

      村田エフェンディ滞土録」のレビュー

    • トルコと言うと、練って練って伸びーるアイスクリームの印象が強いかもです。

      2013/07/18 by ice

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      • 評価: 5.0

         な...なんと!
         終盤『冬虫夏草』とつながりが出てくるとは思わなかった。
         そうかあのサラマンダーは村田氏が持って帰ったものだったのか;;;;;;;

         『家守綺譚』や『冬虫夏草』と似た雰囲気があり、あやかしな内容も出てくるが、歴史だの政治だの、『春になったら莓を摘みに』のような重々しさもある。
         やんちゃな脇役だった鸚鵡も、最後には亡くなっていった多くの友人の「面影」となり、主人公の傍に残る大事な存在となった。

         梨木さんの作品にはよく「いい加減な繋がり」といったものが出てくる。『僕は、そして僕たちはどう生きるか』でもあったような、緩くとも暖かい繋がり。
         それは『不思議な羅針盤』でも強調されていて、『家守綺譚』や『冬虫夏草』、『海うそ』での人間関係にもそのような雰囲気がある。

         つながってはいるが離れても良し。
         離れてはいるが心の片隅にはいつも住み着いている。

         まるで本書の鸚鵡だ。
         そうだ鸚鵡はもしかしたら村田の心ではないのか。
         ふと聞いた仲間たちの言葉、その雰囲気、口調をたまにありありと思い出しては懐かしみ、また思い出すほどに彼らが自分にとってどれほど大事だったのかを感じている。
        >> 続きを読む

        2018/01/24 by

        村田エフェンディ滞土録」のレビュー


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