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路(ルウ)

4.0 4.0 (レビュー2件)
カテゴリー: 小説、物語
定価: 1,733 円
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    「路(ルウ)」 の読書レビュー (最新順)

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    • 評価: 3.0

      一九九九年、台湾に日本の新幹線が走ることになり、入社四年目の商社マン・多田春香は現地への出向が決まった。
      春香には忘れられない思い出があった。
      台湾を旅した学生時代、よく相手の事を知らないまま一日を一緒に過ごした青年がいた。
      そしてその青年とは、連絡先をなくし、それ以後ずっと会えないままだった。
      台湾と日本の仕事のやり方の違いに翻弄される日本人商社員、車輛工場の建設をグアバ畑の中から眺めていた台湾人学生、台湾で生まれ育ち終戦後に日本に帰ってきた日本人老人、そして日本に留学し建築士として日本で働く台湾人青年。
      それぞれをめぐる深いドラマがあり、それらが台湾新幹線の着工から開業までの大きなプロジェクトに絡み、日本と台湾の間にしっかりと育まれた人々の絆を、台湾の風土とともに色鮮やかに描く。


      物語の展開を追う視点は五つです。
      台湾新幹線プロジェクトに参加することになった多田春香。
      彼女の先輩格に当たるプロジェクトの中心メンバーの一人、安西誠。
      台湾に生まれたが、戦後、日本に帰り老境を迎えた葉山勝一郎。
      新幹線整備工場に職を得た、若き台湾人青年陳威志。
      日本に建築を学び、大手ゼネコンに勤める台湾人青年劉人豪。
      本作はこの五人が様々な形で「台湾」に関わりながら、それぞれの人生の一時期を描く群像劇のような物語です。

      春香には学生時代、台湾に旅行した際に、ふと道を尋ね、旅先の一日をともに過ごした台湾人青年がいました
      台湾新幹線プロジェクトが勤務先で立ちあがった時、躊躇なく台湾行きを志望したのも、彼との出会いが忘れられずにいるからでした。
      遠距離になってしまう現在の彼との関係も続けたまま、台湾行きに、もういちど会えるかもしれないという淡い期待があったことも事実なのでした。

      プロジェクトの中枢、安西は異国の仕事に慣れず鬱々としていました。日本に残した妻との関係も冷え切っており、気が付けば何もかも悪い方へ考え始める自分がいました。
      そんな安西を癒したのは、パブでであったホステスでした。

      妻に先立たれ一人暮らしの勝一郎には、台湾にいた頃に大親友だった男に、決して言ってはいけないひと言を発し、それを六十年経っても後悔していました。
      面倒見のいい勝一郎は、同じように面倒見の良かった妻が、勝一郎を慕って家に集まってくる会社の部下、若者たちの世話を楽し気にしていたことなどを思いだしながら、いつしか台湾への強い望郷の念にかられるようになっていきます。

      著者が台湾の若者の象徴のように登場させる威志。
      彼はどこにでもいるような友人が多い若者。
      兵役を終え、所在なく暮らす彼は、カナダで日本人との間で子を為した幼馴染の女性と再会します。
      故あってひとりで子を育てる彼女と、新幹線整備工場への職を得た威志は結婚し、彼女の子を自分の子として育てることに幸せを感じ始めていました。

      ある日、道を尋ねられ、自分にとって運命の日となった一日を共にした日本人女性が忘れられず、日本企業に勤める人豪は、すっかり日本に馴染み、職場でも活躍する好青年になっていました。
      台湾にいる友人から、「ずっとお前が探している女性らしき人が台湾で働いているらしい」という報せに戸惑いながらも、彼女と再会するために台湾に帰郷するのでした。

      外国とはいえ、台湾は地図で見ると石垣島から僅かに西へ行った、身近な島です。
      歴史上、様々なことがありましたが、台湾の方々が親日的であるということは前々から知っていました。
      確か司馬遼太郎さんが、台湾人の親日の理由を、明治維新直後の西郷従道(西郷隆盛の弟)らの征台に所以するといった文章を見かけたことがあります。
      当時の明治政府の治政は悪いものではなかった…というのが主旨だったような覚えがあります。
      今では頻繁に観光客が行き交う、本当に身近な外国になりました。
      平和というものはただ享受されるものではないということを、こんなことからも感じてしまいますし、身近な国であるからこそ、甘えず、襟を正し、互いのこれまでを知る努力をしなければいけないな…と思いました。

      吉田修一さんは余程の台湾贔屓とみえます。
      登場人物たちは台湾でよく遊び、よく働き、よく悩み、よく苦しみ、よく食べ、よく呑み、のびのびと躍動するように生きています。
      まさに人生を謳歌しています。
      台湾の自然は彼らを大地の大らかさで包み込みます。

      そのままふと立ち止まった春香は、カメラマンに先に食堂に行ってもらい、窓からの景色を眺めた。南国の日を浴びた樹々は強烈な緑色で、自分は生きているんだと大声で宣言しているように見える。南国の太陽が降り注ぐ日には、目一杯浴び、南国の雨に濡れる時には、目一杯飲み干す。ここ燕巣の樹々を眺めていると、生きるということがとてもシンプルなものに思えてくる。シンプルだからこそ、とても強いものに。

      日本と台湾の過去を、著者は勝一郎の体験を通じて語ります。
      それは老境にかかった彼と亡くなった妻と、心ならずも傷つけてしまった親友とのほろ苦い思い出。
      悔やみ続けてきた過去を清算するためか、ただただ懐かしいばかりなのか、勝一郎は六〇年ぶりに台湾に帰郷します。

      勝一郎はまた窓の外へ目を向けた。向けた瞬間、鳥肌が立つ。いつの間にか、眼下に台湾の海岸線があった。どの辺りだろうか、南国の肥沃な土地を濃い緑の樹々が覆っている。
      こんなに近かったのか、と改めて思う。こんなに近かったのに、自分は一度も妻を連れてきてやれなかったのか、と。

      また著者は本作を通じて、「タイミング」言い方を変えれば「その瞬間」の尊さ、かけがえなさを伝えます。
      春香が連絡先のメモを無くしてしまったのも運命、あのタイミングでしか二人は結ばれなかったのでしょうし、勝一郎は妻を台湾につれて帰ろうと腰を上げるその瞬間はそれ一度きりで、結局、永劫訪れることはなかったのです。
      いつしか春香と人豪は、その事実を客観視できるほどになっていました。いえ、客観視せざるを得ないほどの年月と成長があったのでした。

      「…十年前に初めて春香さんと会った時、あの時感じたのは愛だとずっと思ってたけど、でもこうやって十年ぶりに一緒にいると自信なくなるね。春香さんとのことを忘れられなかったのか。それとも、春香さんと過ごしたあの一日のことが忘れられなかったのか。…もしかすると、俺と春香さんは同志なのかも。お互いに異国で働く良き理解者」
      人豪が場の雰囲気を変えようと少し大袈裟に笑ってみせる。春香はますます混乱した。今は何も生まない関係だとしても、十年前のあの出会いだけは特別のものであって欲しかった。

      プラトニックな二人の不思議な関係性を表現するのはとても難儀な作業だったと思います。
      でも、とても自然に、多分ある程度の年齢を重ねた男女ならこんな形で自分たちの会話を繋げるだろうな、と思え、いたく感心しました。
      人間の機微を描くのに長けた、著者の熟練をみた思いがしました。

      春香は待った。自分では答えの出せない問いに答えを出してくれるのを待とうとした。しかし次の瞬間、そんな自分が卑怯に思えた。
      「…だから私、あなたに会えて本当に良かったと思ってる。だってもしもあなたに会ってなければ、今こうやって台湾の新幹線のために働いてないと思う」
      そう言いながら、これでいいのだと春香は思った。
      「それは俺も同じ。俺だって、会ってなかったら、今、東京で働いていない」
      たとえ同じ思いを抱いたとしても、そのタイミングが合わなければ意味はないのかもしれない。

      人間の離別、邂逅はそれこそタイミングの賜物です。
      そのタイミングに無限の可能性があり、どこまでも広がっていく自分の地平線があります。
      だからこそ今を生きる人生が大切なのだと、それぞれの登場人物たちの生き方を通じて、また台湾の豊饒な大地の描写を通じて、著者は読者に語りかけてきます。
      それぞれのエピソードが、それぞれだけでも一つの作品になり得たはず。
      とても贅沢に仕上がった作品です。

      ちょっと長かったけれど。
      >> 続きを読む

      2014/09/22 by

      路(ルウ)」のレビュー

    • 学生時代、アジア経済を学んできたことも有り、台湾には10年くらい前に一度行ったことが有ります。

      印象に残っているのが、当時日本には無かった?ふわっふわのカキ氷です。

      今年はカキ氷ブームだったようでテレビの特集で、「新感覚!ふわっふわの」なんてやっているのを見て、「遅ぇよ...」とニタリとしてしまいました。
      >> 続きを読む

      2014/09/23 by ice

    • >iceさん

      いつも、コメントありがとうございます。

      僕は台湾どころか、外国へ行ったことがありません。
      ハワイや台湾や、シンガポールなどを舞台にした小説はたくさん読んだことがあるのですが…
      作家の方々も嫌いなところは書かないだろうし、きっといいところなんでしょうね、台湾も。
      ふわふわのかき氷ですか…。
      美味しいものもたくさんあるんでしょうね…。
      >> 続きを読む

      2014/09/23 by 課長代理

    • 評価: 5.0

      過去にあった台湾と日本の関係性
      台湾史上最大の国家建設事業・台湾高速鉄道建設工事計画
      これに携わる人々の人間模様

      愛おしい登場人物たち
      台湾新幹線計画の起ち上げに奮闘する台湾、日本の商社社員
      日本の建築会社で働く台湾人建築家
      台湾で生まれ育ち妻に先立たれた日本人老紳士
      兵役中の台湾の若者
      彼らの人生が交錯する

      仕事に家族に夫婦に恋人
      人としてのコミュニティーの中にある幸せや悩みが粛々と語られていく
      台湾の文化を身近に感じる
      台湾の人々に親近感が湧く
      とても愛情のあるストーリー

      キーワードは【時間】
      台湾と日本に流れる【時間】の相違
      人と人の間に流れる【時間】の共通点

      出会いってすばらしい!!
      そんな作品でした!!
      http://momokeita.blog.fc2.com/blog-entry-276.html
      >> 続きを読む

      2013/05/19 by

      路(ルウ)」のレビュー

    • アジア好きの贔屓目は多分に有ると思いますが、台湾には郷愁を感じました。

      田舎には田舎の、都会には都会の。

      中国本土や東南アジアには感じなかった感覚です。
      >> 続きを読む

      2013/05/19 by ice

    • 吉田修一って誰だっけと思ったら「悪人」の著者さんですね!
      まだ1冊も読んだことないのですが「悪人」が面白かったという話をよく聞くのでちょっと気になる作家さんです☆ >> 続きを読む

      2013/05/19 by chao


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