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カテゴリー"文学史、文学思想史"の書籍一覧

      世界文学は面白い。 文芸漫談で地球一周

      奥泉光 , いとうせいこう

      4.0
      いいね!
      • 日本の中にいてばかりいてはつまらない。読書で世界へと旅立とう。
        海外文学を身近にすべく「文学漫談」を繰り広げる奥泉光&いとうせいこう。
        対談本ですが、お膳立てされた対談を文字起こししたのではなくて、お客の目の前で舞台に立ってライブ形式で掛け合い漫才のごとく展開される文学談義をまとめたものだったのですね。
        これはその第2弾でありました。(こんな事実全然知らなかった)

        最初「面白おかしく読み解く」ってとっても危険、と思っていました。
        部分をデフォルメしてコミカルに強調したり、わざとヘンな角度から眺めてみたりして笑いをとるつもりじゃないでしょうね~と。
        すみません。杞憂でした。
        さすが、人前でしゃべる決意があるだけのことはある。
        「小説を面白く読むにはていねいに読まなければならない」とおっしゃるように、きちんと読み込んできていて、共感できる部分もとても多くて勉強になります。

        これはパッケージツアー。ガイドの案内に従ってまだ観ぬ世界を発見する旅。
        読んでいない人には面白さのエッセンスを伝え、いつかはあなたも「一人旅」に出てもらいたい。
        (つまり原本を読むこと)
        再訪(既読)の方にも、一読では見逃していた細部や秘められた背景を新発見してほしい。
        そんな二人の思いに納得です。

        読書案内の書なので未読の方でも楽しめるでしょう。
        しかし中には先に原作を読んでいないと作品のすごさがわかりにくい小説もあると思われます。

        「異邦人」「予告された殺人の記録」「愛人」など。
        論理的分析、作家の手法の検証などについて語られ、客観性があり、話している意味はわかるのですが、
        実際の感覚や手触りという最も文学な部分が未読の方には伝わらないのではないかと感じました。
        また、斬新な着眼点、分析の意外性に驚くためには、
        自分がまず印象や考えを持っていないと、どこも「意外」ではなくなってしまうものです。
        もし驚きたかったら、先に原作を読んだ方がいいのではないかと私は思いました。
        ここに取り上げれれている小説は、いずれも読む価値のある名作ばかりなんですから。

        ところで、二人の掛け合いは漫才そのものです。
        なかなか奥泉さんの自分ネタ。面白いです!
        本の話と離れていても充分楽しいです。
        作家の人柄や日常の姿も察することができ、親近感も湧きました。
        でも肝心の「小説の笑いどころ」の方は爆笑というタイプの笑いではありません。
        お二人はイロニー(アイロニー)と、盛んに言っていますが、このイロニーの掘り起しが楽しいんです。
        親切にも小説に対するツッコミどころを教えてくれるという感じ。
        小説がボケ役なので、読みながら自分でツッコミ入れてみろと。そういうことですね。
        おかげで無意識に本に合いの手を入れる癖がつきそうです(^^ゞ

        既読の方も、この本を読んで面白いと思ったら再読しましょう。
        名作文学は何度も読まないといけないんです。
        特に短篇は簡単に読んでしまって面白さ素通りしている危険性が高いです。
        そして文学はあらすじ要約に価値はなし。
        奥泉氏も「本筋だけに意味があるわけではない」というのが小説的な精神だとおっしゃってました。
        それを教えてくれる価値ある漫談。いいですね。これ。

        【内容】 コンセプトは「翻訳小説の名作を薄い文庫で読む!」
        ①カフカ『変身』 既読 レビュー済
          カフカって語りたくなる作家ですよね。特に「変身」はなんでも語れそうです。
          こんなに短いのに、クローズアップすると面白くなるポイントがありすぎるほどある作品。
          全編キーワードみたいな濃厚な小説ですね。

        ②ゴーゴリ『外套・鼻』 多分未読(話は知っているし部分は読んでいる)
          ゴーゴリーってアバンギャルドだったのかもしれません。
          ゴーゴリ=古典だと思わずに読んでみようかなと思いました。

        ③カミュ『異邦人』 既読 レビュー済
          これは好きすぎて読み込んでいるので、目からウロコの新説と思える指摘はなかったです。
          そうなのよね。とうなずきっぱなしな感じ。

        ④ポー『モルグ街の殺人事件』 既読 レビュー済
          いきなりネタバレですか!だからミステリーは未読でレビューを読んじゃだめなんだってば(^^;)
          ホームズもそうだけど、創世記のミステリーはほとんどバカミスに近いものが多いんですよ。
          でも、トリックのおバカさを補って余りある異様な雰囲気や恐怖感、想像力を刺激するストーリー展開など、現代小説には持ちえない効果があるんですよね。

        ⑤ガルシア=マルケス『予告された殺人の記録』 既読 レビュー済
          短篇の傑作といえば、この小説を取り上げない訳に行かないでしょう。
          作家の目線が入ると過去の記憶も一層鮮やかによみがえってくる気がしました。
          ああ。再読できちゃった気分♪
          あらすじを読んだのでは決してこうは行きません!

        ⑥夏目漱石『坊っちゃん』 既読 レビュー済
          奥泉さんといえば漱石なんでしょう。なぜかこれだけ日本の旅(松山&東京)。
          力の入り方が異様です(^^)
          坊ちゃんは童貞!と断言しています。そうかもね。
          ディープでディテールまで追求した斬新な解釈。これには負けました。

        ⑦デュラス『愛人』  未読
          これは完全に知らない状態でした。デュラスが女性だってことも知らなかったです。
          小説技法の話題にはやはり未読だとついていけない部分があります。
          アナコンダに登場願って笑えるという感じでした。

        ⑧ドストエフスキー『地下室の手記』 既読 レビュー済
          話は覚えていますが、こんなに面白かったかなあ?
          確かにとってもヘンな主人公で、「白痴」の前哨となった小説かもしれないと思いました。
          ドストエフスキーって意外に重厚・緻密じゃないんじゃないかという私の印象が
          結構筆が早かったとか天才的という言葉で裏付けられたようで嬉しかったりして。

        ⑨魯迅『阿Q正伝』  これも部分のみ既読 
          吉本新喜劇のギャグなのか?そんな目線もありなのか?
          阿Qってこんなにろくでもない人間だったっけ?
          この作品が名作っていうのが全く分からなかった私だったのですが、
          確かに、こう追及されると、とても不思議な小説に見えてきました。
          ホントはとってもアイロニカルな社会風刺小説だというのが正しいと思いますけれど。
          そう読まなくても面白さを「発掘」できるのか。ここまでくると、感心するしかないです。

        奥泉光×いとうせいこう の文学漫談ライブは今も下北沢で続いているのでした。
        <次回公演>
        2015年8月20日(木)
        ゲーテ 『若きウェルテルの悩み』

        次回のライブに行ってみようかな♪と強く思っているところです。
        どなたかご一緒します?
        >> 続きを読む

        2015/05/28 by 月うさぎ

      • コメント 18件
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      猫だましい

      河合隼雄

      3.0
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      • 古今東西、昔話、寓話、漫画、絵本、小説など、猫の登場する話を心理学者の河合さんが分析していく本です。

        序文にまず、河合さんのたましいの解釈、エジプトにおける猫神信仰、心理療法の見地からみた猫など、猫という動物が人にとってどのような存在と取られてきたのかを解説しています。この本の中でもとても興味深く、面白く読める個所です。

        その後に続いて紹介、心理学的解析がなされるのは、河合さんの豊富な読書量を思わせる選りすぐりの名書の数々です。マイナーなもの、よく知られたものとりまぜてありますが、ところどころ心理学に通じている人にはしっくりくるのかも知れないけど、私には飛躍と感じられる部分があり、なんだかケムに巻かれている気がしました。

        読みたい本を増やしてくれる罪作りな本ですし、河合さんの文章は読みやすいので猫が好きな人は一度読んでみればいいと思います。
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        2016/12/08 by MaNaSo

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      小説の読み方 感想が語れる着眼点

      平野啓一郎

      3.3
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      • 著者の小説の読み方が解説されている本。いくら時間をかけても自分にはこれほど深く小説を読むことはできないし、さすがにプロは違うなと感心した。 >> 続きを読む

        2017/05/06 by hide

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      世界の十大小説

      西川正身 , サマセット・モーム

      3.0
      いいね!
      • 【あなたは何冊読みましたか?】
         本書は、モームがアメリカの『レッドブック』という雑誌の編集長から、世界の十大小説を選んでくれと頼まれて選んだ作品に解説を加えたものです。
         モーム自身、これ以外の、同等の10冊を選ぶことは可能だし、人によってどの10冊を選ぶかはそれぞれだろうと書いていることから、本書に収録されている10冊が必ずしも絶対的な物とは考えていないと思います。
         それでも、定番的な名作が選ばれているのは間違いないところ。

         モームは、選んだ作品を解説するに当たり、まず、その作者の簡単な評伝を記し、その上で作品について書くというスタイルを取っています。
         作者がどんな人物だったかを知ることは、どんな人がその作品を書いたのかという理解につながるとの考えのようです。
         ですから、むしろ作品解説というよりは、著者評伝という色彩の方が強くなっています。

         さて、モームが選んだ10冊ですが、私は全部は読めていません。
         読んだ本か、そうではないかも付記しつつ、その10冊を追ってみましょう。
         上巻では5冊が紹介されています。

        ○ 『トム・ジョーンズ』/ヘンリー・フィールディング(未読)
         最初っから読んでいない本が出てしまった。
         フィールディングは戯曲も書いていたそうですが、さほど売れた戯曲は残せなかったようです。
         しかし、そんな戯曲を書いていたという経験が、小説を書くに当たっても大変役に立ったのではないかというのがモームの分析です。
         戯曲は、舞台で演じられることが大前提ですので、次から次へと出来事が起き、台詞回しも簡潔にして要を得ていないとならないわけですが、そのような技術は小説を書くに当たっても有用であろうというわけですね。
         しかし、『トム・ジョーンズ』はどうかというと、モーム曰く、かなり本を読んでいる人の中にも『トム・ジョーンズ』は読めないという人が結構いるということであり、おそらくそういった人たちは『トム・ジョーンズ』を退屈に思うのだろうということです。
         また、『トム・ジョーンズ』には1巻ごとにエッセイがつけられているのだそうですが、そのエッセイの内容が小説とは全く関係のないものなのだとか。
         そのエッセイ故に高く評価する人もいるようですが、モームは、初めて『トム・ジョーンズ』を読む人は、このエッセイの部分は飛ばして読んだ方が良いとアドバイスをしています。

        ○ 『高慢と偏見』/ジェイン・オースティン(既読)
         ジェイン・オースティンの評伝を読むと、何だか『高慢と偏見』の登場人物そのままの人のようにも感じられます。
         モームも大体そんなことを書いています。
         『高慢と偏見』は、大いなる婚活物語と言えるのだろうと思いますが、あの時代だったが故に成り立つ話ですよね。
         モームの評価では、ジェイン・オースティンは文豪としてはさして偉大ではないが、その文章は平明率直であり、気取りというものが少しもないということです。
         そして、彼女の作品はすばらしく面白く読めると評価しています。

        ○ 『赤と黒』/スタンダール(既読)
         スタンダールという人は、どうもあんまり感心しない人だったようですね。
         女性に対してはかなり内向的で、うまく話すこともできなかったくせに、妙に熱心に何人も口説こうとしたようです。
        結果はあまりはかばかしくなく、とにかく女性とのつき合いは下手だったようです。
         そんな彼が『恋愛論』を書いているんですよねぇ。
         また、モームの評では、スタンダールには創作力が無いということです。
         作家で創作力が無いなんて致命的にも思えるのですが、どうやらスタンダールは他人の作品を読んで、それを換骨奪胎して自作に仕立ててしまっていたのだとか。
         もちろん、自作化するにあたっては、物事を正確に観察する驚くべき才能と、複雑で気紛れで奇怪な人間の心を見抜く鋭い洞察力を駆使したということですが。
         『赤と黒』に関しては、ジュリアン・ソレルがレナール夫人を射殺する場面について、致命的な欠点としています。
         確かに、何でそんな行動に出るのか不可解極まりないわけですが、モームは、何故スタンダールがこのような展開にしてしまったのかについて考察しています。

        ○ 『ゴリオ爺さん』/バルザック(既読)
         モームは、バルザックこそ天才の名にふさわしいと高い評価を与えています。
         ただし、人間的には困った人だったようですね。
         浪費家なのですよ。
         バルザックは、生前から作品が売れたわけで、それなりの収入もあったにもかかわらず、とにかく後先考えずに濫費し、女性もその財産目当てに近づくようなところもあったようで、人としてどうよ?と言いたくなっちゃいますねぇ。
        『ゴリオ爺さん』に関しては、モームは高い評価を与えています。
         また、下宿屋を物語の舞台にして、様々な人物が登場することを自然に見せることができるという方法を初めて使ったのはこの作品ではないか?としています。
         確かに、『ゴリオ爺さん』は面白かったのですが、私、以前から感じているのですが、このタイトルで随分損をしているんじゃないかなぁと思うんです。
         内容は面白いのに、読もうという気持ちをそそるようなタイトルではありませんよね。
         
        ○ 『デイヴィッド・コパーフィールド』/チャールズ・ディケンズ(未読)
         ディケンズは、性格的に気持ちの良い人だったようです。
         『世界の十大小説』で取り上げられている作家の中で一番マトモな人だったんじゃないでしょうかね。
         でも、ファッションセンスは問題だったとか。
         洒落者で、凝った服装をしていたそうなんですが、それが似合わないし、何だか奇妙な格好だったのだそうですよ。
         また、ディケンズは、複数の小説を並行して書くという離れ業を平気でできた人だったそうで、モームもこれには舌を巻いています。
         で、ディケンズの代表作は、『デイヴィッド・コパーフィールド』なんですか。
         読んでいないので何とも言えないのですが、『二都物語』とかじゃないんですね。
         モーム曰く、『デイヴィッド・コパーフィールド』はとにかく心地よい楽しみを与えてくれる作品であるということなので、これもその内読みましょうかね。

         ということで、まず、上巻の5冊をご紹介しました。
         冒頭に書いたように、モームが挙げている10冊が絶対だということではないわけで、各人評価のベスト10があってもちろんしかるべきなのですが、モームが挙げる10冊というのも参考になるのではないでしょうか。


        読了時間メーター
        □□□     普通(1~2日あれば読める)
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        2019/12/09 by ef177

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      世界の十大小説

      西川正身 , サマセット・モーム

      4.0
      いいね!
      • 【結構意外な文豪の素顔】
         さて、下巻に入って取り上げられた5作をご紹介しますよ。
         人物評や作品評はあくまでもモーム視点です。

        ○ 『ボヴァリー夫人』/フローベール(未読)
         フローベールという人は相当凝り性だったようですね。
         凝り性というか完全主義者というか。
         例えば、同じ1ページに同じ言葉を2度使うことは避けるとか、彼なりのルールがあったようですが、そのために呻吟してえらい時間をかけてたった2行しか書けなかったとかもあるそうです(モームは、この独自ルールはほとんど評価していません)。
         フローベールは、若い頃には結構美男子だったんだそうですよ。
         肖像画をご覧になったことがある方は「うっそー!」と言っちゃいそうですが、それもそのはず(あ、本作は、各作者の扉絵に肖像画が掲載されております)。
         30代になると突如劣化が始まり、禿げるは腹は出るはで、かつての美貌は跡形もなくなったのだとか。
         さて、『ボヴァリー夫人』ですが、これは知人から聞いた実話を小説に仕立てたものだそうです。
         モームの評では、『ボヴァリー夫人』の登場人物は、例えばディケンズなどの作品の登場人物に比すると、現実に存在する人という印象を与えないような人物造形になっているということです(でも、作品は高く評価しているのですよ)。
         フローベール、読まなきゃなぁとは思っているのですが、大分昔に『繻子の靴』を読んで、「つまんね~」と思ってしまって以来手が出ないのですよ。

        ○ 『モウビー・ディック』/メルヴィル(既読)
         『白鯨』ですな。
         メルヴィルはかなり波乱の人生を歩んだようで、実際に船に乗り、『人食い人種』が住む島に捕らえられたことがあるのだとか。
         その事を書いた作品もあるようです(未読です)。
         私、『白鯨』大好きなんですよ。
         主たるストーリーにも惹かれますが、あの鯨の博物誌的な部分も大好きです。
         でも、ここは評価が分かれるところでしょうね。
         モームも、この作品の構成は良くないと言っています。
         モームが言うには、もうメルヴィルは他人からの評価とかそんなことはどうでもよくてこの作品を書いたのではないかというのですね。
         メルヴィルは、どうも大げさなというか、荘重な言葉を好んで使っているようで、それが上手くいくと『白鯨』のような、荘厳な雰囲気を醸し出す傑作が書けるというのがモームの分析です。
         ただし、キャラクターの書き分けが下手で、どんな身分の者でもその身分にそぐわない荘重な言葉を使ってるのはどうよ?とツッコンでいます。
          
        ○ 『嵐が丘』/エミリー・ブロンテ(既読)
         モームのこの作品のミソは、取り上げた作品を語るに当たって作者の人生、経歴などから読み解くという手法を取っているところなのですが、エミリー・ブロンテに関しては少々困ったようです。
         何故かと言えば、残されている資料から見ると、他のブロンテ姉妹のことは沢山書かれているのに、どうもエミリーは影のようにしか現れてこないと言うのです。
         男性的な気質を持った人だったと分析しており、そこからなのか、同性愛者だったとモームは考えています。
         ですから、シャーロットが書いた『ジェーン・エア』(読んでいます)とは全く違った『嵐が丘』の様な作品が生まれたのだと。
         確かに、あの陰鬱な雰囲気、ヒースクリフというとんでもないキャラクターの創造、『ジェーン・エア』とは相当に違いますよね。
         でも、私はどちらか選べと言われたら『嵐が丘』を選ぶのですが。
         モームは、『嵐が丘』について、構成が下手で、文章もダメだと辛辣に批評しています。
         ですが、それでも十大文学に選ぶだけの魅力がある作品だと高く評価しているのです。

        ○ 『カラマーゾフの兄弟』/ドストエフスキー(既読)
         ドストエフスキーって、ひっでえ奴!
         モームが紹介するところによれば、本当にとんでもない男です。
         「自惚れが強く、嫉妬深く、喧嘩好きで、邪推深く、卑屈で、利己的で、高慢で、信頼ができず、思いやりがなく、偏屈で、狭量だった。」ということです。
         それぞれの具体的エピソードも語られているのですが、それが本当ならとんでもない奴ですよ。
         もう将来設計も何もなし。
         借金しまくり。もう借りられないというところからドストエフスキーの借金は始まるのだ!
         女に手を出しまくり、責任全く取りません。
         女の持ち物も質入れさせて、それで何をするかというと賭博三昧(全部負けます)。
         こいつは学習能力というものがないのか?
         妻をほったらかして西欧に旅行に行き、賭博やりまくりで金使いまくり。
         帰ってみたら妻は瀕死。
         死んでしまうと、「私は妻を愛していた。片時も傍を離れることはなかった。」などと書くのですよ。嘘つくな、このやろー!!
         そんなドストエフスキーが書いた『カラマーゾフの兄弟』は、悔しいけれど本当に好きな作品なんだなぁ。
         どうしてこういう人格、品性下劣な奴がこんな素晴らしい作品を書けるのだろう?
         モームもその辺りは色々分析しているのですが、「そうか!」と膝を打つような分析にまでは至っていない……というか、やっぱりこれは謎だよ、謎。
         そういう奴だったからこそ、あれが書けたのかねぇ……。

        ○ 『戦争と平和』/トルストイ(未読)
         これ、読まなきゃなぁと思っていながらなかなか手がつけられない小説なんです。
         何よりも長い!
         いや、それよりも長い小説(例えば、『失われた時を求めて』とか)を読んだ経験もあるので、長過ぎて読み切れないのではないかというおそれを抱いているわけではないのですが、長大な小説に取りかかるにあたっては、覚悟というか気合いのようなものが必要で、どうもこの作品に関してはそういった覚悟や気合いが出てこないんですよねぇ。
         さて、トルストイですが、伯爵なのですね。
         裕福な家柄なのですが、狂信的だったようです。
         当初は、キリスト教を信仰するのですが、徐々に自分独自の神を思うようになり、清廉潔白な生活に憧れるものの、自分は貴族で金もあるというところに矛盾を感じていたそうです。
         別に良いじゃないかと思うんですけれど、それが嫌で嫌で仕方なかったらしく、妻子の生活を省みずに全財産を放棄しようとしたのだとか。
         また、そういうトルストイを焚きつける取り巻き連中がいたようで、トルストイは手もなくそんな胡散臭い奴らの言うがままになっていたところもあるようです。
         どうも生活人としてはあまりよろしくなかったようですね。
         さて、『戦争と平和』ですが、あれだけの登場人物を書きこなしていることに関しては、モームは絶賛しています。
         ほとんど手放しで誉めてはいるのですが、モスクワからの退却とナポレオン軍の壊滅に関する記述については、どうしても必要な部分ではあるのだけれど、長過ぎて歴史を知っている普通の読者にとっては既に知っていることを改めて読ませられるという不利な点があり、それはこれだけ長大な物語を書き続けていく中に現れた筆力の衰えではないかと分析しています。
         ふ~む。やっぱり時にだれるというか、退屈になってしまう部分もあるのでしょうか。
         いずれにしてもいつかは読んでみないとね。

         モームは、10の小説について語った後、『結び』を書いています。
         驚くべきことに、これら文豪の文章は必ずしも上手い文章ではないと書いているのです。
         上手な文章というのがどういうものなのかというのは私にも実はよく分からないところなのです。
         確かに、例えばドストエフスキーの作品など、冗長とも言える語りが結構多く、読んでいてうんざりすることもあります。
         そういった点を捕らえて上手い文章ではないというのであればそうなのかもしれません。
         ただ、どれも味がある文章であることは間違いなさそうですよね。
         時に退屈したり、うっとおしい部分があるにせよ、読み終えた後、面白かったと思えるという意味では味がある文章なのでしょう。


        読了時間メーター
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        2019/12/10 by ef177

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      複雑な殺人芸術

      法月綸太郎

      4.0
      いいね!
      • 【問題の『初期クイーン論』を収録した海外ミステリ評論】
         著者の『名探偵は何故時代から逃れられないのか』に続くミステリ評論の海外版です。
         冒頭、著者が選ぶ海外ミステリ作品ベスト100が掲載されています。
         当初の意気込みとしては、スタンダードになり得る100冊を選ぶつもりだったのだそうですが、文庫版が出ていること、絶版本は含めないこと等の縛りがあったこともあり、どうも思うようなセレクトができなかったということで、十分満足のいく100冊にはならなかったと自戒しています。
         それでもジャンル別に分けて挙げられた100冊はなかなか凝ったセレクトで、また、原則として一作家一作品という縛りもあるため、オール・タイム・ベストがずらずら並ぶということにもなっておらず、参考になるのではないでしょうか。
         一作家一作品という縛りのため、例えばヴァン・ダインなら、クリスティならどれを選んでいるのかという興味も持てました。

         続くパートは、作品ごとの書評、解説であり(過去に書かれたものをまとめて収録したものと思われます)、なかなか幅広く選んでいます。
         オーソン・スコットカードの『消えた少年たち』やクリストファー・プリーストの『魔法』が出てくるなど、必ずしもミステリ作品とも言い切れない作品も選ばれています。
         知らない作品も結構あり、ちょっと読んでみたいという気持ちにもさせられる、読書ガイドとしても有益なパートと感じました。

         さて、本書の目玉は、あの有名な『初期クイーン論』と、その補遺的な『1932年の傑作群をめぐって』、『密室-クイーンの場合』などのクイーン評論がまとめて収録されていることではないでしょうか。
         笠井潔氏の『探偵小説論Ⅱ』でもご紹介した、笠井氏が同書中で『後期クイーン的問題』と称した問題を提起した評論が『初期クイーン論』なので、そのオリジナルを読めるというのはなかなかに貴重ではないでしょうか。

         この問題の詳細については『探偵小説論Ⅱ』のレビューでご紹介しましたのでそちらを参照していただきたいと思いますが、簡単に言えば、ミステリというのは、作者が作中にちりばめた数々の手掛かりを、作中の探偵が拾い集めてきて、分析、推理して事件の真相を突き止めるというスタイルの物語なわけですよね。
         ところが、ここにはメタ構造が必然的に伴う結果、作中の犯人が仕組んだ誤った証拠(作者が作中の犯人を通じてばらまいた誤った証拠とも言えます)と、作者がちりばめた正しい証拠を、作中の探偵は見分ける方法が無いという問題点です。

        つまり、ミステリというのは、作中の犯人-探偵というレベルと、物語の外側にいる作者-読者というメタ・レベルが存在するため、メタ・レベルの作者が作中に介入してくると途端に作中の探偵には真偽の判別ができなくなるということですね。
         ヴァン・ダインはこれを否定しましたが、ミステリのトリックとしてはあり得るトリックであるため、例えばクリスティの『アクロイド殺し』などの作品についての評価が真っ二つに分かれるということにもなるわけです。

         『新本格派』が多用する『叙述トリック』も、メタ・レベルの作者が作中に介入していると考えられるトリックとも言えるかもしれません(いや、それはメタ・レベル圏内で、作者が読者に仕掛けているトリックであり、作中には介入していないという解釈もできそうですが)。

        なかなか頭の痛い問題ですが、クイーンは、初期の『国名シリーズ』において、『読者への挑戦』を挿入することによりこの問題を回避していたと考えられるところ、その後、クイーンは『読者への挑戦』をやめてしまい、また、より踏み込んでこの問題を突き詰めるような作品を書くようになっていったというのが、笠井氏が『後期クイーン的問題』とネーミングした由縁というわけでしょう。

         なかなか骨のある評論であり、また、これらの評論によりこの問題は明確に意識されるようになっていますので、現在の例えば『新本格派』と呼ばれるミステリ作家達にとっては、十分検討された上で作品が書かれていると理解できるポイントです。
         非常に参考になりました。


        読了時間メーター
        □□□     普通(1~2日あれば読める)
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        2020/05/25 by ef177

    • 1人が本棚登録しています
      謎解き名作ミステリ講座

      佳多山大地

      3.0
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      • 【どのミステリを読めばいいのか迷ったらこれを読め!】
         本書は、著者が京都のとある私立大学で『現代文学購読』という講義をした際の講義録がもとになっています。
         この講義は東西のミステリ作品を購読するという内容だったそうですが、その講義録を書き改め、『本の窓』に連載したものをまとめた一冊になります。
         今では大学でミステリ購読の講義があるんですねぇ。
         こんな講義で単位をもらえるのなら私は喜んで受講したことでしょう。

         取り上げている作品は実に正統派です。
         少なくとも海外作品については、数冊未読の作品がありましたが、それ以外は押しも押されぬ名作ぞろいで、これを読んでおけば間違いないという作品ばかりです。
         日本の作品については、読んだことがある作品の方が少なく、海外作品のように判断することができませんでしたが、未読ながら著名な作品も結構見られるので、おそらく間違いない作品を選んでいるのでしょう。

         ですから、ミステリを読みたいけれど、どれが面白いか分からないとお悩みの方には格好のガイド・ブックになると思います。
         ただし!
         講義の性格上、ネタバレしないわけにはいかないため、ネタバレしているところが多々あります。
         ネタバレに踏み込む前に必ず注意書きがありますので、未読の方はそこまで読んで作品の内容をつかみ、自分が読むかどうかの判断にすることは十分可能です。

         この本からするに、著者の講義もさほど難しいことを求めているわけでもなく、唯一の条件としては講義の前に次回講義で取り上げる作品を読んでくるということだけのようです。
         う~ん、ますますこんな講義で単位がもらえるのなら絶対受講したな。

         著者は、講義をしていた頃の社会情勢なども参考になるだろうという考えから、講義の枕で話した雑談的なこともそのまま収録していますが、個人的にはここは要らなかったかなと思います。
         本になって、これを読もうと思う読者はミステリ話を読みたいのであって、毎回ミステリとは関係のない枕が振られるのはちょっとね、と感じてしまいました。

        この手のミステリ書評とかブック・ガイドの中には、「なんでこの本を選んだのかなぁ?」と激しく疑問になるようなチョイスをしているものもありますが(以前レビューした『100冊の徹夜本』なんてそんな感じですよね……あ、あれは確信犯か)、本書に関してはそういう心配は皆無でしょう(おそらく)。
         既にミステリを読み込んでいる方にはちょっと物足りないかもしれませんが、これから読んでいきたいという方には好適だと思います。


        読了時間メーター
        □□      楽勝(1日はかからない、概ね数時間でOK)
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        2021/12/19 by ef177

    • 1人が本棚登録しています
      ブラッディ・マーダー 探偵小説から犯罪小説への歴史

      宇野利泰 , SymonsJulian

      4.0
      いいね!
      • 【ポオ(あるいはそれ以前)から現代ミステリ作家まで】
         本書は、時代ごとに代表的なミステリ作家、ミステリ作品を選んで解説を加え、現代までのミステリの流れを通覧するミステリ評論です。
         ただし、作者は、主要な作品を網羅的に解説する評論ではなく、あくまでも自分の趣味に沿って書いたものだと断っていますが。

         大きな流れとしては、まず、ミステリの始祖といわれるポオから書き起こされるわけですが、ただし、ポオ以前にもミステリ的な作品はあったとし、それらの作品にも言及しています。
         その後、1920年代のミステリ第一次黄金期を迎え、この時代ではクリスティやセイヤーズが中心となります。
         さらにその後の1930年代の第二次黄金時代が到来し、クイーン、カーらが主要な作家として踊り出ます。
         そして、その後、いかにもアメリカ的なハードボイルドが生み出され、ハメット、チャンドラー、ロス・マクドナルドの御三家が登場します。
         その後はいわゆる『犯罪小説』というジャンルが主流となりミステリは現代に至るという分析がなされています。

         この分析には異論はなく、まさにその通りだろうと思います。
         もちろん、これは主要な、幹の部分の流れですので、そこからいくつもの支流が流れ出すわけですが。
         
         さて、ここで一つ問題となるのは、探偵小説(推理小説)と犯罪小説の比較という問題です。
         どちらがどういう特色を持っているのかという分析が、両者をは対比する形で論じられます。
         ここで着目したいのは、『ノックスの十戒』や『ヴァン・ダインの20則』に代表されるように、探偵小説(推理小説)には作者が守らなければならないとされる決まり事が存在したということです。
         それは、あくまでもフェアな作品を追求した結果であり、知的読み物であることをその本質とした探偵小説(推理小説)にとっての生命線でもあったわけですね。

         このような決まりごとがあったからこそ、探偵小説(推理小説)は洗練され、確固たる一つのスタイルを確立することができ、黄金期を迎えたというのは紛れもない事実です。
         ただし、あまりにも厳密な決まり事であったため、それが作者にとっての足かせになったという面も見逃すことはできません。
         作家たちは、そのような決まり事の中だけで新しい作品を生み出すことに限界を感じ、あるいはそのような決まり事に制約されない、より自由なスタイルのミステリを模索していったという流れが生まれてくるのも必然だったのかもしれません。

         また、ミステリというのは大変幅が広く、どこまでをミステリのジャンルに含めうるかも一つの問題になります。
         著者は、かなり広く間口を取って論じているようで、サスペンス作品も一つのスタイルとして守備範囲に入れています。
         警察小説が含まれることは言わずもがなでしょうか。

         著者の作品批評を読むと、「自分の趣味で書いた」というだけあってそういう部分が見えてくるところも結構あります。
         総じて妥当、適切な論評だと思うのですが、ハードボイルドがお好きなのでしょうか?
         ハードボイルドには高めの評価が多いように感じます。
         他方で、お眼鏡にかなわなかった作品に対しては、相当辛辣な論評も加えています。
         例えば、トマス・ハリスの『羊たちの沈黙』に対しては、「きわめて不愉快な作品」と切り捨てていますが、私はそうはまったく思わないのですけれどね。
         この辺は趣味の違いというところでしょうか。

         おおむね現在の作家までが通覧されていますが、これから先の代表的なジャンルごとの将来性のような予測も書かれており、なかなか興味深いものがあります。
         それによると、探偵小説は×、スパイ小説は△、冒険小説は〇、警察小説も〇、犯罪小説は△という将来性だそうです。
         スパイ小説と冒険小説についてはそうかなぁ?と思いますし、私的には犯罪小説が今後の主流になっていくように思っているのですがどうでしょうか?

         いずれにしても、大変質の高いミステリ評論を楽しむことができる一冊だと思います。


        読了時間メーター
        □□□□□   しばらくお待ち下さい(5日以上、上限無し)
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        2020/08/03 by ef177

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      探偵小説のプロフィル

      井上良夫

      3.0
      いいね!
      • 【非常にクリティカルな評論だ】
         井上良夫氏(1908~1945)は、ミステリの翻訳家であり評論家です。
         中学時代は江戸川乱歩の後輩だったそうで、同時代を生きた方なんですね。
         本書は、井上氏が『ぷろふいる』、『新青年』などに執筆したミステリ評論を集めた一冊です。

         読んでみてまず気が付くのは大変クリティカルな評論であるということでした。
         取り上げている作品書評や、ミステリ評論には概ね同意でき、その評論眼の確かさがうかがえます。
         例えば、江戸川乱歩も多数のミステリ評論を残していますが、乱歩の場合、時として「そうか?」と思うものもあるのに対して、井上氏の評論にはほとんど異議がありませんでした。
         まあ、もちろんそれは私の趣味の問題という点もあるのですけれど、それにしても確かな評論だと思いました。

         書かれた時代が時代ですので(昭和8年~昭和22年)、今となっては読まれなくなったミステリも多数取り上げられており、なかなか興味深い点です。
         また、表記が懐かしいのです。
         例えば、コーナン・ドイル、クリスチイ、ドロシイ・セイアーズなどなど。

         この辺は誰を指しているのかもちろん分かるのですが、私、一瞬「誰だ、それ?」と思ってしまった表記もありました。
         作中人物の表記なのですが、ドルリー・レーン名義で書かれた、『Xの悲劇』、『Yの悲劇』、『Zの悲劇』、『最後の事件』についての評論中に『タム』という作中人物の名前が出てくるのです。
         最初、???だったのですが、そうか、サム警部か!(サムってSamじゃないのかね? Thamみたいな表記ってあるのかしら?)
         昔は『タム』と表記していたのかあと、思わずにんまりしてしまいました。

         また、クリスティを非常に高く評価しているのですが、何故か『オリエント急行殺人事件』位までしか触れていないのです。
         これは解せない……と思ったのですが、もしかしたらこの時代、まだ『ABC殺人事件』などは翻訳されていなかったのかもしれません(井上氏は、洋書でも取り寄せて読んではいたようですが)。
         大体、ドルリー・レーンとエラリー・クイーンが同一人物だということに気付かずに評論を書いてしまい、その後そのことを知って驚いたなどという文章もある位ですから、その時代だったのだなぁと感慨深く読みました。

         今読んでも参考になる評論もあり、なかなか侮れない一冊だと思います。
         ミステリ好きな方はご一読されるのも興味深いのではないでしょうか。


        読了時間メーター
        □□□□    むむっ(数日必要、概ね3~4日位)
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        2021/08/28 by ef177

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      探偵小説と叙述トリック ミネルヴァの梟は黄昏に飛びたつか?

      笠井潔

      4.0
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      • 【ミステリの構造論まで深く掘り下げた論考】
         本作は、『ミネルヴァの梟は黄昏に飛び立つか?』というサブタイトルがつけられていることからもお分かりのとおり、著者が『ミステリ・マガジン』に同タイトルで連載していたミステリ論の91回から120回までをまとめたものに加筆修正した作品になります(1回から30回までは『ミネルヴァの梟は黄昏に飛び立つか?』として、31回から60回までは『探偵小説と20世紀精神』、61回から90回までは『探偵小説と記号的人物』としてそれぞれまとめられています)。

         本作では、著者が『第三の波』と呼ぶ本格推理小説の一つの区切りの起点となったとする辻本行人作『十角館の殺人』が叙述トリックであること、そもそも我が国の本格推理小説の『第一の波』の起点であった江戸川乱歩作『二銭銅貨』もやはり叙述トリックを用いていたことを指摘し、叙述トリックに焦点を当てて論考した作品になっています。

         まず、はじめに叙述トリックとはどういうものを指しているかについて確認しておきましょう。
         ミステリにおける通常のトリックは、作中の犯人が探偵に向けて仕掛けるトリックです。
         作品の外にいる読者は、作品のテキストを通じてそれを読み、その謎を解こうとするわけです。
         もちろん、犯人が探偵に向けて仕掛けるトリックというのは、とりもなおさず、やはり作品外にいる(つまりメタな存在である)作者が、作中の犯人を通じて探偵に仕掛けているわけですが、それはさらに探偵を通じて作品外にいる読者に向けられているとも言えます。

         これに対して、叙述トリックと呼ばれるものは、作品外の作者が、やはり作品外の読者に向けて、作品のテキストを通して直接仕掛けているトリックと言う事ができます。
        著者がいうところの『第三の波』では、このようなメタな叙述トリックが用いられている例が大変多いというのですね。

         このような叙述トリックを巡り、著者の論考はミステリの文体、作品構造にまで及んでいきます。

        〇 一人称ミステリの場合
         ミステリが一人称で書かれている場合、そこに書かれていることは語り手の視点で書かれていることになり、あくまでも語り手の主観を通して見た(感じた)事柄という意味合いを持ちます。
         ですから、語り手が誤解しているのであれば、それは誤解したままがテキストに著されることになります。

         例えば、ホームズものは、語り手であるワトソンの一人称で書かれていますので、そこに書かれていることはあくまでもワトソンが見て、知って、感じたことになるわけで、客観的真実と必ずしも合致はしていませんし、また、探偵であるホームズが考えていることでもありません。
         ですから、読者は、いくらワトソンがこの事件の真相はこうであろうと書いていても、それが探偵であるホームズが解き明かした真相を聞いて書いているのでない限り、ワトソンの考えに過ぎないということを承知の上で読んでいるわけで、ワトソンが言っているだけでは真偽は不明と判断するわけです。

         叙述トリックの傑作とも言える、クリスティの『アクロイド殺し』も途中まではやはり一人称で書かれています。
         この作品、フェアかアンフェアかで論争を呼んでいるわけですが、二階堂黎人はアンフェアを主張します。
         その理由を簡単に言ってしまうと、『アクロイド』はいきなり『私』の一人称で書かれているため、それはあくまでも語り手(実はこの部分は手記なので書き手と言うべきでしょうか)が好き勝手に書いているに過ぎず、その内容が真であるという保障を与えられていない。
         従って、そこに書かれていることを基にして推理しようにも真偽が確定していない以上推理のしようが無く、そのような手掛かりで犯人を当てろと言われてもアンフェアであるということになるでしょう。

         著者は二階堂とは異なる立場を取り、二階堂に反論しています。
         二階堂の論で行けば、『私』の一人称の部分の冒頭に、作者が登場して、「以下の一人称の部分に嘘は無い」とでも『枠囲い』をすれば真であることの保障が与えられるからフェアであるということになるが、結局、そのような『枠囲い』を与えたところで同じ事であると言うのです。
         というのは、『アクロイド』の解決編はやはり『私』の一人称で語られ、そこで作者が(『私』を通じて仕掛けた)叙述トリックが明かされ、それが真相であるとされるわけであるが、その解決編も一人称で書かれている以上、やはり真であるという保障は与えられないではないかというわけです。

         加えて、一人称ミステリの場合であっても、三人称のところで述べる『語り落とし』は使えるわけで(それもアンフェアであるというのなら別ですが)、いくら書いてあることに嘘はないと保障しても無駄であるとも言えます。

         そもそも、ミステリというものは、叙述トリックを使っていなくても、作者は問題編では全ての事実をテキストに書いているわけではありません。
         多かれ少なかれ『語り落とし』をしているわけで(そうでなければ謎は生じませんから)、『語り落とし』というものはミステリにつきものだとも言えるのではないでしょうか。

        〇 三人称ミステリの場合
         三人称で書かれている場合、その書き手は神の視点を持った者(作者)であるため、その部分に書かれていることは真であるという作者と読者との暗黙の了解があるというのが近代小説の前提です。
         そこに嘘が書かれていたのでは作品が成立しないというわけですね。
         しかし、もちろん、三人称で書かれた作品であっても叙述トリックは成立します。
         それは、積極的に嘘をついてはいないが、重要な部分を『語り落とし』することは可能であり、また、『語り落とし』によって引き起こそうとしている読者の誤解を助長する策略的な記述もまた使うことができるから。

         ちょっと寄り道になりますが、さらに言えば、三人称ミステリの場合、さらにこのような問題もあると指摘します。
         作中で探偵が入手した証拠以外の証拠が無いという保障が作中にはないではないか。
         もしかしたら探偵が入手した証拠を覆すような他の証拠が存在しているかもしれず、そのような証拠は存在しないとは作中では保障されていないではないかというわけです。
         この問題を回避しようとしたのがクイーンであり、『読者への挑戦』を挟むことにより、作者(神)の視点から、「ここまでで全ての証拠は出そろった」と保障を与えることによりこの問題を回避したというわけです。

         しかし、実はさらに『後期クイーン的問題』と呼ばれる問題があると指摘されていることはご承知のとおり(これはクイーン作の『ギリシャ棺の謎』がきっかけで論じられた問題です)。
         なるほど確かに読者への挑戦により、証拠が出そろったということは保障されたかもしれない。
         しかし、その証拠が犯人によって偽造された証拠ではないという保障はどこにあるのか?と。
         『ギリシャ棺』ではエラリーはまさに犯人が偽造した証拠により誤った推理をしてしまう場面が描かれます。
         そういうことがあり得るということを意識させた作品でもあるわけですね。
         であるならば、『読者への挑戦』で出そろったと保障が与えられた証拠の中にだって、やはり犯人によって偽造された証拠が含まれているかもしれないじゃないかというわけです。

         じゃあ、『読者への挑戦』で、「出そろった証拠は全て本物である」ということも保障すれば良いのでしょうか?
         でも、出そろった証拠からAという作中人物が犯人であるということは理論的に推理できるかもしれないが、そのAは別のB(もっと言えばさらにその背後にいるC、D……と無限に続きうる連鎖)という人物に操られていたという可能性を読者に提示された証拠からどうして排除できるのか?と。
         一体、『読者への挑戦』でどこまでの保障を与えなければならないということになるのでしょうかね?

         そして、これらの問題は、実は、作者による保障がどこまで及ぶのか、そもそもそれは必要なのかという叙述トリックとも根っこを同じくする問題に逢着することになるわけですね。

         本書では、このようにミステリの構造にまで立ち入って叙述トリックについて論考されており、大変深い内容になっています。
         まあ、普通にミステリを楽しんでいる読者の多くは、そこまで神経を使ってテキストを読んではおらず、素直に読んで結末に驚くことができれば十分満足するとは思うのですが、実はこういう問題があるのだということ、そしてミステリを書く側はそこまで考えて書いているのだということを考えさせられる好著だと思います。

         かなり論理的で込み入った議論が展開されていますので、読んでいて頭が痛くなるという方もいらっしゃるかもしれませんが、ミステリを深く極めてみたいという方にはお勧めの一冊です。


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        □□□□□   しばらくお待ち下さい(5日以上、上限無し)
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        2021/05/02 by ef177

    • 1人が本棚登録しています
      有栖川有栖の密室大図鑑 1891〜1998

      有栖川有栖 , 磯田和一

      3.0
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      • 【密室を『見える化』する】
         本格推理小説の華(の一つ)と言えば密室物です。
         不可能犯罪の代表的なものだけあって、古今東西、数多くの密室物が書かれてきました。
         本書は、そんな密室物の中から、著者の有栖川有栖が①密室トリックの出来が良いこと、②トリックが歴史的意味を有していること、③密室の設定がユニークであること、④作品そのものが面白いこと、⑤解説したくなる要素を含んでいること、⑥絵にして映えることという6条件中3条件以上を充たしていると判断した作品を取り上げ、その作者や作品を解説すると共に、磯田和一さんがその密室がどういうものかをイラストで書き起こすという意欲的な作品です。

         推理小説の中には、犯行現場の見取り図を入れてくれているものもありますが、そういう見取り図が添付されていない作品も多く、場合によってはこれはどういう密室なのかな?と悩ましく思うものもありますが、本書を見れば一目瞭然です。
         また、作中に見取り図が入れてある作品についても、イラスト担当の磯田さんがもう一度その作品を読み直し、添付の見取り図にはこだわらずに、作中情報からイラストを書き起こしています。

         中には、これは書けないよねぇという密室もあって、磯田さんが大変苦労した様子がうかがい知れる物もあります(磯田さんは、各イラストに作画してみての感想も付記されていますので、それも楽しいところです)。

         私、密室物自体はそれほど好きでもないということもあり、紹介されている作品の多くは未読の作品でした。
         有栖川さんの紹介がまた上手いので、そういう作品の中には「これは読んでみたいなぁ」と思わせる作品がいくつも見つかりました。

         そう、本作は、密室物の解説というだけではなくブックガイドとしてもなかなか使えるのではないかと思ったのです。
         図書館から借りてきた本なのですが、ブックガイドとしての使用を考えた時には手元に置いておきたい本だなぁと思いました。

         なお、有栖川さんも書かれていることですが、「密室ものには、時として、犯人が現場を密室にするメリットがまるでないケースがある。論理的であるべき本格ミステリにとって、それは大きな瑕と言わざるを得ない。」という点は激しく同意です。
         作中の犯人にとっては、密室状態を作り上げるというのはそれなりに時間も手間もかかるものです。
         一刻も早く現場から逃げ出したいはずの犯人が、自分には何のメリットもないというのに、せこせこ密室作りに励むなどということはあり得ないことです。
         これは、著者が「こんなトリックを考えちゃったもんね」と自慢気に、何ら必要のない密室状態を作り上げているだけと言わざるを得ず、非常に興ざめなものだと思うのですね(そういう作品もよく目につくという点も、私が密室物をさほど好きになれない理由の一つです)。

         有栖川さんは、そういう点も踏まえた上で作品をセレクトしてくれていますし、そういう目で作品を吟味してくれてもいますので、信頼できるガイドになっていると言えるでしょう。
        >> 続きを読む

        2019/10/05 by ef177

    • 1人が本棚登録しています
      買い被られた名作 『嵐が丘』『白痴』『復活』『トニオ・クレエゲル』『狭き門』

      岡田量一

      4.0
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      • 名作と言われている海外の5作品に対して、難点を指摘し「これが名作と言えますか」と問う挑戦的な文学論。というと、重箱の隅をつつくイチャモン行為と思われがちだが、著者が誠意をもって物語を解いているのがわかるので、イヤらしさは感じない。ただ、名作か否かを本編の登場人物の行動やせりふだけを手掛かりにするのははたして適切だろうかという疑問は残る。発表当時に「こんな小説、今まで読んだことがない!」という驚きや、物語にぐいぐい引き込まれるパワーや熱量も、名作の要素のひとつではないかしら? ま、そもそも名作かどうかは読み手が決めればいいしね。かくいう私もハリー・・・おっと、ここまでにしておきましょう。
        どの作品も読んだことがないので、共感も反感もなかったが、逆に、興味を持って読んでみようかなと思う作品がいくつかあったのは思わぬ収穫だった。
        >> 続きを読む

        2021/02/06 by かんぞ~

    • 1人が本棚登録しています
      密室入門!

      安井俊夫 , 有栖川有栖

      3.0
      いいね!
      • ミステリ作家が建築家と密室についてとことん語り合う、オープン談義。ほんとうの密室は作れないのか、大まじめに語り合っている大人2人。密室とは所詮、「密室とおもわせてしまう部屋」? 

        ああ、細かい専門的話はどうでもいいなあと思うが、正真正銘のミステリを読みたくなるのは必至である。
        >> 続きを読む

        2014/11/21 by junyo

      • コメント 5件
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      推理作家の家 名作のうまれた書斎を訪ねて

      南川三治郎

      4.0
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      • ・10代の頃に夢中で読んだJ・アーチャーやT・クランシー、メアリ・H・クラーク、P・コーンウェルなど、懐かしい作家の書斎や居間での姿が見られて楽しくなる
        ・気難しいG・グリーンの取材を成功させる著者の熱意に敬意を覚える
        >> 続きを読む

        2017/07/06 by michi2011

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      泣ける純愛小説ダイジェスト

      有光隆司

      3.0
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      •  題名どおり、
        純愛小説のダイジェスト版です。
        古の名作からTVドラマのシナリオまで
        20作品が収録されています。

         あまりにもギュギュッと要約されているので
        本書を読んでも泣けませんが、
        きちんと原作を読んでみたいなと思うものは
        何作かありました。
        読者にそう思わせて
        読書の扉を少しでも開こうというのが
        本書の目的のひとつなのでしょう。
        >> 続きを読む

        2015/02/01 by kengo

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