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ふしぎなふしぎな子どもの物語

なぜ成長を描かなくなったのか?
5.0 5.0 (レビュー1件)
カテゴリー: 教育学、教育思想
定価: 998 円

「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」「ペルソナ」などのテレビゲームから、ウルトラシリーズや仮面ライダーシリーズなどのテレビヒーローもの、「ガンダム」「エヴァンゲリオン」「魔法使いサリー」などのアニメ、「ベルサイユのばら」「綿の国星」「ホットロード」などのマンガ、そして著者が専門の児童文学まで、あらゆるジャンルの「子どもの物語」を串刺しにして読み解く試み。そこから見えてきた、「子どもの物語」の大きな変化とは―。

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    「ふしぎなふしぎな子どもの物語」 の読書レビュー (最新順)

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    • 評価: 5.0

       著者は、ゲーム・テレビヒーロー・アニメ・マンガ・児童文学など様々なジャンルの「子どもの物語」を渉猟し、1990年代以降の「子どもの物語」からは「ヒーローは自身の有り様に自信をなくし、成長の道筋は乱れ、主人公の位置があいまいになり……。これまで子どもの物語を形作っていた様々な要素がほころびを見せ始めている」(338ページ)という傾向がみえると指摘しています。

       90年代以前までは、物語のなかで子どもが「成長」をして「大人」という存在になることを基本的には示せてきました。例えば『ホビットの冒険』(1937年)、『ドラゴンクエスト』(1986年)、『ゲド戦記』(1968年)などは、それぞれのやりかたで「成長」とは何かを提示し、「大人」になることへの苦悩や葛藤を描いています。

       でも、ここではそもそもなぜ成長しなければいけないのか、なぜ大人になることが求められるのかという問いには触れられませんでした。『ゲド戦記』はこうした問題ともっとも真摯に向き合った作品のひとつだと著者は高く評価していますが、『ゲド戦記』もあくまで「成長」を求める子どもに「成長」とは何かを問いかけたものであるとしています。成長することや大人になることを自明視している点に変わりはないのです。

       成長をして大人になることを前提とした作品たちは、そうだからといって手を抜いてるとか、ごまかしをしているというわけではありません。ただ、成長することや大人になることをとりあえずは疑問視せずにいられた時代の要請をうけた作品だったということなのです。しかし、90年代以降はそうもいかなくなってきました。

       例えば、『ドラゴンクエストⅦ』(2000年)、『ファイナルファンタジーⅩ』(2001年)、『ウルトラマン ネクサス』(2004年)、『仮面ライダー クウガ』(2000年)、『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年)、『ONE PIECE』(1997年)、『鋼の錬金術師』(2001年)などの子どもの物語には成長を描くことを回避しようとする態度がみえるそうです。著者は、大人と子どもとの差異が減少して、大人が目指すべき指標ではなくなったことが原因のひとつであると主張しています。情報化の進展により、大人と子どもをわける情報量の差は必ずしも大きなものではなくなりました。子どもと大人を分けるのものはあとは経済力のみになってきたのかもしれません。

       著者自身は、以上のような物語の変化を批判しているわけではありません。むしろ、僕が読む限りではこうした変化を肯定しているのではないかという気がします。そのあたりのことについての著者の主張を、煩雑になるのを承知で以下に引用したいと思います。

       「私は、近代社会が、何故大人へと成長しなければならないのか?という理由をスキップしたまま今日まで至っていると語りました。とはいえ、それが必要なのに怠ったままだと主張したいわけではありません。それを必要だと思いながら、永遠に先送りしているのがまずいと考えるだけです」(361ページ)

       「大人へと成長しなければならないわけでもない[筆者注:『でもない』という表現にしていることは案外重要でしょう。『ではない』とはしないのです]。そう認めてしまったほうがいいと思います。実は私たちは、子どもを別の価値のある存在として切り離したとき、自動的に私たちを大人と定義づけただけではないでしょうか。(中略)子どもという存在を切り離すことによって自動的に大人になれるこのシステムは、誰もが否が応でも大人にならなければならないプレッシャーを生じさせるのです」(362ページ)

       「成熟した大人、成熟しない大人、大人にならないままの大人、大人を放棄した人。そうした様々な道筋が、子どもが育とうとする先に見える社会こそ、本当の近代社会だと考えていいのではないか?」(363ページ)

       「大人社会の要請と子ども自身の欲望との間でバランスをとりながら描かれてきた子どもの物語は、相変わらず大人としてだけ振舞っている大人社会から見れば奇妙でも、子どもの側から見ればこうしか見えない、こう考えるしかない大人と子どもの差異が減少した世界を正直に描いているのです。子どもは成長してみんな大人になるって本当か?それ意外の選択肢もあるのではないか?もし、近代社会がその問いに答えをだしたとき、子どもを別の価値ある存在として切り離したときに生まれた子どもの物語は、これまでとは全く別の物語を語っていることでしょうし、ひょっとしたら必要がなくなっているかもしれません」(364ページ)

       右肩上がりの成長を描くことも、明確なひとつの「大人像」を掲げることもどうやら難しいようです。現代日本では成長も大人も単一のイメージを共有することは困難なのかもしれません。価値観が多様化し個人主義化が進んでいくなかで、少なくとも考え続けることはやめてはいけないのだと思います。しかし、個人レベルでも社会レベルでも、何らかの「応答」をしなければならないときはきます。そのとき僕にはどんな「応答」ができるのでしょう。まだまだ、わからないことの多い2016年になりそうです。

       さて、本書のエッセンスは以上の内容になります。とはいえ、本書は様々な子どもの物語を取りあげ分析しています。ここではとりあげられなかったトピックもやまほどありますので、余裕のある方は本書にあたってください。最後におまけとして、本書によく寄せられそうな疑問点を個人的に整理しておきたいと思います。

      ①1990年代以降にも「成長物語」はあるのではないか?
       世の中に出回る物語のなかには、かつてのような「成長物語」がいまも存在しているのだと思います。だからといって、90年代以降に「脱-成長神話」ともいえる物語が台頭してきたという変化を指摘したことが無意味になるわけではありません。以前と同じような傾向がある一方で、いままでと違う新たな傾向が見えてきた。そういうことなのではないでしょうか。

      ②あれもないし、これもない!
       テレビヒーローの章では戦隊物はとりあげていませんし、アニメの章にはジブリがありません。児童文学の章は海外の翻訳作品が主で国内の児童文学はほとんどとりあげていません。あのアニメも、このマンガも、そのゲームもといったらキリがありません。ないものねだりになってしまいます。こういう全体像を描き出す概説的な本では、代表的な作品をピックアップするに留めないとまとまるものもまとまらないのです。むしろ、ゲームから児童文学まで様々な作品をこれほどまで網羅し論じたこと自体に敬意をはらいたいです。足りないと思ったところは他の書籍にあたりたいですね。とくに、本書で指摘されたことが日本以外にもあてはまるのかどうかといった国際比較は気になります。

      ③結局、子どもと大人はなんなのさ?
       何なんでしょうね、ほんと。子どもは保護され教育されなければいけないという考えが広まり、社会制度にもその考えが反映されたのは近代以降です。監視や管理といった新たな問題が浮上することになったものの、それはそれで子どもたちが痛みや苦しみから解放された大事な変化であったのは確かでしょう。そうした子どもは「子どもの権利条約」にもあるように、ひとりの人間としての権利は大人と同等であるとまで認識されるようになりました。前述のように(先進国の?貧困層ではない?)子どもが得られる情報量は格段に増えました。その情報を扱う技術や知識という面では議論の余地があるものの、大人との差異は経済力だけになりつつあるのだという著者の主張には頷けるところもあります。でも、レビューをここまで読んでくれた「大人」であるみなさんはちょっともやもやしているのではないでしょうか。やっぱり大人っていうのは責任感とかそういうのが…とか、精神的に…とか、いろいろ「大人」あるいは「子ども」の意味について考えたはずです。もはや、画一的なイメージなどないとはわかっていても、「大人」にはやはり「子ども」に対して特別な役割というものがあるんじゃないか。どうなんでしょう。ここではこれ以上何かを言うのは控えますが、興味のある方は『概説 子ども観の社会史』という著作にあたると、なにかしらの示唆があるかもしれません。僕も再読したいと思います。

       他にもセクシュアルマイノリティの視点はどうなのかとか、二次創作はどうなのかとか、動画配信サイトの整備やSNSの普及などの情報化のさらなる進展はどう捉えればよいのかなど問いはつきません。ともかく、多くの「種」を発見できるという意味では、本書は子どもの物語を考えるうえで必須の本になっていくのではないでしょうか。 
      >> 続きを読む

      2016/01/14 by

      ふしぎなふしぎな子どもの物語」のレビュー

    • <<アテナイエさん
      アテナイエさんに宿題をだされました(;´∀`)

      いやあ、こういう批評系のものってあんまり読まないし、詳しくもないので新鮮といえば新鮮でした。国際比較とかは、ジャンル別ならいろいろあると思うんですよね。マンガ学とかアニメ学とかあるようですし。 >> 続きを読む

      2016/01/15 by ゆうぁ

    • ゆうぁさん
      言葉の足りないコメントを丁寧に掬い取ってくださってどうもありがとうございました。
      大人が成熟を拒否するのは個人個人の勝手かもしれませんが、子どもにしわ寄せがいくのはいけないと思うんですよ。
      子どもの文化が大人と共有する商業目的のために壊されているとすればそれは自由の域を越えていると思います。
      そういえば『ONE PIECE』の場合、作中で人が決して死なないというルールがあるそうですね。最近は知りませんが連載当初のあの漫画は子供文化をとてもよく表現していたと思います。
      なのにそこにも大人が食いついちゃった…。
      >> 続きを読む

      2016/01/15 by 月うさぎ


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