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2020年05月の課題図書


2020年5月の課題図書は筒井康隆の「時をかける少女」です。

1983年公開の大林宣彦監督による実写映画、2006年公開の細田守監督によるアニメ映画など、
様々な表現で愛され続けている名作「時かけ」。
メディアミックスの先駆けともいえる日本を代表するSF小説を是非、この機会に。

Book Information

時をかける少女

3.4 3.4 (レビュー9件)
カテゴリー: 小説、物語
定価: 460 円

放課後の誰もいない理科実験室でガラスの割れる音がした。壊れた試験管の液体からただようあまい香り。このにおいをわたしは知っている―そう感じたとき、芳山和子は不意に意識を失い床にたおれてしまった。そして目を覚ました和子の周囲では、時間と記憶をめぐる奇妙な事件が次々に起こり始めた。思春期の少女が体験した不思議な世界と、あまく切ない想い。わたしたちの胸をときめかせる永遠の物語もまた時をこえる。

いいね!

    レビュー

    すべてのレビューとコメントを開く
    • 評価: 3.0

      筒井康隆のYA。
      素直で楽しいそしてちょっとロマンティックな作品です。

      「時をかける少女」「悪夢の真相」「果てしなき多元宇宙」の3篇を収録。
      「時を…」は中学3年生、「悪夢…」は中学2年生、「果てしなき」は16歳の高校生。
      すべて主人公はティーンエイジャーの少女。
      同級生の男の子との初恋ニュアンスもちょっぴり入ってます。

      初めてSFというものに出会う方の入門編にも。


      【ストーリー】(Web KADOKAWAより引用)
      放課後の誰もいない理科実験室でガラスの割れた音がした。
      壊れた試験管の液体からただようあまい香り―。
      このにおいをわたしは知っている―そう感じたとき、芳山和子は不意に意識を失い床に倒れてしまった。
      そして目を覚ました和子の周囲では、時間と記憶をめぐる奇妙な事件が次々に起こり始めた。


      「時をかける少女」という作品に関しては、映画やドラマ、アニメで知った人が
      圧倒的に多い作品だと思いますが、私「も」ドラマから入った口で
      (NHK少年ドラマシリーズっていうのがありました)
      「タイム・トラベラー」というタイトルで、すごく面白かった記憶が…。
      「ラベンダーの香りが…」って台詞がとても悩ましげにオシャレに感じたものです。
      その頃は「ラベンダーの香水」なんて一般的ではなくて、どんな香りなんだろう?と
      謎が謎を呼んで興味しんしんでした。

      時間を止めるという超能力については手塚治虫氏の漫画(「ふしぎな少年」)を読んで憧れていて、
      「時間よとまれ!」なんてこっそりつぶやいてみたりしていましたが、
      時間軸を過去や未来へ移動するという発想は、このお話が初めてでした。
      (タイムマシーンという科学機器によるものでなく超能力で、という話として)
      タイムリープ(タイムトラベル)、テレポーテーションといった超能力。
      言葉を口にするだけでもわくわくしたっけなあ。


      日本でウケルSFというとタイムトラベルものの比率がとても多いらしいのです。
      SFでなくても「仁」とか「信長のシェフ」とか「僕はビートルズ」とか
      タイムスリップものの漫画もとても多いですね。
      日本人の特徴といってもいいと思うのですが。どうでしょう?

      「時をかける少女」でみられる超能力は、
      単なる時間移動だけではなく、空間移動も同時に行うというすごい力です。
      (超能力というのは複合するのはとても強いエネルギーが必要で、
      時間軸をこえるのは特に強い力が必要とされています)
      『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(Back to the Future)でも、
      デロリアンが越えられるのは時空であって、場所は同じ場所に出現していましたよね。

      しかも、この話は、タイム・マシーンを使う訳でもエスパーが、という話でもなくて、
      クロッカス・ジルヴィウスにラベンダーの香りを混合した薬品の力で
      それを可能にするという話なんです。

      再読して、深町くんって見かけは背の高い中学3年生だけれど、本当は11歳!の大学生だとか。
      物語の始まりからケンが消えるまで4日間のできごとでしかないとか。
      え?そうだっけ?という意外な事実がありました。


      筒井のSF作品を期待して読んでしまうと全体として物足りないです。
      YAとして書かれたから真面目なのは仕方ないですし、おふざけが無いという意味の不満ではなく、
      どこか、あらすじだけで終わっている印象なのです。

      でも、テーマは面白いので、何度もドラマや映画になるわけですね。
      ストーリーがシンプルで、流れがはっきりしているので、
      そのほかの部分は演出でいくらでもふくらませられます。
      登場人物も性格は与えられていますが、キャラクターの主張がそれほどでもないため、
      原作とイメージが違う!というクレームは起こらないでしょう。

      ドラマの原作って、こういうほうが成功するのかもしれないですね。
      やたらサービスで書き込まないというのも小説としては王道なのかも。
      ケン・ソゴルは何者なのか?再訪はあるのか?謎は説明されません。
      余韻の残る終わり方もよいと思います。


      「悪夢の真相」……昌子には自分でもわからない「怖くてたまらないもの」があった。 
         般若の面、高いところの手すりなどが異常に怖いのだ。
         幼馴染の文一とともに恐怖の心的原因を探ろうと決心する。

       無意識や抑圧という心理学の分野が主題。
       学説紹介のための小説のようで実際の臨床例に比べて今一つ新味に欠ける気がしました。

      「果てしなき多元宇宙」……多元的に存在する別の世界の自分。
         もしも別世界に弾き飛ばされたとしたら…?
         パラレル・ワールドをテーマにした立派なSFです。
        
       唯一この作品は筒井らしさをちらりと見せてくれていて、
       ちょっとブラックでコメディにもなり得る作品です。
       そのままフジテレビの「世にも奇妙な物語」になっていそう。
       本当になっているのでは?と探してみたのですが、ヒットしませんでした。
       筒井原作のっていくつかあるのですが、ホントにないのかな?


      SFファンとして読んでしまうと、あまりにもお子様向きな気もしますし、
      ありえない間違い(?)が書かれていたりして。
      担任の理科の先生が、和子が失神してその看病をするシーンがあるのですが、
      「診察して」「注射」するんですよっ!
      何の注射だよ?!大体、それは違法だろう(・∀・)

      こういうディテールのせいで「福島先生ニセモノ説」なんかが出るのかも。

      原子力の平和利用だとか、睡眠学習だとか、高カロリー栄養食だとか。

      今の目線で見ると、み~~~んな、ヤバイことばっかり。

      入門編とさっき言いましたが、やっぱ取り消します。
      これで入門しちゃダメです。(*^◯^*)

      このお話は、ロマンティック・ファンタジーってことにしておいてください。
      >> 続きを読む

      2013/09/02 by

      時をかける少女」のレビュー

    • ちあきさん
      アニメに、和子おばさんって女性が出ていましたよね。
      この主人公は、美術の修復をするお仕事をしていたあの女性です。
      真琴が彼女の家に行ってタイムリープの話を相談するシーンがありましたね。

      和子は記憶を消されたはずなのですけど、あれれ?
      写真があるよ、なんで?とか。
      旧作・原作ファンにだけわかる仕掛けがあったりして、結構謎な作品に仕上がっています。

      映画ファンだとこの原作は多分シンプルすぎてしまうので、
      原田知世の映画でも観てみて下さい。
      アニメ版は明らかにこの映画を踏襲して作られていますので。
      >> 続きを読む

      2013/09/03 by 月うさぎ

    • 大林宣彦監督のご逝去を悼みます。
      原田知世さんの映画デビュー作品でしたね。

      2020/05/13 by 月うさぎ

    • 評価: 3.0

      古本屋で貞本義行表紙の改装版を見つけたので約20年ぶりに再読。

      もはや古典といっても良いくらい古い作品なので流石に登場人物の台詞の言い回しなど時代を感じるがストーリー自体は面白い。

      子供の時はただ楽しんだだけだったが、今読むと分かりやすいSFの解説やひらがなの多さなど小~中学生向けの作品だったのだなと気がつく。

      もうひとつ驚いたのが短編だったということ。幾度となく映像化しているので長編だったと勝手に思い込んでいたが、実は100ページ程度の短い作品だった。

      この時代に、SFを短めの青春小説の日常に破綻なく埋め込み、しかも鮮やかすぎる結末にまとめるなど、お見事としか言いようがない。

      原作を読んだら、久々に細田版が観たくなった。

      細田守監督作品のアニメ版「時をかける少女」では本作の主人公の和子が叔母として登場し優しくアドバイスしてくれる。

      今にして思うと現代に沿ってアレンジしているものの、原作の世界観はきちんと守っており、筒井氏が正統な続編として認めただけでなく、原作者自身が異例にもノベライズしたのも頷ける。

      原作を思うと和子の見方が変わってくる。
      >> 続きを読む

      2013/02/21 by

      時をかける少女」のレビュー

    • とーきーをかーけるしょおーじょー♪

      と言う曲が脳内で再生されるか否かで、ジェネレーションギャップが存在するんだろうなぁ... >> 続きを読む

      2013/02/22 by ice

    • こう見えて(リアルタイムじゃないけど)「お湯をかける少女」っていうCMの存在も知ってますよーw >> 続きを読む

      2013/02/22 by makoto

    • 評価: 5.0

      筒井康隆作 『時をかける少女』 試論 ―2― テクストの謎~ケン・ソゴル父親説~

      -初めに-
       今まで国文学の世界では、真剣に筒井康隆の『時をかける少女』を分析した作品論はありませんでした。それは、ひとつには、現在のライトノベル的な要素が含まれるからなのかもしれません。つまり、研究者たちはこの作品は、文学史上においてそれほど重要ではなく、論じるに値しないと思っている節があると私は感じます。
       しかし、この作品がこれだけメディアミックス的な展開をし、刊行されてから50年ほど経過した現在においてもその新鮮さを失わず、若者を中心に語り継がれているということは、厳然たる事実です。そこには、なにか物語内容だけでなく、テクストに力があるのだと考えた方が自然でしょう。メディアから見た少女像のような論文はいくつかありました。私は今回、テクストのみに視点をおいて、このテクストがどのようなテクストであるのか、どのような謎、空白があるのかを明らかにしていきたいと思います。

      -開かれたエンディング-
       さて、基本的な内容の確認からしていきますが、先ず主人公の芳山和子がいくつなのか、確認しておきましょう。(引用は角川文庫、平成18年改版以降の文庫本を底本としています。)
       7頁では、「三年の芳山和子」とあります。大人びた行動から、高校生かとも思われますが、41頁では「高校受験用の参考書」を読んでいることからも、中学三年生であることが判明します。
       家族構成はどうでしょうか。約100頁という短い作品では、数多くの空白が残されますが、この家族構成においても謎がひとつ残ります。同じく41頁には、地震が起きた場面で「母や妹たち」という描写があります。妹たちという表現から、少なくとも和子が三人姉妹以上であることが判明するでしょう。たちという複数形を使うからには、二人以上はいなければなりません。また、この「妹たち」という表現から、映像化された作品では、姪が登場可能になったことも指摘できるでしょう。ところが、この作品では、なぜか父という言葉が使われません。和子の家庭には、なぜか父が欠損しているのです。

       さて、この小説を読んでいくと、最後に残るのがなんとも言えない虚しさや悲しさ、しかしそのなかに多少の希望が含まれているような感じがします。115頁では「―いつか、だれかすばらしい人物が、わたしの前にあらわれるような気がする。その人は、わたしを知っている。そしてわたしも、その人を知っているのだ……。どんな人なのか、いつあらわれるのか、それは知らない。でも、きっと会えるのだ。そのすばらしい人に……いつか……どこかで……。」とあります。テクストはここで終わりますから、和子がこの後どうなったのかは、読者が想像するだけになります。果たして和子は再びケン・ソゴルに会う事ができたのか?できたとしたらいつできたのか?という問題が残ると私は思います。
       問題の箇所を見てみましょう。
      110頁「ねえ、ひとつだけ教えて。あなたはもう、時代へは、こないの?二度と、わたしの前に姿を見せることはないの?」
      「おそらく、くるだろうね。いつか……」
      111頁「きっと、会いにくるよ。でも、その時はもう、深町一夫としてじゃなく、きみにとっては、新しい、まったくの別の人間として……」
      「いいえ、わたしにはわかるわ……きっと。それが、あなただということが……」
       文学作品を大別すると、大きく二つの作品にわけられると考えられています。一つには開かれたエンディング、もう一つは閉じられたエンディングです。この作品は、どこかラベンダーの香りを残して未来への希望を仮託した開かれたエンディングのように感じられます。ケン・ソゴルとの再会ができたのかどうかという問いへの答えは少し置いておいて、別の視点から見てみます。

      -ラベンダーのかおり-
       さて、この作品には、ラベンダーの香りというとても印象的なモチーフがたびたび登場します。そのラベンダーの香りを追ってみましょう。
       12頁「それは、すばらしいかおりだった。和子はそのにおいがなんなのか、ぼんやりと記憶しているように思った。-なんだったかしら?このにおいをわたしは知っている。-甘く、なつかしいかおり……。いつか、どこかで、わたしはこのにおいを……。」
       ここでは、彼女がまだ何も知る以前の話です。その時点で彼女がラベンダーの香りを記憶しているということが描かれています。
       17頁「そうです。わたし、小学生のときだったかしら?いちど母にラベンダーのにおいのする香水をかがしてもらったことがあるんです。(省略)―それだけではない……。ラベンダーのにおいには、何か、もっとほかに思い出がある……。もっとだいじな思い出が……。」
       一度ラベンダーの香りを嗅いで倒れた和子は、福島先生への説明で、以上のようなことを語っています。ここでは、母の香水を例にあげ、この香りの記憶はその香水にあるのだと自分で思おうとしている節が伺えると思います。しかし、そのように自分を納得させようとしても、できない何か重要な思い出があるのだと彼女が心のどこかで気が付いているのです。
       33頁「一夫の家は、しゃれた西洋ふうの二階建ての家である。玄関をはいると、右手の庭には温室があり、いつも珍しい花が咲いている。和子はふと、甘いにおいがあたりに立ちこめているのに気づいた。ラベンダーのかおりである(省略)なにか思い出があるとあのとき思ったのは、ここの家のことだったのかしら―。」
       三回目に登場するのは、一夫の家に赴いた時。ここでは、彼女は確かに本物のラベンダーを前にして、ここのラベンダーが今までの記憶にひっかかっていたものかと一つの納得をしていますが、しかし、最後まで読んだ読者はわかるように、一夫ことケン・ソゴルがこちらにきたのは、101頁で語られているように、「たった一ヵ月だけ」だということがわかります。そうすると、彼女にひっかかっていたラベンダーの記憶というものが、本当に一夫宅のものであるのかが非常に怪しいものであるということになるでしょう。もし、この一ヵ月の間に一夫の家にたびたび訪問していたとすれば、ラベンダーの香りは思い出せなくなるほどの記憶ではなく、ぱっと一夫の家の匂いだと思い起こせるレベルの比較的新鮮な記憶になるはずです。それが、なかなか思い出せないということは、やはりもっと昔の記憶だと考えるほうが妥当でしょう。
       確かに、101頁で「ぼくと関係のあるすべての人に、ぼくに関する架空の記憶をあたえた」ということが語られており、ラベンダーの香りは実は単なる架空の記憶だったのだ、だからなかなか思い出せなかったのだという解釈も可能でしょう。しかし、それが彼女をして、だいじな記憶であるとかなり切羽詰まった感情を呼び起こすものなのかというと、その解釈には限界があるように私には感じられます。
       私は、このラベンダーの香りというのは、テクストの語りがはじまる以前に、彼女がもっと別のベクトルで記憶していた香りだと考えます。香りの記憶というのは、一般的にかなり記憶としては強力なものがあります。その香りが重要だと思わせるくらいのものですから、テクストの語り以前に何か重要なことが起こっていたのではと考えることができると思います。

      -帰還するケン・ソゴル-
       さて、次なる問題として一体ケン・ソゴルはどこから戻ってきたのかという問題があります。
       一夫は何故一人だけ記憶を有していたのかという謎も問題ですが、これはSFの論理に集約されるため、文学評論では答えが出ない問題です。ひとつの指標を提示するとすれば、ケン・ソゴルが未来人であり、架空の記憶を集団に対して与えることができるなど、記憶に関して相当専門的な能力、技能を有していたために、一人だけ和子がタイムリープしても、それによって記憶がなくなるということが防げたのだということができるでしょう。
      一夫はどの時点から土曜日の実験室へ戻ったかという点にしぼって考えて行きたいと思います、
       84頁では「自分の苦しみをずっとそばで見ていたくせに、今まで知らん顔をしつづけていた一夫が急に憎らしくなり、和子は恨みをこめた目つきで彼を見た。(省略)『うん、そうだ。でも、もともときみを困らせるためにやったことじゃないんだよ。きみがあんな超能力を持つようになったのは、ほんの偶然なんだ。悪意があったんじゃない。今まで黙っていたことだってこれから説明するけれど、ほんとに、きみのためを思ってやったことなんだ。信じておくれよ』」と言っており、和子が能力を得て、タイムリープしていることも全て知っていたという、小説における全能者的な役割を負っているという事ができると思います。
      105頁「きみがあの薬のにおいをかいで気を失った時、ぼくはきみに何も説明せず、きみからあの能力が消えてなくなるまで、そっとしておこうと思ったんだ。こんなにややこしい説明で、おとなしいきみを混乱させたくなかったからね。だけどきみは、思いがけずあんな交通事故に出会い、タイム・リープ(時間跳躍)とテレポーテーション(身体移動)をやってしまった。そのうえ自分から進んで過去へと跳躍しはじめた。このぼくに会うためにね―。だからぼくも、これ以上きみを悩ませたくなかったもんだから、時間をさかのぼって、ここまでやってきたんだ。すべてのことを、きみに話すために……」
       ここから、ケン・ソゴルはすべてを知っていたうえで、それ以上彼女を困らせないように指導するつもりだったのが、彼女の行動によって真実を話さなければならなくなったというような旨を語ります。ですが、よく考えてみると、ケン・ソゴルはすべてを知って、見ていたうえで、和子には自分が未来人であるということがバレないように演技していた相当肝の据わった人物であったということも言えるのです。
       ここで、大きく分けるとケン・ソゴル悪人説と善人説が浮上してきます。善人説は、一夫の言葉を信じればいいのです。本当にミスしてしまったことから、この時代に来てしまい、またミスしてしまったので、和子にもタイムリープの能力を与えてしまい、彼女を困惑のなかに陥れてしまった、おっちょこちょいな人物です。反対に悪人説は、実はすべてがケン・ソゴルの計画通りだったというものです。これだけの能力と技術を持っていながら、そんなところでミスするはずがあるのかということはいかにも怪しい点です。集団催眠をかけて架空の記憶を植え付けたうえで飄々と生活し、和子が能力を有してしまい苦悩しているのを知りながら、平然とした態度をしているというのは、よく考えればずいぶん冷徹な男のようにも思えます。
       109頁では、和子へ恋をしてしまったのだと言っておきながら、「この時代のほうが好きだ」と言っておきながら、しかし「この時代と、ぼくの研究のどちらをとるかといわれれば、仕事のほうをとる。薬の研究は、僕の生きがいなんだ」と述べており、仕事を最優先にする人間であるということがわかります。恋よりも仕事が優先なのです。
       このようにいくつかの部分を総合して考えると、悪人というのは少しオーバーな表現かも知れませんが、冷徹な側面を持つ人間だということは言えるでしょう。悪人にするとすれば、これらの一連のことは、自分の薬をわざと現代の人間に投与してどのような反応が得られるのかという実験者という可能性もありますが、それは流石に言い過ぎなのかなと私は考えています。

      -ケン・ソゴル父親説-
       さてしかし、このように深く考察してみるとケン・ソゴルが必ずしも良い人物とは限らないという状況のなかで、和子はそれでもケン・ソゴルに対して好意的な印象を持ち続けています。115頁で、記憶を失ってしまった彼女は、しかし「だれかすばらしい人物」がやってくるのだと感じています。すると、一見そんなにすばらしくないように感じられるケン・ソゴルがどうして感覚上すばらしい人物に置き換わるのかというのが謎になります。
       このテクストにおいては、二重存在の矛盾というものがあります。タイムリープものには、必ずクリアしなければならない点がいくつかありますが、これもその一つです。映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』などでは、過去に戻っても、その当時の自分は同時に存在することになります。しかし、この作品においては、作者の筒井康隆は二重存在は同時に一人の人間しか存在しないことによって解消されています。77頁「つまり帰ってきた和子がこの時間に現れると同時に、もうひとりの和子の姿を消すことによって、解決されるのだ」ということです。
       このテクストにおいては、二重存在の矛盾はこのように解決されるものとしておきましょう。さて、そうすると、ラベンダーの香りが、テクスト以前において記憶されるようなことが起こったであろうこと、父親が何故か不在であること、同じ時間に同一人物が二人以上存在できないこと、ケン・ソゴルがもう一度この時代に別人として姿を現すことを約束している点などを考慮すると、次のようなことが言えるのではないかと私は思います。すなわち、ケン・ソゴルは和子の父ではないかということです。
       薬の研究を人生の最大の目的としていたケン・ソゴル。しかし、彼はこのテクストの最終部分で未来に帰った後、何かしらの改心をしたのではないでしょうか。自分が恋をした女性に対して、あまりにも自分がとった行動が独善的すぎたと考えなおしたのではないでしょうか。さらに、ケン・ソゴルは和子に対してふたたびこの時代に戻ってくるということを約束しています。しかし、この約束において重要なのは、和子の前に姿を現すとは約束しても、この時代という条件付きですし、和子との関係性はテクストでの関係性、つまり恋人のような関係であるとは指定していません。すると、一度未来にもどったケン・ソゴルはさらに薬の開発をすすめ、そのあとで、このテクストが語られる以前にまで舞い戻って、和子の母と結婚し、和子を産んだのではないかと考えることができると私は思います。
       二重存在の矛盾では、同じ人物は同じ時間にいられないということになります。その際、消えてしまった自分のほうはどうなったのかはわかりませんが、過去の自分がいつくるのかを知っているケン・ソゴルは、若い頃のケン・ソゴルが来るタイミングに合わせてさらにどこか別の時間軸に一時的に避難していればいいだけの話です。ですから、この作品において父親が不在なのは、ケン・ソゴルが父親であり、同時に二人が存在することができないからとは考えられないでしょうか。

       ラベンダーの香りを何故か和子がずっと前から知っていたというのは、父であったケン・ソゴルが薬のためか、何かしらラベンダーの香りを放っていた可能性があり、それを記憶していたということではないでしょうか。その父親の香りはすばらしいはずですし、また忘れるわけもありません。ですが、和子にはケン・ソゴルが父であり、それがさらに未来からやってくる青年と同じ人物であるということは判明してはこまるので、何かしら和子の記憶をあやつったという可能性があり、それでなかなか思い起こせないような状況になっているのではないかと考えることができると思います。

      ―終わりに―
       また、福島先生の謎もあります。福島先生は、突然相談に行った三人の話をいとも簡単に信じ、それどころか、なんの引用もなしにいきなりものすごく詳細なタイムリープに関する情報を述べ始めます。しかも、和子の状況を聞いただけで、彼女の能力が開花されるように、鉄骨が落ちてくると叫んでみたりするかなりの演技派です。福島先生は、また自分のノートに何かをメモしている癖がありますから、このテクストは、全知的な未来人が語り手である可能性があり、それがメモをする行為に特徴づけられる福島先生なのではないかと考えることができるのです。福島先生は、未来人ではないかと私は思っています。それもさらにケン・ソゴルよりも先の未来人です。薬を開発したケン・ソゴルが、何か問題を起こさないかを、チェックしているタイム・パトロールのような人物ではないかと思われるのです。ですから、和子が能力を手に入れても、必要最小限の問題におさまるように、的確なアドバイスをしたりしていた全能的な存在ではないかと考えられるのです。
       『時をかける少女』は、ただ単純に善い人だけの話ではありません。そこには何か謎めいた行動をする人物が多く、いずれにしても何かしらの思考を持って動いているように思われます。
      >> 続きを読む

      2013/07/17 by

      時をかける少女」のレビュー

    • 映画観たんですけど、子供向けの映画だと思っていました。

      意外に奥が深いんですね。

      2013/07/17 by 雀士!!

    • そう言えばラベンダーって映像では良く見ますけど、香りは知らないですねー

      2013/07/17 by makoto

    • 評価: 3.0

      これまでに何度も映像化されている筒井康隆氏の代表作の一つです。

      本書には表題作他2編を収録・・・そうなんです、100ページほどの短編なんです。

      一般的にジュブナイル小説と呼ばれてるものは、切ない結末を用意されることが多いのですが、それは「時をかける少女」も同様で、将来に対しての希望を抱く主人公の姿が印象的な終わり方です・・・って、簡単に書いちゃいましたが、本格的なレビューは他の方のを読んでくださいませ(笑)

      先にも書きましたが「時をかける少女」は 映像化の度に表紙が一新され、数多くの表紙デザインがこれまでにも登場しました。

      古書店などで背表紙を見たら、とりあえず手にとってみてください。デザインの違いを楽しめますよ。

      そんな楽しみかたが出来るのも、本書が長く読み継がれているからでしょうね。

      ちなみに私が持っているのは、藤本葵氏による幻想的なデザインの角川文庫版です。

      >> 続きを読む

      2017/09/16 by

      時をかける少女」のレビュー

    • 評価: 3.0

      表題の作品が短編である事を初めて知りました。
      その意味ではやや拍子抜けした感もありましたが、敬愛する「タイムリープ」や「涼宮ハルヒ」の着想のヒントになったであろう要素も散見され、意義深い読書体験となりました。
      1967年の作品としてこのSF設定が斬新だったかは分かりませんが、「夏への扉」といい少なくとも50年前の頃は、人々はもっと未来に対し大きな希望を抱いていたであろう様子が垣間見え、現代とのギャップに少なからぬ衝撃を受けたりしていました。
      そう、SF読みが夢を抱かないと社会は前向きにならないんです。頑張ろう! >> 続きを読む

      2014/03/02 by

      時をかける少女」のレビュー

    • >表題の作品が短編である事を初めて知りました。

      私も知りませんでした!

      アニメも観たいと思ってたんでした♪
      >> 続きを読む

      2014/03/03 by ただひこ

    • クタっとした着崩しかたがオシャレさんですよねー♡

      2014/03/03 by makoto

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