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カテゴリー"小説、物語"の書籍一覧

      タタール人の砂漠

      脇功 , BuzzatiDino

      3.4
      いいね! Tukiwami
      • 【時に絡め取られる】
         主人公ジョヴァンニ・ドローゴは、士官学校を卒業してすぐにヴァツティアーニ砦への赴任を命ぜられました。
         この砦は国境を守備する砦ということで、(以前は)この砦で勤務するということは大変名誉なこととされていたということもあり、勇んで赴任したものの、砦の周囲には何もなく、至って淋しい場所でした。

         着任早々音を上げてしまい、上官にさっそく転任を申し出たのですが、4ヶ月後に軍医の健康診断があるので、その際に軍医に頼んで病気だということにしてもらうのが一番良いと言われ、そうして欲しいと願い出たのでした。

         ところで、この砦の北方には広大な砂漠が広がっており、その砂漠にはタタール人がいて、いつか砦を攻めてくるという話がまことしやかに囁かれているのですが、それにしては何も起こりませんし、過去にも何も起きてはいないようなのです。

         ドローゴは、こんなさびれたところで任期の2年間を過ごすなんてとても耐えられないと考えるのですが、すでに何十年もこの砦に勤務し続けている上官もいるのですね。
         そして、ドローゴも、いつしか変わり映えのしない砦の生活に埋もれていくのでした。

         待ちに待ったはずの4ヶ月目の健康診断の日が来ました。医師は上官から話を聞いているようで、事情を承知しており、すぐに病気の診断書を書いてくれました。
         ところが……ドローゴは何故か砦を去りがたい気持ちに襲われてしまい、その診断書を破棄してくれと軍医に頼んでしまったのです。ええ、まだしばらくは砦にいようと決意してしまったのです。

         しかし、その後も砦に攻め込んでくるというタタール人などまるで見あたらない毎日が続きます。
         しかし、ドローゴは、「俺はまだ若いんだ。この砦にあとしばらくいたところでまだまだ先はある。」などと考え、まるで時間に絡め取られるように砦での生活にしがみつくようになっていくのです。
         たまに休暇で生まれ故郷に戻ることがあっても、そこではすでにドローゴは浮いた存在になってしまっており、そそくさと砦に戻ってくるようになってしまいました。
         そして、いつか必ずタタール人が攻めて来るに違いないので、その時は軍人として活躍するのだと固く信じるようにもなっていくのでした。

         出だしの粗筋はこんな感じの物語なのですが、日々繰り返される砦での単調な生活に時間の感覚がどんどん麻痺していき、自分にはまだまだ先があると思い込んでいるものの、その思いよりも速く時は流れ去っていくのでした。
         また、いるのかどうかすら分からないタタール人との戦闘を固く信じるようになっていく経緯にはうすら寒いものすら覚えます。
         確かに、「すわ!攻撃か?」と思われるような事態も、この後起きないではないのですが……

         この「タタール人の砂漠」が刊行されたのは、イタリアが終戦を迎えて間もない時期だったそうですが、当時のイタリア人達は、記憶に生々しい戦争を描いたような作品を好み、この「タタール人の砂漠」のようにいつまで経っても何も起こらないような小説は「現実不参加」の小説だとしてあまり評価はしなかったのだそうです。
         しかし、その後徐々に評価が高まり、今では世界的に著名な作品になっていることはご承知のとおり。

         ある面では、カフカの不条理な小説のようでもあります。
         あるいは、非常に寓意的な作品とも言えますし、幻想的な作品と言うこともできるでしょう(その意味では、同じイタリアのイタロ・カルヴィーノを彷彿とさせるところもあるかもしれません)。
         また、私が一つ思い浮かべたのは、ジュリアン・グラックの「シルトの岸辺」という作品でした。この作品も戦争なんて起こり得ないような海辺の基地を舞台にしているのですね(その後の展開は本作とはまた違うのですが)。

         大変不思議な魅力をたたえた作品ではないでしょうか。
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        2019/06/08 by ef177

    • 他2人がレビュー登録、 7人が本棚登録しています
      六人目の少女

      清水由貴子 , CarrisiDonato

      2.7
      いいね!
      • 途中まではとても良かったのだが…一言で言うなら「陳腐」。

        実際に起こった連続殺人の例を出し、それに絡めていく…のかと思いきや、単なる文字埋めなのでは?という描写も多々。
        どんでん返しもパッとせず、何故そうなるのか?という説明もない(そこがリアリティ、というならそれもまぁ…)。
        各々のキャラクターを活かしきれていない感も否めない。
        そもそもどこの国なのか?場所はどこなのか?そこをはっきりしてもらわなくては、感情移入もしにくいだろうに、全て伏せられたまま。
        終幕の投げかけも、一石を投じる、というよりは、ただひたすらに思い気分になるだけ。

        正直内容に星はつけられない。あの長さを訳した訳者さまになけなしの星ひとつ。
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        2017/07/14 by ふみや

    • 他1人がレビュー登録、 4人が本棚登録しています
      猫とともに去りぬ

      RodariGianni , 関口英子

      3.5
      いいね!
      • 笑ってばかりの短編集だった

        1972~73年に
        本国イタリアの新聞に掲載されたもの

        「猫とともに去りぬ」
        広場の半分が本物の猫で
        人間から猫になったのが半分もいるのが
        笑けた

        「社長と会計係 あるいは 自動車とバイオリンと路面電車」
        一番すきかも、
        卑怯な社長とええヤツ会計係

        「チヴィタヴッキアの郵便配達人」
        寝すぎて何千年も過去に行ってしまうのも
        笑けた

        「ヴェネツィアを救え あるいは 魚になるのがいちばんだ」
        町が水没するなら
        魚になればいいという発想も
        笑けた

        「ピアノ・ビルと消えたかかし」
        何でシューベルトだけは弾かへんねん、
        笑ける

        「ガリバルディ橋の釣り人」
        魚を釣る為だけに
        過去に遡って、
        名前変えたりとか
        妹でなく弟が生まれるようにしたりとか
        とにかくツッコミ入れたくなった

        「箱入りの世界」
        何かの象徴のような
        風刺臭の強い16篇の中でも
        最たるものに感じた

        「ヴィーナスグリーンの瞳のミス・スペースユニバース」
        シンデレラと違って
        クリーニング店の預かったドレスを着ちゃったし、
        家来でなく憲兵だし、
        迎えに来られたら
        捕まえに来たと思うヒロインに
        笑けた

        「お喋り人形」
        こちらは16篇中
        一番、分かり易い寓話パターン
        …いや、寓話ですらない、
        そのものズバリや

        「ヴェネツィアの謎 あるいは ハトがオレンジジュースを嫌いなわけ」
        ちょっとしたミステリー風で
        面白かった

        「マンブレッティ社長ご自慢の庭」
        "一言"もそんな事いってなかった
        と、言われたら
        君は私の言葉を一々数えてるのか!
        って、のが
        笑けた

        「ピサの斜塔をめぐるおかしな出来事」
        オチはみんな分かるだろう、
        えっ、そうだったの
        って人はいるのだろうか

        「三人の女神が紡ぐのは、誰の糸?」
        自分と引きかえに
        誰かに死んで貰うという頭に来る男が
        ラスト、ざまみろ
        胸がすく

        著者はクラシック曲にも詳しいなあ、
        色々な短編の中に
        散りばめられている

        栓抜き部品工場の社長は、
        この中で2篇に出て来る

        因みに、
        わが国では
        失業保険は現在、
        雇用保険と言っています

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        2017/05/03 by 紫指導官

    • 他1人がレビュー登録、 3人が本棚登録しています
      薔薇の名前

      EcoUmberto , 河島英昭

      4.5
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      • このイタリアの記号論学者のウンベルト・エーコの大長編小説「薔薇の名前」上下巻を、今回じっくりと時間をかけて再読しました。

        この作品は、1327年のイタリアの僧院を舞台にして、若き見習修道士アドソの視点を通して、約800ページを費やして記された7日間の物語です。

        この作品の中で綴られるのは、宗教、記号論、暗号、迷宮、異端審問、そして、連続殺人------。

        この作品は、難解そうにみえますが、恐れることはありません。約20ページほどの前置きは確かに少々とっつきにくい感じはしますが、それを通り過ぎれば、後はもう、それこそグイグイとこのウンベルト・エーコの豊饒な物語の世界に引き込まれてしまうのです。

        なにしろ、重厚な小説であるわりには、非常に読みやすいのです。とにかく、物語の中に散りばめられた数々のエピソードが、実に面白いのです。

        例えば、冒頭で探偵役のウィリアムが、その卓越した推理能力を披露する場面がありますが、ワトスン役のアドソに対して種明かしをして見せる様子が、控え目なユーモアを交えて描かれていて、実にワクワクしてくるのです。

        とにかく、難解であるという先入観を捨てさえすれば、この作品ほど面白い小説は滅多にないと思います。

        もちろん、ストーリー自体も起伏に富んでいて、キリストの清貧とは何かを議論するだけの小説ではないのです。

        迷宮のような文書館の中へランプを手に侵入し、暗号を解いて「アフリカの果テ」を見つけようとするあたりは、まるで、モーリス・ルブランの「奇巌城」でも読んでいるかのような興奮を覚えてきます。

        連続殺人について言うならば、動機が奇抜ですこぶる面白いのです。犯行方法も、その動機に密着したものである点が、非常に素晴らしいと思うのです。

        そして、真相が明らかになった時点で、犯人の動機と手段に納得できるという、用意周到に計算され尽くした仕掛けになっているのです。とにかく、この緻密で、尚且つ大胆な伏線には、ただただ感心するしかありません。



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        2017/05/15 by dreamer

      • コメント 1件
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      バウドリーノ

      堤康徳 , EcoUmberto

      5.0
      いいね!

      • 記号論の世界的な権威であり、「薔薇の名前」で広く知られる小説家でもあるウンベルト・エーコの長編小説「バウドリーノ」(上・下巻)を時間をかけて読了しました。

        この作品は、中世ヨーロッパを舞台にした歴史小説であり、密室殺人の謎を解き明かしていく推理小説であり、様々な怪物たちが跳梁する「驚異の東洋」をめぐる冒険小説でもあり、はたまた幻想小説の味わいをも持っていると思う。

        1204年4月。ビザンチン帝国の首都コンスタンチノープルは、第四回十字軍によって蹂躙されていた。
        その混乱の中、歴史家ニケタスの命を救ったバウドリーノという人物は、ニケタスに己の数奇な半生を語り始めるのだった。

        北イタリアの農民の子として生まれたバウドリーノは、気に入られて神聖ローマ帝国のフリードリヒ皇帝の養子となり、諸国をめぐり、様々な経験をしたというのだが-------。

        この作品は、複雑怪奇な政治が論じられ、神学が論じられ、宇宙の生滅が論じられる。
        笑劇であるとともに、無数の死体が無意味に積み重ねられていく、文字通りの悲劇でもあるのだ。

        つまり、著者のウンベルト・エーコは、一冊の書物の中に、近代が可能にした小説というメディアが持つに至った、あらゆるジャンルを取り入れ、あらためて一つに統合しようと試み、小説という枠組みを、表現の新たな次元に解放しようとしているのだと思う。

        そして、物語の中核に据えられるのは、「聖杯」の探求であり、「司祭ヨハネの手紙」に代表される、もう一つ別の世界、地上の楽園の探求なのだと思う。

        しかも、それらのテーマは、いずれも書き直され、解体し再構築されてしまうのだ。
        世界を活性化し更新する「聖杯」は、誰もが手の届くところにあり、その価値は謎の探索にあって、物自体にあるわけではない。

        中世ヨーロッパに「東方の驚異」をもたらした「司祭ヨハネの手紙」は、先行する無数の聖なるテクストの断片を糊で貼り合わせることによって作り上げられたものだと思う。

        主人公のバウドリーノがつき続ける嘘が、次々と実現されていくように、虚構と現実、時間と空間といったあらゆる差異が無化されてしまう。

        言葉をゼロから学び、その言葉によって世界を再創造していくことが、読むことによって追体験されるのだ。
        そして、追体験することによって、小説という精緻な作り物を純粋に楽しむことができるのだと思う。

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        2018/08/07 by dreamer

    • 1人が本棚登録しています
      チポリーノの冒険

      RodariGianni , 関口英子

      3.0
      いいね!
      • 歌をしっていたので、手にとりました。
        子供向けなわりに、少々乱暴なことばもありましたが、楽しい冒険でした。
        モグラおばさんが、いい味だしてます。
        >> 続きを読む

        2015/04/16 by chiiko

    • 2人が本棚登録しています
      七人の使者・神を見た犬 他十三篇 他十三篇

      脇功 , BuzzatiDino

      4.0
      いいね!
      • 【大変上手な短編集です】
         手練れのブッツァーティによる、上質で非常に巧い短編集です。
         収録作からいくつかご紹介。

        ○ 七人の使者
        父の治める王国を踏査するために、従者と7人の使者を連れて旅に出た王子の物語。
         王子は国境を目指して旅を続けているのですが、どこまで行っても一向に国境に到達しません。もう8年と6か月と15日も旅を続けているというのに。
         王子は、連絡のため7人の使者を準備しており、一人ずつ都へ送り出していましたが、王子が進むに連れて徐々に使者が戻ってくるまでの時間がかかるようになっていきます。
         使者が王子の居場所を出て都に到達し、再び王子の進んだ場所まで戻ってくるのに、概ね、王子が旅を続けた日数の5倍の日数がかかることが分かってきました。
         ある日、王子は、「明日が使者を送る最後の朝になるだろう」と考えます。
         だって、その使者が王子のもとに戻ってくるまでおそらく34年がかかる計算になるのだから。
         その次の使者を派遣したとしても、自分が生きている間に戻ってくることは不可能だろうから、明日が最後の使者になるのだと。
         そして、国境などどこにもないのかもしれない……と思うのでした。

        ○ 七階
         ちょっとした軽い症状を覚えたジョゼッペは、有名な病院に入院することになりました。
         その病院は変わったシステムを導入しており、症状の軽い順に七階の病室から入院させられるのです。
         七階の入院患者など、ほとんど健康体と同じ程度の者たちなのですが、階を下るに連れて徐々に症状の重い患者が入院しており、一階の入院患者はもはや死を待つのみ、手のほどこしようが無いような患者だというのです。
         ジュゼッペは、検査の結果七階に入院することになりました。
         そりゃそうだ。大した症状でもないのだし、ちょっと熱が出るけれど数日で退院できるだろう。
         数日後、看護婦がジュゼッペの下にやってきます。そして、七階に親子連れの入院患者が入ってくるのだけれど、生憎七階の病室が埋まっているので、便宜的に六階に移動して欲しいというのです。
         いささか嫌な感じがしましたが、別に病状が重いために下の階に移動するわけでもないのだし、病室が空いたらまた七階に戻るというのだから……と思い了承しました。
         六階も快適な病室でしたが、ある日、医師から、あなたの症状は大変軽いので七階に入院してもらっても一向に構わないのですが、症状がやや広く出ているので効果的な治療をするために五階に移動してはどうでしょう?と持ちかけられるのです。
         そして五階に行くと……

        ○ 神を見た犬
         パン屋のデフェンデンテはふざけた遺言に頭を悩ましていました。遺産を相続するためには毎日5キロのパンを焼いて貧しい者達に無料で配らなければならないというのです。
         こんな馬鹿げた遺言を実行するくらいならいっそのこと遺産を放棄してしまおうかとも思ったのですが、とは言えパン屋を続けなければならないし……
         ということで、デフェンデンテは遺言どおり無料でパンを配り始めました。
         村の人々は「お偉いこった」などと揶揄して笑っています。
         ある朝、一匹の犬がやって来て、貧しい者達にまぎれてパンを一つ持っていってしまったのです。
         これを見た村人達は大喜び。「おいおい、今度は犬にまでパンをくれてやり始めたぜ」と。
         デフェンデンテはからかわれるのが恥ずかしくて仕方がありません。
        ある日、一体どこの犬か確かめるために犬の後を自転車でつけてみたのです。
         そうしたところ、犬は山の上に座っている隠者の下へパンを届けていると分かりました。
         この犬は隠者と暮らしている……。きっと神を見たのだ、と村人達の間で評判になりました。
         それからというもの、村人達はこの犬を見かけると気まずい思いにかられるようになりました。
         いつものような罵詈雑言を言おうとすると犬に見つめられていることに気づき、つい言葉を慎んでしまいます。
         今まで自堕落な生活をしていた村人達は、犬が現れると己の行いを正すようになったのです。それはあくまでも後ろめたさから。
         しかし、誰もが犬のせいで行いを改めたなどと認めたくはないのです。
         いっそのことあんな犬なんていなくなっちまえば良いのに。
         しかし、山の隠者が亡くなった後も、犬は村に現れ、盗みをしようとしている者をじっと見つめたり、不品行な行いをしようとしていると必ずそこに現れたりし続けたのです。
         もはや村には悪い行いは一切見られなくなっていきました。

        ○ なにかが起こった
         列車は北へ向かって驀進し続けていました。
         もう10時間以上も快調に進み続けています。
         しかし、車外の様子が徐々におかしくなっていくことに気づきました。
         列車に向かって手を振る者、大声で何かを叫んでいる者、深刻な顔つきで列車を眺めている者。
         どれもほんの一瞬見えるだけですし、声も爆音にかき消されて届きません。
         何か不安を感じるけれど、一体なんだというのでしょう。
         しかし、車外の様子はより深刻になっていきます。
         誰もが荷造りをしているようではありませんか。
         そして、段々、南に向かって移動する多くの人たちが見え始めました。
         もはや人々は列をなして南に向かっていました。
         南行きの列車とすれ違いましたが、どの列車もすし詰め状態なのです。
         通過する駅にの南行きプラットホームには沢山の人々が待っており、誰もが驚いたような顔をして私達の列車を見ているのです。
         北で何かが起きている!
         しかし、列車は特急便で、終着駅まであと5時間どこにも止まらないのです。
        >> 続きを読む

        2019/07/22 by ef177

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      前日島

      藤村昌昭 , EcoUmberto

      4.0
      いいね!
      • 【衒学趣味てんこ盛り。なんとも混沌とした奇譚だこと。】
         ロベルトは乗船中の船(アマリリス号)が難破したため、戸板に身体を縛り付けて漂流していました。
         ロベルトは泳げないのです。
         もう何日経ったのか。
         皮膚は焼かれ、喉は乾き切り、衰弱してもう駄目かと思ったその時、戸板は沖合に停泊中の大きな船に流れ着いたのです。
         必死の思いで、船から垂れ下がっていた縄梯子にしがみつき、何とか登りきると甲板に倒れ込み、意識を失ってしまいました。

         気が付いたロベルトは、何とか助かった事に気付きましたが、何だかこの船、人気がありません。
         甕に蓄えられていた水をむさぼり飲み、豊富に残されていた食料を食べ、何とか人心地がつきました。
         その後、船内を巡ってみるのですが、やはりどこにも人がいません。
         一体、乗組員はどこに行ってしまったのでしょうか。

         流れ着いた船はダフネ号という船だと分かり、外国語で書かれていた航海日誌から分かる範囲では、どうやらペストが発生したようです。
         乗組員はみんな死んでしまったのだろうか?
         では、死体はどこにあるんだ?
         死んだ者から海に投げ捨てられたにしても、最後に死んだ者の死体が無いというのはどういうことだ?
         船に備え付けられているはずのボートも無いということは、船を見捨てて逃げ出したということなのだろうか?

         周囲を見渡してみると、ダフネ号の左右に島影が見えます。
         島に渡れれば良いのですが、一人でダフネ号を動かすことはできませんし、ボートもありません。
         ロベルトは泳げず、ダフネ号に監禁されたような形になってしまいました。
         まぁ、島に行ったところで誰か人が住んでいるかどうかは分かりませんし、幸い、船には食料は豊富にあるようです。
         当面、ダフネ号で生きていくしかなさそうです。

         ところが!
         ダフネ号には誰かが潜んでいるようなのです。
         水が入っていたはずの甕の中身が火酒に変わっていたり、物が動かされているようです。
         また、ダフネ号には沢山の変わった鳥がかごに入れられて飼われていたのですが、誰かが鳥に餌や水を与えた形跡があるのです。
         誰かがいるにしても何故出てこないのだ?

         と、こんな不思議で魅力的な設定から始まる物語なのですが、しばらく読み進むと物語は一転してロベルトの昔話に変わってしまいます。
         本書の著者(エーコ)は、ロベルトが残した手記を翻訳したのだという構成にしており、ロベルトは自身の若い頃のことを書き始めたからそれを訳すというのです。

         あらら、せっかく面白そうな出だしだったのに。
         一転してロベルトの昔語りになるのですが、幼少期、ロベルトは一人息子として育てられ、父親からは「お前こそが跡取り息子だ」と言われ続けたと言います。
         ただ、あまりにも頻繁にそう言われ続けたので疑念を持ち始めたと言うんですね。
         おまえ『こそ』って何だ?
         ほかにも跡取り候補の兄弟がいるのか?というわけです。

         ロベルトの疑念はどんどん膨らみ、日常生活に起きた不思議なことも手伝って、自分には兄がいて、その兄は父から見捨てられたのではないか?
         兄はそれを恨んで、自分に対して様々な仕返しをしているのではないか?というわけです。
         この疑念はロベルトの中で段々大きくなっていき、確固たる信念のようなものにまで育って行ってしまいます。
         ロベルトは、空想上の兄にフェッランテという名前までつけてその存在を固く信じ込むのです。

         ロベルトの昔語りは長々と続き、戦争に従軍した話や、戦後、復員して社交界で過ごしたこと、ロベルトの恋物語などが延々と語られます。
         ダフネ号の話はどうなったのよ、と、読者はじりじりしてロベルトの昔話につき合うことになります。
         いい加減嫌になり始めるのですが、200ページを超えた辺りから段々この物語の構成が分かってきます。

         ロベルトの昔語りは、何故自分がアマリリス号に乗り込むことになったのかにつながる話だったのですね。
         それはフェッランテの陰謀が絡んだ話だと言うのです。
         さあて、どこまで信用できるのか。
         とにかく、ロベルトが語るところによれば、ロベルトはある陰謀にはめられて枢機卿かに捕まり、命を助けて欲しければある密命を果たせと迫られ、その結果アマリリス号に乗り込んだというのです。

         その密命とは、イギリスが密かに調査しようとしている経線測定の方法を探って来いというものでした。
         当時、緯度については測定する方法が確立されていましたが、経度を知る方法が分かっていませんでした。
         もし、経度を知ることができれば、航海にも大変有用で、海を制覇することも可能になるというのです。
         各国とも密かに様々な方法で測定方法を確立しようとしているのですが、なかなかその方法が分からずにいたところ、どうやらイギリスが画期的な方法を発見したらしく、アマリリス号は一見普通の航海に出る船のよう装い、航海費用捻出のために一般乗客も募集しているものの、その実態は経線測定のための航海だと言うのです。

         ロベルトは、一般乗客のふりをしてアマリリス号に侵入し、経線測定の責任者であるバード医師の動向を探り、イギリスが発見したという経度測定の秘密を盗んで来いというのが枢機卿から与えられた密命だったというのです。
         ところが、アマリリス号は暴風雨に遭って難破してしまい、ロベルトは命からがらダフネ号に流れ着いたというわけだったのです。

         そこまでが語られて物語は再びダフネ号に戻ります。
         ロベルトは、結局アマリリス号で行われていた経度測定の方法を知ることに成功したのですが、そこで得た知識からすると、どうやらダフネ号も同様に経度測定のために出航した船のように思われます。
         ダフネ号には大量の時計が積み込まれており、また、どう使うのかは分からないものの、どうやら測定器具と思われるような機械も積み込まれていたからです。

         その後、ダフネ号に潜んでいたカスパル神父が発見され、まさしくダフネ号は経度測定のために出航していたというロベルトの推測が裏付けられることになります。
         カスパル神父の話によると、ダフネ号はそれに成功し、今停泊している場所がまさしく子午線のちょうど反対側の位置なのだと言うのです。
         ダフネ号は南北に向いて停泊しているので、左右の島はちょうど反対子午線を挟んで東西に位置していることになると言います。

         ダフネ号の乗組員がいなくなった謎もカスパル神父の口から語られます(それがどういうことだったのかはここでは伏せておきましょう)。
         カスパル神父は西側の島に上陸したことがあり、その島には観測櫓も建てられていると言います。
         しかし、カスパル神父も泳げないので、せっかく仲間が見つかったというのに二人してやっぱり監禁状態(あぁ……)。

         カスパル神父が登場する辺りから、物語の語り口も軽妙なものになっていき、ユーモラスなやり取りが描かれたりもします。
         カスパル神父が言うことが正しいとすると、ダフネ号が午前零時を迎えた時、西側の島はまだ『昨日』にいることになる。
         『前日島』だ……というわけです。

         そこからロベルトの奇妙な思考が頭をもたげてきます。
         それは、西側の島はまだ昨日のままなのだというタイムパラドックスなのです。

         はい。
         この作品は至る所に衒学的な記述が満載されています。
         経度確定にまつわる様々な話もそうですが、そこから展開される地動説と天動説(ロベルトは地動説派、カスパル神父は天動説派で、二人は珍妙な議論を戦わせます)。
         あるいは、ロベルトの昔語りの中でにはアルス・コンビナトリア(組み合わせ術)をもとにした珍奇な博物学というか哲学というか、そんな話(それは、ダフネ号にたどり着いた後、ロベルトが創作する物語の中にも登場します)。
         はたまた、経度確定にも関係する『武器軟膏』の話(武器によって傷つけられた傷を治すには、傷に薬を用いるのではなく、傷つけた武器の方に『共感の粉』と呼ばれる物質を用いることにより容易く治療できると言ったおかしな話です)。

         エーコらしいと言えばエーコらしい、何ともペダンティックな(すっごく怪しい)トピックがこれでもかとちりばめられている作品なんですね~。
         巻末の訳者あとがきは、「疲労困憊」と、読了した感想を書いていますが、その通りかもしれません。
         こういう怪しげな話が満載されており、読者はそれに翻弄され、また、ダフネ号の現在、ロベルトが語る過去、そして、ロベルトが創作する(未来と言って良いのかどうか)物語と、振り回され続けます。

         決して読みやすい作品とは言えず、訳者が「疲労困憊」と言うのも肯けます。
         混沌とした、それでいて、エーコが好きな方なら大変興味深い作品に仕上がっているのですね。
         手放しで『面白い作品』とお勧めできるかどうかはちょっとためらってしまいますし、主たる筋のダフネ号の話がなかなか進まないのでもどかしかったり、「いい加減にせーよ!」と言いたくなったりで、ちょっとヘビーな読書を強いられることになるかもしれません。
         上下二段組みで500ページ超というヴォリュームを読み切る覚悟も必要です(今回、結構気合を入れて頑張って読んだのですが、それでもそれなりの時間を要しました)。
         
         私は、今回再読だったのですが、読みながら「あれ?こんな話だっけ?」と思う事しばしば(ダフネ号のところだけは記憶に強く残っていたのですが、その他の部分がすっぽり抜け落ちていました)。
         不思議な作品ですが、独特の味わいもある作品で、私は、結構好きかなぁ。


        読了時間メーター
        ■■■■    むむっ(数日必要、概ね3~4日位)
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        2020/08/20 by ef177

    • 1人が本棚登録しています
      歯とスパイ

      鈴木昭裕 , PressburgerGiorgio

      3.0
      いいね!
      • 【う~……読んでいると歯がうずうずしてくる~。これは体感を刺激する小説なのか?】
         しっかしまぁ、何と奇妙奇天烈な作品なんでしょう!
         
         まず、本編に入る前に編集者注があり、歯列図が掲げられています。
         それぞれの歯の記号(SS1とかID8とか)も明記されています。
         そして、本編に入ると、それらの歯、一本、一本について物語が語られるのです。
         え? SS1ってどの歯?
         大丈夫です。
         各話の冒頭に小さな歯列図が掲載されていて、これから話題になる歯はこれですよと図示してくれています(何てこった!)。

         はい。
         本書は、主人公が歯を一本ずつ失っていく物語なのです。
         主人公はスパイなのですが、まぁ、スパイとしての活動はさして語るべきものもありません。
         まぁ、スパイという性質上一か所に長く定住できないようで、それを歯の手入れをちゃんとできない言い訳にしています。
         あるいは、まぁ、暴力沙汰みたいなこともたまにはあって、外的要因によって歯が失われることもあったようです。

         はっきり言って、主人公自身の物語はさして面白いものでもありません。
         何故その歯を失うことになったかの物語なんですが、馬鹿げた原因もありますし、あるいはその時に治療をしてくれた様々な歯科医の話も出てきます(どうも美人の女性歯科医さんの話が多いなぁ)。

         でも、主人公はちょっと酷すぎます。
         一体何本虫歯になるのだ?という位、次から次へと虫歯になっていきます。
         もちろん、歯周病であり、歯茎が腫れて出血し、歯がぐらぐらとしてきます。

         う~……、この歯がぐらぐらする辺りの描写とか、歯が悪くなって激痛にのたうち回る様、歯科医の治療で、余りの痛さに涙を流し悲鳴を上げる様……。
         読んでいて自分の歯がうずうずしてきちゃいます。

         乳歯から永久歯への生え替わりの時の回顧的な話題もありますし、親知らずが生えてくる時の痛かった思い出話もあります。
         何だか、あちらの方は親知らずが生える年齢が早いのですかね?
         主人公は、10代で既に生え始め、40代で生えてきたら歯科医師から「こんな年になっってから親知らずが生えてくるのは珍しい」とか言われてます。
         そうなの?
         私なんか40過ぎになってからようやく生えてきましたよ(1本は抜きましたが、他の3本はまだ生えきっていません)。
         
        結局、主人公は全ての歯を失ってしまい、総入れ歯になってしまいます。
         他人のことは言えませんが、主人公は、ケアしなさすぎ。
         もっとちゃんと歯を磨けよ~。

        何とも歯がうずく、非常に不思議な作品でした。
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        2020/04/07 by ef177

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      クオレ

      杉浦明平 , Amicis Edmondo de

      5.0
      いいね!
      • 『クオレ』は、小さい頃途中まで読んで、ずっと忘れていた。

        ふと、だいぶ前に、池上彰さんが小さい頃読んで感動していたと言っていたので、いつか読み終わろうと思った。

        それでちょっとずつ読んでいたのだが、とても良い本だった。
        児童文学の傑作だと思う。

        いろんな個性や境遇の子どもたちが出てきて、ときどきいろんなエピソードがはさまる。

        義侠心に富んだ少年がいじめっ子をこらしめたり、貧しい家の子がけなげに親のために働いたり、いろいろと感動させられる物語も多い。

        また、ちょうどイタリア統一の頃の物語なので、新しく国民国家をつくり同胞として愛し合おうという物語のはしばしに機運がみなぎっているし、少年でありながら戦場で命をはって任務を全うする美談もいくつか出てくる。

        国民国家、というと日本では戦後、批判的に語られることが多いのかもしれないが、クオレに描かれるのは、古き良き理想としての国民国家、遠く離れた地域の人も、ともに兄弟のように愛し合う、そして大国の支配に対して闘って祖国の独立と統一を守る、ということなのだろう。

        そして、クオレにおいて、そうした理念や理想が空疎や空虚になっておらず、生き生きと感銘を与えるのは、健全な具体的な友人との友情や家族愛や思いやりや義侠心と結びついているからなのだと思う。

        日本の現在においては、とかく愛国心や国民国家という言葉が、排外主義や差別と結びついて語られることがしばしばであることからすれば、クオレの登場人物たちはむしろ真逆で、日本における排外主義や差別を義侠心から正そうとする側の方であることは確かだし、そうであればこそ健全でかつ感銘深いのだと思う。

        そして、何よりこの本を読んでいてびっくりしたのは、このクオレの後半の中に、なんと『母をたずねて三千里』の物語があることである。
        クオレはいろんな物語が集まってできている本なのだけれど、なんと母をたずねて三千里はその中の一部だったのか。
        というわけで、クオレは、全部ではないとしても、少なくともその一部分は、日本人の多くが知っている物語だったということに、あらためて感銘を受けた。

        また時折読み直したい、良い本だった。
        子どもの時に全部読んでいたらなぁと思ったが、最初の方だけでも読んでいたため、どこかしら、私はクオレに出てくるような、国民国家や義侠心みたいなものが、心のどこかにずっと理想としてあったような気がする。
        そして、それは、善い方向で、昇華し、あたためていきたいことのように思う。
        今の日本では、馬鹿げた愛国教育などより、クオレをこそしっかり読んだ方が良いのかもしれない。
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        2013/11/19 by atsushi

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      神を見た犬

      関口英子 , BuzzatiDino

      4.0
      いいね!
      • 幻想と現実とが交錯した世界での登場人物の恐怖感や不条理を描いた二十二篇の短編集。
        言い知れぬ恐怖から逃れられない、救われない結末の話は気持ち悪さは残るものの、読み始めから最後まで次が気になって一気に読めてしまった。 >> 続きを読む

        2013/07/27 by freaks004

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      おじいちゃんの桜の木

      NanettiAngela , BalbussoAnna , 長野徹 , BalbussoElena

      3.0
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      • 小学生の頃、読書感想文のために読みました。

        主人公(小学生)の田舎のおばあさんが死んでしまったところから話は始まります。

        人は死んだらどうなるのか、生まれ変わって戻ってくるんじゃないか?そんなことを残されたおじいさんにきき、主人公は悩みます。
        のちにおじいさんも亡くなり、主人公はある行動にでるのですが…そこも見所です。

        この本のいいところは、家族の在り方や大切な人の死に対してどう思うのかというのを少年視点からまっすぐ見つめているところだと思います。
        何かに悩んでいるときなどに読むと童心に帰れていいかもしれません。
        >> 続きを読む

        2015/05/22 by かめこ

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      デカメロン

      BoccaccioGiovanni , 柏熊達生

      4.0
      いいね!
      • ▶「BOOK」データベースより

        教会でたまたま落ち合った男3人、女7人が、毎日1人1話ずつ10日間話した100篇の物語。
        中世の終末と近代の人間解放を告げる最初の作品の一つといわれる。
        上巻では精力絶倫の修道士が自分の不行跡に修道院長を引きずり込んで罪をのがれる話、恋多き女が修道院を舞台に巧みに思いをとげる話など、人間本能を哄笑の対象として描く。
        >> 続きを読む

        2018/05/24 by rikugyo33

    • 1人が本棚登録しています
      薔薇の名前〈下〉

      ウンベルト エーコ

      4.0
      いいね!
      • 既に手元にない(図書館に返却してしまった)ので記憶を頼りにしたレビューというか感想となりますことをお伝えしておきます。

        非常に面白かったです!
        下巻巻末には訳者解説がついていたのですが、河島さんって、パヴェーゼの訳もされた方なんですね。イタリア文学の翻訳の方なのか。

        ミステリとしても、歴史小説としても楽しめました。相変わらず中世ヨーロッパの情勢が良くわからなくて、教皇と皇帝がいるとか、ヨハネスとか親しげに名前呼びされても、彼がどっちだかわからないですよ…(ヨハネスは教皇でした)

        異端審問の場面がお気に入りでした。あのベルナールとかいういけ好かないやつ、権力を笠に着て弱きものをいたぶり楽しむサディストですが、人間って愚かだなぁって思いますね。探偵役のウィリアムも、僧院長も厨房係も、それぞれ欠点はあって、しっかりと描写されているところがいい。
        特に人の弱さや愚かさを容赦なく書いています。そこがいい。キリスト教的にいえば、迷える仔羊を導く立場であるはずの修道士たちも仔羊の一匹でしかないというところでしょうか。うーん。

        ちなみに作品の舞台は14世紀なので、ルターさんはまだ生まれていないんですね。プロテスタントはまだ存在しない時代。大変だったんだろうなぁ…

        翻訳がまた良くて、ちょくちょく出てくる大仰な言い回し(倒置法を用いた、「○○だ、××であるからして」というような口調)が修道院っぽくて良かったです。

        薔薇の名前については解説本とか論文もいろいろ出ているようなので、それらを読むのも楽しめそうだなと思います。いずれ読んでみたいです。
        >> 続きを読む

        2016/03/21 by ワルツ

    • 5人が本棚登録しています
      インド夜想曲

      TabucchiAntonio , 須賀敦子

      5.0
      いいね!
      •  二、三年まえの雑誌『ユリイカ』に、わたしをウキウキさせる特集があった。アントニオ・タブッキの特集である。殊に、作家の堀江敏幸さんと、タブッキの翻訳も手掛ける和田忠彦さんの対談がおもしろく、それを読むあいだに多くの記憶が甦ってきた。
         わたしが最初に読んだ堀江作品は『熊の敷石』で、堀江さんはこの作品で芥川賞を受賞した。『熊の敷石』を読んでいるとき、わたしはタブッキの匂いを感じていた。もちろん、堀江さんは、わたしが名も知らぬフランスの小説を多く読んでいるはずなので、堀江さんとタブッキを結びつけることは性急にすぎた。しかし、この『インド夜想曲』と『熊の敷石』はじつに通い合うものがあるのだ。その謎がこの対談ですこし明らかになった。
         タブッキを読むとき、いや大抵の小説を読むときにいえることだが、あまり初読をあてにしてはいけない。たぶんナボコフの言葉にこんなのがあった。
         「小説を読むことはできない。小説は再読されるものだ」
        初読ではどうしても筋を追う読み方になるし、すぐれた小説の見るべきところは、いかんせん恥ずかしがり屋で、それを味わうためには再読が必要なのだろう。タブッキもそれを要求する。
         『インド夜想曲』も初読の段階では、インドを巡る幻想めいた冒険という印象を受ける。が、筋を忘れない程度に時間をあけてまた読むと、かなり違った読書体験になると思う。用意された容器に神秘的な水が注がれるように、タブッキの世界を味わうことができる。登場人物たちのやりとりや、たくさん出てくるホテルの情景に魅了される。幸い、この小説は短い。150ページだ。気になった人は是非、タブッキの本を手に取ってほしい。
        >> 続きを読む

        2015/02/18 by 素頓狂

      • コメント 1件
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      インド夜想曲

      TabucchiAntonio , 須賀敦子

      4.0
      いいね!
      •  友達を探す「僕」が、インドで幻想に触れる12夜。

         著者はフェルナンド・ペソアに影響を受けたということですが、ペソアを読んで、その流れで本書を読んだことが非常に良かったと思います。

        「私は成長しない。旅をするのだ」

        「旅をするには存在するだけで十分だ。〜想像すれば、私には見える。わざわざ旅などして、それ以上なにをするというのか。感じるために移動しなければならないのは、想像力が極端に脆弱な人だけだろう」

        「人生とは、私たちが造り上げたなにかだ。どんな旅も、旅人たち自身だ。私たちが見るものは、見られたものではなく、私たち自身でできているのだ」
        (全て『不穏の書、断章』より抜粋)

         これこれ! 多分こういうことが込められてるんだ! とペソアの言葉と照らし合わせて、興奮しました。その考えが合っているかはわかりませんが、きっと何かしら影響された部分はあるのでしょう。(……あると思いたい。タブッキさんに共感できたと思いたい)

         物語が進むにつれ、その幻想感は強くなるのですが、インドが元々持っている幻想的なイメージによって「インドならきっとこういう感じなのだろう」と、むしろ現実味が増しました。ラストは物語の全てが幻想の中に飛ばされるような締めです。結果、私の感覚は、現実と幻想のどちらとも言えないところに着地しました。
        「この不思議なところはなんなんだ?」
        「あ、これがインドか!」
         と、こんな具合です。自分でもしっくりきていないところはあります。でも、きっとそれでいい作品なのだと思います。

         旅先の夜に読めば至高ですね。
        >> 続きを読む

        2015/06/06 by あさ・くら

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      冬の夜ひとりの旅人が (イタリア叢書 1)

      イタロ・カルヴィーノ

      4.0
      いいね!
      • 【まさに、カルヴィーノっぽい】
         あなたは「冬の夜一人の旅人が」という本を手に取り読み始めたところだ。
         数ページ読み進んだところ乱丁に気がつく。
         どうやら途中から別の物語のページに差し変わっているようだ。
         乱丁っていう奴ですよね。

         興が乗ってきたのにとがっかりしたあなたはその本を購入した書店に行き交換を申し出る。
         書店主は「またですか。どうやら「「マルボルクの住居の外で」という本と製本がごっちゃになった版があるようなんです」と言い、ちゃんとした「旅人」と取り替えましょうと申し出てくれます。

         しかし待てよとあなたは考える。
         面白くなってきた小説というのは「旅人」じゃなくて「住居の外で」の方だということにならないか?
         あなたはちゃんとした「住居の外で」と交換してもらって家に戻る。
         そして再度読み始めるのだが、数ページするとまたもや違う小説のページが始まっているではないか。
         あなたはまたまた書店に赴き……。

         結局、私達は、どの物語も最後まで読むことはできないのですね。
         そんなのつまらないと思いますか?
         そう思ったあなたこそ、是非この作品を読んでみてください。
         絶対に引き込まれると思います。

         まったく、カルヴィーノは、こういうことを平気でやるからなぁ。
         そんなところが大好きでもあるんですけれど。
        >> 続きを読む

        2019/05/30 by ef177

    • 1人が本棚登録しています
      ピノキオの冒険

      InnocentiRoberto , CollodiCarlo , 金原瑞人

      5.0
      いいね!
      • ピノキオは、たぶん誰もが一応は知っているはずの有名な童話。

        しかし、この本を読んで、私はこんなにも波乱万丈で深遠な物語だとこの年になってはじめて知った。

        読みながら、性懲りもなくまたラクなことや怠けに傾き、再三痛い目にあっていくピノキオを見て、なんだか自分によく似ている気がして、なんとも慚愧させられる。。

        子どもの頃に、もっとしっかりとピノキオの物語をしっかり知っていれば、もっと良い大人になれたろうか。

        しっかり働き、人に頼らず、怠けない人間になるべきことを、妖精やゼペットじいさんやコオロギが、何度となく、ピノキオに教え諭すところも面白かった。

        最後には、クジラの腹の中から勇気を持ってピノキオがゼペットじいさんを救い出し、かつ自分で働いて稼いだお金を困っている人のために惜しげもなく使うことで、人間になって、めでたし、めでたし、で終わる。

        ただ、それまでの波乱万丈なストーリーが、これほど生き生きと、また深いものとは、ぜんぜん知らなかった。

        また、この絵本は、ロベルト・インノチェンティの絵が本当に素晴らしかった。

        大人でも真っ向から読まないとなかなか読破できない重厚な絵本。
        すごい絵本である。
        >> 続きを読む

        2012/12/24 by atsushi

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