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1988年5月発行の書籍

人気の作品

      斜陽 他一篇

      太宰治

      岩波書店
      カテゴリー:小説、物語
      3.0
      いいね!
      • 匿名

        角川文庫で読んだ。意外にも読みやすくてさらさら読めた。最後のかず子の上原さんへの仕返しの意味がよくわからなかった。全体を通して太宰は病んでたんだろうなあ、という感じ。考えすぎてしまう人に特有の了解可能な悩みだ。 >> 続きを読む

        2020/05/04 by 匿名

    • 他1人がレビュー登録、 6人が本棚登録しています
      銀の匙

      中勘助

      角川グループパブリッシング
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね! Moffy
      •  時代が違うので、なじみない物も多かったけど、とにかく夢中にさせる一冊だった。
         表現がとてもきれい。
         幼い心で感じたことや見たことがとても細かく書かれていて、目の前に一つ一つの景色が広がりそうだった。

         一回目読み終えたが、何度も読むに値する作品だと思う。
         いや、何度も読まないと、完全に味わいきれない。

         機会あったら、また読んでみたい。
        >> 続きを読む

        2017/05/25 by Moffy

    • 他1人がレビュー登録、 2人が本棚登録しています
      暗室

      吉行淳之介

      講談社
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      •  魅惑的な女性たちが浮かんでは消え、最後には一人の女性のいる薄暗い部屋に通う物語
         ただの官能小説ではない、女性のあり方、ひいては人間というもののあり方、生きる意味、結婚するということ、「生活」というものの持つ重さとそれを持たない女性の軽さなど、あぁ、と実感を持ってうなずけるテーマが幾つも散りばめられている。

         私は、吉行淳之介という人が描くこの世界が、とても好きです。何冊読んでも飽きない自信があります。定期的に、浸りに帰ろうと思います。
        >> 続きを読む

        2018/04/04 by コノハ♦

    • 他1人がレビュー登録、 2人が本棚登録しています
      お菊さん

      野上豊一郎 , LotiPierre

      岩波書店
      カテゴリー:小説、物語
      3.0
      いいね!
      • ピエル・ロチ『お菊さん』試論 感想とレビュー 海外から見る日本

        -はじめに-
         ピエル・ロチ(ピエール・ロティ)作、野上豊一郎訳『お菊さん』は、1887年にフランス語で発表されました。現在、文学の中で比較文学という分野の勉強をしているのですが、そのなかでも影響研究という分野で今回のテクストが扱われました。大まかなあらすじとしては、海軍士官としておよそ120年前の長崎に寄港した、一人称の語り手である「私」が、3か月あまりの時を過ごすにあたり、日本の女性と同棲している間の出来事を日記的に描いた作品です。ですから、特にこれと言ったストーリーはありません。
         また、これは語り手の「私」とほぼ同じ経験をした作者ロチ自身がモデルとなっていることは明白です。今でいう私小説的な作品と考えていいでしょう。しかし、実際にロチが同棲した相手は「お金さん」という方だったらしく、この作品ではわざわざ名前を「お菊さん(マダム・クリザンテーム)」とし、語り手もロチであるということは本文に明記されていないので、いったん作者と切り離して、小説だけで考えます。

        -比較文学の定義-
         比較文学という言葉から、例えば夏目漱石と村上春樹の小説の比較などが思い浮かびますが、実はこれは比較文学ではなくて、ただの国文学ということになります。比較文学という言葉の定義として、「二つ以上の国の間における文学の影響関係を研究するもの」であります。今回のテクストの場合は、フランス人であり、フランス語で書かれたロチの『お菊さん』から見た、日本像というものが研究の対象となるのです。さらにここで使用した「影響」ということばは「創造的な刺激を受けて、受容者が独自の内部世界をつくりあげる」こととあります。
         この小説は日本ではあまりなじみがなく、しかもお菊さんという名前だけに、あの会談のお菊さんの印象が強すぎるので、なかなか浸透していない部分はありますが、当時のフランスならびにヨーロッパ周辺では大ヒットしたようです。というのは、1880、90年代には、極東の日本という国をしる情報源はほとんどありません。そこでの生活の様子が事細かに書かれたこの作品は、異国情緒を愉しめるものとして広く普及したようです。また、話のパターン、話型もまた彼らにとって魅力的なものだったようです。何故かわかりませんが、ヨーロッパの人々は、このように最初から別れることがわかっているけれども、一時的な夫婦関係の末情がうつり、去って行ってしまう男性を悲しみに打ちひしがれながら送る悲劇の女性という話の展開が魅力的だったようです。
         寄港した先での一時的な恋愛とその悲劇という話型は、日本でも有名でふと思いつくのは、「蝶々夫人」です。ですが、この作品は「お菊さん」のヒットの後に登場した作品で、この作品から大きく影響をうけているということがわかっていますので、「蝶々夫人」のほうはモデルは居たとされていますが、どうやらそこまで史実的ではないようです。こうした類似的な話型を、「長崎物語(造語)」として文学畑の人間は呼ぶことがあります。この寄港した先での外国人との一時的な恋愛というものはしかし、ピエル・ロチのこの小説でも日本以外の国でもそのようなことがあったということが示されていますから、多くの国の港町で在った悲劇なのです。

         日本のことが書かれてある小説を私たちが読んで研究しなければならないのには次のような理由があります。それは、意外と自分のことは自分ではよく見えていないということです。また、単純に100年以上前の当時の日本を知る重要な資料にもなります。ただ、外国人の目に映った日本人、外国という鏡を通してみた日本の姿というものは、意外と私たちは気が付くことができないのです。
         歴史的な話をもう少しすれば、この作品がヨーロッパでヒットしたことによって、極東への関心がたかまり、その後開催されたパリの万博では、その興味と相まって日本の工芸品の素晴らしさに多くの文化人が感動し、ゴッホやモネなどは、彼らの作品のなかにジャポニスムとして日本的な情緒を取り込むことになりました。

        -語り手の視点-
         この小説は、今私たちが読むと癪に障るような部分や、完全に現在の法に照らし合わせてもおかしい部分が描かれています。この小説では一人称の語り手「私」が物語を綴っているのですが、白人である「私」は異国である日本で、そこで目にするものすべてに驚き、それを事細かに描写してますが、どこかにバイアス(偏見)が見られます。彼らは、日本人のことを対等な存在とは思ってはいないのです。あくまでも一つ上の段階から見下ろしているという構図がここに生まれています。それを、この作品の研究者は、「見る私」と「見られる」日本人として見事に分析しています。
         「お菊さん」という名前はこの小説で作られた架空の名称で、実際のモデルとなった女性はお金さんといったようですが、この「お菊さん」という名前一つをとっても、当時の外国人が日本のことをどう思っていたのかを知ることができます。「菊=クリザンテーム」はその名前が現すように、花を連想、イメージさせます。いわゆる「長崎物語」の類似物語である「蝶々夫人」もまた、「マダムバタフライ」というように、昆虫がイメージされています。どうやら、当時の外国人、特にヨーロッパの白人たちにとって、日本の女性というのは、花や昆虫のように、小さくて可憐で、そうして守るべき対象となり、また昆虫標本のように思いのままに自分のコレクションの一つになるというような存在として認識されていたようです。この小説では、「人形(ブウペ)」という言葉が繰り返し使われます。そうして人形が並んでいるように感じている語り手は、日本人の女性たちのことを、自分とおなじ一人の人間としてではなく、その言葉通りに自分のままごとの相手である人形のような存在として認識しているのです。
         また、語り手の私は、西洋的なものの見方、つまり西洋の幾何学遠近法(透視図法)によって、日本のことを見ます。彼にとっては、お菊さんとの夫婦生活のすべてが発見の連続です。食事をするにしても、御膳から、漆を塗ったお椀やら、すべてが事細かに描写されます。しかし、それは図体の大きい彼にとっては小さくて、こまごまとしており、「ままごと」のようであったのです。扉ひとつにしても、取っ手の部分に細工が施してあったりして、日本人は特に普段気にもしないような細部にやたらと贅を凝らすと不思議がります。こうした部分がやたらと目につくのは、西洋の遠近法をもって日本を見たからなのでしょう。彼らにはそのような取るに足らない部分、遠近法でいえば近すぎて見えない部分に驚くほどの技術が使われていることが不思議だったのです。

        -お菊さんとの関係は-
         そもそもこの物語は、語り手の私がいつ終わるともわからない数か月間の長崎での停泊の間、その間の寂しさを紛らわせるためにカンゴロウという仲介者によって、女性を買うということから始まります。しかし、この買う、あるいは借りるという行為は、売春とは少し様相が異なるようです。語り手の私自身がそう思っていないということも色濃く作品にベールをかけて日本の読者を現在になって迷わせていますが、それを鑑みても、「私」がその娘の両親に日給いくらとして預かった女性は処女ですし、単なる売春とは異なります。それに、「私」自身は「夫婦の関係はなかった」と言っています。このことばを本当だと鵜呑みにするのは危険ですが、少なくともそうであったと思いたいという語り手の願望が現れているとは考えていいでしょう。
         この物語が単なる恋愛ものとして考えてはいけないのはこの点にあるとおもいます。そもそも私とお菊さんの関係性が謎なのです。性的関係があるのかないのかもベールに隠されていますし、私の視点からみると、どこか子供らしさを残している、あるいは時には演じている可能性のあるお菊さん。そうして最大の謎は、語り手の私がお菊さんの心を見ることが全くできていないということなのです。

         これまで、様々なことをずっと見続けてきた「私」ですが、なぜかお菊さんの内面だけは全くわからないと明言しています。今まで自分のものの見方、価値観で納得、理解してきた彼にとっては、お菊さんという存在はイレギュラーでした。そのことが最初カンゴロウの連れて来た娘を前にして、後ろにいたお菊さんに眼を惹かせた原因とも言えますし、またこの作品全体においてもお菊さんが際立って異種的な存在であるということを浮き彫りにさせています。
         時には子供らしく、時には大人らしく振る舞う彼女の言動を目の当たりにして、「ままごと」のような夫婦生活をしている私は、彼女の内面が見通せないことへのいらだちか、彼女に対して冷たくします。そのことが夜の生活はないというようなことを言わしめた原因でもあるでしょう。この小説は小説として成り立っているのか危ういほど、これといったストーリーもなければ、読者をひきつける構成もありません。極めて私小説的であり、また各章の最後に日付のあることから、語り手の私の手記であることが判明します。
         「人形」のようで、自分の支配下におけると思っていたお菊さんの心情がわからない「私」は、その裏返しか、自分の友人で同じ船乗りであったイヴとお菊さんをくっつけてみようとします。お菊さんが本当に自分のことが好きなのか、あるいは嫌いなのかがわからない「私」は、大親友であり、またお菊さんとも時を追って親しくなっていくイヴの心もまた試すのです。「私」がお菊さんとともに高い丘の上で夫婦生活をしている近所には、似たような外人の水夫と日本人の女性の一時的な夫婦の家が密集しています。長崎の奉行所も、このような外国人と日本人女性の一時の夫婦生活を認めることはしても、同じ場所に住まわせることによって管理していたものと思われます。
         作品の前半では、この周辺のおなじような家族と共に長崎を歩き回ることが何度かあるのですが、後半になると、そうした周辺の家族は次第に影をひそめ、私とイヴとお菊さんの三人が一緒にいるという描写が多くなります。イヴは友人ですが、私はもしかしたらお菊さんは私よりもイヴのほうが好きなのではないか、またイヴもお菊さんのことを恋しているのではないかと考え始めるようになります。私の家でイヴと三人で寝ることになった時には、わざとイヴ、お菊さん、私の順番で寝床をひいて試してみますが、お菊さんはその誤りをきちんと正します。小説らしい構図としては、「私」が無理やりお菊さんとの間にイヴを組み込むことによって、擬似的な三角関係を作り出して二人の仲を怪しむという構図ですが、もちろんこれは「私」の勝手な妄想にすぎず、結局イヴとお菊さんの関係には何の発展も訪れません。
         むしろ文学的な意味をここから見出すとしては、「私」自身のお菊さんへの愛情が自分でわからなくなったために、親友のイヴにお菊さんを取られると構図を疑似的に作り出すことによって、お菊さんを無理にでも好きだと自分を騙そうとしていたのかもしれません。

        -終わりに-
        最後にいよいよ別れとなる場面で、「私」は「これまで世界のいろんな場所で、別れ際に其処此処で拾い集めた、凋んで落ちた滅茶滅茶になった花をたくさん保存している。私はその蒐集がおかしなでたらめなものではあるが、殆ど植物標本になっているくらいにたくさん保存してある。-私はどうかして此の蓮の花に対しても心を動かしてみようと努めたが、それは駄目である。而かもこれはナガサキに於ける私の夏の最後の生きた記念物であるにも拘らず」と述べています。これはもちろん象徴的に日本という異国の地でであった女性、お菊さんのことを指しています。「私」は他の国でも、港に停泊している数か月の間に、その国の女性と同じような生活をしていたということを回想で述べていますから、そうしたそれぞれの国での女性との生活もまた、「植物標本」の一部なのでしょう。しかし、ここに来て、お菊さんの異種性、自分がどうしても情を移せないという状況に陥ります。
        そうして最後は「おお、アマ・テラス・オオミ・カミ、私をこの小さい結婚からきれいに洗い清めて下さい、カモの川水で。・・・・・・」とつぶやいています。これは作中何度か登場した、自宅の下に住む女性の祈りの言葉を借りて述べたものですが、すべてを洗い流したいというこのつぶやきは、お菊さんとの生活を後悔しているようでもあります。自分の欲求のために買ったものの、その欲求が十分に満たされなかった数か月間を終えて、「私」が後悔しているものは一体何なのでしょうか。他の女性だったら、もっと肉体的にも精神的にも満たされたということでしょうか。あるいはお菊さんという女性に対して悪いことをしたとい思いでしょうか。「私」はほとんどの章の最後を「・・・・・・」三点リーダーで省略し、自分のこころも全てを書かないという謎を持たせています。「私」のあまりにもエゴイスム的な小説に日本人の読者が読むとカチンとくるものがありますが、このテクストには謎が多く、当時の日本人、あるいは外国人の様子を見ることができる素晴らしい作品となっています。
        ただ、この小説はしばらく絶版になっており、入手が困難でした。現在では岩波文庫から出ていますが、最新の版でも、旧かな旧漢字になっており、一般読者にはかなり読むのは困難かと思われます。ピエル・ロチの謎を読み解きたい方は是非挑戦してみてください。
        >> 続きを読む

        2013/05/16 by yugen

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    • 1人が本棚登録しています
      はじめての構造主義

      橋爪大三郎

      講談社
      4.0
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      •  『カント入門』に並んで、2018年上半期に読んだ哲学解説書の中で有益だった一冊。構造主義は、哲学に関わらず、文学や芸術の分野でも語られる(語られた?)が、改めて学ぶ機会を設けることが出来た。レヴィー・ストロースに焦点が当てられており、彼が哲学の思考を、文化人類学に持ち込んだことの偉大さがよく理解出来る。また、橋爪大三郎の文章も読み易さに拍車をかけている。哲学に関わらず、様々な人文科学を学ぶにあたって、基礎知識として読んでおきたい。本書を読めばわかるが、構造主義の考え方のルーツには、理数系の思考が横たわっていることにも注目されたい。 >> 続きを読む

        2018/08/03 by shinshi

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      退却神経症―無気力・無関心・無快楽の克服 (講談社現代新書)

      笠原 嘉

      5.0
      いいね!
      • 退却神経症―無気力・無関心・無快楽の克服。笠原嘉先生の著書。優秀で真面目な子供が突然無気力で怠慢な問題児になったりすることは珍しくないこと。そういった突然の変化には心の病、精神疾患が潜んでいることが多い。退却神経症の存在を理解しておけば防げる悲劇があるはずです。 >> 続きを読む

        2018/10/24 by 香菜子

    • 1人が本棚登録しています
      古典の発見 (講談社学術文庫)

      梅原 猛

      4.0
      いいね!
      •  今回紹介するのは梅原猛の『古典の発見』。梅原さんの著作が多いせいだろうか、この本をすすめる読書案内本をあまり見かけない。文春が出している『東大教師が新入生にすすめる本』で見たきりだ。しかしわたしは結構気に入っていて、古典に対する持説をタイトルが代弁してくれるところが気持いい。
         「古典を読むからには何か発見したいものだ」というのが年来の主張である。もちろん、学会誌に載るような発見ではなくて、「ユリイカ」と思わず叫ぶようなものでもない。というのも、発見すべきは古典のなかではなく、自分の内面だからである。
         自己診断クイズってあるでしょ。要するにあれと同じ要領なんですよ、古典を楽しみながら読破していく態度って。YESとNOが好きか嫌いかに入れ替わるだけ。そういう読書をつづけていると、自分の原点のようなものを人は探しはじめます。もしかしたら、やがて自分が「日本人」に置き換わるかもしれない。そのような転換が起きるとき、知識を得ることに終始する「見る」作業から、問いを追いかける「読む」営みへと変貌をとげる。
         内容の紹介をまだしていませんね。万葉集、定家の美意識について、後鳥羽院と定家、芭蕉論、吉田兼好論、王朝女流日記について等、かなり幅広い議論が繰り広げられます。しかし、いちばん見逃せないのは序文で、そこで梅原さんの古典遍歴が語られます。過去の反省も込められたこの小文に、古典を読むための心構えが示されています。
        >> 続きを読む

        2015/02/28 by 素頓狂

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      ヒトはなぜ助平になったか

      戸川幸夫

      講談社
      カテゴリー:一般動物学
      4.0
      いいね!
      • 生物の種の保存に対する本能に着目し、人間の行動を性衝動の観点から定義する。

        タイトルからは想像も付かないアカデミックな分析。

        種の保存という本能に着目し、知性が発達し、本能を抑えることが出来る人間ではなく、実に様々な動物の緻密な行動観察や、精子と卵子が結びつく瞬間など、極めてアカデミックな要素が強い。

        ただし文体が平易なため、決して読みづらくは無く、難しい内容を誰にでも分かるように解説するという良書の条件を満たしている。

        読み進めていく内に感じたのだが、確かに頷ける点は有るものの、全ての行動は、種の保存に対する本能が基点で有るという考えは論理的に弱い。

        病気や事故で生殖機能を失った方々。そして老化によりそこに至った方々は強いモチベーションを持つことが出来ないということだろうか。

        また競走馬ではセン馬と言って、気性の荒い雄馬を去勢する場合が有る。
        もし性衝動がモチベーションを支配するなら、去勢された馬が以降レースに勝つことの説明が付かないのでは無かろうか。

        とは言え、良い車が欲しい。良い服を着たい。などは世の中に異性がいなければ、そもそも持ち得ない欲求ではないかとも思った。

        このタイトルを見て、手に取る人が多いのか避ける人が多いのかが知りたい。
        >> 続きを読む

        2012/04/21 by ice

    • 1人が本棚登録しています
      幻の翼

      逢坂 剛

      4.0
      いいね!
      • 百舌シリーズ2作目。
        1作目より読みやすくてスイスイ読み進められた気が…。慣れただけかな?
        一作目に続き、百舌の正体にまたしても、えぇぇぇぇ!(◎_◎;)
        その瞬間、最初から読み返したくなったけど、もう一度読み返すのはちょっとハード…。
        ドラマも見始めたので、登場人物はすっかりドラマのキャストに脳内変換されてます。
        ロボトミー手術のことをこの小説で初めて知って、ネットでも少し調べてみたけど、本当にこんな怖い手術が実際に行われていたんですね…。
        3作目も楽しみです。
        >> 続きを読む

        2014/11/18 by もんちゃん

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    • 1人が本棚登録しています
      まじっく快斗

      青山剛昌

      小学館
      カテゴリー:漫画、挿絵、童画
      5.0
      いいね!
      • 名探偵コナンの怪盗キッド視点の話です。キッドが事件を起こしている理由やキッドが怪盗になった理由、キッドのお父さんなどについてわかります。名探偵コナンが好きな方、怪盗キッドが好きな方にオススメです。 >> 続きを読む

        2015/05/11 by tamu

      • コメント 3件
    • 2人が本棚登録しています
      Cryingフリーマン - 九

      池上遼一

      小学館
      4.0
      いいね!
      • Cryingフリーマン 第9/全9巻

        最終巻。百八竜の首領としての存在を確立したフリーマンの郷愁。

        ついに最終巻。相変わらず面白いのだが、最終巻としてオチが付かないところだけが不満。

        ロシアから来た豪快系美女の殺し屋を一蹴。
        続く、サンボを極めた怪人も若干の苦戦は有ったものの、とくに問題なく退ける。
        反旗を翻した参加組織への制裁を終えるところは、もはや水戸黄門を観ているかのような安定感が有る。

        場面は変わって、初恋の女性との郷愁に浸るフリーマン。

        これまでは香港マフィアの首領として、言わば公人としての仕事に追われていた彼だが、やっとプライベートに割く時間ができたと言うことか。

        こちらでも、もはや彼の前に脅威などなく、なんなく敵を片付けるものの、現場からの離脱に面白さが有った。

        周囲を固められた彼が取った行動は、警察に捕まって自身が日本人で現在は百八竜の首領で有ることを正直に話すというもの。
        結果、香港への強制送還となるが、香港では百八竜の影響力は警察にも達しているため帰国すると即釈放という展開で有った。

        これで最終巻となるが、最初から最後まで一貫して面白かったものの、最終話としてのスペシャル感は無いに等しい。
        これほど楽しませてくれた作品だけに、この終わり方でも良いような気もするが、少し物足りない感は否めない。

        ストーリーの面白さと絵の緊迫感。双方が優れていたからこその名作だと改めて感じた。
        >> 続きを読む

        2012/10/30 by ice

      • コメント 3件
    • 1人が本棚登録しています
      ドナウの旅人

      宮本輝

      新潮社
      カテゴリー:小説、物語
      2.0
      いいね!
      • 退屈な本だったが、後半は面白かった。
        自分が東欧を何度か旅行していたので、景色を頭に浮かべて読めたことは楽しかった。 >> 続きを読む

        2016/01/17 by SYoYo

    • 8人が本棚登録しています
      アルセイスの秘密 グイン・サーガ - 28

      栗本薫

      早川書房
      カテゴリー:小説、物語
      3.5
      いいね!
      • 【黒龍戦役もおわり、ようやく平和が訪れたかに見える中原。だが、その背後で暗躍するものの影は、今もそこかしこに蠢く。パロのクリスタル・パレスでは、少年王レムスとアルド・ナリスとの軋轢が緊張の度を増してゆき、またかつての陽気な傭兵イシュトヴァーンは、王たらんとする野望へと歩を進める。そして、ここユラニア領では、ケイロニアの軍籍をぬけた精鋭一万騎が、グインの指揮の下、向かうところ敵なしの進撃を続ける。そして遂にアルセイスを臨む丘に達したとき、思いがけぬユラニア進攻の目的がグインによって語られるのだった。】

        グイン様、どうか日本の総理になってください!!!

        グインのやさしさ、おおらかさ、強さ、賢さ、、、にクラクラする。

        自分の出自、父も母も知らない。過去の記憶がない。しかも、豹頭の異形の身。・・・そんなもの、まったくどうでもいい。グインはかっこいい。

        グインの語ること、出来事、そのあちこちに真理がちりばめられている。

        対等の立場で交渉すべきであること(下に見るなら下の立場のそれなりにふるまうまでだ、とは道理だね。キタもそうなんじゃないの?)。この世の《上》にいまひとつの次元があり、そこでの争闘がこの世を揺り動かす…とは世界を裏で動かす巨大資本家のようなモノか?この世には阿修羅のような者もいるからね。

        出たな、グラチウス!闇の司祭。

        しかし、グインはそんなものに左右されるような小物、アホではなあ~い。

        グインなら、闇の司祭に牛耳られたこの日本を解放し、きっと平和に導いてくれるに違いない。グインには嘘も隠し立てもない。グインには真実を観る目がある。それは、
        「何が善にして何が悪なるかということ」
        「何が真実にして何が虚偽なるかということ」
        「何が重要で何が重要でないかということ」

        >オー・ラン「何が欲しい、云え。云わねばわからんぞ」
         グイン「平和」 オ「何ーーだと?」

        >「・・・・文明化された、自らを文明の子をもって任じている我々が、一方で、大だんびらをふりまわして人の首や胴をぶった切り、馬をとばしてわずかばかりの土地をうばいあい、略奪暴行をくりかえしている蛮人でもある・・・・」

        老人の街バルヴィナの老帝サウル。オー・ランに利用されほったらかされ、バルヴィナを70年の間一度も出ることもできず、寂しい人生の最後を迎えている。
        サウル老帝が自分の人生を振り返る言葉も実に深い。

        >「この世に、わしをあわれがるほどに自由な人間が一体どこにおるかね。・・・われらは自らというひとや(牢獄)の囚人にすぎぬ、と何千里を旅するのも、生涯同じ土を耕しておわるものも、同じこのひとつの肉体の内の囚人にすぎぬ。そうではないだろうか?
        ・・・・たまたま、何千年まえに、わが先祖が少々、目はながきいて、剣をふるうのがうまかった、というようなどうでもいい、つまらぬことがある。すると何千年ののちには、それが、絶対となってしまう。じっさいおかしなものだ・・・」

        サウルさん、ほんとにこの世はおかしなことだらけですね。

        ユラニア軍との駆け引きの場面もドキドキ。
        >> 続きを読む

        2017/10/22 by バカボン

    • 3人が本棚登録しています
      猫は殺しをかぎつける

      BraunLilian Jackson. , 羽田詩津子

      早川書房
      3.5
      いいね!
      • 本作は推理小説ですが、本作の魅力は登場する猫が可愛いくてにやにやしてしまうのです
        実際に猫を飼っているとわかる、人間が猫を飼っていると思っていても、猫は人間よりも何か遠くのものを見ているような、人間には理解できないものを猫は感じ取って行動するのですかね? 猫の不思議さとそこからつながる事件の顛末を感じ取れる作品です。
        >> 続きを読む

        2015/05/08 by teem0

      • コメント 4件
    • 4人が本棚登録しています
      夏、19歳の肖像

      島田荘司

      文藝春秋
      カテゴリー:小説、物語
      4.0
      いいね!
      • バイク事故で入院していた大学生に舞い込んだ出会いと別れ。

        主人公の葛藤や暴走に激しく共鳴してしまう記憶が有るのが嬉しかった。

        わずかなバイト代もバイクに投入し、いつもお金にはピーピー言っている大学生。

        自分ひとりなら、それでも特別不自由には感じないものの、好きな女性が出来ると一気に惨めな気持ちになったりしてしまう。

        それでも、相手が身の丈に合った女性なら何とかなるのだが、明らかにお金持ちの大人の女性だったりすると、その惨めさは加速する。

        今になって思えば、確かにお金は無いものの、それを埋めて余りある若さを持っていたはず。
        しかし、当時その価値に気づけるほど大人では無かった。

        ストーリーでは、ミステリアスな高嶺の花との時間が流れていくわけだが、例えどんな結末が待っていようとも、脇目も振らずに突進することにはとても価値が有る。

        青春時代なんて後悔の連続だと言うが、やりきってダメだったのと、やらずに諦めたのでは全く意味が違う。
        やりきって失敗したケースでは、受ける傷は深いのだが、得るものも大きい。
        過ちは繰り返さなくなるので、その後の恋の成功率は上がるはず。

        また、今になって感じる価値としては、青春時代の思い出に色を添える記憶になること。
        当時は交際に至らなければ無価値だったわけだが、背伸びしても届かなかった女性との思い出も逃がした魚のように鮮烈に刻まれている。

        単なる片思いで終わっていては、得られなかったご褒美なのかもしれない。

        残酷なラストシーン。しかし、これも妙にリアルに感じてしまった。
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        2011/05/22 by ice

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      かいけつゾロリのきょうふのやかた

      原ゆたか

      ポプラ社
      カテゴリー:小説、物語
      4.3
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      • 御札を、剥がそうとすると、顔ごととれてしまう。

        2015/01/26 by ムーリン

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      竜の眠る星

      清水玲子

      白泉社
      カテゴリー:漫画、挿絵、童画
      4.0
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      • 再読

        S62『竜の眠る星③』イスパニアのリブシェア王暗殺へ
        S62『ミルキーウェイ 2』エイリアン風
        >> 続きを読む

        2016/10/07 by ゆ♪うこ

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      大密室―幻の探偵小説コレクション

      トーマ ナルスジャックピエール ボアロー

      3.0
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      • 【ミステリfanならご存知の二人の合作作家の個性を、『密室もの』の比較で読み比べてみよう!】
         ミステリがお好きな方であれば、ボアロー&ナルスジャックの名前を聞いたことがあるのではないでしょうか?
         フランスの合作ミステリ作家で、ヒッチコックが映画化した『めまい』の原作や、アルセーヌ・ルパン名義でパスティーシュを書いていたりします。
         本書は、この合作コンビの単独作を一作ずつ収めている本で、しかもどちらの作品も密室(消失)トリックをテーマにしている作品という、なかなかユニークな企画です。
         ボアロー&ナルスジャックは、名前はそこそこ知られているものの、実際にその作品を読む機会はそう多くはなく、ましてや同じテーマで書かれた単独作品を読み比べるというのは、作品を探して意図的にやらない限りなかなか難しいように思えますので、そういう意味でも面白い本だと思いました。
         それでは、それぞれの作品をご紹介しましょう。

        ○ 三つの消失/ピエール・ボアロー
         かなり大胆な消失ものです。
         最初の消失は、ダ・ヴィンチの名画が展示されている画廊で起きます。
         ある冬の昼過ぎ、一人の男がこの画廊にやって来ました。
         案内人はつきっきりで展示されている絵の解説を始めるのですが、しばらくしたところで、男はコートに隠していた凶器を取り出し、案内人を殴り倒してしまうのです。
         そして男は一人で画廊から出てきたのですが、ちょうどその時、「奴をつかまえろ!」という案内人の叫び声が室内から聞こえてきました。
         画廊の外にある守衛所からすぐに二人の守衛が飛び出してきて、この男を取り押さえてしまいます。
         しかし、男は何も持っていませんでした。
         画廊に戻ると、案内人が頭から血を流して倒れており、そのまま息を引き取ってしまったのです。
         そして、あのダ・ヴィンチの絵が消えているではないですか。
         画廊の中も周囲も綿密に捜索されたのですが、絵はどこにもありませんでした。
         絵は見つからないものの、男が持ち出してはいないことは明らかなのでどこかに隠されているとしか考えられず、男の仲間が隠された絵を取りに来ることも考えられたため、その日から警察官が画廊の周囲を巡回することになりました。
         ある夜、レインコート姿の男がやって来て、巡回中の警察官をあっという間に縛り上げ、猿ぐつわをかましてしまい、画廊の方に近づくとどこからか絵の包みのような物を持ち出して出ていこうとするのです。
         縛り上げられた警察官は何とか指を動かして拳銃の引き金を引いて発砲し、非常事態であることを知らせます。
         すぐに守衛達が一斉に飛び出してきて、レインコートの男を追い詰めました。
         男は、塀際の暗がりの中に姿を隠したのですが、もう袋の鼠も同然です。
         暗がりを包囲した守衛達は徐々に男が隠れている辺りに近づいていったところ、何と、塀の外にレインコートの男が絵の様な物を持って走っているのが見えました(塀の外が見えたということはフェンスのような塀なのですかね?)。
         どうやって壁をすり抜けたんだ?
         とにかく守衛達は塀の外に出てレインコートの男を追跡し始めたのですがまんまと逃げ切られてしまいました。
         これが第二の消失です。
         さて、最初に捕まった男は裁判にかけられたのですが、警察の取調べに対しても、法廷での質問に対しても黙秘を貫き、何もしゃべりませんでした。
         次回は陪審員による判決の言い渡しということになり、その日は、男は護送車に乗せられて刑務所に戻ったのです。
         一方こちらは刑務所です。
         守衛が、ほぼ時刻通りに護送車の到着を知らせるラッパを聴いたので、1分もかからずに刑務所の門を開きました。
         ところが、前の道に護送車がいないのです。
         左右の道を見てもどこにも護送車はおらず、誰の姿もありませんでした。
         警察は、裁判所を出発してからの護送車のルートを調べ始めたのですが、あちこちで護送車が目撃されており、刑務所の正門に至る手前の曲がり角まで護送車が走っていたことが確認されました。
         ところが、曲がり角を曲がって50メートルほど行った所の正門前でラッパを鳴らしたのは間違いないにもかかわらず、護送車はどこにもいないというのです。
         これが第三の消失です。
         いや、なかなか大胆な消し方をしたものです。
         最終的にはそれぞれの謎は解き明かされるのですが、ちょっと手品のようなトリックではないでしょうか。
         さらに、ある一つの消失については、まさかそんなことをするはずがないという心理的盲点を突いているとも思います。
         なかなか楽しめる作品でした。

        ○ 死者は旅行中/トーマ・ナルスジャック
         こちらの作品は、航海中の船に乗り込んだ5人のアメリカ人が次々と殺害されるという事件を書いています。
         ある船室から2人の男の言い争う声が聞こえたので、直ちにその船室に行ってみたところ、鍵がかけられており、呼びかけても応答がありません。
         鍵を破ってドアを開けたところ、部屋の中に血だまりがあり、ナイフが落ちているものの犯人も被害者もどこにもいないのです。
         同様の事件が繰り返し起きます。
         探偵役のフランス人記者が客室が並ぶ通路で殴打されるのですが、その犯人の姿がわずかの時間で消えてしまいます。
         あるいは、ボーイが客室に食事を運び、ボーイが出てきた後、ほどなくしてその客室のドアを開けたところ、アメリカ人の客がナイフを突き立てられて絶命しています。
         犯人の姿はどこにもありません。
         ボーイが客室に入ってから出ていくまでの間、そしてドアを開けるまでの間、その客室は見張られており、誰の出入りもありませんでした。
         運ばれた食事は半分ほど食べられており、船医が死体を検案したところ、やはり食事をしていたことが確認されます。
         ですから、ボーイが刺し殺すこともあり得ないのです。
         設定自体はなかなか興味をそそるものがありますが、この作品はあまり良い出来ではありません。
         何よりも文章が下手くそなのです。
         『三つの消失』と同じ翻訳者なので、翻訳の問題ではなく、原文が下手なのでしょう。
         そして、探偵役の新聞記者が次々と推理してみせるのですが、それが一読して破綻していることが明かな推理ばかりなんです。
         それにもかかわらず、周囲の者達は「すばらしい推理だ」なんて褒めそやすから興ざめです。
         もちろん、すぐに推理が間違っていることが分かってしまうんですね。
         これを何度も繰り返すため、非常に鬱陶しいのです(作中で、この新聞記者は10以上の推理を考えたなんて言っている位です)。
         推理の粗製濫造も良いところです。
         あまりにもしつこく間違った推理が繰り返し書かれるため、読んでいる方もいい加減混乱してしまい、本筋の情報がぐちゃぐちゃにされてしまうのです。
         これは全く持って不親切な書き方ではないでしょうか。
         そして、まぁ、一応の解決が示されはするのですが、そのトリックは某有名ミステリのトリックと同じではないですか。
         しかも、某有名ミステリは、このトリックの扱い方が上手く、非常に鮮やかに書いているので効果抜群なのに対して、本作は下手な使い方、説得力のない背景事情しか書かれないため、読後感は「卑怯。ずるい。」となってしまうのですね。
         同じトリックを使っていても、その使い方によって名作にも駄作にもなるという良い見本ではないでしょうか。

         というわけで、ボアローの作品についてはそこそこ評価できるのですが、ナルスジャックの方が全くダメダメでした。
         こういう読み比べというのも興味深い物がありましたよ。


        読了時間メーター
        □□□     普通(1~2日あれば読める)
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        2020/04/20 by ef177

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      哭きの竜 5 (近代麻雀コミックス)

      能條 純一

      竹書房
      4.0
      いいね!
      • 哭きの竜 麻雀飛翔伝 第5/全9巻

        男としてのメンツを立てるために散った本宮。その真意を知らずに迷走する弟。

        限られた情報の中での判断は人生を誤るということを思い知らされた。

        東の広域暴力団桜道会。その跡目に最も近い男、甲斐組組長石川。

        同門の事実上の兄弟分で有りながら、その首を狙ったクーデーターの首謀者である本宮だが、石川との直接会話で目が覚め、最終的には西の実力者、海東に一矢報いつつ生命を落とす。

        その本宮の葬儀委員長を務めたのは、生命を狙われた張本人で有る石川。
        組織の中では対立せざるを得ない面は有ったにせよ、あまりにも互いを認め愛していた2人の悲しい仁義である。

        今回登場するのは本宮の弟。
        田舎から上京し、兄を漢として尊敬し、任侠道を邁進して来た彼だが、兄の死により石川を逆恨みした結果、石川を始め、甲斐組幹部を連続して襲う凶行に出る。

        結局は弟に真意を伝えずに散った兄が悪いのだが、ことの真実を知らぬまま自暴自棄になって生命を散らす弟。
        組織の中でごく一部の情報にしか触れることができず、尊敬する兄の意向に背くような行動を取ってしまう辺り、兄とは違い、弟はチンピラでしかなかったと言えよう。

        この巻の最終ページは緑一色。しかし發がアンコって無くても緑一色は成立するんだったっけ...?
        >> 続きを読む

        2013/03/05 by ice

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      娘たちの学校

      J・ランジュM・ミオー

      2.0
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      • 17世紀フランスの好色文学です。好色な若い女子ふたりのの性に関するあけすけなやりとりが会話体で綴られています。文学性はどうもだし、内容も現代に於いてはどうという事のない好色女子でして・・・読んでいて退屈しました。 >> 続きを読む

        2016/10/15 by 夢見る宇宙

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