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椿山

3.0 3.0 (レビュー1件)
著者: 乙川 優三郎
定価: 1,337 円
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    「椿山」 の読書レビュー (最新順)

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    • 評価: 3.0

      小藩の若者たちが集う私塾・観月舎。
      下級武士の子・才次郎はそこで、道理すら曲げてしまう身分というものの不条理を知る。
      「たとえ汚れた道でも踏み出さなければ」苦難の末に権力を手中に収めたその時、才次郎の胸に去来した想いとは。
      生きることの切なさを清冽な筆で描ききる表題作など全四編を収録。

      空耳よさんのレビューを読んで手に取った初めての作家さんです。
      乙川さんは山本周五郎賞、直木賞、大佛次郎賞など、名立たる文学賞を受賞されている実力派作家さんです。
      本作は初期作品集。
      短編三本、表題作の中編一本。

      中でも傑作は、正しく人心の“清冽さ”を強く印象付ける、表題作『椿山』。
      江戸時代、某藩の下士身分の長男に生まれた三橋才次郎。
      彼は幼年にして、意欲・才気渙発でなければ入塾困難と、藩内にその名を轟かせていた私塾・観月舎の俊英です。
      観月舎は塾頭の方針により、職・身分の軽重を問わず、熱意ある者はあまねく教育するといった開放的な学校でした。
      ある日、同じく観月舎に通う、組頭・植草五左衛門の子、伝八から身に覚えのない因縁をつけられ、心ならずも決闘騒ぎに。
      卑怯にも数を頼んだ伝八の顔面に渾身の拳を見舞ったものの、多勢に無勢、才次郎は瞬く間に袋叩きの目にあいます。
      窮地を救ってくれたのは、やはり同門で百姓の子・寅之助。
      以来、才次郎と寅之助は、身分の垣根を飛び越え、無類の友として交わりを深くしてゆくのでした。
      思わず親友を得た才次郎は、帰宅後、父親の一喝に戸惑います。
      身分卑しき下士の倅の身なれば、上士の倅の狼藉になぜ耐えなかったか。
      才次郎は弁解も許されず、父・定右衛門ともども植草家へ謝罪に出向きます。
      屈辱の中で頭を垂れる才次郎は、世間に横たわる身分・出自の差が生む不条理に初めて接し、心ひそかに立身出世を強く望むようになるのでした…。

      その後、物語は望み通り、しかし手段を選ばず立身出世を遂げた才次郎を追い、その苦悩・葛藤を描きます。
      人として正しいことというのは、決して世間で言うところの正義と等しいものではないという、いつの世にもある人生の不条理に、敢然と立ち向かう若者の姿は痛々しく、その悲壮な覚悟は胸を打ちます。
      正しいということを、権力というものが凌駕するということを、才次郎は幾度も幾度も経験します。

      その夜、才次郎は改めて岩戸半助が残した書類を見た。見たからといってどうなるものでもないが、あるいは不正を追及する以外に使い道があるのではないかと思った。長田家老をはじめ重職らが最も恐れているであろうものがそこにあり、使い方によっては伝家の宝刀となるやも知れない。ただし、そのためには周到な手入れが必要で、岩戸のように無謀な正義を貫くつもりはない。
      そもそも正義を行うべきものが私服を肥やしているのだから、非力なものが正義を逆手に取って何が悪いだろうか。
      (きれい事では…)
      伝八や寅之助を見返すこともならない。たとえ汚れた道でも踏み出さなければ何も変わらぬだろう。それがはじめから決まっていた自分の道であり、ほかに孤独から抜け出る法もないように思われた。

      間違った考え方とたしなめることのできる大人が幾人いるでしょう。
      目には目を、世の不条理には不条理でもってこたえようとする才次郎に、憐みに近い悲しみを感じ、ともすれば共感しこそすれ、その道が誤っていると堂々と責め詰ることのできる人はおられないのではないでしょうか。

      当然のごとく、才次郎から友や、家族の心は離れ、ある夜などは奸物の汚名を着せられ闇討ちにまで遭います。
      己に斬りかかってきた義憤に燃えた若き侍に、才次郎は言い聞かせます。

      「世の中はおまえたちが考えるほどたやすくは変わらぬ、なぜだかわかるか。
      たとえ悪人を斬ってもまた別の悪人が現われる、早い話がおまえがその悪人になるかもしれん、志と言えば聞こえはいいが言葉を変えた欲にすぎん、世の中をよくすると言うが、それもおまえが望む世の中だろう、人にはそれぞれの欲があり、たまさか同じ夢を見ることはあっても最後は世の中や人のためにではなく自分のために生きる、たったいま仲間がおまえを見捨てて逃げたようにな、人間はそうできているのだ」
      「そんなことはない、きさまの考えは汚れている」
      「いまに分かる、それまで軽挙はせぬことだな、たとえ世の中を変えても人間は変わらぬし、人のために命を落として得られるものはないぞ」

      身もふたもない人生訓ですが、そんな考え方を否定できないのも事実です。
      そんな考え方を拠り所にして生きている人間たちはいつの時代も数多く、諦めと割り切れる分別を持つ者だけが、大人として次の階段をのぼることができるのですね。
      「今にわかる」の一言は、僕も、何人もの若者たちに投げかけてきた、諦めを促すための最低の一言です。
      自戒を込めていいますが、そんなものは分からなくていい、分かる時などこずともよいのです。

      才次郎が最後に起こす行動には、本来の彼の姿があり、物語に救いが見るのですが、そのラストシーンだけが寓話じみていて、薄ぼんやりと浮かび上がり、人としての道というものがいかに朧気であるかをさらに強く思わせたものでした。

      空耳よさんのおっしゃられる通り、文章は美しく静謐です。
      情景描写も巧みの一言。
      おすすめしていただいて、どうもありがとうございました。
      おかげで、今後も読んでいきたい作家さんに出会うことができました。
      >> 続きを読む

      2014/12/11 by

      椿山」のレビュー

    • >空耳よさん
      いつも、コメントありがとうございます。
      その後、乙川さんの書籍が見事に図書館の棚から消えてしまいました。
      「?今まで結構あったんだけどな…?」
      いぶかりましたが、本読みの中では乙川さんはすでに人気作家さんなのかもしれませんね。
      お知り合いの方々もたくさん読んでらっしゃるようですし。
      需要が高まっているんですね。きっと。
      >> 続きを読む

      2014/12/16 by 課長代理

    • こんばんは

      乙川さんのファンが増えているんですね。嬉しいです。
      こちらの図書館は単行本がありました。あ!と思ったんですが、今オススメの「一瞬の光」を読んでます。香折さんの鬱で大変です。
      サークルや雑用で進みませんが、白石さん深いですね。
      >> 続きを読む

      2014/12/16 by 空耳よ


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