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常盤 新平
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旺文社文庫も廃刊になって久しい。リサイクル書店で見掛けると、 取りあえず購入してしまうのが、旺文社文庫と現代教養文庫なの である。 本書もリサイクル書店で迷わずに購入した。だって、雑誌「ニュー ヨーカー」掲載の短編ノンフィクション集だし、編者が常盤新平 なのだもの。 モハメド・アリを名乗る前のカシアス・クレイのプロ・デビュー戦、 1964年の東京オリンピック体験記、古き良きニューヨークの面影を 感じさせる居酒屋、そして表題作の「サヴォイ・ホテルの一夜」は 第二次世界大戦中にドイツ軍の空襲下を高級ホテルで過ごした記録。 姉御肌で時に言葉は乱暴だけれど浮浪者たちに心よせるばかりか 彼らの面倒を見る、映画館の切符売り場の女性メイジーの章は彼女の バイタリティと優しさにやられた。 そして、特に興味を惹かれたのは自分の生活の為だけに偽造の1ドル札を 偽造し、10年間捕まらなかった男性の話は映像化したら面白そうだなと 思いながら読んでいたら、アメリカで映画化されているようだ。日本未 公開なのが残念。 全9編の短編ノンフィクションはどれも秀逸で、それぞれが読後に心地 よい余韻を残してくれる。 ああ…英語が読めれば「ニューヨーカー」を定期購読するのだけれどな。 >> 続きを読む
2018/12/17 by sasha
眉村 卓
表題作他一編を収録したホラーテイストが強い作品集。深夜放送のパーソナリティを主人公とした連作三作は、これから話がもっと面白くなりそうだっだのに、なんかあっけない&もったいない終わりかた。なので「ねらわれた学園」的なストーリーの「闇からのゆうわく」の方が、読んでいて楽しめたかな。冷酷な美人として描かれている謎の女性教師、映像化されたら北川景子さんがお似合いでは?なんて考えながら読ませてもらいました。 >> 続きを読む
2019/01/03 by アーチャー
片岡義男
映画化された作品。
2011/03/29 by yasuo
林真理子
言葉の女子プロレスラーになって、いままでのキレイキレイエッセイをぶっこわしちゃうそうです。。一般的な女性の本音が描かれているのか、少数派の本音なのか、判断できません(´ー`)男性が読んで良いものなのかも不明です。一つ言えることは、この本が我が家の本棚にあったという事実です。。ご興味のある方は、男女問わず、読んでみて下さい(^^;) >> 続きを読む
2013/02/12 by fraiseyui
佐藤さとる , 村上勉
前作「だれも知らない小さな国」から数年がたち、コロボックルと「せいたかさん」の協力関係は良好。主人公が「せいたかさん」から小人たちに移り、連絡係として選ばれている若いコロボックル「クリノヒコ」が主役だ。より小人たちの生活や個性が身近になりイメージが膨らみやすくなってきて個々のコロボックルをキャラクターとして好きになっていく人もこのあたりから増えるのかも。そのせいかこのお話しが一番好きという人も多いらしい。ストーリーはちょっとミステリー仕立て。大昔にコロボックルが飼っていたという「マメイヌ」ながらく死に絶えたと言われていたのだが、その生存を確認しようとマメイヌ探しに乗り出す。「コロボックル新聞」創刊号に、この「豆つぶほどの小さな犬(マメイヌ)」の記事を特ダネとして載せようというのだ。果たして、マメイヌとはどんな生物なのか。そして、本当にマメイヌをみつけて捕まえることができるのか?どうやらこのマメイヌは実はユビギツネ(クダギツネとも言われる)らしい。単なる空想物語ではなく、日本の伝承を踏まえた民俗学的な童話。ということでしょうね。この物語において、コロボックルは、非常にすばしっこくて風に乗ったりするけれど魔法を使ったり、超自然的な要素は全くない。人間より自然と近くて、小さいだけ。つまり、それが子供の世界と重なる部分なのだろう。せいたかさんとコロボックルの関係は大人と子供の関係の理想形なのかもしれない。私はせいたかさんに感情移入してしまっているため、この作品は「見守る立場」になってしまった。だからコロボックルたちの冒険にドキドキする感覚は残念だけどなかった。コロボックルがマメイヌを発見した感動は、せいたかさんがコロボックルと出会った感動には残念ながら及ばない気がした。やはり「誰も知らない小さな国」あっての、この作品でしょう。 >> 続きを読む
2012/04/19 by 月うさぎ
荒木 飛呂彦
バオー来訪者 第2/全2巻愛しい存在を救い出すため、自らを創り出した研究所へ毎戻るバオー。わずか2巻で完結。シリーズものになると巻数が多くなりがちなマンガとしては珍しい気がした。「バオー」は、寄生生命体だという点は、早々に説明が有ったものの「来訪者」とはどんな意味なのだろうと思っていた。研究所で待っている勢力からバオーを見た場合、「ヤツがついに来た。来訪者が・・・」ということらしい。まぁ、納得はするのだが、作品のタイトルに付けるかなぁというのが正直な印象。良く知らないが、少年誌の連載は、人気が無ければブッタ切られるし、人気が出れば延々と続くと聞いている。そんな事情が有る中で、そうそう来訪を繰り返すわけにもいかないだろうし、早めに打ち切られる気マンマンのタイトルに思えてしまった。わずか2巻と言うことも有るが、あまり膨らみも無いまま終了。やはり、今この時期で考えると、ジョジョの奇妙な冒険のファンが、著者の若かりし頃の作品を読んでみたい。そんなモチベーションで向かうしか、存在価値は感じられなかった。わずか2巻で1作品読み切った満足感を得られるのは嬉しいことだが、なんとなく消化試合に参加した感も拭えない... >> 続きを読む
2012/11/05 by ice
田中康夫
元長野県知事の著者が描く、1980年のトレンドと若者のライフスタイル。女性的ともいえる流れるような文体、展開で、まさに「しなやか」で有る。著者が県知事になる以前から本書の存在は知っており、いずれは読みたいと思ってはいたものの、全く期待してはいなかった。気が利いているんだかいないんだか分からないようなオシャレな会話に付き合わされ、苦い思いをさせられるイメージを持っていたが、著者とは何十年もことなる年代の目線から見ても、なぜか自分の大学生時代を思い出させる磁力を持っている不思議な作品で有る。実名で紹介されるブランド名は時代時代で変わっていても、それを選択する側の若者の微妙な心の動きや価値観は時代を超えて共通するものが有るということか。なぜか分からないが、ハートカクテル(わたせ せいぞう)と非常に似た空気を感じた。 >> 続きを読む
2011/02/09 by ice
ウィリアム・プロクノー
このウィリアム・プロクノーの「十五時間の核戦争」(上・下巻)は、約800ページの核戦争シミュレーション小説だ。際限なき軍拡競争に一気に決着をつけるべく、全面核戦争を主張するソ連指導部内タカ派。書記長は、米ソ双方が相撃ちで終結する限定核戦争を、米大統領に通告する。既に核ミサイルは、アメリカに向け大気圏を飛んでいる。大統領も報復攻撃を指令。核爆弾搭載長距離爆撃機B52"ポーラー・ペア1"も出撃する。カザクリス機長、女性副操縦士モローら乗員5名は、戦争が実か虚か判断しかねるまま命令を待っているが、大統領の生死も不明、核爆発による電波通信網の全面的壊滅で指揮系統はズタズタだ。戦争継続か停止か、国家としての意志の表明も不可能な状況だ。そして、双方の攻撃はエスカレートし、ポーラー・ペア1も国境を越えてソ連を爆撃する-------。全く何もわからぬまま、大空を浮遊するポーラー・ペア1乗員と、支配の機構も機能もズタボロになりながら、なお戦争の終結か継続かの決定権を持って米上空を移動する国家権力と、この二つを交錯させながら進行する十五時間は、圧倒的なリアリティを漂わせて、震撼せしめるものがある。新聞記者出身の著者が、綿密な取材と資料の分析によって書いたこの小説は、「核の冬」を描いた大友克洋の「AKIRA」を想起させるものがありましたね。 >> 続きを読む
2018/02/02 by dreamer
手塚 治虫
手塚治虫の『アドルフに告ぐ』を、二十数年ぶりに読んだ。手塚治虫は、この作品で、第二次大戦頃の日本やドイツを覆っていた狂気や野蛮さを真っ向から描いている。それはあの時代を生きた人間として、あの時代の空気がどういうものだったのか、どのような問題があり、人間とは本来どのようであるべきかを、後世に伝えたいという強い思いがあったため、必死にこれほどの大作を書き上げたのだろう。漫画の神様とはよく言われるが、まさに神としか思えない、見事な作品だった。手塚治虫は日本のシェイクスピアだと本当思う。この作品は、後世の多くの人に、きちんと受け止められ、しっかり読まれるべき、多くの貴重なメッセージを含んだ名作だと本当に思う。この漫画は、私は、小学校の高学年の頃、愛蔵版の全四冊を買って読んだことが一度あった。しかし、当時は何分まだ十分な理解力もなかったし、何せ暗い印象と恐ろしい時代だという印象ばかりが残っていた。今回、本棚から引っ張り出して読み返してみた。今読み直すと、以下の三つの点で、大きく昔読んだ時と印象が異なっていた。一つ目は、以前読んだ時は、暗く恐ろしい印象しかあまりなく、主人公たちは無力で時代に翻弄されているイメージが強かった。しかし、今回読み返すと、決してそうではなく、主人公たちはしっかりと自分を持って時代に対抗しているという印象を受けた。主人公の峠草平や、由季江や小城先生たちは、皆、しっかりと自分を持ち、空疎なイデオロギーではなく、具体的な人間としての愛情や正義感を持ち続けている。時代に迎合することもなく、自分たちの生き方を貫いている。そのことに深い感銘を受けた。それは、ゾルゲ事件に連座して死ぬことになった、本多芳男少年も同じだったと思う。彼らは、別に共産主義などのイデオロギーによって、ファシズムや戦争に反対したのではなく、むしろもっと具体的な人間への愛情や正義感からだったのだと思う。今回読んでいてそのことが新鮮だったし、実はそういうものこそが本当は一番大切なものだと思った。二つ目は、以前読んだ時は、主人公の一人であるアドルフ・カウフマンは、ひたすら嫌な悪役という印象しかあまりなかった。しかし、今回読んでみると、とても哀れな気がした。実際、カウフマンは後からは冷酷なナチスの将校になるが、小さい時は普通の心優しい少年だったことも描かれている。ナチスの幹部養成学校に行くことも最初は嫌がっていたし、折々にいろんな悩みや葛藤を抱えていた。今回読んでて、そのことがとても新鮮だった。とはいえ、カウフマンは、さまざまな悪を働き、苦しみながらも結局あまり悔い改めることもなかった。そこが、二重三重に哀れと言えるのかもしれない。その時代における教育の恐ろしさというものを、カウフマンの生い立ちを見ているとあらためて考えさせられる。もっとまともな時代のまともな教育の中で育てられれば、ずっと普通の心優しいままの好青年に育っていただろう。ナチスの時代はなんという狂気と野蛮さとゆがみに満ちていたことだろうかとあらためて思う。それは、カウフマンのみならず、本多少年の父親の本多大佐にもあてはまることだと思う。加害者となった人々の多くもまた、ある意味、時代の産物という意味で哀れな存在だったのだと思う。だからこそ、一国の教育や雰囲気というものは、あだおろそかにできない、非常に重要なものだということを今回あらためて考えさせられた。また、無批判に時代の空気や教育に染まってしまってはならず、自分自身がしっかり考えて生きることが大切なのだろう。三つ目は、これはたぶん、手塚治虫が言いたかったことなのだろうけれど、「正義」というものの空疎さで、前読んだ時は、漠然とそのことは感じながらも、あんまりはっきりとはそのことがわからなかったが、今回はとても共感しつつ読んだ。時代によって正義などというものは変わるし、その正義というものによって人を傷つけたり殺しても、なんら良いものはなく、むしろ苦しみのみが増えていく。結局、本当に残るのは、空疎な正義ではなく、具体的な人間と人間との愛情である。それが、この作品のメッセージのひとつなのだと思う。しかし、往々にして、なんと人は具体的な人間同士の愛情やつながりを見失い、空疎な正義にとりつかれ、そのあげくに具体的な人間同士の愛情やつながりを破壊したり損なってしまうことだろうか。手塚治虫は、この作品で、民族や人種などというのも、この空疎な正義の最たるもののひとつだということを描いているのだと思う。カウフマンがその空疎な正義に取り込まれて、周囲も不幸にし、本人自身も不幸になっていったのと異なり、カミルはユダヤ人であったからこそ、比較的そうした空疎な正義から自由だったように読んでて思えた。しかし、イスラエル国家ができた後のカミルがどうだったのか。あまり詳しいことはわからないのだが、気になるところではある。他にも、いくつか読み直していて、そうだったんだとあらためて思うところがいろいろあった。私は記憶の中では、小城先生は拷問か空襲で死んだようなイメージがあったのだが、ちゃんと生き残っていたことが印象的だった。また、ゾルゲ事件やワルキューレ作戦など、歴史上のエピソードを本当に巧みにとりこんであるし、昔読んだ時はあんまり記憶になかったのだけれど、アイヒマンや土肥原賢二などが登場していたことにちょっと驚いた。どの時代においても、人にはさまざまな生き方があるが、人間として大切なことを忘れずに自分の生き方をしっかり貫いて生きるか、あるいは時代の空疎な正義に取り込まれてしまうか。それは結局は、本人自身の選択によるのかもしれない。小さい頃読んだ時は、主人公の峠草平は随分年上に感じたが、なんと、一巻の頃は今の私よりかなり若く、四巻の頃でも同い年ぐらいということになるようである。峠草平ぐらい、かっこよく逞しく生きたいものだと、今回読み直してあらためて思った。またしばらくしてから、折々に、読み直したい名作だと思う。 >> 続きを読む
2013/06/16 by atsushi
向田邦子
昔から実家にあった本で、営業をやっていた頃のある種バイブルのように読んでいた、トイレ文庫の中の一冊。近頃コミュニケーションが億劫になっているので再読してみたが、フランクでありながら馴れ合いもしない関係をどの方とも築いていく様はさすがというほかなく、こういうのはテクニックではなく生き方が出るんだろうと自分を省みさせられた。ただ、前書きでの山口瞳による向田邦子評に、「不実な女、もしくは誠実な娼婦」という一節があり、綺麗事ではない家庭の出来事を通して人間のリアルを書きながらも生涯結婚をしなかったこの女性の恐さと美しさを思って、今回少し恐怖した。ともあれ、各対談相手の後書きにはこの人に対する想いが滲み出ている。この対談が最初で最後の出会いだった人がいるのにが関わらず。このことは、人間がどれだけ「あ・うん」を欲しているのかを教えてくれた。 >> 続きを読む
2011/07/30 by Pettonton
草野唯雄
勝鬨橋に全裸の女性を縛り付けた黒十字架がぶら下がる。衝撃的なオープニングから物悲しいエンディングまで良い意味で翻弄される。人間ドラマの要素も詰め込まれた盛り沢山のエンターテイメント。盛り沢山の要素を盛り込みつつ、緩急自在に進行していくために、常に先を読みたくなるような状態で読み進めた。ストーリー展開が進むに連れて、全貌が見えてくる爽快感とともに、明かされていく悲しすぎる動機に虚無感が増殖するようだった。決して後味の良いエンディングではないものの、せめて、やりきった充足感は持っていただろうと信じたい。これ以上無い程の衝撃的なオープニングが本作の印象として鮮烈に残る。先行逃げ切りではないが、この時点で本作の成功は決まっていたように思う。復讐に身を捧げた人間は、自分という人間の尊厳をも捨ててしまうことに気づいた。 >> 続きを読む
2007/12/22 by ice
斎藤隆介 , 滝平二郎
「麦は、ひばりが 天から射込んだ矢だよ。」「麦の穂をみてごらん 矢羽のようなかたちをしているだろう?」この言葉だけでイメージが広がっていきますね。斎藤さん&滝平さんの黄金コンビが描く創作民話。1985年、この絵本が完成する直前に斎藤さんは亡くなられたそうです。むかしひばりの巣は天にあり、天道さんはまだ若く、黒雲おやじが乱暴ろうぜきをし放題だった。気が違って空へ駆け上がったひばりの女がたくさんあらわれた。産んだばかりの卵を黒雲に踏みつぶされた若い女房たちだった。「ひばり一郎次」は訴えた。「おれたちは いくじが なさすぎだぞ! 子どもはふみころされ 女房は 気がちがっても みんな だまって 黒雲おやじに あたまを さげているのか。・・おれは しぬときも 目をあいて、黒雲おやじを にらみつけながら しんでやるぞ、おれはやるぞ!」弓矢をつかみ、名乗りを上げて、黒雲に向かって駆けあがってゆく。「いちろうじいちろうじいちろうじ!」一郎次は帰ってこなかった。けれど、ひばり村のみんなは戦う決心をした。次郎次も三郎次もあとに続いた。ひばりを擬人化して絵にしているのですが、そのため、その姿はかなり悲しくうつります。小さき者の自己犠牲。美しいエンディングだけれど、これに感激していていいのか?こういうストーリーは、今の私にはとても複雑な気分を残してくれます。共闘。もちろん、それがメッセージでしょう。勇気、希望、協力の大切さもわかります。でも、それでも。一郎次の死は犬死ではないのだろうか?闘うよりもっと有効な手段はないのだろうか?本当に、それが最善の解決策なのだろうか?金色に揺れる麦の美しさをみると、それがとても切なく思えました。 >> 続きを読む
2013/05/31 by 月うさぎ
アイザック・アシモフ
黒後家蜘蛛の会、というのは6人の会員が月一回集まって、男だけで話に花をさかせる会。 黒後家蜘蛛の会は、BLACK WIDOWERS。ウィドワーズは「男やもめ」ということでメンバーは、特許弁護士、暗号専門家、作家、有機化学者、画家、数学者の壮年の6人。 場所は、素晴らしい料理を提供する、ミラノ・レストラン。そこで、ホストを決め、その日の料金はすべて持つ。そのかわり、ホストは友人などゲストを招くことができます。4巻以降は未読だったので、後追いになりました。 しかし、黒後家蜘蛛の会の会員は、6人ではなく、一番のメンバーは給仕のヘンリーです。60歳をすぎても皺ひとつない、プロの給仕のヘンリー。 毎回、ゲストが話す、謎や悩みごと、相談事を皆、あれこれ議論するけれども、最後の最後に鮮やかに解決するのはいつも給仕をしながら、話を静かに聞いている給仕のヘンリー。これがこの短篇集の決まりごとです。 ヘンリーが謙虚ながら見事に解決するまでの、6人のあれやこれやの議論がまた楽しいのです。 そしてそんな6人を熟知して、心憎いまでのゆきとどいたサーヴィスをするヘンリー。6人もまた、ヘンリーを「この会もっての一番の博識である立派な会員」として、尊敬しています。 最後に謎を解いたヘンリーのまた、謙虚ながら、穏やかなユーモアの閉めの言葉は人を傷つけることがないよう配慮されつくした、まさにヘンリーのお人柄をあらわす閉めの言葉。 この4巻では、『六千四百京の組み合わせ』で、アルファベット14文字の組み合わせの暗号は何か?アルファベット24文字の14乗の数だけある組み合わせ。 その中から、別の話からのヒントでヘンリーは、正解の暗号をさっと導き出してしまう。ま た、基本的には女人禁制ではあるものの、今回初めて、女性のゲストというのも登場します。それに対して、賛否両論の意見がなんともユーモラス。 アイザック・アシモフのユーモア精神は、非常に粋であり、大人の味がします。 意外な人物が「名探偵となる」ものは他にもあるのですが、一番はこの「給仕ヘンリー」ではないかと思います。 >> 続きを読む
2018/07/01 by 夕暮れ
H・P・ラヴクラフト
【ラヴクラフト作品の中から『科学的志向』を持つ作品をセレクト】 本全集は、以前のレビューでも書いたとおり、第1巻~第3巻まではラヴクラフトの各期の代表作を収録し、第4巻以降はテーマ別に編纂するという構成を取っています。 第4巻のテーマは、『科学的志向』とされています。 ただし、ページ数の関係から、本来ならば第4巻に収録すべき『魔女の家の夢』は次巻に回し、その代わりに『ピックマンのモデル』という作品を収録したとのことです。 それでは収録作品の中からいくつかご紹介しましょう。〇 宇宙からの色 1882年、アーカムの西にある農場に隕石が落下しました。 その農場にはネイハム・ガードナー一家が住んでいたのですが、その一家のその後の運命を、近隣住民であるアミ・ピアースからの聞き取りという形で綴った一作です。 この隕石、何でできているのか不明なのですが、時間の経過に伴って溶けてなくなってしまったのです。 その成分が土壌に染み込んだのでしょうか、ネイハムの農場は汚染されてしまったようなのですね。 木々にはおかしな色をした全く奇妙な花が咲き、しかも、風も無いのに木々が動くという話もありました。 そんな木々もやがて灰色になって枯れてしまいます。 周辺には灰色の塵とも灰ともつかない物が積もり、井戸からも不思議な光が空に向かって放射されたりするのです。 ネイハム一家は徐々に狂気に支配されていき、異形の者へと変化していきます。 あの井戸の水を飲んだからなのか? 宇宙から何かが来るというラヴクラフトが多用しているアイディアに基づく一編で、なかなかに読み応えのある作品になっています。〇 冷気 4階建てのアパートの4階に住む奇妙な医師の物語です。 この医師、腕は良いらしいのですが、何かおかしな病に冒されているらしく、冷房装置を使って常に部屋を華氏40度から28度(摂氏で言うと4.4度~-2.2度)位まで下げているのです。 階下の住人は心臓病を患っていたのですが、この医師に診てもらったところ、適切な治療を受けることができ、すっかり良くなったのですね。 非常に感心した階下住人は、以後、この医師の家に出入りするようになるのですが、ある時、冷房装置が故障してしまったのです。 すぐに修理を頼んだのですが、部品が無いということで翌日にならないと直せないと言います。 とにかく氷を運び入れて部屋を冷やさなければ。 階下住人は、夜、開いている店を回って何とか氷を調達してアパートに運び入れるのですが、部屋の温度はどんどん上がってしまいます。 この作品、ポオの『ヴァルドマアル氏の病の真相』という作品に想を得た作品だということです。〇 狂気の山脈にて 中・長編です。 南極探検隊は、南極大陸でエベレストよりも高い山を発見します。 その山で人工的と思えるような構造物も発見するのです。 また、その付近から見たこともない生物の遺体も発見されました。 それは樽のような胴体をして、五芒星の形をした頭部を持ち、翼のようなものを備えていました。 この異形のイメージはラヴクラフト作品にはよく出てきますよね。 この生物はどうやらはるか太古に宇宙からやって来たものではないかと思われました。 この作品は、ラヴクラフトお得意の『旧支配者』ものの一作ですが、なるべく科学的な説明をつけようと書いた作品になっています(とは言え、その内容はあまり科学的とは言えず、テイストだけそれらしく書いているというものです)。 この作品にはポオの『ナンタケット島のアーサー・ゴードン・ピム』が使われています。 『科学的志向』の巻ではありますが、収録作品が書かれたのは1919年から1931年にかけてのことであり、その時代の科学性ですから、今から見ればさして科学的でもないわけですし、また、ラヴクラフト自身、さほど科学的素養があったというわけでもなさそうなので、この『科学的志向』も推して知るべしなのですが、少なくとも書き振りや物語のテイストに科学的なエッセンスをまぶしている作品とは言えるでしょうか。 なお、巻末にはラヴクラフト自身が書いた『怪奇小説の執筆について』という一稿が収録されており、ラヴクラフトはどうやって小説を書いたのか、その方法が語られておりなかなか興味深いものがありますよ。読了時間メーター□□□ 普通(1~2日あれば読める) >> 続きを読む
2021/01/27 by ef177
岩村和朗
今回の14ひきは名前を当てるのが非常に難しい。表紙ではソリ遊びをしているのだけれど、内容としては家のなかにいるシーンが多いので、表紙の服と一致していないから!シリーズ通して読むと、14ひきの服の傾向と性格がわかってくるから、なんとなくわかるかもしれない。が、まだまだ14ひき愛が足りないのか私には難しかったです。 >> 続きを読む
2016/03/04 by ゆこゆこ
キャサリン・ホラバード
大好きなアンジェリーナシリーズ。買ってあげようかな?アンジェリーナが友達と協力し合って、演劇を盛り上げお祭りを大成功へと導く様子は子供心をワクワク感で満たすには十分。 >> 続きを読む
2015/12/06 by ぶぶか
藤山 寛美
寛美さんの芸談が聴けると思って買った本だが、前半は、満州の山野で、ソ連の捕虜になった時の話が続く、喜劇人、藤山寛美からは創造もできない重く、暗い、人間の性がでるハナシばかり。でも、どんな時でも、人との出会いを大切にした寛美さん。外ではいくら飲んでも、絶対崩れない寛美さんだが、でも稲垣完治(本名)さんは、自宅だと、ビール1本で酔いつぶれてしまう、とか。あの、破天荒な生き様は、舞台を下りても、藤山寛美の役者としての演技だったんでしょうな。 >> 続きを読む
2015/03/11 by ごまめ
山田 無文
十牛図。十頭の牛の図ではなく、牛を主題とした十枚の絵である。禅の悟りに至る道筋を物語のように示したもので、宋代の禅僧、廓庵(かくあん)が描いたものである。それぞれの絵には詩が添えられている。本書はその十牛図を、親しみやすい法話で知られた山田無文(1900-1980)が解説したもの。チベット探検で知られる河口慧海に師事し、後に花園大学長、妙心寺派管長などを務めた人物である。茶道は禅とつながりが深い。茶席でよく荘られる軸は、禅僧が書いた禅語である。先日行ったお茶会の十個一組の数茶碗の1つ1つに十牛図が描かれていて、ほほーと思った。でもそういえば十牛図って聞いたことあるけど、具体的に各図がどんなのか、知らないよ?と思って借りてみた本。十図はそれぞれ、第一 尋牛第二 見跡第三 見牛第四 得牛第五 牧牛第六 騎牛帰家第七 忘牛存人第八 人牛倶忘第九 返本還源第十 入鄽垂手と題されている。牛を探すということは、すなわち仏法を求める願心を起こすこと(尋牛)だという。人にはそれぞれ、仏性がある。あるはずなのに煩悩のために見えなくなっている。見失った仏性を求めて旅に出る。足跡を見つけてこちらの方向かなと思う(見跡)。そして牛を見つけ出し(見牛)、捕まえて(得牛)飼い慣らしていく(牧牛)。さぁ、家に帰ろう(騎牛帰家)。このあたりまではまぁなんとなくわかる。が、問題はそこから先である。牛を見つけて、飼い慣らして、家に帰ったからもういい、ではないのである。悟りは開いた。だが、その悟りに縛られてはいけない、ということらしいのだ。俺は悟りを開いた偉い坊主だ、とふんぞり返ることのないように、せっかく得た悟りを手放さなければならない(忘牛存人)。さらには、悟って悟りを忘れた人という主体すらいてはならない(人牛倶忘)。ここで絵からは人も牛も消え、ただ丸い円があるのみである。これを一円相というらしい。さてこうして無になった存在は、すなわち世界と一体化している。天地と我とが一体であるならば、花は紅、柳は緑、あるものをあるものとしてその姿を見よというのが、第九図の「返本還源」。最後の図が「入鄽垂手」。第一図から苦労して牛を探し求めてきた童子が布袋様となる。そして街で、皆と笑いながら交わり、仏性を広めていく。天地宇宙の真理を手にしたからと言ってお高くとまらず、自分は馬鹿になって、回りの皆を笑顔に変えていく。悟りを開く目的はこのようでなければならない。かいつまんで言うと、こういうことだろうか・・・?尋牛(牛を探す)→見跡(痕跡を見つける)→見牛(牛を見つける)→得牛(牛を捕える)→牧牛(牛を飼い慣らす)→騎牛帰家(牛に乗って家に帰る)→忘牛存人(苦労して手にした牛を手放す)→人牛倶忘(そして自分も無になる)→返本還源(あるがままを受け入れる)→入鄽垂手(街に出て、手をさしのべる)。禅は難しい・・・。でも何となく、広々とした心持ちがして、広大無辺な宇宙に通じていく道が朧に見えるようでもある。本書は、著者が若き禅僧たちに講じたものであるので、必ずしも一般市民向けとは言えないようだ。が、親しみやすく闊達なお坊さんが呵々と笑っている、そんな感じもして、さほど読みにくくは感じなかった(わかったかどうかは別だけれど)。 >> 続きを読む
2016/05/09 by ぽんきち
宮本輝
舟崎 靖子
出版年月 - 1985年11月発行,出版の書籍 | 読書ログ - 読書ファンが集まる読書レビューサイト
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