こんにちはゲストさん(ログインはこちら) | 読書ログ - 読書ファンが集まる読書レビューサイト →会員登録(無料)

前日島

4.0 4.0 (レビュー1件)
カテゴリー: 小説、物語
定価: 2,400 円

時代はバロック。主人公の名はロベルト。1643年、枢機卿の密命を受けて乗りこんだ船が南太平洋で難破、命からがら流れ着いたのが、美しい島の入り江にうち棄てられた無人船「ダフネ」だった。たまたま島は日付変更線上にあり、入り江を泳ぎきれば、向こうは一日前の日。あのユダだってキリストを救い出せるのだ―そこは『前日島』だから。

いいね!

    「前日島」 の読書レビュー (最新順)

    最新のレビュー順 | 人気のレビュー順
    すべてのレビューとコメントを開く
    • 評価: 4.0

      【衒学趣味てんこ盛り。なんとも混沌とした奇譚だこと。】
       ロベルトは乗船中の船(アマリリス号)が難破したため、戸板に身体を縛り付けて漂流していました。
       ロベルトは泳げないのです。
       もう何日経ったのか。
       皮膚は焼かれ、喉は乾き切り、衰弱してもう駄目かと思ったその時、戸板は沖合に停泊中の大きな船に流れ着いたのです。
       必死の思いで、船から垂れ下がっていた縄梯子にしがみつき、何とか登りきると甲板に倒れ込み、意識を失ってしまいました。

       気が付いたロベルトは、何とか助かった事に気付きましたが、何だかこの船、人気がありません。
       甕に蓄えられていた水をむさぼり飲み、豊富に残されていた食料を食べ、何とか人心地がつきました。
       その後、船内を巡ってみるのですが、やはりどこにも人がいません。
       一体、乗組員はどこに行ってしまったのでしょうか。

       流れ着いた船はダフネ号という船だと分かり、外国語で書かれていた航海日誌から分かる範囲では、どうやらペストが発生したようです。
       乗組員はみんな死んでしまったのだろうか?
       では、死体はどこにあるんだ?
       死んだ者から海に投げ捨てられたにしても、最後に死んだ者の死体が無いというのはどういうことだ?
       船に備え付けられているはずのボートも無いということは、船を見捨てて逃げ出したということなのだろうか?

       周囲を見渡してみると、ダフネ号の左右に島影が見えます。
       島に渡れれば良いのですが、一人でダフネ号を動かすことはできませんし、ボートもありません。
       ロベルトは泳げず、ダフネ号に監禁されたような形になってしまいました。
       まぁ、島に行ったところで誰か人が住んでいるかどうかは分かりませんし、幸い、船には食料は豊富にあるようです。
       当面、ダフネ号で生きていくしかなさそうです。

       ところが!
       ダフネ号には誰かが潜んでいるようなのです。
       水が入っていたはずの甕の中身が火酒に変わっていたり、物が動かされているようです。
       また、ダフネ号には沢山の変わった鳥がかごに入れられて飼われていたのですが、誰かが鳥に餌や水を与えた形跡があるのです。
       誰かがいるにしても何故出てこないのだ?

       と、こんな不思議で魅力的な設定から始まる物語なのですが、しばらく読み進むと物語は一転してロベルトの昔話に変わってしまいます。
       本書の著者(エーコ)は、ロベルトが残した手記を翻訳したのだという構成にしており、ロベルトは自身の若い頃のことを書き始めたからそれを訳すというのです。

       あらら、せっかく面白そうな出だしだったのに。
       一転してロベルトの昔語りになるのですが、幼少期、ロベルトは一人息子として育てられ、父親からは「お前こそが跡取り息子だ」と言われ続けたと言います。
       ただ、あまりにも頻繁にそう言われ続けたので疑念を持ち始めたと言うんですね。
       おまえ『こそ』って何だ?
       ほかにも跡取り候補の兄弟がいるのか?というわけです。

       ロベルトの疑念はどんどん膨らみ、日常生活に起きた不思議なことも手伝って、自分には兄がいて、その兄は父から見捨てられたのではないか?
       兄はそれを恨んで、自分に対して様々な仕返しをしているのではないか?というわけです。
       この疑念はロベルトの中で段々大きくなっていき、確固たる信念のようなものにまで育って行ってしまいます。
       ロベルトは、空想上の兄にフェッランテという名前までつけてその存在を固く信じ込むのです。

       ロベルトの昔語りは長々と続き、戦争に従軍した話や、戦後、復員して社交界で過ごしたこと、ロベルトの恋物語などが延々と語られます。
       ダフネ号の話はどうなったのよ、と、読者はじりじりしてロベルトの昔話につき合うことになります。
       いい加減嫌になり始めるのですが、200ページを超えた辺りから段々この物語の構成が分かってきます。

       ロベルトの昔語りは、何故自分がアマリリス号に乗り込むことになったのかにつながる話だったのですね。
       それはフェッランテの陰謀が絡んだ話だと言うのです。
       さあて、どこまで信用できるのか。
       とにかく、ロベルトが語るところによれば、ロベルトはある陰謀にはめられて枢機卿かに捕まり、命を助けて欲しければある密命を果たせと迫られ、その結果アマリリス号に乗り込んだというのです。

       その密命とは、イギリスが密かに調査しようとしている経線測定の方法を探って来いというものでした。
       当時、緯度については測定する方法が確立されていましたが、経度を知る方法が分かっていませんでした。
       もし、経度を知ることができれば、航海にも大変有用で、海を制覇することも可能になるというのです。
       各国とも密かに様々な方法で測定方法を確立しようとしているのですが、なかなかその方法が分からずにいたところ、どうやらイギリスが画期的な方法を発見したらしく、アマリリス号は一見普通の航海に出る船のよう装い、航海費用捻出のために一般乗客も募集しているものの、その実態は経線測定のための航海だと言うのです。

       ロベルトは、一般乗客のふりをしてアマリリス号に侵入し、経線測定の責任者であるバード医師の動向を探り、イギリスが発見したという経度測定の秘密を盗んで来いというのが枢機卿から与えられた密命だったというのです。
       ところが、アマリリス号は暴風雨に遭って難破してしまい、ロベルトは命からがらダフネ号に流れ着いたというわけだったのです。

       そこまでが語られて物語は再びダフネ号に戻ります。
       ロベルトは、結局アマリリス号で行われていた経度測定の方法を知ることに成功したのですが、そこで得た知識からすると、どうやらダフネ号も同様に経度測定のために出航した船のように思われます。
       ダフネ号には大量の時計が積み込まれており、また、どう使うのかは分からないものの、どうやら測定器具と思われるような機械も積み込まれていたからです。

       その後、ダフネ号に潜んでいたカスパル神父が発見され、まさしくダフネ号は経度測定のために出航していたというロベルトの推測が裏付けられることになります。
       カスパル神父の話によると、ダフネ号はそれに成功し、今停泊している場所がまさしく子午線のちょうど反対側の位置なのだと言うのです。
       ダフネ号は南北に向いて停泊しているので、左右の島はちょうど反対子午線を挟んで東西に位置していることになると言います。

       ダフネ号の乗組員がいなくなった謎もカスパル神父の口から語られます(それがどういうことだったのかはここでは伏せておきましょう)。
       カスパル神父は西側の島に上陸したことがあり、その島には観測櫓も建てられていると言います。
       しかし、カスパル神父も泳げないので、せっかく仲間が見つかったというのに二人してやっぱり監禁状態(あぁ……)。

       カスパル神父が登場する辺りから、物語の語り口も軽妙なものになっていき、ユーモラスなやり取りが描かれたりもします。
       カスパル神父が言うことが正しいとすると、ダフネ号が午前零時を迎えた時、西側の島はまだ『昨日』にいることになる。
       『前日島』だ……というわけです。

       そこからロベルトの奇妙な思考が頭をもたげてきます。
       それは、西側の島はまだ昨日のままなのだというタイムパラドックスなのです。

       はい。
       この作品は至る所に衒学的な記述が満載されています。
       経度確定にまつわる様々な話もそうですが、そこから展開される地動説と天動説(ロベルトは地動説派、カスパル神父は天動説派で、二人は珍妙な議論を戦わせます)。
       あるいは、ロベルトの昔語りの中でにはアルス・コンビナトリア(組み合わせ術)をもとにした珍奇な博物学というか哲学というか、そんな話(それは、ダフネ号にたどり着いた後、ロベルトが創作する物語の中にも登場します)。
       はたまた、経度確定にも関係する『武器軟膏』の話(武器によって傷つけられた傷を治すには、傷に薬を用いるのではなく、傷つけた武器の方に『共感の粉』と呼ばれる物質を用いることにより容易く治療できると言ったおかしな話です)。

       エーコらしいと言えばエーコらしい、何ともペダンティックな(すっごく怪しい)トピックがこれでもかとちりばめられている作品なんですね~。
       巻末の訳者あとがきは、「疲労困憊」と、読了した感想を書いていますが、その通りかもしれません。
       こういう怪しげな話が満載されており、読者はそれに翻弄され、また、ダフネ号の現在、ロベルトが語る過去、そして、ロベルトが創作する(未来と言って良いのかどうか)物語と、振り回され続けます。

       決して読みやすい作品とは言えず、訳者が「疲労困憊」と言うのも肯けます。
       混沌とした、それでいて、エーコが好きな方なら大変興味深い作品に仕上がっているのですね。
       手放しで『面白い作品』とお勧めできるかどうかはちょっとためらってしまいますし、主たる筋のダフネ号の話がなかなか進まないのでもどかしかったり、「いい加減にせーよ!」と言いたくなったりで、ちょっとヘビーな読書を強いられることになるかもしれません。
       上下二段組みで500ページ超というヴォリュームを読み切る覚悟も必要です(今回、結構気合を入れて頑張って読んだのですが、それでもそれなりの時間を要しました)。
       
       私は、今回再読だったのですが、読みながら「あれ?こんな話だっけ?」と思う事しばしば(ダフネ号のところだけは記憶に強く残っていたのですが、その他の部分がすっぽり抜け落ちていました)。
       不思議な作品ですが、独特の味わいもある作品で、私は、結構好きかなぁ。


      読了時間メーター
      ■■■■    むむっ(数日必要、概ね3~4日位)
      >> 続きを読む

      2020/08/20 by

      前日島」のレビュー


    最近この本を本棚に追加した会員

    この本に関連したオススメの本

    取得中です。しばらくお待ちください。

    ゼンジツトウ
    ぜんじつとう

    前日島 | 読書ログ

    会員登録(無料)

    今月の課題図書
    読書ログってこんなサービス
    映画ログはこちら
    読書ログさんの本棚

    レビューのある本

    毒唇主義 (潮文庫)

    最近チェックした本