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死の泉

5.0 5.0 (レビュー1件)
カテゴリー: 小説、物語
定価: 1,134 円

第二次大戦下のドイツ。私生児をみごもりナチの施設「レーベンスボルン」の産院に身をおくマルガレーテは、不老不死を研究し芸術を偏愛する医師クラウスの求婚を承諾した。が、激化する戦火のなか、次第に狂気をおびていくクラウスの言動に怯えながら、やがて、この世の地獄を見ることに...。双頭の去勢歌手、古城に眠る名画、人体実験など、さまざまな題材が織りなす美と悪と愛の黙示録。吉川英治文学賞受賞の奇跡の大作。

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    「死の泉」 の読書レビュー (最新順)

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    • 評価: 5.0

      【退廃と悪夢と復讐と】
       皆川博子さんは、大変多彩な作家さんです。
       様々なジャンルの作品を幅広く手がけており、例えば児童文学あり、時代小説あり、推理小説あり、はたまた幻想文学あり。
       本作は、そんな皆川作品の中でも、『薔薇密室』や『伯林蝋人形館』などと同じタイプの、私が最も好きなジャンルの作品です。

       物語の舞台は、第二次世界大戦中、及び戦後のドイツです。
       大戦中、ナチスにより様々な人体実験が行われてきましたが、主要な登場人物であるクラウス博士もそんな実験に携わっていた一人でした。
       医師でもあり、SSの高級士官だったのです。

       クラウス博士は『レーベンボルン』(生命の泉)と呼ばれていた児童収容施設の最高責任者でもありました。
       当時、ナチスは、金髪碧眼の典型的な北方ゲルマン系の子孫をドイツ国民として残そうとしており、その様な子供達を集めて養育していた施設がレーベンボルンだったのです。
       また、戦争により男児が失われていくことを補充するため、ドイツ人男性には婚外子を作ることが奨励されてもいました。
       そのような子供を孕んでしまった女性は、レーベンボルンに入所すれば出産の支援をしてもらえたのです。
       そして生まれてきた子供が金髪碧眼の持ち主であれば、以後も施設で養育されていたのですね。

       このような金髪碧眼の子供達は、その内SS隊員の養子として引き取られていき、正統なドイツ国民として認知されていきました。
       とは言え、実際にはポーランドなどの子供でも金髪碧眼の条件に合いさえすれば、親から強制的に引き離してこの施設に入れ、『ドイツ化』を施した後、ドイツ国民としてSSの養子に出していたのでした。

       さて、クラウス博士は音楽に偏執的な愛情を抱いていました。
       特に、ボーイソプラノに対して。
       当時、レーベンボルンには、ポーランドから強制的に連れてこられたフランツとエーリッヒという二人の男の子がおり、特にエーリッヒの歌声にクラウス博士は魅了されていました。
       博士は、この二人だけはSSの養子に出さず、手元に置いて歌手として育てたいと熱望しており、ナチス上層部にも自分の養子にしたいとの申請を出していました。
       しかし、クラウス博士は独身だったため、この申請はなかなか聞き入れられずにいたのです。

       そんな時、レーベンスボルンに美しい女性が出産のために入所してきました。
       彼女、マルガレーテは、若くしてギュンターという裕福な家の青年と関係を持ち、子供を身籠もってしまったのです。
       ギュンターは、反ナチス運動をしていた知人をナチスに売ったことで『愛国者』として名を馳せ、また、家柄も良かったことから女性に不自由はしませんでした。
       マルガレーテも、そんな数いる女性の一人に過ぎませんでした。
       ギュンターは、マルガレーテから妊娠したことを告げられますが、子供を養育する意思などこれっぽっちもなく、自分は入隊すると言い残して軍隊に入ってしまったのです。

       クラウス博士はそんなマルガレーテに目をつけ、マルガレーテに結婚を迫ります。
       もちろん、それはフランツとエーリッヒの二人を自分の養子にするためです。
       マルガレーテも醜いクラウス博士に愛情など抱いてはいないのですが、自身とお腹の中の子供を庇護してもらうためにこの結婚を受け入れます。
       そして、マルガレーテは男の子を出産し、その子はミヒャエルと名付けられたのでした。

       ここまでが戦前のお話です。
       戦後は、終戦時の混乱もあり、クラウス博士があれほど渇望したフランツとエーリッヒとは生き別れになってしまいます。
       クラウス博士は、今はマルガレーテとミヒャエルと一緒に暮らしていたのですが、このミヒャエルがまた美しい声を持っていたのです。
       クラウス博士の厳しいレッスンもあり、ミヒャエルは17歳だというのに未だ変声期を迎えず、美しいボーイソプラノのままだったのです。

       さて、ここで運命の数奇な歯車が回り始めます。
       戦後のミュンヘンに、ゲルトという男の子が自堕落な母親と二人で生活していました。
       母親は男にだらしのないブリギッテという女性。
       実は、ブリギッテも戦前レーベンスボルンで働いていたことがあり、マルガレーテが玉の輿に乗って裕福な生活をしていることに嫉妬し、自分からクラウス博士に言い寄り、クラウス博士の子供を身籠もったのです。
       ええ、その子供がゲルトでした。
       ブリギッテも、クラウス博士と生き別れになってしまい、今はゲルトを抱えてミュンヘンで生活していたのでした。

       そして、ここで再び登場するのが、あの『愛国者』ギュンターです。
       ギュンターは、今は設計技師として働いていますが、折からの不況のため仕事にもあぶれている状態でした。
       そんなギュンターに接近してきたのが、何とクラウス博士だったのです。
       ギュンターは先祖代々維持していた古城を相続していたのですが、クラウス博士はその城を売って欲しいと持ちかけてきたのです。
       何のためにあんな荒れ城が欲しいのか?
       不審がるギュンターでしたが、クラウス博士はギュンターの歓心を買うため、ギュンターの事務所の窓から翌日催されるパレードが良く見えるから妻と子供の見せてやりたいなどと頼み込むのでした。

       翌日、ギュンターの事務所に現れたのはマルガレーテとミヒャエルだったのです。
       ギュンターは、一目でマルガレーテと気づきますが、マルガレーテはまるで腑抜けのようになっており、ギュンターに全く関心を示しません。
      ギュンターは、17歳だというのに子供の声で話す、発育不全とも思えるミヒャエルを見て、これが俺の子なのかと感慨に耽ります。

       その時、パレードの雑踏の中から得も言われぬ美しい歌声が聞こえてきました。
      歌っているのは若い男生徒美しい女性でした。
       この二人の歌声を聞いたクラウス博士は血相を変えて表に出て行き、この二人を追いかけますが人混みに遮られて見失ってしまいます。

       ええ、この二人こそがフランツと女装したエーリッヒだったのです。
       二人は戦後の混乱期の中を生き延び、今は大道芸人のようにして、その美しい歌声で金を稼いでいたのです。
       エーリッヒは女装して美しいソプラノで歌い、曲が終わると胸を見せて男性であることを示すことにより人気を博していたのでした。

       何故、エーリッヒはいつまで経ってもソプラノで歌えるのか?
       それは、終戦間際の爆撃の中、クラウス博士がエーリッヒを去勢したからなのです。
       美しいボーイソプラノを残したいという勝手な願望だけでそんな手術をしたのですね。
       その手術が終わった直後、クラウス博士の家も爆撃を受け、マルガレーテは自分の子供であるミヒャエルを助け出すのが精一杯で、いわば、フランツとエーリッヒを見捨てたような結果になってしまったのです。
       気を失って倒れていたマルガレーテはクラウス博士によって助け出され、戦後ミヒャエルも交えて三人で暮らしていたというわけです。

       もちろん、フランツもエーリッヒも、クラウス博士やマルガレーテ、あるいは一人助けられた子供のミヒャエルに深い恨みを抱いていました。
       復讐してやるという気持ちを持ち続けて。
       しかし、フランツもエーリッヒも、この時点ではクラウス博士の居場所を知らずにいたのでした。

       この先、ゲルトの動きもあって、このような運命的な邂逅の輪が狭まっていき……
       そんな物語です。

       ナチスドイツの退廃的で悪魔的な色彩、優生学思想や人体実験の数々、偏執的なボーイソプラノへの相、裏切りと後悔。
       そんな諸々のことがない交ぜとなってめくるめくような展開を見せる物語です。
       いやぁ、堪能させて頂きました。
       皆川さんらしい素晴らしい作品でした。
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      2019/07/11 by

      死の泉」のレビュー

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      早川書房 (1997/09)

      著者: 皆川博子

      • 評価: 5.0


        私の大好きな作家のひとり、皆川博子の第32回吉川英治文学賞を受賞した「死の泉」を読了。
        高貴と野蛮の相貌をそなえた絢爛たる、ゴシック・ロマンの豊饒な物語世界に魅了されてしまいました。

        カストラート-----去勢手術によって、変声期前のソプラノを保ったまま成人した男性歌手たち。
        十七~十八世紀のヨーロッパで全盛を誇ったその歌声には、一種、魔性の魅力があったというが、今日では最末期に残された不鮮明な録音から、わずかにその片鱗をうかがうしかない。

        この「死の泉」は、西欧的な高貴さと野蛮の双貌をそなえた倒錯的な存在と、同じく西欧的な高貴さと野蛮の産物であるナチス優生学の悪夢とを結び付けるという、卓抜な着想から生み出された、華麗にして絢爛たる長篇ロマンの傑作だと思いますね。

        第二次世界大戦末期のドイツ。
        アーリア民族純血化計画の一環として設けられた、児童養育施設に入所したヒロインは、生まれてくるわが子を守るため、SS幹部で所長のクラウスの求婚を受け入れ、類まれな美声の持ち主である二人のポーランド人孤児の養母となる。

        科学と芸術の狂的崇拝者であるクラウスは、怪しげな生体実験を繰り返すかたわら、少年たちに厳しい声楽のレッスンを課し、さらに-------。

        帝国崩壊によって四散した"偽りの家族"の絆が、十五年の歳月を経て再び結び合わされた時、凄惨な復讐劇の幕が上がるのです。

        複雑に絡み合う愛欲恩讐の因縁の糸で、絢爛と織りなされる"運命の悲劇"であるこの作品には、ミステリやサスペンスよりも、むしろ古色蒼然たるゴシック・ロマンという呼び名こそが、ふさわしいのではないかと思いますね。

        とりわけ、作中の人物が次々に、甘美なる死の暗冥へと退場していく最終章には、"悪意と惑乱"のストーリーテラーたる作者・皆川博子の面目が、まばゆいほどに輝いていると思う。

        >> 続きを読む

        2018/05/10 by

        死の泉」のレビュー


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