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金沢の高級旅館で発生した絞殺事件。被害者は都内大手企業の女性課長、所持品は泉鏡花記念館のパンフレットだった。一方、東京で連続して発生していた高級デリヘル嬢殺人事件の被害者たちも有名企業の社員ばかり。奇妙なことに、なぜか犯人はいずれの事件でも死後硬直した遺体のそばに、長時間にわたって居座っていたことが判明する。犯人像を絞れぬまま、捜査本部は女性警察官をデリヘル嬢に扮装させ、囮捜査を決行するのだが…。光文社さんが主宰している日本ミステリー文学新人賞を、デビュー作『クリーピー』で受賞された著者、前川裕さん。1951年生まれですから、御年64歳になられる人生のベテラン、作家としてしては遅咲きの方です。本職は、法政大学で教鞭をとられていらっしゃる大学教授。ちなみに専門はアメリカ文学、比較文学とのことで、その方面での論文や訳書も多数、書いていらっしゃるそうで、文章は書き馴れていらっしゃるようです。職業柄か、連載小説を持たない(多忙で、持てないのか)のが特徴で、出された作品はすべて書下ろしです。デビューから3作は新人からお世話になった光文社さんから、その後、本作と前作『酷 ~ハーシュ』は新潮社さんに出版の場を移して作品を発表されています。思うに、『酷 ~ハーシュ』から微妙に作風が変化しています。より、文学性が高まったというか、著者が書きたいものを書きだした感じがするというか。『酷 ~ハーシュ』のレビューで、僕は「デビュー作が頂点で、明らかに劣化してきている」という趣旨のことを書いたのですが、本作を読んでいる途中から、僕の読み方、前川さんの作品の楽しみかたを間違えているのではないか、という疑念にかられるようになりました。前川作品の性格上、陰惨な殺人と、インモラル・エロスをまとった禍々しい雰囲気は欠かせない要素で、その点については、デビュー作よりも新作になるにつれ、徐々に深く、より過激に描写されるようになりました。それらにまつわる人間関係や因果関係の異常、狂気じみた登場人物たちの恐怖といったものを描写させたら、現在、他の作家さんに同程度の退廃的、異常性を内包した作品を書かれる方を知らないほど、突出して優れた書き手さんだと思っています。横溝正史の『獄門島』『八つ墓村』『貸しボート13号』あたり、江戸川乱歩の『孤島の鬼』あたり、あの辺の雰囲気と重なる、目を背けたくなるような剥き出しの人間の欲望、欲情と、おどろおどろしい世界観。僕が感じるところでは、多分に影響を受けていらっしゃるものと思われます。それら昔の名作と違うのは、殺人事件が起こる=警察の捜査(近代的な科学捜査)の介入、といった図式を無視することができないということでしょうか。物語性のふくらみを考慮すると、この構図は、情緒ない、極めて野暮な設定なのですが、これを挿入しないでいては小説の中の現実感が急激に希薄になり、かえって興が殺がれるという、もどかしい両刃の剣になっています。綾辻行人さんから始まった、“新本格ミステリ”のブームが最終的にぶつかった壁もここでした。捜査が探偵の手から、警察の手に渡り、殺人現場の様子を防犯カメラをチェックして解明するような機械的な捜査に移行して行く時代の流れの中で、「警察不在」という小説を発表して、世のミステリファンたちを納得させることが難しくなりました。そこで、逆手をとって、近代捜査そのものを真ん中に据えた昨今の警察小説のムーブメントがあるのだと思いますが。前川さんの作品でも、陰惨な殺人事件が物語の主軸を為しています。当然、警察が介入してくるわけですが、僕が「劣化してきている」と感じたのは、『クリーピー』以降、どんどんこの警察捜査員の存在感が希薄になっているからなのです。本作の主人公は法然(ほうねん)という風変わりな苗字の刑事なのですが、主人公に据えるだけあって、作品中での警察の役割はかなり重要度の高いものです。しかし、法然ふくめた警察官たちの人物造形の浅さは、これはわざとそうしているのかと思うくらい深くないのです。乱暴に言ってしまうと、でてくる刑事達すべてに個性が少なく、10人前後登場する刑事達は誰でもその役回りができる、つまり10人も登場させる必要がなくて、法然ひとりでもいいくらいの粗さ。それから、無駄、非効率、憶測先行といった、浮世離れした捜査手法。こういった、警察が登場することによっての現実感の乏しさが、僕の中で作品の評価を落としていた理由でした。「警察小説」エンタメとして読んでいると、苦痛を覚えるほどページをめくる手が進まないのです。前川さん独特の、不愉快な雰囲気の中での、猟奇的な犯罪、異常人格をもった魅力ある登場人物たちを読みたいのに、遅々としてスリリングな起伏が訪れない。そうかと思うと、突如として物語がたった一行で方向転換する。読んでいて「う~ん」と唸っていたんですが、冒頭、述べたように、中途でハタと思いあたることがありました。これは、読み方を間違えているな、と。囮捜査に異常なまでの執念を見せ、危険な犯人とのやり取りの中に女性警察官を侵入させ、そのいたぶられようを微細に活写する。東電OL事件の陰惨さ、隠秘さを想起させる高学歴で、性に奔放(というか病的にセックスに執着のある)な女性の殺人。映画「羊たちの沈黙」のハンニバル・レクター博士を彷彿とさせる、事件の全貌を知っているかにふるまう精神科医の異常な性癖。一家惨殺事件の過去を持つ、不幸な生い立ちの者たち。近親相姦、死後硬直性癖…。前川さんが書きたいのは、決して巷に溢れているエンタメ警察小説の類ではなく、こうしたインモラルで、退廃的で、背徳的な異常な世界なのかな、と思った瞬間、遠回りしている刑事達の行動が、明確な神(作家さん)の意志を持った駒に思えて、ストンと腑に落ちてきたのです。結論、ミステリというくくり方や、万人受けするエンタメというのは当てはまらない、背徳的な異常犯罪小説といった方がいいのかな、と思いました。文学的に評価され辛い分野だと思いますが、埋没させるにはもったいない筆者の力量を、新潮社の担当者は見抜いているものと思います。あとは売り方だと思います。タイトルや装丁といったルックスは勿論、帯の謳い文句、勧めてくれるコメントを求める作家さんの選択。気になったのは、やっぱり60過ぎてるからですかね、言葉遣いが古めかしいです。「女房はかなり飲んだのかね?」~かね、なんて、今日びの40代の男性はつかいませんね。作品中、ずっとそう。演出の一部だとしても、これらは不要だと思いました。 >> 続きを読む
2015/10/18 by 課長代理
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