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1968年12月発行の書籍

人気の作品

      他人の顔

      安部 公房

      新潮社
      カテゴリー:小説、物語
      4.4
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      • やられましたねー。
        久々の安部公房、ただ単に仮面を被って他人になりきる話と勘違いしてたおかげで、どんどんと深く落ちていきました。
        仮面というのは実は歴史上ずっと人々のすごく身近にあり、どの文化圏にもある、という意味で人間に共通する内面的な特徴、欲望や恐怖や美なんかの、普遍的なものを表してると思うんですね。
        ずっと前に東京で仮面の展示を見たくらいから、なぜ人はここまで仮面にこだわるのか、という疑問がずっとありました。
        大英博物館にぶらりと行っても仮面ばかり探して。
        で、その答えは、この本にありました。

        化学実験事故で顔の表面を失った主人公は自分は世間に人間として認められないことに苦しむのだけれど、本当に耐えられない苦しみは妻からの拒否だった。
        それはあからさまな嫌悪でなく、顔を失ったという重大な変化を無視しようとする、もしくは軽視しようとする拒否。
        あまりにも淡々とした、普段の生活の匂いがまとわりつく妻の優しさと、凛として日常で有り続けようとする強さ。
        世間や妻と人間関係上の通路を失った彼は、他人の顔の仮面の下で、何に対し怒り嫉妬し妬み恨むのか。
        それは結局は他人に向かった感情ではなく、無力のくせに姑息な仮面づくりという無駄な行為に没頭しいい気になってる自分自身に向かったものだった。
        何度か、社会的に差別される側に自分を並べているのが面白い。
        ここで出てくるのは、黒人や朝鮮人のように自分は不当な扱いを受けている、でも彼らは苦しみや怒りを分かち合う仲間がいる、私にはいない、ということ。
        見た目の差別の根本を突いているとも言えるのでは。
        黄色人種というのは、白人や黒人といった黄色でない人が現れて初めてできる概念で、元々あるものではない、そんなもので人間自体は異ならないはずなのに、
        でも、やはり顔の色なのだ、結局人種とは、人間とは、そして個人とは、顔の表面数ミリのレベルの問題でしかないんだ!と悟り、自分の仮面づくりの行為を正当化したり貶したりを繰り返すうちに…
        とうとう真実にたどり着くんですね。
        そうだ、私はただの性欲に飢えた痴漢にすぎず、それを歪めて仮面なぞ姑息な真似をしているだけなんだと。
        それを自己防衛するために記録に残すという自慰的な無駄な実態のない悪あがきをしているだけなんだと。
        そこにたどり着いてしまった虚しさ、そして、最後に迎えた衝撃的なもう一つの告白、と思っていると、最後の最後に、極度の虚しさを超えるために、想像を果てしなく超えたところまで堕落してしまう…
        妻への告白ノートという形で書かれているので、ある程度時間の流れに沿って話は進むけれど、途中で備考が入ったり、夜中の妄想に執拗にこだわり、ただの空想なのに実際の行動よりも詳しく説明されていたり。
        それはまるで先の見えない悪夢のようなストーリー展開。
        こちらは、早く仮面を被って奥さんに会いに行きなよ、と思ってるのに、主人公は「きっとこうやって出くわしてやる、そうだ、そしてこうやって、こういう風に、でもお前はなぜこういう反応なのだ」と妄想の中で興奮し嫉妬し落胆する。
        実際に会ってしまうと表現は短くなり、妄想という安全地帯から行動という危険地帯に投げ出された主人公は(ノートの割合上は)結構あっさりと怖気づく。
        やはりこの小説の面白いのは妄想とそこから生まれる嫉妬、しかも自分が仮面を通じて妄想の中で産んだ嫉妬の、それこそ蛭の巣のような彼の本来の顔の表面のようなネチネチとした感じであり、
        もう奥さんに会おうが会わまいがどうでもいいんじゃないかという位に思える。
        ちょうど、フロイトの夢の分析がそうであるように、無意識というもう自分ではコントロールできないひねくり曲がった欲望のように、妻の愛情という本来の目的よりも、そこにたどり着くまでの工程や苦悩に重点を置き、マゾヒスティックな欲望から悦びを得る。
        そう、主人公のノートが終わるまでは。
        彼の告白ノートが終わると今度はネチネチ妄想もあれだけ苦しんだ行動も、一瞬にして破壊するもう一つの告白が現れ、読んでるこちらも絶望的になってくる。
        まさか、狩人が獲物になるとは。
        主人公の馬鹿みたいに精密に仮面制作作業に没頭した真面目さと、
        自らの偏った性欲を認めたほどの正直さと、
        痴漢になってまでも妻と繋がっていようとする愛情と、
        全てが完全に無駄だったとは…
        そしてその絶望のどん底から這い上がる主人公がやっと、起こした行動は、一度してしまうともう二度とこちら側へ戻れない危険な行動であり、
        この決意と行動によって、やっとこの小説は無事に完結する。
        彼の、無意識の欲望と有意識の目的がやっと一つになり、コソコソとノートに綴る必要も意味もなくなる、完結。
        仮面とは被る人間の無意識への切符のようなもので、仮面は他人に変身するための道具ではない。
        自分自身の欲求不満の八つ当たりのために仮面を利用し、かぶっている自分のそういう湿ったパワーに酔う。
        それで世間はとりあえずは侮れる。
        でも、仮面を被っても、痴漢になっても、欲望をむき出しにしても、
        結局、有意識の目的の達成が無意識の欲望の達成にはならない悲しい事実ゆえ、読者が自己嫌悪に陥るくらいに後味の悪い小説です。
        >> 続きを読む

        2018/01/12 by 赤パン

    • 他2人がレビュー登録、 8人が本棚登録しています
      太陽の戦士

      ローズマリ・サトクリフ

      岩波書店
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
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      • 再読。

        キリスト降誕前九百年頃、青銅器時代の
        イングランドの丘陵地帯に住む部族の少年ドレムの成長譚です。

        特筆すべきは主人公ドレムの
        “片腕が萎えている”と表現されている
        障害を克服する過程が
        非常にしっかりと描かれていることです。

        これは著者自身も二歳の時から関節炎に悩まされ
        立居が不自由であったため
        学校教育は九歳から十四歳までの短い間だけで
        終わってしまい、
        後は独学で
        主に読書によって教養と知識を身に付け
        細密画画家になり
        (将来を嘱望されていたようですが)
        作家に転身したという事実と
        大きく印象が重なります。

        “冷静なときには、ドレムにもこの腕のつかえないことがもちろんよくわかっていた。

        しかし、それはたいして重要なことには思えなかった。

        ドレムはものを口にくわえたり、
        ひざにはさんでもつことができたから
        右手が使えなくてもべつに不便は感じなかった。

        だから今までのはほんの一瞬でも、よもやこの腕が、
        自分と戦士の緋色との間に立ちふさがって、
        じゃまをすることになろうとは思ったこともなかったのだ。”
        (P28)

        九歳にしてその部族の中での
        一人前の戦士=一人前の男として扱われる可能性が
        無いに等しいと祖父の心ない一言で知らされた彼の苦悩。

        そして、さまよう様に林の中で迷い込み
        知り合う猟人(かりうど)タロアの言葉。

        「もし、事が戦うのにふさわしいことなら、戦え。
        そして、じいさんのいうことなんてききながしておきな。
        道はある――まわり道もあれば、ぬける道もあるし、
        こえていく道もな。

        弓を射るのに二本の手がなければ、
        投げ槍を練習しろ。

        おまえがしかたなしにそれをえらんだってことを、
        敵のやつらや、兄きたちが忘れまうほどうまくなるんだ。」
        (P47)

        その言葉により、奮起していく様や
        重要な友達でもある猟犬ノドシロとの出会い。
        初めての狩り。

        そして、“わかものの家”と呼ばれるいわば合宿所に
        部族の少年たちは集められ
        武器や猟人としての技術を
        族長のお膝元で三年間
        部族の戦士として教育されていく。

        そこでの少年たちとの諍い。

        「やあい。やあい、片手のドレム!片手のドレム!」

        ドレムにできるただひとつのことは戦うことだった。
        必要とあれば戦い、それから倒れるのだ。
        ドレムには、勝つみこみはとうていありそうもなかった。
        しかしそれがどうだというのだ。

        「一本腕だってなぐれることをみせてやる!」

        ドレムはじぶんが戦っているのは、部族のなかに
        じぶんの場所を得るためだということを知っていた。

        この戦いにはドレムの一生がかかっている
        ――生きるにふさわしい人生になるかどうかの別れ目なのだ。</span>
        (P129~P131)

        今以上に過酷な環境(集団)の中で
        いかにして自分の居場所を見つけるのか。

        誰かに与えられるのではなく
        得るためには戦わなければならない。

        それを著者は痛いほどよく知っているのです。

        ドレムはじぶんの世界を知っていた。
        それはきびしい世界で、
        いちばん弱い犬めがけて、
        群れの全部がかかってくるような世界なのだ。

        そういう世界では、
        あわれみをこうても意味ないし
        また与えられることもなかった。
        (P173)

        ただ、そんな中でも彼は孤独ではありません。
        育まれる友情もしっかりあります。

        そして
        はたして
        最終の通過儀礼“オオカミ殺し”に成功するのか。

        彼が望んでやまない
        一人前の戦士の証しである“緋色の衣”を
        手にすることができるのか。


        主のストーリーがもの凄く魅力的でありながら
        “鉄の短剣”という新しい技術が話の中に
        しっかりと登場しており
        青銅の時代の終わりをひそかに暗示しているあたりも
        本当に巧いです。
        >> 続きを読む

        2013/07/18 by きみやす

      • コメント 5件
    • 2人が本棚登録しています
      パルムの僧院

      スタンダール

      岩波書店
      カテゴリー:小説、物語
      3.0
      いいね!
      • 初スタンダール作品
        テンポに最初はつんのめりそうになったが
        少年が一歩一歩進み
        時に立ち止まり、振り返り戻ってもみる
        ナポレオンに憧れ突っ走った少年の
        少し人とは異なる日々
        >> 続きを読む

        2018/12/09 by kotori

    • 4人が本棚登録しています
      河童

      芥川龍之介

      新潮社
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      • ディレッタント作家の悪意のかたまり(「河童」は著者と交流のあった作家たちをモデルにしている)と、ディレッタント作家が阿呆に気づき、「現実」の地肌に触れるその質感を描き出している。 >> 続きを読む

        2015/10/14 by aaa

    • 7人が本棚登録しています

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