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苦海浄土

わが水俣病
5.0 5.0 (レビュー3件)
カテゴリー: 公害、環境工学
定価: 700 円

工場廃水の水銀が引き起こした文明の病・水俣病。この地に育った著者は、患者とその家族の苦しみを自らのものとして、壮絶かつ清冽な記録を綴った。本作は、世に出て三十数年を経たいまなお、極限状況にあっても輝きを失わない人間の尊厳を訴えてやまない。末永く読み継がれるべき“いのちの文学”の新装版。

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    「苦海浄土」 の読書レビュー (最新順)

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    • 評価: 5.0

      著者である石牟礼道子さんが亡くなったのは今年の2月。生憎と
      私は入院中で、訃報がもたらされた時はテレビや新聞を見られる
      状態ではなかった。だから、亡くなったのを知ったのは退院して
      からだった。

      『苦海浄土』を初めて読んだのは高校生の頃だったろうか。文庫
      新装版である本書は発行後に購入していたのが、読む機会を逸した
      まま積読本の山に埋まっていた。

      気力・体力共に低下していたので、退院後もなかなか本書と対峙
      出来なかったのだが5月1日に行われた水俣病犠牲者慰霊式のあと
      にチッソ社長の「救済は終わった」発言に唖然として、本書と
      対峙する決断がついた。

      ノンフィクションでも、ルポルタージュでもない。いくつかの
      事実は散りばめられているが、本書は水俣病患者とその家族を
      見て来た石牟礼さんが創作した、水俣病犠牲者の心の声であり、
      魂の叫びだ。

      土地の言葉を活かした文章の向こう側に、有機水銀に汚染されな
      がらも青さをたたえた水俣の海が広がる。その海が与えてくれた
      豊富な魚介類が、まさか体と心を破壊してしまうとは誰も思いも
      しなかっただろう。

      そして、原因はチッソ水俣工場から排出される排水に含まれた
      有機水銀であると、早い時点で特定されていたにも関わらず
      救済を遅延させたチッソ及び行政の罪は重く、改めて怒りを
      感じる。

      「銭は一銭もいらん。そのかわり、会社のえらか衆の、上から
      順々に、水銀原液ば飲んでもらおう。(中略)上から順々に、
      四十二人死んでもらおう。奥さんがたにも飲んでもらう。胎児性
      の生まれるように。そのあと順々に六十九人、水俣病になって
      もらう。あと百人ぐらい潜在患者になってもらう。それでよか」

      「あとがき」に書かれている言葉である。切なすぎるだろう。
      加害企業として犠牲者に補償するのは当然だが、どんなに補償金
      を積まれても、亡くなった人は戻って来ないし、有機水銀に害され
      た体は元には戻らない。

      チッソの現社長・後藤氏は、本書を百万遍読んだらいい。
      >> 続きを読む

      2018/05/16 by

      苦海浄土」のレビュー

    • 評価: 5.0

      読んだのは1989年の秋。
      弁護士1年目で水俣病第三次訴訟弁護団に加入し、水俣病問題の参考文献として読みましたが、その時には、この作品の本当の価値は分かりませんでした。
      先月、水俣病講演会ー花を奉るーで、はじめて石牟礼さんの肉声を聴き、それを機に読み返しました。素晴らしい作品です。
      ブロク「弁護士Kの極私的文学館」でも取り上げていますので、そちらも読んでいただければ幸いです。

      2013/05/16 by

      苦海浄土」のレビュー

    •  ぼくが弁護士として水俣病問題に関わっていたのは、1996年のいわゆる「政治解決」まででした。それからかなりの時間を経たことで、この作品を文学作品として評価することができるようになったような気がします。 >> 続きを読む

      2013/05/16 by 弁護士K

    • 某国では、今でもこういうことがそこらに有りそうで怖いですよね・・・

      2013/05/16 by makoto

    • 評価: 5.0

      公害問題に社会的な関心が高まる中、『苦界浄土』があまりにも注目を浴び、「公害告発」「被害者の怨念」といった観念で色づけされて受けとられているが、『苦界浄土』は石牟礼道子の私小説なのだと文庫版解説「石牟礼道子の世界」で渡辺京二氏が指摘しています。

       私は本書を水俣学習のために読んだので、まさに「色づけ」して出会っているわけですが、読み始めてすぐにこれはそういう「告発」「怨念」という言葉に似つかわしくない小説世界だと思いました。水俣病になってからだが自由に動かなくなって、実際とても不便だと思うのですが、小説は明るく、どこかこっけいでさえあります。こっけいさと悲しみは裏表なのだろうとも思いますし、人が生きるというのは病気であってもなくてもそうなのかもしれません。水俣病患者を中心にとりあげてあるわけですが、むしろ印象に残っているのは、水俣の民の信心深さや、海の民としての健康でおおらかな心情です。海が目の前に広がり、魚を捕り、自然と一体になって、自然に感謝して生き、そして生きていく。時計など必要もなく、天気予報も聞くことなく、すべて五感で科学よりも正確に生きていく貧しくて豊かな民の姿。

       その民の姿はほとんど石牟礼道子の創りだした小説人物であり、「取材」の形で書かれているけれど、録音してテープ起こしした「肉声」などではないと渡辺京二は指摘します。

       本書の最終章「満ち潮」の中でこんな一節があります。「(会社が移転したからといって)水俣が潰るるか潰れんか。天草でも長島でも、まだからいもや麦食うて、人間な生きとるばい。麦食うて生きてきた者の子孫ですばいわたしたちは。親ば死なせてしもうてからは、親ば死なせるまでの貧乏は辛かったが、自分たちだけの貧乏はいっちょも困りゃせん。会社あっての人間じゃと、思うとりゃせんかいな、あんたたちは。(略)会社の廃液じゃ死んだが、麦とからいも食うて死んだ話はきかんばい。」水俣病を巡る闘いでは、患者を助けることと、水俣の全住民を助けることとが天秤にかけられ、水俣病患者がチッソに訴えることが、市民感情と離れていく様子が浮かび上がり、患者の救済とチッソの存続が同じ課題として取り上げられるのです。今、この箇所を読むと、どうしても原発のことが頭に浮かびます。原発推進派と反対派の意見は、この水俣の時と同じ構図ではないのかと。「原発あっての人間じゃと、思うとりゃせんかいな、あんたたちは。」と突きつけられているようです。水俣でも補償金を巡る問題が様々に起こっています。市民と患者、患者同士でも不公平感、カネにまつわる醜い争い。そこには沖縄の基地問題などが重なって見えてきます。

       石牟礼道子は、足尾銅山鉱毒事件を何度か引き合いに出しながら、水俣の問題とつなげて考えています。私はさらにそこに原発をつなげて考えてしまうのです。「チッソ+国」が、「東電+国」となっただけで、そこに横たわる問題は解決されていません。地方の村が生活基盤や生命までも奪われて、生きている誇りも奪われて、なお生きている。多額の補助金と引き替えに。

       チッソは現在、世界の液晶生産のシェアが50%とか。人口2万人と少しの水俣市の税収の多くはチッソに負っています。
      >> 続きを読む

      2012/07/17 by

      苦海浄土」のレビュー

    •  まさしく、原発問題と重ねるべき問題だと思います。
       水俣病問題はいつ始まったのか。水俣奇病が保健所に届けられた時ではない、チッソが有機水銀を流しはじめた時でもない、それは、人を人として見なくなった時からだ、と被害者の緒方正人さんが言われていました。
       地域住民や原発労働者を人としてみた時、原発という技術を維持することがはたしてできるでしょうか。
      >> 続きを読む

      2013/05/16 by 弁護士K

    • 弁護士Kさん、水俣病の問題は先日画期的な最高裁判決が出て救済の問題も新しい局面に入りましたね。それにしてもここまでどれだけの時間と命が使われてきたことでしょうか。原発の問題も補償や健康被害の話はきっとこれから先のことで、それを思うとやるせない気持ちになります。願わくば水俣を教訓としてもっと人を人として扱っていける社会に変わってほしいです。 >> 続きを読む

      2013/05/16 by nekotaka


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