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1954年9月発行の書籍

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      無常という事 (角川文庫)

      小林 秀雄

      5.0
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      • "小林秀雄の独創性に満ち溢れた比喩と逆説を駆使した「無常という事」の中の優れた「徒然草」論"

        小林秀雄の文学評論は、独創性に満ち溢れ、その表現は難解だが、特殊な発想と表現力を持ち、その内容は密度が細やかで深さがあり、彼の数々の評論によって、初めて文学となりえたと思います。

        本来、文章というものには、それを書いた人の個性が自ずからにじみ出て来るもので、昔から、"文は人なり"と良く言われているように、人それぞれに個性があり、その個性があるという事は、当然の事ながら、それぞれの考え方が違うという事です。そして、それぞれの考え方が違うという事は、また、その考えの表現の仕方も違うという事です。

        歴史に名を残す作家や評論家は、また特別に個性の強い人たちだと思います。個性が強いという事、その強い個性をそのまま激しく外へ表現していったという事で名をなしたとも言えます。そのように個性の強烈な人たちは、また、その文章表現にも、それぞれの個性を強く打ち出す事になるのだと思います。

        小林秀雄の評論の特徴として、優れた比喩と共に、絶妙ともいえる逆説(パラドックス)を駆使し、評論という形を借りて、自己表現を行っていて、ここにおいて評論というものもまた、立派な文学になりうるという事を世に知らしめたと思います。

        この評論文を読む面白さというのは、知的な刺激を受ける事はもちろんですが、それ以外にも、例えば、小林秀雄のような個性的な文章表現に接する事により、著者である、その人そのものと対面して話を一対一で、じっくりと聴いている喜びがあり、その人の思想、思索の過程が直接こちらに伝わって来る親密さが感じられます。

        小林秀雄の作品には、「近代絵画」「様々なる意匠」「考えるヒント」などの数多くの優れた作品がありますが、今回、私が読了して、これぞまさしく小林秀雄の評論の神髄だと感じたのは、「無常という事」の中の「徒然草」に関する評論部分です。

        『「徒然(つれづれ)なるままに、日ぐらし、すずりに向ひて、心にうつり行くよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」徒然草の名はこの有名な書き出しから、後人の思いついたものとするのが通説だが、どうもこの思いつきはうますぎたようである。兼好のにがい心が、洒落た名まえのうしろに隠れた。一片の洒落もずいぶんいろいろなものを隠す。一枚の木の葉も、月を隠すにたりるようなものか。今さら、名まえの事なぞいってもはじまらぬが、徒然草という文章を、遠近法をあやまらずにながめるのは、思いのほかの難事であるゆえんに留意するのはよいことだと思う。』

        彼の文章は一読すると難解な言い廻しだなと感じますが、二読三読すると、実はまことに理路整然とした、きっちりと筋の通った、計算されつくした文章であるのに気づきます。これこそが、まさしく世に名文と評価の高い、小林評論の神髄だなと思います。

        冒頭の吉田兼好の「徒然草」の初めの有名な文章は、"手持ちぶさたの所在のなさにまかせて、一日中、硯に向かって、心中に去来するつまらない事をなんという事もなく書き綴っていると、自分でもわけのわからぬ程に心が狂おしく感じられる"、という内容の文章ですが、後世の人がこの本をまとめた時にこの文中にある「つれづれ」という語をとって、「徒然草」という題名を思いついたというのが、一般に通用している説だと、まず、小林秀雄は言っています。

        そして、その後で、この思いつきについて、彼は、彼一流の皮肉を込めた言い廻しで、『どうもこの思いつきはうますぎたようである。兼好のにがい心が、洒落た名まえのうしろに隠れた。一片の洒落もずいぶんいろいろなものを隠す。一枚の木の葉も、月を隠すにたりるようなものか』

        ここで、彼は、世間一般では、この「徒然草」という書名から、この本は、作者の吉田兼好が、退屈さをそれで紛らすため、退屈さを失くすため、自分の心を慰めるために書いた本だというように誤解されていると論じ、そして、兼好の苦しみ、悩みに満ちた心が、後世の人に理解されず、「徒然草」といった、洒落た、ある意味、気取った本の題名のために隠されて見えなくなってしまったと言っているのです。

        つまり、吉田兼好には兼好としての、あの時代の苦悩、慟哭などを一身に集めたようなつらい心というものがあって、そして、「徒然草」と後人に名を付けられた文集を書いたのだが、この「徒然草」という題名が、いかにも遊び半分、慰み半分に書いた文章のような印象を世間の人々に与えてしまったために、本当に兼好が言いたかった心の叫びが伝えられなくなってしまったと続け、『一枚の木の葉も、月を隠すにたりるようなものか』と彼一流の比喩で、"一枚の木の葉は小さいものだけど、大空に煌々と輝く月に比べたら微小な一枚の木の葉にすぎない。しかし、この微小な木の葉も、目の前に当てると、あの巨大な月も見えなくなってしまうものだと論じています。

        この卑俗極まる「徒然草」という一片の題名が、"深遠な思想や苦悩"を秘めたこの「徒然草」と兼好の思想を矮小化してしまっていると断じているのです。

        また、『遠近法をあやまらずにながめる』と言っているのも、個性的で特殊な表現になっていると思います。遠近法というのは、もちろん絵画の面の言葉で、ある視点から物を眺めて、その距離感を写し出す事を言うのですが、兼好が、「徒然草」の中で、なにげなく書き流したり、あるいは、とぼけたかたちで書いてみたり、あるいは、わざと世をすねた言い方をしていたりという表面上の表現に惑わされずに、兼好が本当に言わんとした裏の裏まで、その"真意を探り、洞察し、深読みする事"が、この"遠近法をあやまらずに眺める"という事なのだと言っているのです。

        小林の文章は、続けて次のようになります。
        『「つれづれ」ということばは、平安時代の詩人らが好んだことばの一つであったが、だれも兼好のように辛らつな意味を、このことばに見つけ出した者はなかった。かれ以後もない。「徒然わぶる人はいかなる心ならむ、紛るる方なく、ただひとりあるのみこそよけれ」兼好にとって徒然とは「紛るる方なく、ただひとりある」幸福ならびに不幸をいうのである。「徒然わぶる人」は徒然を知らない、やがてなにかで紛れるだろうから。やがて「惑ひの上に酔ひ、酔ひの中に夢をなす」だろうから。兼好は、徒然なるままに、徒然草を書いたのであって、徒然わぶるままに書いたのではないのだから、書いたところでかれの心が紛れたわけではない。紛れるどころか、目がさえかえって、いよいよ物が見えすぎ、物がわかりすぎるつらさを「あゆしうこそものぐるほしけれ」といったのである。このことばは、書いた文章を自ら評したとも、書いて行く自分の心持ちを形容したとも取れるが、かれのような文章の達人では、どちらにしても同じことだ。』

        「徒然」という言葉に兼好のように、辛辣な意味を見つけ出した者は、それ以前にも以後にもなく、通常、世間一般では、単調な生活の中から生まれる所在なさの事と考えて、無為なもの、プラスにならないもの、生きる甲斐のないものが、「徒然」だと思っていますが、兼好は「徒然」をもっと積極的な意味として解釈していたのだろうと小林は、推測しています。

        つまり、「徒然」である事は、単なる退屈とは全然、別のもので、心が空しくなって、目が冴えてきて、なんでも物の真理とか道理がわかってしまうという意味に兼好は解釈していたと、独自の見解を示しています。

        そして、『徒然わぶる人はいかなる心ならむ、紛るる方なく、ただひとりあるのみこそよけれ』と兼好が書いている一節について、小林は、"徒然なのを、いやなものに考える、つらい事として考える人があるが、それはいったいどんな気持ちなのだろうか。心が紛らされるようなものがなく、退屈を紛らすようなものもなくて、ただひとり、孤独でいるのが一番いいのだ"と解釈しています。

        兼好は、心が冴えていて、何もする事のない状態にあり、それにまかせて「徒然草」を書いたのであって、別に退屈でそれを失くしてしまうために書いたのではなかったから、書いたところで彼の心が、紛れたわけではないと論を進め、人にじゃまされず、心は孤独で澄み渡っていたので、紛れるどころか、物を見る目はいよいよ冴えて、よく見通す事が出来、なんでもわからないものはないというように、物事の底まで真理が見えすぎて、わかりすぎる、そこから来る"心のつらさ"が、「あやしうこそものぐるほしけれ」であったと解釈しています。

        ここにきて、この「無常という事」の中の「徒然草」論というのは、小林秀雄自身が評論というものを書く際の、覚悟について、吉田兼好の「徒然草」に仮託して、自分自身を表現し、"評論とは自己表現であり、また立派な文学たりうる"という事、そして、その鋭い感性から"評論とは他を批評する事によって、自己をも批評するという内容の文学性"を、彼一流の比喩と逆説を駆使して、極めて理性的な文章で宣言しているのです。
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        2016/04/25 by dreamer

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