こんにちはゲストさん(ログインはこちら) | 読書ログ - 読書ファンが集まる読書レビューサイト →会員登録(無料)

旅をする裸の眼

5.0 5.0 (レビュー1件)
カテゴリー: 小説、物語
定価: 1,680 円
いいね!

    「旅をする裸の眼」 の読書レビュー (最新順)

    最新のレビュー順 | 人気のレビュー順
    すべてのレビューとコメントを開く
    • 評価: 5.0


      そこを抜けるのにどんなに時間がかかろうと、あるいは途中で行きあぐねようと、迷路には出口が用意されることになっている。
      「終わり」という約束事があるが故に、人は安心して迷路に踏み入るのだ。

      ところが、多和田葉子の迷路のような小説「旅をする裸の眼」には、そうした安心感が微塵もない。

      出口はないかもしれない、という恐怖を心の隅に抱えたまま歩き続けていくしかないような状態に置かれる。

      しかも、あたりは暗い。闇を分ける月や街灯がない時、人は何を頼りに進むのだろう。
      音、匂い、風、あるいは闇に凝らす眼。

      では、その眼はどのように闇に慣れ、どのように他者の形を見極めるのか。

      この作品の主人公「わたし」は、故国の言葉、風習、価値観から引き離され、名前を失くして彷徨うベトナムの女性だ。

      社会主義者としてベルリンを訪れた彼女は、いつの間にか自由主義のパリにいる。
      飛行機に乗り、汽車に乗り、国から国へ、街から街へ、人から人へと動き続けるが、心が求めているものは出口なのだ。

      理解できない異国の言語に囲まれた彼女の孤立を慰撫するのは、映画館の椅子であり、スクリーンに映るカトリーヌ・ドヌーヴという有名な女優だ。

      「わたしは夜の海を彷徨うボートで、映画館は灯台」と彼女は思う。
      映画館の闇の向こうで、そこだけ明るいスクリーンは、著者の小説「ゴットハルト鉄道」の長いトンネルの果てにある光の射す出口に似ている。

      その出口を、「わたし」は一対の眼となって一心に見つめる。
      眼は、意味で塗り込められた闇から言葉を紡ぎ出し、その言葉がかろうじて「わたし」と世界とを繋いでいる。

      この作品を著者の多和田葉子は、ドイツ語と日本語で同時に書いたという。
      日本語の揺らぎがドイツ語の表現を変え、ドイツ語の変化が日本語の意味を変えるというふうに、二つの言語が影響し合う形で書き継がれたそうだ。

      この行為は、この作品の主人公の過去や意識が、外の国や言葉に接して変容していくありさまと恐ろしいまでに呼応していると思う。

      >> 続きを読む

      2019/02/18 by

      旅をする裸の眼」のレビュー


    最近この本を本棚に追加した会員

    この本に関連したオススメの本

    取得中です。しばらくお待ちください。

    タビオスルハダカノメ
    たびおするはだかのめ

    旅をする裸の眼 | 読書ログ

    会員登録(無料)

    今月の課題図書
    読書ログってこんなサービス
    映画ログはこちら
    読書ログさんの本棚

    レビューのある本

    民王

    最近チェックした本