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1960年9月発行の書籍

人気の作品

      眠狂四郎無頼控 (1) (新潮文庫)

      柴田 錬三郎

      4.5
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      • 柴田錬三郎が「眠狂四郎無頼控」の第一話「雛の首」を週刊新潮に発表したのは、1956年。
        何のためらいもなく女を凌辱して平然としている狂四郎のインモラルは、時代小説の主人公としては衝撃的に斬新だったと思われる。

        折からの週刊誌ブームにあって、サラリーマンが通勤途上などで読みやすい一話読み切り形式の中に、趣向を凝らしたハードボイルド・タッチのチャンバラとエロティシズムをふんだんに盛り込んだ同作は、百話まで続く大人気作となり、柴田錬三郎を一躍"剣豪小説作家"として有名にしたんですね。

        以後、著者の「百話で、渠を死なせるつもりであった。こういう人物が、そんなに長く生きられる筈はないのである」という思惑に反して、シリーズは続篇三十話を経て、「眠狂四郎独歩行」「眠狂四郎殺法帖」「眠狂四郎孤剣五十三次」「眠狂四郎虚無日記」「眠狂四郎無情控」「眠狂四郎異端状」と続き、眠狂四郎の名は著者の柴田錬三郎以上に有名になっていく。

        そして、その異常とも言える人気の一翼を担ったのが、1963年から市川雷蔵主演による映画化だろう。
        「眠狂四郎殺法帖」から1969年の「眠狂四郎悪女狩り」まで全12本を数える人気シリーズとなり、市川雷蔵にとっても一世一代の当たり役であると同時に、眠狂四郎のイメージをこれ以上ないほど決定づけたと思う。

        十一代将軍・徳川家斉の治世。時の老中・水野越前守忠邦の上屋敷に一人の賊が侵入し、忠邦が寵愛する女中・美保代を凌辱する。
        さらに現われた主に向かって、自分の代わりに将軍家より拝領した雛人形の首を刎ねるよう迫った。

        賊の正体は素浪人・眠狂四郎。側頭役・武部仙十郎に依頼され、忠邦の政敵である老中筆頭・水野出羽守忠成一派が放った女間者を追放すべく打った芝居であった。
        雛人形の首を刎ねさせたのも、忠邦に幕政改革に向けて腹を括らせるための方便であった。

        だが、忠成一派もただ手をこまねいてはいなかった。
        刎ねられた雛の首を忠邦の叛心の証として将軍に提示すべく、それを懐に呑んだ眠狂四郎から奪わんとして、次々と刺客を送ってくる。

        襲い来る隠密や剣客に対して、眠狂四郎が振るうのは異形の剣---円月殺法。
        下段に構えた剣の切っ先を、左から大きく円を描くように回していくと、それを見る相手の意識は次第に吸い込まれ、完全な円を描くまで持ち堪えることなく両断される。

        これこそは、転び伴天連に凌辱された母から生まれ、寺に幽閉される少年時代を送った眠狂四郎が、自らの"虚無"を剣に、そして相手に転化することで編み出した恐るべき剣技だったのだ。

        複雑に絡み合う権力抗争の渦中にあって、何ものにも縛られない眠狂四郎は、ただ気の赴くままに漂う先々で、ある時は実父である悪魔崇拝者の黒ミサを阻止し、またある時は、公儀御庭番や甲賀忍者群と死闘を展開する。

        剣は"武士の魂"などではなく、人を斬るための"道具"に過ぎないと割り切り、女を凌辱することにも何のためらいもない無頼の眠狂四郎だが、母に似た面影を持つ美保代にだけは、心中密かな愛情を抱いているのだった。

        中里介山の「大菩薩峠」の机龍之介に端を発するニヒリストの剣客の系譜に連なる眠狂四郎は、先人たちがそれぞれ当時の社会と、それに相対する作家との緊張関係から生み出されたように、柴田錬三郎の戦争体験をその根に持っていると思われます。

        昭和20年、乗り組んでいた輸送船が南方のバシー海峡において撃沈され、戦友たちが次々と死んでいくのを見ながら、7時間にわたって漂流した末に、奇跡的に救出された柴田錬三郎は、その強烈な体験を心理的に「全く空白」であって、「言葉で埋めることは、不可能」だと語っている。

        ここで、眠狂四郎が円月殺法を編み出したのが、乗っていた船が難破して流れ着いた瀬戸内の小島においてであったことを思い起こせば、自らの裡にある"虚無"を剣技によって相手に転化し、一刀両断する円月殺法は、文学青年であった柴田錬三郎が「なんのために、こんなくらしをつづけているんだろう」と嘆じつつもなお、エンターテインメントにおいて揮うアクロバティックな手並みと重なり合う。

        実際この「眠狂四郎」が秀逸なのは、こうした"虚無"を理屈や感傷ではなく、ハードボイルド・タッチのエンターテインメントとして"昇華"している点にあると思う。

        武士道とも正義とも無縁の眠狂四郎は、ただその時々の気まぐれで敵を斬り、女を凌辱する。
        彼にとって、その揮う剣は精神性の欠片もない実用であり、女を凌辱するのも趣向に過ぎない。

        著者は、まさしくその"趣向"を凝らすことに毎回、精魂を傾けている。
        肉体的でアクロバティックな剣戟と、過剰にサディスティックなエロス。
        そして、敵味方入り乱れる伝奇的な筋立て。

        その無類の面白さと、それによって埋められない眠狂四郎の"虚無感"は、今なお今日性を保って、我々と呼応し合う魅力を放ち続けていると思う。


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        2019/02/20 by dreamer

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