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貴志祐介
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アマゾンの調査から帰ってきた高梨だが、恋人の早苗は違和感を感じていた。人格が明らかに変わっており死生観がまるで違う形容に。そして天使の囀りという言葉を残して自殺。早苗は原因を追究していく。なぜ人格が変わるのかや、洗脳などの言葉が変貌を遂げさせていくが、そこに科学的見地として答えを出していく。世界的に広がりを見せる可能性があるが、それを狭い範囲内で済ますという小規模なのがまた恐ろしさを生んでいる。終盤の山荘のどぎつい描写は貴志さんならではなホラー色。今のコロナの状況とは切っても切り離せない。 >> 続きを読む
2020/08/23 by オーウェン
王欣太
久々に連休がとれたので、蔵書マンガのうちから『蒼天航路』全36巻を何回目かの通読。僕にとって、三国志、というか中国史への入り口です。この本に出会うまでは、どちらかというと敬遠していました。深く知ってゆくごとにそのスケールの大きさ、歴史の古さを前に、日本史の浅さ、小ささを実感せずにはいられなくなりました。だいたいみなさん三国志といえば、劉備玄徳と関羽雲長、張飛翼得の桃園の契りから、諸葛亮孔明へと至る三顧の礼と、蜀側からの物語としてとらえられると思いますが、本書の主人公は乱世の姦雄・曹操孟徳です。而して、魏側からの物語。一代にして落陽の漢王朝を復活せしめ(結局は次代で魏王朝へと王位は移るのですが)、中華の平原に安寧をもたらした豪傑の物語です。戦、戦に明け暮れるばかりでなく、あらゆる文化、医術、政治、詩歌、歌舞音曲、料理、牧畜、殖産、工業、造船、貿易に興味を示し、混乱に明け暮れた漢王朝に一筋の光で照らしました。作者の脚色が色濃いとはいえ、矢継ぎ早に名言を激情に乗せてほとばしる曹操の姿は英傑そのもの。当時、まず学問といえば儒学。しかし、それが人間の能力の限界を固定化していると見るや、社会通念ともいえたこの学問さえ憎み、「唯、才のみ用いる」と高らかに吼える独裁者の登場に、中華の民は輝きを取り戻します。歴史をみるとき、新しい世界を迎えるにあたって、かならず破壊の王が現れますが、創造神も同時に育っているもの。ゆえに、乱世に傑物多しと言われる所以です。曹操孟徳の場合、イメージとしては破壊王。しかし、『蒼天航路』から入った僕にとっては創造神にしか見えません。では破壊王はといえば、董卓か、袁昭か、漢王朝か、黄巾か。とにかく、図抜けてカッコいい曹操孟徳を感じていただきたい。読んだ後は、ゲーム『三國無双』をプレイするときは必ず魏軍武将を選ぶようになります。 >> 続きを読む
2015/06/17 by 課長代理
漆原友紀
アニメから入りました。かなりお気に入りの漫画です。1話完結物。ここでいう蟲は怪異のような存在とみてください。虫ではなく蟲です。私もタイトルだけ聞いたら勘違いしてました。主人公のギンコが蟲によっておこる怪異現象を解決したりしなかったりな話です。主人公とは言いますがその時限りの登場人物が主体だったりします。昔話的なものを蟲という概念を取り入れて解釈している話もあります。1話1話の構成がとてもよくて読み終わった後は何とも言えない気持ちが出てきます。救いのある話かない話か、正解のない話か・・・静かな漫画が好きな人にはかなりオススメです。 >> 続きを読む
2015/04/22 by つむじかぜ
優しさに溢れた大好きな本。「サンタクロースっているんでしょうか?」という子供の疑問に新聞社の記者が答えたものが記事になり、本になった。この質問をお父さんにした女の子。「新聞社に問い合わせてごらん」と言ったお父さん。「そんな大切な質問をしてくれてありがとう」と女の子の疑問に答えた記者の方。女の子の素直さやお父さん、記者の方の優しさや誠実さに心温かくなる。物事に対してこんな風に考えられる心の持ち主でいたいと思ったし、小さな子の疑問にきちんと向き合ってこんな風に答えられる大人でいたいと、心から思った。 >> 続きを読む
2012/12/06 by sunflower
エドワード・ゴーリー , 柴田元幸
とある庭で巻き起こる不思議を、どこの国のものともつかぬ言語で綴る物語。 NHKで放映される海外クレイアニメでありそうな感じ。 こういうの、好きな人にはたまらんですな。 >> 続きを読む
2014/07/11 by B612
飛鳥部勝則
今まで意識して避けてきた飛鳥部勝則の「砂漠の薔薇」を読み終えました。17歳の高校生・奥本美奈は、明石尚子という女流画家から、モデルにならないかと誘われ、彼女の家に出入りするようになった。彼女の家の隣に建つ空き家は、"ヘル・ハウス"と呼ばれ、かつて美奈の友人が、首なし死体となって発見されるという惨劇が起きていたが、その隣家に謎めいた男女が引っ越してきた。怪しげな人間関係が錯綜する中、ついに第二の首斬り殺人が発生した-------。デビュー以後、高踏的な芸術家ミステリを立て続けに発表してきた飛鳥部勝則は、当初は分かる人だけに分かればよいといった作風が嫌で、意識的に遠ざかっていましたが、この「砂漠の薔薇」では、より広範囲な読者層を意識することを要請される、"ノベルス"という媒体へ書下ろしという形で進出するに当たって、登場人物の奇矯な言動を強調した「変人小説」としての狂騒的雰囲気の中に、伏線を巧妙に紛れ込ませるという方法論を選んでいる。登場人物のいずれもが、危うげなエキセントリックさを振りまいているため、我々読む側は、誰が真の探偵役なのかも最後まで見抜けないまま、二転三転する推理に翻弄され、真相の意外さに驚愕する他はないのだ。 >> 続きを読む
2018/07/21 by dreamer
若竹七海
「日常の謎」というジャンルを日本ミステリ界隈で有名なものにした作品の一つ。推理小説家若竹七海氏が実際に遭遇した、50円硬貨を毎週土曜日に書店で1000円札に両替するみすぼらしい男が、、いったい何者で、なぜそのような行為に及んだのかをプロアマ問わずに解決を試みたアンソロジー。 企画の始まりが推理小説家たちの集まりから湧いたものだったからか、多少の内輪感はあるが、いくつかは面白いものがあった。この小説自体は、納得いく推理を楽しむというよりは、こんな解釈もできるな、といった風に楽しむのが一番だろう。また、この小説以降に「日常の謎」が流行ったという日本ミステリ史における歴史的意義にも注目するべきである。 もし、またこの企画を行うのであれば、乙一や米澤穂信といったゼロ年代の推理小説家たちにもぜひ書いてもらいたい。 >> 続きを読む
2017/09/26 by shinshi
稲盛和夫
財務分析の勉強をかじった時、素人なだけに「会計」の常識に「何か実際の人間活動からズレてない?」と思うことがしばしばあった。例えば「原価償却」の方法とか。でも、それが会計の「ルール」ですから!と言われてしまえばそれまでだよな・・・と思っていたら、それに真っ向から異を唱え、実際の経営に生かして得た人が居たとは。この手法を実際 実行出来る経営者は日本にどれくらい居るでしょうね。まさに、すべての問題は「勇気」の問題です。 >> 続きを読む
2015/11/29 by FUKUchan
ムラマツエリコ , なかがわみどり
日々の嫌なことを、全編にわたって書き連ねた本。とにかく共感、共感。特に大人の理不尽さに傷ついた子供時代の話には胸が締め付けられる思いがする。な・の・に。どうしてこんな度々吹き出してしまうんだろう?暗い話なのに、なぜか笑ってしまう。嫌なことにぶつかっても、何とかどーにかしてきてきたからこそこうやってユーモラスに表現できるんだろうな。それを読んで、いつも元気もらってる。落ち込んだ時、読みたい本。 >> 続きを読む
2015/01/11 by moonchild
脇明子 , ルイス・キャロル
幼い日のアリスに捧げられたファンタジー。トランプの世界⇒チェスの世界金色の 夕映えのなかどこまでも たゆたいゆかん人の世は 夢にあらずや?ビクトリア朝時代の1871年に出版された「鏡の国のアリス」は、「不思議の国のアリス」の続編です。チェスのゲームに(一応は)のっとってチェス盤の上を舞台にお話しが進んでいきます。今回のアリスにはポーンから女王に昇格するという目的と流れがあります。さかさまの国では文字も鏡字なら時間の流れも時々双方向。のどが渇いたと言えば乾いたビスケットを食べさせられたり。ナンセンス度は相変わらず。ドタバタ、はちゃめちゃ度は控えめかと思います。テニエルの挿絵がさらに美しくなっていて、アリスが大人っぽく、超美少女に進化しています。ルイス・キャロルが挿絵に細かく注文をつけるので、仕事の依頼はこれを最後にしてくれとギブアップしたとか。二人の意思疎通のもとで作られた作品であるため絵の効果は「不思議の国」以上の出来ばえです。鏡の国に入っていくシーンの表現やハンプティ・ダンプティの姿などはきっと多くの方面に影響を与えたのではないでしょうか。ハンプティ・ダンプティ、ジャバウォッキー(ジャバウォック)、ユニコーンといった個性的なキャラクターが登場。おしゃべりする花や、双子のティードルディーとディードルダムが登場するのも「鏡の国」のほうです。ディズニー映画では不思議の国と鏡の国のキャラクターをまぜこぜにしていますので、あれを元にイメージすると混乱しますのでご注意ください。『ジャバウォックの詩』を代表とした、ナンセンスな詩や歌詞がふんだんに出てくるのも特徴。自作の詩の他にマザーグースも引用されています。あいかわらずのダジャレや造語(カバン語)がいっぱいで翻訳は困難を極めます。翻訳者の数だけ別々の日本語訳、別のアリスがあるっていうことです。ほんのさわりだけご紹介。Twas brillig, and the slithy toves Did gyre and gimble in the wabe; All mimsy were the borogoves, And the mome raths outgrabe.ジャバーウォッキーそはゆうやきどき ゆるしなきトーヴどもにもひろに ガイリし キリリしたりきひたぶるにうすじめきは ボロゴーヴどもえはなれしラース あまたさうしゃめりき (脇 明子訳 本作)ジャバウォッキーときしもぶりにく、しねばいトーヴが、くるくるじゃいれば、もながをきりれば、すっぺらじめな、ポロドンキン、ちからのピギミイふんだべく。 (生野幸吉訳)子供の頃に読みなれた生野訳!(やっぱ、「ちからのピギミイふんだべく」!これがめちゃくちゃ印象に残っています でも、どこをどうしたらこんな訳になるのやら?)夕めし時 ぬるんのトーブはぐるんと 穴を開きボロゴーブは嘆きラースは喚き (佐藤恵子訳)*映画/DVD『アリス・イン・ワンダーランド』日本語吹き替え版より参考 http://www.hp-alice.com/lcj/l_translation.htmlアリスの物語はイメージの訓練になります。ただし、この作品が面白いかどうかは人によりけりで、読む価値はありますが、私は小説として前作よりも面白いとは思いません。しかし「セイウチと大工」のシーンやクイーン・アリスのパーティーのシーンなどは印象深く面白いですし、クリスティやクイーンやその他多くの作家に使用されているモチーフとして知っていて決して損はない。そう思います。 >> 続きを読む
2012/11/28 by 月うさぎ
MarshakSamuil IAkovlevich , 湯浅芳子
「ペンギンの憂鬱」の中にソーニャとニーナが森にマツユキソウを探しに行くところがある。マツユキソウってあれではないかな「森は生きている」の花。と思い出した。子どもの頃にラジオドラマで聞いて、劇でも見た。ときどき学校で劇を見せてくれていた。「北風と太陽」「ソラマメの煮えるまで」など、後は覚えていないけれど、面白くて何度も夢に見た。 特に好きだった「森は生きている」なのに焚き火を囲んだ12の月の場面しかはっきり浮かんでこない。それで図書館に予約した。2009年の新版が来て、誰も読んでないように綺麗で新しかった。戯曲だし子供向けなので、楽しかった。大晦日なのに、意地悪な老婆と娘に、孤児のまま娘がこき使われて苛められている。まま娘はそだを拾っていた森の中で、モミの木を切りに来た老兵士が、おじいさんのおじいさんが大晦日の晩に一年の月を一度に見たと話してくれる。お城では、これも両親のない王女がマツユキソウが欲しいとダダをこねている。「マツユキソウがないと新年にはならないわ」では明日は?と教育ががりの博士が訊く。王女は「マツユキソウのない明日は12月32日よ、そして33日、34日。新年は来ないわ」と言う。年賀のために来ている隣国の大使たちは途方にくれてしまう。マツユキソウを持って来たものには籠一杯の金貨を与える とおふれをだす。一方、老婆の言いつけで森に入ったまま娘は、日が暮れてもマツユキソウが見つからない。雪は深く手足は凍えてくる。すると遠くに焚き火が見えて、12人の人たちが話していた。それが大晦日に集まった12の月たちで、12月のおじいさんから1月のおじいさんに一年の手渡しをしようとしていた。可愛いまま娘は火のそばによって、マツユキソウを探していると言う。そこで、一月の風景が過ぎ二月が過ぎ、三月の雪解けが過ぎ、四月になる。あたりは明るく、草は萌え出て、マツユキソウの群れが花を開く。まま娘は花を摘んで籠に入れる。四月は美しく輝く指輪をくれて、困ったときに投げて唱える言葉を教えてくれる。家では老婆と娘が帰りを待っている。まま娘が持ってきた籠一杯のマツユキソウを見る、褒美は籠一杯の金貨だった。花を大きな籠に入れなおし、隙間を土で生めて二人はお城に出掛ける。マツユキソウが来たお城では新年の宴がはじまる。そこで、女王はマツユキソウが咲く春の森に行きたいと言い出す。女官庁は「お母さんのわがまま、お父さんのとっぴょうしのない気まぐれを受け継いで、夏はツララが御所望でしょう」と嘆いている。老婆と娘は案内役で森に行くことになる。兵士と二人の先導で森に入っていくが、王女は寒くてたまらない。先へ行く兵士たちは道作りで大汗をかいて赤い顔をしている。「なぜ赤い顔をしている?」「道作りで動いたからです」「それでは私もそうしよう、シャベルを持て、博士も、女官庁もみんなそうするのです」息をきらしながらみんなで進んでいくが、迷子になってしまう。道案内の老婆と娘は、まま娘を呼んでくる。 盗んだ指輪を返し、無事森の中で12の月のお陰でマツユキソウに出会うのだが。指輪は女王が欲しがり、まま娘が渋っていると、湖に投げてしまう、そこで娘は教えられた言葉を唱えると、一月のタンバリン、二月の角笛、三月の鈴の音が聞こえ、白い姿が娘を連れ去ってしまう。そして春が来る。みんなでマツユキソウを摘んでいると、木の実がなる夏から秋へ、そしてまた一月。帰り道が解らず震えていると老人が来て願いをかなえてくれると言う。老婆と娘は毛皮がいい、犬のものでもいいから欲しいと言うと、二枚の毛皮をくれた、しばらくすると二匹の犬になってソリを引かなくてはならなくなる。森の中では焚き火が燃えて12の月が揃っている。まま娘はなくしたと思った指輪を貰い、老婆もその娘もいなくなった家に帰る。12の月は、順番に贈り物を持って家を訪れると言う。別れ際にすばらしい葛籠をくれる。帰り道のために立派なソリもくれる女王はまま娘のそりに乗せてもらう。お願いしますと、ありがとうを覚えて、褒美を与えることが感謝ではないことも覚える。lままむすめ さようなら12月のにいさんたち!みなさんの新年の焚き火を、あたしは、わすれませんわ。 女王 わたくしはよろこんでわすれたいけど、わすれられないわ。博士 わすれてこそーーー思いだすもので。ままむすめ (ふりかえりながら)さようなら。四月の月さん。冬の月たち 途中、なにごともないようにな。四月 さようなら、かわいい子。ぼくがお客に行くのをまっていておくれ。 鈴の音がまだながくきこえている、やがてしずまっていく。森の中があかるくなってくる。朝が近づいてくる。作者も訳者もなくなっている。1946年に書かれた戯曲、童話劇だが「青い鳥」と肩を並べる名作だそうだ。訳者あとがきではこの作品は、古くから伝わるスラヴの伝説、すなわち新年をひかえた「ペンギンの憂鬱」の中にソーニャとニーナが森にマツユキソウを探しに行くところがある。マツユキソウってあれではないかな「森は生きている」の花。と思い出した。子どもの頃にラジオドラマで聞いて、劇でも見た。ときどき学校で劇を見せてくれていた。「北風と太陽」「ソラマメの煮えるまで」など、後は覚えていないけれど、面白くて何度も夢に見た。 特に好きだった「森は生きている」なのに焚き火を囲んだ12の月の場面しかはっきり浮かんでこない。それで図書館に予約した。2009年の新版が来て、誰も読んでないように綺麗で新しかった。戯曲だし子供向けなので、楽しかった。大晦日なのに、意地悪な老婆と娘に、孤児のまま娘がこき使われて苛められている。まま娘はそだを拾っていた森の中で、モミの木を切りに来た老兵士が、おじいさんのおじいさんが大晦日の晩に一年の月を一度に見たと話してくれる。お城では、これも両親のない王女がマツユキソウが欲しいとダダをこねている。「マツユキソウがないと新年にはならないわ」では明日は?と教育ががりの博士が訊く。王女は「マツユキソウのない明日は12月32日よ、そして33日、34日。新年は来ないわ」と言う。年賀のために来ている隣国の大使たちは途方にくれてしまう。マツユキソウを持って来たものには籠一杯の金貨を与える とおふれをだす。一方、老婆の言いつけで森に入ったまま娘は、日が暮れてもマツユキソウが見つからない。雪は深く手足は凍えてくる。すると遠くに焚き火が見えて、12人の人たちが話していた。それが大晦日に集まった12の月たちで、12月のおじいさんから1月のおじいさんに一年の手渡しをしようとしていた。可愛いまま娘は火のそばによって、マツユキソウを探していると言う。そこで、一月の風景が過ぎ二月が過ぎ、三月の雪解けが過ぎ、四月になる。あたりは明るく、草は萌え出て、マツユキソウの群れが花を開く。まま娘は花を摘んで籠に入れる。四月は美しく輝く指輪をくれて、困ったときに投げて唱える言葉を教えてくれる。家では老婆と娘が帰りを待っている。まま娘が持ってきた籠一杯のマツユキソウを見る、褒美は籠一杯の金貨だった。花を大きな籠に入れなおし、隙間を土で生めて二人はお城に出掛ける。マツユキソウが来たお城では新年の宴がはじまる。そこで、女王はマツユキソウが咲く春の森に行きたいと言い出す。女官庁は「お母さんのわがまま、お父さんのとっぴょうしのない気まぐれを受け継いで、夏はツララが御所望でしょう」と嘆いている。老婆と娘は案内役で森に行くことになる。兵士と二人の先導で森に入っていくが、王女は寒くてたまらない。先へ行く兵士たちは道作りで大汗をかいて赤い顔をしている。「なぜ赤い顔をしている?」「道作りで動いたからです」「それでは私もそうしよう、シャベルを持て、博士も、女官庁もみんなそうするのです」息をきらしながらみんなで進んでいくが、迷子になってしまう。道案内の老婆と娘は、まま娘を呼んでくる。 盗んだ指輪を返し、無事森の中で12の月のお陰でマツユキソウに出会うのだが。指輪は女王が欲しがり、まま娘が渋っていると、湖に投げてしまう、そこで娘は教えられた言葉を唱えると、一月のタンバリン、二月の角笛、三月の鈴の音が聞こえ、白い姿が娘を連れ去ってしまう。そして春が来る。みんなでマツユキソウを摘んでいると、木の実がなる夏から秋へ、そしてまた一月。帰り道が解らず震えていると老人が来て願いをかなえてくれると言う。老婆と娘は毛皮がいい、犬のものでもいいから欲しいと言うと、二枚の毛皮をくれた、しばらくすると二匹の犬になってソリを引かなくてはならなくなる。森の中では焚き火が燃えて12の月が揃っている。まま娘はなくしたと思った指輪を貰い、老婆もその娘もいなくなった家に帰る。12の月は、順番に贈り物を持って家を訪れると言う。別れ際にすばらしい葛籠をくれる。帰り道のために立派なソリもくれる女王はまま娘のそりに乗せてもらう。お願いしますと、ありがとうを覚えて、褒美を与えることが感謝ではないことも覚える。lままむすめ さようなら12月のにいさんたち!みなさんの新年の焚き火を、あたしは、わすれませんわ。 女王 わたくしはよろこんでわすれたいけど、わすれられないわ。博士 わすれてこそーーー思いだすもので。ままむすめ (ふりかえりながら)さようなら。四月の月さん。冬の月たち 途中、なにごともないようにな。四月 さようなら、かわいい子。ぼくがお客に行くのをまっていておくれ。 鈴の音がまだながくきこえている、やがてしずまっていく。森の中があかるくなってくる。朝が近づいてくる。作者も訳者もなくなっている。1946年に書かれた戯曲、童話劇だが「青い鳥」と肩を並べる名作だそうだ。訳者あとがきでは---この作品は、古くから伝わるスラヴの伝説、すなわち新年をひかえた大晦日の晩に、1月から12月までの月の精がのこらず森の中で出逢うという伝説をもとにして書かれたもので、境遇の不幸に負けることなく、いつも明るさと他人への思いやりを失わず、雄々しく勤勉に働く少女が思いも寄らぬ幸福をえたという、いわばソビエトのシンデレラ物語です。いわゆる継子いじめがあったり、娘と同じ年頃の両親のいない女王のわがままがあったりして、物語はおもしろく展開しますけれど、しかしこの作品のねうちは、そうした筋のおもしろさばかりにあるのでがありません。作品の底に流れている高いヒューマニズム、人間なり人間の生活なり、また社会なりへ向けた作者の眼の鋭さ、深さ、視野の広さ、などによって、この作品は普通ありきたりの童話劇でないものになっています。またその内容を現している形式の美しさによって高い芸術作品にもなっています---気の効いた、面白い台詞が沢山あり、こんな話だったのかと読んでいても楽しかった。ディズニーの映画になれば、劇場に見に行こう。「アナと雪の女王」のようにつくれるかも。 >> 続きを読む
2014/10/02 by 空耳よ
アリソン・アトリー , 松野正子
10点評価したぐらい、とてもとても素晴らしい本でした。 時間が出せないので、隙間時間ある限り小切れ小切れに読んだのですが、たっぷり一日空けることが出来る方は、是非一気読みをおすすめしたいです。 というのは、描写が魅力で、物語に取り込まれます。本当に。 映画を見ているようで、それよりも生々しくて......ペネロピ―が過去の世界に旅をするように、旅をするペネロピ―を幻のように自分が隣に立って、物語を見届けるような感覚です。 歴史、地理、文化......知識が豊かに盛り込まれて、大満足でした。 メアリー女王の処刑についても、より深まった理解ができるようになるでしょう。 映画化したら絶対素敵だと思いました。 でもどんなに素敵に映画化されても、この素晴らしさは全部再現しきれないだろう。 翻訳者の方にも、あっぱれです! >> 続きを読む
2017/09/29 by Moffy
小川環樹 , 武部利男 , 羅貫中
学生時代からの「三国志」アレルギーを克服する為に簡単なものから読めば三国志が理解できるかなと思ったのが動機。やっぱりいつもの読書と違い、登場人物の名前が出てきてもどこの陣営の人物かぱっと出てこない点で読むのに苦戦したが、ある程度は理解できたと思う。今のところ人物で「いいな」と思ったのは、関羽・趙雲。諸葛亮も最後に登場し、次の巻が物語的に一番盛り上がる所なのかなとも思う。あと「三国志」を深く理解するのには色々な方が書いた三国志関連の作品を読まないといけないなとも考えでいる。感想はこんなところです。 >> 続きを読む
2017/01/10 by おにけん
登場人物が多すぎて、誰がどの陣営の人物なのかピンと来ず文章を読み進める間も頭はフル回転状態。心の中で泣きながらよんでいます。記号を読んでいるみたいな感覚。三国志は興味があるのだけど自分との相性が悪いのかなあ。それでも何とか読破。上巻でお気に入りだった関羽、張遼の出番が少なく残念。中巻では蜀方の老将軍黄忠がいい活躍をしているかなあ。ともかく曹操・劉備・孫権の動向を中心に一通り三国志の物語を読んでいきたいと思う。 >> 続きを読む
2017/01/27 by おにけん
取りあえず読了。やはり玄徳や諸葛亮、関羽や張飛、曹操などが物語から退場すると一気に面白さが半減するかな。諸葛亮の南蛮討伐のエピソードは、寛大だなと思った。物語の登場人物が多く、理解するのにかなり苦労したが、取りあえず話の流れはつかんだ感じ。「男前だな」という人物が多く、その点が物語の魅力なのかなと思う。少し時間をおいて、長い物語の三国志に挑戦していきたい。 >> 続きを読む
2017/02/11 by おにけん
内藤濯 , サン・テグジュペリ
久々に読み返しました。初めて読んだ時はあまり意味がわからなかった気がします。読むたびに感じ方が変わるのは大人になったからなのか。いい作品ですよね。ずっと大切にしようと思う一冊。心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ ーキツネ >> 続きを読む
2015/02/17 by すもも
千葉俊二
とても良い一冊だった。一種のResignationを持ちながらも、自由に、正直に生きようとする、そのバランス感覚が、おとなだなぁと思う。人生の幅を広げてくれるような一冊と思う。 >> 続きを読む
2017/09/20 by atsushi
フローベール
『フローベールの鸚鵡』に出てきていて、面白そうだったので読んでみました。ビアスの『悪魔の辞典』をイメージしていましたが、まぁだいたいそんな感じです。ウィットに富んでいる、というよりは、わざと平凡なことをつらつら並べているのか?とも思いましたが、実際平凡なのかどうかが、フロベールと文化を共有していない私には判断できませんでした。時代背景を知ったうえで楽しむか、時代背景を知る手掛かりにするか、という場合にはいいのでしょう。しかし現代の日本人からすれば、時代も土地も違いすぎて、ちょっと戸惑いました。巻末の解説が充実していたのが助かりました。あと、わりと大人なネタをかましている項目がちょくちょくあるのに対して、冷静な注がついているのが面白かったです(笑)。そういう意味では平凡社ライブラリー版のほうが面白いのかもしれません。あちらのほうがレーベルとして自由度高そうなイメージなので。 >> 続きを読む
2016/05/07 by ワルツ
TudorTasha , 中村妙子 , MooreClement Clark
クリスマスにレビューしたかったのにうっかり年越ししてしまいました!娘がまだ2~3カ月の頃、私の母とクリスマス前にクレヨンハウスに行きクリスマスプレゼントに何か選んでと言ってもらい、いつか娘と読みたいなぁと思って選んだ絵本です。その時は、こんなに文字もあってきっと読むのは4~5歳くらいかなぁとすごく先のことのように思っていましたが、この冬にふとパラパラめくってみるとあ、もう読めるかもしれないと思い、12月は何度か一緒に読みました。子供との毎日は1日1日がドタバタだしその時は必死だけど過ぎてみるとあっという間で。もうこの絵本を読めるようになったのか~と感慨深いです。肝心のこの絵本の中身は。お話はクリスマスの前の晩にサンタクロースがトナカイが引く橇にのって表れてプレゼントを置いて去っていくまでのシンプルながら王道のクリスマスを楽しめるお話しです。そして、ターシャ・テューダーの絵がとーっても美しい。1ページ1ページがクリスマスカードになりそう。面白おかしい展開もないので、もしかしたら子供よりも大人の方がこの絵本を楽しめるかもしれません。 >> 続きを読む
2019/01/12 by chao-mum
伊勢英子
阪神大震災の復興チャリティの1000人のチェロ演奏に関する絵本。 私も、自分の人生のチェロを、他の人の心と合わせながら弾き続けたい。 そうこの絵本を読んで、思った。 不思議と癒される絵本。 >> 続きを読む
2012/12/22 by atsushi
出版年月 - 2000年11月発行,出版の書籍 | 読書ログ - 読書ファンが集まる読書レビューサイト
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