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カテゴリー"近代哲学"の書籍一覧

      人知原理論

      ジョージ バークリ

      5.0
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      •  存在するとは、認識されること。バークリーによる認識論の古典。現在において、もしかしたら、あまり顧みられることのないかもしれない本書だが、イギリス経験論の系譜を辿り、哲学の歴史を学ぶ上では欠かせない一冊だろう。今後、ライプニッツからカントに至る認識論の一応の統一を語るのに、本書は読まなければいけなかった。
        間が空いてしまったが、また哲学書を読み進めていきたい。次はついに、『純粋理性批判』か…。
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        2018/04/22 by shinshi

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      プラグマティズム

      W. ジェイムズ

      3.0
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      •  哲学として扱われているが、その語源、化学の手法を哲学に持ち込んだものであるという経緯をみれば方法や手法と捉えたほうが分かり易い。哲学は何の役に立つのか?という問の答えを導く手段であるとの主張にしたがい、実際にそれを示すのに多くの紙面を使っている。残念ならが答えが導かれたようには思えないが、掴みどころのないものを実体のあるものとして扱うという点においては一定の成功を収めているようには思える。そして、”それは現実にどのような影響をもたらすのか?”というプラグマティズムが発する問いかけは哲学のみならず普遍的なものであり、多くの人に影響を与えたのも納得できる。 >> 続きを読む

        2017/10/08 by 夏白狐舞

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      宗教的経験の諸相

      W.ジェイムズ

      4.0
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      •  本書は個々の宗教の教義などについて書いている本ではない。宗教的な経験とはどういう種類のものがあり、それは人間のどういう心理作用から生まれ、どのような実際的な効果をもたらすのかを科学的なアプローチで解明しようとした本である。1902年に刊行された本書には、時代背景として科学信仰、宗教の凋落への危機感があるようだ。科学的な体裁をとっているのも、読者としてそうした背景が念頭に置かれているのだと思われる。

         作者のW・ジェイムズは心理学者であり、本書は宗教心理学の草分けに位置づけられる。もともとはイギリスのエディンバラ大学での講義が元になっている。

         本当に多くの体験例が引用され、宗教的経験の諸相が非常に広い分野に渡るものであることを教えてくれる。筆者の立場は「宗教的経験」に主眼が置かれているため、それがどのような現象から引き起こされたものであるかを問わない。極端な話、薬物から引き起こされた異常な心理状態であっても構わない。「神秘主義」に関する論考における多くの実例は、理性を重んじる知識人からは非難されかねないような内容のものもある。筆者は宗教的経験をした人々を様々なカテゴリーに分けて詳細に分析を加えている。なかでも興味深いには、「一度生まれ」と「二度生まれ」に関する部分で、私が本書を読むきっかけとなった『続・悩む力』(姜尚中)にもこの部分が引用されている。二度生まれの人間は、精神的に一度死に、苦難と絶望の淵から甦り、精神的な新生を遂げる。そのことでより一層深い人間理解に至る。姜尚中は、漱石やウェーバー、フランクルを二度生まれの人間として考察している。一度生まれの人間は、二度生まれの人間から見るとあまりに楽観的で、罪の苦しみも感じないような人として見えるという。しかしジェイムスは一度生まれにも二度生まれにもそれぞれに宗教的経験があり、その実例も示している。

         ジェイムスの生まれ育ちにより、実例がキリスト教やアメリカの新宗教に偏っているのは仕方ないが、ジェイムスの試みとしては、宗教的経験の共通項を見つけ出し、普遍的な部分を抽出することにあるようだ。最終部分はそこに費やされているが正直ちょっとわかりにくい。グローバル化の限界が見え始め、普遍性を追求することをそう無邪気には考えられない現代の私たちからすると、ジェイムスの言っていることは楽観的に感じられる。また、精神・理性の優位にも懐疑的になっている私たちからすると、ジェイムズが闘っている前提が変わっていて、むしろ宗教的経験が何から発していようと、「よい」効果をもたらすものであるなら受け入れようとする傾向は現代の方が強いのではないかと思う。それが非常識だと感じるよりは、そうした人間の理解のできない領域があって、人間の理解している部分よりもずっと広く、実はそちらの方が主で、見えている部分、分かっている部分の方が従なのだというような感覚は現代の日本人にはあまり違和感なく受け入れることができるのではないだろうか。これは日本人だから殊更に感じるのか、3・11を超えてしまった私たちだからなのか、いずれにしても霊・魂の復権は近いと感じる。
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        2012/11/02 by nekotaka

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      ラッセル幸福論

      安藤貞雄 , Russell,Bertrand Arthur William Russell,3rd earl

      3.5
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      •  幸福論3冊目。

         幸福を訪ねて3千r……3冊目。
         これまでの中では最も分かりやすい一冊でした。

         まずはじめに言い得て妙だなと思ったのが次の言葉。
        「ほしいものをいくつか持っていないことこそ幸福の不可欠な要素である」30ページ
         満足を追い求めるくせに、満足に浸りきっていると退屈に囚われてしまうのが、人間の難しいところです。

         人生の緩急、静かな生活を楽しむことが大切なのだと説くところでは、趣味・読書な人間として思わずニヤけてしまうたとえが。
        「最もすぐれた小説は、おしなべて退屈なくだりを含んでいる」69ページ
         退屈なくだりがあればすぐれた小説だという逆を言えないところが面白いところなんですがね。

         不幸への対処法として、とても共感できたのが次の言葉。
        「あなたが何かをくよくよ考えこみがちになっているならば、それが何であろうと、つねに最善の策は、それについていつもよりも一段と多く考えてみることだ」86ページ
         一度考えると、案外たいした事ないように思えたりするものです。

         そして、本書の一番のメッセージ。
        「幸福の秘訣は、こういうことだ。あなたの興味をできるかぎり幅広くせよ。そして、あなたの興味を惹く人や物に対する反応を敵意あるものではなく、できるかぎり友好的なものにせよ」172ページ
         世界は素晴らしい上、自分の力でいくらでも素晴らしくできるということですね!

         ググってみて初めて知ったのですが、ラッセルさんて数理学者で「ラッセルのパラドックス」の人だったんですね! ちょうど「ゲーデル」をテーマに少し読書していたので、思わぬ繋がりが出て驚きモモノキです。
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        2016/12/11 by あさ・くら

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      ミル自伝

      朱牟田夏雄 , MillJohnStuart

      5.0
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      • 面白かった。
        ミルは、正真正銘、義人であり、本物の賢者だと思う。

        19世紀の雰囲気もよくわかるし、貴重な、人類最高の知性の精神史のひとつだと思う。

        自伝、というわりには、特に前半はあんまり出来事はなくて、ひたすら自分の精神的・知的な遍歴、成長、変遷のあとを書いている。
        英才教育をほどこされた早熟の天才が、一種のうつ病になって、いろんな試行錯誤や葛藤を経たあと、乗り越えていく姿も、とても貴重なメッセージを多く含んでいるようにも思えた。
        人生の目的と幸福の関係、哲学的必然性について、感情の培養、などの論点は、とても面白かった。

        あと、テイラー夫人との恋愛と結婚、テイラー夫人への賛美や自分の精神的成長や著作がいかに夫人に負っているかについて詳しく書かれているのを読んで、それほどすぐれたすばらしい女性とめぐりあって恋愛結婚できたのだから、途中ちょっと大変だったとしても、ミルは本当にしあわせな人だったのだろうなあと思った。

        また、後半の、国会議員となってからの八面六臂の活躍、南北戦争では大半が南軍を支持するイギリスの世論にあって敢然と北軍を支持したことや、ジャマイカでのイギリス軍の虐殺行為を告発して大いに弾劾したことや、選挙法改正や婦人参政権のために努力したこと、などなど、知性と演説と文筆という、智慧の力だけを武器に、当時のイギリスにおいて義のために闘い、多くの成果をあげたことは、本当にすごいと思う。

        稀に見る賢者・義人であったと思う。
        人たるもの、ミルのようでありたいものだ。

        あと、ミルは、一般的には自由主義・リベラリストとして分類されることが多いけれど、もちろんそうでもあろうけれど、自伝によれば、テイラー夫人の影響によって社会主義者となったとも書かれている。
        もちろん、その社会主義というのは、後世のソビエト的なものとはぜんぜん違ったのだろうけれど、今日のネオリベラリズムのようなものとはぜんぜん違うものをミルがめざしていたのも事実だろう。
        ミル的な自由主義・社会主義というものを、もうちょっと後世の今も大事に配慮・考察した方がいいのかもしれない。

        また、ミルが小さい頃の思い出で、「ヘラクレスの選択」ということを書いていて、私も小さい頃ギリシャ神話を読んでて、「ヘラクレスの選択」には大いに鼓舞され感銘を受けたことを思い出した。
        人たるもの、安易な快楽よりも、険しくても義のために生きる道をこそ、ヘラクレスやミルのように選択すべきなのだろう。

        さまざまな大事なものを思い出させてくれる一冊だった。
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        2012/12/22 by atsushi

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      対話・心の哲学 京都より愛をこめて

      富田恭彦

      3.0
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      • これは常日頃から禅問答を頭の中で反復している人に
        とっての良いテキストになっている
        考えることの本質を明快な論理で構築されており
        哲学の初心者の方にもおすすめしたい。
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        2013/10/21 by frock05

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      アメリカ精神と日本文明

      佐渡谷重信

      4.0
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      • この本、随分昔に古本屋で買って、ずっと本棚に眠っていたのだけれど、最近読み始めたらとても面白かった。

        この本では、縦横無尽に明治や大正の頃の人物や書物を具体的に挙げながら、いかにアメリカの思想や文学、特にエマーソンやホイットマンやソローが、日本に大きな影響を与えたかを論じている。

        明治には、中村正直や徳富蘇峰や北村透谷、さらには時代が下っては高木八尺らにエマーソンは受容された。
        また、ホイットマンは、夏目漱石、内村鑑三、有島武郎、武者小路実篤、白鳥省吾らに読まれ、特に大正の頃は白樺派や民衆詩派に大きな影響を与えた。
        ソローも、内村鑑三や西川光二郎らにとって生きる指針となった。
        この本では、生き生きとそれらの歴史が書かれ、よくまとめてあった。

        著者が言うには、もともとエマーソンやホイットマンやソローらは、仏教や儒教やヒンドゥー教の古典を愛読しており、東洋思想的な要素があった。
        それゆえに、明治になってから、多くの日本人が共鳴する素地があり、実際、彼らの思想を大乗仏教や陽明学との関連から論じる日本人も多かったそうである。

        と同時に、エマーソンやホイットマンやソローらは、当時の日本にはなかなか確立されていなかった、自立した個人の思想をよく現しており、その点が日本人にとって新鮮であり、自己の確立に際して大きなインスピレーションを与えたようである。

        著者は、自由民権運動がなぜ失敗したかということについて、自由の思想的な深い把握に欠けていたことと、一般大衆の理解と協力を得る努力が欠けていたことの二つを指摘する。
        なるほどと思った。

        そして、その反省や意識に立って、おそらく明治後半や大正の多くの日本人が、エマーソンやホイットマン、ソローを読みふけったのだろうと、この本を読んでいて思えた。

        しかし、徐々に日本の国家主義が強化されるにつれ、特に昭和になっていくと、ホイットマンやソローらは危険思想のような扱いを受け、読まれなくなっていったらしい。

        著者が言うとおり、戦後の日本は、一見アメリカと深く結びついたように見えて、ただアメリカの物質文明を余裕もなく摂取したばかりで、本当の意味でアメリカの精神文化をきちんと理解し受用したわけではないのだろう。

        ホイットマンやソローらがアメリカの物質文明を批判したように、仮にアメリカの現実にある負の側面を克服しようと思うならば、参考になるのはアメリカの中のこのような精神文化なのかもしれない。

        そして、それはまた、エマーソンもホイットマンもソローも東洋の古典を愛読していたように、特定のどこの国かにこだわる必要のない、世界的な古典というものなのだろう。

        もう一度、エマーソンやホイットマンやソローは、日本人にとって熟読されるべき存在なのかもしれない。
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        2013/03/23 by atsushi

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      近代哲学の名著 デカルトからマルクスまでの24冊

      熊野純彦

      3.0
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      • デカルトやカント、ヘーゲルなどを読んで
        みたいけれども
        読むのがちょっと辛そうだなと思っている人
        にはいいかもしれない。
        哲学の基礎を学ぶためにもいいと思うが
        哲学をむずかしく考えずに自分の心の礎になる一言を
        探すうえでは哲学もまた人と文化を学ぶものとして
        少しずつ受け入れられていくだろうし、興味のない人にも
        読んでもらえればと思う。
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        2013/10/22 by frock05

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      エピソードで読む西洋哲学史

      堀川哲

      3.5
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      • デカルトから始まり17世紀~現代までの哲学者の中から筆者の好きな(と思われる)哲学者を選び、そのエピソードと思想に関する簡単な説明をまとめた本。文体も今風で読みやすく、内容も簡単である。
        哲学初心者の哲学入門としては非常によい本だったと思う。
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        2018/01/18 by sizuokajin

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      生きる勇気

      大木英夫 , Tillich Paul

      4.0
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      • 原題は「The Courage to Be」で、「存在への勇気」とも訳されます。本書では表題は『生きる勇気』ですが、文中では併記しています。

         パウル・ティリッヒはカール・バルトと並び称される神学の巨人ということですが、不勉強でティリッヒは本書で初めて知りました。本書は渡辺和子が『「ひと」として大切なこと』の中でぜひ読むようにと紹介していたので読んでみることにしました。

         本書では、「勇気」という概念が、古代ギリシャ哲学から説き起こし、近代に至るまでどのように扱われてきたかを概観しています。正直この辺の記述は難解すぎて全部は理解できませんでした。哲学の素養が足りないままに、ある特定の概念、ここでは「勇気」を取りあげて論じている文章を読むというのは困難です。

         ティリッヒの本領である「神学」が中心に出てくるのは結論部分の第六章「勇気と超越」で、?生きる勇気の源泉としての存在それ自体の力 ?存在それ自体を鍵として生きる勇気 にティリッヒの主張が凝縮されています。

         理解できたところだけを私なりにまとめてみます。現代人が直面するのは意味喪失に対する不安である。ここでいう勇気とは「にもかかわらず」という勇気であり、絶望する勇気、絶望を受け入れる勇気である。目を背ける勇気ではない。自殺することは目を背ける勇気にあたると考えられると思う。「絶望している」と言うことができる自己は絶望を受け入れる可能性がある。無とは存在に含まれている。ここでいう存在とは、有無の相対的な世界のさらに深淵にあるものである。ここで私は禅を思い浮かべたが、ティリッヒはそうした東洋的な神秘思想とはまた違うという。違うというか、神秘的な体験はその一部であるという。ティリッヒのいう「存在」の要素として人格としての出会いがある。人格としての神に人格としての人間が出会う。そこに救済を見出す。そうした思想も「存在」の一部ではあるが、そのものではないという。ティリッヒは神はその内部に無を抱え込んだ存在であるという。そうでなければそれは死んだ神であって、生きる勇気の源泉とはなり得ない。ニーチェはそういう神を殺したのである。「神」と言えばすべてが解決するようなそういう説明不可能の神、人間の救済の道具となる神ではない。また人も神の前に主体性を失う人形ではない。神と人どちらかが手段とされてしまうような関係ではない。

         受け容れてくれる何者かあるいは何物かをもつことなしに、受け容れられていることを受け容れること、これをティリッヒは「絶対的信仰」と呼ぶ。これは難解である。何度読んでもなかなかわからない。この概念が超えているものは、全体の部分となる存在への勇気と自己自身であろうとする存在への勇気である。この二つは相反する方向に働く力で、この部分の説明は理解しやすかった。

         全体の部分となる存在への勇気は「参与」という概念で説明される。これは現代の日本でも社会参加の文脈でよく出てくる考えだと思う。「生きる」というのはお金の問題だけではなく、人間の集団への参加、自分がその中で役立ち、その集団を向上させているという感覚が必要であるというような分客で。しかしこの概念は行きすぎると自己が集団に埋没してしまい、体制順応の危険がある。その方向とは逆に自己自身であろうとする力がある。何物にも参与せず自由であろうとする自己は、行為することができない。行為すれば、対象に巻き込まれてしまい、自己の自由の完全性は崩されてしまう。かくして自己は空虚な自己として、嘲笑主義的に生きるしかない。しかし空虚でありながら、自己の内容は自らが嘲笑する世界で出来ているため、自己自身を否定することになってしまう。自己自身であろうとする勇気は、自らが闘ったはずの体制による非人間化や物象化の方向に極端に振れ、全体主義的反動へと進んでしまう。ナチスなどを例として挙げている。この辺は難解できちんと説明できないが、人は何物にも依拠せずに「ある」にはあまりにも弱いということだと思う。

         この二つの一見相反するあり方を止揚する概念として「存在への勇気」はあり得る。二つの自己の方向を否定するのではなく、同時に存在させるのがこの概念の特徴で、深層に「存在」があり、その受容が人を救済へと導くのである。
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        2014/01/06 by nekotaka

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