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カテゴリー"ユダヤ教"の書籍一覧

      ユダヤ教入門

      柄谷凛 , De LangeNicholas Robert Michael

      4.0
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      • 一人で書いたとは思えないほど、多岐にわたる分野を網羅して書かれていて、とても面白かった。

        ユダヤ教の祈祷書や、神学、歴史、現代における取り組みやさまざまな流れと方向性、音楽や聖歌などが紹介してあり、とても興味深かった。
        祈祷書はいつか手に入れて読んでみたいし、聖歌や音楽などもぜひ聴いてみたいと思った。

        特に興味をひかれたのは、イツハク・ルリアという中世の思想家。
        スペインからユダヤ人が追放になった後に、その大きな衝撃や危機の中から思想を紡いだそうで、「世界の修復」ということがテーマになっている。
        ヘブライ語では修復は「ティクン」、世界の修復は「ティクン・オーラム」というそうで、もともとはカバラにもとづき、自分たちが今、悪をやめて善をおこなうことで、断片化されたこの世界を修復し、神の光を取り戻し、メシアの到来を早く招くことができる、という考え方だったそうである。
        現代では、イスラエルなど、特にカバラとは関係なく、この「ティクン」という概念にもとづいて、植林植樹やエコロジーや緑地化運動が盛んに行われているそうだ。
        今の日本も、「ティクン」こそが大切なのかもしれない。

        また、ヘルマン・コーヘンというユダヤの宗教哲学者は、出エジプト記の三章に出てくる「ありてあるもの」と訳される、神の名前のところを、「あるがままにあるもの」と哲学的に解釈した、という箇所が、とても興味深かった。
        一方、ブーバーは、同じ箇所を、むしろ「臨在」を強調する方向で解釈したという話も興味深かった。
        これは、日本の浄土教における自然法爾と光明にも、どこかしら相通じる話のように思えた。

        それにしても、全人口からいえば少ないユダヤ人の、なんと膨大なすごい伝統の蓄積があることか。
        たいしたものだとあらためて感嘆した。
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        2013/07/18 by atsushi

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      なぜ私だけが苦しむのか 現代のヨブ記

      斎藤武 , Kushner, Harold S

      5.0
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      • 本当に素晴らしい本だった。

        著者は、ユダヤ教のラビ。
        その息子が早老症という難病だと小さい頃に認定され、十数年の命だと言われ、実際にそうだった。

        その苦しみと悲しみを踏まえた上で、神とは何か、信仰とは何かについて、とても深い、心にしみるメッセージがこの本にはわかりやすく、率直に、書かれている。

        聖書の中に「ヨブ記」という物語があり、それは何の悪いこともしていないヨブという人が、あらゆる苦しみに遭うという物語である。

        著者は、その「ヨブ記」の中には、三つの命題があるという。

        つまり、

        1、神は正しい。
        2、神は全能である。
        3、ヨブは正しい。

        という三つのことで、このうち、三つは両立しないので、どれか一つはひっこめなくてはならないという。

        つまり、神が正しくて全能ならば、苦しんでいるヨブは悪人なので罰を受けているということになる。
        また、神は全能でヨブが正しいならば、神は悪だということになる。
        神が正しくてヨブが正しいならば、神は全能ではない、ということになる。

        そして、著者が言うには、ヨブ記のメッセージは、なんとこの中で、神は正しくヨブは正しいということ、つまり神は全能ではない、ヨブのさまざまな災いを防ぐことができなかった存在である、ヨブの災いの原因ではない、ということを述べているのだという。

        人は、何か悪いことや災いが生じると、自分が悪かったのではないかと考える。
        あるいは、他人についてもそのように考える人もいる。

        しかし、著者が言うには、決してそんなことはなく、災いや病気や事故は、めぐりあわせとしか言えず、神がそのようなことを人に望んだりはせず、ともに悲しみ苦しんでいるのだという。

        神は災いの源ではなく、助けの源であると著者は述べる。
        なんらかの苦しみや災いは、別にその人が悪かったから罰として与えられたのではなく、通常、理由を探しても見つからない場合も多いと言う。

        したがって、

        「なぜこんなことが自分に起こったのか?」

        という問いではなく、

        「こうなってしまったのだから、私はいま何をすべきなのか?」

        と問うべきであると著者は述べる。

        「なぜ苦しまねばならないのか?」

        と問うのではなく、

        「ただ無意味でむなしいだけの苦痛に終わらせず、意味を与えるために、私はこの苦しみにどう対処したらいいのだろう?
        どうすれば、この苦しい体験が産みの苦しみ、成長の痛みになるのだろうか?」

        という問いかけに、痛みに意味を与えることに、神は不完全であって全能ではなく、この世の苦しみは不完全な世の中にあっては避けられないものであると理解すれば、問いが変わると著者は述べる。

        聖書が述べる神の創造とは、混沌に秩序を与えることであり、今なおその作業は継続中で、世界に混沌がいまだにある以上は、混沌の部分の中にある不条理な苦しみが、理由もなく、今も存在しているのだと述べる。

        大切なことは、祈りにおいて、自他の苦しみや悲しみを分かち合うこと。
        そして、何か自然法則を変える奇跡を願うのではなく、勇気や力を与えてくれるように祈ることなのだと著者は述べる。

        慰めや力を求め神に向かう時に、人は本当にそれらを得る。

        著者自身の体験、そして他のさまざまな人々の体験談や本などを引用しながら語られるこれらのメッセージは、とても深い、私には心にしみるものだった。

        完全ではない、不完全な世界を許し、それをつくった神を許し、世界を愛し続けること。

        これは、とても難しいことだが、このか細い道にのみ、偽善でも自己欺瞞でもない、本当の道があるのだと思った。

        また、誰もがなんらかの悲しみや苦しみに直面しており、人はみな「悲しみの兄弟」なのだということが述べられてあり、そのことも深く共感させられた。

        本当の信仰というものは、このようなものだと、この本を読んで思った。
        また、このような本を生み出した、ユダヤ教はすごいと思った。

        この本は、宗教の垣根を超えて、アメリカでは大ベストセラーになったそうである。

        多くの人に読んで欲しい、すばらしい本だった。
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        2013/06/23 by atsushi

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      ユダヤ五〇〇〇年の知恵 聖典タルム-ド発想の秘密

      TokayerMarvin , 加瀬英明

      5.0
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      • 実はこの本、かれこれ二十年ぐらい前に、まだ十代の頃に買った。

        当時もぱらっと読んだ記憶はあって、最近ユダヤ関連の本を読んでたので、ふと思い出して本棚を探していたら出てきた。

        それで読み始めたら、とても面白かった。
        ほとんど覚えていないところを考えると、当時はあんまりきちんと読まなかったのか、あるいは読んでもまだよく理解できなかったのだろう。

        とても簡潔に、ユダヤの口伝説話集であるタルムードのいろんな物語が紹介されており、面白かった。

        また、それを敷衍した、ラビである著者自身の体験談も面白かった。

        ユダヤの知恵というのは、本当にすごいものだと思う。

        人間の心の動きの機微に触れる、すごい深い人間洞察と課題解決の知恵の宝庫だと思う。

        繰り返し読みたいし、また多くの人にオススメしたい。
        ただ、非常に簡潔にいろんな内容をぎゅっと一冊に濃縮して書かれているため、他の『ユダヤ賢者の教え』やユダヤ人の歴史やユダヤ教の本もある程度読んでから読むと、より理解がしやすい本かもしれない。

        ユダヤの知恵は本当にすごいが、

        「人生の最上の目的は、平和を愛し、平和を求め、平和をもたらすことだ。」

        というラビ・ヒレルの言葉が、その目的と意義を最も簡潔に伝えてくれているのだと思う。

        せっかく、ユダヤ五千年の知恵が、今はユダヤ人以外にも、この本やいろんな書籍で紹介されているので、せっせと学びたいものだと思う。
        >> 続きを読む

        2013/06/12 by atsushi

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      カバラー心理学 ユダヤ教神秘主義入門

      村本詔司 , HoffmanEdward , 今西康子

      4.0
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      • ユダヤ神秘主義、つまりカバラは、現代の心理学にも有益な内容を多く含む。
        という観点から書かれた本。

        この本によれば、カバラは、宇宙は意味のある全体であり、相互に影響しあっているものととらえている。
        これは、現代のホーリズムなどの、トランスパーソナル心理学の知見と一致している。

        さらに、共時性や、人生における意味のある符合を重視するという点で、ユング心理学とも相通じる。

        こういったことを考えると、カバラは非常に現代人に役立つ、新鮮な内容に満ちているとのこと。

        「上の如く、下も然り」という言葉が、カバラのゾハールに書かれている。
        これは、目に見えない広大なネットワークがこの宇宙にはあるということ。
        カバラでは、人間は皆、天界に根を持つ生命の樹のひとつひとつの芽だと考える。
        発出・想像・形成・行動の四つの世界を経て、この現実世界のすべてのものは生み出されており、それをカバラ四界という。

        ヘブライ語では、瞑想のことをドゥヴェクートというそうだけれど、主に三つの種類の瞑想がカバラにはあるそうである。

        1、ヘブライ文字に集中し、連想を働かせたり、聖書の中の語句の文字を入れ替えて言葉遊びをする。
        2、生命の樹を観想する。
        3、祈祷書や聖書の祈りの言葉を朗読して、意識を集中する。

        なるほどと思う。

        これらを通し、

        ・注意の方向付け。集中の訓練。
        ・自我の滅却(社会から押し付けられた人格特性の枠をとってみる)
        ・自発的な表現手段

        といったことを訓練するようである。

        カバラにおいては、人は、通常、聖なる源泉から離れてしまっているそうで、それをどうやって再び結びつけるかということが課題らしい。
        また、これらの瞑想が深まり、深い意識に達すると、人生を大局的な見地から見ることができるようになるそうである。

        また、夢と音楽をとても重視し、夢解釈や、不吉な夢を見た時は夢断食といって断食して反省したりするそうだ。
        また、美しい音楽は癒しの力があると考え、音楽や歌をとても重視するそうである。
        音楽には霊力があると考えるそうだ。

        ラビ・ナフマンの、

        「あなたが何をする人であろうと、常に心を喜びで満たしておきなさい。」

        「幸福な気持ちでいれば、人に活力を与えられるからだ。」

        「熱中していなくても、そういうふりをしなさい。やがて、本当に熱中するものだ。」

        などの言葉も、なるほどーっと思った。

        カバラの歴史のわかりやすいまとめと紹介も、ためになった。
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        2013/07/25 by atsushi

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      ユダヤ人の生き方 ラビが語る「知恵の民」の世界

      Kushner, Harold S , 松宮克昌

      5.0
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      • とてもすばらしい本だった。
        ユダヤ教について、とてもわかりやすく、かつ深い知見が盛り込まれた、最良のユダヤ教の紹介および解説の本のひとつだと思う。

        著者が言うには、ユダヤ教は生きること、いかに生きるかについての教えであり、真の人間になるためにどうすれば良いかの包括的な生活の体系だという。
        ただし、それはユダヤ教の場合、抽象的な理論や神学ではなく、具体的な行事や習慣を通してそのことが実践されるし、何よりも「ユダヤ人共同体の一員」であることが重視されるという。

        ユダヤ人共同体というのは、ブリート(契約)を神と結んだ具体的な共同体である。

        契約というのは、神と人との円熟した関係であり、互いの責務についての決まりごとだという。
        つまり、人間は善を見分け選ぶことができ、またそう行うことが神への責任であり、一方、神はそのような責任をきちんと果たしている人間に対し、生命・健康・食物・愛する人を与えるという責任がある、ということだそうである。

        ユダヤ人は世界の民族の手本として、神に選ばれ、契約を結んだとユダヤ教では考える。
        聖書は、それゆえに、ユダヤ人にとっては長い先祖たちの、いわば家族のアルバムであり、神からの、また神へのラブレターのように読むものだという。

        一般的に他の宗教では、この世界を聖と俗の二つの領域に分けるが、ユダヤ教ではそうではなく、聖なる世界と、その途上にある世界、という風に考えるそうである。
        そして、当たり前のものに聖なるものをもたらすこと、当たり前の時間を聖なる時間にすることを重視するそうである。
        そのために、安息日や食物規定があると著者は言う。
        これらの規定は、神の好意を勝ち取るためではなく、人間として成長をするために、人間として成長することを選んで生きることを理解するために、安息日や祭日のたびに歴史的な意義や神とイスラエルの関わりを想起し、食物規定の背後にある他の生命への配慮やいのちの恵みへの繊細な感覚を思い出すのだという。
        さらに、結婚も含めて、ユダヤ教の一見厳しいさまざまな規定や戒律は、人間における本能を聖別するためにあるという。
        ユダヤ教においては、人間の性欲や食欲などの衝動は、それ自体としては良くも悪くもなく、いかに用いるかによって良くも悪くもなると考え、さまざまな律法による規定はそれをコントロールし、聖別するためにあるのだという。
        つまり、人間が持って生まれた性質を、崇拝でもなく抑圧でもなく、聖別することが、ユダヤ教においては重視されるという。

        また、ユダヤ教においては目的は神であり、人間は幸せのために励むのではなく、善のために励むことが教えられる。
        つまり、目的は幸福ではなく、善だという。

        神は、この世界に、創造者・啓示者・贖い主という三つの関わり方で関わり、そのどれをも大切にし、それらをそれぞれ讃える行事があるそうである。

        ユダヤ教徒とは、エジプトの奴隷状態から出エジプトを果たしたモーゼの物語を直接受けとめた人々、という定義も面白かった。

        また、出エジプト記の三十三章のところで、神は後ろ姿が見える、という箇所があるが、著者はこれは、実際に後ろ姿が見えたということではなくて、神はそのものは姿が見えないが、その行動や働きが通っていった後に、その行動や働きとして見える、ということを意味していると解釈しており、とても納得がいった。

        著者は、神は、人間と無関係にどこかにいることを観察できるようなものではなく、私たちが正しく困難なことを行うその時に共にいる存在だという。
        神が何かをしてくれるから自分は何もしなくてよいと考えるのではなく、神が貧病苦に苦しみ人々を助ける存在であるのだから、人間は神の似姿として貧病苦の人々を助けねばならない、と考えるのがユダヤ教だという。
        そして、自分とその周りに何かが起こった時に、その中に神を認識できるという。

        神を信じるとは、その存在を肯定することではなく、起こることになっているものの、いまだ起きていないことが、いつか起こると信じること。
        という言葉も、なるほどーっと思った。

        また、無神論者とは神の存在を否定する人のことではなく、道徳を無視する人のことだという著者の解説もとても心に響いた。
        「私の選択は重大でしょうか?人生の中身は本当に意味があるのでしょうか?」という問いこそが最も重大な問いであり、これに対してYESというのがユダヤ教の信仰であり、この問いにNOで答えるのが無神論だということは、通常の信仰や無神論の通俗的な理解と異なり、私にはとても心に響くものがあった。

        あと、とても考えさせられたのは、スーパーマンのパワーを無効化するクリプトナイトを例にとって、著者は、神にもクリプトナイトが二つあるというたとえ話をしていた。
        つまり、神におけるクリプトナイトとは、自然法則と人間の善悪の自由意志の二つである。
        神は自然法則に則った世界を選択して創造したため、自然法則に安易に介入できないし、人間が自分の自由な選択で善を行うことを欲して自由意志を与えたため、人間の自由意志にも介入できないのだという。
        つまり、自然界には道徳がないし、人間は自分の意志で何でもできる。

        だが、長い目で見れば、ヤコブやヨセフの物語のように、神は悪を善に変える力を持つ。
        つまり、さまざまな苦労を経ることで、人の気持ちがよくわかり、素直に謝り、人を大事にできる心を持つように人間は成長することがある。

        また、神は、人間に勇気や慰めを与える。
        神の力は無限の力である。しかし、神の力は制御する力ではなく、可能にする力である。
        神の力は物事を統制する力ではなく、物事を可能にする力である。

        つまり、人間の意志や行動に介入して統制する力ではなくて、人間が何か困難に立ち向かい、正しいことを為そうとする時に、それを支える勇気や癒しをもたらす、そのことを可能にする力である、というこの本のメッセージは、とても納得がいき、心に響いた。

        ホロコーストも、神がなぜあんなひどいことをしたのかと問うのは筋違いで、あれは人間がなしたことであり、「人類は互いにどう扱うか決定する自らの自由を、どうしてこれほどひどく悪用できたのか?」と問うことが正しい問いだという。

        また、神のゆるしとは、神の怒りが静まることではなく、自分の問題にもかかわらず、神の御許で受け容れられていると感じるようになること、ということもなるほどーっと思った。

        「決してあきらめるな。あなたの魂が実現させたいと切望するものに成し得ないことはない」
        というのがユダヤ教のメッセージだという話も、とても心に響いた。

        人間である高貴さの証のひとつは、自分の行動に責任をとれることであり、そうでないのは人間のなりそこないという話も、考えさせられた。

        ユダヤ教では、「イエッェル・ハラァ」(悪への衝動)と「イエッェル・ハトーヴ」(善へ衝動)という、善悪の二つの衝動がどちらも人間には備わっているという。
        どちらだけでも人間ではなく、前者についても根絶するのではなく、制御し、聖別することが大事だという。

        間違いを犯すことができ、自分の間違いを認識でき、間違いを悔やみ、学び、修正できるところに、人間の他に類のない特徴があるとユダヤ教では考える、ということも、なるほどと思った。

        ヘブライ語の罪を犯すという意味の言葉は、目標を外すという意味の言葉でもあるそうである。

        また、ユダヤ教における祈りは、何かを願うよりも、むしろ感謝や崇敬を示すことだという話も興味深かった。
        ヘブライ語で祈ることは、右脳を活性化する、という話も興味深かった。
        さらに、ユダヤ教においては、トーラーを学ぶこと自体も祈りと考えらるそうである。
        「典礼は結びつけ、神学は分離させる」、つまり、難しい神学より、実際に大勢でシナゴーグに集まり、みんなで祈ることをユダヤ教は重視するそうである。

        「神について語ることが神学であり、神を体験することが宗教である」というブーバーの言葉も、とても心に残った。

        反ユダヤ主義に関して、自分自身を憎んでいる人々や不安定な人々は、何かを投影して他を憎みやすい、特に社会の中のマイノリティにそうした憎しみを向けやすい、という話も興味深かった。
        さらに、ユダヤ人の場合、著者が言うには、律法という道徳と良心を述べているところが煙たがられたり、常に社会変革や社会改革の動きをユダヤ人が率先して行ってきたことが危険視されたり憎まれたこと、キリスト教特有の教義などが、マイノリティであることに輪をかけて反ユダヤ主義が歴史的によく起こった理由としてあげていた。
        人間をひとくくりにして偏見を持つことは間違っているし愚かであることを著者は指摘しており、それは本当にそのとおりと思った。
        また、ユダヤ人自身の態度として、起きた不幸を克服するには、正常な状態に戻ることであり、もはや人に同情を求めないことが大事だということが述べられているのも、胸打たれた。

        著者は、キリスト教とユダヤ教の関係について、どちらもお互いを必要としており、キリスト教は一神教がどのようなものであるかをチェックするために、そしてユダヤ教は多神教の世界において一神教を世界に広めるためにキリスト教を必要とし、肯定できるという。
        著者は、イエスとパウロもまた、神が多神教の世界に対して一神教を伝えるために選んだ存在だったと受けとめているという話も、興味深かった。

        ユダヤ教の究極の目的は、この世界を神が創造した時に、神が想い描いたような、そういう世界に造りかえることだという。

        それには、神に任せて自分は何もしない、という態度ではなく、人間自身が、善を選び、善を行うしかないのだという。

        人間は死を恐れているのではなく、本当に生きてきたとは言えない人生を恐れている。

        聖なることとは、ごく当たり前の時間を聖ならしめることである。

        人に関係しながら、生き方の中で、聖なるものを生み出すこと。

        それがユダヤ教だという。

        ユダヤ教の実践は、本を多く読み、自分自身の共同体に入り、人との関わりの中で、善を実践すること。
        そう言う著者のメッセージは、とてもわかりやすかった。

        私たちが証人となる時、神は主であるが、私たちが証人になることをないがしろにする時、神は主でない、というイザヤ書の43章10節に関わる注釈の話は、非常に考えさせられるものがあった。

        なかなか、ユダヤ人に生れつかない限り、ユダヤ教というのは縁遠い宗教だけれど、ユダヤ教のエッセンスは、この本を通じて、少しわかった気がする。
        本当にすばらしい宗教と思う。
        他の宗教の人も、なにがしか、そこから学ぶことがあるのではないかと思った。

        多くの人に読んで欲しい名著だった。
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        2013/07/05 by atsushi

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      神のようになる カバラーと人生の窮極目的

      大沼忠弘 , BergMichael

      5.0
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      • とても良い本だった。
        カバラ、つまりユダヤ神秘主義のエッセンスが、とてもわかりやすく書かれていた。

        著者が言うには、人生の目的とは、「神のようになる」ことだという。

        これは何も難しいことではない。

        通常、人は、「自分だけ受け取りたい」「自分だけは得したい」というエゴに衝き動かされている。
        しかし、なるべくその気持ちを減らし、「惜しみなく分かち合う」という思いを増やしていくことが、「神のようになる」秘訣だという。

        聖書の創世記には、人間は神に似せてかたちづくられたことが二回も繰り返し書かれている。
        つまり、人間の本性が神と同じだと、強調されている。

        たとえるならば、神は山で、人間はそこから離れた岩のようなものだという。
        岩は、山の一部の時には山の一部だが、山から転がっていって外れてしまえば、ただの岩になる。
        人間もそのようなもの。

        しかし、自分は神のようになろうと思い、エゴを減らし、分かち合うことに努めれば、そこに光への道が開けていくのだという。
        逆は闇だという。

        非常にシンプルに、カバラの人生観が説かれていて、なるほどーっと思った。

        カバラは、何も難しいことはなく、要はこのこと一つなのだろう。

        「神のようになる」こと、あるいは「仏のようになる」こと。
        そのことを心がけて、分かち合うことを一生涯努めれば、たしかに、光に満ちた人生になる気がする。

        著者が言うには、人間は誰しも器であり、その人の確信に応じて、器が大きくもなり、小さくもなり、神の力を多く受けとめることができるそうである。
        つまり、なるべくエゴを減らし、分かち合い、神のように生き、そうすれば必ずすばらしいことができると確信していると、宇宙の大きな力を盛ることができる器になる、ということだろう。

        多くの人にお勧めしたい、すばらしい一冊だった。
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        2013/08/08 by atsushi

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      ユダヤとは何か。 聖地エルサレムへ

      市川裕 , 阪急コミュニケーションズ

      5.0
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      • 豊富な美しい写真の数々とともに、とてもわかりやすくユダヤ人の人々の今現在の様子や歴史、エルサレムの町の様子や、さまざまなミュージアムなどを、いろんな切り口で解説していて、とても面白かった。
        ユダヤ人やその歴史に興味がある人にとって、格好の手引書の一つではないかと思う。

        いろんなミュージアムのURLも載っているので、そのうちひとつひとつネットで見てみたくなった。
        いつかいくつかは訪れてもみたい。

        日本も、関西や東京にユダヤ教のシナゴーグや団体があると知って驚いた。
        神戸には戦前、三万人のユダヤ人が住んでいたそうである。

        ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の一神教の人々は、いま世界で三十二億人にのぼるという。
        そのうちユダヤ教の人は千三百万人ほど。
        もともとは、キリスト教もイスラム教もユダヤ教から別れ出たようなものだし、アブラハムやモーゼの前は、世界はすべて多神教だったことを思えば、ユダヤ人を通じて一神教がこれほど広まり、世界に影響を与えてきたことは、本当にすごいことだと思う。

        とはいえ、ユダヤ教の内部も、超保守派、保守派、改革派、再建派などのいろんな考え方の人々がおり、戒律を厳守する人もいれば、食物規定などは守っていない人々もいるそうである。

        一口にユダヤ人やユダヤ教といっても、その内部はいろんな考え方や多様性があるのだろう。
        あらためてイスラエルやユダヤ教とその歴史に興味をそそられる一冊だった。
        >> 続きを読む

        2013/06/06 by atsushi

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      ゾーハル カバラーの聖典

      石丸昭二 , MüllerErnst

      5.0
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      • 『ゾーハル』はカバラ(ユダヤ神秘主義)の最も重要な古典。
        非常に難解な文章で書かれているそうなのだけれど、とてもわかりやすい訳だった。
        ゾーハルが全文日本語訳で読めるとは、本当にありがたい。

        読んだ感想は、想像していたより、ずっと深く、味わい深いということだった。
        トーラー(創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記)への熱烈な愛が、とても素晴らしかったし、心に響いた。

        特に印象的だったのは、以下のこと。

        声に出して読むたびに、トーラーは新しくなる。

        トーラーは家。
        背けば閉じるが、向かえば開く。

        トーラーの配偶者たらん、トーラーの恋人たらん、と思ってトーラーを学ぶこと。

        トーラーの物語はトーラーの衣服であり、衣服の向こうに真髄がある。

        神は常に自分が侮辱されるよりも、義人が侮辱されることに対して怒り、償いを求める。

        魂には、ネフェシュ、ルーアハ、ネシャーマーの三種類がある。

        夢で、清い心の人は天界に行き、覚えている覚えていないにかかわらず、良い教えを受ける。
        一方、日中に心が汚染された人は、夢において天の至聖所に行くことができず、低いところをさまよって、戻ることになる。

        上の領域(天界)と下の領域(地上)は関わり合っている。
        上の覚醒は下の覚醒次第である。

        トーラーは疲れた人への冷たい水である。

        十戒と、天地創造の十の節の言葉は響き合い、重なり合っている。

        祈りの掟は六つ。
        御名を畏れること。主を愛すること。主を祝福すること。主を一つにすること。祭祀が民を祝福すること。主に魂を献げること。

        アブラハムですら、一日でいっぺんに神への接近ができたわけではなく、生涯をかけて神に憧れ、一生涯を通じて行い、だんだんと神に近づいた。

        トーラーに精励する人は、至聖に結びつくための時間に従事する。

        などなど、とても啓発される、興味深い内容だった。

        また、男女がそろい、夫婦がそろって、シェキーナー(神の臨在)が起る、ということが強調されていることは、とても興味深かった。

        また、しばらくしてから繰り返し読み返したい。
        世にも稀な本であることは、確かだと思う。
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        2013/07/31 by atsushi

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      ゼライーム

      石川耕一郎 , 三好迪

      4.0
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      • ミシュナの第一巻。
        これを翻訳した方は本当すごいと思う。
        事細かな律法の規定を、さらに事細かに考察して規定してあるのがミシュナ。
        畑の作物の作付の方法まで細かにいくつか規定してあり、それをわかりやすく注で図にしてくれているのも面白かった。

        ベラホートの九章の部分で、「誰であれ幸福について神を讃美すると同じように、不幸についても神を讃美することが義務づけられている。」という一節は胸に響いた。
        良いことであれば、悪いことであれ、なんであれ神に感謝し、受けとめて生き抜いていくのがユダヤ教の精神ということなのだろう。
        >> 続きを読む

        2013/08/17 by atsushi

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      ミシュナ

      長窪専三

      5.0
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      • ユダヤ教の聖典のミシュナの中の一部で、ユダヤの知恵のエッセンスのような格言集。

        ても素晴らしかった。

        繰り返し読みたい。

        特に、以下の言葉は心にしみた。

        「人間は愛されている。
        彼は神のかたちに造られたからである。
        さらに大きな愛は、彼が神のかたちに造られたことが彼に知らされたことである。
        なぜなら「人は神にかたどって創られたからだ」(創世記九章六節)と言われているからである。」
        (84頁)
        >> 続きを読む

        2013/06/19 by atsushi

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      古典ユダヤ教事典

      長窪専三

      5.0
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      • これはすごい事典である。
        日本人にはなじみのうすいユダヤ教やユダヤ人の歴史について、この事典を引けば、ひととおりのことが一発でわかる。
        ユダヤには、タルムードやさまざまな、日本人にはなじみのうすい文献が多数あるし、さまざまな宗教上の独特の用語や、歴史上の人物や出来事があるが、この事典のおかげで本当によく整理して理解することができた。
        ユダヤ教に興味のある人には、とても便利な事典と思う。
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        2013/06/13 by atsushi

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      タルムード入門

      村岡崇光 , CohenAbraham

      5.0
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      • タルムードはユダヤ教の聖典で、膨大な量がある。

        ある方から、そのタルムードの英訳の全巻のデータをいただいたので、読もうと思いつつも、いきなりではなかなか歯が立たないので、本書を読み始めた。

        とてもわかりやすくタルムードの全体像を解説してあり、ためになった。
        本書はまだ第一巻なので、続きも読みたい。

        タルムードとは、トーラーの解説書である。
        トーラーとは、聖書の中の創世記・出エジプト記・レビ記・民数記・申命記の五つ、および口伝でユダヤの民にモーゼから伝えられた神の教えである。
        タルムードの中には、ハラハーという法解釈とアガダーという説話の部分があり、それぞれを通じて独自の思想や世界観が展開されている。
        トーラーには一つも無駄なことはない、全てに意味がある、という観点から、一つの語句に至るまで深読みする精緻な解釈がなされてきた。

        この第一巻では、タルムードにおける、神と宇宙と人間についての内容を解説してある。

        宇宙の秩序は神の意志に依存している。自然界の諸過程は、神の創造の力が不断に作用し続けていること。

        神の存在を信じない者が無神論なのではなく、問題なのは、自分の行為の責任を問われることは決してないと信じている実際的無神論。
        神の存在を信じるか信じないかではなく、宇宙には審判も審判者も存在しないと主張する者が問題であるというのが、タルムードの立場。

        十戒を否定することは、これを定めた神の否定につながる。

        神はこれらの道徳を自ら実践している。人は神に倣うべきである。

        神は遍在しており、柴にでもどこにでもいらっしゃる。

        人間個人の運命は神によって定められているが、神を敬うかどうかは、その人の選択に委ねられている。

        神は愛と正義を混ぜてこの世界をつくった。また、神は、怒りや正義より愛が勝つように祈っている。

        神の父性。神は親である。

        神の聖性。人の立派な行為は、神の御名を高める。人のけがらわしい行為は、神の御名をけがす。

        神はトーラーを見ながら宇宙を創造した。

        天には七つの名称。天は七つある。

        エヴェン・シュティーヤーという、天地創造の中心となった神殿の土台石。

        万物の創造は神の栄光のため。

        神は第七天にいるのと同時に、遍在し、近くにまします。

        シェヒナー(住まい)、神の光として、人はどこにいても神を感じることができる。

        人間の行為や振る舞いにより、シェヒナーも、ルーアハ・ハコーデシュ(聖霊)も、近づきも遠ざかりもする。

        良い天使。ガブリエル、ミカエル、ラファエル、ウリエル。メタトロン、サンダルフォン。

        悪い天使。アフ、ヘーマー、ケツェフ、マシュヒット、メハッレ。サマエル。
        悪魔とは、人間の悪への衝動(イェツェル・ハッラー)のことともされる。

        イスラエルに敵対する者は神に敵対するに等しい。イスラエルを助ける者は神を助けるに等しい。(メヒルタ、第六章)

        イスラエルの主な責務は、トーラーを預かり守ること。

        異教徒でトーラーを実践する者は、大祭司と同格。

        生きている間、本当に大切なものは物質や富より、善行とトーラーである。

        死ぬる日は生きる日にまさる。船の出航より、入港が望ましい。

        魂には五つの名。
        ネフェシュ(血)、ルーアハ(息)、ネシャーマー(性格)、ハッヤー(生きる、永続)、イェヒーダー(単一)。

        七つの徳。
        信仰、義、正義、親切、慈悲、真理、平和。

        信仰とは、神に対する不動の信頼。

        信仰は、祈り。神を信じ、神がその被造物に親しくしてくださることを真心から信ずる者だけが、神に願いを述べる。

        祈っても答えがなかったら、もう一度祈るべきである。

        祈る時は、心をあげよ。

        祈る時は、シェヒナーに向き合っていると思わなくてはならない。

        悪への衝動の直視。

        罪とは、神に対する反逆以外ではない。

        中傷は四大重罪のひとつ。

        悔い改めこそが重要である。

        贖罪は苦しみによって得られる。
        苦しみは浄めである。

        義人は人々の罪を贖う。

        神の経綸は、この世だけでなく、あの世と併せて考えるべきである。

        義人は愛されればこそ、苦しみを受ける。
        あの世にふさわしい人間に育てられるためである。
        幸せな時だけでなく、苦しい時にも、どんな時にも感謝すべきである。
        それが、「力を尽して」の意味である。

        などなどのタルムードの教えは、とても心に響いた。
        ユダヤ五千年の知恵は、本当に深いと思う。
        続きもぜひ読み、その上で、本文もどんどん読んでいきたい。
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        2013/07/13 by atsushi

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      タルムード入門

      市川裕 , CohenAbraham , 藤井悦子

      5.0
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      • 面白かった。

        ラビの言葉として伝わるもので、聖書の中の他の多くの預言者は、神と会ったとしてもガラス九枚越しのようであったのに対し、モーゼはよく磨かれたガラス一枚だけを通して神と顔と顔とを向かい合って出会っていた、という表現があり、なるほどーっと思った。
        そうだったのかもしれない。

        また、コヘレトの言葉の中の、太陽の下のものはすべて無益という言葉は、トーラーは太陽がつくられる以前に書かれたので、実はトーラーを賛美している、というラビの解釈には感嘆した。

        また、ラビ・アキバは、雅歌は聖書の中でも聖なるもの、と言ったという話には、なるほどーっと思った。

        箴言には、トーラーの知恵と世俗の知恵の両方が盛り込まれているという話も。

        また、贖罪の一番の手段は、慈愛の行いだということや、
        神殿崩壊後の犠牲のための牛の代用は、祈る祈りの唇である、という話は、なるほどと思った。

        タルムードだと、結婚相手は生れる前から決まっているという記述もあるとのことで、興味深かった。

        面白い話は、神は世界を六日間で創造した後は、縁結びの神となって働き続けているというタルムードの話があるそうである。
        その話を聴いた、ある外国の権力者が、自分の奴隷の男女を一日で結婚させて、イスラエルの神はこんな簡単なことにずっと時間がかかっているのかと笑った。
        しかし、一週間も経たぬうちに、無理やり結婚させた夫婦たちには喧嘩が絶えなくなり、どうにも解決がつかなくなった。
        それで、この世にこれほど多くの夫婦がいるのに、ほとんどの場合は調和しているとは、イスラエルの神は本当にすごいとその権力者も感嘆した、という話も面白かった。

        また、子どもたち(バニーム)は、築く者(ボニーム)であるという言葉があるそうで、子どもたちは未来を築く者だから、とても大切にしなければならぬとタルムードは至ところで丁寧に教えてあるそうである。

        タルムードにおいては、世界は平安で祝福されるように神が意図したと記されているという話も、とても興味深かった。
        ユダヤ教は基本的に、世界や人間や神への健康な信頼に基づく宗教なのだと思う。

        また、道徳については、タルムードではトーラーの遵守を中心に考えるそうである。

        そのうえで、さらに、「人間はいつも自分の造り主の精神から学ぶべきである。」と考えるそうで、神のような慈悲や正義の精神や働きを人も習い心がけるべきだと考えるそうである。

        施しや、慈愛(ゲミルート・ハサディーム)が非常に強調され、重視されているというのも興味深かった。
        また、タルムードでは、正直や、賢明な中庸も折に触れ、重視されているそうである。

        さらに、清潔さを重視し、食事の前は必ず手を洗うことなど、かなり具体的に細かくタルムードに規定されているのも興味深かった。
        以前、講演を聞いたことがあるユダヤ人のラビの方が、ユダヤ人が世界で一番清潔好きな民族だと思っていたら、日本に来て認識が改まりました、と言っていたことをふと思い出した。
        そのラビの方によれば、日本が一番清潔好きで風呂好きで、ユダヤ人が世界で二番目ということになるようである。

        また、タルムードにはかなり具体的な、病気を治すための薬草や療養法が書いてあり、そのいくつかの事例が細かに載っていて興味深かった。
        中世のヨーロッパで、ユダヤ人だけペストにかからなかったので、キリスト教徒たちからペストはユダヤ人が井戸に毒を投げ込んだから蔓延しているという噂をたてられ、多くの何の罪もないユダヤ人が虐殺されたそうだが、清潔で医学が発達していたのでペストになりにくかったというのが実際の所だったのだろう。

        「ため息は身体の半分を破壊する。」
        というタルムードの中の言葉も、とても印象的だった。
        いろんな苦しいことや不条理なことが山のようにユダヤ人には降りかかってきたろうに、このように考えて、決してため息をつかなかったということを考えると、とても胸を打たれる。
        自分もこの言葉を胸に刻んで、どんな時でもため息はつかないようにしようと読んでいて思った。

        良い一冊だった。
        >> 続きを読む

        2013/07/23 by atsushi

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      タルムード入門

      市川裕 , CohenAbraham , 藤井悦子

      4.0
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      • とても面白かった。
        タルムードの中の、悪霊についての記述や、魔除けの話。
        さらには、ユダヤ法や法廷の話。
        そして、天国と地獄の話が、この巻には載っている。

        魔除けには、シェマーや、出エジプト記十五章二十六節、詩編九十一章五節、九節、申命記二十八章十節、イザヤ書五十二章十九節が良いと考えられていた、という話は興味深かった。

        また、夢は預言の六十分の一と考えられ、解釈されていない夢は読まれていない手紙だと考えられ、神意を伝える大切なメッセージとタルムードでは考えられているそうである。

        ユダヤ法では、状況証拠だけでは認められず、必ず目撃証言が必要とされたことや、極刑には聖書に照らして非常に大きな責任が伴うことを繰り返し警告されているということが興味深かった。

        また、メシアについて、タルムードには多くの言及があり、ユダヤ人は黄金時代を過去ではなく未来に来るものと考えていたことや、メシアが来れば生産力が飛躍的に向上すると考えられたこと、「メシアの生みの苦しみ」つまりメシアが来る前は大きな苦しい時代があるという考えがあったことや、悔悛と善い行いはメシア到来を早めると考えたこと、失われた十部族が再起し結集すると考えられたことなど、興味深かった。
        また、エルサレムの再建や神殿の再建もメシア到来に先立つと考えられたそうである。
        世界創造の前に七つのものが創造された、それがトーラー・悔悛・エデンの園・ゲヘナ・栄光の玉座・神殿・メシアの名だった、ということも面白かった。

        また、パリサイ派は再生や来世を信じ、サドカイ派は否定したこと。
        詩編145章を一日に三度唱えると来たる世の息子として祝福されること、イスラエルの土地を四キュビト歩けば来たる世に迎えられること、などのタルムードの記述も面白かった。

        この世界はエデンの広さの六十分の一、エデンはゲヘナの六十分の一。

        エデン(天国)もゲヘナ(地獄)もそれぞれ七層構造。
        地獄は、シェオール、アバドン、死の陰、地下界、忘却の地、ゲヘナ、沈黙の七層。
        天国は、御前、庭、家、幕屋、聖なる山、主の山、聖所の七層。

        普通の火は、ゲヘナの火の六十分の一。
        極悪人以外は、割礼を受けた人はゲヘナに落ちずに済む。
        安息日のみ、ゲヘナの人々も刑を受けずに済む。

        エデンの園(天国)には、六十万の天使がいて、七階級の義人がおり、310の世界があって、50万種の果物がある。

        などなどの記述は、とても面白かった。
        >> 続きを読む

        2013/08/07 by atsushi

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      ユダヤ教 イスラエルと永遠の物語

      NeusnerJacob , 山森みか

      4.0
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      • 面白かった。

        ユダヤ教の実践とは、古代の物語を、自分個人として受けとめること。
        ユダヤの物語とは、過去を現在にもたらし、現在に過去のパターンを課すこと。

        つまり、エジプトで奴隷だった境遇から、神によって救い出され、出エジプトを果たしたという、神の解放に、永遠に感謝すること。

        という話に、なるほどーっと思った。
        それゆえ、トーラーとさまざまな行事をとても大切にするのだろう。

        つまり、トーラーとその物語を継承することを選び、神の支配を受け入れることが、ユダヤ教徒つまりユダヤ人ということなのだろう。

        他宗教の人でも、一定の手続きを踏めばユダヤ教に改宗できる。
        ゆえに、イスラエルの物語に自分を同定し、神への義務とイスラエル共同体への責任を引き受ける人が、ユダヤ人ということになるそうである。
        ユダヤ教に改宗した人は、皆、アブラハムとサラの子になると考えられるそうである。

        トーラーの物語は、過去だけでなく、永続する現在の時制において歴史に関与するものである。
        そのように、生き生きと、出エジプト等の物語を今受けとめることが、ユダヤ教の核心なのだろう。

        朝夕の祈りの言葉もいろいろと収録されていて、興味深かった。
        申命記や詩編とともに、その祈祷書の言葉を日々にユダヤ教は読誦するそうである。

        トーラーの学習において、イスラエル人は神の中に入る、という言葉も印象深かった。
        トーラーは神の恵み深い正義を明らかにし、その学習と実践は大きな功徳(ズフート)をもたらすと考えるそうである。

        また、悔い改め(テシュバー)は、神との和解であり、人間の変容であり、贖いの行為が要求されるという話も興味深かった。

        神は無限(エイン・ソーフー)。
        トーラーの宇宙的側面を解説したのがゾハール。

        などなどの話も興味深かった。

        ユダヤ教は、あらためて興味深い宗教であり、そして何より物語なのだと、あらためて思った。
        >> 続きを読む

        2013/07/23 by atsushi

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      人は独りではない ユダヤ教宗教哲学の試み

      森泉弘次 , HeschelAbraham Joshua

      5.0
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      • これはすばらしい本だった。

        ユダヤ教の神髄のすごさに舌を巻いた。

        人生や宗教の根底には、「言葉では言いあらわせないもの」への「驚き」があること。

        人は、神から必要とされていること。

        人生は、神と人との共働(パートナーシップ)であること。

        人間は自己目的ではなく、絶望を避ける唯一の道は、他から必要されること。
        幸福とは、自分が他者から必要とされている確信。
        生とは、奉仕するためにあるというのが、最も奥深い智慧であるということ。

        内的統一性ということや、「受容器」となるためにあること、神を知ることではなく神に知られること、生命とは配慮と憂慮であること。

        などなど、とてもインスパイアされた。

        信仰と、信念・信条を区別していることも、とても興味深かった。

        信仰の源泉の一つは記憶であり、信仰を持つとは想起すること、過去を思い起こすことによって現在を聖化すること、
        記憶の河を飲み、耳を傾けること、経験の想起と、その瞬間への応答が信仰であるというのは、なるほどーっと思った。

        信仰は保険ではない、不断の努力であり、永遠のみ声にたえず耳を澄ましていくこと。

        信仰とは、神の召しに俊敏に反応する感覚を生き生きと保ちたいと切望すること。

        信仰とは、惰性ではなく、行為、道を切り開く行為。

        などなどの言葉は、とても心に響いた。

        ユダヤ教というのは、本当にすごいものだとあらためて瞠目させられた。

        信仰とは何か、宗教とはどういうことか、敬虔とは何か、生きる意味とは、など、そういったことに興味がある人には、ぜひご一読をおすすめしたい名著だった。
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        2013/05/17 by atsushi

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      現代のアダムとエバへのメッセージ 家族・男女のきずなの新しいとらえ方

      Kushner, Harold S , 松宮克昌

      5.0
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      • アダムとイブの「失楽園」の物語は、「人間の堕罪物語」ではなくて、実は「人間の出現物語」である。

        という、独自の視点からアダムとイブの物語や、その他の旧約の物語を解釈している、とても面白い本だった。

        間違いは無価値の象徴ではなく、学びの経験であり、神の愛をより学ぶことにつながる。

        神は、人に完全さを求めるのではなく、十分に尽くせば良いと考えている。

        不完全さこそ神が立ち入れる傷口。

        聖書は本当は、人が自分の誤りと限界を認めた時に、完全には程遠くても、神から拒絶されることはないというメッセージで一貫している。

        あなたは完全である必要はない。ただ最善を尽くせば、神はありのままのあなたを受け容れてくださる。

        独自の聖書の読みから、こうしたメッセージを著者紡ぎ、発し続ける。

        それは、とても考えさせれる、良い内容だった。

        著者はユダヤ教なので、「原罪」を誘惑によって遺伝されるようになったものとは受け取らない。
        そうではなく、「皆に行きわたる愛は存在しない」という誤った思い込みや嫉妬の感情こそが原罪、あるいは罪の名に値し、それは旧約を注意深く読み解けば、カインから始まると指摘している。

        もちろん、ユダヤ教のこの観点とは異なる観点がキリスト教にはあると思うが、一つの解釈としてとても刺激される、面白い解釈だった。

        また、一般的にはイブはアダムの「肋骨」からつくられたと訳されている「ツェラ」というヘブライ語は、「側面」という意味があり、おそらくは男女が一つの身体だったところからその側面を切り離したという、プラトンの饗宴と似たようなことを聖書のこの箇所は言っていたのではないかという解釈も興味深かった。

        エデンの園が狭くなったから、そしてある程度、成長したから、アダムとイブは知恵の実をとったのであり、神はあらかじめそのことは予測済みで、決して必ずしも悪いことばかりではなかった。
        広い世界に出ることも、労働や仕事も、結婚して子どもを産むことも、つらいばかりではなくて、むしろそこに人生があるのではないか。

        そういう著者の視点は、一つの視点としては考えさせられる、面白いものだと思う。
        聖書は多様な読みができる、本当に豊かなテキストなのだと思う。
        >> 続きを読む

        2014/01/04 by atsushi

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      主はわれらの牧者 現代人の心を癒す詩編23のメッセージ

      Kushner, Harold S , 松宮克昌

      5.0
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      • とても良い本だった。
        著者はユダヤ教のラビ。
        聖書の詩編の第二十三章を一冊かけてこの本では解説してある。

        私が小さい時に若くして亡くなった伯母は、詩編の第二十三章が好きだったそうだ。
        直接は伯母からその話を聞くことはできなかったが、ふとそのことを思い出し、感銘深くこの本を読んだ。

        著者が言うには、詩編には、人生を変える力があるという。

        それは、詩編を唱えたり祈れば、悪いことが何も起こらないという意味ではない。
        そうではなく、独りで立ち向かわなければならないのではない、いつも神が共にいると教えてくれ、わかることにより、勇気や慰めを得て、その意味で人生が変わるのだという。

        魂は誰もが持っているため、魂を持つためには宗教は必ずしもいらない。
        また、完全な人間になるためにも、おそらく宗教は必ずしも必要ではない。
        しかし、魂をよみがえらせるためには、宗教でなければならない、と著者は言う。

        さまざまなたとえ話も入れてあるが、その中で、出エジプトのあと、モーゼたちは四十年間荒野をさまようが、あれは単なる回り道ではなく、自由にふさわしい人間になるためであった、ということが書かれてあり、なるほどと思った。

        また、ブーバーのエピソードを引いて、いかなる人も本当に尊重することが大切であり、それはその人の中にある神の似姿に逆らう罪を犯さないことである、ということが述べられてあり、なるほどと思った。

        信仰とは、神の存在を信じることではなく、神が信頼に値することを信じることだ、ということも、なるほどーっと思った。

        また、愛とは何かということについて、
        「(愛するとは)あなたの身近な存在であることが私にはとても大切だから、私を傷つける力をあなたに渡してもその傷つける力をあなたが使わないことを私は信じる。」
        ということだと書いてあって、なるほどーっと思った。

        また、15世紀にスペインからユダヤ人が追放になった後、人々の心の支えとなる思想を紡いだイサク・ルリアという中世ユダヤの思想家が紹介されてあって、とても興味深かった。
        神の存在の断片を発見し、壊された世界を再び苦労しながら、つなぎ合わせ、取り戻すこと。
        「この世界を修復すること」。
        そうした思想を、イサク・ルリアは説いたのだという。
        それを敷衍して、著者のクシュナーは、私たちは、メシアをただ何もせずに待望するのではなく、私たち一人一人が世界を完全なものにするために、それでも自分ができることを行う大人の態度をとるべきだという。
        エリヤ(古代ユダヤの偉大な預言者)がそこにいないなら、私をエリヤのようにならせてください、と言うことを学ぼう、という著者のメッセージは、とても考えさせられた。

        また、感謝ということについて、別に神は人間の感謝を必要としているわけではない、私たちが神から受けた多くの祝福を感謝する時、神と世界をこれまでと違ったように感じ、その結果、より幸せな人生を生きるようになる、ということが書かれてあり、なるほどと思った。

        私たちが、自分の努力によっては手に入れることができない、神が私たちに与えてくださった贈りものの蓄積として、人生を見るよう学びさえしたら、多くを持てなかったことに不平を言うよりもむしろ、何も持てるはずがなかったのに持っているものに感謝することを学びさえしたら、という言葉も、なるほどーっと考えさせられた。

        著者が言うには、私たちを祝福する神の力を受け取ることは、私たちの能力の働きにかかっているそうである。

        力むのではなく、肩の力を抜いた時に、恵みと慈しみが人生をに入り込む、と著者は言う。

        恵みとは、人生を好ましく感じ、自分を好ましく感じること。
        つまり、私が私であることに幸せを感じる、ありのままの私でいい、と自分で納得できること、というのは、なるほどーっと思った。

        シナイ山でモーゼたちが神と出会ったというのは、そうでなければ孤独であったろうことから、実は神とともに生きる孤独でない人生が与えられたことであった、という言葉も、なるほどーっと思った。

        死の陰の谷についての箇所でも、歩いてその他にを脱け出ていくことが人にはできる、世の中にはいつまでも悲しみにとどまり歩くのをやめてしまって止まっている人がいる、しかし、神とともに歩むことで、人は悲しみがあっても、歩いていくことができる、というメッセージは心に響いた。

        とても良い本だった。


        「詩編 第二十三章」

        主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。

        主はわたしを青草の原に休ませ
        憩いの水のほとりに伴い

        魂を生き返らせてくださる。
        主は御名にふさわしく
        わたしを正しい道に導かれる。

        死の陰の谷を行くときも
        わたしは災いを恐れない。
        あなたがわたしと共にいてくださる。
        あなたの鞭、あなたの杖
        それがわたしを力づける。

        わたしを苦しめる者を前にしても
        あなたはわたしに食卓を整えてくださる。
        わたしの頭に香油を注ぎ
        わたしの杯を溢れさせてくださる。

        命のある限り
        恵みと慈しみはいつもわたしを追う。
        主の家にわたしは帰り
        生涯、そこにとどまるであろう。
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        2013/07/10 by atsushi

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      カバラQ&A ユダヤ神秘主義入門

      林睦子 , BischoffErich

      4.0
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      • 原書は百年ぐらい前に書かれた本だそうだけれど、けっこう面白かった。
        Q&A形式で、わかりやすくカバラ、つまりユダヤ神秘主義について解説してあった。

        カバラは、形而上学・人間学・文字神秘主義の三つから成り立っていること。


        一者は万物ではないが、他のあらゆるもののために存在する。

        ツィム・ツム(神の自己限定)。神が自らを修正すること。

        無限なるものが有限なものへ移行するために、わずかに劣った光として、セフィロトの過程を経ること。

        カバラにおいては、物質界は、純粋な存在が欠けた、原初エネルギーが弱まっただけのもので、いわばオフの世界というだけで、一者が流出してできているという点では、一者と断絶しているわけではない。

        人間は倫理的自由を持っており、より良い行いを選択することで、より高い精神的領域へ上がっていくことができる。

        などなどのカバラの理論は興味深かった。

        また、ホクマーは理論理性、ビナーは実践理性と整理してあり、なるほどと思った。

        また、カバラにおいては、輪廻転生を信じているそうで、完全を求めて、霊魂は輪廻転生すると考えるそうである。

        また、主霊魂と準霊魂という考え方があり、他の人の霊が準霊魂となって、今生きている別の主霊魂の持ち主に、助けたり、あるいは邪魔する形で、一緒になる場合があると考えるそうだ。

        さらに、賢者や偉大な人の魂は、閃光となって、いろんな人の魂に入っていく場合があると考えるそうである。

        ゾーハルでは、父・母・子の三つの原理で弁証法を考えているという話も面白かった。

        デカルトやスピノザ、ピコデラミランデラ、ロイヒリンやローゼンロート、パラケルススやベーメなど、西洋の思想家に大きな影響をカバラは与えたそうである。

        ゲマトリアやノタリコンやテムラと呼ばれる、文字遊びや暗号解読の手法も興味深かった。

        カバラは本当に奥深い、不思議な領域だと思う。
        >> 続きを読む

        2013/07/28 by atsushi

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      天国に行くための8つの知恵

      Kushner, Harold S , 小西康夫 , 井内邦彦

      5.0
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      • 著者はユダヤ教のラビ。
        アメリカではとても有名な著述家だそうで、いろんな著作がベストセラーになっているそうである。

        私は著者の本ではこの本をはじめて読んだのだけれど、とてもわかりやすく、味わい深く、すばらしい本だった。
        ユダヤ教の知恵というのは、あらためてすごいものだと思った。

        旧約聖書の創世記の中のヤコブの物語をとても詳しく味わい深く斬新に解説しているところが、とても面白かった。
        ヤコブの天使との格闘を、ヤコブ自身の良心との葛藤だと説き明かしてあるところはなるほどと思った。
        若い頃は、人をだましても勝利を得たいと思っていたヤコブが、ラケルという妻との愛情を知り、また自分自身が人からだまされるつらい経験を経てきたことで、心が成長し、良心がしっかり目覚めるようになり、かつてだました兄のエサウに素直に謝り、和解するようになったということがわかりやすく解説されてあり、あらためてこの物語の深さを思った。

        また、ヤコブが天の梯子を若い時に見た夢は、希望をあらわしてあり、実際、その後のヤコブは自らの力で一歩一歩天へ向かう梯子をよじのぼる努力のような生涯だったということも、なるほどと思った。

        愛とは相手の魂に潤いを与えることであること。
        萎縮するよりも、生産的に、与えることを日々に選ぶこと。

        などなどの話も、なるほどと思った。

        また、あらゆる罪の根底にあるのは、「他人を思いのままにする」ということがあるということ。
        また、復讐というのは、奪われた自分の人生を自分の力で管理する権利を取り戻そうとすることで、奪われた自分の権利と尊厳を回復したいということだという指摘は、なるほどと思った。
        そうであればこそ、相手を許す強さを持つことが必要というのもなるほどと思う。

        著者がわかりやすく解説していて、あらためてなるほどと感動したのは、旧約聖書の申命記の中で、明確に、エジプト人を憎んではならない、と書かれていることである(第二十三章)。
        エジプトで重労働が課され、何度も殺されそうな目にあいながらも、旧約聖書において、神はこのようにモーゼに語り、その教えをイスラエルの人々が大切にしていたというのは、とても胸を打つエピソードと思った。

        また、旧約聖書のヨブ記のラストは、私も以前から不可解だったのだけれど、この本で、神が何を語るかというより、ヨブは自分の名前を神が呼びかけ、直接神と言葉を交わしたということで満足した、という解釈が示されていて、なるほどと思った。

        とてもすばらしい本だった。
        >> 続きを読む

        2013/06/10 by atsushi

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