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カテゴリー"その他のスラヴ文学"の書籍一覧

      存在の耐えられない軽さ

      千野栄一 , KunderaMilan

      4.5
      いいね!
      • --ただ偶然だけが我々に話しかける・・・必然性ではなしに、偶然性に不思議な力が満ち満ちているのである--


        名著だなあと
        しみじみ感じます。

        もう4~5回目のように思います。
        ふとまた読みたくなってしまう不思議な魅力を持つ本。
        何度読んでも、味わい深い。。。

        題名もさることながら、章のタイトルがまた良い。
        第一部 軽さと重さ
        第二部 心と身体
        第三部 理解されなかったことば
        第四部 心と身体
        第五部 軽さと重さ
        ・・・

        今日は、理解されなかったことば、について。

        お互いを理解しあうためのツールとして存在するのが言葉
        そのはずなのに、言葉そのものが理解のすれ違いを作り出す皮肉
        言葉を紡ぎ合うよりも、ただ抱きしめ合っていた方が心が繋がれるのではないかと。


        35年生きて、色んな出会いと別れがあって、子どもへのまなざしを持つようになって
        最近はしみじみ思います。

        言葉にできない、ということは、全く大したことではないのだなあと。


        つい、
        言葉にできない=考えが無い、考えが弱い、
        とか
        言葉にしない=理解しあう気が無い、理解し合えない、
        とか、思ってしまっていました。

        特に20代、東京時代は、とみにそうだったように振り返ります。


        言葉など無くても、
        好きな人と、同じ風景を見ながら、ただただぼーっと横に座る
        泣き散らす我が子を、ただただぎゅーっと抱きしめる

        そんなことで、心はとても繋がるように思います。


        重さと軽さのいずれが良いか、
        筆者はこの問いを投げ続けますが、
        しかし筆者が繰り返し揺り戻して語るように、
        重さとは軽さの集合体たりえ、軽さとは重さへの連続たりえると。
        両者がお互いを包含する、二匹の蛇のような関係でしかなく、
        もしかしたらこの問いは単なる言葉遊びに過ぎないのかも知れないと。

        重さを求めたテレザが軽さの大切さに気づき
        軽さを求めたトマーシュが重さの価値を認める
        お互いがその気持ちに至れたのは、テレザとトマーシュが、物理的に寄り添って生きた先で、と描かれる結末。

        言葉以上に大切な、人と人との肉体的な距離間、
        これを、心と身体という表現で描いた作品

        そんな風にも読めるかなと、
        今回は感じました。
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        2017/08/18 by フッフール

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      ソラリスの陽のもとに (ハヤカワ文庫 SF 237)

      スタニスワフ・レム

      3.7
      いいね!
      • 【薔薇と真珠の海】
         もしも、二度と会えない人、二度と会わないと決めた人が、あなたの心の奥底に眠っていた人が、あなたの目の前に現れたらどうしますか?

         本作は、スタニスワフ・レム作のSFの古典的名作です。
         それは、時に、難解、哲学的と評されることもある作品ですが、決して読みにくい作品ではありません。

         惑星ソラリス。
         その地表の大部分は「海」に覆われていました。
         「海」と言っても、地球の海のように青い海ではなく、赤く、時に薔薇色や真珠色に輝く不思議な「海」でした。

         ソラリスの研究が進むに連れて、その「海」は液体ではなく、粘着性のあるゼリーの様な物質からできていることが分かります。
         さらに研究が進んで、その「海」は生物であり、知性を備えているという考え方が主流になってきます。
         そう。まるで惑星ソラリスを覆い尽くす脳のようなものだと。

         ソラリスの「海」の上空400メートルの地点には、人類のソラリスを観測するためのステーションが浮遊していました。
         ステーションには現在3人の科学者がおり、日々ソラリスの観測、研究を続けていました。
         そこへ地球から4人目の科学者であるケルビンがやって来たのです。

         ケルビンがステーションに到着してみると、一目で何か異変があったことに気付きます。
         本来なら忙しく働いているはずのロボットの姿は見えず、資材も乱雑に散らかされたままになっています。
         スナウト教授を見つけたので事情を聞いたのですが、酔っているのかまともに答えてはくれません。
         そして、ケルビンと知己のギバリャン教授は、今朝方亡くなったと言うのです。
         何故?
         詳しい説明は一切拒まれてしまいます。

         一体何が起きているんだ?
         その後、ケルビンは、ステーション内にいるはずのない黒人女性とすれ違います。
         一体誰なんだ?

         そして、ケルビンのもとにも、一人の女性が訪れます。
         それは、かつてケルビンが愛した女性でしたが、ケルビンがひどい仕打ちをしたため、自殺してしまった女性なのでした。
         君は……一体誰なんだ?

         その後、スナウト教授から、「君のところにもお客が来たかい?」と尋ねられます。
         どうやら、スナウト教授のところにも、もう一人のサルトリウス教授のところにも「お客」が来ているようなのです。
         「どうして説明してくれなかったんだ!」と迫るケルビンに対して、「そんなこと話したって、自分の目で見るまで信じやしなかっただろう!」と言い返すスナウト。
         これは間違いなく「海」がやっていることと思われますが、一体何のために?

         レムは、この作品を書いた意図について、大要以下のように説明しています。
         それは、人類と異星人とのコンタクトを描いたSFは沢山書かれているが、概ね3つのスタイルに集約されるように思われる。
         その3つとは、①人類と異星人が共生する、共生はできず戦いになり②人類が勝利する、③異星人が勝利する。
         しかし、必ずしもその3つのパターンになるとは思われない。
         人類と異星人が互いに共通の理解が可能であればそうかもしれないが、お互いの思惑、思考、意図が全く食い違っていたとしたら果たしてそうなるだろうか?
         その場合には、3つのパターンでは描けないコンタクトだってあるのだ、と。

         本作は、1961年に書かれた古い作品ですが、今でこそそれほど目新しいテーマではないものの、当時としては画期的な作品だったことが推察されます。
         もちろん、登場するギミックは古びてはいますが、でも、作品のコアなところは、今でも古くさくもないし、陳腐でもないと思いますよ。
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        2019/07/30 by ef177

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      長い長いお医者さんの話

      CapekKarel , 中野好夫

      3.0
      いいね!
      • いぬいとみこさんの「ながいながいペンギンの話」のタイトルが
        「長い長いお医者さんの話」からとられたというエピソードを知り、
        子供のころに読んで両方とも好きだったことを思い出しました。
        当時から、そっくりなタイトルだなあとは思っていたのですが、
        本が書かれる背景なんて、子どもの興味を惹くものではなかったんですね。

        それで、この度再読してみました。

        ほぼ全編ホラ話。そういえばそうだったっけ。こどもって、ホラ話が好きなんですよね。
        起承転結なんかなくてもお話しそのものが面白ければいい。

        だからお話しの方はもう全然覚えていなかったけれども。
        現実世界へのアイロニーは、官吏が不親切で不調法だなどの当てこすりなどが
        時々チラリと出てきますが、おおむね楽しいお話しに徹していると言ってよいでしょう。

        魔法使い、妖精、王様と王女様、木こり、御者、おまわりさん、
        なかでもカッパの登場にはびっくり。
        チェコスロバキアにもカッパがいて、彼らはきちんとお仕事もしています。
        チェコの温泉はカッパが汲み上げているらしいですよ。(^^)


        「長い長いお医者さんの話」  ヘイショヴィナ山に住む魔法使いのマジャーシュは、
         ある日ノドに梅の種を詰まらせてしまって、お医者さんを呼びますが…

        「郵便屋さんの話」  夜中の郵便局では郵便局員の妖精が現れてお仕事をしているんです。
          彼らは封書を開けなくても中身を知ることができるのです。

        「カッパの話」  チェコのカッパはすごいんですよ。
          洪水を起したり止めたり、温泉を汲み上げたり!

        「小鳥と天使のたまごの話」 にわとり以外の鳥がなぜ空を飛べるようになったのか?

        「長い長いおまわりさんの話」  町を巡回するお巡りさんはいろいろな事件に出会います。
          ある時、お巡りさんが拾った卵から生まれたのはなんと9つの頭をもったヒドラの赤ちゃんでした。 
          トゥルティナさんは、ヒドラを引き取り、アミナと名付けて可愛がりますが、
          口うるさい世間がそれを許そうとしません。
          窮地に立たされたトゥルティナさんは?!

        「犬と妖精の話」  粉屋で働く犬のヴォジーシェク君。 ある時置いてけぼりにあい、一人でおうちにかえるハメになりました。
         森を通りぬけようとしたとき、犬の妖精たちに出会い、
         犬の妖精の長老の面白い話に心を奪われます。
         
         なんと犬のお願いを聞いて、神様が、犬以外の動物の骨を集めさせて作ったのが人間なんですって。
         だから人間にはあらゆる動物の特徴が混ざっています。
         ただ一つ犬の「忠実さ」だけを除いて。

        「宿なしルンペンくんの話」  無欲で正直者のルンペンくん。見知らぬ人からカバンを預かったら…
          大金を盗んだ罪で死刑を求刑されてしまいます!

        「山賊の話」  残虐非道の山賊の親玉が自分の愛息に教育をあたえたところ…
          オチが気の毒です。適材適所って大事ですね。

        「王女さまと小ネコの話」  王女さまのところに届けられた謎の生き物とは?
          おばあさんが謎かけをしたその動物は、皇太后の夢のお告げでも重大なカギを握っていることがわかりました。 
          ところがある日このネコが連れ去られ、その男(どうらやら魔法使い)を探し出すために探偵が動員されます。
          この事件と探偵たちの失敗を知りアメリカの名高い探偵シドニー・ホール君が、ついに立ち上がります。
          世界一周をする、という彼の計略とはいったい?

        「訳者のことば」 
          イギリス文学の翻訳で有名な中野好夫氏のは言葉のチョイスも渋いです。
          お子様ことばを使わずに漢字も多様せず、それでいて語彙が増えるようなそんな言葉使いを選んでおり、巧い翻訳だと思います。

        「チャペック童話に学ぶ」  
         「おうさまシリーズ」の寺村輝夫さんは童話の描き方をチャペックから学んだと語っています。
          確かに「ぼくは王さま」のほら吹き加減とか、影響があったといえばその通りかも。

        挿絵はヨセフ・チャペック、カレルのお兄さんです。
        ヘタウマの元祖のような子供っぽく、愉快な絵です。
        悲しいことにヨゼフはナチスドイツの強制収容所で命を落としました。

        カレルチャペックは、チェコスロバキアの国民的作家です。
        第一次大戦と第二次大戦の間の時代に、鋭い時代認識に巧みなユーモアを織り交ぜた幅広いジャンルでに活躍した作家です。
        ヒトラーとナチズムを痛烈に批判し危険人物と目されていたといいます。

        実は私がカレル・チャペックという名前を意識したのはこの本の作家としてではなくて、
        「カレルチャペック紅茶店」の店名からでした。
        この時のチャペックは「園芸家」の顔をしていました。

        童話や園芸のような暖かな顔のほかに辛い時代に生きた純粋な魂の作家の横顔を知って、
        彼の物語を読む目線も変わるでしょう。

        しかし、この童話は純粋に楽しくお読みください。
        子どもの本ですから。
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        2013/10/08 by 月うさぎ

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      クォヴァディス ネロの時代の物語

      木村彰一 , SienkiewiczHenryk

      4.0
      いいね!
      • 【ゆるゆると幕を開けるローマの物語】
         時は、ローマの絶対皇帝、暴君ネロの治世。
         ローマの軍団将校であるウィニキウスは、戦いを終えてローマに戻って来ました。
         彼は、戦傷を癒すために逗留していた老将軍アウルスの家でリギアという娘に出会い、一目惚れしてしまったのです。
         それはもう身を焦がすような想いで、どうあってもリギアを我が物にしたいという一念に取り憑かれてしまいました。

         ウィニキウスは、知恵者として名高く、ネロの覚えもめでたい叔父のペトロニウスにリギアに対する思いを打ち明け、何とか力になって欲しいと相談を持ちかけたのでした。
         ペトロニウスも甥っ子を可愛く思っていたこともあり、ここは一肌脱いでやることとし、ウィニキウスには安心して待っていろと言うと密かに手を回したのでした。

         その後、ウィニキウスがアウルスの家を訪れたところ、何と、リギアが皇帝の命により宮殿に連れ去られたというのです。
         リギアは、そもそもローマの周辺蛮族であるリギ族の王女でした。
         リギ族が蛮族同士の戦いに臨んだ際、その戦火がローマに広がらないことの保障として、リギアが人質としてローマの将軍に預けられたのです。
         その後、リギアの身柄は老将軍アウルスに委ねられたのですが、アウルスもリギアを実の娘のように可愛がり、リギアも幸せに暮らしていたのです。

         ところが、ネロは突然アウルスの家に百人隊長を送り、「これまでリギアの面倒を見てもらって苦労をかけたが、これ以上負担をかけるわけにはいかない。そもそもリギアはローマ帝国に差し出された人質なのだから皇帝直々に庇護するのが筋である」などという都合の良い口実をつけてリギアを連れ去ったというのですね。

         これを聞いて怒り心頭に達したウィニキウス(短気なのですよ)は、「約束が違う!」と激怒してペトロニウスの家に怒鳴り込んだのです。
         しかし、これはすべてペトロニウスの策略だったのですね。
         ペトロニウスは、先ほどのような口実を設けてリギアをアウルスの家から連れ出し、一旦は宮殿に置いた後、翌日には囲い者としてウィニキウスに与えることをネロに約束させていたのでした。
         今夜の宴会にはリギアも出席することになっているから、その隣にお前も座れとペトロニウスに諭され、ウィニキウスは天にも昇る気持ちになったのでした。

         さて、その夜の宴会でウィニキウスはリギアの隣に席を占め、熱烈に口説き始めたのです。
         実はリギアも美貌の将校であるウィニキウスに惹かれるところもあり、ウィニキウスが真摯にその想いを語っている内はその熱意にもほだされかかっていたのですが、酒が回って来るにつれてウィニキウスは単なる酔っ払いの助平おやじと化してしまったのです。
         強引にリギアの唇を奪おうとするなどしたため、リギアの熱は一気に醒めてしまいます。
         まあ、当時のローマ貴族にとってはそんなのは当たり前のことだったのでしょうけれど。
         しかも、悪いことに、自分とペトロニウスの計略によりリギアをアウルスの家から連れ出したこと、明日の夜には自分の家に来ることになっていることなどをペラペラとしゃべってしまうのです。

         事の真相を知ったリギアは、ウィニキウスにすっかり愛想を尽かしてしまい、王宮に伴った巨漢の配下の手助けによって宴席から抜け出してしまったのです。
         そしてその夜、リギアは決意したのです。
         このままではあの嫌らしいウィニキウスの囲い者にされてしまう、そんな目に遭うのなら逃げてやると。

         王宮でリギアの面倒を見ていたアクテ(かつてネロの寵愛を受けた女性です)は、リギアに対してもっと冷静になりなさいと諭します。
         もし、リギアが逃亡してもすぐに見つけ出されてしまうでしょうし、逃げてしまえば間違いなくアウルスが疑われ、アウルス一家は皇帝によって滅ぼされてしまうでしょうと言うのです。
         それならとにかくウィニキウスの下へ行き、自分を正妻に娶ることを要求しなさい、そうすれば堂々とアウルスと会うこともできるし裕福な生活も保障されるじゃないですかと。

         アクテの言うことはごもっともなのですが、リギアは聞く耳を持ちません。
         実は、リギアはキリスト教に帰依しており、その教えのこともあり、ローマの放蕩貴族のような生活は耐えられないとも考えていたのです。
         キリスト教は徐々にローマにも浸透し始めてはいたものの、まだよく知られていませんでした。
         何だか分からない淫祠邪教ではないかと誤解もされていたのです。
         しかし、ローマにも着実に信者を増やしていたので、リギアはキリスト教徒達に頼めば自分を救い出してくれるだろうと考えたのです。
         その後、貧しい生活を送らなければならなくなっても神への信仰に生きる分には何ほどの苦労だろうかというのですね。
         そして、その計略通り、翌夜、ウィニキウスの家に送られる途中でキリスト教徒達により奪還されたのでした。

         怒り狂ったのはウィニキウスです。
         ペトロニウスにも責任の一端はあるとしてその協力を求め、配下の奴隷を要所要所に張り付けてリギアがローマ市内から脱出できないようにし、ローマ中をくまなく探すのですがどうしてもリギアを見つけることができずにいました。
         そんなところへ姿を現したのはギリシャ人の自称哲学者と名乗るキロンという胡散臭い老人でした。
         キロンはリギアを探し出して見せると豪語し、高額の報酬を要求するのでした。

         こんな感じで幕を開ける本作は、全3巻という大作で、上巻(約350ページ)では、ウィニキウスがキロンの助けを得てリギアを見つけ出し、強引に奪い返そうとするところまでが描かれます。
         この先まだまだ長いですね~。
         全体の展開がまだ見えないので何とも言えないのですが、気持ちゆっくりとしたスタートのように感じました。

         沢山の人物の名前があちこちで出てきますので、ちょっと面倒かなとも感じますが、でも主要な登場人物はそれほど多くはないので、色んな人の名前が出てきてもさらっと流して読んでしまっても概ね大丈夫です。
         この作品は、某書評サイトで『徹夜小説』と激賞されていたので読み始めたのですが、さて、この先どうなりますか。
         随時レビューしていく予定ですので、よろしくおつきあい願います。
        >> 続きを読む

        2019/10/09 by ef177

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      クオ・ワディス〈中〉

      木村彰一 , SienkiewiczHenryk

      4.0
      いいね!

      • 【「火を消す奴は殺すぞ!」/ローマは燃えているか?】
         キリスト教徒であるリギアに心を奪われたローマ軍団将校ウィニキウスは、狡猾な自称哲学者というキロンの手を借りて遂にリギアの居所を突き止めました。
         ウィニキウスは力ずくでリギアを奪おうとしたのですが、その企みはキリスト教徒達によって阻止されて失敗し、ウィニキウスも負傷してしまいます。

         もはやここまでと観念したウィニキウスは自分を殺すように言うのですが、キリスト教徒達はウィニキウスに赦しを与え、その傷の手当てをしてくれたのです。
         ウィニキウスは、リギアを見つけたキリスト教徒達の集会で聞いた使徒ペテロの説教を思い出し、不思議な思いにかられます。

         その後、ウィニキウスは徐々にキリスト教の教えに惹かれていき、もはや今までのローマの愉しみなど何の価値もないと思うまでに至りました。
         リギアも、信仰を持ち始めたウィニキウスに心を許し、もともと好ましく思ってもいたものですから、その気持ちを愛にまで高めていったのでした。

         ウィニキウスは、これまで自分が力によってリギアを奪おうとしたことは誤りであると気付き、リギアを尊び、崇拝し、愛することを心から誓うようになり、リギアもその思いに応えたのです。
         そして二人の思いは使徒ペテロにも祝福され、ウィニキウスは皇帝のアンティウムへの旅行の随行から戻ったら洗礼を受け、正式にリギアを妻に娶ることを誓いました。

         一方のネロですが、芸術を愛したことは史実のようですが、本作ではそれは滑稽な独りよがりと描かれます。
         もっとも誰もネロに対してそんなことを言うことはできないのですが。
         そして、ネロは、「自分はトロイアのように都市が燃え滅びるのを見たことがないからすばらしい詩作ができないのだ」と嘆くのです。
         そんなネロに対して、側近のティゲリヌスは密かに耳打ちをするのでした。

         ネロがアンティウムに滞在していた夜、急使が駆け込んで来ました。
         「ローマが燃えています!」と。
         ネロは、「今すぐ出発すればその火事を見物するのに間に合うだろうか?」などと言う始末。
         そして、悲劇役者を呼び入れ、火事を見る際にはどのような嘆きのポーズを取れば良いかを相談し始めるのでした。

         火事の知らせを受けたウィニキウスは、ローマにいるリギアを救出すべく馬を疾走させました。
         しかし、ローマから逃げてくる群集に押し戻されなかなか近づくことができません。
         ようやくリギアが身を寄せていた家にたどり着いたものの、そこには既に誰もいませんでした。
         煙と炎にまかれながらかろうじて逃げ出すウィニキウスですが、意識も薄れていき遂に倒れてしまいます。
         そんなウィニキウスを助けてくれたのはキリスト教徒達でした。
         そして、ウィニキウスをリギアやペテロのもとに連れて行ってくれたのです。

         ウィニキウスは、リギアやペテロ一行に対して、自分の領地に避難して欲しいと申し出ました。
         そこには他のキリスト教徒達にも来てもらい、自分の領地をキリスト教の国にすれば良いと言ったのです。
         しかし、ペテロは、ローマで苦しんでいる人々がいるのに自分たちだけが逃げることはできないとこの申し出を断りました。
         ウィニキウスは、ここに至り己の心の狭さを思い知らされ、ペテロの言葉に従いました。
         この時、ペテロはウィニキウスに洗礼を施し、ウィニキウスは正式にキリスト教徒となったのでした。

         さて、大火事が収まったローマは悲惨な状態になっていました。
         市街の大部分が焼き払われ、略奪、暴虐の限りが尽くされ、人々は飢え、苦しんでいました。
         人々の話では火をつけて回った者達がいたというのです。
         火を消そうとすると「これは命令だ。火を消す奴は殺すぞ!」と剣をふるわれたと言うのですね。
         ネロが火を放った……。

         ローマに戻ってきたネロ達も市民達の不穏な空気を感じ取っていました。
         このままでは叛乱が起きる、殺されると。
         ネロは、キロンとティゲリヌスの言を容れ、火を放ったのはキリスト教徒であると己の罪をなすりつけることにし、キリスト教徒の捕縛を命じたのです。

         さて、中巻に入り、史実に名高いローマ大火災が描かれました。
         実際にネロが火をつけたとまでは史実上認められているわけではないようですが、幾多の物語でそのように語られていますよね。
         そして、歴史上、ネロがローマ大火災の責任をキリスト教徒になすりつけて弾圧したことは事実のようです。

         本作は、そんな歴史をなぞりながら、ウィニキウスとリギアの愛を描いていくわけですね。
         あぁ、ウィニキウスは信仰に目覚め、洗礼を受けて正式にキリスト教徒になったばかりだというのに、今度は弾圧が待っているというのでしょうか?

         下巻を読了したら引き続きレビューいたします。
        >> 続きを読む

        2019/10/10 by ef177

    • 2人が本棚登録しています
      クォ ヴァディス ネロの時代の物語

      木村彰一 , SienkiewiczHenryk

      4.0
      いいね!
      • 【本を読む時の予備知識などについて】
         クオ・ワディス、全3巻読了しました。
         下巻は、ローマ大火災の後のネロによるキリスト教徒迫害と、その中でのリギアとウィニキウスの絶望的とも思える愛の行方が描かれていきます。
         そこでは、敬虔なキリスト教徒として目覚めるウィニキウスと、キリスト教の力を認めつつも最後までキリスト教への帰依を拒否し、己の信じる快楽と美に殉ずる道を選ぶペトロニウスとの対比が際だって来るように思われました。

         そう、この作品、主人公はウィニキウスなのでしょうけれど、時としてウィニキウスは単純過ぎるように感じる部分もあり、ペトロニウスの存在はかなり重要です。
         むしろ、ペトロニウスの生き様に共感する読者も多いのではないでしょうか。

         読了してみて、読み応え十分の作品と感じました。
         そして、これは歴史小説なのだと再認識した次第です。

         本を読み始める時、それがどんな本なのか、ある程度の知識を持って読み始めることが多いと思います。
         その方が、おそらくその本に向かい合う姿勢というか、どういう心構えで向き合うかという自分の心の準備ができるでしょうから、望ましいことが多いように思えます。

         もちろん、『予備知識』の程度は様々で、内容をかなり詳しく承知した上で読み始める場合もあれば、SFとかミステリという風にジャンル程度を認識した上で読み始める場合もあるでしょう。
         時には、「これ面白かったよ」というオススメの言葉程度しか知らずに読み始めるという場合もあると思います。

         どういうケースが理想的なのかということについては一概には言えないとは思うのですが、本作に関して言えば、少なくともローマを舞台にした歴史小説なのだという程度の予備知識は持って読み始めた方が楽しめますし、おそらく読みやすいと思われます。

         私も、ある程度のことはブックレビューによって承知はしていたつもりだったのですが、いざ読み始めた時にはそんなことはすっかり抜けていて、かなり白紙の状態で読み始めてしまったため、「さて、これはどういうお話なのだろうか。どういうスタンスで対峙したら良いのだろうか。」と上巻位までは手探りに近い状態で読み進めてしまいました。

         フィクションの部分もありますが、一応歴史的事実を下敷きにしている歴史小説なのだと承知して読み始める方が良かったと、読了後思いました。
         私は歴史小説にはそれほど造詣は深くないのですが、例えば佐藤賢一さんの作品のように、史実をベースにしつつも、作者一流の解釈を加え、エンターテイメントとしても楽しめる作品に近いような読後感を感じたのが本作でした。

         キリスト教を軸にしており、その賛美的な部分もかなりのヴォリュームを占めますが、そこはそれ、そういうお話なのだと割り切ってお読みになればそれほど鼻につくこともないのではないでしょうか。
         素直に読めば感動的な美しいと思える場面も見つかると思います。

         私がそういう読み方をしたせいかもしれませんが、巻を追うに連れて読みやすくなり、またのめりこみ易くなりましたし、評価も上がっていったように感じました。
         それはきっと、この作品はこういう作品なんだという割り切りというか、心構えが自分の中で確立したからではないかと思うのですね。
         だったら最初からそういう作品だと知って読めばもっと早くから入り込み易かったかなともったいなくも感じた次第です。

         というわけで、上巻、中巻の私のレビューは粗筋中心に書かせて頂きましたが、そこである程度のこの作品が描く舞台、世界を把握して頂き、この下巻のレビューを参考にして読み始めて頂けたら、割と入りやすくならないかなと思い、ややこれまでとは異なるスタイルでレビューを書かせて頂きました。

         良い作品だったと思います。
         大作ですが、興味を持たれた方は、ご自身でお読みになられても損はないと思います。
        >> 続きを読む

        2019/10/11 by ef177

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      コルチャック先生 子どもの権利条約の父

      BogackiTomek , 柳田邦男

      5.0
      いいね!
      • コルチャック先生の生涯を描いた絵本。

        絵もすばらしかったし、柳田邦男さんの翻訳もとても良かった。

        多くの人に読んで欲しい、素晴らしい絵本の一冊。

        コルチャック先生の魂が受け継がれていく世界であって欲しいと思う。
        >> 続きを読む

        2012/12/21 by atsushi

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      別れのワルツ

      西永良成 , KunderaMilan

      5.0
      いいね!
      • あいかわらず一般受けしそうにない本を読んでいる今日この頃です(-_-;)
        ところで、先日、ミラン・クンデラさんの「不滅」を投稿したことをふと思いだし、これだけはレビューしておいたほうがいいかもしれないと思い書いてみました。

        ご存じのとおり、「存在の耐えられない軽さ」と「不滅」は、クンデラの代表作として世界的にも有名です。ちなみに、「不滅」までの長編作品をみると、初作「冗談」、「生は彼方に」、「別れのワルツ」、「笑いと忘却の書」、「存在の耐えらない軽さ」、「不滅」となっていて、その後もいくつかの長編が続いています。

        クンデラ作品はどれをとっても同じパターンの描き方はありません。彼の本のページをめくるとき、私はいつもプレゼントの包みをあけるような高揚感を覚えます。この作品を開いて驚いたのは、いたってオーソドックスな描き方、そして、あらためてクンデラはなんと素晴らしいストーリーテラーであることか。
        テーマは一貫していて(キーワードも他の作品に比べて多くない)、時系列どおりにすすみ、舞台も固定され、時空の混在もなく、大変リーダブルな作品に仕上がっているのに、クンデラ独自の思弁がきれいに織り込まれて思索に富み、しかも軽やかなのです♫

        ***
        不妊症に効くとされる温泉保養地。祖国を捨てて亡命を決意したヤクブは、友人らに永遠の別れを告げるためこの地を訪れます。遠い昔、友人のDrスクレタが処方した自殺のための毒薬を未だに持ち歩くヤクブ。ちょうどそのころ、温泉保養施設で働いていた看護師ルージェナは懐妊し、その事実を高名なトランペット奏者に告げると、彼は甘い言葉を囁きながら中絶を迫るためにこの地を訪れます。ヤクブの持っていた毒薬の行方は? 果たして彼は亡命できるのか? サスペンス的要素も取り込みながら、8人の男女が織りなしていく切ない愛の物語です。

        この作品では、クンデラの他の作品に通奏低音のように流れているピリッとした、ときに胸苦しくなるような歴史の緊張感というものが希薄です(作品が冗漫でふにゃふにゃしているという意味ではありません)。そのため、どこか遠く懐かしい、郷愁を誘う作品に仕上がっています。きっとノスタルジックな心持ちでクンデラは書いているのだろうな~と思える作品です。

        クンデラ作品群を貫く精神性があるとすれば、人はどこからきてどこへ行くのか? 世界化した現代の実存や「生」の模索という宇宙的命題。抒情性を回避して詩作ではない散文でしか表現することのできない芸術美の探求、その結果はほとんど神業です。
        どちらか一方に秀でた作品は数多くあれど、深遠な精神性の発露と芸術性の昇華をともにみる作り手というのは、そうお目にかかれるものではありません。まさに鬼才だと感じます。

        お節介ながら、クンデラ作品に触れてみたいけど、何から読んでいいのかよくわからない…と躊躇している方の一助になれば幸いです。この「別れのワルツ」をお薦めし、もし興味が湧くようであれば、青春作品「冗談」⇒「生は彼方に」。このあたりからクンデラ独特の小説手法の萌芽が見られ、次の「笑いと忘却の書」で、時空を超えたポリフォニー的試作にチャレンジしています(ゲーテやボッカッチョやペトラルカなどを登場させて遊んでいます♪)。それらの手ごたえを経た上で、「存在の耐えられない軽さ」や「不滅」に昇華させています。

        ところで、先日、クンデラが書いた評論本を読んでみると、彼曰く、「別れのワルツ」は、愛着を覚えていて、書いていて楽しく嬉しいもので、他の小説とは違った心理状態で、出来上がりも早かった……(「小説の精神」より)。
        やはり、このような著者の感覚というのは、書物を通して読者にも伝わるものですね。
        興味のある方は、ぜひどうぞ(^^♪
        >> 続きを読む

        2016/03/29 by アテナイエ

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      ありのフェルダ

      関沢明子 , SekoraOndřej

      4.0
      いいね!
      • (図書館から借りて読む)この本の主人公ありのフェルダはたくましくて仲間から信頼され、物語の途中で罪人扱いにされてもめげずに頑張る姿に心を撃たれました。私もありのフェルダみたいに心強く生きてみたいとつくづく感じました。 >> 続きを読む

        2013/01/07 by xy-562244

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      あまりにも騒がしい孤独

      ボフミル・フラバル

      5.0
      いいね! Tukiwami

      • 20世紀を代表する作家のひとりで、チェコの国民的な作家でもあるボフミル・フラバルの「あまりにも騒がしい孤独」を、じっくりと味わいながら読み終えました。

        この作品の主人公は35年間、水圧プレスで故紙や本を潰してきた「僕」。

        毎日トラックで運ばれてくる故紙の中から好きな思想家や作家の著作を抜き出して読んできたので、心ならず教養が身についてしまった主人公のアパートには、そんな本が三トン以上もあり、いずれ本に押し潰されて死ぬんじゃないかと怯えているんですね。

        水圧プレスが発する騒音と駆除しても増えていくネズミたち、イエスや老子や死者が現われる白昼夢。
        そうした"あまりにも騒がしい孤独"の中、読書とビールの救けを借りて、終わりのない単調な肉体労働をこなす「僕」は、ゼウスの怒りをかって運んでも運んでも落ちてしまう、岩を山頂に上げ続ける罰を科せられたシーシュポスのようです。

        でも、シーシュポスは、岩を運び続けることで運命を投げ出さない姿勢を示し、神への復讐を遂げているという、カミュが「シーシュポスの神話」の中で述べた解釈に従えば、言論の自由が弾圧された1970年代のチェコにあって絶望から免れている「僕」は、小さな英雄だと私は思うのです。

        そして、この小さな英雄は、仕事をしながらいろんなことを思い出します。
        酒場のトイレに入った時、「ほとんど床板の穴にまで達した糞便のピラミッド」に長いリボンと髪飾りをつけてしまったせいで「クソまみれのマンチャ」と呼ばれるようになってしまった初恋の少女のこと。

        下水掃除人をさせられていた二人の元科学アカデミー会員のこと。
        そして、ある日、忽然と姿を消したジプシー娘のこと。

        孤独をかこっている主人公に、かつては愛する女性がいて、その彼女は「馬肉サラミ入りジャガイモのグラーシュを作り、炉に薪をくべ、秋には天空に凧を掲げる以上のことは、本当に望まなかった」のにナチスによって、強制収容所に連れて行かれてしまったのです。

        この「僕」と彼女が凧揚げを楽しむシーンの美しさは、この小説の白眉だと言えると思う。

        物語の終盤、主人公は自分が使っているプレス機よりも巨大で効率のいい機械の出現におののき、仕事を奪われ、深刻なアイデンティティ・クライシスに見舞われます。

        そんな彼を救うのは-------。

        自由化運動「プラハの春」の夢が、ソ連の軍事介入によって潰え、非人間的な社会主義体制下におかれた時代背景を用いながら、単なる告発小説には堕さず、不条理なあまりほとんどSFとも思えるようなストーリーに、苦いユーモアと節度ある感傷を織り込んで、ボフミル・フラバルは、とても個性的な小説を完成させていると思います。

        >> 続きを読む

        2019/02/27 by dreamer

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