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他人の顔

4.5 4.5 (レビュー3件)
著者: 安部 公房
カテゴリー: 小説、物語
定価: 500 円
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    「他人の顔」 の読書レビュー (最新順)

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    • 評価: 5.0

      やられましたねー。
      久々の安部公房、ただ単に仮面を被って他人になりきる話と勘違いしてたおかげで、どんどんと深く落ちていきました。
      仮面というのは実は歴史上ずっと人々のすごく身近にあり、どの文化圏にもある、という意味で人間に共通する内面的な特徴、欲望や恐怖や美なんかの、普遍的なものを表してると思うんですね。
      ずっと前に東京で仮面の展示を見たくらいから、なぜ人はここまで仮面にこだわるのか、という疑問がずっとありました。
      大英博物館にぶらりと行っても仮面ばかり探して。
      で、その答えは、この本にありました。

      化学実験事故で顔の表面を失った主人公は自分は世間に人間として認められないことに苦しむのだけれど、本当に耐えられない苦しみは妻からの拒否だった。
      それはあからさまな嫌悪でなく、顔を失ったという重大な変化を無視しようとする、もしくは軽視しようとする拒否。
      あまりにも淡々とした、普段の生活の匂いがまとわりつく妻の優しさと、凛として日常で有り続けようとする強さ。
      世間や妻と人間関係上の通路を失った彼は、他人の顔の仮面の下で、何に対し怒り嫉妬し妬み恨むのか。
      それは結局は他人に向かった感情ではなく、無力のくせに姑息な仮面づくりという無駄な行為に没頭しいい気になってる自分自身に向かったものだった。
      何度か、社会的に差別される側に自分を並べているのが面白い。
      ここで出てくるのは、黒人や朝鮮人のように自分は不当な扱いを受けている、でも彼らは苦しみや怒りを分かち合う仲間がいる、私にはいない、ということ。
      見た目の差別の根本を突いているとも言えるのでは。
      黄色人種というのは、白人や黒人といった黄色でない人が現れて初めてできる概念で、元々あるものではない、そんなもので人間自体は異ならないはずなのに、
      でも、やはり顔の色なのだ、結局人種とは、人間とは、そして個人とは、顔の表面数ミリのレベルの問題でしかないんだ!と悟り、自分の仮面づくりの行為を正当化したり貶したりを繰り返すうちに…
      とうとう真実にたどり着くんですね。
      そうだ、私はただの性欲に飢えた痴漢にすぎず、それを歪めて仮面なぞ姑息な真似をしているだけなんだと。
      それを自己防衛するために記録に残すという自慰的な無駄な実態のない悪あがきをしているだけなんだと。
      そこにたどり着いてしまった虚しさ、そして、最後に迎えた衝撃的なもう一つの告白、と思っていると、最後の最後に、極度の虚しさを超えるために、想像を果てしなく超えたところまで堕落してしまう…
      妻への告白ノートという形で書かれているので、ある程度時間の流れに沿って話は進むけれど、途中で備考が入ったり、夜中の妄想に執拗にこだわり、ただの空想なのに実際の行動よりも詳しく説明されていたり。
      それはまるで先の見えない悪夢のようなストーリー展開。
      こちらは、早く仮面を被って奥さんに会いに行きなよ、と思ってるのに、主人公は「きっとこうやって出くわしてやる、そうだ、そしてこうやって、こういう風に、でもお前はなぜこういう反応なのだ」と妄想の中で興奮し嫉妬し落胆する。
      実際に会ってしまうと表現は短くなり、妄想という安全地帯から行動という危険地帯に投げ出された主人公は(ノートの割合上は)結構あっさりと怖気づく。
      やはりこの小説の面白いのは妄想とそこから生まれる嫉妬、しかも自分が仮面を通じて妄想の中で産んだ嫉妬の、それこそ蛭の巣のような彼の本来の顔の表面のようなネチネチとした感じであり、
      もう奥さんに会おうが会わまいがどうでもいいんじゃないかという位に思える。
      ちょうど、フロイトの夢の分析がそうであるように、無意識というもう自分ではコントロールできないひねくり曲がった欲望のように、妻の愛情という本来の目的よりも、そこにたどり着くまでの工程や苦悩に重点を置き、マゾヒスティックな欲望から悦びを得る。
      そう、主人公のノートが終わるまでは。
      彼の告白ノートが終わると今度はネチネチ妄想もあれだけ苦しんだ行動も、一瞬にして破壊するもう一つの告白が現れ、読んでるこちらも絶望的になってくる。
      まさか、狩人が獲物になるとは。
      主人公の馬鹿みたいに精密に仮面制作作業に没頭した真面目さと、
      自らの偏った性欲を認めたほどの正直さと、
      痴漢になってまでも妻と繋がっていようとする愛情と、
      全てが完全に無駄だったとは…
      そしてその絶望のどん底から這い上がる主人公がやっと、起こした行動は、一度してしまうともう二度とこちら側へ戻れない危険な行動であり、
      この決意と行動によって、やっとこの小説は無事に完結する。
      彼の、無意識の欲望と有意識の目的がやっと一つになり、コソコソとノートに綴る必要も意味もなくなる、完結。
      仮面とは被る人間の無意識への切符のようなもので、仮面は他人に変身するための道具ではない。
      自分自身の欲求不満の八つ当たりのために仮面を利用し、かぶっている自分のそういう湿ったパワーに酔う。
      それで世間はとりあえずは侮れる。
      でも、仮面を被っても、痴漢になっても、欲望をむき出しにしても、
      結局、有意識の目的の達成が無意識の欲望の達成にはならない悲しい事実ゆえ、読者が自己嫌悪に陥るくらいに後味の悪い小説です。
      >> 続きを読む

      2018/01/12 by

      他人の顔」のレビュー

    • 評価: 4.0

      液体空気の爆発で顔一面がケロイド痕になってしまった男が、妻の愛を取り戻すため、仮面をつくり、それを被ることで新たな自分を創出しようとするのだが・・・その仮面の使用により、"顔"のもっている本質が抉り出され、予想しなかった結末を迎えることになってしまう。

      作品のおおよそが書簡形式で書かれており(そのほとんどは妻へ宛てた男の告白の手紙)、仮面の作成の行程、それが思ったように機能するか実験をするというクダリの部分に作品の7割くらいが割かれている。その部分の比喩や隠喩、言い回しなどが難しくなかなか意味がとれないこともあり、前半は読み進むのに苦労した。

      その後の部分、仮面で妻に向かい合うという本題の段階になると話が俄に進み出し、一気に読み終えた。
      仮面を被っての妻との情事?の場面では、性倒錯・屈辱・征服・虚無などいくつもの男の中の感情が錯綜し、取り乱す男の心と共に、読んでいる自分も心をあちこちに振られた。
      そのうち男は仮面と素顔の生活が入れ替わってしまい、仮面が正か素顔が正なのか解らなくなる。実は素顔こそが仮の姿で、その素顔で暮らしていた我が家は実は砂漠で見るような蜃気楼ごときだったのか、と確信するようになる。
      仮面を被って(素顔を隠し)別人として、妻と情事を幾度も重ねる。そして最後に妻に今までの仮面に関する一切を手紙で告白するのだが、実は妻は仮面の男は夫だと初めから気付いており、逆にその手紙での非情なそして一種自分勝手な男の言い訳に愛想をつかし、夫の面前からいなくなってしまう。その場面は救いがなく何ともやりきれない気持ちになった。
      ちなみに仮面を被っているという事実は近所の白痴の娘にも見抜かれていたのである。全く今までのことはなんだったのか、結局何にもしていないのと同じではないかとなってしまった。

      結局顔とは、実際目に見えている顔はただの記号であって、物理的に顔がどう変わろうと、自分以外の他人にとってはその人であることに全く変わりはないということなのか。
      人は他の人を目に見えていることよりも超感覚的な所で認識しているからであろうか。
      顔の存在意義を考えさせられた。
      >> 続きを読む

      2017/09/18 by

      他人の顔」のレビュー

    • 長年夫婦をやっていると相手の顔をまじまじと見ることって少ないです。
      恋愛対象を探している時には顔という情報はとても大事だったのにね…。
      人を認識するのは、顔ではなく、立ち振る舞いや体つきや声と話し方といった全体像だと思うのです。顔の好悪は造作以上にその人の見せる表情によるような気もします。
      ミステリーでは顔を変えるというネタが結構あるのですが、それで知人の前から姿を消すというならいざ知らず、他人になりすますのは無理でしょう。
      この小説の場合はユングの心理学に通じる「ペルソナ」をテーマにとったものかと思うので、ミステリーとは別物ですね。
      読後いろいろ考え込んでしまいそうです。
      >> 続きを読む

      2017/09/18 by 月うさぎ

    • 月うさぎさん

      あと読んでいて、男の本質(心)をいとも容易く見抜く女性の能力(第六感?)に改めて瞠目しました。 >> 続きを読む

      2017/09/20 by Reo-1971

    • 評価: 4.0

      本作は『砂の女』『燃えつきた地図』とともに「失踪三部作」と呼ばれている。構成はシンプルながら、文意を理解するのはけっこう難しく感じた。

      研究員の男は実験中に液体空気を爆発させてしまい、顔いちめんがケロイド瘢痕に覆われ、その下には蛭が巣くうというかなりの損傷を負った。顔の原型を失うことで受けた精神的なダメージも計り知れず、ついには自己の存在に対する確信までもがゆらぐことになる。
      男はその原因を、顔がないことで他人に心を閉ざされるからだと考えた。人々の愛想の良さは、彼を変に刺激して関わりあいになることを避けようとする心理からだろうと思い、妻に対しても、本当は拒みたいのを我慢して結婚生活を続けているのではないかと疑ってしまう。

      しかし妻は手紙で、それは男の独りよがりだと指摘する。「どんな他人も、あなたにとっては、いずれ自分を映す鏡にしかすぎないのですから」。彼の場合、他者を通して見える自分に自己評価を依存してしまっていたことが自分を見失った一因である。

      男は妻を誘惑して愛を取り戻すことで自己を回復させようと、仮面だと気づかれない仮面を製作して「包帯」と「仮面」との二重生活をはじめる。妻を誘惑することに成功して、自信に満ちた仮面。男は、他人に簡単に認められる仮面に対する強烈な嫉妬をおぼえずにはいられない。映画に登場する、顔の半分が美しくてもう半分が崩れて変形した少女が、ふと美しいほうの半分も硫酸をかけて醜くしたくなる衝動を引き起こすとしても驚かないと男が考えたのは、美しい半分を仮面に、醜い半分を包帯になぞらえられたからであろう。

      先ほど妻が誘惑されたと書いたが、それは男に愛想をつかしていたからではない。他人になりきるためのものだった仮面に、男の素顔がにじみ出ていたからこそ誘惑されたのである。
      結局、顔を失って心を閉ざしたのは他人ではなくて男のほうだったのだ。
      >> 続きを読む

      2017/06/10 by

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