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茗荷谷の猫

4.2 4.2 (レビュー1件)
著者:
カテゴリー: 小説、物語
定価: 660 円

茗荷谷の一軒家で絵を描きあぐねる文枝。庭の物置には猫の親子が棲みついた。摩訶不思議な表題作はじめ、染井吉野を造った植木職人の悲話「染井の桜」、世にも稀なる効能を持つ黒焼を生み出さんとする若者の呻吟「黒焼道話」など、幕末から昭和にかけ、各々の生を燃焼させた名もなき人々の痕跡を掬う名篇9作。

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    • 評価: 4.0


      この木内昇の「茗荷谷の猫」は、今までにあまり例のない、面白い趣向の小説だ。

      時代は江戸の終わりから東京オリンピックの昭和39年前後まで。場所は巣鴨に始まり千駄ヶ谷に終わる、23区内の9か所-------。

      時と所を変えて9つの"東京物語"が語られていく。それぞれの人生は、時に当人も知らないままに交錯している。まるで淡い色で描かれたいくつかの円が、重なり合ったり離れたりして、不思議な色合いの、不規則な水玉模様を生み出しているかのようだ。

      第一話は、武士の身分を捨てて植木屋になり、新種の桜"染井吉野"を作り出した男と、その妻の話。第二話は、明治に入っていて江戸は東京になっている。何もかも西洋化に向かっていく中で、黒焼の秘薬作りにのめり込んでいる男の話。どちらも何かもうひとつ割り切れない印象で、謎のようなものを残すのだ。

      この小説は一種の奇人伝のようなものなのかなと思って読み進んでいくと、第三話は大正の終わり頃になっていて、茗荷谷の庭にザクロの木がある家で、夫と共に穏やかに暮らしている女の話だ。

      絵を描くことが好きで才能もあるらしいという事以外、特に奇抜なところはない女。奇人伝ではないことがわかる。だが、そんな平凡な暮らしの中にも、やがて奇妙で不穏な気配が漂ってくる。

      全部で9つの話は、そんな風に淡い謎を残しながら連鎖していく。江戸の植木屋の妻の思いは、時代を超え、場所を変えて、ひょっこりと別の話の中で甦る。

      茗荷谷のザクロのある家の夫もまた、別の話の中で"踏みはずした"人生を生きている。ここにきて、謎がようやく明かされていくわけですが、決して明かされ切ることはないのだ。

      そのため、不思議な気分は依然として残されている。いや、むしろ濃くなっていく。そこがいいんですね。人生それ自体が割り切れず、不可解なものなのだから。

      この9つの物語のあちこちに、著者の東京の歴史と幻想文学に関する古書好きであることが、うかがわれます。昔の東京はこうだった、ああだったという蘊蓄を傾けるのが好きというのではなく、昔の東京を今ここにあるものとして、全身で感じ取りたいという思いが強い人なのだろうと思う。

      多分、"夢みる力"が強いのだと思う。だからこうして、まぼろしを小説に仕立て上げられるのかも知れません。

      二葉亭四迷の「浮雲」、内田百閒の「冥途」、江戸川乱歩の「赤い部屋」などが物語の中に巧妙に取り込まれていて、時代色や、妖しい気分を深めているのだと思う。

      読み終えて、私が最も好きなのは、9つの話の中で異例のおかしみと恐怖にあふれている第五話の「隠れる」。どこまでも気儘に暮らしたいと願いながら、人間関係のドツボにはまる男の悲喜劇。本当にうまいと思いましたね。


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      2018/02/01 by

      茗荷谷の猫」のレビュー


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