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1968年7月発行の書籍

人気の作品

      午後の曳航

      三島由紀夫

      新潮社
      カテゴリー:小説、物語
      3.7
      いいね! cocodemer Tukiwami
      • 高遠な哲学を披瀝する13歳の少年たちにとって、セカイとはそれすなわち虚であり、それに迎合しきって、ただ生きているから生きているといったような存在となっている「父」というモノは、全く悪辣極まる存在であった。そして、栄光や死との聯関を保ちながら生きていたことで、そんな少年たちの一員である登から確かな憧れを抱かれていたにも関わらず、自らその立場を放擲し、この世で一番わるい存在である「父」となることを選択した船乗り、竜二は、初めから「父」であった存在よりも、もっとわるい存在として認識されるコトとなった。だから、竜二はもう救えない。罰を与えるコトこそが彼のためになることなのだと、彼らは確信するコトとなった。
        全くひどい逆恨みもあったモノである。セカイの真実を見抜いたつもりでいる彼らは、感情を抑制する訓練をする一方で、前述のような憎悪の念を常に抱き、勝手に憧憬し、勝手に失望し、「制裁」も行なっているわけであるが、およそ自己撞着とも言える状況を生み出している彼らの目指しているところのセカイとは一体なんであるのか。その答えは「彼らの理想とするセカイを、理想の姿のまま維持し続けるコト」に他ならないだろう。それは、彼らが成長を腐敗と同義と考えていることや、前半部分で彼らの思う完璧なセカイが構築されていて、後半部分でそれの崩壊、そして再構築を図る様子が描かれているという二部構成からも容易に想像できる。刹那の快楽に向けた貪婪な欲求の表れである。畢竟、彼らは時が過ぎ何より忌み嫌うオトナに、ひいては「父」になるコトを恐れ、あえて対極の行動を取ることにより、せめてそのことを考えないよう努めているに過ぎないのだろう。
        彼らはたしかに世の中の本質を見抜いているのかもしれないが、そんな世の当事者とはなっていなかった。
        >> 続きを読む

        2018/08/03 by しずみ

      • コメント 1件
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      ティファニーで朝食を

      カポーティ

      新潮社
      カテゴリー:小説、物語
      1.0
      いいね!
      • 今回村上春樹氏の新訳版と自分が持っている既読の文庫版を読み比べてみました。
        「ティファニー」に関しては文章も読みやすく村上訳のほうが良いです。
        部分的にはお互いにそれそれ良い部分があり一概に甲乙つけるべきではないかもしれませんが。
        この旧版には、二つの重大な誤りがあったからです。

        一つはホリーの知恵おくれと思われる兄弟のこと。
        滝口訳ではこれが「弟」になっていて、私も今までずっとそう信じていたのですが、
        実は「兄」だったんですね。
        彼女が14歳で家を出る時、フレッドが3年間も8学級(the eighth grade :8年生。日本の中学2年にあたる)
        にいたというホリーの言葉から明らかです。
        he'd been in the eighth grade three years when I ran away.

        日本語のままでも間違いに気づくべきなのに、新潮社の人が気付かないままというのもおかしな話です。

        ホリーの顔を間近で初めて見るシーン。
        her eyes had an assessing squint, like a jeweler's.
        They wewe large eyes, a little blue, a little green, dotted with bits bo brown: varicolored, like her hair;

        彼女の目は宝石屋さんの眼のように、それとわかる程度に斜視だったからだ。
        それは大粒の眼で、少し青く、少し緑色をおび、あちこちに茶色がまじっていた。つまり髪の毛と同じく、雑色だったのである。(瀧口訳)

        彼女の目は、宝石鑑定士みたいにぎゅっとすぼめた目で、探るようにこっちを見ていたからだ。
        瞳は大きく、いくぶん青く、いくぶん緑で、いくぶん茶色だった。髪と同じようにあちこち色が混じっている。(村上訳)

        ホリーが斜視?!実は完全な美人じゃないのか?!ってびっくりしたんですよね。

        squintという単語のせいです。
        1.目を細くしてみること  2.斜視の やぶにらみの
        瀧口氏はこれを2の意味で取ったのです。
        でも、物語の全体を考えて、これはとても不適切な訳だと思いませんか?
        ホリーのキャラクターが大きく変わってくるとても重要な過ちだと思うのですが。

        原文を確認できていないのですが、ホリーと私の親しくなるきっかけのシーンでも
        瀧口氏は、バスルームから逃げ出してきたホリーがフランネルの「ワンピース」だけを身に着けていたと訳していましたが、
        村上訳では「バスローブ」です。
        ここも「?」と感じていた点だったので、村上訳で納得でした。

        ホセの手紙の中で「私には扶養すべき妻子があり」とあってびっくり。
        ブラジル外交官が結婚詐欺か重婚ですか?
        村上訳では「守らなくてはならない家名」でした。(_ _|||) は~。

        このようにストーリーの流れを追えば不自然なはずの言葉があちこちにあって、
        単語の意味の選び違いが多々あるためのように見受けられます。

        作家の翻訳の良さというのは、本人が小説を書くことを熟知していることでしょう。
        漠然と英語を訳すと気付かない不自然な行動や記述について、
        作家の感性があれば、間違いをあまり犯さないものなのかもしれません。

        And you looked so cozy. Like my brother Fred.
        ところがあんたときたらぬくぬくと気持よさそうに見えたでしょ。
        まるで弟のフレッドみたいだったわ。(滝口訳)

        あなたはずいぶんあったかそうなひとに見えたから。兄のフレッドみたいにね。(村上訳)

        こんなところにも違いがでますよね。


        他収録作品3篇 全て形は異なる愛の物語でした。

        「わが家は花盛り」 恋に堕ちた女のお話し。この翻訳は春樹さんよりも上手い。
          「あたい」「おら」という主語が気にならなければ。

        「ダイヤのギター」 刑務所で出会った二人の男。若者は老人に生きるということを思い出させました。

        「クリスマスの思い出」 作者の幼少期の思い出が背景。
          哀しいけれど貧しいけれど美しい思い出。それは何にも替えがたい宝です。


        【勝手にキャスティング】
        今回、カポーティが映画化に際し、マリリン・モンローを望んでいたという話を知り、
        既知、未知のマリリンをイメージしてみようと努めてみたのですが…
        結果、ムリ! 
        マリリンが断ったわけです。全然あわないもの。
        というよりも、これは彼女のやりたい役じゃないでしょう。
        カポーティが片思いだったわけだよ。彼女を理解していないもの。(≧∇≦)ノ彡☆バンバン!

        じゃあ、誰がいいかっていうと。

        オードリーでは、ないですよ。あれは別のホリーです。
        生き方を変えてハッピーエンドを掴み取った賢い?女です。

        私のお薦めは  ミア・ファロー! 

        人様のブログ記事ですが。写真がいいのでご紹介。
        http://ameblo.jp/snapmee/entry-10832026736.html

        ショートカットで痩せていて蠱惑的で妖精みたい。
        あばずれの子猫みたいにも見えるけど、清潔で上品。
        とてもセンシティブな危うい魅力の持ち主です。

        彼女は「華麗なるギャツビー」が代表作ですが、
        こっちに出た方がよかったんじゃないかと思います。
        もちろん原作のままのエンディングならね。ってことですが。
        >> 続きを読む

        2013/10/18 by 月うさぎ

      • コメント 18件
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      だるまちゃんとかみなりちゃん

      加古里子

      福音館書店
      3.0
      いいね!
      • だるまなんかかわいくないからちっとも好きじゃなかった。
        なのにこの話はすごく好きだった。
        それは「かみなりのくに」がすごく魅力的だから。
        かみなりこうえんのプールで遊び、かみなりちゃんのおうちを訪ねて町を見物。

        天上にあるかみなりの国はオール電化
        (しかもこれって自然エネルギーですよね)

        雲の自動車は空を自由に飛び、町にも家庭内にもハイテクなモノがあふれている。
        モノレール、エスカレーター、自動配膳装置…

        なによりもその国のみんなはやけに楽しげで明るい顔をしていた。
        大家族はとても仲がよさそうだ。


        初版は1968年。
        1960年代の日本は高度経済成長の夢の真っただ中
        一般家庭にようやくカラーテレビが普及し始めたころ。

        あるいは文化と文明が幸せなカップルでいられた時代だったのかもしれない。
        しかし多くの物があって当たり前になった今見ても、人々の笑顔はやはりまぶしい。
        第一、一番うらやましい雲の自動車はいまだ実現していない。(^^)

        驚くべきことですが、21世紀になったというのに、
        この本はあいかわらず子供の心をとりこにしているらしい。


        笑えるのはすべての物の形が2つの角をもったまるい形でできていること
        プールや浮き輪の形はもちろん、時計、信号機のライト、
        椅子・テーブル、カップやお皿、テレビのブラウン管モニターまで鬼マーク。
        かこさんの細部にこだわったイラストをじっくりみてほしい。
        絵の中にどれだけの鬼マークがあるか、探すのはとても楽しい。
        ぜひ親子で指さしながら遊んでもらいたい。

        おみやげにお菓子をもらっておうちにかえっただるまちゃん。
        お菓子の形も箱の形も鬼の顔の形
        なんか、そのクッキーがやけにおいしそうに思えて。
        それがすご~く幼い私の記憶に残っているのでした。

        *おまんじゅう説もあるみたい。でも、たぶんクッキーだと思う。
        かみなりちゃんの国は外国をイメージしたものだそうだから。
        時代的に、だるまちゃん=日本、かみなりちゃん=アメリカ だったりするんでしょうね。
        >> 続きを読む

        2012/08/06 by 月うさぎ

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