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カテゴリー"評論、エッセイ、随筆"の書籍一覧

      人生論 (岩波文庫)

      トルストイ

      4.0
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      • 読む前は、もっと教訓くさい本かと思っていたら、ぜんぜんそうではなかった。
        私はロシア語はわからないので、正確にはわからないけれど、たぶん「人生論」というよりも「生命論」と訳するのが適当な、人間の生命についての真摯な論究で、いささか古びない、とても新鮮な内容だと思う。

        生命は、決して近現代の科学が研究してきたような、単なる物質の反応ではない。
        幸福の希求、善の希求をその本質とするものである。
        そして、人の生命というものが、本当に幸福に達するためには、動物的自我の満足ではなくて、奉仕と愛にお互いに生きるしかない。

        生命は決して、短い束の間の肉体の滅びによって終わるものではない。
        我々には見ることができない、遠い過去から続き、そして未来へと続いていく。
        「目に見える生活は生命の無限の運動の一部分にすぎない。」

        人は死んで無になるのではなく、精神の形の思い出として、ずっと働き続けていく。

        「人は死んだ、が外界に対するその関係は生前どおりどころか数十倍もより強く人々に対して働きかけつづけているのだ。そしてこの働きは理性と愛情の度合いに応じて、まるで生きもののように大きく成長し、決してやむことも跡切れることもない。」(189頁)

        などなどのメッセージは、本当に印象的だった。

        また、苦痛は人間にとって、誤りを正し、罪を償い、正しい幸福へと至る不可欠のものであり、単に避けるのではなくそこに意味を見出していくべきだというメッセージも、深く考えさせられた。

        印象的な、深い内容の本だった。
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        2012/12/22 by atsushi

    • 2人が本棚登録しています
      ドストエフスキーの言葉

      小沼文彦 , フョードル・ドストエフスキー

      3.0
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      • この一冊でフョードル・ミハイロヴィッチ・ドストエフスキーの全てが判る(気になる)こと請け合いである。
        『罪と罰』などの新訳を手がけた亀山郁夫の序文からして、惚れ惚れするような絶妙の紹介文になっていて、タイトルも「序文 永遠の予言者・ドストエフスキー」。
        19世紀後半のロシアと聞くと、今のわれら日本人とも無縁極まりないかのごとく錯覚に陥るかもしれないが、「おそろしく類似した精神状況を生きている」と亀山氏はいう。
        それは、アナーキーと化した自由の感覚。

        波乱万丈の人生に裏打ちされた思想と人間の本性を見つめる確かなまなざしは時を超えて読み継がれていくのだ。

          あぁ、どうして人間はこんなに意地が悪いのだろう?  善良な人間になるということは、こんなにもすばらしい、こんなにも気持ちのいいことなのに、どうしてわたしはしょっちゅう意地の悪い人間になってしまうのだろう?
               <スチェパンチコヴォ村とその住人>

          人間の残虐な行為をよく「野獣のような」と言うけれど、これは野獣にとって恐ろしく不公平で、しかも失礼な言いぐさだよ。野獣は決して人間のように残酷にはなりえない。……(以下略)
                     <カラマーゾフの兄弟>

          文学--それは絵である。つまり、一種の絵であり、鏡である。情熱の表現であり、きわめて鋭い批評であり、道徳に対する教訓であり、同時にまた人生の記録である。
                         <貧しい人々>

        ページごとに配された、小説中の至言を噛みしめていると、不朽の名著の数々を再読したいと思う、ぜひ新訳で。

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        2015/11/08 by junyo

    • 1人が本棚登録しています
      生きる武器を持て トルストイの叡智

      宮原育子 , レフ・トルストイ

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      • この本の名言をご紹介します。

        ***
        本当なら、他人を非難する暇はないはずだ。 >> 続きを読む

        2012/10/22 by 本の名言

    • 1人が本棚登録しています
      私人 ノーベル賞受賞講演

      BrodskyJoseph , 沼野充義

      5.0
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      • 北のヴェネツィアと呼ばれた旧ソビエト・レニングラード出身のヨシフ・アレクサンドロヴィチ・ブロツキー(1940~1996年)は、1987年(47歳)にノーベル賞を受賞しました。

        「ヴェネツィア――水の迷宮の夢」(本棚掲載)は、彼が米国へ亡命後、何度も訪れ愛してやまなかった水の都イタリアのヴェネツィアを舞台にしています。悠久の歴史や水の流れがブロツキーの郷愁を誘ったのかもしれないな~なんて思えるしっとりとした大人の作品です(詳細はJunyoさんの素敵なレビューに委ねます♪)。

        今回は「私人」と題するノーベル賞受賞講演をレビューしてみます。文庫本以下のサイズで50ページ程度のものですが、彼の人となりや芸術文学への愛惜の念が伝わる素晴らしいものになっています。

        1963年(23歳)、ブロツキーは、旧ソビエトで定職につかない有害な「徒食者」として逮捕され、裁判にかけられました。その文学裁判なるものが、当時無名だった彼を一躍世界的に有名にしました。

        裁判官 「いったいあなたの職業はなんです?」
        ブロツキー 「詩人です。詩人で、翻訳もします」
        裁判官 「誰があなたを詩人だと認めたんです? 誰があなたを詩人の一人に加えたんです?」
        ブロツキー 「誰も」(挑戦的ではなく)「じゃあ、誰がぼくを人間の一人に加えたっていうんです?」
        裁判官 「でも、あなたはそれを勉強したのですか?」
        ブロツキー 「何を?」
        裁判官 「詩人になるための勉強ですよ。そういうことを教え、人材を養成する学校に、あなたは行こうとしなかったでしょう……」
        ブロツキー 「考えてもみませんでした……そんなことが教育で得られるなんて」
        裁判官 「じゃあ、どうしたら得られると思うのです?」
        ブロツキー 「ぼくの考えでは、それは……神(=天賦の才能)に与えられるものです」

        いや~事実は小説より奇なり! 国家や政治が人間の高邁な精神活動となる芸術や文学を裁こうとする、このいたって真面目な不条理劇は、ギリシャ古典文学も顔負けの滑稽さと愚昧と喜劇性を帯びていますね。

        「もしも芸術が何かを教えてくれるとすれば、それはまさに、人間存在の私的性格でしょう。芸術はもっとも古い――そしてもっとも本来的な意味で――私的活動の形態であるがゆえに、どう転んでも結局、自分が個別で独自な、二つとない存在であるという感覚をもつように人間を鼓舞し、人間を社会的動物から個人へ変身させるのです」

        「芸術は後戻りすることのない無反動砲のようなもので、その発展を決定するのは芸術家の個性ではなく、素材そのものの力学と理論であり、また毎回質的に新しい美的解決を見つけようと要求する表現手段が辿ってきた運命なのです。芸術は自分自身の系譜と力学と論理と未来とを持っているとは言っても、歴史と同義ではありません。それはせいぜい歴史と並行になるだけでしょう」

        「文学に対する様々な犯罪の中で、作家の迫害、検閲による規制、焚書といったことが、一番重い犯罪というわけではありません。もっと重い犯罪があるのです。それは本を軽視すること、本を読まないことです」 

        先の文学裁判で5年間の強制労働を言い渡されたブロツキーは、サルトルら著名人の猛抗議などに助けられ、その後、米国に亡命して執筆活動を続けました。

        「ヴェネツィア」は、現代的なエッセイ調の散文詩のような小説で、水と光をキーワードに夢のような幻想的な美しさを表現しています。つらつらと眺めているうちに、有象無象とした人生の澱(おり)のようなものが洗い流されるようです(笑)。中編で読みやすい作品なので興味のある方にお薦めします。

        また、「大理石」は、摩訶不思議なSF仕立ての戯曲。最新テクノロジー完備、快適な暮らしの設備はすべてそろっているタワー監獄にいる2人の囚人の可笑しな会話が覗けます。ローマ詩人ウェルギリウスやホラティウスなどを登場させて遊んでいて、私の感覚では戯曲というよりも、対話型の散文を得意としたギリシャ時代の文豪ルキアノスを彷彿とさせます。詩的でユーモアに富んでいて、狭小な空間からの脱却、悠久の時間に生きる不滅の詩人ブロツキーの想いが満載♪

        ……とここまで読んでみて、ふとチェコから亡命した文豪ミラン・クンデラを思い起こします。もともと詩を書いていた彼と詩人ブロツキーとの共通性や繋がりに少なからず驚きを覚えたからです。

        「奇妙なことですが、詩人の眼には、「歴史」は詩人自身の位置とパラレルな位置にあります。それは何かを勝手に作り出すのではなく、発見するのです……それは人間の何たるかを「遠い遠い昔」から人間の裡にあるものを、人間の様々な可能性であるものを開示するのです」

          詩は詩人たちが勝手に作りだすものではありません
          詩は遠い遠い昔からそこに
          そのうしろのどこかに存在しています
          詩人は詩を発見するだけなのです
        (チェコ詩人ヤン・スカセル)

        ***ミラン・クンデラ「小説の精神」より

        文学のみならず音楽や絵画や彫刻や……迂遠な言葉やまわりくどい説明を割愛して人間の精神や魂に深く入り込んでいける資格を有する人たち……きっとそのような稀有な人を芸術家と呼ぶのでしょうね(^^♪
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        2016/04/24 by アテナイエ

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