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忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫)

4.0 4.0 (レビュー1件)
著者: カズオ イシグロKazuo Ishiguro
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    「忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫)」 の読書レビュー (最新順)

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    • 評価: 4.0

      『教えておくれ、お姫様。おまえは霧が晴れるのを喜んでいるかい』
      日本人は忘れるのが得意です。
      自国の国家が過去やってきたこと、やられたこと。
      歴史の中ではついさっきともいえる、太平洋戦争だって、江戸幕府の倒幕だって、ほとんどの人は気にも留めずに今を生きています。ヨーロッパ諸国の民族国家独立問題にも正直「なぜそんなに?」という感がぬぐえません。
      そもそも「日本民族」の定義がなきに等しい。
      大昔から外国人も移民ではなく帰化人と言い換えて日本人認定してきちゃったくらいですし。
      だから本作を読んで民族問題の切実さを身につまされて感じる人は、沖縄の方以外にはあまりいないのではないでしょうか?
      ヒトの脳が動物と異なるもっともすぐれた点が「忘却能力」であるという説もありますから、日本人は脳が進化しているといえるのかもしれませんね。(皮肉です)

      カズオ・イシグロの前作「わたしを離さないで」が記憶こそが人生であるという切り口だったのに対し、異なるテーゼを展開したのが本作でした。
      個人の記憶以外にも、人類、社会の記憶というものも存在するわけです。
      本作ではアクセルとベアトリスという名の老夫婦の人生の歴史といったパーソナルな記憶と、英国の歴史に刻まれる民族間の闘争の記憶とが同時、並列に描かれます。
      おもしろい手法だと思います。
      そのために時代小説のスタイルを選んだのでしょう。
      作者はファンタジーを描いたつもりはないといいますが、寓意としてでもファンタジーとしてでも恋愛小説としてでも時代小説としてでも読めると思います。

      日本人で英国史を詳しく知っている人はあまりいないですよね。ここにもハードルがあります。
      英国(大ブリテン島)には、大陸(ドイツ)から大移動してきたザクセン人(サクソン人)の侵攻を受けたケルト系のブリトン人が激しく戦い、伝説のアーサー王の時代に一時勢力を取り戻すも、結局はサクソン人の侵略の猛威に屈する、という残酷な民族の歴史の事実があるのです。
      英国人にとって、本能寺で織田信長が謀反にあって自害するのと同じくらい説明もなくていい「事実」なのですね。

      ブリトン人にとって一時の平和な時代をイシグロはあえて選んだわけです。
      ああ、この後、再び戦乱の時代が訪れ多くの血が流れ、ブリトン人は二度と覇権を握れないのだ…という無念感。

      ところが、日本人にはとくにこの時代に対する感情の高ぶりを含む思い入れがない。
      …もしかするとイシグロにもその思いがないのかも、と思ってしまいました。
      この小説があちこちで不評を呼んだのは、アーサー王をもってきたせいではないかと思います。
      物語の大きな役割を果たす人物としてガウェイン卿が登場します。
      アーサー王の円卓の騎士で甥で、英国では高潔で正義と勇気をもったヒーロー、騎士の中の騎士です。
      しかし、彼は老いさらばえ、ドン・キホーテのように滑稽にも思える言動をし、後悔の言葉を吐き、迷います。
      これにはアーサー王ファンは驚き、不愉快になるかもしれませんね。
      ドラゴンが出てきたからファンタジー、なんて読書家の人は思いませんよね。
      けれどもファンタジーの堅牢な世界観に馴染んでいる者からみると、半端な世界設定だと思われても仕方ない部分もあるかもしれないです。

      「忘れられた巨人」とはいったい何を指すのでしょうか?
      土をかぶせ、覆い隠されているものはいったい何?

      日本には「寝る子を起こすな」という諺があります。
      悲惨な過去は隠されている方が平和な場合もあります。
      新しい時代を生きる人が生まれる以前の過去の歴史にどれだけ責任があるでしょうか?
      しかし「無かったこと」にしようとする悪意を持った、利得者の利己的な隠ぺいだったとしたら、許すわけにいかないという正義感ももっともだと思います。

      しかし「復讐心だけを心に刻んで忘れるな」という教えはいかがなものか?
      事実、「霧」が晴れ自分の過去がよみがえることで、戦士は今までの自信に満ちた態度がとれなくなります。
      信念として持っていた正義をもはや信じることができなくなったはずです。
      ブリトン人=加害者⇒敵、サクソン人=被害者&同朋
      事実を直視すればそんな簡単なものではなかったのです。
      この変化をわざと誇張しないで描いているイシグロ。
      渋いです。
      (ここが重要だと言っているレビューは今のところないですね)

      一方、過去の罪の忘却こそが平和の条件であり、戦闘における民間人被害は平和のためのやむを得ぬ犠牲であったという論理の卑怯を指摘し、
      キリスト教の慈悲の神のご都合のいい赦しを批判しており、殺戮の正当化を許さない強い言葉もみられます。

      じゃあ、忘れたほうがいいのか、忘れない方がいいのかとなると、そこは結論は出しません。

      「霧はすべての記憶を覆い隠します。よい記憶だけでなく、悪い記憶もです」
      「悪い記憶も取り戻します。仮にそれで泣いたり、怒りで身が震えたりしてもです。人生を分かち合うとはそういうことではないでしょうか」
      いいことも悪いことも全部引き受けて人生
      ベアトリスはそう言い切り、腹をくくって勇気をもって前に進めます。
      しかしアクセルは迷いを結局捨てきれません。
      自分の心の強さを信じきれません。
      背負っているものが違うということもあります。
      しかし男と女にとっての過去の価値の違いということもあるのではないでしょうか?

      私が思うには、男のほうが過去を後生大事にしていますよね。
      女の方が強い?

      まあ少なくとも、女性のほうが戦争好きではないです。
      過去の遺恨やプライドのために血を流すのもまっぴら。
      未来を託す子供たちの命を守るのが最優先だから。

      物語のラストの解釈やその後の展開(予想)については諸説があり「ネタバレ」として解釈を語っている方が多くいましたが、
      誰も私の解釈と完全に一致な人はいないのですね。

      ああ。誰かと話したい。うずうず。

      さて、あなたはこの物語に何を見出すでしょうか?
      おそらく誰にも感情移入ができぬままに終わってしまうこの小説の中で。
      >> 続きを読む

      2018/03/04 by

      忘れられた巨人 (ハヤカワepi文庫)」のレビュー

    • バカボンさん
      日本にはいい表現がありますね。「お天道様が見ている」と。
      キリスト教には「迷える仔羊」という主題があります。
      ずっと真面目に「親」の元で生活した者より放蕩息子の帰還の方が喜ばしい事とされています。
      また、カトリックには「懺悔」と「免罪符」という「システム」もあります。
      こうなると心が綺麗とかいう問題ではないですね。
      天国行きの椅子取りゲームであり、信者を奪い合う勢力拡大抗争です。
      信仰に生きるよりもお天道様に恥ずかしくないようにって普通に生きてる方が健全な気がします。
      >> 続きを読む

      2018/03/12 by 月うさぎ

    • chaoさん
      イシグロ氏と春樹さんをひき会わせたのは早川書房の社長だそうですが、すぐに意気投合して、互いに親交を暖めてきたそうです。
      小説のスタイルというよりも、小説との向き合い方が似ているのかもしれませんね。
      まだ2冊ではなんとも言えないですが。
      >> 続きを読む

      2018/03/12 by 月うさぎ


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