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1987年12月発行の書籍

人気の作品

      影の現象学

      河合隼雄

      講談社
      4.5
      いいね!
      •  本書は1969、1970年の二年間にわたって「心理療法における悪の問題」という京都大学での講義がもとになっている。1976年に思索社より出版され、1987年に講談社学術文庫として新装された。心理学の専門家ではないので、ここに書かれていることが現在どれくらい有効なのかは分からないが、素人が読むかぎりでは全く内容は古びていない。特に本書の題名ににもなっている「影」についての考察は人間を考える上での普遍的な側面を扱っていると思われるため、常に立ち帰って自分を問い直したく考えだと思う。 
         影は自分が生きてこなかった半身である。これが対人関係の中で出てくるとき、自分の影の相手への投影という現象として現れてくることがある。どうしても好きになれない相手の気に入らない部分が実は自分の中の影が相手に投影されている。だからその人自身を見ているというより、自分を見ているといってもいい。その自分が好きになれない人が、他の人とはうまくやっている、自分の好きな他の人とも仲良くやっている。自分には合わないというような時はいよいよ自分の影の投影を疑った方がよさそうである。
         この考え方はわりあい今は受け入れられているのではないだろうか。ちょっとした自己啓発本などにも載っていそうである。河合隼雄の言っていたことが、つまりユングの説が浸透しているというべきかもしれない。
         ただ、影についての話はこうした自分の影といえるものとは他に集合的無意識のレベルの影がある。集合的無意識は神話に出てくる恐ろしい怪物や、自然災害など、人の力では対抗し得ない圧倒的な力であり、洋の東西を問わず伝説や昔話の形で語られてきたものの中に姿を現している。これらは破壊であるとともに創造であるような、逆説的な存在であり、うまく関係を持つことができれば創造的な力を私たちに与えてくれるが、自我が影に乗っ取られるような状況になると破滅が待っているという恐ろしいものである。その辺のことについては数多くの物語や神話、映画や小説、臨床での経験を紹介しながら河合隼雄が語っている。河合隼雄は昔話と深層心理についてもよく語っているが、こうした語り継がれてきたお話の中に人間の真実が語られているというのは本当に面白いことであるし、それがある国、地域に限定されずに世界中に共通するお話として語られているというのは神秘的でさえある。宗教も一つの物語であると思うが、どんな宗教にも他宗教と共通する、言語化できない部分、比喩や物語でしか語れない部分があるというのは、同じことを指しているのだと思う。心理学という学問が発見したかのように語っていることが、おそらく古代においては自明のこととして共有されていたのだろう。人間が何事も論理で片づけようとする中でそうした叡智が忘れられていったのであろう。
         本書にはさまざまな心の病気に罹った人が紹介されており、影との関係において論じられている。もちろん守秘義務があるので様々な事例をもとに要素を混ぜたりしているのだろう。筆者もあとがきで書いているように、職業上クライエントの情報を漏らすわけにはいかないので、こういう書き方になったが、分かりにくくなっているだろうと断っている。臨床の現場で出会うことは私たちからみると神秘のような不思議なことが結構起こるらしい。確かに本書を読んでいると「見ないで信じる」という気分になるところもあり、難しいところだが、そうは言っても人間相手の仕事をしている私には河合隼雄の言っていることは真実であると直感的に分かる部分がある。
         たとえば、本書に紹介されているこのような話。とても人望があって紳士的で周囲の人たちに人格者と思われている人の子どもが学校に行くことができない、とかいうことがある。そういう時は、その人格者である父親の代わりにその人の影を近しいところの弱い者が負わされる場合がある。私はこのようなことがあり得るということを認める。しかしまったく受け入れられない人もいるだろう。人間には誰しも影の部分がある。それを抑圧してしまうと思わぬ所で噴出してその人を破滅に導いたりする。そうではなく、影を自己に統合していくこと、それが成長につながるのである。清濁併せ飲むふところの大きな大人になっていくことが人格の円満な発展のためには必要である。
         文系学部が軽視され、実学指向が強まる今日。コミュニケーション力が重視されると言いつつも、コミュニケーションがとれない人が増えていると言われる今日。世の中が硬直した扁平な正しさに蔽われつつあるように見える今日。本書は今こそ読まれるべき本であろうと思う。  
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        2015/11/22 by nekotaka

    • 他1人がレビュー登録、 4人が本棚登録しています
      超芸術トマソン (ちくま文庫)

      赤瀬川 原平

      4.0
      いいね!
      • ゲーリー・トマソン。1981年と1982年に読売ジャイアンツに
        在籍した元プロ野球選手である。1年目こそそれなりに活躍した
        ものの、2年目には不発。それでも四番打者に据えられ続け、
        まるで空振りを見せる為に出場し続けたような選手である。

        そのトマソン元選手にちなんで名付けられたのが、不動産に保存
        されている無用の長物「超芸術トマソン」なのである。

        いやぁ、今読むと懐かしいわ。トマソンと、そこから派生した
        路上観察学が流行ったのは80年代。ちょうど私がPR誌専門の
        編集プロダクションに務めていた頃。

        この場を借りて赤瀬川氏及びトマソン観測センターの皆様に謝罪
        したい。当時の社長が雑誌に掲載されていた数々のトマソン物件
        の写真を目にして丸パクリの企画を思い付いた。

        そのパクリに手を貸したのが私である。不本意だったのだが、
        共犯者になってしまったことに対し、深くお詫び申し上げる。
        でも、既に赤瀬川氏も鬼籍に入っちゃっているんだよな。
        遅かったか。

        さて、トマソン。登って降りるだけの純粋階段、以前は門と
        して機能してたはずなのに何かの理由で塞がれてしまった
        無用門。取っ手まで付いているのに何故か二階の壁に設置
        されている高所ドア。柵やワイヤーを飲み込みながら成長
        しているもの喰う木。

        どれも普通なら何の疑問も持たずに目にしているのだろうが、
        「もしやこれはトマソンでは?」と意識して街歩きをすると、
        続々とトマソンに遭遇してしまうのだ。

        何の気なしに見ていたらただの「ヘンなもの」なんだけどね。
        でも、一旦意識してしまうと「あれもトマソン、これもトマソン」
        になっちゃうの。カメラを持たされ、都内各所で強制的にトマソン
        探しをさせられた私が胸を張って言うのだから間違いないっ!
        (企画をパクっておいて胸を張るなって話だな)。

        本書の中での圧巻は表紙カバーの写真にもなった麻布谷町に取り
        残された銭湯の煙突。アークヒルズ誕生前、既に土地の買収が
        進んでいた時だな。すり鉢状の土地にはそれでも木造家屋が
        何軒か残り、取り壊された銭湯の煙突だけが聳え立っている。

        この煙突のてっぺんに立って撮影された写真は今見ても秀逸。
        高所恐怖症の人は要注意だが。

        しかしなぁ、「麻布谷町」だったのに「アークヒルズ」でいいの
        でしょうか。森ビルさん。

        本書に掲載されているトマソン物件も、街の再開発などで既に
        姿を消しているのだろうな。でも、再々開発が行われたらまた
        もやトマソンが現われるかもしれない。

        尚、本書ではパリや中国などの海外物件も掲載されているが、
        ロシアまでは手が回らなかったのだろうか。私が知る限り、
        ロシアは超芸術トマソンの宝庫なんだけどな。

        バルコニーはあるけどそこへ出る窓がないとか、バルコニーに出る
        窓はちゃんとあるにバルコニーの床がないとか、ドアから壁にしか
        繋がっていない非常階段とか、天井に繋がる無用階段とか。

        もしかしして、これがロシアアバンギャルドって奴かとも思うの
        だが、あの国のことだから単なる施工ミスって可能性の方が大きい
        のかもしれない。
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        2019/02/09 by sasha

    • 他1人がレビュー登録、 2人が本棚登録しています
      わたしのいもうと

      味戸ケイコ , 松谷みよ子

      偕成社
      5.0
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      • 涙なくしては読めない、しかしとても胸を打つ絵本だった。

        いじめられて、引きこもり、亡くなったある方の妹の実話を元に描かれているそうである。

        いじめがどんなにひどいことか、人としてあってはならないことか、あらためて思わざるを得なかった。

        多くの人に読んで欲しい、名作絵本と思う。
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        2013/04/10 by atsushi

      • コメント 5件
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      北斗七星殺人伝説

      宗田理

      角川グループパブリッシング
      カテゴリー:小説、物語
      3.0
      いいね!
      • 約20年ぶりの再読。おそらく私をミステリーの世界へ引き込んだ一冊。内容がどうかよりただただ懐かしく感じながら読んだ。 >> 続きを読む

        2012/11/03 by Quentin

      • コメント 3件
    • 1人が本棚登録しています
      とれたての短歌です。

      俵万智 , 浅井慎平

      角川グループパブリッシング
      カテゴリー:詩歌
      3.0
      いいね!
      • 俵万智さんの短歌に、浅井慎平さんが写真をつける。
        1+1が、それ以上にシナジー効果を発揮するのか、しているのか。

        正直言って、微妙なところ。

        ピタッと嵌っても、わざとらしいし、
        あまりにもかけ離れていると、あれって・・・・。

        落語と同じで、読み手の頭の中で湧きあがる映像が一番かも。


        例によって、気になった歌を。

        我を抱く麻の背広の両腕の若草色のしわを見ている

        いつもより心はなれているみたい少しゆっくり歩いてみよう

        あなたから電話が来る日と決めている理由(わけ)はないけどそう決めている

        「今いちばん行きたいところ言ってごらん」行きたいところはあなたのところ

        乗かえのホームで反対方向の電車に乗ってしまった心


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        2017/12/06 by ごまめ

    • 1人が本棚登録しています
      茶道の哲学

      久松真一 , 藤吉慈海

      講談社
      カテゴリー:茶道
      4.0
      いいね!
      • 茶道の哲学というタイトルからして難しそうな様相を醸し出していますが内容は決して難解な物ではなく、そこまで時間は要しません。が、甘い気持ちで読むと喝を入れられます。茶道に対してもそうですが日常生活に対しても喝を入れられる、そんな内容です。茶道が日常生活に生きてこない事には本当の茶人であるとは到底言えない。茶人としての自覚を持って生活していかなければならない。僕のように油断して読むとこういった言葉にその都度平社員の如く頭を下げて読むことになります。この本を読んで僕は風呂を掃除するようになりました。 >> 続きを読む

        2014/11/05 by ちまはが

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    • 2人が本棚登録しています
      徳川家康 - 11 竜虎の巻

      山岡荘八

      講談社
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      • 天下統一への布石として家康に臣下の礼を取らすべく懐柔を図る秀吉。

        時が訪れるのを待つという家康の心境を理解するには円熟が必要な気がする。

        秀吉との衝突を避け、臣下としては決して服従の姿勢は取らないものの、協力を惜しまずに、いずれ自分の時代が来ることを信じて待つ。

        今で言えば、政党の権力闘争になるのだろうが、個人レベルまでスコープを狭めると、上司と部下の関係になる。

        嫌な上司に従う際「こいつが死んだら俺の天下だ」と考えて自分を慰めることは出来ても、上司が部下より先に死ぬ保障はなく、また後釜に座ることが出来るかは、実際に、その時になってみないと分からない。

        家康の場合、来るべきその日に向けて様々な布石を打つ実力を持っているため、運を点に任せるという程に可能性が低いことは無いのだろうが、自分が読みきった未来を、そこまで信じきれるという点で、大人物だと言える。

        相当に脇役的な扱いで登場する北条家。大名の跡取り息子として何不自由なく育った人間と、同じく大名の子で有りながら、幼少時代、長い間、人質として辛酸を舐めた人間。
        若い内の苦労は買ってでもしろというが、この対比がそれを証明している。

        忠義立てして出奔したような石川数正。家康に話を通していない以上、結局は単なる裏切りでしかない。
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        2012/04/28 by ice

    • 5人が本棚登録しています
      徳川家康 - 12 華厳の巻

      山岡荘八

      講談社
      カテゴリー:小説、物語
      3.0
      いいね!
      • 母と妹までも使って家康を懐柔にかかる秀吉。

        見かけ上の平和の裏で繰り広げられる駆け引きに人間の業を感じる。

        九州までも平定し、事実上、天下統一を果たしたと言って良い秀吉だが、物理的に傷つけあうような争いは減ったにしても、結局のところ権力闘争は止まず、形を変えて様々なところで顔を覘かせている。
        当事者の秀吉の周辺にさえも陰謀が渦を巻いているかのような状況が有る。

        家康との化かし合いは言うに及ばず、堺衆との優位な立場の獲得競争や、寧々と茶々の妻妾闘争などが注目に値する。

        またタイプは全く別ながら、ともに家康の心に大きな存在感を残した、お愛と瀬名。
        この二人も、家康の寵を競うという意味では立場は変わらず、その手段が対極的で有ったに過ぎないという考え方も示され、妙に納得させられた。

        人間は何かを求めたりする上で必然的に他者と衝突してしまうものなのかもしれない。
        >> 続きを読む

        2012/05/04 by ice

    • 3人が本棚登録しています
      徳川家康 - 13 侘茶の巻

      山岡荘八

      講談社
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      • 北条氏平定の結果、徳川家を襲う転封。

        「小田原評定」という言葉の意味を良く理解することが出来た。

        関東への転封が実施され、先祖代々の領土を失うことになった徳川家。

        領民と密な関係を築いていたと思われる当時の支配者階層としては、あまりにも大きすぎる脅威だと言わざるを得ない。

        現代に置き換えると、知事が職員を皆連れて担当する都道府県を変わるというような話になるだろうが、親方日の丸の都道府県知事および職員と、他勢力に攻められれば、生命を賭して一族と領民を守らねばならない大名家ではそのインパクトには雲泥の差が有ることが理解できる。

        「小田原評定」という言葉だが、恥ずかしながら、これまで自身のボキャブラリには存在しなかった。
        現在の立場を堅持すべく保守的な発言に終始し、結果的には取り返しの付かない事態を招く。

        リスクを取る事を極端に恐れ、保守的または我関せずの態度を決め込む人間は現代でも非常に多い。
        そういう人間には、是非このエピソードを良く咀嚼し反芻して欲しいと願う。

        家康が練りに練っていると思われる新領民の人心掌握方法に非常に興味が有る。
        >> 続きを読む

        2012/05/07 by ice

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    • 3人が本棚登録しています
      徳川家康 - 14 明星またたくの巻

      山岡荘八

      講談社
      カテゴリー:小説、物語
      3.0
      いいね!
      • 我が子を喪った悲しみを紛らわすように朝鮮出兵を実行する秀吉。

        結果はどう有れ、日本史上初の大規模世界進出の夢を抱く秀吉は痛快。

        最愛の跡継ぎを喪い悲嘆に暮れる秀吉。

        以前から計画していたこととは言え、これが朝鮮出兵決断の大きな要因なのは疑う余地は無い。
        多くの人間に不幸をもたらす戦争も、結局のところ誰かの決断により開始され、(仮に攻め込まれた結果の防衛戦争だったにせよ、開戦に踏み切った側の施政者が決断している)そこに施政者の個人的な理由が影響することもしばしば有ったのではないかと感じた。

        少し前に何かの本で読んだのだが、社内システムの開発時に使用するフレームワーク選定の際、調査担当が幾ら詳細な比較表を用意しても、全てにおいて満点のプロダクトは存在しない以上、結局はプロジェクトリーダーの趣味で決定してしまう場合が多いという話も有る。

        上に立つ人間は決断することと責任を取ることが仕事では有るが、その決断の結果、配下武将なり部下が地獄を見る可能性が有る場合には私情を挟まずに決断すべきと自戒した。

        敵地に乗り込み転戦しつつも、更に武勇を示すため虎退治を敢行した加藤清正。
        日本側の船舶をことごとく撃破したという朝鮮側の武将、李舜臣。
        双方の国には取り立てて益の無い戦争だったが、英雄の名は歴史に刻まれている。

        神仏の目線で判断を下しているようだが、何故か家康が最も腹黒く感じてしまう。
        >> 続きを読む

        2012/05/13 by ice

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      逮捕しちゃうぞ (1) (パーティーKC (1))

      藤島 康介

      4.0
      いいね!
      • まだ女性の警察官が婦警さんと呼ばれていた時代の漫画。
        交通課に属する美女2人がその容姿に似つかわしくない腕力と悪知恵で悪人を倒すギャグテイストの作品がメイン。
        絵柄こそ少し古臭いが、メカと美女の組み合わせや『戦うお姉さん』が好きな人は是非。
        >> 続きを読む

        2017/11/17 by kikima

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      スキズマトリックス (ハヤカワ文庫SF)

      小川 隆ブルース・スターリング

      4.0
      いいね!
      • 【サイバーパンクSFの名作なのですが、かなり難解】
         人類は月の周りに数々のスペースコロニーを建設し、宇宙で生活するようになっていましたが、次第に地球とスペースコロニーとの関係が疎遠になっていき、遂にコロニー群は地球から完全に独立し、『連鎖国家』を形成するに至ります。
         しかし、その連鎖国家も次第に衰退していき、国家に代わって2つの勢力が覇権を争うようになりました。

         その勢力の一つは、人体を機械化することにより宇宙での生活に適応し、長寿を得ようとする『機械主義者』たちであり、もう一つの勢力は、遺伝子工学をはじめとする生物学を駆使して新たな種としての人類になろうとする『生体工作者』たちでした。
         主人公のリンジーは、『維持主義者』(つまり肉体の改造を行わない主義)なのですが、工作者グループにより『外交官』としての訓練を施され、精神と肉体を制御する特殊な能力を身につけていました(ですから、どちらかというと工作者寄りと言えます)。

         本作は、この様な世界背景の下に描かれる『工作者/機械主義者』シリーズの長編です。
         リンジーは、当初、『晴れの海環月企業共和国』というスペースコロニーで生活していたのですが、機械主義者たちが主導権を握ったことによりこの共和国から追放されてしまいます。
         追放者、放浪者は、『サン・ドッグ』(幻日)と呼ばれており、リンジーも幻日として追放されてしまったのです。

         本作は、3部構成になっており、それぞれの部で、異なる環境の下、生き抜くために様々な名前と立場で活動するリンジーの生涯が描かれます。

         第一部の『幻日ゾーン』では、晴れの海環月企業共和国を追われて幻日となったリンジーが、流刑先である『静かな海環月人民財閥』というコロニーに送られた際の生活が描かれます。
         リンジーは、そこで『ブラック・メディカル』と接触し、その勢力の拡大を図ってやると持ちかけ、その手段として『歌舞伎イントラソラー』の林時(リンジ)という興行師を名乗り、海賊の協力を取り付け、また、『芸者銀行』とも手を組んで経済戦争を仕掛け、莫大な利益を得て地位を確立します。
         しかし、この様なリンジーの成り上がりを良しとしない共和国は、刺客を送り込んだのですが、リンジーはそれを逆手に取り、海賊達と共に『財閥』を脱出します。

         リンジーは海賊国家『フォルツナ鉱夫民主国』(この国家は、何と、レッド・コンセンサスという宇宙船を領土とし、国民は11人の海賊だけというものでした)の一員となり、宇宙を旅するのですが、その過程で少数の工作者が身を潜めているアステロイドを発見し、これを自国に接収しようとしたため、工作者との間で激烈な戦いになってしまいます。
         この時、リンジーは工作者側の一人であるノラと知り合い、結局この二人だけが生き残ることになります。

         アステロイドに取り残されたリンジーとノラは死を覚悟するのですが、そこにやって来たのは『投資者』を名乗る異星人でした。
         『投資者』は、人類との貿易を望んでおり、その卓越進化したテクノロジーの一部を莫大な金額で人類に売りつけようとしていたのです。

         リンジーとノラは、『投資者』と人類との橋渡し役になることによって復権し、二人はゴールドライヒ・トレメイン議会国家で結婚して裕福な生活を送ることになるのですが、この様子が弟二部の『アナーキーと共同社会』で描かれます。

         さて、ここでタイトルにもなっている『スキズマトリックス』について説明しましょう。
         これは、著者による造語なのですが、直訳的には『分離床』とされています。
         極めて強力な異星人である『投資者』の登場により、もはや機械主義者と工作者との争いは意味を持たなくなってしまい、両者の間には平和がもたらされ、新人類(ポスト・ヒューマン)の太陽系のことを『スキズマトリックス』と呼ぶようになりました。
         ここでは、それぞれの国家や勢力が、分離しながらも緩やかに統一され、寛容が支配し、あらゆる分派に取り分が認められている社会だとされています。
         とは言え、それは結局の所、『投資者』による経済支配に人類が屈したということなのだろうと理解したのですけれど。

         『投資者』によりもたらされた平和も長くは続かず、再び緊張関係が高まり、ゴールドライヒ・トレメイン議会国家も凋落の時期を迎えます。
         機械主義者が再び勢力を盛り返したのです。
         リンジーは、もはやこの状態を避けることはできず、生きていくためには再び幻日となって逃亡せざるを得ないとノラを説得するのですが、ノラは現在の地位を捨てることを拒否するため、やむなく二人は別れ、リンジーは単身幻日に身を落として逃亡していくのでした。

         この様な物語の中で、非常に長い年月が経過していき、リンジーも超高齢になるのですが、そこは様々な延命、若返り措置が実用化されている世界ですので、リンジーも機械の腕を取り付け、人体に色々な措置を施すことにより若さを保ち続けるのですね。

         大まかに言うと概ねこういう感じで、リンジーが生き延びていく物語ということになるのですが、いきなり何の説明もなしに新しい概念や、固有名詞、社会体制、主義思想などがぽんぽん出てきますので、相当に難解な作品になってしまっています。
         まだ第一部、弟二部当たりまでは何とかついていけるのですが、最後の方になると一体何をやっているのか理解するのも難しくなってきます。

         また、死んだはずの登場人物が遺伝子を元に再生されていたりして、何度も再登場しますので、その点でも非常に錯綜した物語になっています。
         第一部で出てきた『芸者銀行』の遣り手であるキツネなんて、その後は肉の塊の部屋に姿を変え、最後には巨大な肉の都市になってしまうなど、もの凄いシュールさです。
         また、第一部でリンジーの後を継いで『歌舞伎イントラソラー』の運営を始めた、ブラック・メディカルのリューミンは、最後の方では完全に電脳世界に没入しており、『電線野郎』としてサイバー空間の中の存在と化してしまいます。

         まぁ、とにかく1985年にこの作品が書かれたことはものすごい衝撃だったことは事実であり、一挙にサイバー・パンクSFが市民権を獲得したわけです。
         『工作者/機械主義者』シリーズは、本作の他にも短編の形でいくつも書かれており(『蝉の女王』など)、それらの短編の方が理解し易いのですが、その集大成とも言える本作はSF史上やはり必読の一作と言えます。
         難解ですけれど、一度は頑張って読んでみる価値のある作品だと思います。
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        2020/02/11 by ef177

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      乳房 (文春文庫)

      池波 正太郎

      5.0
      いいね!
      • 『鬼平犯科帳』の番外編ともいえる長編。

        「まるで不作の生大根をかじっているようだ」と言われて、お松は煙管職人の勘蔵に捨てられた。その言葉が、お松の一生を変える。一年後、勘蔵を絞殺してしまったお松は数奇な運命をたどり始める。
        五年後、長谷川平蔵が火付盗賊改方となり、盗人倉ヶ野の徳兵衛をひそかに探り始める。徳兵衛はお松を囲っていた旦那だった。

        煙管が縁で平蔵は、お松が勘蔵を殺した下手人だとほぼ確信している。しかし、表立って調べることもしない代わりに、折りにふれてお松の動向はつかんでいる。
        その平蔵の目に映るお松は、出会った男たちに大事にされてどんどん変わっていく。「女は男しだい」という言葉に少し抵抗はあるが、その通りなのかなとも思う。
        だが、お松自身は「不作の生大根」という嘲りを常に胸に抱き、犯した罪のために我欲を捨てて生きている。それが幸運を引き寄せ、商家の主人から後添いにと強く望まれたのだろう。

        この「不作の生大根」にはオチがある。それを知ってお松が浮かべる笑みに、やはり女は強いという平蔵の言葉は当たっているなと思った。


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        2017/08/31 by Kira

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      火星の砂時計

      宇野亜喜良 , すやまたけし

      サンリオ
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
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      • この本に収録されている「素顔同盟」が、所属している読書サークルの今年の夏の課題図書でした。「素顔同盟」は教科書にも掲載されているとか。私は違う教科書でしたが、読んだ方いらっしゃるかな??

        すやまたけしさんという方は初めて知ったのですが、とっても素敵なメルヘンを書く方ですね。一気にその世界観に引き込まれてしまいました。
        私が興味深いなと感じた点は、16篇ほどのメルヘンが、最初はいかにもファンタジックだったのが、後半に収録されているものになるにつれSFのような話になっていくという点でしょうか。
        きっと作者のすやまさんは、過去という懐かしさの中でメルヘンを紡ぐことより、未来という希望の中でメルヘンを紡ぐことを志向していったのかなと感じました。

        どのお話もファンタジックでありながらSFで、メルヘンらしく含蓄に富み、読んでいてたまらなく愛おしい気持ちになります。
        古い本ですがどのお話も古さは感じないですし、色あせない魅力があると思っています。
        現在は入手困難な本のようですが、お近くの図書館に蔵書のある方は、ぜひ読んでみて欲しい一冊です。
        宇野亜喜良さんの挿絵がまたとっても素敵な1冊。
        宝石箱や万華鏡という華やかさはないけれど、宝箱のような趣のある、心の大事な部分にそっとしまわれるような、そんな1冊です。おすすめ。
        すやまさんのほかのメルヘンたちも読んでみたくなりました。

        最後に、この本に収録されている作品を列挙したいと思います。タイトル見てるだけでうっとりです。


        収録作品: 霧笛,彫金師と少年,仮面師と弟子,一輪車の村,漁船の沈む日,ユラ山脈を救え!,砂の河,火星の砂時計,スナザメ狩り,奇機械怪報告書,緑の心臓,ダミーM202,銀色の船,一億年プール,素顔同盟
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        2013/08/26 by mayuri

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      新編 洛中生息 (ちくま文庫)

      杉本 秀太郎

      4.0
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      • 『京都ぎらい』を読んだときに、嵯峨の人である著者がいけずを言われたという、杉本さんです。いわゆる「だんさん」ですね。おうちがりっぱなので見学に行ったことがあります。

        さて、そんな杉本さんですが、きれいな文章を書きますね。四季の美しさにあふれた日本語、パリやフィレンツェの思い出が挟まれるのも嫌味ではなく、ごく自然に文章の中に織り込まれています。エッセイスト・クラブ賞の受賞もうなずけます。

        しかし!

        懐古主義にかたよったところがあり、あー、これはいけずいいそうなだんさんだな、という感じです。ええ、これなら洛中と嵯峨を明確に線引きしそうだ。悪びれもせず、当然のように。
        崩れゆく京都を嘆き、西洋の整然とした街並みを賛美するのは、ちょっと手放しに賛同できないところはあります。アジア的都市の雑多さと西洋都市の端正さを比較するのはよくありますが、結局好みの問題ですし。

        とはいえやっぱり品のある良いエッセイ集です。草花や鳥の名前の知識は人生を豊かにするのだなぁ。街歩きの楽しさが知識の観に由来するとは思いませんが、ふと足を止めた先の神社の由緒を知っていれば、その分物思いにふける楽しみが生まれるわけで、知っているというアドバンテージはありますよね。著者は洛中の人なので、そういう由緒ある某かに行きあたる回数も多いのでしょうが、私の住む関東某所でもそういう体験はできるはずなのです。興味をもってあたりを見渡せば。そういえばポケモンGOのスポットがそういう場所のあることをみんなに知らせたという利点があるとか聞いたなぁ、とふと思い出したり。わたしはゲームはしませんが、そういうきっかけも良いですね。ふと何かにつけて和歌や詩を思い出すのも、優雅でいいなぁ。

        原章二さんの解説に書かれている「年上の友のような本」という表現に頷きます。まさに、そんな感じです。嫌味っぽいし気難しそうですけど、嫌いじゃないです。
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        2016/09/13 by ワルツ

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      北壁の死闘 (創元ノヴェルズ)

      ボブ・ラングレー

      東京創元社
      カテゴリー:小説、物語
      5.0
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      • 小説のジャンルに"山岳小説"と呼ばれるものがありますが、この山岳小説はいつもある一つの謎をめぐって書かれているような気がします。

        それは、人がなぜ山に登るのかという謎だと思うのです。山岳小説の名手で、「孤高の人」「栄光の岩壁」などの数多くの優れた作品を残した、新田次郎の山岳小説の"核"になっているものも、その謎だと思います。

        そしてこの謎は解かれることがありません----。なぜかというと、山岳小説はその謎を解くのが目的ではなく、むしろ、山に登る"人間の意思"、"自然に挑戦する心"、そのディテールを描いていくものだと思うからです。

        我々読者がそういう山岳小説を読んで圧倒されるのは、謎が解明されるからではなく、こうまでして、なぜ人は山に登るのかという謎が、ますます深まっていくからだと思うのです。

        そんな思いを巡らしていた時に読んだのが、このボブ・ラングレー原作の「北壁の死闘」で、ミステリータッチの実に見事な山岳小説でした。原題が"TRAVERSE OF THE GODS"(神々のトラバース)という意味深な題名です。

        この物語の舞台はアイガー北壁。1944年、吹雪が舞うこの死の壁をドイツの軍人が登って行きますが、そのディテールが圧倒的に素晴らしいのです。そのドイツの軍人が、なぜその死の壁を登らなくてはならないのかについては、ストーリー上の理由があり、ユングフラウヨッホ峠の頂上にある科学研究施設から、ウラニウム原子を分裂させる事に成功した科学者を誘拐するためなのです。

        原子爆弾の開発競争は、この第二次世界大戦の勝敗の行方を決定的に左右すると思われていました。そこで、ドイツ軍はこの科学者誘拐作戦を計画し、主人公のシュペングラーをイタリア戦線から呼び戻すというところから、この小説の幕が開きます。

        そして、この誘拐作戦に同行するのが、レジスタンス活動に従事している女性医師に、頑迷なドイツ軍人ヘンケ。そして、この鈍感で、無神経で、野獣そのもののヘンケを主人公のシュペングラーは嫌っているという設定も、この小説が一筋縄ではいかないという要素を匂わせていて、実に秀逸だと思います。

        そして、シュペングラーがこの誘拐作戦を引き受けたのも、使命感に燃えて引き受けたのではなく、彼にはかつて、このアイガー北壁で友人を死なせたという経験があり、そのトラウマからまだ立ち直っておらず、自分自身の心の問題という動機から、挑戦する必要があったのです----。

        しかし、そういうストーリー上の理由は、主人公のシュペングラーが、吹雪の舞うアイガー北壁にとりついた瞬間、全て関係なくなってしまうのです。ユングフラウ鉄道のトンネル内で行き場を失って、退くに退けず、遂に北壁に出て登り始めた途端、我々読者は、この険しい死の岩壁を登って行く彼の体に一体化し始めるのです。

        とにかく、想像を絶するクライミングなのです。そこでは敵も味方もありません。頑迷な軍人も、個人的な憎しみを忘れてしまう程なのです。そこに待っているのは、人間を跳ね返そうとする自然の猛々しい威力そのものです。

        彼らが闘わなければならないのは、内部の仲間うちの確執でもなく、追って来るアメリカ軍でもなく、ふと、"弱音を吐きそうになる、脆くて弱い自分自身"なのです。

        そして、この小説の圧巻は、北壁にとりついている者全員が戦争を忘れ、生き残るために登るという目的に集中するシーンです。冷酷無比なヘンケが己の死を賭けて、シュペングラーを救出しに行く場面は、人間同士が闘う事の愚かしさと、極限の自然と対峙する事による人間の善性の覚醒を、鮮烈なタッチで描いていて、激しく胸を打つものがあります。

        アイガー北壁は、歴史的には1938年に初登攀され、第二登は1947年。その間はアイガー北壁登攀史の空白とされていますが、この「北壁の死闘」は、その空白期における幻の登攀を描いたとも言える作品になっているのです。

        そして、この小説はプロローグとエピローグが現代になっていて、北壁のくぼみからドイツ軍山岳歩兵師団の登山帽を付けた白骨死体が発見されるというプロローグと、BBC調査員がイギリスに老女ヘレーネを訪ねに行くというエピローグを付けるミステリータッチの構成になっており、この幻の登攀にリアリティを与えようとする、ボブ・ラングレーの作家としての腕の冴えが見られると思います。
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        2016/09/19 by dreamer

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      お母さんが困ったとき読む本―幼児のしつけ方・育て方100ポイント

      品川 不二郎

      2.0
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      • 私は、お母さんじゃないけど、お母さんの気持ちになって読んでみました。

        結構古い本です。
        なので、わりと、今の時代だったらそんな事で悩お母さん少ないんじゃないかな?
        という内容でした。

        答えも、それくらいはわかってるよ〜という感じ。
        今の時代だと情報も教育も発展しているから、最近の本と比べると、昔の人達の方が悩み事を解決する情報が少ないのかなーと思いました。
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        2014/05/16 by oriedesi

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      ふふふんへへへんぽん! もっといいこときっとある

      神宮輝夫 , SendakMaurice

      (有)冨山房
      カテゴリー:小説、物語
      1.0
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      • よくわからない内容。

        2014/01/22 by Rie

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      竜の眠る星

      清水玲子

      白泉社
      カテゴリー:漫画、挿絵、童画
      4.0
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      • 再読

        S62『竜の眠る星②』鏡の中のエレナ
        S58『キス ミー バンパネラ』気の弱い吸血鬼のエイミー
        S62『What's ERENA?』清水さんちの猫ちゃん
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        2016/10/06 by ゆ♪うこ

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      清盛

      木下順二 , 瀬川康男

      ほるぷ出版
      4.0
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      • 清盛は、あれほど栄華を極めたけれど、晩年はさぞかし不如意なことや心痛が多かったろうと思う。
        良くも悪くも、強烈な個性の持ち主だったのだろう。
        あらためて読んでてそう思った。
        >> 続きを読む

        2013/08/04 by atsushi

      • コメント 4件
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